第四十話:トラブル前の日常
杏がパソコン画面の前に座ると、CROWNの怱々たるメンバーがその部屋に集っていた。ただ、CROWNの恥だと言われた淳士とオペの最中だという夏音はいないらしい。
それが少しだけ残念だと思いながらも、杏はCROWN情報部隊長、桐沢東吾と向かい合った。
涼からいくらか話は聞いていたが、正にとても面倒見が良さそうなお兄さんといった空気が漂ってきた。
『オウ、話すのは初めてだな、杏』
「はい、初めまして桐沢様」
『東吾さんと呼んでくれ。様付けは慣れないからな』
鬼の情報部隊長が笑ってる、と辺りがざわつくが、東吾が一睨みすると一気に静かになった。まさに彼の教育の賜物ということか……
ただ、そんな情報部隊長を前にしても怯まないのが二年後のCROWN戦闘部隊長、風雅様である。
「で、俺達の時間を邪魔して何が知りたいんですか」
『お前な……。まぁ、知りたいのは杏のことだ。次元を持ってると分からないこともあるからな』
風雅の鋭い視線はとりあえず置いておくことにして、東吾は話を進めた。
『杏、お前の両親が残した記録の中に夏音でも知らない治療術の性質変化があったんだ。さらにうちのバカも魔法覇者だが使えないものらしくてな。性質名は「聖水」らしいんだが聞いたことあるか?』
その問いに杏は少しだけ考え込んだ。両親が戦闘系だけではなく治療魔法の研究をしていたことは確かだったが、それに近いものといえば一つだけだ。
「心当たりがあるといえば、竜泉寺家がよく使用される「竜泉」の性質を突き詰めたものではないかと……」
『なるほどな、夏音も似てるが何を足してるのか分からないって言ってたのはそういうことか』
使えればさらに多くの命が救えるだけに何としてでも解明したいところだが、ものがものだけにいくつかに記録を分けておいたと考えるべきだろう。
ただ、夏音は見つからなくとも自分で研究を重ねていくタイプなので、いずれは使えるようになりそうだが。
『まぁ、治療系の方は医療部隊に任せるとして、もう一つ聞きたいのが研究室の場所だ』
「ん? 父さんはそっちにいないのか?」
『いや、戻ってきてあらかたの研究室は見付かってるが、杏の両親が主に使ってた場所が完全に断定出来ていない。だから杏、どんな些細な情報でも良いから思い出せないか?』
まるで警察の事情聴取のようだと風雅は思う。そういう類いのものにあまり杏を関わらせたくないと思うが、相手が東吾だからなのか、杏はひどく構えた様子は見せず意外な言葉を発した。
「……開けゴマ」
『ん?』
「研究室に入る時その呪文で扉が開いていました。私が分かるのはそのくらいでして……」
『よし、充分だ』
「えっ?」
カタカタと画面に映る別のノートパソコンで何やら東吾は調べ始めた。そのタイピングの速さは日々、水庭に雑務を押し付けられてきた賜物である。
ちなみに「た」を最初に打ち込めば「大変申し訳ございませんでした」と予測されているあたり、いかに始末書が多いのか分かる。
そして約十秒後、あっさりその場所は突き止められた。
『ビンゴだぞ。淳士ぐらいしか言いそうにない呪文式の扉のある研究室だというだけで絞り込めるからな』
「凄い……! 東吾さん凄いです!!」
情報のスペシャリストだと聞いていたが、たった一つのキーワードでそこまで調べあげられるのかと杏はパアッと素敵オーラを飛ばした。
その尊敬の眼差しに東吾は無言でカタカタとパソコンを弄ると、彼らしいデレを見せた。
『……杏、いま俺の電話番号を杏の携帯に登録したからいつでもかけてこい。仕事があっても出てやる』
『部隊長がデレた!!』
『大変!! 東吾ちゃんが恋の病よ!!』
『桐沢さん! 俺らと扱い違い過ぎる!!』
『黙れお前等!! 杏に優しくするのはうちの掟だろうが!! 駄々こねんな!!』
掟ってなんだよ……、と風雅は青筋を増やした。確か杏専用リンクを壊せないように作り上げたのは東吾だったが、杏に凄いと言われていい気になっているのは気に食わない。
「桐沢さん」
『なっ……!』
CROWNの面々が威圧された。どんな敵だろうと跳ね返してきた彼等だが、未来の戦闘部隊長相手には敵わないと悟った。いや、風雅様だからこそ逆らってはいけない!
「いくら桐沢さんでもそれ以上杏に迫ったら社会的に抹殺します」
『……すまない』
どれだけ自分の地位が高かろうと、一之瀬だけは敵に回してはいけないと思った。良秋はともかく、風雅の母親である女帝は自分を抹殺することに何ら躊躇いはない性格なのだから……
だが、その謝罪はCROWNのメンバーにとっては衝撃的なことだった。
『部隊長が謝った!?』
『東吾ちゃんが謝るなんて明日は槍が降るわ!!』
『いや、風雅様だから謝ったんだろ?』
『お前等いい加減に働けっ!! てか死んで来いっ!!』
そう怒鳴り散らすとCROWNの面々は瞬時にその場から消えた。腐ってもCROWN、そのスピードの高さは折り紙付きである。
そして、東吾は一つ大きな溜息を吐き出すと再度パソコン画面に向き合った。目を丸くしているが、杏を怖がらせることはなかったようで安心した。
『んじゃ、俺達もそろそろ召集だから行くわ。夏音にも会わせてやりたかったんだが、あいつもオペと淳士の世話がなければな……』
杏に会いたいと淳士同様かなり駄々をこねている医療部隊長だが、勝手に行動することをきつく止められているため、なかなか会いにいけないのである。
それを理解しているのか、それとも立場ある人だからと良い解釈をされているのかは分からないが、杏は少し残念と眉じりを下げながらも東吾に伝えた。
「はい、お会いしたいのは山々でしたが楽しみにとっておきます。それに今日は東吾さんとお話出来て嬉しかったですから」
『……本当、あいつらは杏を見習ってもらいたいな』
「えっ?」
『いや、何でもない。じゃあな』
そう告げて通信は途切れた。まさに嵐のような部隊だと風雅は自由過ぎるCROWNに改めて深い溜息を吐き出した。
「全く……、とりあえず飯だ。杏に何も食べさせないまま授業を受けさせる訳にはいかないからな」
「すみません……」
「いや、こうなったら我慢の限界に挑戦してやる。指令室で押し倒すのも悪くないが、仕事にならないのもまずいからな」
「風雅様!?」
「ハハッ、半分冗談だ」
半分なのかと突っ込む余裕が杏にはなかった。先程まで風雅に迫られていたことが沸々と甦って来る。さらに自分は今度こそ応えようと思っていた訳で……!
そんな真っ赤になって慌てている杏の頭に、風雅はポンと手をおいて穏やかに微笑んだ。
「まぁ、杏の気持ちは完全に俺にあることは分かったからな。俺が野外活動から戻って来たら答えを聞かせてくれ」
「……はい」
本当に優しい人だと思う。こうして自分の気持ちを大切にしてくれるからこそ、惹かれてやまないのだ。
そして、風雅が野外活動から戻って来たら、今度は自分から告げようと杏は思った。
それから授業も終わり、部活の時間となった。基礎練は相変わらず真央スペシャルということだが、技術練となればそれぞれ分かれていく。
そして、本日も回天乱打をより安定させるために涼は個人メニューをこなしていた。
「へえぇ、桐沢の兄ちゃんと喋ったんだ」
涼は伸脚をしながら傍で記録を付けている杏に尋ねると、杏は尊敬オーラを放ちながら答えてくれた。
「はい、私の一言で情報を掴むなんて本当に凄い方だと思いました。涼君が尊敬される理由がよく分かります」
ちょっと意味合いが足りないけどな……、とは敢えて突っ込まない。東吾のことだ、きっと情報のエキスパートとしてでしか彼は捉えさせてないだろう。そうであって欲しいと心から思う。
「それにCROWNがとても賑やかな空気でして、強さだけじゃなく皆さんが憧れる気持ちが分かりました」
「まぁ、個性的だもんなぁ……」
性格に似たり寄ったりがある意味存在して存在しないのもCROWNである。
たが、杏の言うとおり魔法議院の中で最も戦闘集団らしくないメンバーの集まりだからこそ、CROWNの志望率は高いのだけれど。
「ただ、淳士様と夏音様にはお会い出来ず残念でした」
「ん? 夏音姉ちゃんはオペだろうけど兄貴は任務前なのにいなかったのか?」
「はい……、慎司様が……」
「ああ、黙らせたんだな。いつものことだから」
寧ろ杏に迷惑をかけなくて良かったと心から思う。会っていれば任務そっちのけでこちらに来ていた可能性もあったからだ。我が兄ながらそういうところは流石だと思った。
「それより杏」
「はい」
「風雅隊長の荒れ具合と真央スペシャル倍って何があったんだよ……」
「えっと……」
アレは間違いなくペナルティー用だと思う。いつものファルトレクは先ほど一緒に熟してきたが、それから風雅はさらにフィールド内の往復ダッシュ二十本を五セット追加されてるのだ。
そして、やはりペナルティーの性か直接指導しているのは真央である。
「風雅君! ペース落ちてるわよ!! あと二セット!!」
「オウッ!!」
いつもより熱は入ってるがどこかやけくそにも見える。風雅いわく「煩悩を掻き消さなければ今日の夜がまずい」とのことらしいが……
「今は絶対付き合いたくないな……」
「えっと……、そうですね……」
涼があれに付き合うことだけは確かにオススメ出来ないと思った。風雅だからこそ熟しはするが、涼がやれば本気で夜の練習は出来なくなるに違いない。
そんなことを思いながらも、そろそろ小休憩は終わりだと涼は軽くジャンプして体勢を整えると、彼の個人メニューに入ることにした。
「じゃ、俺も行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
本日も涼の課題は回転乱打の安定化。毎日少しずつ成長し、時には躓いている彼を見ているのは杏にとっては微笑ましいもの。
そして、必ず中学選抜の個人戦で結果を出してくれると杏は信じているのだった。
だが、微笑ましい成長ではなく、毎日ズタボロになりながら成長していくメンバーも当然いる。それも隆星が入ってからさらに悪化しているのだ。
「ハッ、相変わらず弱いな!」
「人のこと言えんのかよ! スタミナは俺の方が上だろ!!」
「スタミナがあっても切り返しが遅ぇんだよ!!」
「雅樹もガードが遅かったじゃねぇか!!」
普段は仲が良くとも魔法格闘技は意地の張り合いというのが雅樹と隆星だ。互いの弱点をとことん指摘し合うのは良いことだからと止めはしないが、毎度最後に二人が言うのは同じ事だ。
「陸ッ!!」
「どっちもどっちです。それに忘れていけないのは修平先輩と駿先輩に一度も勝てない事ですからね。僕の補助付きで」
「うっ……!」
「ワリィ……」
もっともな指摘を受けて二人は謝った。陸がやられないようにと二人の補助を熟して隙を作っているにも関わらず、この二人はその隙を最大限に活かしきれていないのだ。
もちろん、修平達のガードが元々うまいということもあって隙を作ってもすぐに相殺されているのも負ける理由だが。
「小原、そう言ってやるな。こっちの駄犬はさらにボロボロだ」
修平が指差す先にはボロボロになっている昴の姿。本日も雅樹と隆星の豪拳をかわしきれなかったのと、半分以上が陸の苦無の餌食になった性だ。
そのことに対して今日もキャンキャン吠えるのも昴の日課である。
「先輩達ももう少し庇ってくれたって良いじゃないスか!!」
「甘ったれんな!! お前はテクニックアタッカーだろうが。自分の技で切り抜けるのが仕事だろ」
「分かってるっスよ!! でも切り込みじゃなくてわざと三人の攻撃の中心に蹴り飛ばす先輩がどこにいるんスか!!」
「本番はやらねぇよ。手数増やしたくねぇし」
「鬼スか!!」
滝のような涙を流しながら抗議し始めたため、修平はウザいと一発蹴り飛ばして昴を大人しくさせた。それにまだ練習メニューはあるため、無駄な時間を過ごすわけにはいかない。
「じゃあ、今度はお前ら四人で掛かって来い。小原、例のあの技も練習しとけ」
「えっ? 良いんですか?」
「ああ、フィールド突き破ることはねぇし、被害に遭うのはお前達ぐらいだろうしな」
「でしたら」
「納得すんなよ!!!」
失敗したら自分達に苦無が刺さる技に雅樹達は同時に突っ込んだ。
そんな騒がしい光景にタオルで汗を拭いながら蓮は溜息を吐き出した。
「あいつらは本当に騒がしいな……」
「でも楽しそうだから良いんじゃない?」
クスクス笑いながら藍は答える。きつい練習の中での楽しみというのはこういうことなのだと彼女は思っている。
そして彼女は先に休憩入っていた真理の隣に腰を下ろした。
「真理は今日プールじゃないの?」
「うん、三日はね。だけど真央監督が戻って来たらしばらくは……」
「真理〜〜〜!! 戻って来て〜〜!!」
どうやら三日は監視がないということでプール練はないらしいが、治療魔法の特訓はいくらやっても足りないとのこと。
何より真理がプール漬けになってる理由も、その練習内容が常識を超えたヒーリングガードにもっとも必要な基礎練だからで……
「とりあえず性質変化の練習して来る。攻撃と治療の切り替えを瞬時に出来るようにするのも大切だしね」
そう告げて真理は体育館から出ていった。魔力の切り替えも走りながら出来なければ意味がないとのことだ。
そして、真理を見送りながら藍は羨ましいと呟いた。
「……何か真理も涼もこれってものが見えて来てるな」
「お前には銃があるだろう?」
「今までと同じままだったら、また綾奈さんに負けちゃうの! 蓮だって弓を射るだけじゃ負けるでしょ!!」
藍の言うことはもっとも。藍も自分も綾奈相手には数分しか持たなかった。それもリミッターをはずしたにも関わらずにだ。
藍がこのままでは負けると焦る気持ちはよく分かるが、蓮は冷静さを常に失わない性格もあり彼女を諭すことにした。
「確かに魔法格闘技である以上、それなりの体術は身につけるけどな。だが、今までのものを全て無駄だとも思わなくても良いんじゃないのか?
「それは思わないけど新しい必殺技が思い浮かばないの! いつの間にか撃たれてたみたいなカッコイイのが良いんだけど」
「ああ、お前は存在感有りすぎて無理だからそれは諦めろ」
「そうだよねぇ、涼の彼女になるぐらいだから可愛いし?」
「否定はしないが少しは謙虚になれ」
若干痛い思考だと蓮は言うが、美少女の部類には間違いなく入るため否定出来ない。だが、少しだけ謙虚な女性になってほしいと思うのはいつも自分が折れなければならないからだ。
ただ、逆に存在感がそれだけあるということなら、それを利用すべきだと逆転の発送も出来る。
「いっそのこと淳士さんみたいな戦いかたを目指したらどうだ? 有り得ない撃ち方とかしそうだしな」
「自由自在にフィールドをぶった切るようなレーザービームとか出したり?」
「出来たらスナイパーとして敵無しだ」
あれだけ人が動いている中で端から端まで自由自在に撃つことは簡単に出来はしない。それこそ陸の攻撃補助スキルを極めなければ無理だ。
しかし、それに近いものが出来れば……、と二人は思いながら射撃練習に戻るのだった。
それからさらに日が暮れて全員が今日もボロボロになった頃、真央の笛の音が体育館に響き渡った。
「全員集合!!」
「オウッ!!」
さすがはペナルティーを熟している性か、風雅の声が若干ヤケになっている。しかし、それを悟るのは杏だけで他のものは疲労が溜まったのだろうと感じる程度だ。
そして、全員がドタバタと真央の前に集まると本日もニッコリ笑って彼女は話し始めた。
「皆、お疲れ様。明日から二年生は野外活動でいないけどジェニーさんが来てくれるからしっかり練習してね。だけど……」
魔界の冷気が到来し全員がビクリと反応した。真央自身は笑っているが彼女の真央スペシャルが怖い、いや、想像したくない。
「ちゃんとメニューこなさなかったら、夜には空間転移で戻って死ぬほど走らせるから」
「いや、戻れないように結界が……」
隆星のいうことはもっとも。野外活動から逃亡するのを防ぐため、施設にはしっかりとした結界は張られているのだが、それをものともしないのが真央足る由縁だ。
「遠山君、残念だけど私に壊せない結界なんてそうないわよ? 何なら防御結界張ってる君に一撃叩き込みましょうか?」
「いえっ! 結構です!!」
その黒い笑みはマジで勘弁して欲しいと思う。ジェニーを見ているためちょっとやそっとの破壊には驚かないが、真央は別の意味で逆らってはならないとたった数日で痛感した。
死にたくなければ口答えをするな、それが生き残るための鉄則である。
「それに野外活動が終わったらすぐに中学選抜合宿だから、きっちり練習しておかないと海宝に負けるわよ。祥一さんを見たから分かったと思うし、海ちゃんの情報能力も敵に回ればこの上なく厄介だわ」
そう言えば全員の顔が引き締まる。この前は仲間でも今回は敵だ。その強さも厄介さも痛いほどよく分かっていた。そう考えれば練習を怠けるわけにはいかない。
「分かったらちゃんと練習してね。じゃあ、今日はすぐに片付けて帰るわよ。宿題もしなくちゃいけないしね」
「いや、自主練……」
「……アホ山君、それにバ香川君とボケ崎君もやる気は結構だけど」
これはマズイ、そう思った直後、真央は般若顔負けの形相で三バカに怒鳴り散らした!!
「学生の本分は勉強でしょうが!! 宿題をやらないとか授業をサボるとかして赤点とったらお前達は中学バカ選抜勉強合宿に変更するぞ!!」
「すみませんでしたっ!!!」
直角九十度、一寸の狂いもない礼は日頃の躾の賜物。だが、改めて学生らしい生活がいかに大切なのかと一行は思うのだった。
一方、海宝中学では選手兼監督の美咲が祥一に釘を刺しているところだった。
「じゃあ主将、明日から私達二年生は野外活動ですから、授業と自主練はサボらないように気をつけて下さい。あと、明日の補習はきちんと受けて下さいね。中学選抜合宿に参加出来なくなりますから。それに明後日は病院ですからね」
「うん、分かった」
そう素直に答える祥一はまるで諭されてる子供のよう。本日は監督が不在のため、全体のまとめは祥一がやるのだが、祥一のお守りは美咲がやることになっていた。
それを遠目から見ていた中一生、涼達のライバルである後藤雄太はもっともな感想をぼやく。
「本当、主将と二年生の関係じゃないよな……」
「はい、私もそう思います」
間髪入れずに海も答える。間違いなくアレはお母さんと小さな子供だ。だが、これが海宝中学では当たり前の日常である。
「ですが私達も補習ですからね……」
「海は一日だけだろ? 俺は二日間部活禁止で受けろと言われた」
雄太はガックリと項垂れた。全ては赤点やら授業を受けなかった自分が悪いのだが、やはり部活が出来ないことはかなり痛いところで……
しかし、雄太以外の一年生レギュラーも一日はこれから中学選抜合宿や試合のために部活は禁止と言われている。学生の本分はあくまでも勉強というのは魔法学院と変わらない。
「まぁ、きちんと受ければ良い訳ですし。それに美咲先輩達は私達以上に大変かもしれません」
「ん? 野外活動なのにか?」
「はい。なんせ風雅隊長達と合同みたいですから」
つまりそれだけ大きな刺激があるということ。そんな羨ましい状況を聞けば雄太が思うことは一つ。
「……魔法学院」
「行かないで下さい。補習があるんですから」
「だったら」
「早朝も抜け出すのも禁止です。それに週末は高等部との練習試合なんですから調整して下さい」
雄太の言いそうなことを全て先に答えた。さすがは情報のスペシャリストというわけか、海には全てお見通しということ。
そこで駄々を捏ねたいところだが、美咲に聞こえてしまえば間違いなく消されるので言えなかった。
「ああ〜ホント、早くあいつらと戦いてぇなぁ。強くなってるだろうし」
「去年、涼君をダウンさせたじゃないですか」
「団体戦だったから隙が生じただけだ。個人戦でやったら分からねぇよ」
それにあの負けず嫌いが強くならない訳がない、だから自分も練習しなければすぐに差を付けられてしまうと分かるのだ。
「……そういう分析だけはちゃんとしますよね」
「そりゃな。それにあと三年したら一緒に任務を熟す仲になるんだ。あいつらの強さはきっちり把握しとかねぇと、負けなくない敵に絶対負ける」
所属は違っても仲間だから、と笑う雄太には海も同感だった。海の戦うスキルは凡人並、治療系魔法も杏達に比べれば低いもの、情報力だけは中学トップだ。
自分にしかない何か、それとその力をいずれ共に戦うことになる仲間達と共有し合えたらと思う。だからこそ、相手の弱点すら埋められるほど強くなろうと思うのだ。
そんな二人の中に宇宙人は前触れもなく海に飛びついて来た!
「海〜〜!! 明後日デートしよう!!」
「別の意味でもう手遅れでしょうが、病院なら連れていきますが」
もう何も突っ込みたくない、とその無表情が物語っている。入学して一ヶ月も経っていないというのに既に諦めてしまっているようだ。
だが、先日の怪我が治っているのかは心配らしく、病院について行くのは良いらしい。
しかし、病院の後が祥一にとって重要な時間になるため、そこを逃すわけにはいかないのだ。
「うん、病院の後に行きたいところがあるから付き合って欲しいんだ」
「何処なんですか? リストバンドは選びましたし、練習道具は成瀬家なら問題ないでしょう? 当然、無茶をするので海宝高校の偵察も魔法学院に行くのも無しです」
それって病院行ったら直帰って意味だよなぁ……、と雄太は思う。祥一が海を連れ出すのに使いそうな口実を片っ端から潰していくあたり、さすがは情報のスペシャリストだと思う。
しかし、やはり宇宙人と称されるだけはあるのか、彼は意外な場所を挙げてきたのだ。
「うん、残念だけど今回はどれも違うよ。まぁ、二人でお茶する時間は欲しいけど」
「奢っていただけるなら付き合います。で、ふざけた場所じゃないのは何処なんですか」
「一之瀬家」
「……えっ?」
あっさり答えた場所は海の思考を止めた。何度か行ったことはある上に、祥一が行くのも立場上おかしなことではないのだが……
「まぁ、風雅は野外活動だからいないけどね」
「ちょっと待って下さい。何で風雅隊長がいなくて、主将が一之瀬家に行くことになったのかから話して下さい」
じゃなければ混乱すると海は説明を求めた。この時点で海とのデート権は得たも同然だと祥一は内心ガッツポーズしながらも話を進めた。
「まぁ、簡単に言えば俺と海は風雅の御両親から御招待を受けたからだね。表向きは政財界のパーティーだけど、腕によりをかけた御馳走がたんまりだから来てほしいんだって」
「ちょい待て!! 俺は!?」
「雄太は補習だからダメ。だけど補習が終わったら皆でおいでだってさ」
「よしっ! 食いたい放題!!」
雄太はガッツポーズを決めた。「よく食べ、よく遊ぶ」というのが彼の基本であり、それを満たすには一之瀬家は充分だからだ。
「あと魔法学院の皆さんは……」
「ジェニーが連れて来ると思うよ。特に涼達は名家の子息だからね、引き合わせたい人達もいるんじゃないかな」
「じゃあ、杏さんも」
「もちろん来るよ。まぁ、杏ちゃんは風雅がいない間にあの二人が溺愛したいんだろうけど……」
そういうことかと海は納得した。つまり自分達は杏を守るための外壁として招待されたということだ。それも多ければ多いほど助かる、杏を守るのは一之瀬だけではないと知らしめることも出来るからだろう。
だが、海が呼ばれてる理由は風雅の母親が新しい服を大量に用意していて、ファッションショーを楽しみたいからではあるが……
「でも、やっぱり風雅隊長がいないのに私達が招待される理由が気になりますね。何か重大な発表でもあるんでしょうか」
「そうだね、さすがに風雅がいなくて婚約発表はしないだろうし、招待客から考えてあるとすれば……」
いつになく真剣な顔になった。それは正に成瀬家としての祥一だった。
「淳士さんと夏音姉さんのことかな」
「えっ?」
「普通は冴島か竜泉寺でやるんだろうけど、淳士さんのところは両親不在でお祖父さんも魔法議院に詰めてるし、竜泉寺も御両親はスーパードクターだからオペ優先。だから一之瀬でって良秋さんが言ってそうだ」
先日、三条の御曹司と婚約したと発表された夏音だが、事実は違うのだと一之瀬に関わる者達に知らしめておきたいということなのだろう。
権力には権力で対抗するのが定石ではあるが、何となく夏音の恋を応援したいというのもありそうだ。
だが、祥一としてはどれだけの味方がいるのか、または敵となる者達がいるのかと良い判断材料になりそうだと思うのだが。
「まぁ、行けば分かるから海、デートしてくれるよね?」
「……仕方ないですね」
そういう理由ならば付き合わないわけにはいかない。それに情報の宝庫を探るという意味では退屈しなさそうだ。
だが、この決断が彼等をまた大きな騒動へと巻き込んでいくことになるなど、まだ、誰も知らなかった……
はい、一ヶ月ぶりです☆
お待たせいたしました☆
今回は桐沢さんこと東吾ちゃんが杏と御対面。
CROWN鬼の情報部隊長も杏には甘いという。
でも、彼はかなりの苦労人なんで癒しが欲しいんですよね(笑)
そして風雅様達は次回、野外活動へ出発致します。
何やら海宝中学二年生のメンバーも出て来るという。
はたしてどんな野外活動になるやら。
では、小話をどうぞ☆
〜思春期ですから〜
雅樹「風雅隊長、これならどうだ!」
風雅「タイプじゃない。胸がでかいだけの女が杏に勝てる訳無いだろう」
陸「雅樹君、またエロ本風雅隊長に突き付けて君はバカですか」
雅樹「だってよ! 風雅隊長ともこーゆー話したいだろうが!」
陸「昴君や隆星君とすればいいでしょう?」
雅樹「昴はちょろい。隆は基準がジェニーな上に元がウブだから面白くない」
風雅「全く……、それほど見たければハーレムに」
陸「連れていくのは洒落にならないので止めて下さい」
風雅「そうか。だが、陸は雅樹から借りないのか?」
陸「そうですね、雅樹君のはぬるいので」
雅樹「どこがだよ」
陸「鎖も手錠も出て来ませんし」
雅樹「えっ?」
陸「ただのヌード写真だけではなくやはり音声も……って、風雅隊長?」
風雅「おい、それを見せたのはバカ淳士か?」
陸「はい、CROWNオススメだと」
風雅「今すぐ殺ってくる」
雅樹「……陸」
陸「何ですか?」
雅樹「今度それ」
陸「見せません。君には早いです」