第六話:強襲
魔法学院の魔法格闘技部には二軍、三軍にコーチはいても一軍にはいない。もちろん、学校の部活動なので顧問はいるのだが老齢のためか指導することはない。
つまり、一軍を実質指導しているのは部の主将である。その理由もコーチより明らかに指導力と実力があるため、主将が行う伝統となっている訳だ。
そして、現魔法格闘技部の主将である一之瀬風雅はその歴史上、もっとも部員達を服従させている主将と評されているのだった……
「本日は予告通りスタメンテストを行う。この結果次第で一軍昇格、または降格があるのは当然だが、今後の団体戦のオーダーも今日の結果によって決めるので各自ベストを尽くすように」
淡々と話す風雅は毎度のことながら、どの中学の監督より威厳があるのではないかと部員達は思う。というより、時々彼が中学二年生だということを疑いたくなる。
もちろん主将だといっても一部員なので同じ青いジャージ姿なのだが、練習時は一緒に行わず上着を肩に掛けて様々な記録や戦略を書き込んでいる姿をよく見る性か、どうも一部活の主将という見方が出来ないのだ。
「では、各チームに分かれ試合は十分後に行う、散れ」
「はいっ!!!」
威勢の良い返事と共に部員達はフィールドへと散らばって行くのだった。
試合開始前、部員達は対戦表を確認してそれぞれ戦いの舞台となるフィールドの前で簡単な作戦会議を行う。
魔法格闘技には相手の情報やチームの特色を掴み、戦略を練ることも勝利に必要なことだからだ。
そして、その間にやるマネージャーの仕事は当然ある。杏は副主将の修平に連れられ、フィールドを作る装置の前で説明を受けていた。
「二つのフィールドを作る時にはこのデカいボタンを押せ。片面だけなら左右どちらかのボタンだ」
「はい、かしこまりました」
杏は教わったことを一つ一つメモに書き込んでいく。その熱心な様子に修平は心の中で満足げな笑みを浮かべると同時に、風雅に気に入られてしまった彼女に同情を覚えていたのだった。
先程まで風雅が手取り足取り教えると杏をからかっていたが、試合前なのだから中一組の面倒をみるように、と修平が強制的に風雅を杏から離したのだ。そうでなければ部活の風紀が乱れる。
しかし、いつもなら何が何でも指導役をやると駄々をコネる風雅が珍しく何か思ったのか、何故かあっさり引いたのに修平は目を丸くした。
まぁ、試合が終わったらたっぷり杏を堪能させてもらう、と怪しい笑みを浮かべて去っていったのだが……
「あと滅多にないが、もし爆弾を持った馬鹿な奴が来た場合には非常用のボタンを押せばフィールド内の消火や除染、さらには結界も放射能遮断が追加されるからな。とりあえず、今日はそのデカいボタンを押せ」
「はい」
修平に一通りの説明を受け、杏はボタンを押せば二つのフィールドに魔法の結界が張られる。そのフィールドの役割を簡単に説明すればどんな魔法も武器も通さない、目に見えない鉄の壁といったところか。
実際、フィールドの壁に苦無を投げた場合、苦無はフィールド外には出ることはなく結界の壁に弾かれる。もちろん、魔法の類もフィールドに吸収されて威力が外に漏れ出ることはない。
「んじゃ、次はフィールド内の確認だ。魔法弾くらいは作れるな?」
「はい」
「よし、じゃあ作ったら結界に向かって一発放っとけ。まず外に貫通することはないだろうからな。俺はもう片面を見ておくから」
「はい、かしこまりました」
そう言って二人は一度分かれた。修平がわざわざ片面のフィールドの結界の強度を確認することを買って出たのは、こちら側のフィールドで行われるテストの戦闘者のレベルが杏が確認しに行った方より高いため。
いくらフィールドが安全で定期的に検査を行っているといえども、戦闘者のレベルがあまりにも高過ぎた場合、結界が全ての威力を無効化出来ず外に漏れ出す恐れがあるからだ。
その点に関して魔法学院のフィールドのレベルは常にその時代の最新型。そうせざるを得ないようになったのも歴代最強の男、冴島淳士のレベルが桁違いだったためである。
そして杏は結界に魔法弾を放って貫通しないことを確認した後、修平の元へ報告に向かった。
「修平先輩、確認終了致しました」
「オウ、ご苦労さん。フィールドの確認は基本風雅にだが……、極力俺か駿に報告すること。風雅に言ったら部活が中断する気がする……」
「はい、かしこまりました……」
それだけはまずい、と杏は大人しく従うことにした。自分の性で部活を中断させては他の部員に申し訳が立たない。
ただ、あくまでも杏は被害者だと思うのか、修平はポンと彼女の頭に手を置いて軽く撫でた。
「まっ、何か困ったことがあったら俺を頼れ。風雅は主将以外にも結構多忙だからな、マネージャー業や学校生活でも力になってやるよ」
「はい、ありがとうございます」
パアッと可愛らしい小さな花が咲いたような笑顔にまた修平はドキッとする。これはやはり破壊力満点だと思うが、一男子として悪い気はしない。
しかし、それ以上はダメだと杏のお兄ちゃんポジションを獲得した駿は彼女の後ろから腕を回して軽く注意した。
「修平、あまり杏ちゃんに触ってたら兄として怒らせてもらうよ」
「きゃっ!」
突然気配もなく、後ろから抱き着いてきた駿に杏は小さく悲鳴を上げた。頭に丁度駿の顔が乗ってるあたり、どうやらかなり楽な体勢を取れてるらしいが、こちらに被害が及ぶ前に止めない訳にはいかない。
「お前な……、杉原に後ろから抱き着くな。風雅に見られたら練習倍にされんぞ」
「うん、そうしようかなって。それに理由付けがあった方がきっと練習にも身が入るでしょ?」
どの道修平も一緒だから、と笑う駿にガックリと肩を落とした。確かに自分が杏に触れた時点で外周五周行ってこい、とぐらいは言って来るだろう。
それに理由付けを無理矢理作ってでも鍛え上げた方がいい、という駿の考えは確かに正論だ。特に杏に関してのペナルティなら間違いなく倍の量なのだから。
「……ぶちのめされても知らねぇからな」
「大丈夫、練習は倍でも風雅は俺を信用してるからね。それに杏ちゃんの頭の位置が丁度良くってさ」
「お前また身長伸びたな……!」
ここ最近、成長期の性か膝が痛いと言っていた駿の身長は急激に伸び始めていた。
百八十は超えたいと入学当初は百五十センチほどしかなかった駿は、今や百七十センチ後半に差し迫っている。羨ましい限りだが、おそらく今年中に突破するのだろう。
「まぁ、修平も風雅よりちょっと小さいぐらいだから気にすることないよ」
「気にしてねぇよ!」
「だから杏ちゃん、修平にはカルシウム多く取らせてあげてね。せめて背ぐらいは風雅と並んでも見劣りしないようにしてあげたいから」
「ふざけんなっ!! シバくぞ!!」
「どの道風雅にシバかれるって」
そんな賑やかな応酬を二人に挟まれながら繰り広げられていた杏はそれが終わるまでの間、一体どうすればいいのかとしばらくワタワタするしかなかったのだった……
そして当然の如く、二人のメニューが倍にされたことは言うまでもない……
魔法格闘技、団体戦。その勝敗の基本は戦闘者がより多く残った方が勝ちで、残った数が同数の場合は全員の体力ゲージと予備として相手に入れた攻撃数で決まる。
当然、体力ゲージはチームごとによって違いがあり最初から持っている数値も違う。しかし、お互いの魔力が均衡し両者とも戦闘者ゼロ、体力ゼロとなった場合は手数で判定されるという訳だ。
死力を尽くした戦いは滅多に見られるものではないが、極稀にそれが起こる事はある。それがインターハイ決勝戦だ……
フィールドの傍で中一組はスタメンテストに備えていた。予測していたことだが、どうやら中一でこのテストに望むのは自分達だけらしい。
「一年生は俺達だけか。まっ、相手は三年だし何とかなるかな」
「そうだな、風雅隊長が相手だったら殺されるとこだったし」
目の保護の為に中一組は魔力の宿った目薬を点眼する。これは失明を避けるため、魔法格闘技を行う前に必ず点眼するように義務付けられているものだ。
いくらフィールド内での怪我が外では無効化されるといえども、フィールド内で失明となった場合は治療困難となるからだ。そうならない為に試合前には保護しておくという訳である。
その時、一気に彼等の血の気が無くなる声が背後から掛けられた。
「お前達」
ビクン、と反応してしまうのはもはや癖。それは風雅に対して敵意剥き出しの昴までも同じ反応になってしまうのだから仕方ない。
そして後ろを振り返れば、腕組みをして微笑を浮かべる隊長が立っていた。
「風雅隊長……」
「コンディションは悪くないようだな」
悪いと答えた瞬間に殺されるからだ……、と言える猛者は当然いない。
しかし、予測通りというべきか風雅が自分達の元に来ていることを上級生達は快く思ってないようだ。慣れてはいるが陰口は聞こえて来る。
「風雅隊長、良いんですか? あまりこちらに肩入れしない方が……」
「一年生に優しさぐらい見せるのが先輩の在り方だろう? なんせ相手は三年の一軍なんだからな」
優しさと言うよりプレッシャーを掛けに来たと言った方が正確だ。綺麗過ぎる笑みとオーラは半端なく黒いどころじゃない。
ただし、風雅は練習では超絶に厳しいが、試合前の陸には少しだけ優しさを見せる。他の者達にはさらに厳しさを増すが……
「陸、制限は四割でお前の力は五割温存しておけ。まぁ、腹が立つなら上乗せしても良いけどな」
「分かりました」
つまり感情を優先しても構わないということ。そういう気持ちを汲んでくれるところに陸は有り難いと微笑を浮かべた。その一言だけで、使うかどうかは状況次第にしようと冷静にもなれる。
ただ、昴は魔法格闘技の専門用語だろうと思ったが、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「陸ちゃん、制限って何スか?」
「はい、今から皆に四割の魔力で戦ってもらうということです。もちろん、若干の誤差はありますけど」
「へっ? 何で?」
どうも理解がしづらい。魔法格闘技にそんな魔法があったかと昴は首を傾げるが、それは学校の授業で習うどころか滅多に使うものがいない魔法なため、陸は分かりやすく解説しておくことにした。
「つまり全員の魔力を温存させる力を僕が発動して、少しでもスタミナを持続させるということです。団体戦といっても一日に何試合もあったら疲れるでしょう? 決勝戦でボンコツだったら意味がないですから制限を入れておくんです」
「どうだ! 陸はスゲーだろ!?」
陸の後ろから腕を回してドヤ顔を決める雅樹だが、それでも昴は尤もな指摘を入れた。確かにスタミナも大切だが、それ以上に敵がフリーの陸をほって置く訳がないのだから。
「だけど陸ちゃん、それだけしか出来なかったら」
「だから俺達がいるんだろうが! 大体お前さ、団体戦でどこまで相手の動きを見て戦えると思ってんだ?」
「どこまでって……」
これだけの広さだ、自分と自分の敵と何か巨大な魔法を使う者しか映らないのが普通だ。もちろん、連携を取ればまた違った見方も出来るのだろうが……
「全部なんて見れないだろう? だからお前は普通に戦っていいから陸に頭下げとけよ」
「って、陸ちゃんだって一人は相手するんじゃ」
「んなわけねぇだろ。というより一人どころじゃないかもな」
ニッと笑みを浮かべ、何やら意味深なことを告げてくれた雅樹に昴はますます疑問の渦に飲まれた。どう考えても制限の能力しかなさそうな陸に何人も相手が出来ると思わない。
もしかしたら相手の力まで抑えてしまうのではないかと思うが、制限するのと抑制はまた別の魔法で、魔力自体そこまでない陸が相手の力を抑え続けることはまず不可能だ。
そんな疑問が頭の中でグルグル回りながらも、涼と相手の情報を確認し終えた蓮は一気に作戦を組み立て全員に指示を出した。
「まず控えには俺が入っておく。相手の情報から今回はスピード戦で相手を沈める。各自相手を撃破次第、昴を助けてやれよ」
「蓮ちゃん、俺はそんなに弱く」
「だから経験の差は出て来ると言ってる。相手を一発で倒せないと分かってる以上、判定に持ち込まれるんだ。相手側の掲示板を見てみろ」
「掲示板? そんなのもあるんスか?」
どうやら本当にいろいろ知らないらしい、と蓮は肩を落とした。もちろん、小学生の授業で行われる魔法格闘技に電光掲示板は確かになかったが、武器使用以外のルールは同じなので予測はしてもらいたいところだ。
しかし、元から面倒見が良すぎる性格な為か、蓮は昴に分かりやすく解説し始めた。
「いいか、団体戦の場合は上に全員の体力ゲージ、下には相手に何発入れたかがカウントされる。だが、体力ゲージは個人が抑えている場合、または相手に回復系がいた場合は変動するから最後まで気を抜けない判定要素の一つだと覚えておけよ。もちろん、控えの選手がいる場合もだ」
「ウッス」
やっぱり犬属性だと蓮の指導を受けている昴を見て一行は思う。風雅に至ってはどうやって調教してやろうかと黒い笑みを浮かべているほどだ。
そんな笑みに蓮は気付いているが、後のことはご愁傷様ということにしておこうと解説を続けた。
「だが、あくまでも全員が倒れてない時の判定だから、基本は相手を戦闘不能に持ち込むこと。極端な話、体力があるのに戦闘不能になる場合もあるしな」
「骨折でもして動けなくなったりとか?」
「まぁな。あとは幻術とか体力をずっと抑え込むほどのスタミナを持った戦闘者がいた場合もあるが」
「じゃあ、とにかく気絶させたら良いんスね!」
「極論はな。団体戦は残った戦闘者が多い方が勝ちだし」
昴の言うことは正論で試合終了時にダウンさえ取っておけば勝ちだ。ただ、格下相手なら望めることで、格上だとそう簡単にいかないことがしばしば。
だからこそ、普段の練習からそれを考慮して戦うように心掛けておくことが大切である。
「それに魔力ゲージは表示されないから裏をかかれるような馬鹿にも気をつけろ。あと攻撃も極力喰らうな。両者の実力が均衡してた場合、それで判定負けも有りうるからな」
「マジっすか!?」
「ああ、試合終了後の体力ゲージが同じ場合、使われてる判定基準だけどな」
つまり考えて戦わなければ力の差があっても逆転されることがある。それが魔法格闘技の難しさでもあり楽しさでもあるということ。
そしてついに時間となり、中一組の中学初の団体戦となった。若干の緊張はあるものの、特に気負った感じはない。それは初心者の昴も同じらしい。
「分かったら行ってこい。出来れば俺を引っ張り出さないようにな」
微笑を浮かべて送り出してくれる蓮に、一行は良い顔をして答えてくれた。
「任せとけ! 寧ろ俺一人で片付けて来る」
「陸、雅樹が制限に抵抗するような馬鹿やったら刺して良いからな」
「寧ろ練習五倍にしてやるから」
「おいっ!!」
蓮と風雅の脅迫を受け、中一組はフィールドの中に入って中央に整列するのだった。
「それにしても蓮、チームリーダーの貫禄が出て来たな」
一年前、蓮に中一組のリーダーになるよう命令したのは風雅だ。一行は小学生の頃、近所の魔法格闘技のクラブに所属していたが、風雅が中学に進学したと同時に中一組の面倒が見れないからと蓮に任せたのである。
その事に対してニヤニヤと笑う風雅に蓮は眉尻を下げて答えた。
「風雅隊長がいなかったからでしょう? だけど今年は楽させてもらいます。俺は一戦闘者として戦いたいですし」
「ああ、今年はそれで構わない。あと涼との連携は心配してないが、藍とは合わせられるようになったか?」
それは一年前に課されていた蓮への課題。中学生になれば絶対に必要となる日が来ると、渋る藍を黙らせて連携を取れるように命令されていたが、それに対して蓮は眉を顰めるしかなかった。
「ええ、取れてない訳じゃないですけど、それこそ自己主張ばかりの連携で……」
「お前達らしいな」
恋敵も驚くほどのライバル関係である蓮と藍。おそらくそうなるとは思っていたが、紙一重の場面にも立ち会うといったところか。
しかし、一年間で鍛えてきたのは連携だけではない。寧ろそれ以外は課題達成だと蓮は胸を張って答えた。
「でも、今年は期待しても良いですよ。まだあいつも帰って来ていない上に全員成長してますから」
「そうか、だが一軍への配属はシビアに判定させてもらうからな。当然、修平と駿にも決めてもらう」
「そういえばあの二人の実力って」
「強いに決まってんだろ、一年坊主」
寧ろお前達より上だと言わんばかりの表情を浮かべ修平と駿、そして杏もタオルとドリンクを代車に乗せてやってきた。その瞬間、風雅は杏の腕を取り自分の中に閉じ込めてしまう。
「風雅様っ!!」
「杏、修平に何もされなかったか?」
「する訳ねぇだろうが! てか、部活中にイチャイチャすんじゃねぇってんだろうが!」
「主将の特権だ。お前はもう一度アップでもしてろ」
「お前がしとけよ!」
そして始まる杏を挟んでの応酬。本日二回目のサンドイッチに杏はどうすればいいのかと思うが、部内のトップ二人に意見出来る駿は放置することに決めたらしく、ニッコリ蓮に微笑んだ。
「とりあえずあの二人はほっておこうか」
「ですね……」
杏には申し訳ないけど……、と蓮は心の中で彼女に謝罪して駿と話しておこうと思った。それだけ駿には興味を持たされる。
何となく駿から感じるのは風雅と違った不思議な気配といったもの。おそらく女性も羨むような綺麗さと穏やかな性格がより拍車を掛けてるのだとは思うが……
「それとさっきの話だけどね、心配しなくても俺達は強いよ。だけど君達との連携が上手くいくかは見せてもらわないと分からないけどね」
「その連携ですけど、駿先輩の思考って人の倍分かりづらいですよ。俺達に合わせられるかは」
「それは心配ないかな」
駿は蓮の言葉を遮る。どういうことだと思うが、彼はもっとも簡単な答えを出してくれた。
「君達に合わせるのは俺の仕事。なんせ、俺はオールラウンダーで先輩だからね」
その答えに蓮は目を見開いた。オールラウンダー、まさかそんなタイプが中学生にいるとは思っていなかったからである……
そこにようやく口論をやめ、というより杏が風雅に後ろから抱きしめられて座るという状況に落ち着いたため、修平も諦めを悟りいつもの冷静さを取り戻した。
今から行われる試合は一瞬たりとも見逃すわけにはいかない、まさにこれから自分達と共に戦うものを選抜する戦いなのだから……
「さて、相手はギリギリ一軍の三年生か。どっちが強いかは明白だが、風雅の推した陸って奴の実力は使えないと思ったら三軍だからな」
一切妥協はしない、寧ろ飽きるような試合ならすぐにもう片面のフィールドでスタメンを選ばせてもらうとその表情は語っている。
しかし、風雅は全く心配いらないと自信たっぷりに答えた。寧ろフィールドの外にいて、陸に注目すれば目が離せなくなるのだから……
「そうか、だったら目を離すなよ。必ず組んでもらう事になるからな」
「風雅、杏ちゃん抱きながらじゃ貫禄ないよ」
「愛があるから良い。杏もよく見ていてくれよ」
「は、はい……」
本当にこの部は大丈夫なんだろうか……、と蓮は思う。しかし、歴代の部長にまともな人物が少ないと知るのはまだ先の話だ。
そして、中一組とギリギリ一軍と称された三年生で構成されたチームは互いに睨みをきかせながら、センターラインを挟んで整列する。
当然、審判も部員達が務める訳だが、こちらの審判もギリギリ一軍の二年生だ。
もちろん、ラフプレーでもすれば風雅達が動くので問題はないが、やはり中一組に何かしてやろうと企んでいると陸は感じ取っていた。ならば……
「これよりAチームとBチームの試合を始めます!」
「お願いします!!」
互いに挨拶し、一行はフィールドに各々散らばろうとしたその時、三年生の一人が陸に暴言を吐き出した。
「おい、軟弱!」
「……否定はしませんけど何ですか?」
中一組はピクリと反応したが、陸が全員の魔力に若干分かる程度の制限を掛けたため反論しはしなかった。
ただ、不穏な雰囲気に気付いていた風雅と蓮はいつでも動けるように魔力を高めているが。
「お前みたいなのがどうしてテストを受けられるのか、それに風雅に気に入られているのか知らねぇけどな、才能も何もない奴が挑んで来るなら俺はお前を再起不能にするからな」
「テメェ……!」
「雅樹君」
雅樹が殴り掛かろうとする前に涼がその拳を止めた。今ここで殴ることはそれを認めてしまうことだと陸は目で雅樹を制する。
それに強豪校で一軍になることは、自分達と同じように練習を積んだものでなければまずなれないのだから。
「確かに僕には才能も魔力もない。ですが、このチームが負けることはありません」
そう言い切る陸にさすがの三年生達もそれ以上言わなかった。寧ろこれからは実力で証明するしかこの問題は解決しないのだから……
それから両チーム、センターラインから少し距離をおき片面ずつに分かれる。ここで誰が誰の相手をするかを見極めるのだが、ここで陸が昴のもとに近付いた。
「昴君」
「何スか、陸ちゃん! 俺は陸ちゃんを守るためならあいつらぐらい一気に片付けて来るっスよ!」
犬と化している昴は親指を立て、キラキラした笑顔を浮かべるが、その正反対の無表情のまま陸は昴に告げた。
「僕がフォローしますから相手に強襲して下さい。それも思いっきりきついの一発」
「へっ?」
「良いですね、例え何が飛んで来ようと突っ込んで下さい」
「……分かったっス」
相手を見る限り自分より大した事はない。何か投げて来たとしてもそれを避ければ良いと思うが、それを表情で気付いたのか雅樹がゴツンとゲンコツを落とした。
「イタッ! 何するんスか!!」
「お前、相手の攻撃を気にして突っ込むつもりだろうが!」
「ぐっ……!」
「陸が突っ込めと言ったら突っ込め! もし運悪くやられたとしてもチームの負けはないからな!」
チームの負けはない、そう言い切った雅樹に昴は何か思うところがあったのか眉を下げたが、やはりそう思われても仕方がないと最初から分かっていた陸はもう一度昴に告げた。
「昴君、僕を信じて下さい。君と初めて組むのに負けさせるような事はしませんから」
「陸ちゃん……」
そして陸は背を向けてフィールドの端へと向かう。
僕を信じて、そう告げてくれた陸の目は昴の心に深く刺さった。今まで何度も同じようなことを言われ続けて来ても諦めなかった者の強さは宿っていて……
ならばと昴はキッと相手を睨んで身体に魔力を纏う。先程、陸を弱いと暴言を吐いた三年生はフィールドの奥にいて、その周りにも他のメンバーが突っ込んで来ようものなら攻撃する体勢にある。
しかし、昴の心は決まっていた。狙うは陸を馬鹿にしたあの三年生!
そして試合開始のホイッスルが鳴り響くと同時に昴は地を強く蹴った!
『あいつはぶっ飛ばす!!』
まさに特攻、センターラインの近くにいた三年生達の間を縫って昴は一番奥にいた三年生の元まで一気に詰め寄り、右の拳に強い魔力を纏った。
それと同時に他の中一組も静かに動き出す。しかし、それは昴がやられるからではない。寧ろ信じているからこそやるべきことがある。
「馬鹿が! 突っ込んで来やがったか!」
やはり初心者だと相手は昴に苦無を投げて来たが、それは一瞬のうちに彼の前から消え去った!
「えっ!? クバッ!!」
そして頬に入るきつい一発。その光景にはこのからくりを知らない誰もが目を見開いて驚いたが、それをやってのけた張本人は無表情のままこう告げた。
「強襲成功です」
試合は予想外の攻撃から始まりを告げたのだった。
お待たせしました☆
早速ですが、今回からちょっとした小話を後書きに書いてみようかと。
ネタがあった方が面白い上に、キャラクターのことも知ってもらえるかなということで。
〜杏ちゃんのお仕事〜
藍「魔法格闘技部のマネージャーってやっぱり大変?」
杏「そうですね、ですが家事は好きですし皆さんが美味しそうにドリンクを飲んでくれると嬉しいです」
真理「そっかぁ、やっぱりドリンクのこだわりってあるの?」
杏「はい、藍ちゃんと真理ちゃんには脂肪燃焼系のドリンクを作るように命じられてますし……」
藍「あの隊長が……!!」
杏「修平先輩にはカルシウム入りのドリンクを作るように駿先輩から言われてますし……」
真理「やっぱり身長気にしてるのかしら……」
杏「雅樹君達には特殊な粉を入れるようにと……」
藍「まさか毒なんじゃ……」
杏「ですが、やはり風雅様のドリンクに一番気をつけるようにと……」
真理「やっぱり栄養面を考えてるとか?」
杏「いえ、練習中は膝の上に乗って飲ませること、または口移しでも可だと……」
藍・真理「「何させとんじゃ!! あの隊長はっ!!!」」
〜おしまい〜