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その日は、なんとなくだが嫌な風が吹いてる……気が、朝からした。
おかげで朝飯も3回しかおかわりできなかったし、槍の訓練も5~6人ほどボッコボコにしただけでやる気失せたし、気晴らしに散歩でも、とか思ったら道端で出くわした野良猫にひっかかれるし……どーにも散々な一日だ、と昼前にして既に思う程だった。
「―― ん? なんかあったんかな……」
その界隈の住人が、やたら騒々しく行き交ってるのが気になったが……あっちはもうちょい奥へ行けばウォートの家だ。なら遺跡とやらで新発見でもあったのかも知れない。て事は近々、大きな発掘チームが組まれるだろう。そうなると暫くはあの家がギメル内での拠点になるから、アイツの家に遊びに行く訳にゃいかなくなるかな……。
「お? 今日は早いなエガオン。いや、それより大変だぞっ」
頭でぼやきつつ家に入っていくと、人の顔を見るなり親父がそんな事を言ってくる。
「何が? 商品でもネズミにかじられたか?」
「剣や斧をかじる鼠がいたら捕まえて見世物にするわ! ―― バカ言ってる場合じゃないっ。ウォート君ちがえらい事になったんだ!!」
親父が小言以外で声を荒げるのは、これで結構珍しい。が、そんな物珍しさに感心してる場合じゃないって事が、話を聞く内俺にもよ~く解った。
─…‥・‥…─…‥・‥…─…‥・‥…─
ギメルは砂漠の中といえ発展してる大きな町だから、住人の集会所なんてのも数か所ある。
その内の1つ、一番俺たちの家から近いその建物の中。別に狭くもない部屋なのに、まるで何かに怯える様に隅っこで小さくなって座り込んでる背中に、最初は声がかけにくかった。
「―― エガオンか……来てくれたんだ?」
「そりゃ来るだろ。大丈夫かよ?」
「うん、……ごめん、戻ったら家に行くって言ってたのに……」
「アホか! こんな時にそんな約束はどーでもいいっ」
―― ウォートも同行してた調査チームが、とんでもない数のモンスターの群れに襲撃を受けたのは一昨日の事だったらしい。もちろん、このご時世だからウォートの親父さんだってウォート以外に、ちゃんとした護衛も雇ってたみたいだが……そいつらも全く役に立たない程の集団に襲われては、逃げる事さえままならなかったんだろう。急を告げる狼煙に自警団の連中が駆け付けた時、大怪我を負いつつもウォートが未だ生きて剣を振るっていたのは、はっきり言って奇跡だそうだ。
その怪我自体は既に、連れ込まれた兵舎での魔法治療できっちり治っちゃいるが……いくら出来過ぎた人格者なコイツでも、さすがにそんな目にあって落ち着き払っちゃいられんだろう。つか、今のウォートを見て初めて俺は、コイツが俺と大差ない歳のガキだったんだと言う事を実感した程だった。それ位、コイツは「取り乱す」なんて単語とは無縁な奴だったから。
「……俺は ―― 俺が……悪いんだ」
「……あ?」
「父さんも……母さんや、他の皆も。俺が守らなくっちゃいけなかったのに……なのに何も出来なくてっ。俺は ―――― 」
「―― だから、なんでそうアホなんだお前はっ!」
ぱかっ、とかなり小気味いい音が響く。案外コイツ、頭の中スカスカなんじゃないか? って位に良い音だったが、いま注目すべきはそこじゃない。
驚いた様に、けど普段と違って文句ひとつ言わずにこっちを見てくる新緑色の瞳へと。
「いくらテメーが強いってもな、所詮はまだ細っこいガキだろが! そんなガキ1人で、腕自慢なあの連中でも手を焼いたなんつーモンスター集団を倒し切れる訳ねぇだろっ。そりゃ親父さん達は気の毒だったが、お前に何の責任があるよ? むしろ喜んでる筈だぜ、親父さん達 ―― よくぞ生き残ってくれた、ってな」
「エガオン……でも ―― 俺は……」
「……おい。これ以上うだうだ言ってみろ? 覚えたてのアイスタワーの実験台にしてやるっ!」
「て、おまえ魔法苦手だったんじゃ……いや、遠慮するよ……凍傷にはなりたくない」
「だったら素直に、もぉ黙れ! 今回の事でテメーが悪いトコなんざ全くないっ。解ったな??」
思い切り睨みを利かせてやると、それでもまだ何か言い足りなそうだったウォートだが、一応は頷いて自分を責めるのを止めにした。ま、内心ではもう暫く続けるかも知れねぇが、そこらは毎日引っ張り回してやれば、その内本気で立ち直りもするだろう。
「よし、んじゃまずは……とりあえずうちに来い。つか多分、葬式終わったらそのまま、うちに住む事になるだろうから、ちゃんと荷物まとめろよ後で」
「 ―― え? なんでいきなり、そんな話に」
「だってお前、ギメルにゃ近い親戚もいねーだろ? まだまだガキなのに、この先一人暮らしって訳にもいかねぇだろが……こういっちゃ何だが、お前って評判良すぎて引く手数多だから行き先にゃ困らなそうだが、だからこそうちに来りゃ親父らが喜びそうだしな ―― 何より。俺が毎日お前の、その湿っぽいトコ叩き直してやるっ! つー訳だから、うちに来いっ」
「……いや……何だか、最後の一言で、ちょっと行きたくない気がしなくもないぞ……」
「ほ~お? ……生意気抜かす口はコレかおい??」
「い、いたた……痛いって! ――― わ、解った……ひとまず、今日はお世話になるよ」
―― ま、正直ちょいと勢いで言っちまった提案ってのは認める。とは言え、およそコイツらしからぬ、あんな様子を見せられた日にゃこれ以外言う事がなかったのも確かだ。
そして……予想通り、親父達も全くこの案に反対せず、逆に大喜びでこの「養子」を迎えた。つか、入れ替えに俺の方をどっかに養子に出そうかとまで言い出したもんで思わず、家どころか表の店まで破壊しかねん勢いでの親子喧嘩が巻き起こったのは……全く以て要らんおまけだった……。




