第四十一話:海宝中学二年組
海宝中学二年特進クラス、大川晴人。とはいえ成績平凡、容姿平凡、体力平均より若干上というステータスだが、海を始め海宝中学の一年生レギュラーにはヘタレと思われながらもかなり慕われている。
そんな彼の魔法格闘技のポジションはガンアタッカー。チームメイトに恵まれていなかったため小学生時代の成績はパッとしなかったものの、海宝中学に入学してからは美咲の扱きにより瞬く間にレギュラーになった真央と美咲の幼じみである……
「晴人、何でそんなに憂鬱そうな顔してんのよ」
今日から野外活動なのに、と尋ねるのは選手兼監督の鈴宮美咲だ。普段は主将である祥一に容赦ない彼女であるが、学校指定のジャージ姿になれば貫禄はあるものの普通の中学二年生らしくなる。
ただし、彼女が野外活動に持ち込んでいる荷物の中に魔法格闘技に関する様々な物があることだけは普通とは言い難いかもしれないが……
そんな問いに欠伸を一つして晴人は返した。基本、彼は平凡が好きなのだ。
「折角の野外活動だってのに魔法学院と合同だったら絶対何かあるからだよ」
「真央に会えるから良いじゃない」
「よかねぇーよ!! あいつが来るってことは夜の自主トレがよりハードになるだけだろうが!!」
「良いんじゃない? 真央のことだから告られそうだし、失恋にはハードな練習が」
「ふざけんなっ!! してたまるかっ!!」
真っ赤になって反論すれば幼じみ殿はニヤニヤ笑っている。それに晴人はやられたと顔を反らした。本当に恋愛ごとになると毎回からかわれてばかりだ。
彼は幼稚園の頃から真央に恋しており、誕生日となれば例え彼女が留学していようと、毎年ピンをプレゼントし続けているほど彼女のことを思っている。
だが、肝心の真央といえば自分の恋愛ごとには鈍感過ぎるほど鈍感なので、全くといっていいほど晴人の気持ちには気づいていないのであった。
「まっ、向こうは修平もいるしね。失恋してもしなくても一緒に練習くれるんじゃない?」
「マット地獄に付き合わされたくねぇよ……」
「あら、だったら晴人専用の」
「さて、修平と励まし合いながら練習するか!」
美咲の言葉を遮って晴人はまだマシな選択をすることにした。それも一人より二人なら励まし合えるからという理由だが……
ちなみに魔法学院が真央スペシャルというなら、海宝は美咲スペシャルとなる。
しかし、メニューとしての違いはあるもので、真央は徹底的に基礎体力と回避率を鍛えるものであるとするなら、美咲は弱点を無くすまで反復させるものだ。
ただ、どう転んでも両方とも有り得ない練習量になることだけは変わりない……
「まっ、今回は私達のメニューを熟さなくても問題ないんだけどね」
「ん? 風雅達と競うからか?」
「逆。同じ班よ」
「……はっ?」
一体どういうことだといった顔をする晴人に、美咲はそうなったいきさつを簡潔に説明し始めるのだった。
その頃、目的地から少し遠い魔法学院の中二メンバーはバスに揺られながら口にすることは後輩達のことだ。
「やっぱり心配だな……」
「そうよねぇ……、いくらジェニーさんがいるとはいえ……」
魔法格闘技部の主将と監督ということで隣の席に座る二人は同時に溜息を吐き出した。そんな様子を通路を挟んだ隣の席に座っていた修平はもっともなツッコミを入れる。
「おい、それは杉原のことかあいつらの練習のことか主語を付けろ」
どうせ噛み合っていないのだろう、と指摘すれば二人はあっさり答えてくれた。
「当然杏のことだ。何かあったらあいつら消してやる」
「杏ちゃんもだけど練習メニューが少し軽かったかなぁって。ジェニーさんが増やしてくれると良いんだけどね」
あれだけ組んだら問題ないだろ……、と修平は思う。寧ろあのメンバーは自分達がいなければ、後が恐いとオーバーワークになる気もしているぐらいだ。
それは駿も感じているらしいが、修平も一つだけ気掛かりがあるだろうと尋ねた。
「だけど修平は昴君が心配だろう?」
「ああ、あの駄犬はな。ちゃんと言い付けを守って防御練習してんのか……」
「うん、それって間違いなく犬扱いだね」
駿は間髪入れず突っ込んだ。同じテクニックアタッカーだから面倒を見てるのではなく、犬のように躾をしなければならないからといった表情だからだ。
「仕方ねぇだろ。あのバカは小原がいるからって突撃バカになってるんだ。自分で防げる攻撃ぐらい身につけさせねぇと負けるからな」
とにかくあのバカは……、と何だかんだ文句を付けながらも全ては昴の成長のため。駿はそんな親友にクスリと内心で笑いながらもやはり修平が副将になるわけだと思った。
「修平も先輩になったよね〜」
「ああ!?」
「というより、元々面倒見が良いから第二の桐沢さんになれるかもよ?」
「それだけはなりたくねぇし晴人に譲るから良い」
桐沢二代目にだけは死んでもなりたくない、自分は後輩達の指導役になるくらいで丁度良いと修平は思っている。何より、自分は二番目くらいのポジションが力を発揮すると分かっているからだ。
リーダーシップは副主将だけあって充分とれるが、それよりも自分が居たい位置に立つ方がチームのためにもなる。
だが、晴人の名前が上がれば、駿は思い出すことがあった。
「そういえば真央、晴人って射撃部隊長のスカウト受けてたっけ?」
「ええ、パパとママが今から予約してる。大器晩成型のガンアタッカーだから周りの評価は低いけど、あいつは引っ張っていく力があるからね」
「そうか? 銃を持ったらそうかもしれないが普段はヘタレだろ? それに海宝の次期主将は晴人より美咲の方が安定してないか?」
修平の意見は正しい。しかし、美咲自身は選手兼監督ということで主将になる気もなく、これ以上仕事を増やすなと言っている上、他の二年生レギュラー二人も主将候補だが中堅でいたいとのこと。
だが、晴人が次期主将候補となった真央でも納得する大きな理由があった。
「それがね、今年海宝に入学した一年生が美咲以上に晴人を敬ってるのよ」
「はっ?」
敬われる要素なんて射撃以外であったかと思うが、真央が一つ溜息を吐き出して答えた。
「そりゃ、銃以外は平凡だから最初は嘗められてたらしいけど、美咲達の料理を食べるのを庇って犠牲になったらしいから」
「晴人は男だね」
「あいつしか次期主将はいねぇよ」
「ああ、ヘタレだと言って悪かった」
言い過ぎではないかと思うが、海宝中一メンバーが晴人を敬う気持ちになって当然だと納得するには充分だった。あの殺人料理から守られたら誰でもそうなるだろう。
「まっ、来年のことより今年のことね。中学選抜で海宝と当たることだけは確かなんだから作戦会議といきましょ」
バスの時間は有意義に過ごさないとね、と続ける真央に乗ったと風雅達は作戦会議を始めるのだった。
それからしばらくしてバスの窓には山と海が広がり始めると、バスガイドがマイクを持って生徒達の前で挨拶した。
「皆様、お疲れ様でした。まもなく青少年の家に到着します。本日は魔法観光バスをご利用頂きましてありがとうございました」
一礼すると共に温かい拍手が起こる。だが、拍手はしているもののやはり風雅の頭の中には杏しかいなかった。
「今度は杏にバスガイドの恰好もさせてみるか……」
「杉原にいま以上労働させんな」
「……そうだな、だったらランジェリー」
「風雅君、今日の夜練外周増やすわよ。修平達も連帯責任で」
「おいっ!」
「晴人もかわいそうだよねぇ……」
知らないところで連帯責任を負わされる晴人に駿は深く同情するのだった……
風雅達がバスから降りると、自分達の中学とは別のバスが数台停まっていた。バスのフロントガラスに見える表札は「海宝中学校」だということは……、と風雅は周りを見渡せばやはりあのメンバーと再会することになった。
「真央!」
「美咲!」
明るい表情をした美咲がこちらに走ってやってきた。持ってる荷物は二泊三日分、プラス魔法格闘技に置けるデータいろいろというのが二人の共通点。よく連絡を取り合う仲だが、会うのは真央が留学から戻ってきて初だ。
ただ、親友といえどもやはりお互いの強さは気になるらしく、すぐに分析の目となるのは立場上仕方ないことだ。
「ちょっと見ない間に腕を上げたみたいね」
「真央も監督業だけじゃないみたい。選手になったらいいのに」
「うん、それも良いかもしれないけど、美咲の相手はうちの後輩に任せるわ」
「香川君と遠山君のどっちかしら?」
早くも自分がぶつかる相手を予測されているらしい。海もいるということで当然といえば当然だが、まだ真央も決めてはいなかったので濁すしかなかった。
「そこは迷ってるところね。うちのバカ達はどこまで成長するか私でも分からないところがあるもの」
もしかしたらその二人以外も考えられるかもしれないから……、と真央は思っている。そこへ修平も近付いて来ると、こっちも成長してるのかと思いながら美咲は彼に挨拶した。
「修平も久しぶり」
「おお」
「今夜は真央と一緒に考えてるメニューを」
「頼むから止めてくれ……。てか、犠牲者はあそこのヘタレに譲るからよ」
修平が指差す先にはヘタレと称される晴人の姿。そのヘタレを見つけた真央は表情をキラキラさせながら走っていった。
それは真央が会いたくてやまなかった犠牲者の姿だったからで、間違っても乙女思考ではないのは一目瞭然だ。
とりあえず撒けたと修平は安堵すると、あと二人の中二レギュラーの姿を探した。
「それと都築と水谷は……」
チラリと脇目を見れば彼の視界には都築星市が入ってきた。相変わらず駿と同じで穏やかな雰囲気を醸し出しながらも強いと感じさせられるが、実はエレガントヤンキーと言われるぐらい彼はくせ者である。
しかし、それはあくまでも敵に対してで、味方でライバルの駿とはかなり良好な関係だった。
「都築君!」
「間宮君!」
両校のほのぼのオールラウンダーは久しぶりの再会に花を飛ばした。オールラウンダーのために波長が合うらしいが、女子達より華やかに見えるのは二人の容姿の性なのかもしれない。
「何なんだよ、あの花の飛ばし様は……」
「あの二人はあんなもんでしょ。それより注目は幼じみの再会よね」
「あいつまだ告ってないのか?」
「ヘタレだからね」
少なくとも多少は脈ありだろうと修平は思う。幼じみというのもあるが、真央が他校で一番成長を楽しみにしているのは晴人に違いないからだ。
「久し振りね、晴人」
「オウ」
「少し背が伸びたかしら? それにちゃんと美咲のメニュー熟してるみたいだから二日でも虐め甲斐がありそう」
「頼むからやめてくれ……」
会話は久しぶりに会った幼じみというところ。しかし、晴人の耳が赤くなってることに気付くのが彼のチームメイトだった。
「……純情少年」
「そうだな。しかも相変わらずのヘタレか」
「はい。銃を持てば熱血スナイパーに変わるんですけど……」
そう風雅に答えるのが海宝のヒーリングガード、水谷神奈だった。神社の巫女といったイメージ通りの少女だが、仲間思いのため時々ブラックに変わる味方にしなければ呪い殺されると称される少女でもある。
ただ、風雅とは何だかんだと気が合うらしく、風雅の数少ない女友達の一人だ。
「そういえば風雅さん、今回私達は同じチームみたいですよ」
「ん? 同じなのか?」
「はい、競えないのは残念ですが、やがては合同任務に就くことになるからと水庭上官からの命令でして」
含みのある笑みに風雅は数秒間考えた。CROWNのボスが関わるほどの危険性はなく、これはあくまでも学校行事なんだが……、といった考えしか風雅には浮かんでこなかったのである。
「……何でボスが?」
「風雅さんが野外活動から逃げ出さないようにと、私達と競うより協調した方が良いからという理由です」
「……報酬は?」
「焼肉食べ放題レギュラー分です」
「なるほど」
つまり海宝は買収されたということ。しかも焼肉食べ放題とくれば飛びつくメンバーに決まっている。どうやらそう簡単には逃げられないということだ。
「ですが同じ班で良かったと思います。遠慮なく動けますから」
「それもそうだな。杏へのプレゼントも手に入れられる可能性が確実になってきた」
そのためにわざわざ野外活動に出向いたのだからと続ければ、神奈は目を丸くした。明らかに一ヶ月前までの風雅と違っていたからだ。
「噂には聞いてましたけど本気なんですね」
「ああ、神奈にも当然渡さない」
半分冗談で半分冗談じゃないのが風雅だが、それをサラリと言えるようになったことは微笑ましく思える。神奈に向けられたことはないが、刺々しさもすぐには出さなくなっているようで……
「……やっぱり恋をすると風雅さんでも壊れるんですね。前より柔らかくて良いですが」
「少し違うな」
フワリと優しい風が吹いて木々を揺らす。神奈が少し目を細めた次の瞬間、彼はいままでになく優しい顔をした。
「杏を好きになって変わりたくなったんだ」
思わずドキッとした。元々整った顔立ちをしているので全く何も感じないと言えば嘘になるが、これほど風雅が綺麗だと思ったことはなかった。
だが、こんな顔をさせる相手がいるのかと思えば、彼女も表情を和らげる。
「……杏ちゃんはとても素敵な子なんですね」
「ああ」
「だとしたら私も杏ちゃんを守るために新たな呪い札を……」
「いや、それよりも杏がさらに俺に夢中になる札とか」
「専門外です。惚れ薬あたりでしたら慎司さんにでも頼んで下さい」
「それが慎司さんでも作れないらしくてな」
非常に残念だと風雅は肩を落とす。だが、風雅に迫られて落ちない女子などそういないのではないかと思うのだが、それでも必要なほどなかなか上手くいってないというのも意外な気がした。
そんな雑談をしていると教師が高らかに笛を吹き、両校はそれに注目した。
「魔法学院、海宝中学の両校は部屋の鍵を取り荷物を置き次第、第一グラウンドに集合。その後、飯盒炊飯に移る。時間に遅れたものはペナルティーを課す!」
それを聞いた瞬間、風雅の顔色が青くなった。それはけっしてペナルティーが怖いからではない。寧ろ真央スペシャルに比べれば可愛いものだ。
「では風雅さん、また後ほど」
そう告げて神奈が消えた瞬間、風雅はかつてないほどのスピードを出して部屋に向かった。
神奈は非常にしっかりしている、しかし、任せてはいけないことが世の中には存在しているのだ!
「修平っ! 駿っ! 荷物は俺達に任せてお前達はすぐに第一グランドへ向かえ!」
「分かった!!」
二人の荷物を預かり風雅達は部屋へと急いだ。そして、風雅達が部屋に着くとやはり次なる課題がそこには待っていた。
「この問題を解きフロントに提出せよ。鍵もかけて部屋から出ること」
「難しすぎて分かるかぁ!!」
晴人がそういうのも無理はない。それは中学生レベルの問題ではなく、明らかに風雅を足止めするような問題だったからだ。
しかし、これも班対抗戦のポイントになると書かれていればやるしかなかった。
「俺が解いてから行く。お前達は美咲達を阻止しろ」
「分かった!」
そう答えて二人は部屋から飛び出した。だが、ふと晴人はもっともな疑問を抱く。
「というより、美咲達が問題解いてる可能性は……」
「ゼロだろうね。さすがの美咲も俺が見たことないレベルの問題は解けないよ」
「ってことは真央か……」
絶対荒れた頭で解いてるだろうなと思う。それにここで美咲達に料理させれば、今夜真央スペシャルどころかデラックスぐらいプラスされて料理されるのは自分達だ。
「晴人……」
「ああ、とにかく飛ばせ!!」
魔力全開、二人は光速で第一グランドへと向かった。
その頃、大量の食材を前に生徒達を待っていた教師は第一陣をとらえた。美咲と神奈が到着したのである。
「よしっ! 鈴宮達が一番だな」
さすがだと教師が大量の食材の入ったカゴを渡すと、二人はやる気充分と早速料理に取り掛かることにした。
「さぁ、頑張って料理を」
「ちょっと待ったぁ!!」
第一グランドにそれは必死な心からの叫びが聞こえた。風雅の作戦で先に行くように促された修平と駿だ。
息も絶え絶えながらも、二人は美咲達から食材の入ったカゴをさりげなく奪い取った。
「美咲、神奈、お前達は技術の方が得意だろう? だから薪の準備を頼む」
「そうだね。晴人と都築君は包丁使うの上手だし」
「そうね、修平達が包丁を使った方が良いのは確かね」
野菜を切るのは苦手だという意識だけあるのは助かったと思う。おそらく、去年の合宿で食材をお釈迦にしたという自覚があるからだろう。
だが、それ以上に釘を刺しておかなければならないことがある。
「美咲、神奈、二人は基本簡単な作業をやるようにね。間違ってもお米を炊いたり味付けしたり、料理にサプリメント突っ込んだりしないようにしてね」
「そうだな。味付けは真央に任せておけ。水庭上官仕込みだしな」
「そう? 折角新しいプロテインを入れようかと……」
「私も漢方薬を沢山持ってきましたが……」
「うん、絶対止めような。単体で飲むからな」
ならば仕方ないかと二人は薪割りに行くことにした。そこへこちらも息絶え絶えに調味料を先に確保しに行った晴人と星市も合流した。
味付けを死んでもさせないために、修平達と話している隙を突いた見事な作戦だった。
「修平、駿……」
「オウ、チームプレイってマジ大切だよな……」
パチンと叩き合う手がその大切さを痛感させられる。とりあえず下拵えに取り掛かるかと四人は動き出した。
それから少しして、シャッシャと修平と星市は並んで米を研いでいた。二人の手際が良くなったのは間違いなく海宝女子達の性だ……
「てか、海宝は本当に料理壊滅的だよな……」
「まぁね。今年は海ちゃんが入学してくれて本当に良かったよ……」
星市が遠い目をする気持ちが痛いほど分かる。なんせ去年までまともな料理を一度も口に出来なかったからだ。
我慢できたのも杏の義姉である沙里が作ったカレー甘口(慎司が蜂蜜の量を食べれるギリギリのところで止めた)ものぐらいだった訳で……
「でも、今回は真央がいてくれて本当に助かったよ。二人に薪割りと食器洗いと準備を任せてくれたら被害がないしね」
「ああ、その点は同意だな。まぁ、こっちも野菜の切り方がおかしいのがいるが」
「だけど綺麗だからいいよ」
星市の視線の先には何やら緊張の面持ちで包丁を手にしている風雅とサラダの材料を構えている駿の姿。あの構えは間違いなくアレを今回もやるつもりだ。
「風雅、一口サイズだよ」
「ああ、完璧に切ってやる」
侍かよ……、と修平は心の中で突っ込むが二人は真剣そのもの。さらに研ぎ澄まされた魔力まで発動しているのだからいかに重要なことなのか良く分かる。
そして、駿が風雅に向かって野菜を投げた途端、風雅は高速でそれらを一口サイズに切り刻み八つの硝子の器にバランスよく収まった。
「きゃあああっ!! 風雅様〜〜!!」
「素敵〜〜!!!」
女子達の黄色い声が響き渡る。しかも初対面であろう海宝中学の女子達からもうっとりした表情を浮かべているものが続出しているほどだ。
だが、それに全く反応しない真央の助手と化していた晴人は一つ溜息を吐き出した。
「あいつらは普通に料理出来ないのかよ……」
「出来ないから仕方ないわよ。はい、味見して」
「オウ」
真央からカレーの入った小皿を受け取り、晴人はフーフーと息を吹きかけて少し冷ました後、それに口を付けた。
「真央」
「何?」
スーっと晴人の目から一筋の光り輝く涙が流れたかと思うと彼はガシッと真央の肩を掴んだ。そして、心からの一言を言い放つ。
「マジでお前がいて良かった……!」
「うん、今だけは本気で同情してあげるわ」
感涙する晴人の気持ちは痛いほどよく分かる。間違いなく美咲の料理の犠牲になったのは晴人が断トツに一番だろう。普通のカレーが感謝の対象になることが痛いほど良く分かる。
「ほら、まだ魚も焼かなくちゃいけないから次いくわよ」
「オウッ!」
食の安全が保障されたことに心から晴人は感謝しながら、次の料理へと取り掛かるのだった。
それから数十分後、風雅達の班のテーブルに八人分の食事が並べられた。その量はまさに食育のためというもので、必ず全部食べるようにと真央と美咲が監視の目を光らせているのはお約束だ。
「じゃあ、いただきます!!」
「いただきます!!!」
闊達な声が響き渡り食事が開始された。味付けも真央がしたものであり評価も上々、海宝男子二人にとってはまさに幸福絶頂であった。
しかし、味付けをしたのが真央だけではなく、晴人も横で手伝っていたことを見ていた修平は気付いたことがある。
「晴人、料理の腕上げたのか?」
「ああ。海がここ二週間、部活のあとに教えてくれたからな。まぁ、去年の合宿から練習もしたが」
じゃなければ死ぬからな……、と遠い目をする晴人の意見は正論だった。そんな遠くへ逝っている晴人の心中を察しながらも、星市は話を続けた。
「でも、魔法学院には杉原杏ちゃんだっけ? 美味しい御飯を作れるって」
「ああ、俺の婚約者はかなり料理上手だ。今年の合宿は食の心配どころかフルコースを期待していい」
サラリと答える風雅に晴人は戻り、星市は目を丸くした。やはり神奈と同様で去年の彼からは考えられない柔らかさがあるからだ。
「婚約者って……、噂に聞いたがマジなんだな……」
「うん、一之瀬グループってぐらいだからいいところのお嬢様とかと婚約するのが普通……でもないか」
「ああ、周りは知らないがうちは恋愛に関しちゃ自由にしていいらしいからな。父さんも恋愛結婚だし」
反対はあるにはあったらしいが、穏やかながらも風雅の父親、その風格で反対派をピタリと黙らせたらしい。
時々、日本一腰の低い社長から財界のトップに君臨する皇帝(腕っ節は言葉にしたら消される)になるのも語り種らしいが……
「だが、風雅の母親だから周りに反対されても押し切りそうだよな」
「そうかもね。なんせ魔法女帝だし」
駿が苦笑してしまうのも無理はない。風雅の女バージョン、それだけで周りが平伏しているイメージはあるが本気でそう呼ばれるほど彼女は強いのだ。
だが、母親の話となれば風雅は眉間を寄せるのはいつものことだが、それが二割増しなことに真央は気付いた。
「どうしたの、風雅君」
「いや、仕事が一段落したから今日帰国すると聞いているんだが、いきなり杏に会いに行くことはないと信じたいんだがな……」
「何だ、愛する息子を取られたから修羅場になるとか?」
「の方がまだマシかもな……」
あの母親は……、と風雅が深い溜息を吐き出す出来事はすぐ近くまで迫っていた。
空港に一人の世界的スーパーモデルが降り立った。とはいえ、彼女の本業はモデルとではなく彼の夫の役に立ちたいと副業で専属モデルを務めている。
彼女の本業は冴島蒼士率いる「SHADOW」に所属する戦闘官、そして「魔法女帝」の異名を持つ魔法覇者の一人だ。
そんな彼女の放つオーラはまさに女帝と言われるほど威圧感たっぷり、さらには近寄りがたいイメージだが、あくまでもそれは一般的なものという点を忘れてはならない。
空港から駐車場に出ると彼女は周りを見渡した。辺りにはタクシーや家族を迎えに来ている車がいくつかあるが、彼女のお目当ての車はまだ見当たらない。
「さて、迎えが来ていると聞いてるが……」
自分を迎える車は周りから見ても当然高価なもの。しかし、それらしきものはどうも見当たらず彼女は空間転移でもしようかと思ったが、ふと、彼女の周りを穏やかな魔力で包み込む人物が現れた。
「風華さん、おかえりなさい」
穏やかな笑顔で迎えてくれたのは彼女の夫、一之瀬良秋だった。その姿を捉えた瞬間、彼女は魔法女帝の空気から一転した。
「ダーリンっ!!」
荷物を投げ出して彼女は良秋に抱き着いた。それがいかにも映画のワンシーンのように見えるあたり、いかにこの二人のオーラが凄まじいものなのか良く分かる。
だが、一番驚くべきところは女帝と名高い彼女が甘えたがりになっていることだろう。
「会いたかった……」
「はい、僕もです」
「はうぅ……!!」
風華は完全に熔けた。息子の風雅いわく「世界トップクラスのいろんな意味で性質の悪い晩年新婚夫婦」は今日も健在だ。
それから良秋は彼女を優しく離すと、投げ捨てられていた荷物をサッと拾い上げて促した。
「さっ、行きましょか。今日は僕が運転したい気分でしたので少し車は小さいですけど」
「ダーリンが運転してくれるのか!?」
「はい、風華さんを助手席に乗せて格好付けてみたい気分でしたから」
ドキューンと撃ち落とされた。何年たってもこのスマートさには慣れない。口説かれた時もそう、不意打ちにこちらを陥落させるのだ。
「ダッ、ダダッ!! ダーリンはっ!! そっ、そんなことせずとともっ……!! 充分過ぎるほど男前だっ!!」
「ありがとうございます。でも、そう見えるのは風華さんのおかげです。君が僕の隣にいてくれるだけで僕は無敵になれますから」
「ななななっ、何を言うっ!! ダーリンは元々世界一だ!! 他の男など足元にも及ばない!!」
「そうですね、風華さんを世界一愛してるのは僕ですからその座だけは譲りたくありませんし」
ニコニコと笑いながら言う良秋に風華は完全に陥落した。
他の男なら歯が浮くようなセリフも良秋にかかれば全てが自然に馴染んでいく、だからこそ必然的に魔法女帝は落とされた、と当時を知る者は語る。
そんなことは露知らず、良秋は車の後部座席に荷物を積み込むと助手席のドアを開けた。
「さっ、乗って下さい。皆も待っています」
「ん? どこに行くのだ?」
今から二人でデートではないのかと思ったが、残念ながらと良秋は眉尻を下げて答えた。
「魔法議事堂です。淳士達は学校ですから来れませんが、魔法覇者と魔法議院二十部隊の戦闘指揮官クラスや重鎮、そして僕のようなゲストも招かれている会議です」
その言葉に風華は数秒考えた。淳士達が来れないのは仕方ない、会議だというのも分かったが何故かちらつくのはCROWNの戦闘指揮官の顔だ。
「……私が抜けないように優に言われたのか?」
「はい。ですが、水庭君は僕が風華さんに早く会いたい気持ちを汲んでくれましたので感謝していますが」
「仕方ない奴だ。ダーリンの気持ちを汲んだと言うなら無礼は許してやろう」
良秋を迎えに寄越せば魔法女帝はあっさり会議に参加する、水庭の読み通り彼女は車に乗り込みシートベルトを付けたのだった。
お待たせしました☆
今回は海宝中二メンバーがメインということでしたが、本当によく動くなぁと作者が感心しています(笑)
晴人君みたいな平凡キャラはこのお話ではちょっと貴重です。
そして風雅様のご両親。
うん、さすがって感じです。
お母様の風華様は「魔法女帝」の異名を持つ「魔法覇者」だったりとか……
はい、次回もまだまだ荒れますのでお楽しみに☆
〜皆仲良しなんです〜
真央「海宝ってやっぱり皆仲が良いわけ?」
美咲「そうねぇ、基本は良いんじゃないかな。私達中二メンバーは個性的ではあるけど問題児はいないしね」
晴人『問題は結構起こしてる気が……』
真央「ん? ってことは仲が悪い子とかいるわけ?」
美咲「そうねぇ、一年生だったらライバル同士ってことでよくケンカしてるかな」
真央「ああ、うちもそれはあるわよ。大抵私と風雅君がおさめてるけど」
晴人『それって脅してだよな……』
美咲「あと、陽平先輩も人からかって遊ぶから……」
真央「ああ、あの訳の分からない召喚獣出したりして?」
晴人『いや、元々あの人腹黒だ……』
美咲「まぁ、一番は祥一さんと海ちゃんかな。最近海ちゃん、毒の情報にはまっちゃってるし」
真央・晴人「それは本気で危なくない!?」
美咲「だけど一番危ないのは晴人かしら」
晴人「何でだよ!?」
美咲「銃がなかったらどう見ても友達出来ない地味系男子……」
晴人「おい!」
真央「まぁまぁ、少なくとも私達がいる限り友達は問題ないわよ。ただ、射撃部隊長にならなかったら友達以前にパパが消しちゃうかも♪」
晴人「一番洒落にならねぇよ!!」