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CROWN  作者: 緒俐
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第四十五話:月空間

 部活も終わり、いつも賑やかな魔法学院中一組は冴島邸までの帰路を辿る。目の前でふざけあっているメンバー達を後ろから穏やかな顔をして見守っている杏の隣には、本日は風雅ではなく蓮がいる。


 おそらく、風雅が高校に進学する頃にはこれが日常と化していくのだろうと蓮は思う。いや、未来のマネージャーや後輩が増えている可能性が高いか。


 そんなことを思いながらも二人は今日のことを振り返っていた。


「今日は凄く張り切っていましたね」

「ああ、風雅隊長も真央監督もいないんだが、何で普通に追加メニューまでやるんだろうな……」


 蓮が遠い目をしてぼやくのは仕方ないこと。通常のメニューだけでは足りないわけがなく、何故かやらなければならないという衝動にかられてしまうのだ。

 間違いなく普段から追加メニューが当たり前になっている所為だろうが……


「ですが、自主的に練習されてると知ったら真央監督も褒めて下さると」

「いや、やる気があるなら新メニュー、やる気がなければ地獄のペナルティーになるだけだからちゃんと熟してたと報告してくれ」

「は、はい……」


 褒められる要素だというのにペナルティーと変わらない、何故かそうなってしまうのは「監督が真央だから」というしかない。


「だが、杏は寂しくないのか?」

「えっ?」

「風雅隊長がいないからな。まぁ、目の前にいる奴らはここぞとばかりに今夜は騒ぎたいみたいだが」


 今夜はパジャマパーティーだと藍や真理が騒げば、何故か全員が大部屋に集まって寝ようと言い出す。

 メンバーがメンバーなので危険の危の字もないぐらいだが、風雅に殺されない程度に退出しておこうと蓮は早くもそう考えていた。


 しかし、そんなことは露知らずの杏は眉尻を下げ、少し困ったかのような表情を浮かべた。どうやら物足りなさは拭えないらしい。


「そうですね、少し寂しいです。風雅様達がいらっしゃるのが自然でしたから……」

「そうか。だったら気を紛らわすためにも今夜は秘蔵の紅茶を出すとしようか。杏と飲もうと思ってたからな」

「はい、ありがとうございます」


 ニコッと笑う杏に蓮は微笑み返すと、そこへ前を進んでいたメンバーが二人の間に入ってきた。


「蓮ちゃん! 何抜け駆けしようとしてるんスか!」

「確かに! 浮気するなら桜ちゃんに言い付けるわよ!」

「浮気ってお前達な……。まぁ、桜ちゃんとも一緒に飲むつもりだが」

「蓮っ!!」

「涼は真央監督から牛乳飲めと言われてるだろう」

「毎日飲んでらぁ!!」


 そしてまた帰り道は賑やかになっていく。それを穏やかに見守りながらも、やはりこの場に風雅達がいないことは少し寂しいと杏は思うのだった。



 冴島邸に帰れば、広々とした玄関フロアーに大量のプレゼントと段ボールの山。チラリと宛名を見れば蓮はガックリと肩を落とし、涼は沸々と怒りが沸いて来る。

 ここに風雅がいれば「全部送り返してやれ」と怒っていたに違いないが、彼は野外活動中で不在だ。


 そして、それらを運ぶのに使用人達が借り出されている中、初老の執事長が一行を出迎えてくれた。


「皆様、おかえりなさいませ。本日は出迎えに間に合わず申し訳ございません」

「いや、それは構わないんが何だ、この荷物」

「はい、それが一之瀬様と東條様より明日のパーティーに着て行くドレスとお土産が届いておりまして……」


 確かにそれもかなりの量だが、段ボールに詰め込んで来るようなものなど二人からは有り得ない。寧ろ、段ボールを送り付けた元凶は間違いなく出鱈目魔法覇者だ!


「本当にすまない。淳士兄貴が戻って来たんだろ?」

「は、はい……。ですが、すぐに戻られまして皆様に会えず大変残念がられて」

「いや、よく戻ってくれた。CROWNも分かってくれてるんだ」


 使用人達に心から謝罪したくなる主というのも珍しいもの。昔から淳士のやんちゃぶりと出鱈目さに振り回されているため、それはもう不敏としか言えない。

 そんなやり取りに杏は躊躇いながらも涼に尋ねた。


「えっと、涼君は淳士様と喧嘩でも……」

「してないぞ。だが、桜や杏にどんだけ料理させるつもりだってほどの食材がダンボール百以上ってふざけてると思わないか? しかも泊まるとしても長くて一日だぞ。さらに明日は自分の婚約パーティーにも関わらずだ」


 んなことする暇があったら、明日をどうするかぐらい考えやがれと一発殴ってやりたいとさえ思う。

 しかし、今まで涼が淳士に殴り掛かったことはあっても返り討ちにあったことしかない。拳を受けてくれたのは稽古を付けてくれた時だけだ。


「ですが、慎司様が今晩お泊りになられまして、只今桜様と厨房にいらっしゃいます」

「はっ? 兄貴いんのか!?」

「はい、皆様に料理を振る舞いたいと」


 そういった瞬間、蓮と杏を残して一行は瞬時に走り出した。ちなみに昴は面識がないが、何故か雅樹と隆星に両腕を捕まれて持ち上げられ、連行されていったのに杏は疑問符を浮かべた。


「それより慎司さんがこっちにいるってことは桜ちゃんに何かあった? 特に連絡は無かったみたいだが」


 蓮のツッコミに執事長は珍しくビクッと動揺した。そして、彼は少しだけ考え込むと言葉を選びながら解答する。


「はい、国の特殊戦技部隊の襲撃がございまして、それを感じ取った淳士様と慎司様がすぐにこちらへ来て下さったのです。国ということですので既に圧力がかかり、今夜の襲撃の可能性は低いですが……」

「念のために慎司さんが残ったと。というよりわざと知らせなかったな、あの人」


 蓮は心の中で舌打ちした。桜が無事なのは確実だが、伝えなかった理由はシスコンが発動したからに違いない。

 そんな蓮の怒りを含んだ魔力に執事長が当てられていることに気付いた杏は、小さな声で彼の名を呼ぶとそれを収めてくれた。


「すまない、慎司さんにはきつく言っておく。とりあえず杏、俺達は先に着替えて来よう。あいつらがいたんじゃ煩くて話にならないからな」

「はい……」


 慎司は打ち貫かれてしまうのではないか……、と杏でさえ不安を覚えたが、それを気にしてはならないのが冴島家だということを彼女はまだ知らなかった……



 厨房にドタバタと駆け込んだメンバーの目には、中学時代と変わらず黒いエプロンを付けた慎司が大皿四皿を抱えてテーブルに運んでいるところだった。

 そして、久々に会った弟分達を見て慎司は彼等を迎え入れる。


「よっ! おかえり! 今日は天麩羅と刺身とレタスとタマゴのマカロニサラダに」

「料理解説は後で良いから何でここにいるんだよ!?」

「実家なんだからおかしくないだろう?」


 寧ろお前より長く住んでるぞ、と言われれば二の句が出てこない。そして、慎司が料理をテーブルの上に置くと涼はボソッと呟いた。


「まさかCROWNクビ……」


 ガコン!と涼の頭上にゲンコツが落とされる。さすがはCROWN幹部、その威力は涼を一撃で沈めるものだった。


「涼じゃあるまいしなるわけないだろう。それに例えなったとしても将来桜を養えるぐらいの甲斐性は」

「無くて良いよ。それに慎司お兄ちゃんはちゃんとお嫁さんもらって!」


 毎回恥ずかしいと桜は声を上げた。手には大皿四つと、華奢に見えてウエイターも驚くスキルを見せるのは桜ならではというところ。


 しかし、桜の将来を心配しているシスコンにとっては若干ショックな一言だった。


「いや、桜が……」

「淳士お兄ちゃんだけじゃ心配なの! 桐沢さんがいつまでも面倒見てくれる訳じゃないのよ!」


 あまりにも正論過ぎるため誰もつっこめない。桜の言うとおり、慎司がきちんと結婚していた方が安心という気持ちは痛い程よく分かる。

 それに何だかんだ言いながら、シスコン以外はモテ要素が多いので相手には不自由しないのだ。


「てか、雅ちゃんと隆ちゃん! そろそろ離して下さいっス! 何で俺を抱えて来たんスか!!」

「あっ、わりぃ。てか、お前軽いな」

「パワーアタッカー二人で抱えてたら当たり前っだぁっ!!」


 いきなり離され昴は尻餅をついた。離す時も乱雑、雅樹と隆星に優しさというものはないらしい。もちろん、杏や桜にならあるのだが……


「ったた……! で、何で抱えてきたんスか!」

「そりゃ、慎司さんにぶつけようと思ったからだが……」

「桜が作った料理は粗末に出来ないからな」

「何でぶつけるんスか!? てか、慎司さん何かしたんスか!?」


 普通人間をぶつけるような怨みを買うかと詰め寄れば、慎司は呆れたように肩を落とした。


「何だ、お前達。まだ怨んでるのか」

「当たり前だ! 俺のグラビア返せっ!!」

「こっちも桜作成のレシピ本取ってくなっ!!」

「それで俺をぶつけようとしたんスか!?」


 どんだけ怨んでるんだ、隆星に至ってはレシピ本ってどういうことだとつっこみたい。寧ろそれで自分を投げられてはたまったもんじゃない!

 そして、真理と藍の反応は思春期の男子高生なら仕方ないとは思いつつも、若干引いているようだ。


「慎司さん、グラビア見るんだ……」

「うん、雅樹の取ってまでなんて意外……」

「待って下さい、何か変な気がします。慎司さんは医療戦闘官ですし、あのジェニーさん相手でも全く動じなかったんですよ?」


 陸の指摘はもっともで、グラビア一つに必死になる慎司など考えづらい。それに女性の裸体を見たければ、それこそ医療戦闘官という立場を利用することもハーレムに行くことも可能だ。


 それには真理達も納得したが、それが必要な理由は、と全員の目が慎司に向けば彼はバツが悪そうに答えた。


「ああ、グラビアはちょっと使うことがあってな。手っ取り早く雅樹のを取って行っただけだ」

「何に使ったんですか」

「企業秘密だ。だが、雅樹みたいな目的じゃないとは言っておく」

「おっぱい舐めんな!!」

「舐めてねぇよ。俺は医療戦闘官だろうが」

「くっ、クソっ……!」


 何に負けて悔しがってるのだろう……、と女子達は思ったが、知らない方が良いとも思った。間違いなく立場の違いにより慎司が羨ましいという気持ちはあるに違いないからだ。


「まぁ、グラビアぐらい買ってやるが、レシピ本はコピーでいいな。桜直筆のは俺がもらう」

「だったら良いや」

「まぁ、レシピが分かるなら」

「それで良いんスか!?」


 だったら最初から人を投げようなんて思わないで欲しいと昴が泣きわめいていると、食堂に朗らかな空気をまとう杏と淀んだ空気を漂わせながらも冷静に努めている連が入って来た。


「慎司様、お久しぶりです」

「慎司さん、ただいま」

「オウ! 久しぶりだな杏、蓮……」


 ヤバいと慎司の直感が告げた。蓮からいつも以上に笑顔の裏の黒いオーラが見える。間違いなく今日の襲撃を隠していた理由に勘づかれている。


 ただ、兄の威厳というのは若干保ちたいので、慎司は平静を装って弟分達に告げた。


「とりあえず全員さっさと着替えて来い。明日のことも伝えるために俺は戻されたようなものだからな。昴、涼を担いで行け」

「分かったっス……」


 よっぽどダメージがデカかったのだろう、涼は未だに頭にたんこぶを付けて沈んでいたので、昴はヒョイと彼を担いだ。うん、間違いなく自分より軽いと思う。


 そして、慌ただしいメンバーが着替えるために部屋に戻ると、蓮は淀んだ空気を優しいお兄さんに変えて桜の頭を撫でながら尋ねた。


「桜ちゃん、怪我はなかった?」

「はい、大丈夫です。お兄ちゃん達が来てくれましたから」

「そっか、連絡が来なかったからすぐに行けなくてゴメンね」

「えっ?」


 どういうことだと桜は慎司を見れば、彼は完全に目を逸らしていた。どうやら確信犯らしい。ならば、と桜はジワジワと攻めていくことにした。


「慎司お兄ちゃん、私が襲撃されたことは伝えなくても構わないけど、何でうちに襲撃があったことを蓮さんにも伝えてないのかな」

「い、いや、危ないから特殊戦技部隊とか言いたくなくてな……」

「それは隠して言えば良いぐらい慎司お兄ちゃんなら出来るよね? 基本、冴島家で何かあったら連絡はしないといけないって、淳士お兄ちゃんが極稀に出す正論なんだから大切なことじゃないの?」

「そ、それはだな……、ちょっとな……」


 間違いなくシスコンの悪い癖だと思った。蓮に桜を取られたくないという一心からやったに違いない。じゃなければ、襲撃があったことを魔力の残骸を消すという巧妙な魔法を使ってまでに隠す必要がないからだ。

 特に感知能力が高い蓮に冴島家襲撃を悟らせないことなどそう出来るものではない。


「蓮さん、ごめんなさい。慎司お兄ちゃんが……」

「いや、桜ちゃんが無事なら良かったよ。慎司さんには後からたっぷり言い聞かせておくから心配しないで」

「蓮さん……」


 どう転んでも二人の世界になるから言いたくないんだよ、と慎司は言えなかった。


 淳士のように東條家に乗り込むことはしたいがしない慎司は、何とか桜が蓮にさらわれないように常に考えてしまう。

 下手をすれば五年後には……、とまるで父親のようなことを思ってしまうのだ。


「えっと、慎司様……」

「すまないな、杏。ちょっと旅立ちたくなってな」

「いえ……」


 慎司のシスコンは最早病気で誰も治せない、と先程言われたばかりなので杏は何も言えなかった。いや、言うなと蓮に言われた手前もある。


 ただ、杏も可愛がってる妹の一人というのもあるのか、彼の復活はいつもより少しだけ早かった。何より杏に伝えたいこともあったからだ。


「ああ、それより明日は沙里にもパーティーで会えるぞ」

「えっ、沙里姉様もいらっしゃるのですか!?」

「ああ、CROWNとEAGLEは全員参加。あいつもなかなか杏と連絡が取れないってこの前も八つ当たりされてな……」


 最後は夜中のケーキバイキングに付き合わされ、しかも奢らされたのは最近のこと。

 ただし、昔からの付き合いなので嫌ではなく、爽快に食べていく様は称賛に値する。淳士と違って食べ方は一般的だからだ。


「そうなんですね、最近任務続きだと伺ってましたので御連絡しづらかったのですが……」

「ああ、あいつは大坪部隊だからな。大体、前線に行ってるから忙しかったんだろ」

「大坪さんは戦闘部隊長になられたんですか?」


 だとしたらさすがとしか言えない。間違いなく、あの落ち着いた性格からも隊長には充分なれる実力だと先日の試合からも思えるほど。


 しかし、それだけの実力を有していてもEAGLEの戦闘部隊長の二人には僅かに及ばないものだった。


「いや、EAGLEの戦闘部隊長は烈さんと奏さんだ。大坪さんはポジション的には烈さんの下になるかな。CROWNもEAGLEも戦闘部隊長は二人だしな。まぁ、部隊によっては副隊長を付けるとこもあるが」


 じゃなければ情報部隊の桐沢さんは本気で過労死するからな……、とは続けなかった。せめて出席日数ギリギリという状況でいたいと高校生とは思えない願望だ。


「まぁ、それだけ役職に付く実力は必要って訳だな。だが、大坪さんも城ヶ崎さんもすでに幹部にはなってるぞ。当然、沙里もな」

「うわぁ、流石ですね!」


 杏はパアッと嬉しさを全開にした笑顔で沙里を褒めるが、幹部となった内部事情を知る慎司はその席を譲った戦闘官を思い出すと同情したくなる。

 理由は簡単で沙里と幹部の席をかけて戦った戦闘官が二度と逆らいたくないと、それは滝のような涙を流していたからで……


「まっ、そういうことだから久しぶりに甘えてみたらいい。高校に入ってから風雅が嫁にもらってくれなかったら自分が将来養うって言ってるからな」

「えっと……」


 どこから突っ込めばいいのかと思うが、少なくとも明日はお礼を言うべきなのだろうと思い、杏は久しぶりの再会を楽しみに待つことにした。



 それから数分後、ドタバタと中一メンバーが下りて来る頃には食卓にはテンコ盛りの食事が今日も並べられていた。

 いつもと違うのは慎司が自分で轆轤を回して作った茶碗が置かれているということ。相変わらず器用な兄だと涼は思う。


「桜の料理は残すなよ、いただきます!」

「いただきます!!」


 この号令は久しぶりだな、と陸は思う。基本、冴島家の晩御飯はその場にいるリーダーが独特の号令をかけているのが特徴だ。

 慎司に至っては桜が必ず付いているが、桜の料理を残すなという点は同意しているため、そこだけは誰も文句を言わない。


 そして、先程まで歪んだオーラを放っていた蓮も落ち着いたのか、慎司の隣に座って食事を取りながら彼に尋ねた。


「それで慎司さん、明日のパーティーはどうなりそうですか」

「そうだな、とりあえず全員聞きながら食え」


 食べなければ真央に怒られるというのもあり、一行は食事をとりながら慎司の話に耳を傾けた。


「まず、明日は一之瀬家で淳士兄さんと夏音姉さんの婚約発表だ。これは三条との婚約発表は出鱈目というのを証拠づけるためでもあるが、冴島家と竜泉寺家の繋がりを強固なものと知らしめるためでもある」

「それで兄貴は?」

「理由はともかく、夏音姉さんと婚約することに文句は言ってないな。まぁ、一生夏音姉さんに餌付けてもらえるとボスが言ったら、結婚するって即答だったが」

「それでいいのかよっ!?」

「良いんだよ。あんな出鱈目、夏音姉さん以外誰が嫁になれるんだ」

「すみませんっ!!」


 涼は思いっきり謝った。少なくとも夏音が嫁に貰ってくれなければ独身かもしれないという慎司の考えは間違っていないからだ。


 淳士も出鱈目さを差し引けば相手は選びたい放題だが、その出鱈目さがあまりにも際立ちすぎているため諦める女子が多発するのだ。

 もちろん、夏音が傍にいることが淳士に手を出せない一番の理由にもなっているが……


「ただ、お前達を呼んだのはもちろんそれぞれが名門とされる家柄というのもあるが、将来のCROWNとEAGLEの戦力を敢えて晒すためでもある」

「えっ? それって良いのか?」


 涼のツッコミはもっとも。通常、部隊の戦力は未知数といった状態にしておいた方が敵と戦った時にも隙を突きやすいというもの。

 もちろん、CROWNには淳士がいる時点で既に実力は未知数と認識されているのだが、中学生達は彼ほど出鱈目ではないため予測される可能性がある。


 しかし、その点に関しては慎司は一般とは少し違う意見を持っていた。それは自分のボスが水庭だからだ。


「ああ、お前達の力は未知数だからな、どれだけ敵に有能な分析力を持つ奴がいたとしても、それ以上を弾き出すのがうちのボスだ。事実、淳士兄さんが高校生で魔法覇者なんて出鱈目を予測出来た奴なんていないだろう?」


 あれでも予測しようとした奴がいるんだぞ、と続ければ今となってはかなり無駄な時間を費やしたのだなと思う。

 それでも全てが無駄ではなかったとEAGLEの情報部隊なら、まだ彼と張り合える烈がいるため言えるのだろうが……


「だから今後の混乱の種になるためお前達は参加。まぁ、お前達は俺達との交流会ぐらいに思って参加したら良いよ。基本は良秋さんの敵になりそうな招待客はいないしな」


 中立の奴らが全員寝返っていなければ、とは続けなかった。しかし、守りたいものが全て傍にいてくれれば充分守りきれるというのも事実なため、万が一には一番対処しやすい状況ではある。


「だけど兄貴、敵はともかく一番気になるのは淳士兄貴の行動じゃねぇか?」

「ん? さすがに兄さんでも今回は大人しくさせるために万全策を敷いてるし、下手な行動をとって夏音姉さんを泣かせるバカはしないと思うが?」


 あれでも夏音が拉致された時に誰よりも怒り狂った男だ。理由が御主人様から与えられる餌だったとしても、婚約を破棄するような真似をして彼女を泣かせるようなことはまずしないだろう。


「う〜ん、それでもどこか腑に落ちないんだよな。基本、縛り付けられるの嫌いだからさ、何かやらかしそうで……」

「それだけは本気で勘弁だ」


 各界を巻き込んで計画を練り上げてきてるというのに、それをいつもの出鱈目でぶち壊されては堪ったもんじゃない。

 それこそCROWNの任務から夏音の急患に至るまであの水庭が「ここまで策を用いてダメならあいつの運の問題だ」と、それは指揮官らしくない発言をしたほどである。


 そんな話の最中、いつもは中学生達の邪魔することもなく控えている執事長が失礼しますと一礼して会話に入って来た。


「杏様、お食事中失礼致します」

「はい」

「風雅様から御連絡が来ていらっしゃいます。御繋ぎして欲しいと」

「は、はいっ! すぐに出ます! 皆様、少し失礼致します!」


 一体何があったのだろうかと、杏は一礼すると慌てて退出しようとしたが、野外活動センターで何があったか知っている慎司は小さく笑って杏に声をかけた。


「杏」

「は、はい」

「素直に自分の気持ちは吐き出して来い。寂しいと思ってるなら尚更な」


 あいつの心配は特にいらないから、と続けれると杏は少しホッとし、再度一礼してパタパタと走り去っていった。


 そして杏がいなくなって数秒後、昴は滝のような涙を流して慎司に抗議した。


「慎司さぁん! 行かせたら本気で失恋決定になるじゃないスかぁ!!」

「ああ、諦めろ。風雅相手に杏は奪えないだろ」


 俺だって風雅をライバルにしたくはないと続ければ、昴は陸に泣き付いた。しかし、慎司は妹をたぶらかしたと彼女を溺愛してる義姉に殴られると思うからだが……


「それに杏の顔見てみろ。初めて会った時より良い顔してるからな。お前達のおかげもあるが、あれは風雅が一番変えた顔だ」


 初めて杏と話した時には緊張の他に人と関わることが申し訳ないと滲み出ていた。それを少しずつ誰かと話したい、特に風雅の傍にいたいと思うようになってきたことは誰の目から見ても明らかだ。


 ただ、それが分かっていても杏を思う者達はあの笑顔が自分だけに向いてくれたらと思う訳で……


「まっ、杏を思って練習に励むのは止めないからな。夜にはジェニーも戻って来るだろうからしっかり扱いてもらえよ」

「兄貴は稽古付けてくれねぇのか?」

「宿題が終わったら見てやるよ。回転乱打、まだ安定してないんだろ?」

「ああ、頼む!」


 涼の表情がパアッと明るくなる。「いつもこうなら理想のお兄ちゃんなんだけどなぁ」と、桜は眉尻を下げるのだった。



 パタパタと廊下を走って自分の部屋に向かう。そこでなら自分のだらし無くなっていそうな顔を誰にも見せずに話すことが出来るから。

 どうやら思ってた以上に自分は風雅に会いたいと思っているらしい。


 そして、部屋に戻ってパソコンの画面を開けば、そこには彼女の思い人が風呂上がりの様相で映っていた。


「杏」

「風雅様……!」


 今朝送り出したばかりだというのに、随分離れていたように感じるのはあまりにも風雅が傍にいることが当たり前になっているから。


 しかし、ここでふと彼女の脳裏に疑問が過ぎった。彼がいるのは通信不可の野外活動センターだったからだ。


「えっと、連絡出来ないと伺っていましたが……」

「ああ、取れないはずだったが取れる事態に陥ったからな。少々任務に巻き込まれたが、全員怪我もなく無事に終わったよ。まぁ、帰らせてくれないことが不満だが」


 空間転移は禁止のままだしな、とぼやけば杏は困ったように笑った。野外活動を抜け出せるなら抜け出したいというのは変わっていないらしい。


「そっちはどうだ、ちゃんとあいつらは練習してるか?」

「はい、蓮君がしっかりリーダーシップを発揮してますし、皆さんもやる気満々ですよ。特に涼君と昴君はオーバーワークになるんじゃないかと思うくらいでして」

「ああ、あいつらには俺と修平が宿題を出したからな。ついでに真央が特別メニュー組んだし」


 だからあんなに頑張ってたんだ……、と杏は思った。理由の八割は真央の特別メニューだろうが、風雅と修平という二人の目標がいたからこそ頑張っていたのだと思う。


「あと、杏も俺がいなくて寂しくないか?」


 寂しいと恥ずかしそうな顔をしながらも言ってほしいという願望はあるが、おそらく真っ赤になって俯くだろうと風雅は予想していた。


 しかし、約十秒後に彼の予想は嬉しすぎる方向に裏切られた。


「さ、寂しいです……」

「杏?」

「早く、お会いしたいと思います……」


 奇跡かと風雅は目を見開いた。まさかそんな嬉しい言葉を杏から聞けるとは思っていなかったからである。

 ならば、もう少し欲張ってみたいと風雅は口角を上げて彼女に問い掛けた。


「そうか。だったら帰ったらすぐにキスして欲しいのか」

「っつ……!!」


 茹蛸が出来上がった。さすがにこれはハードルが高過ぎたかと風雅は笑った。これで肯定されたら世界が本気で薔薇色だ。


「すまない、からかい過ぎ」

「しっ、してほしいですっ……!」


 耳を疑った。今、とんでもない爆弾発言を聞いた気がする、いや、確かに聞いた。少なくとも夢の世界ではない。


「杏……」

「は、はいっ!」

「俺に幻術かけてないよな?」

「は、はい……」

「確かに俺にキスして欲しい、抱きしめてほしい、一線超えてさらに」

「そこまで言ってませんっ!!」


 杏は間髪入れず突っ込んだ。やはり少し勇気を出して言ったのが間違いだったのかと思う。風雅が自分をからかうのが好きだというのは痛いほど学習している。


「そうか、だったらせめて……」

「えっ?」


 そして映るのは月眼を発動した風雅の姿。しかし、それは戦闘用ではなく特に大きな魔力を消費している様には見えない幻術タイプのもの。


「月空間。月眼の幻術の一種だが」

「あっ……」


 空間が歪んだと思えば二人は月夜の下にいた。手を伸ばせばすぐに風雅に触れられる位置にいることに、幻術だと分かっていても溺れてしまいたくなる。


 そして、それは幻術ではないと感じられるほどの事が起こった。風雅が自分の手を取ると確かに触れられてるようで……


「えっ? 感覚がある?」

「ああ、俺も杏に触れている感覚がある。やろうと思えば今このまま押し倒して抱くことも」

「風雅様っ!!」

「出来ないって言おうとしたんだが、何を妄想したんだ?」


 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべれば杏は真っ赤になった。だが、風雅の想像は彼女より遥か彼方へ行ってると雅樹あたりがいれば突っ込んだだろうが……


「この幻術はお互いの記憶で成り立ってるんだ。だから触れたことのない場所は感覚がない。つまり押し倒して抱くことは出来ないんだ。だが……」


 スッと頬に風雅の手が触れると、彼の唇が杏と重なった。それは幻術とは思えないほどリアルで、鼓動の早さがそれを際立たせる。


 そして、それがゆっくり離れると、風雅は少し赤くなりながらも声だけはいつもと変わらず続けた。


「……キスした感触は覚えてるから伝わるだろ?」

「は、はい……」


 そう静かに答えた後、再度唇は幾度となく重なる。お互いの記憶から成り立つ幻術だとは分かっているが、それでも求めてしまうのは寂しさの所為か本能なのかは分からない。

 ただ、今はお互いを感じていたいと思う気持ちは紛れも無く事実だった。


 それからそれが離れると、風雅は穏やかに笑って彼女に告げた。


「明日は意地でも戻るから待っててくれ」

「えっ? 野外活動は……」

「後回しだ。それだけの事態が起こったからさすがの真央も戻れるよう、ボスに散々言って学校側に圧力かけたらしい」


 アレはまず水庭が不憫になり、さらに学校側も女子中学生にあれほどの正論をつらつらと言われたことはないだろうと思うレベルだった。


 しかし、夜に動くことは危険だというのは真央も同じだったため、明日に戻る運びとなったのである。


「それにやっぱり杏のエスコートは俺がしたいからな。母さん達に杏を取られて堪るか!」


 それが一番の本音なんだな、と修平辺りが部屋にいれば突っ込んでくれただろうが、彼は只今警察から聴取を受けている最中で他のメンバーも風呂やトレーニング中だ。

 無論、杏との時間を邪魔されたくないと追い出してはいるのだけれど。


 そして、二人の空間が少し揺らいだことに気付いた杏はこれ以上風雅に月眼を使わせたくないと思い、風雅もそれを感じ取るともう一度彼女に口づけて優しく抱きしめた。


「じゃあ、おやすみ。また明日な」

「はい、また明日……」


 そう告げて二人の空間はゆっくりと消え去っていった……



 それから数分後、風呂上がりでTシャツ短パンにパーカーと冴島邸にいる時と何等変わらない恰好で真央は風雅達の部屋を訪れ扉をノックした。


「風雅君、入るわよ」

「ああ……」


 気の抜けた返事に真央は珍しいと思いながらも部屋に入れば、そこには耳まで真っ赤になった風雅がパソコンの前に座っていた。


「な、何なのその顔!!」

「杏にやられた……。今すぐ空間転移使って足腰立たなくなるくらい」

「絶対飛ぶな」


 真央は間髪入れずに突っ込んだ。これは明日、いつも以上に騒動になりそうだと彼女でも頭を抱えて……



お待たせいたしました☆

今回はシスコンの冴島家次男、慎司が久しぶりに里帰り。

モテ要素があるにも関わらず、そのシスコンぶりはやはり冴島家です(笑)

基本は常識人なんだけどなぁ……


そして風雅様。

月眼が便利になってきてるなぁと感じる作者ですが、杏ちゃんの寂しさが紛れるならオッケーかな。


次回は多分……、うん、そろそろもう一人の主人公が出て来るかなぁ……

出したら話が出鱈目になるんだろうなぁ……

二部まで出さないつもりなんだけどなぁ……



〜グラビアの使い道って〜


陸「慎司さん、結局雅樹君のグラビア写真、何に使ったんですか」


昴「そうっスよ! 企業秘密だと言われても納得いかないっス!」


慎司「そんなに気になるか?」


陸「はい、夏音さんが見ているあたり」


慎司「……うちは悪乗りする奴が多くてな、とりあえず最近のグラビアやらヌード写真を持ち寄れと上から命令されたんだ。因みにボスや桐沢さんじゃないぞ」


昴「本当、そうであってほしいっスよね」


陸「で、それを本来は淳士さんに見せるつもりだったとか?」


慎司「ああ、夏音姉さんの顔と合成させたモデルを使って見せるつもりだった。因みにプロ級の修正は加えてある」


昴「それって夏音さんに見つかったらまずいんじゃ……」


慎司「普通はな。だが、見つかって兄さんの名前を出したら医者として考え出したんだ」


陸「えっ?」


慎司「まず、兄さんの基準は夏音姉さんだからな。エロ本見ても風俗行っても平然としている。それは男子高生として健康なのかと自分に魅力がないのかと言い出してな。で、それ見て研究すると持って行った」


昴「何かズレてるっスね……」


慎司「で、実際に余ったやつを兄さんに見せたらな……」


陸「どうなったんですか?」


慎司「顔が全部夏音だが胸のサイズが違うだウエストが太いだ正確にケチ付けやがった。しかもミリ単位で」


昴「マジで訳分かんねぇっスよ!!」


慎司「で、結局雅樹のグラビア本は夏音姉さんの研究材料になったって訳だ」


陸「本当、企業秘密で良かったです……」




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