第四十六話:トラブル発生
杏の表情が朝から目まぐるしく変わっていくのに気付いていたのは陸だけではない。どちらかと言えば鈍感な隆星でもその変わりように驚くものだった。
先程までジェニーに稽古を付けてもらっていた隆星は、陸と柔軟しながらそれを指摘した。
「おい、アレどうなってんだ……」
隆星がそうぼやいてしまうのも無理はない 。杏は朝から花を飛ばしたかと思えば照れており、そわそわしているかと思えば何か考え込んでいる。
風雅が原因だろうが、どうやらそれだけでは無いことは一目瞭然だ。
そんな隆星の疑問に人間観察が得意な陸は淡々とした口調で答えた。
「おそらくですが、風雅隊長と何かあったのとお義姉さんに会えるのと、ずっと会いたかった夏音さんに初めて会うのでそわそわしているのと、淳士さんに会ったらどうしようってところですかね」
「どんだけ観察してんだ!?」
「攻撃補助ですから」
それでも予測が立ちすぎてる上に確実に当たっている気がする。さすがは陸と言えばそれで終わりだが、普通に考えれば隠し事が出来ないと言う訳だ。
「それより隆星君、君は今夜どうするんですか? ちゃんと挨拶回りに行くのか、それとも雅樹君達とバカ騒ぎするのか、またはジェニーさんをエスコートしている奏さんの邪魔をして気絶している可能性もありますけど……」
「最後のは外せ」
死にたくねぇんだよ……、と隆星は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。恋する兄、しかもEAGLEの戦闘部隊長を敵にまわして生きていれるはずがない。
「とりあえず親父達も来るだろうから一旦会っとく。しばらく会ってねぇからな」
「それが良いですね。僕達なんて何年も会ってませんからそろそろ連絡ぐらいほしいものです」
「ああ……、まぁ、お前らの親は本当にそう簡単に会えねぇのは仕方ねぇだろ」
「はい、分かってますけどさすがにそろそろ一人くらい戻ってもらいたいところですね」
無表情ながらに答えてはいるが、やはり普通の親子関係というのは羨ましいところはある。ただ、それでも冴島家の面々と兄弟のように育ってきたことで寂しさは紛れていたのだが。
そんな会話をしていると、先程まで雅樹の組み手相手になっていたジェニーが陸の後ろから腕を回して抱き付いてきた。
「何だ、リクはおっぱいが恋しくなったのか?」
「それは雅樹君です」
「そうだな、スマンスマン」
「いえ」
陸の後頭部に丁度ジェニーの胸が当たっているのだが、それでも表情に出さないのは陸ならでは。一応、雅樹が見ているグラビアがぬるいと言えるほどの性への関心はあるらしいが、がっつく事はないらしい。
「それよりジェニー、今夜はいつ兄貴と合流すんだよ」
「party前だ。カナデは器用だから私のMake-Upをやりたいらしいからな」
「えっ、奏さんってそんなスキルあるんですか!?」
「あるな。てか、EAGLEはオトメン度高いぞ」
ジェニーがあんまり家事が出来ないから、と隆星は内心で付け加える。EAGLE男子に必須スキルはそれなりのオトメンスキルらしい。じゃなければ、自分達が死ぬ可能性があるからだ。
「ああ、レツが着付けをしてカナデからmakeしてもらったことがあってな。流石はJapaneseだなって思ったもんだ」
「そういえば烈さん、実家では普通に着流し姿だったような……」
しかもあまりに自然だったことは、つい先日宝泉家に泊まった時にも感じたこと。高校生であれだけ着物がしっくりくる男子も珍しい。もちろん、黙っていればと付け加えられはするのだが……
「まっ、流石に今日は着物って訳にはいかないからな。動きやすいdressでも着てカナデにエスコートさせるさ」
「ジェニー、兄貴は顔は良いから普通に女が寄ってくるんじゃ……」
「ああ、だから私を使って避けたいんだろう? カナデもcute girlと一度ぐらいdateしてみれば良いのにな」
「それ、頼むから兄貴に言うなよ。落ち込むから……」
「そうだなぁ、あいつも姉離れ出来ないからなぁ」
いや、違うから……、と隆星は心の中で突っ込んだが、奏には余計な口出しはしないようにとあの綺麗すぎる笑みで釘を刺されているため、何も言えなかった。
そんな会話を繰り広げていると、汗だくになった雅樹がこちらに向かってやって来た。
「クソッ、またジェニーに負けた!!」
「そりゃそうだろ。私はEAGLEの戦闘顧問だからな、お前達に負けるわけにはいかないさ」
「じゃあよ、今俺達がEAGLEとやったら」
「レツとカナデ無しで負かされるな。力を抑えていたシンタローとアヤナにあっさりやられただろ。さらにお前達はサリを相手にするんだからな、シンジでも手こずる相手にお前達が挑んでも負けるな」
何より頭の出来の問題もある、と言われれば反論出来ない。魔法格闘技には頭も必要だと真央によく言われているからだ。
「だが、負けたことを恥じるな。それにアツシのように負けられない立場もきついもんだからな」
本人がその状況を楽しんでいるのは見ていて分かるのだが、淳士より上の立場にいる者達は、時々彼に重荷を背負わせている気がするのも事実だ。
せめて早く大人になってくれれば、見ている側としても若干楽になりそうなものなのだが……
「まぁ、今日は淳士さんと話してる時間はあるかは分かりませんが、他の高校生達と交流出来るかもしれませんから、強さのヒントくらいは得られるかもしれませんよ」
「ああ、その点は安心しろ。EAGLEからはシンタローとアヤナがお前達の面倒を見てくれるからな。しっかり質問しろ」
「よっしゃ! この前俺は戦えなかったからな」
「俺なんて初めて会うからよ、どうせなら戦ってくれねぇかな」
それは流石に無理なのでは……、と陸は心の中で突っ込んだところでチャイムが鳴り、朝練は終了するのだった。
魔法学院高等部一年特進クラス。将来のCROWN候補生、または実際に所属している者達が入る正にエリート集団。
しかし、誰かを蹴落とそうと殺気立っているわけでもなく、慎司が教室に入ってくれば普通に挨拶を交わし女子達からは好意の目を向けられている。
そして、彼が席に辿り着けば朝から明るい相棒が笑顔で挨拶してくれた。
「慎ちゃん、おはよう!」
「ああ、おはよう」
慎司の前の席に座るのは和人。CROWNの任務や医療部隊からの救援要請で駆り出される二人は、授業の邪魔にならないようにと廊下側の後ろの席に配置されている。
そして、慎司が席に座り机の横に鞄を掛けると、人懐っこい笑みを浮かべて和人は話しかけてきた。
「どうしたの、昨日は実家に戻って杏ちゃんの身体検査とかしちゃったりしてないの?」
「ああ、簡単なものは桜としてみたんだが」
「慎ちゃんズリィ! 俺だって杏ちゃんを」
「医療戦闘官がバカなこと考えるな。だが、一度夏音姉さんに診てもらった方がいいな。魔力神経系統にかなりの負荷がかかってた」
重症って訳じゃないが……、と慎司が続ければ珍しいことがあるものだと和人は目を丸くした。
基本、魔力神経の回復は慎司の得意分野だ。しかも神経の繋がりもより良く感じてしまうのは和人も認めるところ。だからこそ、慎司が納得いかない治療とは珍しい。
「珍しいな。慎ちゃんでも治せないのか?」
「ああ、兄さん同様次元を持ってる所為か外傷は治りやすいみたいだが、内部はかなりガタがきてた」
「ん? それは慎ちゃんなら治してるんだろ?」
「当たり前だ。桜に尊敬されたいからな」
「うん、本当そこだけ残念だけど続けて」
シスコンさえなければ本当に男でも惚れるイケメンなんだけどなぁ……、と和人は思う。しかし、あの淳士の弟だと感じるのはこういう欠点があるからだろう。
「ああ。だが、治せなかったのが手だ」
「手? また慎ちゃんの事だから完璧過ぎる治療を求めたとかじゃなく?」
「ああ、普通に治せなかった」
医療戦闘官として情けないと思うと、慎司は厳しい顔付きになった。それに対して和人も同じ医療戦闘官として厳しい顔付きになる。
「一体どんな症状なんだよ……」
「魔力の流れが遮られている箇所と完全に切れている部分が複数見つかった。切れている部分は治しておいたが、遮られている原因が特定出来なかった」
「う~ん、考えられるといえば淳士さんと同じ封印術系統?」
「ああ、肉体負担を軽減する魔力を抑制するものも確かに組み込まれていたが、どうもそれだけとは思えなくてな。寧ろ故意にやられたものだと考えた方がいい」
それも封印術の類いに精通した人物に寄ってだと続ける。しかし、それを治療出来る可能性は当然CROWNともなればある。
「オペの必要性は?」
「高い確率である。ただし、夏音姉さんクラスの医療のエキスパートが二人必要だな」
「おいおい……、マジかよ……」
「まぁ、うちはその点だけは助かってるがな。医療統括官がいるわけだしな」
それも腕は夏音以上となれば安心だ。しかし、それでもどこまでやれるのかという疑問は残るのだが……
「だけどよ、それを今日夏音姉さんに知られたら婚約パーティー放り出しそうな……」
「ああ、だから言うなよ。ヤバい状態なら宝泉家に泊まった時に宝泉家の医療部隊が連絡を寄越してるはずだからな」
「裏切り者がいなければだな」
珍しく和人が厳しい顔付きになった。どちらかと言えば人をそれなりに信じるタイプだが、仲間の事となると若干警戒してしまうのが最近の和人の傾向だ。
もちろん、原因は先日の夏音拉致に彼女の親戚が関わっていたからではあるが……
「おいおい、宝泉家は別に」
「烈さんやその家族は信じてるさ。だけどよ、夏音姉さんだって親族に嵌められて拉致されたんだからよ、やっぱ警戒すんなって方が無理」
夏音部隊の一員でもあるなら尚更だと口を尖らせる和人に、慎司は微笑ましいものだと思った。
「姉さんっ子だよなぁ」
「時芽ちゃんよりマシ」
「ありゃメイドだからな……」
しかも淳士の直属部隊の戦闘官とだけあって出鱈目度も半端ない。彼女を止められるのは彼女の立場より上だと彼女が認めたものだけという、欠点なのか美点なのか分からない一面がある。
「だけどよ、今日は中学生の護衛任務って時芽ちゃんじゃなかった?」
「ああ。だが、何人あの毒にやられないかだが……」
「ハハッ、違いねぇな」
「高二三バカトリオ」と称される行き過ぎた竜泉寺家のメイドが、今回もどれだけ毒を吐くのかは分からないが、少なくともかなりの犠牲者が出ることは間違いないだろう。
事実、慎司は自分が淳士の弟で良かったと思うほど、時芽の毒は痛いものがあるからだ。
その時、慎司の携帯に着信が入り彼は鞄からそれを取り出せば、そこには長年のライバルの名前が表示されていた。
「ん? 沙里から?」
俺も話を聞く、と和人は慎司の携帯にイヤホンマイクを繋ぐと、慎司は電話を取った。
「何だ」
『慎ちゃん! お願いだから今日エスコートして!』
「断る。俺は挨拶回りがあるから和人に」
『和ちゃんじゃダメなの! 見た目は悪くないけど慎ちゃんより』
「沙里~、凹むぞ~」
ケラケラ笑う和人に沙里は軽く謝った。毎年全国大会で負かされていた相手だが、高校に入ってからは良好な人間関係を築き上げている。慎司から見れば「何でこんなに意気投合してるんだ」と、突っ込みどころ満載だ。
「で、何で俺になった」
『うん、慎ちゃんってカッコいいでしょ、それでマダムからガタイの良いオネェまでがバトルロワイアル』
「悪かった。確かにお前がいた方がいいよな」
『でしょ! 慎ちゃん話がわかるから大好きよ! 風雅君がいなかったら杏のお婿さんにしたかったけど、将来は私のお婿さんにして養ってあげるからね!』
「ああ、お前に料理させたら糖尿になるから、俺は喜んで主夫になってやる」
まるでプロポーズ合戦といった会話だが、当事者達は半分冗談で半分本気だ。しかし、付き合っておらずライバルだというのは和人も知るところ。とはいえ、慎司に恋する女子達の視線は痛いが。
「で、わざわざ俺にエスコートしろと言う理由は何だ。両親からどっかのボンクラと婚約しろと言われたのか」
『さすが慎ちゃん! いいとこ突いてる! 良いお婿さんになれるよ!』
「俺としては逆が良いがな」
『ダメ! 慎ちゃんは嫁ポジが合ってるもん!』
「ハハハハハッ!! 沙里最高ッ!!」
確かに嫁スキルが高一になってからさらに上がっているのは、間違いなく海宝女子達が壊滅的な料理の腕前だからという理由だ。あの昨年の悪夢を二度とみたくないと思うからこそ、慎司は料理を覚えたのである。
そんな会話をしていると、海宝側から予鈴が電話を通じて聞こえてきた。雑談はここまでのようだ。
『あっ、チャイム鳴っちゃったね。とりあえず夕方宜しくね! 慎ちゃんに恥かかせないようにおしゃれして行くから!』
「面倒だから露出は控えろよ」
『はいはい、適度にするね。じゃ、和ちゃんもまたね!』
「オウッ!」
そう答えて通話が切れると、和人は苦しそうに笑った。毎回この二人の掛け合いには笑わされてばかりだ。
「ハハハハハッ……!! 沙里も相変わらず良い性格してるよなぁ。本気で婚約すれば?」
「そうだな、あいつが身一つで冴島家に嫁ぎたいと言うなら俺も考えない訳じゃないが、逃げ出して来るようなタマじゃないからな」
「そこは慎ちゃんが……」
「俺より沙里の方が恋愛から程遠い。これでも俺は小学生の頃に失恋してるからな」
あまりにもあっさり告げられた事実に和人は固まった。入学して一ヶ月も経たない内に何人告白されたか分からないほどモテる慎司から、あり得ない単語が飛び出したからである。
「失恋って……、マジ!?」
「ああ、あいつが悩んでるのを見て嫁にもらってやると言ったが、慎ちゃんは私が養うからダメって言われたな」
「いや、もう何なのそれ。失恋じゃないだろ」
「フラれてるだろ。俺で出来ることなら頼るあいつが頼らないのはこの件だけだ」
他では何でも頼ってくる、それこそ犬を甘やかしているような感覚があるというのに、沙里は家に関することだけは頼らないのだ。だからこそ慎司はあの当時、沙里に告白したのだと思う。
しかし、それは沙里が望んでいた解決策ではないのだと分かってはいたのだ。
「沙里といい杏ちゃんといい、宮内家も複雑だよなぁ」
「三条が関わってるからな。だから親父達がいつまで経っても戻って来れないんだが……」
それもここまでになると……、とは続けなかった。慎司も淳士も両親が戻って来れない理由はCROWNに入った時に知らされている。
平和な時代が来たからと父親が立ち上げたCROWNを水庭が引き継ぐ事になったのも、彼がまた激動の戦地に戻らざるを得なかったからだ。
「だけどよ、自分の息子の結婚式には戻って来て」
「いや、戻らなくて良い。あの出鱈目の父親はマジで出鱈目だから」
「へっ? そうなのか?」
「ああ、国の国家予算を簡単に稼ぎだす出鱈目が来る時点で何が起こるか分からない」
「流石冴島家……」
つい先日まで普通に何の関係もなく生活していたんだけどなぁ、とは思いながらもやはり和人は元々の適応能力が高いのか、冴島家はそういうものなのだと割りきったのだった。
日本一の財力を持つとされる一之瀬家はその日、夕方から始まるパーティーの準備とその警護に追われていた。しかし、絶対警護専門だろうとツッコミが多方面から入りそうなCROWNのボスである水庭は、只今ケーキのデコレーション中だ。
ただし、作っているのは可愛い弟子のためではなく、今日招待されている中学生達のためだ。当然、東吾から「仕事しろッ!!」と突っ込まれたのは今朝のこと。
「よし、良い仕上がりだ」
「良い仕上がりなのは認めるけど、少しは警護の指揮とってあげたら?」
力だけはあるからクリームをしっかり泡立てておけ、と水庭の隣で作業をするのはEAGLE戦闘指揮官の陽菜。こちらも普通なら警護に当たるのではと言われるが、実は当たっている状態である。
「三熊のじいさんがいるなら問題ねぇよ。それに隣でデコレーションしてる社長にそれは言え」
水庭が言うことは正に的確だった。普通ならパーティーの主催者が、ましてや財界トップがくまさんがプリントされたピンクのエプロンをつけ、ケーキのデコレーションをしている方がおかしいのである。
「良秋さん、仕事は」
「大丈夫ですよ。任せられる部下がいますし、僕はどちらかと言えば社長をしているより」
「それ以上は言うな。それにあんたほど社長に向いてる男は見たことがない」
「ありがとうございます」
そう答えてまたデコレーションに勤しむ社長は本当に良い性格をしていると思う。
「で、今回は何か企んでるのか?」
「はい、おそらく水庭君の予想通りだと思いますよ。まぁ、淳士君が予想外を起こすので全て上手くいくとは思いませんけど」
毎回何か起こりますから、と苦笑してしまうのは仕方ないこと。しかし、それ以外を除いて水庭の予想通りとなれば、それはそれで周りを驚かせるものとなる。
「だとしたらあんたもよっぽどの策士だ。いや、風雅の親だからこそやるのかもな」
「そうですね、それに個人的にはそろそろ杏ちゃんを全てから解き放ってあげたいんですよ。彼女は幸せになる権利がある。辛い思いをしていたからこそ、その何万倍も僕が幸せになるお手伝いをしてあげたいんです」
「そりゃマジで洒落にならねぇから少しレベルを落とせ。あんたの場合、蒼士と同じで国の予算注ぎ込むぐらいはやるだろ」
「当然それくらいは」
「やんな。杏が倒れる」
水庭は間髪いれずに突っ込んだ。この善人に欠点があるとすれば、甘やかすと決めた時のレベルが宇宙最強クラスになるということだ。
そんな二人の応酬に脱力しながら、陽菜は気になっているもう一つの話題に切り替えた。
「それより真央達はいつ戻って来るの? 空間転移を禁止せずすぐに迎えに行っても」
「はい、禁止のままで。学生の思い出は貴重ですし、何より風雅君が戻ってきてしまうと僕が杏ちゃんとお話しする時間が少なくなりますから」
「あんた、時々我儘だよな」
「恐れ入ります」
将来の娘を独占するために息子を迎えにいくのを禁止する財界トップは、時々その権力が間違った方向に働いてる気がする。しかし、それを本人が良しとしてるのだから逆らえない。
その時、調理室の扉を良秋の男性秘書がパソコンを持ってやって来た。社長が仕事しなくても特に怒らないのは既に慣れているからである。
「皆様、失礼致します」
「どうした」
「はい、淳士様と夏音様から御連絡が」
「分かった。繋げろ」
嫌な予感がしたとはまさにこのこと。昔から愛弟子達は斜め上を飛び越えるどころか突き破るからだ。しかし、それに一々驚いていては身がもたないため、水庭はとりあえず話を聞くことにしている。
「おう、どうした夏音」
そう話し掛ける相手は本日の主役、魔法学院高等部三年、CROWN医療部隊長の竜泉寺夏音だった。相変わらず可愛いな、と世界トップクラスの美女を妻にしている良秋でさえ思うほど、夏音は整った容姿をしている。
しかもそれ以外に性格良しで頭脳明晰とくれば当然モテるのだが、東吾いわく「淳士と違った意味で面倒を持ってくる達人」らしい。
しかし、基本は礼儀正しい才嬢であることには変わりなく、夏音は申し訳なさそうに謝った。
『すみません、ボス。お料理の最中に』
「気にすんな。で、やっぱり急患でも入ったか? それとも淳士が何か仕出かしたのか? やろうとしてるなら今日は大人しくしておけ」
『いえ、さすがに私も本日は学校を休んでた間に溜まっていた課題を淳士様と仕上げておりましたので、急患は医療部隊の皆様にお任せしております。ですが……』
腕の中にいるのはミニ化している淳士。この光景が「ご主人様とペット」と言われる理由の一つだが、水庭はここで彼に違和感を抱いた。そう、大人しすぎるのだ!
「……おい、その淳士は分身だな」
『はい、またスキルをあげられたみたいで……』
「で、あのバカはどこ行きやがった」
とりあえず邪魔に感じるからと水庭その分身をあっさり消した。帰って来たらゲンコツ一発は確定だ。
だが、それが数発増える答えを返さなければならず、夏音は申し訳なさそうな答えた。
『SHADOW本部です』
やっぱり斜め上を飛び越えたかと思った。いくら両親がいるとはいえ、タイミングとしてはどうなのかと思う。一応、水庭から婚約の件は伝えているのだが……
「夏音、念のために聞くが母親の方に行ったなら安全だから許せるが、まさか父親のいる激戦地区に向かうようなバカはやってないよな?」
『はい、基本は婚約報告のためにお母様に会いに行くと。ですが、場合によっては自分も戦ってくると』
「死んでも出すわけにはいかねぇよ」
緊急配備だと、水庭は無線ですぐに部下達に通達を出した。淳士が何かやるということはあらかた予測されていたため、部下達の動きは当然早い。
『ですが、淳士様の実力なら』
「ああ、バカ師匠の息子だからな。通常任務程度の戦闘で済めば普通に戻ってくるだろうが、最近のあいつを見てれば分かるだろう。いくらお前でも次元解放後は治療に時間がかかるだろうが」
『……その件も含めて淳士様は私と婚約したのだと思います』
「どういうことだ?」
いくら淳士とはいえ、治療受けたい放題とは答えないだろう。とはいえ、夏音の料理食べたい放題は婚約の理由の一つに入っていたのだが……
ただ、夏音の表情を見る限り、今回は珍しく真剣な理由だった。
『淳士様は鈍くとも直感の鋭い御方です。ですので私を妻にし性交を行うことによって更なる強さを』
「待ちなさい、夏音。いくら竜泉寺とはいえその言い伝えは……」
「有り得ますね。最近の二人を見てればですけど」
実例に出会ったことがないので、といった良秋の表情はまるでおとぎ話のような理屈が現実として有り得ると言っているかのよう。だとすればと水庭は念のために尋ねておくことにした。
「夏音、どうなんだ。お前に負担がかかる話か? それとも淳士に他の女を抱かせるぐらいさせとくべき……」
地雷を踏んだ。淳士のこととなればなりふり構わずと同時に非常に落ち込み安いのが夏音の欠点だ。特に他が完璧過ぎる分だけ痛いものがあるほどにだ。
「淳士様が既に私以外の方と……」
「落ち込むな。あいつが遊ぶようなタマかよ」
寧ろ女に少しぐらい興味を持てと言いたいぐらいだ。もちろん、いつも夏音といれば他の女が低いレベルに見えてしまうのも分からなくはないが……
そして、夏音はそう聞いて立ち直りはしたものの、またそこで問題点があるのも困りものだが、とりあえず説明しなければと彼女は向き合った。
『はい……。では、順を追って説明致します。まず前提として竜泉寺宗家の女は代々、生涯の伴侶にのみその身を捧げるのがしきたりです。理由は私自身が魔力増幅の役目を果たすからです』
「それって本当だったの? 貴女のご両親や祖父母にはその片鱗は感じられなかったけど」
『ええ、おっしゃるとおりです。先代には魔力増幅の力はございませんでした。血が薄れていたのも一つの理由ですが、生まれ持った魔力が高くなかったのも理由です。ですか、私は巡りあってしまったのです。それも二人』
二人と告げられて思い浮かぶのは次元を持つあの二人……
「淳士と杏か」
『はい、二人の次元に直接触れた私だからこそ、私の竜泉寺の力は揺さぶられました。そして今、私の力は一番淳士様と融けやすいとお互いに感じています』
寧ろ互いの魔力が疼いていると言った方が正確だ。今は互いに理性で抑えているところはあるが、いずれは向かい合わなければならなくなる。それも近い内にと淳士は特に感じているのだろう。
『だからこそ、淳士様はご両親のもとへ行かれたのだと思います』
「次元の暴走か」
『はい、それを押さえる術を知るのはご両親のみですから……』
淳士の次元が暴走しない封印術を知るもの、正確に言えば封印術を扱えるものは彼の両親だけだ。だからこそ今後のためにと淳士がSHADOWに行ったと言う気持ちはわかる。
しかし、水庭が深くため息を吐き出すには充分すぎた。普通は正論、ただし淳士に正論が確立する可能性は戦闘以外は十年に一度か二度だ。
「淳士にしては考えた行動だが、また面倒な事になりそうだな……」
『えっ?』
「淳士の性格考えてみろ。お前が淳士を求める以上にあいつはお前を求める。それこそ魔力をお前から根こそぎ奪いかねないだろうよ」
『と、言いますと……』
「お前をさっさと抱きたいから次元が暴走しない方法を教えてくれと、ストレートに言うに決まってるだろうが」
というより、百パーセントそう言うに違いない。それには夏音は真っ赤になって固まった。
「とりあえずやるなとは言わねぇから人に迷惑をかけずにやれ! それと師匠として言わせてもらうが、デキ婚しても構わないがせめて高校卒業してからにしろ。淳士にイクメンを叩き込む時間が」
「ふざけんなバカ!!」
陽菜から見事なチョップを受け水庭は頭を抱え込んだ。さすがに痛かったのである……
お待たせしました☆
風邪でダウンしていた緒俐ですが、やっと熱が下がったぁ!
明日から転職活動再開!
そして、次回はパーティーに入れそうですが、この話のもう一人の主人公は相変わらず出鱈目をやらかしていきそうで……
うん、まともな話になるといいなぁ……
~失恋してたの!?~
和人「やっぱり慎ちゃんがフラレるなんて有り得ねぇ」
慎司「仕方無いだろう。まぁ、普通と違ってライバルだから関係は壊れてないし、前提として彼女にはなってもらいたくはな……」
和人「ああ、確かに浮気したらあのパンチがな……。ついでに糖尿……」
夏音「二人ともどうなさいましたか?」
慎司「夏音姉さん」
和人「いや、慎ちゃんが失恋してたって話。だけど夏音姉さんは淳士さんがいるから失恋したことは」
夏音「ありますよ。淳士様には何度も振られています」
慎司「はあっ!?」
和人「マジで!?」
夏音「はい。結婚して下さいと言って断られた時は本当に落ち込んだものです」
慎司「……あのバカ殺ってくる」
和人「慎ちゃん待って! 今婚約してるから!」
慎司「じゃあ、何で振ったんだよ」
夏音「俺が言わなきゃダメだから、だったそうです。だから婚約は良くてもプロポーズは淳士様がしたいとのことです」
慎司「……まだあるな」
和人「えっ?」
慎司「あと一個の理由は?」
夏音「はい、食べるのが私の手料理だけで済みそうにないからと……」
慎司・和人「まともなエロ願望かよ!!」