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CROWN  作者: 緒俐
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第三十七話:揃っていく役者

 午前練が終わった後、真央スペシャル基礎バージョンを受けたメンバーは当然死体となっていた。

 それは高校生達も例外ではなく、寧ろ高校生だからこそ死ぬ確率を上げられたと言った方が正しい……


 昨日の敵は今日の弟分と基本、兄貴肌の真太郎はよく中学生がこの量を熟したものだと感心しながら、側でぐったりしている涼に声を掛けた。


「涼……、お前達は毎日こんな基礎練を熟してるのか?」

「はい……、回避力を付けるため、らしいですけ……」

「涼おおぉ!!」


 遂に倒れた涼に真太郎は慌てて駆け寄った! やはり中学生がそう簡単に熟せる量ではなかったらしい。


 そして、そんな涼を見てまだまだ甘いと笑いながら、烈はこちらにやって来た。


「涼、そんなんじゃ俺達に……」

「お前の方がまずいだろうっ!!」


 顔を真っ青にして事切れた烈に真太郎は思いっきり突っ込む! 烈の体力なら中学生の二倍は出来ると言われ、彼はそれを確かに熟したのだがやはり真央スペシャル、死なない訳がないのだ。


 しかし、そんなメニューを考案してはいるものの、よく考えて組まれているものだと三熊には好評価だった。


「良いメニューですね。ジュニア選抜を目指すためにも中学生には基礎体力と回避能力は欠かせませんから」

「ええ、まともにやり合うだけじゃ勝てませんし」

「そうですね。ただ、若干試合後にしては量が多いように思われますが……」


 生きてる人間がいない、その光景にはさすがの三熊も同情してしまう。だが、指導者から見てやってることは間違いではないと思う。全てフィールド内で基礎練を行っているなら故障のリスクが低くなるからだ。


 それはさすがに真央も理解しているようだが、ちゃんとシバく理由があった。


「まぁ、故障しないギリギリですからね。でも、今シバいておかないと私達も来週、野外活動があるので」

「ああ、そういえば魔法学院は早い時期でしたね」


 ついついそういった行事は魔法格闘技をやっていると忘れがちだ。過去、真太郎や綾奈が来週から野外活動だと言われた時、慌ててメニュー変更を行った程で……


「では、その間のコーチは水庭君が?」

「予定ではそうなんですけど、もしかしたらジェニーさんに頼むかもしれません」

「そういえば帰国するんでしたね」

「はい、うちのパワーアタッカーには良い影響になりそうですし、杏ちゃんを守るには必要ですから」


 おそらく後者の方が大きな理由だと思った。淳士や烈でも互角といった実力を持つ敵が襲ってきた場合、当然それに対抗する力は必要となる。

 それだけ杏がこちらにとって大きなものなのだということは、昨日の次元の発動で実感させられた訳で……


「そういえば三熊監督も」

「はい、私はEAGLEの戦闘補佐官として雇われることになりました。ですが海宝高校の監督業も兼務させてもらいますので、何かあったら連絡を下さい。EAGLEを基本、自由に動かせますから」


 そういえばEAGLEのナンバー2は空席にしていたな、と真央は思う。それはいずれ真央か美咲に座らせるとEAGLE全体一致の意見だったが、三熊という参謀を活かさないほど自分の母親は愚かではない。

 今を守るためにも使える力を使うのが戦闘指揮官の役目だ。


「ありがとうございます。さて……」


 ピーッと笛の音が響く。それは地獄の第一段階がやっと終わったという合図だ。


「はい、全員死なずに集合!」


 既に死んでますが……、とは全員一致の心境。午前中はマッサージとイメージトレーニングと言われていた風雅と祥一でさえその悲惨さに若干青くなっている始末。

 しかし、死んでいる身体を引きずり、または引きずられながら一行は真央の前に集まった。


「とりあえずお疲れ様。午後からは技術練習に入るけど、今日は魔力禁止だからよろしく!」


 つまりフォームチェックから入るということかと大抵のものは思う。魔力を使うだけが技術練じゃないことを知っているからだ。


 しかし「魔力=技術練」という方程式しか持たない初心者は勢いよく手を挙げた。


「ちょっと待って下さいっス! 魔力無しで技術練習なんて」

「木崎君は魔力無しで一番問題無し! 修平の攻撃を防御する反復練習を合宿の間は続けるからね」

「それって基礎」

「何? 真央スペシャルバージョンで」

「いえっ! 予定通りにやるっス!」


 技術練習でも真央スペシャルとなれば間違いなく死ぬ。しかもそれに付き合わされる修平も勘弁だとばかりに、これ以上逆らうなと昴を睨んだ。


 ただ、魔力無しで一番困るヒーリングガードの卵がいる。それには真央もきちんと答えた。


「まぁ、魔力無しで一番困ると思うのは真理ちゃんよね」

「はい、治療魔法を体得しようと思ってましたから魔力無しでどうするのか……」


 真理に必要な技術練習は間違いなく魔力無くして有り得ない。得に治療魔法は魔力の質を完全に変化させなければならないからだ。

 しかし、それを持っているからこそ真央は有能な監督という訳だ。


「それがあるのよね。ヒーリングガードの魔法を使わない技術練習。というより、少しだけ小原君と似たような練習になるかな」

「それが水泳なんですか?」

「そっ! だから真理ちゃんは午後から私とマンツーマンね」

「はいっ!」


 真理は期待に満ちた声で答えた。真央との個人メニューとなればきついには違いないが、それだけ才能が開花させられる可能性が高い。

 自分にしか出来ない戦い方、そのきっかけを真理は意地でも見つけようと心に決めていた。


「だけど魔力なしも今日だけよ。明日からは魔力込みできっちりやり込むからよろしく!」

「はいっ!!」

「じゃあ、全員着替え終わったら食堂に集合ね。午前練は以上!」

「あざっした!!」


 体育館に威勢の良い声が響き渡り、午前練は終了したのだった。



 山道を上って辿り着いたのは老舗旅館のような宝泉家。奏は体育館の傍に車を停止させると、隆星とジェニーを促した。


「さて、俺は車停めて来るから二人は先に行ってて」

「オウッ! Thank you!」

「分かった」


 シートベルトを外して二人は外に出ると、車は発進して駐車場へと向かった。そして隆星はう〜んと背伸びをした後、いつ来てもデカイ純和風の大豪邸に改めて感心させられた。


「にしても、本当すげぇ屋敷だよな……」

「ん? 遠山家も充分過ぎるほどデカいじゃないか」

「そうだけどよ、宝泉家は歴史溢れるって感じだろ。うちとは全く違うっていうか……」


 それこそ格式高い老舗旅館だと隆星は思う。瓦屋根、大門、庭園、温泉と伝統的な日本を連想させるものがこの豪邸には詰まっている。

 物が壊れることが当たり前という冴島邸で育った隆星にとっては、宝泉家はいかにも厳格な佇まいだと感じさせられるのだ。


 そんなことを思っていると、それをいきなりぶち壊すかのようにジェニーセンサーは反応した。そう、彼女の目に飛び込んできたのは……!


「Cute girl!!」

「きゃっ!!」


 いきなり後ろから抱き着かれ杏は悲鳴を上げた。気配で敵ではないことは分かるが、このフレンドリーな金髪美女は誰なんだろうと思った。


「お前、キョウだな!!」

「は、はい……!!」

「ん〜〜!! 写真より何百倍も」

「いいから止めろ」


 隆星はジェニーの後ろ首を掴んだ。初対面の人間に、しかも未成年にいきなり絡んだらいろいろな意味でアウトだ。何より相手は若干怯えている。


「杉原杏だろ?」

「は、はい……」


 あまりの出来事に杏はドキドキしたが、すぐに目の前にいる少年が何者なのか気付いた。

 しかし、隆星は杏の持つ魔力に闘争本能がくすぐられたのかニヤリと笑う。


「へええ、お前スゲェ魔力だな。今から俺と戦えよ」

「えっ?」

「だから今すぐ……!!」


 ケルビンの冷気が到来した。これは生まれた時から約十二年間、常に自分の命が危険に晒されている時に感じるもの。そして、この冷気を発しているのは当然……


「誰の許可を得て杏に近付いてるんだ?」


 その声に隆星はギギギッと油の切れた機械のような音を出しながら首だけ後ろを向くと、彼が生まれた時から恐怖の対象でしかない兄貴分がそこにいた。


「ふっ、風雅た、隊……!!」


 次の瞬間には地に沈められた。言い訳を聞いてくれるカケラもないあたり、やはり彼は風雅様のままだと悟った。

 そして、風雅は隆星の前に立つとそれは風雅様といった殺気を隆星に叩き付ける。


「杏を怖がらせるとはいい度胸だな。一遍死ぬか?」

「すみませんでしたぁ!!!」


 隆星は全力で土下座した! しなければ間違いなく死ぬ、いや、消される!


 そして、隆星が平伏せると風雅は穏やかな笑顔を浮かべて杏を抱きしめ、優しく頭を撫でた。


「杏、すまなかったな。しばらく躾てなかったから身分の違いを忘れてたらしい」

「えっと……」

「まぁ、それでもジュニア選抜を戦っていく駒だからな、適当に面倒見てくれ」


 嫌なら見なくても構わないという笑顔に杏は戸惑うが、まずは確かめなければと、杏は風雅の腕をやんわり解き隆星に問い掛けた。


「えっと、遠山隆星君ですか?」

「オ、オウ……」


 まさか杏まで風雅のような性格じゃないよな……、と疑いながらもゆっくり頭をあげると、杏はふんわりと微笑んでくれた。


「はじめまして、杉原杏です」


 前言撤回、無茶苦茶天使だ。隆星は急いで立ち上がると頭を下げた。


「す、すまなかった。遠山隆星だ。隆と気軽に呼んでいいから」

「では、隆君ですね。よろしくお願いします」


 純粋に可愛いと思った。それに戦闘向きではなく治療魔法の達人だと悟った。

 だが、何で風雅がここまで気に入っているのかがいまいち理解出来ない。まさか淳士のように餌付けられている訳でもないだろうし……


「あと……」

「オウッ! ジェニファー・F・ディアスだ! よろしくな、キョウ!」

「はい、よろしくお願いします、ジェニー様」


 ペコリと頭を下げる杏にかなりの萌えをもらったのか、ジェニーは感極まって悶え始めた。


「これがJapanese萌え……!!」

「ジェニー、鼻血拭け」


 風雅は冷静に突っ込んだ。どうやら今回はかなりの変態思考を養って帰ってきたらしいと彼は思う。


 そして、鼻血を拭きながら彼女はさらなる萌えを求めに行くことにした。


「さて、久しぶりにJapanese飯だ! Cute girl達とも食べられるしな!」

「その前にEAGLEは召集掛かってるんだったらまずは烈さん達のとこに行け」

「何だ? 一緒に食わないのか?」

「その予定だったが別になった。何かしかないんだから行け」


 何かしかないというのもどうなのかと常識人ならツッコミの一つぐらい入るだろうが、CROWNと付き合っている以上、仕方ないことだというのが当事者達の意見。


 ただ、ジェニーは早くも水庭が動き出した可能性があると察した。敵が仕掛けて来る前に動くのがCROWNのボスだからだ。


「……仕方ないな。じゃ、また後でな!」


 パチンとウインクを決めてジェニーは一瞬にしてその場から消えた。そのあまりの速さに杏は驚いたが、その理由を風雅がすぐに説明した。


「ジェニーはEAGLEの戦闘顧問だ。それに遠山兄弟の師匠でもある」

「では、隆君は」

「ああ、ジェニーに拉致されてアメリカで調整してたんだ」

「わぁ、凄いんですね!」


 凄いのはジェニーなのかアメリカに拉致されたことなのかは微妙だが、隆星の腹時計は正確らしい。豪快な腹の虫が鳴り響く。


「隆君、御飯はまだですか?」

「ああ、昼飯はな。機内食も少なくてよ」


 駿と同じくらい大食漢なら足りないだろうな……、と風雅は思う。特に隆星は「食事=魔力」という方程式が立つほどよく食べるからだ。


「では、隆君のお好きな物を教えて下さい。合宿中の食事の参考にしたいですから」

「おっ! マジか!?」

「はい、それにスポーツドリンクの好みも知りたいので教えて下さると助かります」

「杏、隆を甘やかすな。毒でも混ぜとけ」

「あんたホントひでぇな!?」


 賑やかな会話を繰り広げながら三人は食堂に向かう。ただ、風雅は招かれざる客が来たのかと感じながら……



 宝泉家に入ったジェニーは和風の家には少々珍しい洋風仕様の会議室の前で奏と合流した。どうやら自分が来るのを待っていたらしい。それも中にいる招きたくもない客人達の性だろう。


「ジェニー、中学生との交流は良かったのかい?」

「残念だが、後からの楽しみに取っておく。まぁ、それに」


 バン!と音を響かせてジェニーは扉をあけると、左右の壁に分かれてもたれ掛かっている烈と真太郎、そろそろ自分達が来ると分かっていたのだろう綾奈がコーヒーの準備を始めた。

 堪能するには丁度良い頃合いになるだろうと悟ったらしい。


 そして、いかにも性格最悪だなと思わせる権力思考の男がSPを六名ほど側においてジェニーを出迎えた。


「これはジェニファー王女、お変わりありませんか?」

「その呼び方はやめろ、クソジジィ」


 その言葉に男は表情を険しくした。入っていきなり喧嘩腰になるのはジェニーらしい、と奏は思う。可愛い子にはキスなり抱き着くなりと全く遠慮がない分、嫌いな人間に対してはこれでもかというほど暴言を吐くのだ。


「にしてもレツ、よくこんな奴らを宝泉家に通したな」

「ああ、追い払っても良かったんだが水庭上官の命令でジェニーが来るまでは待機させてろと言われてな」

「で、私が来たら?」

「一掃しろだと」


 その言葉にSP達は主人を守るため臨戦体勢をとった。しかし、その強さを一瞬のうちに感じとった奏はやはり敵ではないと思う。

 毎回のことではあるが、どうも上層部は現場に出ていない性かEAGLEを舐めているらしい。魔法覇者のライバルがいる時点で勝てないと悟って欲しいものだが……


「随分物騒ですね。魔法監察官として来ているというのに、私に手を出せば」

「全員黙らせろ」

「ラジャー!!」


 ジェニーが命じれば綾奈以外の高校生達は一斉に動いた。彼女が入れているコーヒーの数は六名分、それとは別に三熊が飲んでみたいと烈にねだった玉露がある。


 そして、背後で数発の打撃音が聞こえた後、いかにもジェニーの置かれた状況を楽しむ烈の声が聞こえてきた。


「あ〜あ、やっちまったな」

「別に構わないさ。上も宣戦布告のつもりで寄越したんだろうし、既に余計なのも不法侵入してるようだしな。それにしてもシンタローも速いな」

「スピードアタッカーとパワーアタッカーの両ポジションですので」

「なるほど、確かにどちらか絞らないほうが良いな」


 戦闘のパターンはいろいろあった方がいいとジェニーは思う。事実、多くのことを熟せる戦闘官は重宝されているからだ。

 そして、ジェニーセンサーが綾奈に向けられようとしたその瞬間、魔法議院上層部の戦闘官達が乱暴に会議室の扉を開けて入って来た。


「ジェニファー・F・ディアス、貴様を傷害罪の現行犯で逮捕する!」

「断る! 私は何もしていないからな。てか、見てないだろ」

「やったのは俺だ。自分の家で暴れられたら困るからな。何なら俺が行ってやろうか?」


 宝泉家の権力も一緒に連れていくが、といった笑みにリーダー格の戦闘官は二の句が出てこなかった。

 宝泉家が出て来ればいろんなものがおまけされてしまうのは間違いない。さらに奏までいては遠山家まで出て来るのは必至だ。


「では、事情聴取に」

「それも断る。お前達の狙いは分かってるからな」


 ジェニーはいくつかの書類を換装すると、それをリーダー格の戦闘官の足元に投げ捨てた。


「某国の人身売買に関与しているらしいな。そこに夏音を売り込んで巨額の富を手に入れようと考えたんだろう? ついでにCROWNも潰せると思ってな」

「くっ……!!」


 最初から一網打尽にするために呼び出されたのだとリーダー格の戦闘官は漸く悟った。そして、全て水庭の手中で転がされていたのだと分かれば、彼は実力行使に出ようとした刹那、喉元に苦無が突き付けられる!


「夏音だけに止まらず、ジェニーにまで手を出すなら今すぐお前を殺す」


 大切な幼じみと師匠にこれ以上付き纏うなと奏は殺気を叩き付けた。


 EAGLE戦闘部隊長のポジションは二つある。一つは烈であり、もう一つが奏だ。つまり彼もそれだけの実力者であるということ。


「奏、そこまでになさい」


 会議室の扉が開かれ、陽菜と三熊が入って来た。まさかのEAGLE戦闘指揮官の登場に男達は驚きを隠せなかった。

 少なくとも、戦闘指揮官は常に多忙でこんなところに来ること事態稀だからだ。


 そして、陽菜に命じられたとなれば仕方ないと、奏は男から離れてジェニーの元まで飛んだ。彼女には指一本触れさせたくはないからだ。


「陽菜……!!」

「あなたに名前で呼ばれたくはないわ。特にエロジジイには虫酸が走る」


 ジェニーよりそういったタイプを毛嫌いしているのが陽菜だ。戦闘指揮官という立場にのし上がるため、彼女を取り込もうとしたエロジジイが多くいた性でもある。

 しかし、戦闘指揮官になる前には水庭と結婚していたことと魔法議院長の後ろ盾もあったため、彼女に大した被害は及ばなかった訳だが……


 そして、そんなエロジジイに陽菜は死刑宣告といわんばかりにさらなる追い撃ちをかけた。


「売春を斡旋したあなた達を逮捕します。それにジェニーを某国に売ろうとしたなんてとんでもないわ。国レベルで戦争を起こすつもり?」


 追加の書類とその言葉は見苦しい言い訳を聞きたくないから。それにエロジジイは乗ってくれたらしく、部下と共に陽菜へ向かっていった。


「クソッ!! 貴様らが竜泉寺夏音を渡していればこっちは金に困ることなどなかったんだ!!」


 ピクリと全員が反応したが、その必要はないと陽菜は制した。


「いいわ、私がやる」


 ふわりと長い髪が揺れた後、彼女は一瞬のうちに上空に飛び上がって身体を捻っており、長い足がエロジジイに振り下ろされた!


「神速拳・断」

「グアッ……!」


 まるでギロチンが振り下ろされたかのような一撃。その威力に部下達が驚いていたのも束の間、彼等は見えない打撃に悶絶させられその場に崩れ落ちた。


 そして、その威力は触れてもいないテーブルと床に綺麗な亀裂を入れた。少々、加減を間違えたらしい。


「ごめんなさいね、烈。テーブルと床を壊したから弁償させてもらうわ」

「お気にせず。こいつらを議長に突き出せば臨時収入間違いなしですし」


 寧ろお釣りが来ると烈は笑った。それに物を壊すといった点では淳士の方がさらに多いため、テーブルの一つぐらい可愛いものだとさえ思う訳で……


 とりあえず一息つくかと、綾奈が煎れたコーヒーと玉露を受け取り、転がってる男達の片付けは宝泉家の使用人達がテキパキと行い、それが片付いたと同時にスクリーンが明るく光った。


『終わったか』


 スクリーンに映された水庭の姿に陽菜は眉間にシワを寄せた。この男はいつもそうだ。


「相変わらずタイミングが良いこと。それに私の部下を勝手に使うなんて良い御身分ね」

『別に爺さんから臨時ボーナス出るから良いだろ』


 それだけ大きな手柄なのは間違いないのだから折れろということらしい。確かにそれなりの臨時収入ではあったため、陽菜は一つ溜息を吐き出して折れてやることにした。


「まぁ、いいわ。それより水庭君、淳士はあとどれくらいで動けるの?」

『夏音の見立てでは一週間は休ませろとのことだ。どのみち高校生共は一旦学生らしく授業を受けさせるつもりだったから良かったが……』


 珍しく水庭が溜息を吐き出した。どうやら今回は彼も雑用が回ってきたらしいなと陽菜は察した。


 しかし、彼女の夫がキレ者だということを忘れてはならない。雑用が回ってきたら回す男だ。


『影山の野郎がこちらの予想を若干超える被害を出してくれたからな、CROWNだけでは対応出来なくなる可能性がある。だから陽菜、お前も気をつけておけよ。監察官をやったんだからな』


 ああ……、また嵌められたかと一行は思った。臨時収入はカムフラージュ、本当の狙いはEAGLEを完全に巻き込むことだ。そう、彼女は自らの手で上層部を叩いた訳で……


 それを悟った時、陽菜はワナワナと怒りに震え出した。


「ちょっと水庭君、良いかしら……」

『だから迷惑料は爺さんから』

「ふざけんじゃないわよっ!! CROWNだけじゃ対処出来ないからってEAGLEを巻き込んだわね! しかもジェニーまで呼び戻して!」

『別に良いだろ。ジェニーの爺さんには米送っておいたら二つ返事で呼び戻していいって言ってたんだしよ』


 一国の王が米で動くのかと真太郎と綾奈は驚いた。しかし、それで動くのがジェニーの祖父だと納得出来る理由になる訳で……


『それとジェニー、頼みがあるが』

「ん? 何だ?」

『数日だが中学のガキ共の面倒を頼めるか? 真央達が来週から野外活動で不在だからな』

「ああ、良いぞ。リュウ達の指導もしたかったし、Cute Girlの力を見たいところだったしな」


 そこだけは陽菜もダメだとは言えなかった。魔法学院といえども娘が指導しているということもあり、中学生達は守りたい存在であったからだ。


 結局、いつものように水庭に言いくるめられて終わってしまうが、まだ反撃のチャンスはある。そう、これから会議だからだ。


『じゃ、内々の話はここまでだ。全員正装して魔法議事堂に来い。あの人が緊急参戦するらしいからな』


 会議でニヤリと笑う水庭は珍しい。どちらかと言えば会議なんてクソ喰らえというタイプだからだ。


 そして、通信が切れると陽菜はそれは深い溜息を吐き出した。水庭に嵌められるのはいつものことだが、そろそろ回避出来る自分も持ちたいところで……


「……陽菜上官、あの人って」


 綾奈が尋ねるとパチンと陽菜は指を鳴らした。すると全員の服装が首周りと袖口、そして金色のボタンを隠す比翼仕立ての前衣に水色のラインが入った白の軍服に変わる。それがEAGLEの正装だ。


「超が付く大物よ。名前は……」


 その後、告げられた名に高校生達は目を見開くほど驚いた。そう、彼等はとある真実を知らなかったのだから……



 魔法議事堂。そこは魔法議院に所属する二十の組織とそれを取り纏める上層部、また魔法学に携わる研究員とで構成される本拠地である。使用用途は様々であるが、基本、一般人の立入は認められてはいない。


 しかし、そこに入れる戦闘官達からみた一般人、つまり使用人達は彼等のストレスのはけ口になることがあり、今まさに若いメイドがターゲットにされていた。


「貴様っ!! CROWNの会議の準備をするなどふざけた真似をしやがって!!」

「申し訳ございません、議長からの指示でして……」

「うるさいっ!! あいつらなど外でやれば良いんだ! こちらは錦戸様がいらっしゃるんだぞ!! 貴様のクビなどすぐに飛ぶ!」


 それならこちらはさらに名だたる名門が集まるのだが……、と冷静なメイドなら答えられたかもしれない。しかし、相手は戦闘官で数人の男達。下手に出るわけにはいかない。


「命が惜しければすぐに変えろ!」

「きゃっ!!」


 ついにメイドは平手打ちをくらい後ろに倒された。そして倒れた時、彼女のスカートが開けて若々しい足をさらけ出してしまった。

 それに男達はニヤニヤと笑い出し、メイドを平手打ちした男は舌なめずりした。


「そうだな、殴るだけでは勿体ないか」

「っつ……!!」


 メイドは身の危険を感じ、何とかその場から立ち去ろうと後ろに下がったその時、気配もなく突如現れた人物に気が付いた。


「随分ひどいことを。お嬢さん、大丈夫ですか?」


 品のある声だと思った。どこかの上流階級の男性が助けてくれるのかと女は後ろを見れば、そこには空調を直しに来ましたといった作業着姿の男が手を差し延べていた。


 ただ、彼女はすぐにその人物が只者ではないと悟った。彼が纏う魔力は抑えられているものの、CROWNやEAGLEと同じかそれ以上の風格を備えている気がしたからだ。


 そして、突如現れた作業員に男は怒鳴り付ける。


「貴様には関係ないことだ! さっさと行け!!」

「そういう訳にはいきません。あなたは彼女に更なる危害を加えるのでしょう?」

「当たり前だ!! こんな一般庶民の娘など私のために金になればいいのだ!!」


 あまりにも横暴だと作業着姿の男は不快感を表情に出した。そんなことが許されて良いはずがない。


「大体貴様、ここは魔法議事堂で一般人は入れない所だ!」

「ええ、存じてます。ですが、これからCROWNとEAGLEの会議に参加しますから」

「そんな恰好でか!!」


 言われて作業着姿の男は納得した。確かにこれでは会議に参加しに来たとは思えないだろう。何より、埃っぽい姿で彼等の前に出るのも申し訳ない。


「ああ、確かに皆さんが正装して来るのにこれは失礼ですね。スーツに着替えなくては」


 パチンと指を鳴らせば作業員の恰好から高級ブランドのスーツ姿に変わった。一着数百万はするのではないかという仕立てだが、ただの作業員が着ていることに男は腹を立てたらしく、男はスーツ姿の紳士に殴り掛かった。


「おっと、血の気の多い方だ。いきなり暴力を振るってはいけませんよ」

「貴様っ!!」


 再度殴り掛かった時にはスーツ姿の紳士は男との距離を置いていた。しかもいつの間に運んだのか、メイドもその場にいる。


「やれやれ、仕方ない。水庭君には少し会議に遅れると伝えておかなければ」


 戦闘は避けられないものなのかと紳士は上着を脱ぐと、申し訳ないがとメイドにそれを渡した。


「すみません、上着を持ってて頂けませんか? これは風華さんが選んでくれたものですから」

「えっ、風華って……」

「はい、私の愛する妻です」


 綺麗な笑みを浮かべる男の正体をメイドはようやく理解すると共に、この争いの勝敗も完全に決まったと思った。彼の正体は……!!


「では、いきましょうか」


 地を一蹴りすれば風が巻き起こる。それは男達も同じで手にした凶器の数々が紳士に触れようとしたその時、彼の手は淡い魔力の光を放つ。

 しかし、口にした技の名は魔法覇者クラスのものだった!


「神速拳・旋風」

「……!!」


 まさに一瞬だった。やられたことさえ気付く間もなく男達は吹き飛ばされて悶絶した。


 そして、そのあまりの強さにメイドは呆気にとられてしまった。しかし、それを気にした様子もなく、紳士はメイドの傍まで歩み寄ると礼を述べる。


「驚かせてすみません。上着、どうもありがとうございました。あと、彼等はどちらの所属でしょうか。運んで差し上げないと彼等の部隊が困ると思いますので教えて頂けませんか?」

「えっと……!」

「良秋さん、一之瀬家の当主がんなことすんな」


 メイドの後ろに現れたのは白地に赤いラインが首と袖口、そして比翼仕立ての前衣に入った軍服姿のCROWN御一行。


 その迫力にメイドは腰を抜かしてしまったが、さすがの水庭も良秋と呼ばれた男の強さに当てられたのだろうと勘違いしたらしく、傍にいた女性戦闘官にメイドを保護するように命じた。


 だが、良秋に手を出したものに対してはそれ相応の扱いを命じた。


「東吾、お前達でこのバカ共を片付けろ」

「ラジャー」


 いつもならまた面倒な仕事を押し付けやがって……、と文句を垂れる東吾でさえすんなりとその命令に従った。

 ただし、若干意識のある男に対する東吾の扱いは乱雑なものだった。


「なっ……!」


 俯せに寝そべったまま、後ろ襟首を掴まれて顔だけ上げられると東吾は一言、哀れみの言葉をかけた。


「運がなかったな。あんたが手を出したのは一之瀬良秋、一之瀬グループの代表で元SHADOWの隊長格だ」


 それも戦闘部隊の、とまでは付け加えなかった。さすがにそこまで言って失禁でもされたら困るからだ。


 そして、水庭は部下達に先に会議の準備を手伝うように命じると、廊下には水庭と良秋だけが残った。



「すみません、水庭君。CROWNの手を煩わせてしまいまして」

「あんたな……、一応俺はあんたの下なんだが……」

「それはSHADOWの時です。今はしがない一般人ですから」

「いや、それもかなり違うだろ……」


 一般人が日本一の財力を誇り、とんでもない妻を迎え、さらには自身も魔法覇者クラスの強さを持っている癖して一般人と言い切るのだ、この男は……


 ただ、その男が会議に緊急参戦してくるということはただ事ではないということ。


「で、あんたが動くということは妻か息子か?」

「いえ、未来の娘のためです」


 未来の娘と言われて浮かぶ少女はただ一人だけ……


「杏……」

「はい、風雅が必死に守ろうとしても、まだ中学生ですから当然不可能な部分がある。お節介かもしれませんが出ようかと思いまして」


 こういう時は本当に綺麗に笑う男だと水庭は改めて思った。そして、役者が次々と揃って行くと……




遅くなりました、すみませんっ!

世の中お盆ムードでも緒俐は仕事です。


さて、今回は風雅様のお父さんが出て来るということで……

杏が未来の娘だと既に決めてる部分はさすがは風雅様のお父さんですが、彼はとてもいい人です。

息子よりとても優しい人です(笑)


そんなこんなでCROWNはまたまた荒れますので、次回もお楽しみに☆



〜良い人なんです〜


真太郎「ジェニーさん、一之瀬良秋さんってどんな人なんですか?」


ジェニー「そうだな、平凡だが大物って感じだな。さらにとんでもない優しさと器を備えている」


綾奈「そういえば会議室の空調が壊れかけてたから直したと聞いていますが……」


ジェニー「ああ、あの人は凄く器用だからな。物が壊れたらすぐ直しに行くぞ」


真太郎「あと、会議で出て来たクッキーも焼いたと……」


ジェニー「そうだな、あの人は料理上手だ。お菓子作りに関しては夏音も尊敬している」


綾奈「さらに会議後にお土産も頂いてしまって……」


ジェニー「そういった気遣いもする人なんだよ。ついでにあの人の奥さんもその気遣いにベタ惚れしたらしい」


真太郎「そういえば奥さんは……」


ジェニー「ああ、フウカだ。まっ、フウガのあの顔と性格は間違いなく母親似だな」


綾奈「そう考えると一之瀬家って本当に凄いですよね……」


ジェニー「だな。だが、何より凄いのはあの自分が一番だという二人を抑制出来てることだ。あの我が儘放題を笑顔一つで聞いてやってるわけだしな」


真太郎・綾奈「「本当に良い人ですね」」




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