淫裸女万子の野試合
拳一との対決です
あたしは、考え事をしていた。
「嫌いな物が入っていたかい?」
がたいが大きいのに細かい事まで気付く万子のお父さんが聞いてきた。
あたしは、慌てて手を左右に振る。
「とんでもない! どれも凄く美味しいです!」
ほっとした顔をする万子のお父さん。
今日は、万子の家に蹴り技の資料を見せて貰いに来た。
幾つか役立つ映像を見せてもらった上にダビングしてくれて、その待ち時間にお菓子までご馳走になっていた。
「カロリーが若干高い気がする」
万子の突っ込みに、その父親は、真剣に悩む。
「そうだよね。考えが足らなくてすまないね」
頭を下げてきた。
「次の試合までは、日にちが有りますから問題ありません」
あたしは、必死にフォローする。
実際は、前回の拳一先輩の質問を考えていた。
映像で出てくる万子の技の多才さは、あたしが考えている以上だった。
もしかしたら拳一先輩といい勝負が出来るかもと思えてしまった。
翌日、あたしは、ダビングして貰った映像を拳造先生達に視て貰い意見を求めた。
最初に口を開いたのは、拳一先輩だった。
「よく、こんな大切な資料を貰えたな?」
あたしも頬をかく。
「正直、駄目元だったんですけど、至れり尽くせりの対応を受けました」
拳造先生は、大して気にした様子を見せずに指摘して来た。
「淫裸女流戦闘学は、そんなのだから爪弾きにあっているのです。それよりも、三つ目の蹴りですが、貴女の新しい武器になりそうですから今日からでもトレーニングに組み込んでおきなさい」
「はい」
あたしは、返事をした。
その他にも、次の大会に向けて有効な指摘をして貰い、早速トレーニングメニューの調整をして貰った。
新しいメニューの追加で普段より練習が長引いたあたし。
シャワーを浴びた頭を拭きながら廊下を歩いていると資料室から光が漏れていた。
「こんな時間に誰だろう?」
覗いて見ると拳一先輩がいた。
真剣な顔であたしが持ってきた映像を視ていた。
「拳一先輩も新しい蹴り技の研究ですか?」
あたしの声に驚いた顔をする拳一先輩。
「そんな所だ……」
歯切れの悪い答え方だった。
映像に映って居たのは、万子だった。
「……万子と戦いたいんですか?」
あたしの質問に一瞬誤魔化そうとした拳一先輩だったが、苦笑して本音を答えてくれた。
「お前相手につまらない見栄を張っても仕方無いな。興味が無いって言えば嘘になる。俺の知らない数々の技を体現出来る相手、本気で一度勝負がしてみたい」
「だったら、あたしが万子に言って……」
あたしの言葉は、途中で止められる。
「俺は、このジムの顔だ。お前と違い敗けられないんだ!」
怖いまでに真剣な顔。
「……軽卒な事を言って、すいませんでした」
頭を下げるあたしに拳一先輩も謝ってくる。
「俺も声を荒立ててすまなかった」
その日は、そのまま別れた。
拳一先輩の試合の日、あたしは、いつものお礼として万子を招待していた。
拳一先輩は、接戦を征し勝利した。
報道陣の対応を終え、控え室に戻って来た拳一先輩。
「充実した試合だった」
拳造先生の最大の賛辞だ。
拳一先輩は、頭を下げる。
「ありがとうございます」
そして、ジムの社長で拳一先輩の父親、勝俊社長が明るい顔で言う。
「何かボーナスが欲しがったら言え、国産車位だったら税金対策用に経費で買っても良いぞ!」
太っ腹な言葉に拳一先輩が真剣な顔で言う。
「でしたら、淫裸女万子とガチのスパーをやらせてください。無論、傷が治る前で構いません」
いきなりの発言に控え室が沈黙した。
「万全な体調でも五分に届くかどうかだぞ」
拳造先生の言葉に拳一先輩は、頷く。
「万全な状態で敗ける訳には、いかないんですから仕方ありません」
状況が飲み込めない勝俊社長が言う。
「その淫裸女万子は、どんな奴だ?」
あたしが隣に居る万子を指さす。
「あたしのクラスメイトです……」
重苦しい空気が張り詰める。
「冗談も休み休み言え! お前に女子高生とガチのスパーなんかやらせられるか!」
勝俊社長が怒鳴り、拳造先生は、淡々と告げる。
「敗けた時の後悔は、辛い。万全な状態で挑め」
勝俊社長が反論する。
「父さん、滅多な事を言わないで下さい。拳一は、うちの看板なんですよ!」
拳造先生は、揺るがぬ思いで告げる。
「あれの祖母には、私も何度となく敗けた。今更、恥じる必要は、ない」
「父さんの時代とは、違います! 万が一にも女子高生に敗けたと噂が流れたら、うちのジムは、大ダメージを受けます!」
あくまでも武道家の拳造先生。
ジムの経営者でもある勝俊社長。
相容れない両者が睨み合う。
そんな中、万子が言う。
「この後、リングを使えるよね?」
「一応、うちが借りてるから大丈夫だと思うけど、今夜やるつもり!」
あたしの言葉に万子が頷く。
「体力がある程度回復したら直ぐに。あちきが野試合を申し込みます。受けてくれなければ逃げたとマスコミに言いふらします」
拳一先輩のトレーナーが怒鳴る。
「拳一は、試合をしたばっかりなんだぞ、まともに闘えると思っているのか!」
苦笑する拳一先輩。
「まともに闘えたら、敗けた時の言い訳にならないだろう。感謝する」
勝負モードに入る拳一先輩。
「ふざけるな! こんな小娘の挑発にのるやつがあるか!」
傷の治療を受けながら拳一先輩が言う。
「例の殺人事件がらみで一部の人間には、淫裸女万子の実力を知っているから、逃げたと噂が広がる可能性は、高いですから諦めて下さい」
悔しそうにする勝俊社長を尻目に拳造先生が言う。
「やるからには、必ず勝て」
拳一先輩は、闘志を燃やして告げる。
「当たり前です。先生のリベンジは、きっちりつけてみせますから大船に乗ったつもりで観ていてください」
こうして、二人の戦いが決まった。
観客が帰った後、一部の関係者が見守るなか、拳一先輩と万子がリングに上がった。
非公式の試合の為、撮影や報道が禁止にも関わらず、マスコミは、ハイエナの様に群がる。
拳造先生が審判としてリングに上がる。
「ルールは、無しだ。危なくなったら私が止めてやるから、好きにやれ」
頭を下げる両者。
「始め!」
拳造先生の合図と共に拳一先輩が仕掛ける。
一試合終えた後とは、思えない鋭い踏み込みからの唸るフック。
万子は、屈みながら前に出てかわすと右手の指を拳一先輩のお腹に当てた。
「あれは、『振撃掌』!」
あたしが叫ぶが拳一先輩は、それより早く反応していた。
肘が万子の肩に向けて打ち下ろされていた。
万子は、飛び退くと同時に鋭い回し蹴りを放つ。
一歩下がり足が通りすぎたところに踏み込もうとした拳一先輩の腹に万子の蹴りが決まる。
「何で避けた筈の蹴りが決まるんだ!」
周りが驚いて居るのであたしが説明する。
「『ニ蹴り』っていう軸足で飛び、蹴りを伸ばす技。威力が落ちるけど繋ぎ技だって言ってた」
万子は、蹴り足を戻す勢いを使って軸足だった足で踵蹴りを放っていた。
「俺を甘く見るな!」
拳一先輩は、蹴りをダメージの覚悟を決め、腕で受け止めると、逆の手で万子の腹にアッパーを打ち込んだ。
正に宙に浮く万子がリングに落ち、咳き込む。
「やっぱり、一発の威力が違うぜ!」
優勢に歓喜するジム仲間逹。
「あたし、万子がまともにダメージを食らうのを初めてみた……」
何度か戦ってる姿を見たことがあるがクリーンヒットは、初めて見たのだ。
しかし、拳造先生は、発破をかける。
「完全に押されてるぞ。手数は、あっちが上なんだ、自分のペースに持ち込まなければ何も出来ずに終わりだ!」
「解ってます!」
再び突進する拳一先輩。
万子は、放たれた攻撃に対し、腕を鞭の様にしならせた打撃で迎撃する。
舌打ちする拳造先生。
「『鞭打』だ、そんなのを何発も食らったら、腕が殺されるぞ」
悔しそうに間合いを広げる拳一先輩。
「体格差が有るんだから、タックルして寝技に持ち込めば有利じゃないか?」
ジム仲間の一人の言葉にあたしがため息を吐く。
「万子が酔っぱらった力士を警察が来るまで押さえつけて居たの見たことがある。少なくとも立ち技主体のあたしらが寝技で勝てる相手じゃないよ」
そうしている間にも攻防は、続いていた。
流れとしては、変則的な技でガードを緩めた万子が重い一撃を放つと拳一先輩がダメージ覚悟して一発を入れる。
総合すると拳一先輩の方がダメージは、大きい。
そんな中、拳一先輩のミドルキックが万子のガードを壊し頭にかすった。
だか、万子がそこから踏み込み、軸足の膝裏を蹴る。
体勢が崩れた拳一先輩は、蹴り足で慌ててバランスをとろうとした時、万子の肘が胸に当たり、そのまま押し倒される。
馬乗りになった万子。
「ブリッジではねのけられる!」
ジム仲間が叫んだ時、拳一先輩も動いて居たが、万子の肘が腹の上、横隔膜を痛打する。
ブリッジの力が抜けてリングに落ちる瞬間、体重を載せ、体をバウンドさせると、片手を引き、うつ伏せにされリングに押し付けられる。
「さっき言った、力士を押さえつけた『竹山』だ。掴んだ手と腰を踏みつけた足で相手をコントロールする技」
拳一先輩は、必死に足掻くが万子は、暴れ馬を乗りこなすカーボーイの様にいなす。
その攻防が三十秒続いた後、拳造先生が万子を抱えあげた。
「そこまでだ」
丁度、拳一先輩の顔が見える位置にあたしは、いた。
拳一先輩は、悔しそうな顔をしていた。
「錬、この娘を医務室に連れていけ。頭にダメージを食らった後、回転して脳が揺さぶられたせいで脳震盪を起こしてる」
拳一先輩が顔をあげると拳造先生が言う。
「勝ったと思うな。そんな状態でも三十秒押さえつけられていたのだ。引き分けだ」
立ち上がり頷く拳一先輩を尻目にあたしは、万子を背負って医務室に向かった。
翌日、頭に包帯を巻いた万子がジムに来た。
「昨日は、色々ご迷惑をおかけしました。これは、父からのお詫びの品です」
差し出されたのは、手作りどら焼きだった。
「こっちこそ、女の子の顔に傷を作るような事をしてすまなかった」
全身包帯だらけの拳一先輩が答え、どら焼きを配る。
あたしは、入り口で話す、拳造先生と万子のお祖母ちゃんの会話に耳を向ける。
「万子と引き分けられるなんて、実戦的な指導をしてるね?」
「当然だ。次は、必ず勝つからな」
試合の時もそうだったけど淫裸女流戦闘学との勝負となると拳造先生、熱いな。
比較的和やかに時が過ぎるのであった。