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CROWN  作者: 緒俐
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第三十九話:対談

 宝泉家から戻った翌日、朝のホームルームで簡単な挨拶をした隆星の第一印象はいかにも取っ付きにくいだったが、それは一時間目の調理実習で見事に覆った。


 杏と同じ班で調理実習に励むメンバーが彼女の手際の良さを称賛するのはいつものことだが、本日は隆星にもそれが飛び交っていた。


「遠山君うま〜い!!」

「てか、無茶苦茶手際よくないか!?」


 テキパキと効果音が入りそうなほど隆星の手際は良い。その理由は幼じみ達にとっては痛いほどよく分かるが、隆星は最早出来て当たり前との答えを返した。


「まぁ、冴島家で育ったから教えてもらったし、俺の師匠があんま料理出来ねぇし」


 理由の八割は後者である。ついでに言えば、兄の奏もご飯は炊けるレベルということで、自然と隆星が料理上手になってしまったということ。


「にしても、若干取っ付きにくいタイプに見えたがそこまでオトメンだったとは……」

「は? どこがだよ?」

「その料理の盛り付け、女子力高過ぎだろ……」


 スープに入れられた人参はハート型、グリーンサラダに入っている生ハムはバラでおまけに星型のチーズを散りばめている。しかも余った調味料で手作りドレッシングとまでくれば女子力の高さを思い知らされるのだ。


「う〜ん、やっぱ桜の盛り付け真似てたからそうなったのかもな」

「桜?」

「おお、涼の妹だ」

「可愛いのか!?」

「ああ、美少女には違いないな」

「うおおっ! 付き合いてぇ!!」


 サラリと答える隆星だが、その回答にピクッと青筋を立てる恋する少年と兄がいる。ただ、兄の方はまだ少し余裕があるらしくアスパラガスを折った少年に突っ込んだ。


「蓮、殺気立てんな」

「涼も人のこと言えないわよ。キュウリに包丁刺してどうするの」


 真理の的確な指摘に涼はハッとした。兄達ほどではないが、無意識に時々シスコンを発揮してしまうのだ。


 そんな空気の中、ふわりとスープの良い香が涼の鼻孔をかすめた。この食欲をそそるスープを作れるマネージャーといえば……


「はい、出来ました」


 ニコッと杏は微笑んだ。同じ食材と調味料だというのに何故キラキラ輝いて見えるのだろうかというほど、杏の作ったスープはとても澄んでいた。


「さすが杏ちゃん!!」

「スープも泣くほどうめぇ……!!」

「いえ、私は味付けしただけで……」


 毎回褒め讃えてくれるのは嬉しいが、泣くほど美味しいものなのだろうかと杏は思う。かつて小学生時代の調理実習では、自分の作った料理は昴しか食べてくれなかったというのに……


 そんなことを考えていると、杏の後ろから興味が湧いたのか隆星がグイッと覗き込んできた。


「そんなにウマイのか? ちょっとくれよ」

「は、はい」


 隆星は杏から小皿でスープをよそってもらい、それを一口飲むとポンと彼はトラ化した。さらにはキラキラと星まで飛ばす。


「ウマイ……!! 杏、今度これ教えてくれ!!」

「はい、良いですよ」


 なんか天使が二人いる……、というのがクラスメイト達の意見。笑わないように見えて笑顔は眩しい少年、さらにオトメンにトラ化とはギャップが有りすぎる。


 しかし、それにすっかり慣れた昴と陸は至って冷静な会話を繰り広げていた。


「トラなんスね……」

「はい、うちは動物化するメンバーが多いのが特徴です。風雅隊長が風雅様ですから」

「何で納得出来るんスかね……」


 最早それしか答えがないというのも風雅ならではということか。彼を一人間と例えるのも無理なのかもしれない。



 それから調理後の後片付けということで、これもテキパキと洗い物を熟している隆星の目にサッカーの試合をしている風雅の姿が飛び込んできた。


 相変わらず何でも器用にこなす少年らしく、ドリブルも御手のものということ。もちろん、サッカーの試合なので魔力は発動していない。


「風雅様素敵よね〜!」

「本当、何であんなに王子様なのかしら」


 うっとりとする女子達の声はいつも聞いてきたもの。それを杏はどう捉えているのだろうかと隣で調理器具を洗っている杏を見れば、その切なさに思わず息を飲んだ。


 風雅を見ていたのはほんの数秒。けっして騒いでいる訳でもなく、手も止まってはいない。だが、その目は誰よりも風雅を思っていることは確かだった。


「杏は風雅隊長が好きなのか?」

「きゃっ!」


 そう言われてツルリと手から計量カップが滑り落ちた。何とベタ過ぎる反応なんだと思いながらも隆星は続ける。


「なんか風雅隊長が一方的に迫ってるようにしか見えなかったけどよ、案外杏の方が惚れてるように見えたから」


 隆星にとってはあくまでも率直な意見。ただ、その率直な意見は杏を動揺させるには充分過ぎるものだった。ようやく最近、自分の恋心に気付いて来た訳で……!


「えっと……」

「隆ちん、杏を困らせないの!」


 ボールを持って隆星の隣に来た藍が止めてくれたことに杏はホッとした。これ以上問い詰められては身が持たなかったのだ。


 だが、その応酬はツッコミどころ満載なのだが……


「確かに杏が早く風雅隊長とくっついてくれたら、私達の練習メニューに救いが出来るけど」

「重要過ぎるだろ、それ」


 間髪入れず突っ込んだ。杏一人の犠牲で練習メニューに救いが出来るなら喜んで風雅の恋路に協力したいぐらいだ。


「だけど焦っちゃダメなのよ! 杏は奥手なんだから!」

「でもよ、早く好きなら言えば良いんじゃねぇの? うちの兄貴と違ってうまくいく可能性百二十パーセントだろ」

「そういう問題じゃないの! 隆ちんはもっと乙女心を勉強しなさい!」

「それ、兄貴にもジェニーにも言われたけどわかんねぇ」


 乙女心は理解するべきだと奏やジェニーに言われて育ってきたが、未だに隆星はその意味が分からなかった。寧ろ、女は面倒臭い生き物だと思うぐらいだ。


 ただ、杏は守らなければならないと隆星はそう思った。彼女の境遇を知ったからではなく、仲間としてそうしたいと思ったのだ。


「それに隆ちんだって杏のことを好きになるかもしれないんだよ!」

「はっ?」


 何でそうなるのかと隆星は思う。もちろん、杏が次元を持っているため惹かれる可能性はあるのだろうが、どうやらそれとは違う気がした。


「私が見たところ、杏と関わった中学生で恋愛感情無しなんて蓮と祥一さんだけだよ!」

「おい、それってお前が涼に失恋するって意味じゃ……」

「大丈夫! 涼は杏に振られること間違いなしだから問題ない! そのあと私が振り向かせたら良いんだもん!」


 そういうところは藍だよなぁ……、と隆星は思う。だが、涼に一縷の望みすらないと言い切るのは少々可哀相な気もするが、本人もその辺りは自覚しているのだろう。

 なんせ、相手は俺様何様風雅様な訳で挑んだ瞬間に消されるのだから……


「まぁ、女を好きになったことがねぇから分かんねぇけどよ、俺が杏を好きだと言ったら困るよな、杏」

「えっ……、えっと……」

「てか、やっぱ早く告れ。俺達の命がかかってるしな」


 最早どう答えれば良いのか分からない。あまりのストレートぶりに杏は真っ赤になって困惑するばかりだった。



 それから午前中の授業が終わり昼時となった。本日も魔法格闘技部ジュニア選抜メンバーは強制的にミーティングだ。

 当然、行かなければ風雅様から死刑、真央からスペシャルメニューとなるので、涼はすっかり癖になっているのか本日も杏に声を掛けた。


「杏、昼のミーティング行くぞ」

「すみません、少し職員室に寄りますから先に行ってて下さい」

「だったら俺も一緒に」

「いえ、大丈夫です。少し長くなるかもしれませんから先に行ってて下さい。真央監督には報告しておきましたから大丈夫ですので」


 つまり杏を一人にして消されることはないということ。それさえ分かれば問題ないと全員は納得したらしく、杏はペコリと一礼して職員室へと向かった。

 だが、少し長くなるというのは少々気になるところだ。


「何かあったんスかね?」

「さぁな。だけど大丈夫だろ、職員室がジャックされてる訳もねぇし、大方ボスが呼び出したとかじゃねぇの?」


 それより昼飯だと雅樹に促され、一行はミーティングへと向かうのだった。


 一年生の教室から職員室までは若干距離がある。道中、進路指導もあるためか擦れ違うのは三年生が多いが、当然二年生もいるわけだ。


 そして角を曲がる前、キャッキャッとした数名の華やかな女子達の会話が聞こえてきた。


「ねぇ、風雅様に野外活動の時に告るって子、結構多いみたいだよ」

「そうなの? 確か風雅様って一年の杉原さんってマネージャーが好きだって噂じゃないっけ?」


 咄嗟に隠れたのは条件反射。しかも魔力まで完全に消してしまうのも慣れだ。盗み聞きしたい訳ではないが、今出て余計なことに巻き込まれる可能性は消し去りたかった。


 そのおかげか、それとも彼女達が辺りを気にしていない性か、全く気付かれることなく会話は続けられた。


「それでもってことじゃない? 告っちゃいけないって掟はないもんね。まぁ、ファンクラブも真央がいるからそのマネージャーには手を出せないのかもしれないけど」

「修平君達もいるしね。返り討ちにされちゃうわ」

「というより、魔法格闘技部ってマネージャーを大切にする決まりがあるらしいわよ」

「なるほど、風雅様は主将だから特に守りそうよね。回復してもらわないと試合に勝てないもの。だからその子が好きだって勘違いする子もいそうね」


 そんな会話を聞いて杏は俯いた。確かに自分は真央達に守られている。それがなければ風雅とは別の世界で生きるべき人間だと思う。


 ただ、それでもここまで育ってしまった恋心は既に止められなくなっており、風雅が誰かに取られるのかと思うと胸が痛くなるのだ。


「魔力を消すのがうまいな、キョウ」

「きゃっ!」


 突然、背後から掛けられた声にビクリと跳ね上がる。ただ、その声は既に親しみある女性の声だった。


「ジェニーさん!?」

「オウっ!」


 ニカッと笑顔を向けられるが、何となく隠れていた自分が気まずい。出来れば見られたくなかったところだ。

 しかし、ジェニーは全く気にした様子はなく、ふんわりと杏の頭を撫でた。


「気にするな。フウガは良い男だからファンが多いのは仕方ない」

「そうですね……、風雅様は本当に素敵な方ですから……」


 随分悲しい笑顔だと思った。自信の無さから来るものだと思われるが、あれだけアピールされているにも関わらず不安になるのが乙女心というものか。


「だが、フウガは間違いなくキョウが一番好きだと思うぞ! あいつは母親に似て惚れたら一直線、しかも独占欲も激しいからな」


 それでどれだけ良秋に近付いてきた女が打ちのめされてきたか……、と心中で付け足した。


 彼女は風雅と同じで親しい者は親しい、礼を払うものには払う、守りたいものにはそれなりに甘く、ストライクゾーンに入れば独占するとまさに風雅の母親と誰もが納得する女だった。


 彼女に会えば心配いらなくなるか……、とも思うが、それより先に済ませなければならない用事がある。自分もそのために来たのだ。


「ほら、一緒に職員室に行くぞ。ちょいと事情聴取みたいになるかもしれないからな」

「えっ?」


 どういうことだろうかと思うが、ジェニーは心配いらないとふんわり笑った。


「大丈夫だ。相手が魔法警察だから若干緊張するかもしれないということだ。それに何かしたら私が殴ってやるからな!」

「えっと……」


 それはシャレにならないような……、と杏は思う。合宿中、ジェニーに稽古を付けてもらっていた雅樹と隆星がそれはボコボコになっていた訳で……


 そんな一抹の不安を覚えながら職員室に着くと、校長が直々に出て来て奥の会議室を使うように案内してくれる。

 どうやらジェニーにかなり気を遣っているようだが、校長としては杏に対してもだった。その理由は会議室の扉を開いた瞬間に理解した。


「ヨシアキ!」


 ジェニーはパアッと表情を明るくした。魔法警察だと思っていた相手は親しみある男だった。当然、殴る必要はないといったところだ。


 だが、杏にとっては緊張がMAXになる相手だった。そう、彼は財界のトップであると同時に風雅の父親だと知っているからで……


「こんにちは、ジェニーさん。それと初めまして、杉原杏さん。風雅の父です」

「は、初めまして! 風雅様にはいつもお世話になっております!」

「いえ、私の息子がいつもご迷惑を」


 いかにも腰の低い者同士の挨拶だと思った。ここが和室なら二人とも正座して頭を下げていたに違いない。そして最後には「流石はJapanese」という感想に行き着くのだが。


「てか、リュウ達の親父殿が魔法警察官を派遣すると聞いてたんだが」

「はい、それは変わってもらいました。少し事件が起こりましたので彼等はそちらに」

「杏!!」


 バンと激しく扉が開いたかと思えば、息も絶え絶え、風雅は会議室に飛び込んで来た。それに杏は目を見開いて驚く。


「風雅様!」

「ああ、無事だったか!」


 開口一言めがそれだとはどういうことなのだろうかと思ったが、魔法警察と聞いて何かあったのかと思ったのだろうと杏は解釈した。


 そして、久しぶりに会った息子に良秋は頬を緩める。何だかんだで息子にも甘いのだ。


「風雅君、お久しぶりです。杏ちゃんを婚約者にすると連絡をくれて以来、毎日いつ連れて来てくれるのかと指を折々ワクワクして待ってたんですが」

「いいから何しに来たんだ」


 ハートを飛ばしている父親に厳しい口調で尋ねれば、確かに浮かれている場合ではなかったため、良秋はすぐに雰囲気をいつもの穏やかなものに切り換えた。


「そうですね、杏ちゃんに会いたかったのもありますが、理解してもらうには僕と杏ちゃんの実の両親の関係も説明しなければいけませんね」


 パチンと指を鳴らせば、そこには外部から何者も侵入出来ないよう、さらに中の音も漏れないように結界が張られる。それにおまけだというようにジェニーが中の様子さえ分からないように結界を張った。


 そして、良秋は三人に座るように勧め、可愛らしい茶器の中に温かい煎茶を入れ、さらに和菓子をテーブルに置いた。もちろん、全て彼が用意したものだ。


「さて、まずは杏ちゃんに説明しますね。僕は元SHADOWに所属していた戦闘官です。そして、杏ちゃんのご両親とは戦友となります」

「えっ?」

「つまり杏ちゃんのご両親も元SHADOWの一員というわけです」


 所属していた部隊は違っていたが、と良秋は続けた。それは風雅も初めて知ることで少々驚いたが、何となく納得出来るところもあった。

 それは杏が次元がなくとも、魔力のコントロールに関しては人の倍上手いという事実があるからだ。


「……そうだったのですね。両親は魔法研究者だとばかり思っていました」

「はい、ですがそれもお二人のお仕事ですよ。杉原一族は魔法研究者を多く排出していましたから、僕達もお世話になったものです」


 寧ろ、彼等がいたおかげで良秋達は生き残ることが出来たと思っていた。魔法戦争はそれだけ多くの犠牲を出し、多くの魔法を生み出したのだから……


「そして今回、僕は杏ちゃんの両親が残した記録の残骸を海宝高校で見つけましたが、二人は海宝出身ではありません。ですが残されていたことから何か心当たりがないかと思いまして」

「海宝高校にですか?」

「ええ」


 杏は少しの間考え込んだ。海宝高校と言えば義姉の沙里が通っている高校。だが、両親と沙里の関係は親戚という訳でもなく全くの他人。


 ならば宮内家の親族はと思えば、やはり杉原一族と繋がりそうな者はいない。どこかで両親と会ってるとするなら仕事面だろうが、子供から見ても難しそうな研究をしていた両親と仕事が出来ていたかといえば……


「……すみません、私も何故そこなのかよく分かりません。無理矢理こじつけるなら、その近くに研究室があったぐらいで……」

「待って下さい、今なんと?」

「えっ、その近くに研究室があると」


 良秋とジェニーは顔を見合わせた後、彼は瞬時に手に魔力を溜めて立ち上がり杏の前に立った。


 一瞬、攻撃魔法かともとれる魔力の質だったが、良秋がふんわりと微笑んでくれたため杏は安堵した。彼が使う魔法は恐いものではない。


「杏ちゃん、少しだけすみません」


 そう言って優しく杏の頭の上に手を置くと、彼は彼女の記憶を辿り始めた。必ずあるはずだ、杏の両親が彼女を守るために残した魔力の残骸が……


 それから数分後、良秋は魔法界の存在を揺るがす一つの事実にたどり着く。記録は残されていたのだ。


「……杉原の隠し研究室が存在していましたか。しかも誰にも悟られないよう、杏ちゃんの記憶にまで高等魔法を掛けていましたので、余程の使い手ではなければまず見つけられけなかったでしょう」


 だとしたら、万が一のためにと杏の両親が良秋だけが辿れるようにしたと考えるべきだ。あの当時、杉原一族は分裂を起こしており、個々に研究を進めていた者達もいたのだから。


 それから良秋はすぐに携帯を手にすると「桐沢東吾」を選択して電話をかけた。おそらく、彼なら本日も情報室でデータ解析を進めているだろう。


 そして数コール後、東吾は相手が良秋だからか比較的落ち着いた声で出てくれた。


『もしもし、どうしました?』

「東吾君、お忙しい中申し訳ございませんが淳士君と夏音ちゃんの部隊、さらに東吾君の部隊も召集して下さい」

『えっ?』

「杉原の隠し研究室の情報を杏ちゃんの記憶と魔力の残骸から見つけました。敵に奪られる前に占拠して下さい」

『分かりました。EAGLEにも連絡を入れておきます』


 反論が一切無しというのはそれだけ迅速に対応しなければならないということ。そして、そのメンバーならとジェニーも腰を上げた。


「ジェニーさん、すみませんが……」

「ああ、私も出る。フウガ、キョウ、またな!」


 パチンとウインクしてジェニーはその場から消えた。だが、珍しく彼女も若干慌てていたことに風雅は気付いた。


「おい、一体どういうことだ」


 あまりの展開の早さにさすがの風雅でも一旦説明が欲しくなった。淳士、夏音、東吾の三部隊が出るとなればかなりの戦闘が予測されるからだ。

 しかも、一研究者の研究室にそこまでの部隊を派遣しなければならないことも稀だ。


 それに対し、良秋は多少は知る権利があるだろうと言葉を濁しながら説明することにした。


「任務ですので詳しくは言えませんが、杉原一族が戦時中、その魔法研究から危険視されていたことは知っているでしょう? さらに多くの禁術を生み出してきたことも」

「ああ」

「それを敵に奪われる訳にはいきません。特に杏ちゃんのお母さんが残されたもので、もし戦闘系の魔法となれば託したいのは……」


 良秋の脳裏に浮かぶのは彼女が戦闘においてもっとも信頼した男……


「冴島蒼士、彼以外に考えられません。それに次元を持つ者同士、蒼士と聖奈さんは仲も良かったですからね」

「えっ?」

「ああ、知りませんでしたか? 杉原聖奈さんは蒼士の幼じみで次元も持っていましたよ。とはいえ、聖奈さんは幼い頃、突然覚醒したらしいですが」


 そこまで言っても良かったのだろうか……、と風雅は思ったが、杏が次元を持つ理由が分かった気がした。


 次元は基本、冴島家に受け継がれているものらしいが突然覚醒している例もいくつかある。特に魔法研究者ともなれば様々な魔法をコントロールしているため、ある日突然開花してもおかしくはない。


 だが、それでも冴島家以外代々続くものではなく、途切れるものではあるのだが……


「まぁ、互いに切磋琢磨して戦時中は乗り越えていましたからね。いずれ淳士君と杏ちゃんも同じように引かれ合うかもしれません」


 それに風雅は眉間にシワを寄せた。どうも淳士にだけは会わせたくないというのがまる分かりの表情だ。ヤキモチではなく、本能的に杏を取られてしまうと思うのだろう。


 そんな息子の素直な反応に良秋は内心クスリと笑った。こういうところも自分の愛妻にそっくりで、だからこそ安心させてやりたいと思うのだ。


「ですが杏ちゃん、君は淳士君のことをどう思っていますか?」


 そこで聞くのかと風雅の機嫌はさらに急降下した。だが、こういった質問にいつもなら慌てる杏も良秋が相手だからか、隠しても無駄だと分かるからなのか素直に答えた。


「……早くお会いしてみたいと思います」

「本能的にでしょうか」


 次元を持つ者同士だからかとは問われなかった。原因はそうなのかもしれないが、それ以上に感じる何かがあるのかと、そう問われている気がした。


「はい、会わなくてはならない気がして……」


 いずれは会うことになると分かってはいる。ただ、会いたいというより会わなければならないと思う気持ちの方が強いのかもしれないと杏は思う。


 その答えに良秋はやはりそうなのかと思った。だからこそ次元に捕われてほしくないと思った。


「余計なおせっかいかもしれませんが、次元を持つ者は必ず引かれる運命にあります。ですが、それが必ずしも恋情とは限りません。とはいえ、少なくとも杏ちゃんが淳士君に対しては憧れを抱いてるには違いありませんが」


 逆に淳士は「絶対守らなければならない妹分」だと胸を張って言われたが、少なくとも彼は恋情としては捉えていなかった。

 ただ、彼も早く会いたいと心待ちにしているのだが、トコトン杏と擦れ違っているのである。


「いずれそのことで風雅君もヤキモキするかと思います。寧ろ敵なら君達の気持ちを利用してくる可能性が高いでしょう。ですが杏ちゃん」


 穏やかに笑ってポンと綺麗な手が頭に乗せられると、先程とは違って杏の頬は朱色に染まった。

 やはり風雅の父親というところか、穏やかな笑顔は彼譲りだったらしい。


「君は誰よりも風雅君を幸福にしてくれています。なので自信を持って一之瀬家に嫁いで来て下さい。風華さんもとても楽しみにしていますから」

「あっ……」


 記憶を辿れる力で先程の自分を見抜かれたのだと思った。だが、不思議と嫌な感じはなく寧ろ安堵さえ与えられた気がした。それも良秋の魅力なのだろう。


「では、僕は失礼します。それと杏ちゃんに……」


 ポンとピンクのリボンが付いたクッキーの袋が現れたかと思えば、その愛らしさに杏はウサギ化した。入ってるクッキーは可愛らしい表情をした動物シリーズだったのである。


「僕が作ったクッキーです。それと連絡先も書いておきましたので、いつでも連絡して下さい。出来れば風雅君より我が儘を言ってくれると嬉しいです。特に僕と遊んで頂けると」

「良いからさっさと仕事しろ」


 事態が事態だろうと風雅はピシャリと言い切った。そして、いつもならそこでもう少しだと駄々をこねるが、今日ばかりはそうも言ってられないため良秋はヒラヒラと手を振ってその場から消えた。


「全く、父さんは……」


 余計なおせっかいだと思う半面、どこかこちらまですっきりさせられている。少なくとも杏を疑うなと言われた気がしたのと同時に、杏の心は自分に向いてると言われたような……


「でも、とても素敵なお父様で羨ましいです。風雅様のお母様も」

「会わせたくないな」

「えっ?」


 ウサギ化が解けるには充分な言葉だった。もしかしたら母親との関係が悪いのかと内心思ったが、それはある意味悪いというのが正確だった。


 理由は簡単、淳士は殴れるが母親は殴れない上に倍返ししてくるからである。


「母さんは本気でジェニーより強い。つまり淳士さんより実力は上。しかも性格は女王」

「えっ、えっと……」


 それは厳しい人という意味なんだろうか……、と杏は思う。だが、実際は杏に対しては半端ない独占欲を見せるに違いないと風雅は危惧していた。

 今まで会ってないのも彼女が多忙だからと、良秋がやんわり止めてくれてるからだろう。


「とにかく結婚するまで会わせたくない。俺は計画的に杏と幸せな家庭を築きたいからな」

「えっと……」


 若干狂うところはあるかもしれないが……、というのは心の中で付け足す。それだけ杏に引かれていってるため、中学卒業まで手を出さないという自信がないためだ。


「さて、とりあえず昼飯にしようか。だが、次の授業はサボるしかないな」

「あっ、もうこんな時間……」


 さすがに十分足らずで昼食というわけにはいかない。さすがに教師達も来客が財界のトップとなれば見逃してくれるだろう。

 ならば目につかない場所でゆっくり寛げる場所、おまけに誰にも邪魔されないといえばあそこだけだ。


「とりあえず指令室にいこうか。二人きりになれるしな」


 二人きりと言われた瞬間、杏はポンと真っ赤になった。良秋に自分の恋心を知られた性か、それともしばらくは二人きりという時間があまり無かった性か意識してしまう。


 当然、風雅様はそれを見逃すはずもなく、いつものように杏をからかって堪能することにした。


「どうした? 顔が赤いぞ?」

「うっ、み、見ないで下さい!」

「どうしてだ? 可愛い顔してるんだろう?」


 だから見たいと片手で顔を上げれば、風雅は一瞬のうちに空間転移して指令室へと飛んだ。こんな表情をさせてもう離すわけにはいかない、そう思ってきつく杏を抱きしめた。


「ふ、風雅様……!」

「杏……、俺のことをどう思ってる?」


 いつになく真剣な声に杏の心臓は激しく高鳴った。周りは静か過ぎて二人の音だけが鮮明に聞こえる。


「答えてくれ。俺は杏が好きだ」

「あっ……」


 何かが溶けていく気がした。前までの自分なら風雅にふさわしくないとすぐに引いていた。だが、今はそれ以上に風雅の傍にいたいと思った。


 淳士には会いたい、次元を持つからではなく本能的にそう求めている。しかし、風雅と明らかに違うのは胸がしめつけられるほどの切なさがないことだ。


 ならばこのまま飛び込んでしまいたいと、杏は心からそう思った。


「私は……」

『風雅ぁ〜!! 淳士だぞ〜!! 出てくれ〜!!』


 何て間の悪いタイミングだと思った。だが、今は構ってられないと風雅は無視して杏に返事を聞こうと詰め寄った。今を逃せば野外活動が終わった後にしかチャンスがないと思ったからだ。


「杏」

『風雅ぁ〜!! 出てくれ〜!! そっち行きた〜い!! 杏に会いた〜い!! 杏のプリンも食べた〜い!!』


 ブチっと何かがキレた。出るまで止めるつもりはないらしく、下手をすれば出鱈目な念波まで飛ばして来るのが冴島淳士だ。何よりこのタイミングで来られては困る!


「えっと……、淳士様からですから……」


 さすがに出た方が良いのでは……、と杏も促した。何かあったら大変だと、こんな時に冷静になれる自分が少しだけ残念だと杏は思う。


 そして、風雅はスッと腕を緩めるとパソコン画面の前に座り、それはどす黒いオーラを放ちながら怒りをあらわにした!


「今すぐ死ね!!」

『すまない風雅。今黙らせた』


 画面に映ったのは注射器を持った慎司だった。CROWNの恥だと東吾の声も聞こえるあたり命じたのは彼なのだろう。

 だが、今の風雅は慎司相手でも容赦なかった。


「じゃあ、邪魔なんで今すぐ切らせて下さい。今から杏を押し倒す予定だったんで」

『よし、絶対切るなよ』


 間髪入れず慎司は突っ込んだ。任務前に連絡を入れて正解だったと心から思う。一線だけは兄貴分として超えさせる訳にはいかない。


『あと、杏とも話したいから顔出してくれるか? 桐沢さんとオペが終われば夏音姉さんも少し話したいって言ってたからさ』

「桐沢さんと夏音姉さんが?」


 CROWNの部隊長が二人揃って何事なのかと風雅は眉間にシワを寄せるのだった。




おまたせしました☆

合宿も終わり隆星が魔法学院に来たところからお話はスタートです。

実はオトメンスキルを発動するという、お話の中では貴重な男子です(笑)


そして、杏と良秋も会えましたが、何だかいろんなことが出てきたような……

実は杏の両親はSHADOWにいたとか……


そんなこんなでまだまだ続きます☆

次回もお楽しみに☆



〜シスコンの兄を持つと……〜


桜「はぁ……」


駿「ん? 桜ちゃんどうしたの?」


桜「駿さん、お兄ちゃん達、もう少し何とかならないかな……」


駿「ああ……、でも涼君はまだ喧嘩とかするしそこまでシスコンは感じないけどな」


桜「はい、涼お兄ちゃんは確かにそこまでないんですけど……、はぁ……」


修平「どうした、桜。いつもに増して溜息ついて」


駿「上二人のシスコンに困ってるんだって」


修平「ああ、ありゃ確かにな。てか、今回はラブレター貰ったからって慎司さんがCROWN動かした訳じゃないだろ?」


桜「はい、アレは怒りました! 何で皆さんも乗っちゃうのか……」(※シスコン慎司に脅された&桜に悶えてるメンバーだから)


駿「じゃあ、淳士さんは何したの?」


桜「東條家に乗り込んで私を渡さないと蓮さんのおじい様と散々言い争った後、二人して苛立ったからって密輸団を一つ壊滅させたそうです」


修平「はっ?」


桜「さらにその後、言い争ってもお互い譲らないからと東條家のサウナで我慢大会になって」


駿「えっと……」


桜「拉致があかないからとおば様が夕食をご馳走したら仲直りして、そのままおじい様の部屋にお泊りさせてもらったそうです」


修平「おい……」


桜「もう人のことを何だと思ってるのか……!」


修平・駿「「分からなくていい(よ)」」




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