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CROWN  作者: 緒俐
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第四十七話:一之瀬家

 成瀬祥一はやはり名家の息子なのだと海は改めて思った。大学病院に着けば主治医と看護士がわざわざお出迎え、検査の待合室もいかにも高級、そして何故か仕事をしている自分にも紅茶とクッキーが運ばれてくる。


 もちろん、普段から祥一に仕事の邪魔をされているので集中できる環境は非常に有り難いのだが、ここまで特別待遇というのは若干申し訳なくなってくる。特に自分はあくまでもマネージャーだからだ。


「海様、失礼致します」

「はい」


 後ろを振り返ればこの病院の院長。自分の対応をしているのは本日の午後が休診日だから。しかし、明らかに祥一が連れてきたということで自ら対応させてくれと言ったのだと思う。


「祥一様の検査がまもなく終了致します。大変お待たせして申し訳ございません」

「いえ、こちらこそご配慮頂きありがとうございます」

「とんでもございません! 祥一様には大変お世話になっておりますから、未来の奥方様には当然のことをしたまでです!」

「……はい?」


 誰が未来の奥方になったのだろうかと海は思う。少なくとも自分は祥一に嫁ぐ約束をした覚えはない。しかし、ここで否定しても「海はツンデレだから」とあの宇宙人に言われるだけなので、海は切り返すのはやめておいた。


 そんなやり取りをしていると扉が開き、制服姿の海宝中学魔法格闘技部部長様は問題ないといった表情で入ってきた。


「海、待たせてゴメンね。寂しかった?」

「いえ、厚待遇をしていただいて仕事がはかどりました」


 主将がいないとかなり、とは言わなかった。さすがにこの場でいつもの応酬はさらすつもりはない。


「そっか。院長、海がお世話になりました。ありがとうございます」

「とんでもございません! 未来の奥方様に対してはまだ足りないぐらいですから!」

「でも海は喜んでくれましたから。出産の時はここにさせてもらおうかな」

「お待ちしております」


 誰が出産だ、と海は眉をひそめる。本来なら苦無ぐらい刺しているところだが、これもまた病院内でやると面倒なので止めておいた。


「じゃあ、海。うちに行こうか」

「はい……」

「お見送りさせて頂きます!」


 いや、もう本当に気を遣わないで欲しいと海は思うが、結局は病院の重鎮達がぞろぞろと出て来て、それは丁寧なお見送りを受けたのだった。


 そして、お見送りが終わった車内で海はひどく深い溜息を吐き出した。原因は全て目の前に座る宇宙人だ。


「はぁ……」

「海、溜息付いてると幸せが逃げちゃうから今すぐ俺と」

「主将といるだけで幸せは飛んでいってます。とりあえず検査結果が良くて、相変わらず治りが早くて安心しましたが、あまり無茶ばかりはしないで下さい」

「うん、海をエスコートするにもちゃんと体調は整えたしね、もう心配いらないよ」

「杏ちゃんや桜ちゃんでもですか?」

「あの二人は守る対象だろう? お嫁さんにするんじゃないよ。それに俺じゃなくても二人をエスコートしたそうなメンバー考えてみなよ……」

「すみません、心から謝ります」


 それだけは失言だったと海は反省した。桜には蓮が、杏には風雅様がいる時点で祥一がエスコートしようと思うはずがない。宇宙人も手が出せないものがあるということだ。


「ですが一之瀬家のパーティーには変わりありません。私は一般庶民……、というのも若干変な両親ですが、主将にエスコートさせて良い身分じゃないことぐらい分かってます。ですから」

「だから海が良いんだ。それに身分を利用して良いなら俺は海を監禁することも出来るよ? ほら、やり方なんていくらでも」

「しないで下さい。特にこんな時に宇宙人の頭脳も発揮しないで下さい」


 忘れてはならないことがあるというなら、この主将は権力だけではなく頭も宇宙人だということ。さりげなく犯罪の一つや二つ揉み消すぐらいは造作もなく、下手をすれば監禁を正論と化してしまうぐらいのことはやりかねない。


 ただ、監禁はあくまでも風雅じゃないから冗談だと笑い、祥一は話を続けた。


「そういうことだから海、気にしないでエスコートされてよ。俺は海が良いんだから」


 こういう時の顔は本当に性質が悪いと思う。自分を口説く時は何度も刺してやりたいと思うのに、成瀬家が関わってくることに対しては本気で自分が好きだと言われているようだ。

 そんな顔をしている時は海も蔑ろに出来ず、少しそっぽを向いてぼやくのだ。


「……本当に早く他に好きな人を見つけて下さい」

「う~ん、無理じゃないかな。俺の初恋は海だし、その時からお嫁さんにするって決めてるから」

「だから何でそうなったんですか……」

「ナイショ! ほら、パーティーは夕方からだけど軽食行って家でドレスアップするよ。兄さんも一度うちに戻るから」

「えっ! 辰也さん戻られるんですか!」


 海の表情が輝いた。祥一の兄である辰也は昔から海が憧れに憧れている人物だ。それこそ扱いに雲泥の差がある。


「まぁね。次期成瀬の当主だからそれなりのことはあるし、海とも会いたかったみたいだから」

「ど、どうしましょう主将! 私、憧れの人と直線会うのは緊張して……!」


 無表情の少女がここまで照れるのは珍しい。しかも海が情報に嵌まれば嵌まるほど辰也に惹かれているのは非常によく分かる。ただ、そこには祥一も突っ込んだ。


「うん、情報マニア同士だから分かりたいけど、とりあえず恋愛方面に勘違いされる発言は慎もうか。兄さん、未だにフリーだから勘違いされたら俺が困るし」

「……辰也さんが彼氏なら毎日」

「うん、お義兄さんにしようね」

「それでも主将を放置して……」

「海、さすがに泣くよ?」


 とは言うものの、海の態度が変わることがまずないのも昔からのお決まりだった……


 

 成瀬家。財界でも一之瀬家程ではないがかなりの地位を築き上げている名門中の名門。とはいえ、息子可愛さに魔法格闘技用品店を作り上げ、海可愛さに子供服ブランドをいくつも展開しているある意味かなり自由な家系。


 しかし、それでも大成功しているのが成瀬家たる所以なのだと海は思っている。理由は言わずもがな、宇宙人の両親はやはり宇宙人だからである。


 そして、そんな成瀬家に海が来るとやはり使用人総出で迎えられたのだが、本日は少しだけ変わっていた。


「祥一、海ちゃん、おかえり」

「辰也さん!」


 無表情ながらも何でそこまでキラキラするのかと祥一は思う。自分達を迎えてくれたのは海宝高校二年、EAGLE情報部隊長の成瀬家長男、成瀬辰也だ。

 海いわく「顔立ちはよく似ているが性格に雲泥の差がある。せめて似ている性格で誉められるのは努力家なこととリーダーシップがあることのみ」とのこと。


「海ちゃん、久しぶりと言うのも変だけど」

「いえ、毎日お忙しい中時間を割いていただいて……」

「ちょっと待て! まさか俺に夜は部屋に入らないように言ってたのは……」

「はい、話の邪魔でしたので」


 ピシャリと無表情で言いきられるとさすがに凹む。そんなやり取りに辰也はクスクス笑いながら告げた。


「祥一、心配しなくても海ちゃんはうちに嫁いできてくれるよ。俺がお嫁さんにしても」

「冗談でも凍らせるよ?」

「うん、俺は妹ポジの海ちゃんが来て欲しいな」

「辰也さんがお義兄さん……!」


 海はキラキラオーラを発した。楽しいデータ収集ライフ、美味しいお茶、憧れのデータスペシャリスト、上司と部下で兄ポジとまできたら……!


「主将、百パーセント辰也さんが兄になるという理由でなら、仕方ないですけどお嫁さんになってあげても良いです」

「お願いだから一パーセントでも俺を理由にしようか」


 それも悲しくないか、と辰也は心中で突っ込んだ。どうやら仲こそ悪くはないものの、恋愛関係には全くなっていないらしい。もちろん、普段の祥一の言動が原因だろうが。


「とりあえず、海ちゃんはドレスアップするよ。いくつかうちの新作のデザインがあるから着てもらいたいんだ」

「新作って、兄さんまたデザイン描いたの?」

「ああ、俺の趣味だしな。それに一之瀬グループでも取り扱ってくれるらしいから、良い臨時収入にもなるし」

「同じ情報部隊長でもCROWNの桐沢さんとはえらい違いだね」

「そりゃうちは始末書少ないし、経費関連は任せられる先輩が増えたしな」


 間違いなく真太郎と彩菜だと思った。あの優秀な二人ならきっちり経理をこなすだろうと誰もが思う。しかし、CROWNでしっかり者は東吾ぐらいしかいないため、彼に全負担が行っているのだろう。


「まっ、話は後にして祥一も着替えておいで。海ちゃんのエスコートするなら相応しい格好じゃないとな」

「分かった。じゃ、また後でね」


 ヒラリと海に手を降って祥一は自室へと向かうのだった。二人きりにしても結局問題ないと祥一は分かっていることに、辰也は信頼されてるものだと内心クスリと笑った。


 ただ、普通は気付かないが未来の義妹の変化を辰也は見逃してはいなかった。


「海ちゃん、ちょっと祥一が好きになった?」

「元々嫌いではありません。面倒が増えたのは嫌ですが」

「うん、そこは兄としてごめんね」

「いえ、お気にせず」


 気にする必要性がないと言った方が正しいのかもしれない。祥一と長年付き合っていれば慣れるところは慣れるのだ。


「だけど俺は海ちゃんが祥一のお嫁さんになるのは賛成かな。他の令嬢が夏音姉さんクラスなら考えるけど、淳士さんが取るからもういないしね。ついでに沙里は慎司になついてるし?」

「沙里先輩が主将を貰ってくれたら問題なかったんですけど……」

「うん、百パーないかな」


 仲こそ良いものの、二人とも恋愛要素は皆無。特に沙里の場合、祥一は完全に弟分としか見ていないのは中学時代、一緒に過ごしてきたからこそ分かることだ。


「それでも成瀬家は名家ですから。それなりのことは考えます」

「そっか。じゃあ、祥一次第かな。それと周りを気にしないぐらい人を好きになるのも悪くはないよ」

「……祥一さんだとは思えませんが」

「う~ん、まだ早かったかな。まっ、あいつは来年EAGLEの戦闘部隊長になるだろうから、好きになったら早めに捕まえておきなよ。今以上にモテるだろうから」

「そうですね。ですが祥一さんがモテればモテるほどバレンタインが楽しみですので、チョコレートを頂けるなら九割増しで傍にいても良いと思います」

「うん、それでもいいからいてあげると良いと思うよ」


 実際見たら、少しは妬く可能性があるかもしれないと思う。自分の弟とはいえども、去年は過去最高のチョコレートが届いていたのは記憶に新しい。

 ただ、さすがに全て消化しきれないとのことで親しい者達から貰ったもののみ外して、あとはお裾分けにしたという。


「まっ、とにかく部屋に行こうか。今回、二百着ぐらい考えててさ」

「そんなにですか!?」

「海ちゃん可愛いからついね。しかも今度は杏ちゃんもいるからさらにレパートリー増えそうだもんなぁ」


 オトメン度が高い海宝高校とは聞いていたが、学年が上がるごとに磨かれている気がする。下手すれば全員のスキルで一人の美女を作り上げられる程にだ。


「それに時間は少しあるから俺達は情報部隊らしく少し遅れていこうか。前線はCROWNの桐沢部隊がいるしね」

「やっぱり何かありますか?」

「うん、前哨戦は起こるかな。まぁ、心配しなくても淳士さんが妙なもの連れて来ない限り大丈夫だとは思うけどね」


 それが一番起こりうるのでは……、と海は思ったが、口に出せば呼び寄せそうだったので雑談しながら辰也の後を付いていくのだった。



 一之瀬邸。 和洋折衷を体現している日本一の大豪邸だと涼から聞いていた杏は目眩を起こしていた。冴島家も建物が複数あり、宝泉家も広大な面積を誇っていたが、普通に滑走路がある家は聞いたことがなかった。

 さらにパーティールームは聞いたことあるが、パーティー会場を持ってる家は日本ではそうないだろうと思う。


 そんな大豪邸にロールスロイスに乗せられて連れてこられていた魔法学院中一組は、改めて一之瀬家の凄さを肌で感じとっていた。特に免疫がない昴は放心状態だ。


「涼ちゃん、一之瀬家ってもう何なんスか……」

「財界トップである意味魔法界トップだな。母親も魔法覇者だし」

「もう住んでる世界が違いすぎて訳分からないっスよ……」


 その気持ちは杏にも分かった。一之瀬家は本当に全てが輝いているとしか言い様がない。


「杏ちゃんはこういうとこ来たことあるんスか?」

「はい、実母に連れられて数年前に」

「ん? 宮内家に行ってからはないのか? 沙里先輩なら引っ張って行きそうだけどな」


 それに杏は眉尻を下げて笑った。確かに自分を連れていきたいと沙里が騒いでたことは記憶に新しい。イケメンのライバルに会わせたいと言っていたのも、今思えば慎司のことだったのだと思う。


 しかし、杏は自分の両親が殺されたあのパーティーから一度も出席したことはない。いつ百合香に会うか分からなかったことと、沙里のドレスを着る自分を義母が嫌がったからだ。


「それがないんです。義姉様は引っ張って行きたかったみたいなんですけど……」


 とにかくいろいろ着せたいとはりきってドレスを自分の部屋に持ち込んできたのは記憶に新しい。だが、それを宮内家の者達はよく思わなかったのは事実だ。


 それを悟ったのか、涼はいかにも残念だと杏に切り返した。


「本当、その時に杏と知り合っていたかったな。そうすりゃうちに早く引き込んでたのによ」

「だよねー! 風雅隊長とか一目惚れしてすぐに連れ込んでそうだし。あっ、その辺は沙里先輩がまだ私達が小学生だったから止めてたのかな」


 藍の指摘には是非止めてもらいたいと一行は思った。小学生の頃から風雅は風雅様だったからだ。


「まっ、良いんじゃねぇの? 風雅隊長も戻ってくんならエスコートしてもらえばよ」

「だな。だが、風雅隊長ってエスコートしたことあったか?」


 隆星の問いに幼馴染達は目を丸くした。いかにも有りそうな気はする。出席したパーティーの数はかなりのもの。いつも淳士が巻き起こした騒動が有りすぎて忘れているだけなのではないかと思ったが、涼が辿り着いた答えは意外なものだった。


「……そういや、ない?」

「夏音姉さんは……、話してただけだよな」


 それにどちらかと言えば姉と弟といった関係性だ。二人でいたのも自然だったと言った方がよく、エスコートはなかったかと思う。それに一行は別の意味で不安を覚えた。


「大丈夫だよ! 風雅隊長って何でも出来るから!」

「そうだよね! 私達も肩苦しい感じのパーティー初めてだからフォローにならないけど……」

「藍ちゃんと真理ちゃん、出たことないんスか?」


 一緒に行ってそうな二人なだけに昴は目を丸くした。もちろん、名門と呼ばれる家系じゃないからとは聞いているが、二人を残して他のメンバーが楽しく出掛けるとは思えないのだ。 


「うん、ちゃんとしたのはないかな。私達の親が普通じゃないから、一之瀬家とか宝泉家の親しい人達が集まるパーティーしか出たことないのよ。今日もだから出席オッケーだし」

「そうそう。うちの男子達は皆一応ボンボンだから出なくちゃいけないんだよね」

「僕は少し違いますよ」

「そっかなぁ? 」


 各界のとはいかないが、陸もそれなりの家系だと藍は思う。自分達よりはそういった集まりに呼ばれるからだ。


 ただ、そうなると新たな事実を昴は確認しなければならなくなった。


「てか、雅ちゃんや隆ちゃんも御曹司とかだったんスか?」

「じゃねぇよ。ただ、うちの母さんが良いとこの令嬢らしいな。本人は戦地に行ってるが」

「うちは親父が警視総監兼何かとか言ってたな」

「二人も凄いんスね……」


 金持ちの友人は金持ちが出来る確率は高いということなのだろうと昴はガックリ項垂れた。最早、風雅様には一生追い付けない気さえする。


 そんな応酬を繰り広げているうちに車はパーティー会場入口に近付き、そこには幾人かのドアマンが待ち構えていた。


「ドアマンがいるんスね。よしっ、この際ちょっとセレブみたいに 」

「昴君、逆です。出た瞬間整列して下さい」

「へっ? 何で?」

「良いですから言うこと聞いて下さい」


 あまりにも真剣に告げる陸に昴は目を丸くした。普通、ドアマンに対して整列するなど聞いたことがない。しかもここには御曹司達が集っているなら尚更だ。


「てか、本当に何でなんだよ……」

「ああ、毎回分からねぇ……」

「良い人過ぎるらしいから……」


 一行が普通はあり得ないと脱力感を覚えており、杏も眉尻を下げている。ドアマンの達人かと昴は首を傾げるが、よく分からないまま停車して扉を開けられると、心地よい声が自分を迎えてくれた。


「どうぞ、ようこそお出で下さいました」

「ありがとうっス」


 ちょっとだけ偉くなった気分で昴は降りるが、その態度に雅樹から強烈な拳骨が頭上に落とされた。 


「バカ野郎っ!! ちゃんと挨拶しろ! 誰が開けてくれたと思ってるんだ!」

「誰って……!」


 普通のドアマンじゃないのか、と言おうとして昴も固まった。そう、そこにいたのはこの家でもっともドアマンから程遠い立場であるこの家の主、一之瀬家当主の良秋だったからである。


「皆さん、お久しぶりです」

「お久しぶりです、良秋さん!!」


 直角九十度のご挨拶は最早良秋のためにある。名だたる名門出身の御曹司達も良秋には必ず頭を下げてしまうのだ。もちろん、このメンバーの場合は「風雅様」が付いてくるからだが……


 そして、良秋は昴に近付くと穏やかな表情を浮かべ、改めて頭を下げて挨拶した。


「はじめまして、昴君。風雅の父の一之瀬良秋です。息子がいつもお世話になっています」


 条件反射で昴は滝のような涙を流した。目の前にいるのは風雅様の父親だが後光が差して見えるのは幻でもなく良秋の人柄故だ。 


「雅ちゃん……」

「何だ」

「あの風雅様の父親だからって思ってたのに、何でこんなに良い人オーラ迸ってるんスか……!」

「気持ちはわかるが泣くな。てか、本当に頭下げて挨拶しろ」

「はいっス……! 会えて光栄っス……!」

「はい、僕も嬉しいですよ」


 神か仏か良秋様か、この人にだけは一生刃向かわないことにしようと昴は早くも陥落した。もう尊敬しか覚えない。


「それと海宝の皆さんはもうすぐいらっしゃいます。そして皆さんの着替えは衣装室に取り揃えていますので、そちらにご案内致しましょう。桜ちゃんも到着していますので蓮君、エスコート宜しくお願い致します」

「はい」


 その返答に若干シスコンが入っている涼はピクリと反応した。いつもこういったパーティーでは必ず桜をエスコートするのは蓮の役目になっている。

 蓮いわく「可愛い桜をエスコート出来るのは名誉なことだ」と冗談っぽく桜に言っているが、兄から言わせればあれは本気だと思わされている。


 そんな涼に藍はクスリと笑いながらも、良秋がここにいるなら飛んできそうな人物のことを尋ねた。


「良秋さん、風華さんは」

「はい、そろそろ来るかと」

「杏たん!!」

「きゃっ!!」


 突然抱き締められ杏は悲鳴を上げた。尋ねて刹那の時間に現れるのはやはり魔法覇者だからだろうが、いつもの百倍テンションが高いのは杏に会えたからだろう、その抱き締める力も半端ない。


「凄く凄く凄く会いたかったんだぞ! うむ、風雅には勿体無さすぎるほど可愛い!」


 風雅を足止めして正解だったと風華は思った。どうせなら海外にでも飛ばして自力で空間転移出来ない距離にでも置いてきた方が良かったかとさえ思う。

 そんなことを考えていると申し訳無さそうな杏の声が聞こえてきた。


「すみません、苦しいです……」

「す、すまんっ! あまりにも可愛らし過ぎてつい抱きつきたくなった!」


 やり過ぎたと風華は慌てて杏を離すと若干酸欠になりかけていたのだろう、やっと息が出来た杏はホッと一息ついた。そんな様子に良秋はクスクス笑って促した。 


「風華さん、ちゃんと挨拶して下さい。未来の娘なんですから」

「ああ、そうだな。風雅の母の一之瀬風華だ。宜しく頼む」

「は、はい! 杉原杏です! いつも風雅様にはお世話になっております!」


 勢いよく杏は頭を下げる。何だかんだ言いつつ、彼女は魔法女帝である前に風雅の母親だ。当然礼は尽くしたい。

 そんな杏に風華は数回瞬きした後、真顔で良秋に提案した。


「ダーリン」

「何でしょうか」

「風雅と結婚するまで待てん! 杏たんを早く娘にしたいからすぐに養女縁組みを」

「ああ、そっちも悪くないですね」

「暴走すんなバカ共」


 ようやくこの場を収拾出来る人物の登場に中学生達は何故かホッとした。しかし、ホッとしている場合ではないとすぐさま彼等は未来の上官に体育会系の挨拶をした。


「チワッス!」

「オウ、死んではなかったようだな、ガキ共」


 現れたのはCROWNボスの水庭。一応、本日はパーティーに出るようにと言われているのだが、ネクタイがダルいからとCROWNのジャケット姿のままだ。もちろん、後から着替えられたら着替えるとは言っているのだが……


 そんな水庭に風華はせっかく杏と出会えたこと邪魔され、機嫌は一気に急降下した。


「優、お前は死にたいのか?」

「んな訳ねぇだろうが。てか、お前はさっさと仕事しろ。腐っても魔法覇者だろう。淳士と違って学生じゃねぇんだから敵組織の十個ぐらい潰してきやがれ」

「はっ、小物ぐらい今日のために潰しておる。お前の仕事が遅いからな」


 落ち着いて話しているものの一触即発。しかし、良秋の表情は微笑ましいもの見るかのように穏やかだ。 


「あの二人、仲悪いんスか?」

「いいえ、二人は幼馴染です。あとEAGLEの陽菜上官もですよ。喧嘩するほど仲がいいと言いますから、僕も水庭君が涼君のお父さんの弟子じゃなかったら消してましたね」


 そうでもなければ風華に対する暴言をまず認めないと良秋は綺麗に笑った。その瞬間、昴にゾクリと悪寒が走る。これはいつも感じさせられているものだ。


「雅ちゃん、やっぱり風雅隊長の父親なんスね……。あの殺気は父親譲りっス……」

「ああ。てか、間違ってもおばさんって呼ぶなよ。今から死ぬから」


 昔、あの淳士ですら「風華さんと呼びます」と真顔で言ったほどだ。それだけ風華をおばさんと呼ぶのは危険だと親しき者達は知っている。


 そんなやり取りが一段落付くと、制服姿のままの一行を水庭は促した。


「とりあえずお前ら全員着替えてこい。それと杏、夏音に会いたかったんだろう、付いて来い」

「夏音様にお会い出来るのですか!?」

「ああ、あいつも会いたがってたからな」


 寧ろ、なかなか会えないからと淳士と一緒に剥れていたのはつい先日のこと。無理やり会おうと思えば会いに行けたのだろうが、部隊長と学生をやっている二人はかなり多忙だったため、今日の今日まで会うチャンスがなかったのが現状だ。


 しかし、それはまたしても風華の助言によって止められた。


「優、それも後だ」

「あぁ? ずっと杏は会いたがってたんだから今でも良いだろうが」

「バカ者! 花嫁は支度に時間が掛かるというのに今会わせたら夏音は優しすぎるからな、今日のパーティーをキャンセルして杏たんを優先するだろう!」

「……チッ」


 確かにもっともだったため水庭は舌打ちして納得するしかなかった。とはいえ、風華も杏を夏音会わせたい気持ちは当然あるため、申し訳無さそうな声で告げた。


「杏たん、済まぬが支度が終わるまで少し待っててくれ。さすがに沐浴中の夏音を出すわけにはいかぬ」

「はい、残念ですけどもう少しだけ我慢します」


 後少しで会えるからと眉尻を下げる杏に風華はさらに胸を鷲掴みにされた。何だ、この可愛い生物は……!


「杏たん、しばらく学校は休まぬか?」

「えっ?」

「一週間ほど私と遊ぼうではないか。ああ、藍と真理は着せ変える楽しみがあるから一緒でも構わぬが、他の奴等は死ぬほど走ってれば良いからな」

「あっ、それは私達も大歓迎」

「行くな。中学選抜合宿前だろう」


 蓮からもっともな指摘を受ければ仕方がないと女子達は諦めた。遊びも大好きだが、魔法格闘技はさらに好きなら仕方がない。それには風華も残念だと諦めるしかなかった。


「さっ、立ち話も何ですから皆さん、ご案内」

「うわああああっ!!」


 突如、近くにいたドアマンが声を上げたかと思えば、中から数人、ナイフを持って良秋目掛けて襲い掛かってきた!


「一之瀬良秋!! 覚っ!」

「覚悟すんのはお前だろうが」


 何が起こったのかが分からなかった。気付けば手首を捻られて学ラン姿の中学生に取り押さえられており、さらにあたりを見渡せば自分の仲間も倒されている。


「これは素晴らしいですね。一年生も真央ちゃんからしっかり鍛えられているみたいで」

「まっ、及第点だな」


 数人を一瞬で一人で倒せなかったものの、反応速度と良秋に触れさせなかったという点は合格とのこと。ただ、それが一瞬で出来る魔法覇者は杏を抱き締めて完全に守りの体勢に入っているが……


 しかし、中学生達から言わせればもっともな指摘がある。


「ボス、CROWNとEAGLEが警護してんじゃねぇのかよ」

「してるが小物ぐらいなら一人で対処出来るだろ。良秋さんにしろ風華にしろ魔法覇者クラスだからな。さらに淳士と互角かそれ以上だぞ」


 つまり守る必要性が全くないということ。先程まで良秋の警護をしていたEAGLEのボスである陽菜も夏音の元にいてくれと良秋に頼まれたほどだ。


「ですがありがとうございました。君達がいればCROWNは安泰ですね」


 その言葉に中一組はキラキラしたオーラを発して思いっきり照れた。 


「それほどでもぉ~」

「まっ、朝飯前だな!」

「練習の成果っスよ!」

「お前ら単純過ぎじゃねぇか」


 水庭が突っ込むほど中一組はデレデレだった。間違いなくこの単純さは若干修正した方がいい。素直なのは良いことではあるが……


「とりあえずここの片付けはうちの奴等にやらせるからお前達は行け」

「そうだな、女子は私に付いてこい。それと杏たんは私と一緒に風呂に」

「入るのは俺だ」


 いきなり現れた魔法学院と海宝中学のジャージを着た中学二年生が八人。そんな先輩達に対して中一組の表情は普段の行いがよく分かるものだが、少なくとも杏は顔を赤く染めて彼女が待っていた者の名を呼んだ。


「風雅様……!」

「ただいま、杏」


 甘い空気が流れたことにいつもなら突っ込みをいれるメンバーも今日は良秋達の前だから入れない。ただ、真央はあくまでも魔法格闘技部の監督として風雅を促した。


「風雅君、その前に」

「ああ、そうだったな」


 そう、忘れてはならないことがある。風雅と真央の親ではあるが他のメンバーにとっては尊敬すべき面々が集っている訳なので、すぐさま整列し彼等は頭を下げた。


「チワッス!!」

「はい、ようこそいらっしゃいました」

「オウ、昨日は御苦労だったな」


 和やかな空気が漂う。この光景を見て先輩達が戻ってきたのだと中一組は思った。やはり何だかんだ言いつつ、先輩がいるのは良いことだ。


 そして、風雅の視線は今回一番文句を言いたい母親に向けられると、彼女は微笑を浮かべて息子に告げた。


「予定より随分早かったな、風雅」

「ああ。真央達以外、バスに乗ってた奴等の魔力を奪って空間転移してきたからな」

「なるほど、昨夜の間に考えたか」


 誰も迎えに寄越さないとなればどうにかして一之瀬邸に早く着く方法を考えなければならない。それも自分が疲弊しないようにとなればかなりの難題だったが、それを見事に風雅はやってのけたということになる。


 ただ、八人の中で地面に突っ伏して肩で息をしている人物が一人いる。何だか非常に可哀想な役割を背負わされた平凡に見える先輩に気付いた昴は、あの犠牲者は何者なのかと修平に尋ねてみた。


「修平先輩、何か一人だけ疲弊してる人いるんスけど……」

「ああ、晴人のことは気にすんな。真央がこの人数飛ばすのに

掛かる負荷の九割を負担させただけだからよ」

「そうね、この前の魔法学院の襲撃で考えた技なんだけど」

「なるほど、魔力転換型空間転移か」

「さすがパパ! 話が早いわ」


 そんな盛り上がる会話を晴人は息絶え絶えになりながらも心の中で突っ込んだ。本気で誰か回復魔法をかけてもらえないものだろうかと……


 それから数分間の談笑の後、良秋が切り出した。 


「さっ、では行きましょうか。それと風雅君、君は僕と来て下さい」

「ん? 何かあるのか?」

「はい、君は一之瀬の次期当主ですからね。少しお話したいことがありますから」

「分かった。杏、すまないが話が終わったらすぐに行くから」

「はい」

「では」


 その一言で風雅の視界は一瞬にして変わった。相変わらず空間転移一つで息も切らさないのはさすがだと思う。ただ、ふと風雅は気付いたことがある。


「久し振りだな、父さんの書斎に入るの」

「そうですね、君は幼い時から冴島家で暮らしてますから、寧ろあちらの方が帰るべき実家なのかもしれません」

「まぁな。まっ、あいつらをほっとけなかったのもあるが」

「風雅君はお兄ちゃんですからね、皆嬉しかったと思いますよ」


 とりあえずお茶でも淹れましょうか、と良秋は部屋に備え付けのティーセットを取り出し、時空魔力を駆使して紅茶をいれた。紅茶の香りと温度を感じる限り、まさに絶品なのだろう。


 そして、良秋はテーブルに紅茶を置き風雅の座る斜め前のソファーに腰かけた。


「さっ、本題に入りましょうか。風雅君、中学生の君に確認するのは少し早いですが、杏ちゃんと本気で結婚する気はありますね」

「当然だ。まさか反対はしないだろう?」

「もちろんです。したら風華さんに嫌われますし、僕も風雅君を叩きのめさなくてはならなくなります」

「おい、自分の都合だよな、それ……」

「杏ちゃんは可愛いですし、風華さんは愛してますからね」


 風華に至っては「風雅と別れても娘にするから問題ない」と言い切っているほど。当然、風華の願いを叶えるのが自分の仕事だと思っている良秋に異論があるはずもない。


 しかし、そこで疑問に思うことがある。少なくとも良秋は恋愛に関しては放任主義者だ。息子の選ぶ相手に文句をつけることも意見することもない。つまり確認することが稀だということだ。


「で、今さら確認しなくても良いことを何で確認したんだ?」

「はい、一応親ですのできちんとしておきたいのと、先程も言ったように君は次期一之瀬の当主です。つまり杏ちゃんも巻き込まれるものには巻き込まれることになります」

「だったら叩き潰せば」

「全てがそう出来たら苦労しませんよ。ですが、君に届いているお見合い話は一刀両断したいところですからね」


 ニッコリ笑う良秋の思惑を風雅は読み取った。そう、全ては良秋の掌の上ということだ。


「おい、まさか俺を足止めした理由って……」

「はい、ギリギリまで君の婚約話を持ってくる者達をまとめておきたかったんです。君だったら全てをバッサリでしょうが、切りたくない人脈もありましたからね」

「誰だよそれ……」

「はい、真理ちゃんと藍ちゃんです」


 一気に脱力した。それは全く問題ないだろうと思う。寧ろ、話を持ってきた二人の親は半分以上冗談で言っているに違いない。しかし、気を取り直して風雅は話を続けた。


「それって酒飲みながら冗談で連絡してきてないか……」

「はい。藍ちゃんは涼君にフラれたらと言っていましたね」

「で、本命は?」

「沙里ちゃんですよ」

「沙里先輩!?」


 それには風雅も驚いた! 宮内家には杏を婚約者とすると伝えておいたにもかかわらず、沙里を推してきたということになる。もちろん、沙里本人は断っているだろうが。


「宮内家は三条寄りですからあくまでも杏ちゃんと風雅君の邪魔をしたいのでしょう。さらに宮内家は沙里ちゃんを利用しようとしてますからね」

「……そういや、変な親父との婚約話を父さんが壊したことあったよな」

「はい、二度と手を出さないようにしておきましたよ」


 許せませんね、とたった一言だけ真顔で告げた良秋にゾッとしたのは今でも覚えている。その対処方法は知らない方が良いと慎司が青い顔をしていたレベルなので、風雅も触れてないほどだ。


「ですが宮内家もそろそろ沙里ちゃんを利用するのも杏ちゃんに嫌がらせをするのも止めさせたいですからね。ですから風雅君、ちょっとバッサリやって来て下さい。沙里ちゃんの許可はとってますから」

「許可って良いのかよ……」

「はい、沙里ちゃんも今までは杏ちゃんが人質状態で下手に動けなかっただけですけど、今はCROWNとEAGLEの権力はかなりのものとなりましたから遠慮は要らないとのことです」


 何より君がバッサリやりたいでしょう、と笑顔で続ける良秋に風雅はニヤリと笑った。確かにこの場を借りてならかなりの痛手を負わせることが可能だ。


「分かった。だが、あくまでも淳士さんと夏音姉さんの婚約パーティーだからな、父さんの適度なところで止めてくれよ」

「はい。僕の感覚が優しいと良いですね」


 そう言って紅茶を飲む良秋の表情はやはり風雅の父親だった……



約二ヶ月ぶりの更新です!!

転職活動も無事に終わりましてようやく再開!


少し書くことをお休みしてた理由が自分がコツコツやって来た案件を奪われて退職に追いやられて悔しい思いをしたからなんです。(億単位で前年比が伸びました)

花が開いた時だけ奪うのが大手なんだなぁっていい勉強になりました。

でも、認めてくれた人達が多かったことも嬉しかったですよ!


さて、そんなこともありましたがこれからまたゆっくり書いていきますので、よろしくお願いします!

では、小話をどうぞ☆



~辰也さんは素敵です~


海「やっぱり辰也さんは素敵ですよね」


辰也「ありがとう、海ちゃん」


海「情報のスペシャリストですし、お茶も美味しいですし、洋服まで作れるなんて凄すぎます」


辰也「うん、だけど祥一も良いところあるだろう?」


海「えっ? 主将であること以外何があるんですか?」


祥一「海、たまには誉めてよ。というより見つけて」


海「ああ、試合で勝つことがありましたね。すみません」


祥一「いや、もっとこう……」


辰也「海ちゃん、祥一はカッコいいとか優しいとか言って欲しいんだと思うよ。それに祥一は器用だからね、良いところいっぱいあるよ」


海「器用……、やっぱりダメです。基準が宇宙人過ぎて……」


祥一「何で!?」


海「だって爆破物処理を簡単にやってのけるとか言う時点でもうおかしいです!」


辰也「ああ、確かにそうだね」


海「しかも普通の趣味なさそうですし!」


祥一「いや、一応あるんだけど……」


海「やっぱり辰也さんが素敵ということで終わりましょう!」


辰也「……仕方ないね」


祥一「いや、本当に見つけてよ……」



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