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CROWN  作者: 緒俐
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第四話:風雅様の命令は絶対

 入学式後のホームルームも無事に終了し、一行は風雅から呼び出しを喰らっていたため魔法格闘技部指令室へと向かう。


 通常ならこの大人数、食堂なり会議室なりと呼び出せばいいのだが、魔法格闘技部が学院側から優遇されてる上にその部屋の主が風雅ということもあってか、軽く十数人入る部屋ならばそちらの方が早いとのこと。

 もちろん、杏と二人きりになるのに邪魔されない場所という理由が大部分を占めていることは言うまでもない。


 三階の教室から渡り廊下を突き抜けて部室が集合する棟に入り、さらに渡り廊下を行けばそこは魔法格闘技部専用の棟になった。部員数百人以上を有することと使う用具が他の部の倍であるため、そこに集約されているというわけだ。


「チワッスっ!!」

「お疲れ様です!!」

「おお、お疲れ」


 早くも部活に慣れていた一行はすれ違う上級生達に挨拶すれば、彼等も気持ち良く返してくれる。力は自分達より低いみたいだが、礼を払うという点は風雅の教育の賜物らしい。

 ただし、いくら上級生だろうと嘗めた真似をするようなら遠慮無くやり返せ、あとは俺が何とかする、とも言われているのだが……


 そんな挨拶を行き来に交わしながら一行の会話は指令室と風雅のことになった。


「指令室って魔法格闘技部にはそんなもんがあるんスね。しかも風雅隊長って人スか、その部屋を自由に使ってる偉い奴」


 昴の言うことは尤もだった。顧問でもそれぞれの教科の準備室にいるというのに、一生徒が一室を貰っているということはまずない。

 もちろん指令室を要求したのは先代の主将ではあるのだが、それも今とは違い魔法議院の仕事を手伝っていたからだ。


 しかし、驚くべきなのはそれだけではない。蓮は口角を上げてそれは楽しそうに答えてやった。


「まぁな、先代主将に現CROWNの戦闘指揮官がいたから伝統として残されている。だが、去年で全国大会十一連覇したから風雅隊長が改装して今じゃプライベートルームみたいになってるけどな」

「へっ!?」

「もちろん風雅隊長のポケットマネーだから部費の不正は行ってない」

「はい!?」


 一中学生がどんな財力を持ってるんだ、と言わんばかりに昴は目を見開いて驚いた! 普通、部屋を改装するといえばどんなに安くとも数十万は飛んで行くに違いないというのに、風雅はそれをあっさりやってのけているのである。


 そして、それを学校側に認めさせた理由が「十年以上続く伝統を部屋一つで朽ちさせたいのか」と言っただけで学校側は承認したらしい。もちろん、学校側が費用を払わなくて済むというのも大きな理由だろうが。


 ただ、それだけ聞いて風雅が只者じゃないと思いたくないのか、若干冷汗を流しながら彼は有り得そうな結論に達した。


「いや、もしかしたら部屋を改装する魔法を全て使える」

「どれだけ便利な魔法だよ……」


 昴の馬鹿馬鹿しい発言に蓮は溜息を吐き出した。それが出来れば世の中の建築業者はとっくにお払い箱、さらに他の分野でも失業率は上がりっぱなし、おまけに犯罪率も増えて魔法議院だけの手に負えなくなるに違いない。


 基本、いくら魔法が使えるといっても利便性は確かに上がるが賄えないのが職人の域。日本の伝統を守りつつ、魔法と共に共存していくのがこの世界の在り方だ。


「じゃあ、業者を脅して……」

「一番有り得る話だがそれもない。風雅隊長は部活とテスト勉強時は魔王も可愛く見えるほど半端ないが、私生活はそれなりに温厚で究極のドSだからな」

「無茶苦茶な人っスよね……」

「うちの長男に比べたら千倍マシだよ」


 涼の発言には全員がコクコクと頷く。蓮にいたってはかなり酷い思いをしたらしく頭を抱える始末だ。


 涼の兄である冴島淳士、現在は高等部の寮生活で冴島邸にはいないが三年前までは毎日顔を付き合わせて生活していた仲だ。

 しかも風雅でさえ「出鱈目な性格な上に出鱈目な強さ」と評したほどの人物でもあるが、一行に魔法格闘技を初めて教えた兄貴分でもある。


 ただ、それも常識的な教え方ではなかったと下手をすればトラウマに成り兼ねないものだったというエピソードが残されているらしいが……


 そして、その話を聞いていて凄いとは思っても動じる要素がなかった杏が食いついた話題は涼の兄弟のことだった。


「涼君にはお兄様がいらっしゃるのですか?」

「ああ、高等部に二人な。あとすぐ下に妹が一人いて俺は三番目なんだ」

「うわぁ、四人兄弟って多いですね」

「そうだな、杏は兄弟いるのか?」

「ええ、義理ですけど姉が一人。とても優しい方なんですよ」


 可愛い、思わず涼は杏が嬉しそうに笑う顔にドキッとした。この誰かを思って笑う顔は彼女に好意を抱いていない男でもまずいと思う。好きになったら一発で落ちると思わせるほどの破壊力だ。

 そう考えると、風雅に会わせて本気で大丈夫なのかと思うが……


「そ、そっか! 優しい姉貴って良いよな! 俺もいつか会って見てぇな」

「そうですね、海宝高校の魔法格闘技部に所属してると聞いてますので、いつか会えるかもしれませんね」

「へえぇ、また全国クラスのとこだな」


 強いなら手合わせ願いたい、と涼は思う。ただ、この一行が杏の義理の姉に深く関わることになるのはまだ先の話だ。


 そして、階段を下りて角を右に曲がり最奥の部屋に辿り着くと一行は息を飲んだ。そう、ここは魔王の部屋だといわんばかりに漂って来るものがある。それは初めて来る杏と昴もプレッシャーを感じるほどだ。


「さて、着いたな……」

「ここには魔王でも住んでるんスか……」

「魔王じゃなくて風雅様だ」


 蓮の切り返しに全員納得した。指令室と書かれた金のプレートが重厚な木製の扉の上に取り付けられた、いかにも重役のための部屋といった外装。部屋の広さも半端じゃないことは近くに扉がないだけで分かる。

 そんな部屋の金のドアノブに蓮は手を掛けると、二度と杏と昴が逃げ出せなくなる世界の扉を開くのだった。


「風雅隊長、失礼します」


 蓮の言葉に続いてそれぞれが挨拶しながら入っていくと、魔法格闘技部のジャージに身を包んだ風雅はディスクワーク中だったらしく幾つもの書類を確認していた。

 そして彼は書類から目を離し、目前にいるメンバーに視線を移すと綺麗な微笑を浮かべた。


「やっと来たか」

「あっ……!」


 思わず杏は小さな声を上げた。そこには昨日会った上級生がいたのだから! とりあえず仕事はここまでと、風雅は書類をディスクの上に置いて立ち上がり杏の元へ歩み寄ってきた。


「昨日ぶりだな」

「は、はい……」


 風雅を直視出来ず杏は朱くなって俯いた。この人は心臓に悪いと改めて思う。ただ、理由が美少年だからというだけではなく、どちらかと言えば彼の纏う雰囲気が気品漂うもので緊張するといった方が正しい。


 そして、風雅は腕を組んでいかにも残念だったと言わんばかりに眉尻を下げる。


「まずドリンクは堪能させてもらった。適温に保った状態を魔力で維持する気遣いも有り難かったよ。だが、俺に手渡さず帰られたのは残念だったがな」

「す、すみませんっ!」

「いや、邪魔な女達が周りにいたから来れなかったのだろう? 入学する前なら上級生が怖いと感じる者もいると考えるべきだった」


 風雅が優しい……、雅樹達は珍しく穏やかな表情を浮かべている隊長に一体何が起こったのかと不気味にさえ思ったが、やはり彼は彼だと思い知ることになる。


 風雅は側のテーブルに置かれてあった小包を開けながら一行に命令を下した。


「さて、お前達はさっさと昴を連れてロードワークに行って来い、邪魔だからな」

「ちょっ、待って下さいッス! 俺は魔法格闘技部に入るなんて一言も」

「俺が入れと言ったんだからさっさと入れ。分かったら散れ」

「どんだぶっ……!!」


 抗議する前に昴の顔面に風雅が出した荷物が直撃する。そして風雅は杏に表情が見えないように彼女に背を向け、魔法格闘技部の鬼主将としての黒さを醸し出しながら昴に命じた。


「お前のジャージは既に作った。靴は用具室にあるから自分のサイズのものを選んで使って構わない。それとこの部では俺の言うことは絶対だ、逆らえば容赦なくペナルティーを背負わせるからさっさと行け」

「んな横暴っ!!」

「昴! 部室に案内するから行くぞ!」

「そうそう、風雅隊長に逆らってロクな目に遭う奴なんてまずいない! 頼むから行くぞ!!」


 これ以上ここにいては自分達の練習メニューにまで支障が出ると一行は昴を引っ張り、杏だけ残して指令室から退散した。もちろん心の中で合掌することは忘れずに。


 そして、それを見送った風雅は何だかんだ言いつつ昴を一目だけ見てある程度の実力を判断したが、まずは昴よりこの有望なマネージャー候補を逃すわけにはいかないと心の中で黒い笑みを浮かべ、行動に移すことにした。


「やっと行ったか」


 やれやれ、と溜息を吐き出しながら風雅は部屋の外に立入禁止の札を掛け、扉の鍵を魔法を使って絶対開かないようにした。ここまでしておけば余程のことがない限りこじ開けたりはしないだろうと思い、杏の方を向いて彼にしては穏やかに笑った。


「とりあえず話をするから座れ」

「はい……、失礼します……」


 黒革のフカフカなソファーを指差され、彼女は遠慮がちに隅の方へちょこんと座った。そんな謙虚なところも風雅にとってはツボだったらしく彼は微笑を浮かべる。


 そして彼は簡単にコーヒーを作ると、それを杏の前に差し出した。当然、彼女がコーヒーを飲めるという情報は入手してあるため、ミルク二つと砂糖一本を付けることも忘れない。


「すみません、ありがとうございます……」

「いや、俺が呼び出したんだから当然だ。あいつらなら逆にコーヒーを豆からひかせてるところだが、杏なら頼まれればいつでも入れてやるから遠慮しなくて良いよ」

「そんなことっ!」

「良いんだ。部活ではそうもいかないが日常生活くらいは甘えてもらいたいからな」


 「部活は鬼でも普段は温厚」とはこういうことなのかと杏は思った。そういえば昨日の夕方、風雅は自分を追い込むほど走り込んでいたのだ。そんな時に練習の邪魔をすれば口調も表情も厳しくなるのは当たり前だろう。さらに魔法格闘技部の主将ともなれば優しいだけでは務まらないに違いない。


 だが、彼女は風雅に関するもう一つの性格を完全に忘れていた。彼の本質はドSの魔王だということを……


「さて、もっとからかって遊びたいが部活前だから本題に入らせてもらおうか。真理達から少しは聞いてると思うが、杏にはスタメン専属のマネージャーになってもらう」

「えっ……!?」

「先程も言ったが俺の言うことは?」

「絶対です……」

「いいだろう」


 満足そうに風雅は微笑を浮かべた。どうやら自分にもマネージャーをやることに拒否権はないらしい。

 もちろん、一般的なマネージャー業は家事全般が出来る杏にとって難しいことではないのだが、あまりにも唐突過ぎるこの話には混乱してしまう。何故、自分がという思いも当然あるわけで……


 そんな杏の困惑した表情も当然の結果と予測していたのか、風雅は魔法格闘技部について簡潔に説明し始めた。


「まずは簡単に説明しておく。うちは全国クラスの強豪で所属人数は百を超えているため、能力別で三軍に分かれて練習を行っている。その中でもスタメンだけは特別に体育館を一つ与えられている。もちろんトレーニングルームや部室、あとシャワー室も別だ」

「凄い、ですね……」

「ああ、それだけ練習がハードでたまに人には見せられないこともするからな」


 淡々と風雅は話しているが、それを受けているものからすれば中学生にそこまでやらせるかと言うほどの練習内容な為、スタメン以外に見せられないというのが現状だ。

 そして、その地獄のメニューを考案しているのが風雅なのだが……


「スタメンの人数は二十人以内で仕事量は一人か二人で熟せる作業。まぁ、来年は涼の妹がマネージャーとして入るだろうから料理に関しては楽になると思っていい」

「はい……」


 涼には妹がいる、その一言が混乱する頭の中にスッと入り込んできて少し心が落ち着いた。そういえば四人兄弟だと言ってましたね……、と最近にしては多い兄弟の数に少し驚いたのも先程だ。


「ちなみに真理達もスタメンに入るだろうから人間関係は心配いらないし、雅樹達は一年だから雑用も手伝わせる。ここまでに質問は?」

「ないです……」

「さすが飲み込みが早いな、あいつらだと文句しか出てこないから助かるよ」


 文句を言えない状況に追い込むからだ……、と当事者達がいたらまずそう返してくれるだろうが生憎ここにはいない。寧ろ拒否した瞬間に命すら危ぶまれるのは毎度のことだ。


「あと、魔法格闘技のことはどの程度知っている? 海宝に宮内先輩がいるはずだから少しは分かると予測してるが」

「姉をご存知でしたか?」

「ああ、去年のインターハイの決勝戦でうちと当たったからな。杏も応援で見に来てただろう?」


 その発言に杏は驚いた。自分は魔法学院ベンチ向かい側の観客席にはいたが、あれだけ多かった観客の中で風雅は自分を捉えていたのだという。おそらく、偶然見付けたのだろうが……


「……はい、ですが私が知っているのはルールぐらいです。目に追える速さでしたら判定出来ますけど、烈拳の倍速はさすがに……」

「そのスピードを保持するのは部内で俺だけだから問題ない。寧ろ烈拳の速さまで見抜けるマネージャー自体稀だ……」


 そもそも烈拳はそう簡単に使えるものではないのだが……、と風雅は額に手を当てた。

 風雅が彼女をマネージャーにしたい理由の一つが動態視力がズバ抜けて高いことだった。そんな通常では有り得ない才能をあの日、彼は見逃さなかったのである。



 昨年のインターハイ決勝、団体の部。六対六の魔法乱戦となるその戦いは中学生といえども観客達を釘付けにさせるには充分過ぎるものだった。

 そしてその団体戦で魔法学院と当たっていたのが海宝中学。つまり杏の義姉が所属していた魔法格闘技部だった。


「マジ有り得ねぇよ、宮内沙里! 慎司に食らいついてやがる……!」

「てか、もう見える次元じゃねぇ! 烈拳自体が普通じゃねぇのに!」


 魔法格闘技部に所属しているものですらそういった認識をされる高速体術、烈拳。体中に魔力を纏い攻撃力とスピードを通常の倍にするシンプルな理論だが、明らかに違うのが連撃の差だ。

 分かりやすい例を挙げるとすれば、一秒間に一発のパンチを繰り出せるところ、烈拳と呼ばれるレベルはニ、三発繰り出すことになる。


 しかし、いま見せられている試合はそれすらも凌駕するのではないかというもはや神速の領域。そのあまりに速過ぎる動きに観客の殆どが目で負うことが出来なくなっていったのだ。


「全く、あんなの捉えられる奴がいるのかよ」

「……いるな、観客なのが惜しいが」


 数分の休息のため、丁度ベンチに戻されていた風雅はその動きを捉えている杏を発見したのである。ただでさえ乱戦と化す団体戦で彼女は一番速いスピードを誇る戦いを目で追い続けていた。それが杏の義理の姉である宮内沙里だったと記憶していたのだ……



 そのことを聞かされた杏はコーヒーカップを両手で持ち俯いてしまった。あの時の試合で敗者となったのは自分の姉だ。そして、その敗北を与えたメンバーの一人が風雅でもある。


 もちろん自分が魔法格闘技部のマネージャーになることに姉の性格上、目をキラキラさせて頑張るように言うのだろう。しかし、杏自身がどうも割り切れない部分があるようで……


「まさか慎司さん、ああ、涼の兄と互角に戦えるのが杏の姉だと知ったのはこの前だったけどな。やはり大好きな姉が負けた相手のいる部活のマネージャーは嫌か?」

「……抵抗がないといえば嘘になります。でもあの試合で私は魔法学院に行くことを決めたんです」

「海宝じゃなくてか?」

「はい」


 コクリと杏は頷いた。小学校の時に虐められていた彼女の進学先の選択肢。おそらく自分を知らない者という条件もあったのだろうが、その答えは彼女の強さと憧れが含まれていた。


「海宝に行けば姉に守られてばかりで強くなれないと思ったんです。そしてあの試合で綺麗な月を見て……」

「見て?」


 そこまで言うと彼女の顔は真っ赤になった。どうやらかなり恥ずかしい発言をしそうになるところを踏み止まったようだ。それに風雅は口角を吊り上げて意地悪く尋ねた。


「見てどうしたんだ? 最後まで聞きたいな」

「い、いえっ! そのっ……!!」

「俺に対する愛の告白でもあるまいし。それともそう解釈するべきだったか?」

「っつ、違っ……!! いえっ、えっと……!!」


 文学作品の和訳で「月が綺麗」といえば愛の告白だという豆知識はさらに杏を追い詰めた。

 ただ、違うと否定されるのは風雅にとっては面白くない。ならばさらにからかってやろうかと風雅は立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろしてスッと彼女の顎に指を掛けた。


「答えなければ俺の好きに解釈させてもらうが?」

「ううっ……!」

「杏……」


 ゆっくりと顔が近付いて来る。しかし、それは杏の両手に遮られた。


「ごめんなさいっ!! あの綺麗な月を見て……!」


 杏は真っ赤になって必死に理由を答え始めた。自分の行動を止められた風雅は残念だといわんばかりに口角を上げたが、少し離れた彼女の予想外の表情を見て驚いた。


 そう、彼女は泣いていたのだから……


「杏、すまな」

「もう一人になりたくないって、そう思ったんです……!」


 風雅の言葉を遮って杏は本音を吐露した。あの試合で見たのは限りなく本物に近い月の幻。誰が使った魔法なのかは見抜けなかったが、少なくとも魔法学院の攻撃には違いなかった。


 いつも杏は自分の部屋で一人淋しく月に見下ろされているだけだった。虐められては何度も泣いて、心が張り裂けそうな痛みを口に出すことさえ出来なかった。

 しかし、彼女はインターハイの決勝で運命の月と出会ってしまった。まるで自分の心全てを見透かされているような感覚に陥り、ついには堪えきれない思いと共に涙まで溢れ出て来たのだ。


『もう一人は嫌……、私を一人にしないで……』


 ただ、そう強く願った……


「……ごめんなさい、そんな理由でこの学校を選んだのに、魔法格闘技部のマネージャーをやらせて頂く資格なんて私には」

「杏」


 それは一瞬だった。後頭部に手が回されたかと思えば唇が奪われる。それにビクンと反応して逃げ腰になるが、腰に腕を回されて動くことも出来なくなった。


 以前に自分を見付けたと言われたが、それがどうしてこうなったのかは分からない。泣いている自分に同情したのかとも思うが、それに甘えてしまいたくなるほどこの人は優しい人だ。まるであの月のように……


 そして唇が離れると彼女はしばらく真っ白になっていたが、風雅にずっと見つめられていると徐々に彼女の頭は回転し始めパニックに陥った!


「い、いち、の……っ!!」

「風雅だ」

「えっ?」

「俺のことは風雅と呼べ。それと杏は俺のものだともう決めたから今日から俺の彼女だと胸を張って歩け。ああ、それとも婚約者と言った方があいつらも遠慮するか……」


 これからのことを風雅は勝手に決めていく。一つ一つにいろいろ言いたいところだが、混乱しきっている頭の中でそれは不可能に近かった。


 そして、その間に今後の杏と過ごす人生の予定を大まかに決めてしまった風雅はそろそろ時間かと立ち上がり、スッと杏に手を差し出した。


「さっ、行こうかマネージャー。ああ、部活の時も名前で呼ぶように。あと基本は俺専属のマネージャーだからあまりあいつらに構い過ぎるなよ」

「あ、あの……!!」


 反論しようと試みたが、それは風雅の笑顔に封殺された。そしてトドメの一言を刺される。


「杏、俺の命令は?」

「……絶対です」


 こうして杏は有無も言えず、魔法格闘技部のマネージャー兼風雅の婚約者という地位を命じられてしまったのであった……



 その頃、ロードワークに出ていた一行の身体は大分解れていた。本日はスタメンテスト、久し振りの実戦ということもあり闘気は上がってはいたのだが、気になることは全員同じである。


「雅樹君」

「どうした?」


 後ろを走っていた陸が隣にやって来る。普段は無表情でも練習となれば息も上がる性か、陸の表情にそれなりの変化が出ていた。


 ただ、今日はそれ以外が大半をしめている。もちろん原因はあの魔王の性だ。


「杏さんは無事でしょうか……」


 ポツリと呟いた言葉に全員無言になる。あの風雅が恋をしたというだけで相手が無事な訳がないと容易く予測が付く。それは先程初対面だった昴でも分かるほどで……


 しかし、蓮はそんな一行の心配を断ち切ることにした。彼女にはこれでもかというぐらい申し訳ない気持ちでいっぱいだが、スタメンテストで油断するわけにはいかないからだ。


「陸」

「はい」

「杏の身より自分の身を案じておけ。多分、来週の練習は今までより鬼だ」

「……そうですね」


 この短時間で杏とどのような関係を築き上げているのかは断言出来ないが、少なくとも風雅が下手に出ることはない。つまり彼の恋路が上手くいっても行かなくても練習量は増えるだけで……


 外は快晴でも心はまるで鉛色の空が広がっているのだった。




はい、お待たせいたしました☆

そして展開早すぎると反省している作者です……


まず、一番に突っ込まれるのが風雅様ですね(笑)

タイトル通り、彼がどこまで凄い性格をしているのかお分かりかと。

彼に敵うものなんて滅多にいません。

皆無ではないですけどいないものはいないと。


そして杏ちゃん……

風雅様にマネージャーだけではなく婚約者にまでさせられるという有り得ないことに……

いろんな過程をすっ飛ばして有り得ないことしか起こらない彼女の中学生活に同情さえ覚えますが「月が綺麗」と言った時点で充分愛の告白なんですよ、風雅様にとっては特に!


ここまで言えば展開は予測通り、となると思いますが普通に迎えないのがこのお話です(笑)


では、次回もお楽しみに☆




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