第三十八話:残された記録
華やかなパーティーが杏は嫌いだった。両親に連れられていった最後のパーティーも同じように華やかで、自分に危害を加えて来るクラスメイトの姿がちらほら見える。
しかし、さすがに各界の大物達が来ていたためか、基本、杏のことは目に留まっていても無視といったところ。
そして、何やらこのパーティーに超が付くほどの大物が来たらしく辺りがざわつき始めると、珍しく母も挨拶に行くからと杏に告げた。
「杏、少しだけここで待っててくれますか?」
「はい」
杏がそう答えるのもこちらに気付いた大物が久し振りだと小さく手を挙げたから。その印象がとても穏やかな紳士で杏は好感を抱いた。
そして、母がその紳士の元へ向かう最中、突如として会場の証明が落ちたかと思えば、至る所から銃声や爆発音が聞こえてきて辺りは悲鳴と怒声に包まれた。
「お母様っ!!」
「動くな、伏せていろ」
男の人だとだけその声で分かったが、すぐさま彼の気配は消えて今度は打撃音が頭上で聞こえて来る。間違いなく、魔法議院の戦闘官が戦っているのだと杏は悟った。
そして……、杏が目覚めた後、彼女は辛い現実を突き付けられた。
「大変残念ですが、ご両親は昨夜の事件で殺害され……」
「っつ……!!」
「あなたが殺したのよ」
振り返れば百合香がいた。その表情はいつもと変わらず優美なままだ。
「あなたがいたからご両親は亡くなったの。分かるでしょう、杉原さん?」
「あっ……」
「杏、大丈夫だ」
声が聞こえたと思えば杏の視界は崩れる。そこにいたのは当時、まだ出会っていない者の顔だった……
静寂に包まれた朝だった。宝泉家での合宿最終日に見た夢は杏が涙を流すには充分過ぎるもの。今まで何度も見てきた夢だが、大丈夫だと夢の中で言われたのは初めてで……
「大丈夫、怖くないよ……」
「えっ……?」
ふわりとシャンプーの香が杏を包み込んでいた。どうやら夢見の悪い自分を抱きしめてくれていたのだと思ったが、その状況がおかしいと彼女は数秒後に気付いた。
「ジェニー様っ!?」
杏は真っ赤になってその名を叫んだ! そう、彼女を抱きしめて眠っていたのは下着一つ身につけていないジェニーだったからだ!
だが、さらなる混乱が襲い掛かる。時刻は朝の五時前、そしてここは宝泉家で合宿中となれば……!
「おい、ジェニー!! 早朝練に付き合……!」
「隆君……!」
もうどこから説明すれば良いのか検討もつかない。裸のジェニーか自分がここで眠っていることか、それともこの状況を見ている隆星か。
しかし、この騒動の一番の元凶は扉を開けたまま、固まっている愛弟子に全く気にした様子もなくその体を起こした。
「ん〜? もう朝かぁ、リュウ……」
「っつ……!! お前はいろいろ何やってんだぁ!!!」
真っ赤になった隆星の叫び声と共に、合宿最終日の朝は始まった。
軽い早朝練習の後、食堂で皿を並べている隆星の機嫌は低空飛行だった。しかし、それを全く気にしないのがジェニーである。
「リュウ〜、そんな怒んなよ。キョウと寝てただけだろ?」
「杏を自分の部屋に連れ込んで裸で寝てれば犯罪だってんだ!! てか、俺だって中一なんだから少しは恥じらいを持て!!」
「ん? 奏の前でも平気だが?」
「アホかぁ!!」
いくら何でも十八歳の高三男子の前ではマズイなんてもんじゃない! しかも奏は昔からジェニーに惚れてる訳で理性が飛んだらどうするつもりだと思う。
だが、健全な中一男子達の反応は隆星とは全く違うものだった。
「隆、別にラッキースケベに出会ってんだから良いじゃねぇか」
「確かに、羨ましいっスね」
「おっ、マサキとスバルは話が分かるな。健康な証拠で姉さんは安心だ」
「だろ?」
「どもっス!」
絶対褒められてねぇよ……、と隆星は心中で突っ込んだ。それにしても、昴のコミュニケーション能力は非常に高いらしく、自分ともジェニーともすっかり昔からの知り合いかのようだと思った。
「てか、隆は見るだけで触ったことねぇのか?」
「それがな、一緒に風呂に入ってもすぐに出るんだよな」
「ええ〜、隆ちゃん勿体ないっスよ!」
「馬鹿野郎! んな会話、真央監督に聞かれたら……」
ブリザード到来。目の前にいる二人の顔が青ざめているということは……、と隆星は壊れた機械のように後ろを振り返れば、そこには満面の笑みで仁王立ちしていた真央がいた。
「そこの三人、御飯前に宝泉邸の外周行ってこい」
「なっ……!!」
「逝け」
「はいいいっ!!!」
三人は食事の準備を切り上げて、猛ダッシュでその場から消え去った。行かなければ逝くことになる!!
そして、真央は三バカに一つ溜息を吐き出すとジェニーに謝った。
「うちの三バカがすみません」
「いや、あれくらい構わないさ。それに女の裸ぐらい見慣れてなければ戦闘官は務まらないし、次の練習試合の相手は慎司達だけじゃないからな」
「えっ?」
どういうことだと真央は目を丸くすると、ジェニーはニヤリと笑って答えた。
「ミズニワが出血大サービスで魔法学院二軍との練習試合時、カズトとショウコを入れると言ってきたぞ」
「なっ!?」
それって一軍レギュラーじゃ、と言いかけた瞬間、軽い早朝練習を終えたメンバー達がぞろぞろと食堂に入ってきた。
「腹減ったぁ!」
「あれ? 雅きん達は?」
食事当番じゃなかったっけ、と藍は首をかしげると、ジェニーが答えた。
「ああ、三人とも外周に行ったぞ」
「ああ……」
それだけであの三バカが真央の地雷を踏むような事をしたのかと悟った。本当に少しは学習してもらいたいものだ。
そんな呆れムードが漂う中、風雅はジェニーの前に進み出ると朝から風雅様モードを発揮した。
「それよりジェニー、人の婚約者とよくも添い寝してくれたな」
「何だ、羨ましいのか」
「当たり前だ。俺が連れ込む前に拉致されたんだからな」
それってジェニーがファインプレーなんじゃ……、と一行は思う。幸いにも、当人は桜と厨房で朝食の準備中のため聞かずに済んだが。
だが、いつもなら押し切る主張も、風雅の独占欲が人の倍以上強いと分かっているためジェニーは謝った。
「そうか、それは悪かったな。じゃあ、今夜はウミと寝ようかな」
「ダメです」
今度は祥一が止めた。それ自体はもっとも正論に近いが、答えは安定の祥一である。
「海は俺のお嫁さんになるので俺が責任持って大人の階段を」
「いっそ地獄へ急降下して下さい」
『いや、しちゃったよ!?』
一瞬のうちに祥一は苦無でサボテン状態にされた。ただ、今の発言は間違いなく祥一が悪い。
そんな応酬にジェニーは笑いながら少し前の事を思い出した。
「本当、アツシやシンジとはえらい違いだ」
「……ちなみに兄貴達はどんな反応だったんだ?
何となく慎司は予測出来るが……、と涼は思う。少なくとも彼は医療戦闘官という精神を中学生の時、既に身につけていたぐらいだからだ。
「シンジはやっぱり医療戦闘官だったからな、すぐさま怪我に気付いて治療を施してきた」
「何て言うか……」
「ああ、さすが慎司さん」
面倒見がいい、理想のタイプは妹、兄が淳士だと細かいところについ手が届いてしまう、ということを知っている修平と駿はひどく納得した。
もちろん、彼にとってもジェニーが姉貴分であり、幼い頃には一緒に風呂に入っていたこともあったため、一般的な反応がなかったとも言えるが。
「だが、アツシはな……」
あれは予想外もいいところだった、とジェニーは苦笑いを浮かべる。幼い頃はともかく、中学生であの反応はさすがは「キング・オブ・デタラメ」である。
「夏音、肉まん!!」
「へっ?」
誰もが予測していない答えに全員目を丸くした。しかも裸のジェニーを前にして夏音が出て来るのも意味が分からない。しかし、それが淳士が淳士たる由縁である。
「人の胸見て腹が減った、肉まん食いたいだったな」
「訳分かんねぇよ!!」
どれだけ食欲魔神なんだと涼は改めて思った。しかも中学生でその答えなら、今は「桃まんも追加!」とでも答えそうで怖い。
「まぁ、それくらいの耐性を持ってなければ魔法学院の次の練習試合、絶対に勝てないぞ」
「それって……」
「ああ、マオにはさっき言ったが、ショウコも参戦して来るからな」
魔法学院でショウコと言われて気付くのは中学二年以上の者達。中一組は全く面識のない者達ばかりだった。
「そのショウコって……」
「ありました」
すぐさま海はパソコンを開いて答えた。相変わらず情報に関しては抜け目がなく、答えはいつも一瞬のうちに返ってくる。
「服部翔子、現在魔法学院高等部二年生で桐沢さんの情報部隊に所属している戦闘官です。魔法学院一軍レギュラーで、基本は女子個人戦に出場しています。去年は全国二位の実力者みたいですね」
ちなみに一位は海宝の周防千波先輩です、と続ける。しかし、敗因も元々の体力差があるからという判定負けで、どっちが勝ってもおかしくはなかったということ。
ただ、それと女の裸の耐性というのはどうも結び付かず、涼はもっともな質問をした。
「でもさ、何で女の裸の耐性がいる訳だ? 高等部の胴着を着るなら俺達と変わらないだろ?」
「ああ、服装はな。だが、ショウコはナツネが清純派だとすれば妖艶だからな。その罠に嵌まって情報をもらす男は多いぞ」
「ん〜、俺は夏音姉ちゃんより美人なんてそう会ったことないぞ?」
「ハハッ、涼は問題なさそうだな」
どちらかと言えば涼は可愛い系が好みだ。女の妖艶さを理解するには少々早かったらしい。タイプという点では蓮も同じかもしれない。
では、風雅や祥一ではどうなのかと、海のパソコン画面を覗き込んでいる二人の反応はかなりあっさりしたものだった。
「美人には違いないが、俺は好みじゃないな」
「ああ、海の方がペッタンコだけど可愛いよ」
「もう死んで下さい」
『いや、死んじゃったよね!?』
今度は刹那だった。毎度の事ながらそろそろ学習すれば良いと思うが、彼は自らサボテンにされにいっている。
そんな騒がしい食堂に昨夜はEAGLEの任務で宝泉家にいなかった烈と奏が入って来た。
「ただいま」
「おはよう、皆」
「チッス!!」
さすが体育会系、朝の挨拶も気合いが入ってる。しかし、そこには昨夜二人と任務に出ていた真太郎と綾奈、さらに三熊の姿がなかった。
「ん? シンタローとアヤナは?」
「明日から海宝に入るから三熊先生と高校に行ってる。テストもあるらしいから早くから行かないと終わらないみたいでね」
「二人とも優秀なんだからTestぐらい免除すればいいのにな」
ジェニーの言うとおり、真面目な二人の成績は間違いなく海宝でもトップクラスだ。しかし、特進クラスに入るにはどうしても必要なものらしい。
なんせ高三の特進クラスには烈や奏はもちろん、他のEAGLE所属のメンバーもいるため、高校としても実力の証明は必要とのこと。
「気持ちは分かるけどね。二人ともEAGLEに負担をかけないように学費免除にしたいみたいでさ」
「なるほど、奥ゆかしいなぁ」
そうジェニーは関心するが、真太郎とすっかり打ち解けていた涼は常識人の二人がそれを選びたくなる一言を聞いていた。「EAGLEもCROWNと同類だったよ」と……
そんな会話を繰り広げている中、食堂に三バカと称された雅樹達がなだれ込むかのように入って来た。
「た、ただいま……」
「走って来たっス……」
「メシ……」
ああ、完全に逝ったな……、というのは全員の意見。猛ダッシュで宝泉家の外周に行ってきたのは湯気が出ていることで充分過ぎるほど伝わって来る。
しかし、忘れてはならないことがある。今日、三人は食事当番を言い渡されていたのだ。
「おかえり。さっ、汗を拭いて手を洗って食事の準備ね!」
「なっ……」
真央から言い渡された死刑宣告に三人は崩れた。やはり逝けということだったらしいと……
「ほら、早く動く! ご飯食べたら明日から学校なんだから冴島家に戻るわよ」
「えっ? 帰るんですか?」
練習はどうするんだというのは全員の意見。もちろん、冴島家に戻ってもトレーニングルームがあるため充分練習出来るが、合宿をするなら宝泉家の方が環境には恵まれている。
「ええ。まずは祥一さんと海ちゃんは海宝まで戻らないといけないからね。あまり合宿疲れを残すと来週、海宝は困るみたいだから」
それには一行も納得した。元々、祥一が魔法学院に来たのも水庭からの命令だ。それに監督兼選手の美咲がいるとしても、主将不在をいつまでも続けるわけにもいかないのだろう。
だが、魔法学院の面々はすぐに帰らなくても良いのではないかと思ったが、その理由は隆星と中二メンバーにあった。
「あと、私達が戻る理由は遠山君が明日から魔法学院に通うからその準備をさせるためと、修平、私達は来週のいつから野外活動だっけ?」
「あっ……、駿、いつだった?」
「……明後日だ」
野外活動があるとは分かっていた。だが、いつかまではすっかり頭から抜け落ちていたのである。つまり自分達もきちんと学生生活を送らなければならない訳だ。
だが、約一名それに不満を漏らす風雅様がいる。自分は中学二年生、杏は中学一年生だということは……
「杏と離れるぐらいなら野外活動はパス」
「すんじゃねぇよ。杉原! ちょっと来い!」
修平が厨房にいる杏を大声で呼ぶと、杏は何だろうかと思いながらも大皿を抱えて出て来た。
そして、それをテーブルの上に置くと何やら風雅と若干揉めていそうな雰囲気を悟る。
「どうしましたか?」
「ああ、風雅を野外活動に行くよう説得してくれ。魔法学院はエスカレーターとはいえ、特進クラスは野外活動も単位になるからな」
「別に課題をやれば良いだろう?」
「それで試合返上になったら困るんだよ!」
修平の言うことはもっともだ。学年ごとに行事が違うため、これからも杏がいないからサボると言われては学院側も困るに違いない。
それを察したのか、杏は彼女らしい言葉を選んで説得することにした。
「あの、風雅様……」
「何だ?」
「野外活動には行かれた方が良いかと思います。学生生活は一度きりですから、一度しかない経験をしないことほど勿体ないことはございません」
「ああ、そうかもしれないが野外活動に行かないのも一度しかない経験だろう? それこそ滅多にない経験だ」
さすがは風雅様、そう言い返して来るかと思った。誰もがやらないことを味わうのも一つの経験だという理屈は確かにある。
しかし、杏はそれを認めつつもふんわりと笑って返した。
「はい、ですが修平先輩達と過ごす野外活動も一度しかない経験です。きっと、風雅様と一緒に過ごして頂いた方が皆さんも嬉しいと思います」
一行はさすが杏だと思った。これなら風雅も折れてくれるに違いないと思ったが、それも風雅にとっては予測の範囲内だったらしい。
「確かにそうだが、修平達とはまたの機会にでも野外活動らしいことは出来るよ。それより杏と過ごしたいんだ。杏は寂しくないのか?」
「えっと……」
まずい、これでは風雅様のペースになってしまうと明らかに杏の劣勢を誰もが悟った。
しかし、今回何よりも助かったのはそこに高校生達がいたことである。我儘を言う弟分を上手くのせる方法を烈と奏は知っていた。
「風雅、杏が困ってるからお前はちゃんと野外活動にいけ。班のリーダーじゃないのか?」
「リーダーは真央ですから問題ありません」
「そうか。だが、そんな我儘をいう男じゃ杏が愛想尽かす可能性はあるな。少なくとも淳士は野外活動にはちゃんと行ったぞ? 結婚するなら出鱈目でも我儘言わない方が良いだろうなぁ」
烈の一言に風雅は固まった。愛想を尽かすは効くらしい。そして、さらに追い撃ちをかけるかのように烈は続ける。
「あと魔法学院の野外活動のオリエンテーリングの優勝商品、確か淳士が優勝して夏音に渡したらその後のイチャイチャが半端なかったって東吾から聞いたなぁ」
「そういえば、それがきっかけで結婚したってカップルが多いとは聞くね。お土産に後輩に渡して上手くいった事例もあるみたいだし」
奏の付け加え分も風雅にとってはかなり効いた。これはあと少しで折れるな、と判断した駿はにっこり笑ってトドメを刺すことにした。
「杏ちゃん、やっぱり風雅からオリエンテーリングの優勝商品プレゼントされたら嬉しいよね?」
嬉しいと答えて欲しいな、というのは視線で分かる。修平に至ってはそれ以外は答えるなというプレッシャーすら感じられた。
その気持ちが痛いほど伝わって来たのか、杏の答えは一つしかなかった。
「は、はい。とても嬉しいです」
「分かった。オリエンテーリングをさっさと済まして帰って来る。待っててくれ」
あくまでもそれ以上は譲る気はないということだが、そこは真央が何とかしようと思った。要するに勝負させる項目を増やせば良いのだから……
そして、駄々をこねる弟分を辛うじて説得したところで、彼等は朝食へと移行するのだった。
その頃、海宝高校で転入試験前に職員室に寄っていた真太郎と綾奈はとても意外な人物に会っていた。
「良秋さん」
真太郎が声をかけた人物はつい先日、CROWNとEAGLEの合同会議で出会った風雅の父、一之瀬良秋だった。
その声に振り返った良秋は穏やかな笑みを浮かべて二人に挨拶した。
「こんにちは、真太郎君、綾奈ちゃん」
いかにも物腰穏やかな紳士といった良秋に二人も頬が緩む。あの風雅の父親だとは思えないほど、とても親しみやすい人だと二人は思った。
そして、二人は良秋の元に行き頭を下げて挨拶する。
「先日の会議では良くしていただいてありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
本当に腰の低い人だと真太郎は思う。それも財界のトップに立っている人物のイメージには程遠く感じられるほどだ。一般の目から見れば、さぞ意外過ぎる光景なのだろう。
「お二人は転入試験ですか?」
「はい。良秋さんはどうしてここに?」
行くとすれば魔法学院だと思う。それにEAGLEに用事があるならEAGLE本部に出向くのが普通だ。
また、三熊に用があるなら良秋の性格上、きちんとアポを取って会いに来るだろう。
そんな二人の憶測の答えは、予想もしなかったものだった。
「杏ちゃんの実の両親の記録を手に入れに来たんです。とはいえ、手掛かりの残骸でしたが」
「えっと、確か杏の両親は亡くなったと……」
それなのに何故いるのかと思う。しかも海宝高校出身だったという話も聞いたことがなく、事実、杏の両親は海宝出身ではない。
だが、良秋は記録の残骸を手に入れることが出来るのではないかと思い、それを手にしているのだ。
「ええ、確かに亡くなっています。二人とも戦友ですから間違うはずもありません」
そうだったのかと思う。しかし、杏の治療魔法の才能を見れば、杏の両親が良秋の戦友というのも納得出来るものだ。
いくら次元があるとはいえ、コントロール出来るスキルがなければ治療魔法は上手く使えないだろう。
「なので確かめに来たんです。今回の案件、二人の……!!」
三人は瞬時に校舎の外へ飛び出した! そして、襲い掛かって来るのはかなりの訓練を受けた戦闘官達。これは本気で掛からなければならないと真太郎と綾奈は魔力を解放する!
「真太郎君! 綾奈ちゃん! 防戦に専念して下さい!!」
「ラジャー!!」
良秋の命令が飛び、二人は襲い掛かって来る戦闘官達に防戦態勢を取った。一人につき三、四人を相手にするとなれば迂闊な攻めは出来ないからだ。
しかし、一番の理由は二人が相手をするのに多少手こずる相手でも、良秋にかかれば充分過ぎるほど勝ち目のある敵だったからだ。
「一之瀬良秋、貴様を抹殺させてもらう」
「それは困ります。愛する風華さんと可愛い風雅君を残したまま死ねませんし、何より」
「なっ……!」
バタバタと戦闘官達が倒れ始めたかと思えば、喉元に苦無が突き付けられ、さらに魔力の枷で動きを封じられる。それは真太郎と綾奈のまわりにいたものも同じで、ただ一人だけ意識を保っていた。
「あなた達では実力差があり過ぎて僕には勝てません」
見えなかった、というレベルではない。もはや奇術と言った方が正しい、そういった魔力が働いたとしか表現のしようがなかった。
それは真太郎達も同じで、良秋が味方で良かったと心から思った。間違いなく、彼は魔法覇者という次元を超えた存在だった。
「くそっ……!!」
「もがいても無駄です。そして貴方に命令を下した人物を探らせてもらいます」
「そのような」
「ことが出来るんです。魔力の残骸から情報は得られますから」
おそらく自分を襲うということはそれなりの人物だろうと、良秋は男が出会った者達の魔力の残骸を辿っていくと、その犯人はいきなり男の後頭部を撃ち抜いて来た!
「良秋さん!!」
「おっと、動かれては困るな」
ゾクリ、と悪寒が走ると同時に真太郎と綾奈が後ろを振り返ろうとした刹那、良秋が神速の速さで襲撃して来た者に蹴りかかった!
しかし、その蹴りを難無くかわす男がこの場に現れたのだ!
「さすがは一之瀬良秋だ。SHADOWに所属していただけはある」
現れたのは四十代くらいの男だった。無駄なく鍛えられた細身の身体と次元の違いを思わせる魔力と威圧感、そんなものを持つ者は……!
「どういたしまして。ですが、魔法覇者である貴方が何の御用でしょうか。確かお名前は……」
そう言って数秒が経過した。どうしたんだろうかと思うが、その理由は至極単純なものだった。
「すみません、どちら様でしょうか」
ひどく真顔でそう答える良秋はやはり大物だと思った。普通、魔法覇者の名前を知らない大人はそういるものではなく、戦闘の場面でそう答えれば抹殺ものだ。
しかし、目の前の魔法覇者はすぐ熱くなるタイプではなかったらしく、寧ろ良秋の実力を知っているからこそすぐには動かなかった。
「今度組織されるLIGHTの瀬川皇生だ」
「ああ、そういえばSHADOWに対抗する組織にLIGHTが作られると言ってましたね」
影に対抗するから光とは随分安直な発想だが、人選は本気でSHADOWのトップである冴島蒼士を潰すメンバーを揃えて来てるとつい先日、CROWNとEAGLEの会議で聞いていた。
確かに、いつもの実力のない戦闘官だけではなく、魔法覇者を使って来るあたり説得力はある。
「それでLIGHTの皆さんが僕に何の御用でしょうか」
「海宝に残された杉原が構築した記録媒体の奪取だ。あの一族に関することは国のトップシークレットだからな」
「なるほど。ですがここに残したことに気付かないなんてあなた達の情報収集力は低いんですね」
「魔力の残骸のみで気付くのはお前ぐらいなものだ。何故、その力を国のためではなくCROWNとEAGLEに手を貸すのか……」
「彼等が僕達の希望だからです。それと国のためではなくあなた達のためと言い直して下さい。国民のために働く人達に失礼です」
完全に挑発だと分かる物言いだった。しかし、目に見えない魔力のぶつかり合いは互いが一流の戦闘官であると真太郎達は感じていた。とてもじゃないが手出し出来ない。
そして、そのやりとりは長く感じても実際には短時間で終わり、瀬川があっさりと妥協した。
「……良いだろう、今回は引くとしよう」
「おや、引いてくれるのですか?」
天下無敵の魔法覇者ならもっと突っ掛かってくるものかと思っていたが、どうやら同じ魔法覇者でも淳士より好戦的ではないらしい。
いや、淳士よりある意味好戦的な魔法覇者を彼はよく知っている訳だが……
「ああ、さすがにお前にいま手を出せば桐沢東吾が率いるCROWNが一斉に掛かって来るものでね。さらにお前とここにはいないが、どこから現れるかも予測出来ない冴島淳士相手では負が悪い」
「ならば尚更、貴方を捕らえると言えば?」
実力でいえば、良秋は魔法覇者と遜色なく、一之瀬当主でなければ充分その資格を持つ男だった。
しかし、相手は現魔法覇者でこちらの一番のリスクにも気付いていた。
「標的が杉原杏に向くか、それとも竜泉寺夏音を捕らえ今度こそ冴島淳士の次元を暴走させるかだ。唯一、それを止める可能性がある冴島蒼士はまだ戻れないだろう?」
表情に出すことはなくとも、それは正解だった。冴島蒼士は魔法界の英雄的存在であると同時に、もっとも敵が多い人物でもある。
だからこそ彼は闇の世界でまだ戦うことを選ばなければならなかった。全ては彼の希望のためで……
「……仕方ないですね。行って下さい」
こちらの手に入れたいものは無事ならばと良秋は見逃すことにした。それに瀬川は微笑を浮かべると床に散らばっていた部下達と一緒にその場から消えた。
そしてその直後、瀬川が感づいていたとおり東吾が彼の部下と共に姿を現した。
「良秋さん!!」
先日と違って本日は戦闘官の正装ではなく黒ずく目の隠密姿だ。それだけ東吾といえども慎重になっていたのだろう。
ただ、良秋は任務完遂とはいかなかったことを謝った。
「東吾君、すみませんでした。敵を捕らえることは失敗しましたね」
「いえ、無事で何よりでした。ですがどうしてここに?」
「はい、今は少しでも情報が欲しいところでしたからね。敵の繋がりを全て解析するために今回、水庭君から海宝に行くように言われました」
そう笑顔で良秋は答えるが、東吾は青くなった後怒りが込み上げてきた。あの男はよりによって元自分の上官であり、財界のトップを危険な目に合わせたというわけで……!!
「CROWN! 整列っ!!」
東吾の一声で一直線に並ぶあたり、かなり東吾の指導は行き届いているらしい。しかもその部下は当然彼より年上だが、彼が上司であることに一切の不満がないのだ。
そして、桐沢部隊が整列してやることは一つだけ。
「うちのボスが御迷惑をおかけしてすみませんしたっ!!」
「すみませんでしたっ!!」
直角九十度のお辞儀は桐沢部隊には必須だった。いつも彼に迷惑をかけるメンバーの集まりなのだ、CROWNは!
しかし、謝る相手は良秋だということを忘れてはならない。彼はさらに丁寧にもその場にひざまずいて頭を下げた。
「いえいえ、こちらも御手を煩わせてしまいまして……」
「良秋さん!!」
「頭を上げて下さい!!」
「そうです!! 悪いのはうちのボスです!!」
「今度皆で叱っておきますから!!」
「誰を叱るって?」
ビキッ!と一行は石化した。そして、恐る恐る振り返ればそこにはサングラスをかけた彼等のボスが立っていた。
しかし、彼等の隊長は幼い頃からの付き合いの性か、未だに怒りは収まっていない。寧ろ、突っ掛かる勇気の持ち主だった。
「あんたな……! 良秋さんに何かあったらマジでどうする気だったんだ!!」
「どうにもならねぇよ。師匠とやり合える数少ない男だぞ?」
「瀬川が出て来てやり合ったら怪我ぐらいするだろうが!!」
「ん? あのオッサンがもう出て来たのか?」
それは悪いことをしたな、と水庭は謝った。良秋が負けるとは思わないが、東吾とやり合えばこちらの被害は少なからずともあったからだ。
だが、一番謝らなければならないのは別のことだと、水庭は真太郎達に向き合った。
「それより真太郎と綾奈、巻き込んで悪かったな。校長に事情は説明しといてやるからすぐ試験を受けに行ってこい。受けられず陽菜に怒られるのは悪いしな」
というより、いきなりこんなことに巻き込んで学費免除の試験が受けられませんでした、などと言った日には間違いなく水庭といえども勝てる気がしない。
それを数日とはいえ察したのか、二人は一礼して瞬時にその場から消えた。
そして、水庭は良秋の元へ向かうと、彼は海宝で手に入れた記録を水庭に差し出す。
「どれだけ残っているかは分かりませんが、水庭君達なら活かしてくれると思います」
「ああ、助かる。ってことで東吾、これはお前が解析しろ」
「なっ!?」
「国どころか魔法界の機密事項だ。無くすんじゃねぇぞ」
あまりにも軽く機密を渡して来る水庭に東吾はわなわなと震え始めた。もう何処から突っ込んでいけば良いのか本人ですら分からないが、いつも出て来る言葉は同じだ。
「おい、これ以上仕事増やす気かよ……!!」
「ああ、確かに部活しながらじゃきついな。だったら判子捺すぐらいなら翔子にやらせろ。ほら、印鑑」
「貴重品ばかり俺に渡すんじゃねぇよっ!!! つか、いい加減に仕事しろっ!!!」
東吾の怒声が海宝の校庭に響き渡る。だが、それでも事態は進んでいく……
お待たせしました☆
シルバーウィークも近いということで浮かれてる緒俐です♪
さて、またまたいろんな事件が絡んでいくと思いますが、話題によくのぼるこの話のもう一人の主人公、冴島淳士はちっとも登場してくれないという(笑)
彼を早く出したいのは山々ですが、第二部がまだ来ないからなぁ……
そして、風雅様達は野外活動へ。
学生行事が本当に似合わない中二だと思いますが、彼も学生なので温かい目で見守ってあげて下さい……
〜親の心配は尽きません〜
良秋「おや、水庭君どうしたんですか?」
水庭「ああ、うちの部下で娘が思春期で会話が少ないと嘆いてる奴がいてな、俺も人事じゃないとやけに言われてよ」
良秋「なるほど。ですがその点水庭君は大丈夫でしょう。随分尊敬されてますよ」
水庭「だといいがな。だが、俺より良秋さんは息子だがどうなんだ?」
良秋「……やっぱりうちに住んでないのは反抗期でしょうか」
水庭「いや、それは風雅にはあいつらがいるからだと思うが……」
良秋「でも、あまり連絡して来ませんし、この前はいきなり婚約者が出来たから文句言うなと言ってきましたし……」
水庭「あんたの妻の性格をまんま受け継いだ結果だろ……」
良秋「もちろん、杏ちゃんですからオッケーしましたけど、会いに行きたいと言ったら仕事しろと……」
水庭「財界のトップなら来るのを待てよ。てか、普通の親が自分の息子の彼女に会いに行く方が稀だからな?」
良秋「はぁ……、早く杏ちゃんを連れて来て欲しいですねぇ。孫の顔も」
水庭「頼むから息子が中学生だと自覚してくれ。てか、その歳から孫とか考えないでくれ。俺が凹む」(ボスは現在三十二歳)
良秋「親なら通る道ですが、やはり杏ちゃんをちゃんと紹介するようにとだけは厳しく叱るべきですよね。僕も甘やかしたいですし」(普段もとても甘い人&財界トップ)
水庭「杏が倒れるからやめろ。てか、風雅の言うとおり世の中のためにも仕事してくれ」