淫裸女万子の決勝戦
大会決勝、錬との公式戦対決の話
「特集記事だ」
あたしは、万子の特集記事を読み進める。
その中でも、万子の代名詞とも言えるのは、『振撃掌』だ。
出せば、ほとんどの対戦相手がノックアウトされる必殺技。
あたしも試しに一度受けてみたが、通常の打撃とは、別物だ。
普通の打撃は、筋肉で堪える事が出来るが『振撃掌』は、内蔵に直接染みてくる。
敢えて例えるならばジェットコースターに乗り続けた後のどうしようもないダメージを強くした感じ。
「万子の特集か、技の解説を本人がしてるのか? 本気で勝ちは、二の次なんだなー」
背中から覗きこむ拳一先輩にあたしが質問する。
「拳一先輩だったら『振撃掌』にどう対応しますか?」
拳一先輩が即答する。
「指が触れられるような近距離には、近付かせない。『振撃掌』は、本当に良くできた技なんだよ。相手に有効な攻撃をさせない至近距離でありながら、指を当ててる事で狙いを外れさせない。打たれたら最後、筋肉で受け止める事も出来ない。『振撃掌』以外にも一撃必殺のバリエーションが豊富だから、自分の間合いを維持することに専念する」
拳一先輩は、きっと再戦を想定しているんだろう。
あたしと万子の快進撃は、続いた。
万子が空手の高校生チャンピオンに蹴り勝ち決勝進出を決めた後、あたしの準決勝が始まる。
相手は、この大会で数段レベルアップした実力を見せている正枝だった。
「万子さんへの挑戦権は、貰うわよ!」
「万子への挑戦権も、チャンピオンの地位も誰にも渡さない!」
にらみ合い、試合の開始を待つ。
『試合開始!』
あたしが飛び出る。
手加減無しの回し蹴りは、正枝の前髪をかすめる。
紙一重でかわした正枝が間合いを詰めてくるが甘い。
あたしの回し蹴りは、終わっていない。
筋力で急ストップし、軸足の位置を摺り足でずらして降り下ろす踵の軌道に正枝を捉える。
正枝は、咄嗟に横に飛び退いた。
「そんな蹴り、今までは、無かった筈?」
正枝の問いにあたしは、笑みで答える。
「あたしもレベルアップの為に万子から色んな蹴りの資料を貰ったのよ。その中に、あったこれが、蹴りを外した時に有効だから修行した」
頷く正枝。
「お互い、鍛練に抜かりが無いって事ですね」
「そっちの成果を見せて見ろよ」
あたしの挑発に正枝が乗ってきた。
至近距離に近付くと手を重ねた状態で腹に触れた。
嫌な予感を覚え腹に力を入れる。
あの衝撃があたしを襲う。
力をふり絞り、間合いをとるあたしに正枝が言う。
「うちの流派にも有るんです。『重ね打ち』と呼ばれる奥義で、万子さんが現れるまでは、早いだろうと諦めていた技です。まだ、万子さんみたいに一撃必殺と行きませんが大ダメージの筈です」
その通りだ、長期戦は、無理。
次の攻防に全てをかける。
正枝がチャンスと一気に接近してきた。
あたしは、呼吸を整え、その瞬間を待った。
正枝の掌が触れた瞬間前に出る。
正枝の顔に焦りが浮かぶ中、あたしのアッパーが正枝の顎にクリーンヒットした。
ダウンした正枝は、必死に立ち上がろうとしたが、チンへのダメージは、平衡感覚に直接影響する。
最後の最後で膝が崩れ倒れてしまう。
『勝者、高橋ジム所属、高野錬!』
あたしは、正枝に手を差し出す。
「未完成の技に拘ったのが敗因ね」
正枝が悔しげだがやりきった顔をしていた。
「優勝を狙いなさいよ!」
掴んできた正枝の手を握りしめ答える。
「当然だよ!」
拍手喝采の中、あたし達は、控え室に戻る。
控え室には、決勝で当たる万子が待っていた。
「決勝進出、おめでとう」
渡されたスポーツドリンクを飲みながら質問する。
「決勝で勝ついい作戦ある?」
「負けてって言えば勝てるよ」
万子は、本気だろう。
元々、下手に負けたらジムに迷惑が掛かるからって理由だった。
負ける相手があたしだったらその心配も無いんだから当然かもしれない。
だけどあたしは嫌だ。
「正々堂々と戦ってだよ」
万子は、本気で悩む。
「蹴りの間合いを維持し続ければ勝てる可能性があるかも……」
自信無さげに言う。
「どうして自信なさげなの?」
あたしの突っ込みに拳一先輩が言う。
「本気の万子相手にそんなことをするのが難しいからだろう」
あたしは、ふりかえり問う。
「だったら、他に方法ありますか?」
拳一先輩が答える。
「運任せだな。接近戦は、自殺行為。中距離戦では、技のレパートリーで負けてる以上、不利。遠距離戦ならまだ希望があるが、長期戦になったら、理数系の万子と体育会系の錬で、どっちが冷静さを維持できるかと言ったら一目瞭然だろ?」
痛いところを突いてくる。
万子の間合いの外からダメージを積み上げるのは、有効なのだが、先に我慢出来ずに突っ込みやられるパターンが多い。
眉を寄せるあたしに拳一先輩が肩に手を置き言う。
「運を呼び込むのは、諦めない強い心。勝利に対する執念だけは、お前が勝っている。頑張れよ」
「執念だけなんですか?」
あたしが不満げに言うと拳一先輩があっさり頷くのであった。
そして、決勝が始まる。
リングに上がると歓声が上がる。
先にリングに上がった万子が観客に頭を下げると観客も暖かい応援を返す。
「絶対に勝って、優勝するぞ!」
あたしが手を突き上げる。
ヒートアップする。
レフリーからの最終確認を受け、開始の声が掛かった。
あたしは、動かない。
万子は、罠を警戒するが、ゆっくりと間合いを詰め、指を腹に当てた。
この時点で動き始めなければ技を食らう前に攻撃を届かせる事は、出来ない。
しかし、そうしたら万子は、間合いをあける。
あたしは、タイミングを待った。
万子の体が上がった。
あたしも肘を振り上げる。
攻撃を先に当てたのは、万子。
お腹に正枝の時の数倍の衝撃が走る。
しかし、あたしの肘が万子の鎖骨に当たる。
骨が折れる感触が伝わってきて、万子が倒れる。
会場がざわめく中、あたしも膝をつく。
カウントが始まる。
「ワン、ツー、スリー……」
万子が倒れた状態のまま動かない中、あたしは、足に力をこめる。
「立て!」
「立って!」
歓声があたしを後押ししてくれる。
立ち上がったあたしにレフリーが視線を向けてくる。
腹の中がぐるぐるし、のたうち回りたいのをこらえ、ファイティングポーズをとった。
「ナイン、テン!」
万子が起き上がらないのを確認してレフリーがあたしの手を掲げる。
『高野錬選手の連覇です! 絶対不利の下馬評を覆し勝利しました!』
あたしが覚えてるのは、そこまでだった。
『解説だ。普通にやったら勝ち目が薄い錬が、大博打を打ったんだ。一撃必殺の『振撃掌』を故意に食らって、打った直後の隙をつく方法を選んだ。今回は、それが当たったって所だな』
テレビの中の拳一先輩が解説するが、その博打を打つために、内臓に負担が掛かるジェットコースターに乗り続け、耐性をつけたり色々頑張ったんだ。
「これが今日の授業内容だよ」
左腕を吊った万子が病院のベッドで横になってるあたしにノートを渡してくる。
「勝ったあたしが入院して、骨折して負けた万子が通院のみって言うのが納得出来ないんだけど」
あたしの不満に、見舞いに来ていた拳一先輩が言う。
「それは、万子が怪我した後に無茶しなかったからだろ? 逆にお前は、内臓ダメージが有るのに無茶苦茶したから、簡単にダメージが取れなくなったんだ。執念は、誉めるが、まだまだ先が有るんだから無理をするな」
「正に身に染みて解りました」
こうして大会が終わり、無事連覇を達成したが、デメリットの方が多い気がする昼下がりだった。