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CROWN  作者: 緒俐
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第九話:ありがとうございます

 薄暗い廊下を杏は風雅に手を引かれながら指令室に向かう。窓の外からは沈みかけた夕陽が差し込んでいて、中庭の時計はもうすぐ六時だと知らせる。


 時々、先に上がった部員達とすれ違うが、風雅の権力の性か大抵の部員達が直角九十度で頭を下げて挨拶して来るので自分もそれに倣いたいが、止まることを許されず挨拶と会釈だけしか返せなくて申し訳ない。


 無論、風雅がこの上なく気に入っている杏にそんなことをさせれば間違いなく殺されるのは部員達なのだが……


 そして指令室に辿り着くと、風雅は名残惜しそうに杏の手を離した。本当はこのまま連れ込んでしまいたいが、話し込んで遅くなり杏を着替えさせないわけにもいかないのだ。


「杏、先に着替えて来い。少しだけ込み入った話になるから」

「はい、かしこまりました。失礼致します」


 一礼して杏は真理達と同じ更衣室へと向かう。というより、現在は真理と藍しか使っていない女子更衣室と言った方が正確かもしれない。

 もちろん、魔法格闘技部には他にも女子部員とマネージャーはいるのだが、やはり一軍男子についていけるものはそういないため、真理達専用となってしまったのである。


 そんな三人しか使わない綺麗な更衣室に入ると、杏は青いジャージを脱ぎながら一つ溜息を吐き出した。

 そして、ポツリと彼女の思いを吐露する。


「……あの月は風雅様が見せてくれたのですか?」


 昨年のインターハイで見た自分を惹き付けてやまない月。そして今日の試合で感じた鼓動は風雅が月眼を使った時から鳴りやまない。


 おそらく尋ねればそうだと答えてくれる。昨年感じた独特の魔力は間違いなく風雅のものだと確信すら得られた。

 しかし、自分に注いでくれる好意を返しきれるのかと、ただ月に憧れて風雅の傍にいることが失礼なんじゃないかと思うのだ。


 それでも、もう一度自分の心を救ってくれたあの月を見たら風雅を好きになるのだろうか……



 相変わらずどんな権力を持つ中学生なんだという佇まいを見せる指令室に、着替え終わった杏はやって来る。

 しかし、やはり部活前の出来事がフラッシュバックして来て頬を朱く染め上げてしまうが、呼ばれているのだからと彼女は意を決して扉をノックした。


「風雅様、失礼します」


 扉を開けて指令室に入るとそこに風雅の姿がなかった。電気が点いてるのと、パソコンをテーブルの上に置いている点から片付けもせず帰ったとは思えない。

 ならば着替えでもしてるのだろうかと思い、杏は少し待つことにした。


 だが、それは大きな後悔へと変わる。気付くべきだったのだ、この部屋にはシャワー室まで完備されていたことに!


 そしてシャワー室の扉がガチャリと開き、濡れた頭をタオルで拭きながら上半身裸という風雅のファンなら卒倒しそうな姿で彼は出て来たのだ。


「すまない、シャワー浴びてたんだ」

「あっ……! ごっ、ごめんなさいっ!!」


 慌てて回れ右をして杏は指令室から出ようとしたが、風雅が腕を掴んできてそれを阻止した。


「別に上半身ぐらい見られたからと言って問題はないが? 寧ろ冴島家でなら普通だぞ?」

「ででっ、ですが……!!」

「そのうち全て見せるし見ることになるんだから免疫ぐらい付けてほしいな」


 ワザとだ、絶対ワザとそのまま出てきたのだと直感したが、そう思われても構わないと風雅は上半身裸のまま杏を後ろから抱きしめた。


 そして跳ね上がるどころか飛び出しそうな心臓とかつてない熱が杏を犯し、彼女は完全に沸騰した。いや、蒸発と言っても過言ではない。


「ふ、ふっ、ふうっ……が、さっ!!」

「何だ?」

「そっ、は……!」

「俺が満足するまでは離さない」


 呂律の回らない杏に彼女が言いたいであろう言葉を予測した上で風雅は自分の欲求を貫く。こんなに近いのに離すつもりはない、それこそ人生において時間の無駄だと風雅は思っているからだ。


 そしてふわりと薫って来る杏の匂いに風雅は穏やかな表情を浮かべた。自分を取り囲んで来る女子達とは違う、柔らかな石鹸の香だ……


「杏は良い匂いがするな、凄く落ち着く」

「きゃっ!!」


 後ろから頬に口付けられれば彼女は完全に沸騰した。もう勘弁して下さい……、と涙まで浮かべる杏に少しだけ刺激が強過ぎたかと風雅は苦笑し、これ以上はもう少し慣れてからにしようと我慢した。


 それから抱きしめる腕を緩めると、ふわりと杏を抱え上げて黒革のソファーに座らせ、自分はハンガーに掛けておいたシャツに袖を通しながら話を切り出した。


「さて、話を始めようか。まず率直な感想を聞こう。月眼が気になったか?」


 その問いに真っ赤になって俯いていた杏がピクッと反応した。やはり予測通り、月眼という名前からも彼女は気になっていたらしい。


「はい……、涼君から月の満ち欠けによって力が変化すると聞きました。それに夜になるほど力も増すと」

「そうだな、正解だ。だが、杏が知りたいのはインターハイで見た月は俺が見せたものかということだろう?」

「……はい」


 コクリと彼女は頷いた。自分を気にさせるために敢えて昼には教えなかったが、やはりそれは効果を得たらしい。

 それならばもう少しからかってみるかと風雅は彼女の隣に座り、柔らかな頬に手を添えて尋ねた。


「俺が見せたと言えば俺を好きになってくれるか?」


 トクン、杏の鼓動は一つ鳴って痛みを伴う。冗談のような声で尋ねられても、風雅が真剣だということはその目で分かる。

 寧ろ、肯定の言葉を紡いで欲しいとさえ感じる視線に捕らえられ、彼女は自分の今の思いを正直に告げるしか出来なかった。


「……意識しないのは無理です」

「だったら好都合だな」

「でも……」


 杏は触れられていた風雅の手をそっと握りそれを下ろすと、今にも泣き出しそうな目を風雅に向けた。


「でも、そんな理由で風雅様を好きになったとして、風雅様は幸せになれますか?」


 それだけ自分を思ってくれてるというのにその分を返しきれないことが辛い。

 だからこそ、こんな中途半端な思いで風雅の傍にいることは失礼だと思う。彼が望めば、自分より魅力的な女性はいくらでも手に入れられるなら尚更だ。


 それから暫しの沈黙が流れたが、風雅がそれを打ち破った。


「……杏」

「はい……」


 初めて聞いた厳しい声。きっと嫌われた、風雅の思い通りにならなかった自分に愛想を尽かしたと思った。

 でも、それが本来自分がいるべき場所で、今ここにいること自体が間違いなのだと言い聞かせる。


 だが、それは大きな間違いだった。


「絶対俺のものになれ。いや、もう手放せないな」

「えっ……?」


 どうしてだと尋ねる前に唇は奪われていた。それに驚いて目を見開きすぐに離れようとしたが、後頭部と腰に手が回されて逃げることを阻止される。

 ぶつけられるのは熱と答えの見つからない思い、それに抗う術を杏は見付けることが出来ず、最後には力を抜かれてしまいその身を委ねることしか出来なくなった。


 そして、ようやくそれから解放されると風雅はギュッと杏を抱きしめ、低い声で話し始めた。


「嫌いなんだ……」

「えっ?」


 後悔が残る試合をしてしまった苦い記憶が蘇って来る。その上、けっして人を救えるような力を使っておらず杏に許しすら乞いたい気持ちも込み上げるほど。

 それほど風雅にとって杏に見せた月は嫌悪感しか抱けないものだったのである。


「インターハイで使った力は俺が一番嫌いな月だ。寧ろ杏には嫌われる力だとも思う」


 嘲笑すらしてしまう自分が月眼を発動する中でもっとも自分らしく、もっとも嫌いな力がある。

 寧ろ、風雅の容姿と性格を現していると言ってもいいのかもしれない。光を隠しているのに人を惹き付けているというイメージだ。


 おまけにそれを自分がこれほど気に入ってしまった対象に話す訳だ。自分を救ってくれた月を見たと言うが、その月の中で風雅は全くそれと別のことをしていたというのに……


「あれは日蝕だ……」

「えっ?」

「日蝕だよ。月が太陽を蝕んでいくものだからお世辞にも人を救えるような月じゃない。寧ろ綺麗に見えて人の心を砕くえげつない瞳術だ」


 あの術を使って相手を倒した、そうするしかこちらが勝つ術がなかった、海宝のメンバーの精神は頑丈だった性か砕かれてはいないが、後味の悪い結末にしたのは自分だ。


 もっと魔法格闘技として拳に頼った戦い方を貫ければ良かったのだが、風雅の実力でも去年の海宝中学のメンバーを相手にすることはきつかったのである。


「月眼を全開にしてまで優勝したかったといえば聞こえは良いかもしれない。だが、魔法格闘技の試合としては自分の弱さを実感した」


 だからもう一度、それも出来るだけ早く彼等と対戦したいと思ったが、昨年のジュニア選抜の時には慎司が既にCROWNへ入るようにと引っ張られてしまったため、挑戦出来るレベルには到達しなかったのである。


「だからいくら杏を惹きつけたといっても、やっていたのは最低な戦い方で」


 ギュッと杏は抱きしめ返した。そうしなければならないと体が動き、風雅に抱きしめられているはずなのに、まるで風雅を抱きしめなければならないとさえ思った。


 どんな理由があっても自分を救ってくれたのは風雅だと分かった。それを恋情と呼ぶにはあまりにも都合が良過ぎるが、優しさと呼ぶには相応しい。

 だからこそ、この厳しい分だけ優しい人に伝えたいと思ったのだ。


「それでも……私には救いでした」

「っつ……!!」


 思わず体を無理矢理離した! 壁が近くにあれば殴りたいぐらい風雅は動揺した! 可愛い、可愛すぎる! 今すぐ閉じ込めてしまいたい!


「風雅様?」


 いきなり身体を離されたことに杏は目を丸くしたが、何ともないと顔を赤く染め口元を隠しながら風雅は答えた。


 だが、この無自覚な破壊力にはある程度釘を刺しておかなければならないと思い、風雅は深呼吸していつもの冷静さを取り戻した。


「杏、あまり煽るな。これでも杏が中学卒業するまでは最後までいかないと決めているんだし……」

「はい??」


 一体何のことだと杏の頭の中は疑問符だらけになるが、その意味をまだ知らなくても良いと風雅は思う。

 ただ、いくら長い時間だといってもやはり欲望には勝てないもので、風雅は苦笑しながら杏に告げた。もう、この気持ちは止められないだろうと。


「本当、早く追いついてくれよ? じゃないと無理矢理にでも奪うからな。いや、既に婚約者なんだから世間体から外れないこと以外は問題ないか……」


 また何を考えているのか風雅は人生計画を練り直す。下手をすればありとあらゆる予定が盛り込まれ、障害の排除も加わっているのかもしれないがここにツッコミを入れられる勇者はいない。


 そんな妄想に耽っていると、パソコンから呼出し音が鳴り響き風雅は画面と向き合った。そして、そこにはいつものように涼の兄である慎司が映し出される訳である。


「お疲れ様です、慎司さん」

『ああ、お疲れ様』


 誰なんだろう、と杏は目を丸くした。高校生にしてはとても大人びた雰囲気を持つ画面に映る少年と風雅はどうやらかなり親しい仲らしい。


 そんな疑問顔の杏に、これからいろいろ世話になるからと風雅は慎司を紹介した。


「杏、涼の兄貴で先代部長の冴島慎司さんだ。去年のインターハイでお前の姉さんと互角に戦った猛者だよ」

『ということは沙里の妹か?』

「ええ、そうです。杉原杏、俺の婚約者ですよ」

『婚約者って……、良いのかよ……』


 あいつってかなりのシスコンじゃなかったか……、と海宝高校にいる自分のライバルのことを思いながら言うが、風雅に何を言っても無駄だと分かっているため、それ以上突っ込むことはやめておいた。


「とりあえず報告なんですけど、涼達をジュニア選抜メンバーに入れました。あと、木崎昴もなかなか見所がありましたよ」

『そうか、うちのデータマンが喜ぶよ』

「ええ、その点だけは礼を述べます」


 あくまでも部活としては敵、つまりCROWNのデータマンには自分達の数値は全て筒抜けということである。

 無論、こちらもそれなりの情報収集はしているが、彼等のデータを知ったところでかなりの差を思い知らされるだけなのだけれど。


「それとお願いがあるんですけど」

『ん? 珍しいな』


 風雅から何かを頼まれるのは本当に稀だ。基本、人を従わせている少年なので命令さえすれば大抵のことは片付く。

 しかし、この件に関してはいくら風雅でも許可を取らないわけにはいかなかった。自分の独断が出来ないこともあるといえばあるのだから。


「一つは冴島家を改装して良いですか?」

『ああ、それは自由にやってくれ。俺達が帰ったときに変なことにさえしていなければ問題ない』


 そんなに軽くて良いのかと杏は驚く! 他人の家を改装する風雅も風雅だが、あっさりそれを許可する慎司も慎司だ。


 一応、冴島家の名義は淳士になっているのだが、その当人は弟達が楽しく暮らしてさえいれば問題ないと豪語しているため、家の改装も自由にしている訳である。


「ありがとうございます。それともう一つ、一ヶ月後にそちらの一軍と練習試合を組んで下さい」


 先程と違う真剣な目を向けられ、さすがの慎司もピクリと反応した。どうやら風雅の本当のお願いはそちらだったらしい。


 通常、中学生と高校生が試合をすることなど一般的な大会でない限りまずない。おまけに高校生とはいえ、こちらは魔法議院最強と言われるCROWNのメンバーが在籍する一軍メンバーだ。


 いくらいずれはCROWNに入って来る弟分達とはいえ、その願いを安々と受け入れられるほどの権力は慎司にない。

 その前に高等部の部活動としての障害もあるわけだ。


『俺は構わないが、うちの監督がイエスと答えるとは思わないな』

「でしたらCROWNのボスに頼んで下さい」


 彼なら許可してくれるでしょう、と風雅は微笑を浮かべれば、慎司は額に手をやった。風雅の言うとおり、将来はうちに来るんだから多少の我が儘は聞いてやる、と豪語している彼なら間違いなく許可するからだ。


 しかし、さすがに魔法議院に所属している以上、CROWNの予算が削られ過ぎる訳にもいかないので慎司はやんわり予防線を張っておくことにした。


『……お前、相変わらず良い性格してるよな。確かにボスなら面白いの一言でうちの一軍全員総動員してくれるだろうが、それを許さない常識人がいるんでね、だから全員と戦えるのは早くて夏じゃねぇかな』

「桐沢さんですか、だったら仕方ないか」


 CROWNにもたまには常識人がいないとグダクダになる、常識はずれはその強さだけで充分だという精神の持ち主がいる、と風雅は杏に説明した。


 ただ、彼がいなければCROWNは淳士率いる出鱈目集団になる、とは付け加えなかったが……


『だが、一軍を数人なら出してくれると思う。それでも相手になるか分からないがな』


 それだけ壁は高いということ。事実、風雅は慎司に勝ったことがなく、CROWNに所属してからの慎司の強さがどこまで上がっているのかも知らないのだ。


 だが、それでも零れて来るのは笑み。それは兄弟分である淳士譲りなのか挑戦することに喜びを感じる者の顔だ。

 そうでもなければ魔法格闘技にここまではまることなどなかったのだろう。風雅はその気になれば何でも手に入れられるのだから。


「一ヶ月後、度肝を抜きますから」

『ああ、楽しみにしてる』


 挑戦者とそれを受ける側の顔、その二人の表情が良いものだな、と杏は穏やかな笑みを浮かべた。

 スポーツ精神もあるのだろうが、二人して闘うことが本当に好きだという顔をしているのだから。


『それと杏』

「は、はい」


 突然話し掛けられ杏はビクッと反応した。いくら涼の兄だと言っても、高校生を前にして緊張しない訳がない。


 ただ慎司はこれから杏に降り懸かるであろう、様々な気苦労が予測されているので眉尻を下げて申し訳なさそうに告げた。


『うちの弟達がかなり迷惑かけると思うが宜しく頼む。それと俺の携番は風雅か涼にでも聞いて登録しておいてくれ。多分、連絡することが多くなるからな』

「杏を口説きさえしなければ教えてあげますよ」

『風雅……』


 そんなところまで似たのか……、と再度淳士を思い出す。いや、独占欲の激しさと下手をすれば監禁などという選択肢に向かう心配は風雅の方にあるが……


 とりあえずそこまでなってしまうとまずいので、慎司はあくまでもやんわり忠告しておくことにした。半分、諦めておいた方が正解だとしてもだ。


「あんまり束縛するんじゃないぞ。それに杏、本当に困ったら俺はいつでも味方になってやるから必ずかけて来い、いいな?」


 味方になってやる、それをあっさり言われたことに杏は驚いたが、すぐに嬉しさが込み上げてきて破壊力抜群の笑みを浮かべて慎司に礼を述べた。


「はい、ありがとうございま……!」


 プツン、その音とともに画面に映っていた慎司が消えたので杏の礼は最後まで映らなかった。そう、風雅が強制的に通信を切ってしまったのである。


 そんな風雅の行動に杏はどうしたのかと驚いた顔をして尋ねた。


「ふ、風雅様!? どうしてですか!?」

「その笑顔はあまり振り撒くな。俺限定にしておかないと嫉妬してしまうだろう?」


 それでも通信まで切ったら失礼なのでは……、と思うが気に入らなければ切ることを慎司は知っているため、風雅は特に気にした様子もなかった。


 それ以上に杏を好きになってもらっては困る。今は中一でもいずれは歳の差など気にしない年齢になるのだし……、と思いながら風雅は優しく杏を引き寄せた。


「頼むからあまり他の奴らを魅了するな。俺は気が気じゃなくなる」

「風雅様……!」

「慎司さんもあれだけ整った顔をしてる癖に今までずっとフリーだしな」


 高一にもなった癖に、さっさと彼女の一人や二人でも作っていればこんなに気に病むことはなかったと思う。

 風雅の知る限り、魔法格闘技をやるもので彼女持ちという人物はゼロだ。ごく一部、絶対杏を恋愛対象として見ないものはいるが……


 そんな風雅の気掛かりなどやはり理解出来ないのか、杏は首を傾げるばかりだが、そろそろ下校するかと風雅は立ち上がり、ロッカーから鞄を取り出してパソコンを鞄の中にしまうと杏に手を差し出した。


「さて、慎司さんにも紹介出来たし帰ろうか」

「はい……」


 やはり礼がうまく伝わったのかを気にしてらしく、若干晴れない表情を浮かべて杏は風雅から差し出された手を取った。

 もちろん、彼女のことなので後からきちんと非礼の電話はかけるのだろうが。


 それがいくら慎司とはいえ何となく面白くないと思うが、そういえば話し忘れてた、と風雅はもう一つ杏にとって重大なことを思い出した。


「ああ、言い忘れてたが杏も今日から冴島家で暮らしてもらうから」

「……はい?」


 一体この人は何を言ってるんだ、あれは選抜メンバーだけに向けられた話しじゃなかったのかと困惑した。

 その前に自分の両親がそんな無茶苦茶なことを認めたのだろうかと思う。


 しかし、杏が一緒に住むなら問題ないとしか思ってないのか、風雅は坦々とした口調で続けた。


「心配しなくても昴以上の待遇はする。因みに部屋も俺の隣だからいつでも来い。ああ、今日はテスト勉強でも一緒にやろうか」

「でもっ……!」

「居たくないだろう? 継母に傷付けられるしかない家なんて」


 グサリと胸に突き刺さる言葉だった。正にその通りで、自分と継母の関係は最悪と言っても良かった。

 とはいえども、杏から話しかけることはないので、向こうから一方的に暴言を吐かれていると言った方が正確ではあるが。


 杏は足を止め俯きながら風雅に尋ねた。脳裏に浮かぶのは義姉の宮内沙里の顔だ。


「……義姉から聞いたんですか?」

「ああ、海宝とは交流が深いからな。杏を連れ出してくれと頼まれた」

「慎司様も……」

「ああ、宮内先輩と仲良いし知ってる」


 そういうことかと杏は納得した。自分の姉が慎司に伝え、慎司が風雅に伝えたのだろう。

 きっと今年から沙里が海宝高校、もとい魔法議院『EAGLE』の部隊に配属され寮暮らしになったため、逃げ道を作ってくれたのだと思う。


 だが、継母が自分に強く当たるのも仕方ないことなのだと沙里が姉になった時からずっと思っていたのだから……


「だが、そうじゃなくても俺はそうしたよ。寧ろ宮内先輩から許可も下りてやりやすくなったか……」

「えっ?」

「いや、こっちの話だ」


 沙里が慎司を通して伝えてくれた伝言に「うちの妹を風雅君が大切にしてくれるなら風雅君のものにしても良いわよ!」と満面の笑顔で言っていたと聞いていた。


 ただ、慎司は沙里のシスコンぶりを知っているので、大切にするまでにしておいて欲しいと切実に願っているのだが……


「だからもう何も心配するな。これからは俺が、いや、俺達が杏を守ってやるからお前は笑ってろ。これは命令だ」


 命令だと言っておきながらその表情はとても柔らかい。これほど夢みたいな状況に飛び込んでしまっても良いのだろうか、全てが今までと逆の世界は自分にとって贅沢なのではないかと戸惑う。


 しかし、風雅はギュッと手を握ってくれる。全面的に信頼しろと伝わって来る。ならばもう答えは一つだけで良いのだ。


「ありがとうございます……! よろしくお願いします」


 華が咲いたような弾ける笑顔に雷にでも撃たれたような衝撃が走る! まずい、この破壊力は本気で誰かに見せたらまずい!


 だが、きっとそれ以上にまずいのはこれからの日常。杏を隣の部屋にしたのはある意味とんでもなくまずいことだったのかもしれない。


「……理性がもたないかもな」

「はい?」

「いや、ギリギリまでは堪える」

「はぁ……」


 本当に何のことだろうかと思いながらも、杏は風雅に手を引かれながら校舎をあとにするのだった。



 いきなり通信を切るほど杏と関わらせたくないのかと、風雅の独占欲に慎司は呆れたが、ライバルで悪友の沙里には良い報告が出来そうだと思う。

 あの分だと杏を冴島家に保護するという形を取るに違いない、あくまでも保護という名目でとは信じたいが。


 とりあえず沙里に心配するなと連絡しておこうと携帯を手にしたところで、青いジャージ姿の友人が気配を現した。


「慎ちゃん、中等部からの報告終わった?」

「大宮」


 慎司が振り返るとそこには同学年で同じCROWN所属の少年、大宮和人がこちらに笑顔を向けて立っていた。


 因みに慎司とはここ数ヶ月の付き合いだが、すっかり和人が慎司に懐くという構図が出来上がっている上に、淳士とも気が合う仲らしい。


「ああ、さっきな。それで何か用か?」

「うん、それがまた淳士さんが問題起こしたんだってさ」

「……今度の請求額はいくらなんだ?」


 いい加減に器物破損と重傷者多数、おまけに魔法議院の上層部を怒らせるような行動ばかり取っていると痛い思いをするのはこちらなんだが……、と慎司は思うがそれを改める者達が少ないのがCROWNたる由縁だ。


 ただ、今回はどちらかと言えば問題児の和人でも若干困った表情を浮かべている。


「う〜ん、今回ばかりは額で決められそうにないかな」

「文化財の価値も分からず破壊したのか?」

「いや、破壊じゃなくて略奪……? いや、それも日本語としては変か……」


 犯罪といえば犯罪かと和人は思うが、間違いなく同意のもとに行われた所業と言った方が適切かとも思う。


 そんな曖昧な答え方をする和人にはっきり言えと慎司は促した。


「一体何を奪ったんだ、あのバカは」

「ああ……、もともと相思相愛の二人だし冴島家に嫁いでも世論は反対しないし、何よりチームメイトだけどさ……」


 この時期はまずかったよなぁ……、と頬を掻く和人に慎司は額を押さえた。

 そう、間違いなく自分の兄は国的に問題のある行動を起こした訳である。せめて冴島家として話を付けに行けばまだ何とかなったのではと思うが……


「あのバカ……! 俺も出るとボスに伝えてくれ!」

「了解、慎ちゃん!」


 しばらくは学校どころじゃないな……、と思いながらもいずれは姉となる人物を助けるため、慎司は動き出すのだった。



 そして、この動きこそ後々の事件に発展し、中学生達も当然のことながら巻き込まれていくのである……




はい、大変お待たせしました☆

今回は杏が気になっていたインターハイの月を見せてくれた相手が風雅様だと分かり、少しだけ近付いてくれたらなと。


そして、高等部では何やら事件が??

大宮和人という慎司の相方が何やら淳士が問題を起こしたと言って来てる訳でして……

そんな訳でまだまだCROWNは続くのであります。



では、今回の小話をどうぞ☆



〜本の趣味は?〜


杏「陸君、本好きなんですか?」


陸「はい、僕の趣味です。蓮君も沢山読んでますよ」


杏「そうなんですね」


雅樹「てか、活字ばかりでよく飽きねよな」


陸「エロ本ばかり見ている君と一緒にしないで下さい」


雅樹「エロ本は男のロマンだろっ! 陸だって見るだろうが!!」


陸「見ない男子中学生は少ないと思いますが、藍さん達の前で見るのはマナー違反ですよ」


杏「そうですね、藍ちゃん達も怒るかと……」


雅樹「まぁ、藍は普通に怒るが俺だって真理の前では少し気を遣ってるぞ?」


陸「そうなんですか?」


雅樹「ああ、あの絶壁に巨乳を見せたら落ち込むからな」


陸「確かにそうですね……」




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