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CROWN  作者: 緒俐
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第三十六話:帰国

 前日試合でも合宿中ということもあり早朝練習は欠かせない。特に中学生達は改めて高校生との差を知ったためにやる気充分だった。

 しかも烈と真太郎と綾奈も早朝練習に付き合ってくれるとなればより力も湧き出るもの。昨日は敵でも今日からは兄姉分となるなら尚更だ。


 しかし、午前のメニューを見た途端、その兄貴分達まで顔を真っ青にした。


「真央……、いくら何でもこれは……」

「口答えしない! 技術練は午後にみっちりやるから基礎練を午前中はきっちりやること! 全員魔力消費が半端じゃないから体を休ませるためにも基礎にした方が良いのよ」


 真央の言うことはもっとも。魔力を使い過ぎた体のまま技術練は怪我の可能性がある。それは修平も分かっているが、文句を言いたいのはそこじゃない。


「ああ、確かにそうだが……、真央スペシャル宝泉家バージョンって何だよ!!」

「えっ? 修平はマットあるからいいでしょ?」

「良かねぇよ! てか、何で宝泉家に体育館あるんだよ!!」


 そう、それが殺人メニューを組める要因になってしまったのだ。


 本来なら魔法学院で合宿予定だったが、三条が放った侵入者達の後片付けや念には念をと学院内で再度爆破物調査となったため、魔法学院は立入禁止になっていた。


 ならば他の練習場所をと海宝中学も名乗り出てくれたのだが、宝泉家が体育館まで備わっていたため、ここで合宿となったのである。


 そして、三熊監督のメニューを文句も言わず熟してきた真太郎と綾奈だが、その二人でも言葉に出来ない感情に襲われた。


「宝泉、これは高校生でも厳しいんだが……」

「ああ、だけど今日が終われば良いんだしな……」

「だったら泣くな……」


 滝のような涙を流す烈に真太郎は突っ込む。これがあの体力バカと互角に戦える男かと思うが、真央のメニューはその弱点をトコトン突いて来るものらしい。


 だが、いつまで経っても出発しない一行に真央は痺れを切らしたのか、それは恐ろしい威圧感を醸し出して命令した。


「一応、早朝メニューは軽いジョギングとストレッチにしてるんだからさっさと行け」

「はいいっ!!」


 ジョギングだと言ったのに何故かダッシュになって全員はその場から消え去った。そのうち蓮あたりが気付いてペースを戻してくれるだろうと思い、真央は何も言わず溜息を吐き出した。


「全く……」


 こっちはこっちですぐにメニューを組み替えたというのに、毎回文句を付けられるのは困ったものだ。しかし、常にきつさが進化し続けるメニューに文句が出ないのは程遠いに違いない。


「で、風雅君と祥一さんは何でうずうずしてるのかしら?」


 真央の後ろでうずうずしながら正座している二人に問い掛けると、いかにも彼等らしい答えが帰ってきた。


「いや、少しくらいは……」

「走りたいよね〜」


 こっちはこっちで困った魔法格闘技バカが二人いる。しかも二人とも宝泉家の医療部隊の目をかい潜り抜けて来ているのだから医療部隊としては溜まったものじゃないだろう。


「本来ならまだ大人しく寝ているべきなんだけど?」

「まぁ……、だけどあれだけ差を付けられてたら動きたくなるんだよ」


 どうやら余程刺激されたらしい。影山と直接戦った二人はこっぴどく負けたあげく意識まで失っていたのだ。少しでも強くなったはずが、まだまだ遠かったどころの話じゃなかったのである。


 そんな二人の気持ちが分かるのか、仕方ないなと真央は笑った。


「……休むのも大切なんだけどね。だけど今日は軽めの基礎練のみよ。その分明日からは二人に特別メニュー組んであげるから心配しないで!」


 親指を立ててキラキラな笑顔を向けてくれる真央に二人は青くなった。彼女の前でやる気を見せることは自殺行為に等しいというのに、何故見せてしまったのだろうと二人は思う。


 しかし、そんな二人の元へタオルとドリンクを台車に詰んで運んできたマネージャー二人が悲壮感を打ち消してくれた。


「風雅様、祥一様」


 掛けられた声と姿に風雅と祥一は穏やかな表情に変わる。杏と海の登場はそれだけで二人を癒すようだ。


 しかし、海の第一声はまたやったのかと祥一に対する抗議だった。


「主将、また勝手に点滴抜きましたね?」

「まぁ、このとおり大丈夫だよ」


 ニッコリ笑って見せてくれた腕には看護士かというほど綺麗に包帯が撒かれていた。間違いなく中の処置も完璧なのだろう。


 そんな宇宙人に海は深い溜息を吐き出した。これは何を言っても大人しく寝ていてはくれないのだろう。ならば一言だけしかない。


「本当に少しは労って下さい」

「うん、心配してくれてありがとう」


 祥一は自分の気持ちを汲んでくれる海に改めて感謝した。美咲あたりなら間違いなくゲンコツ一撃ぐらいお見舞いしてくれるのだが、海は余程のことがない限り強く自分の行動を縛ったりしない。


 そういったさりげなさが海の魅力だと祥一は口説いているのだが、当人は宇宙人だから何とかなるとしか言ってくれない訳で……


「それよりご報告したいことがあります」

「ん? 隆星が帰って来ることじゃなくて?」

「ええ、全く関係ないわけでも有りませんが、三条の思惑が多少なりとも働いてるので」


 台車と一緒に運んできたパソコンを開けながら、海は無表情のまま坦々と切り出した。


「まず、夏音さんのことなんですが三条の御嫡男との婚約が発表されました」

「えっ!?」

「なっ!?」


 いきなりの爆弾発言は四人を驚かせるには充分なものだった。夏音の婚約発表ぐらいなら堪えられたが、その相手が淳士ではなくよりによって三条だったからである。


「ちょっと待ってよ! いくら何でも横暴過ぎるし、竜泉寺宗家がそれを認めるはずがないわ!」

「はい、真央監督のおっしゃるとおりです。竜泉寺宗家は否定していますが……」

「分家の重鎮達が寝返ったってとこか」

「ええ、風雅隊長のおっしゃるとおりです」


 全てではありませんが……、と海は続ける。事実、夏音と従兄弟である烈は反旗を全く翻していないからだ


 ただ、忘れていけないこともある。夏音の結婚というのは政財界にも影響があるということだ。


「だけど海、そんなことをしてしまえば魔法界だけじゃなくて政財界も反発が起きてるはずだよね。いくら三条でもそれは危険じゃないかな」


 少なくとも成瀬家は猛反発していると祥一は思う。自分の両親は海にも激甘だが、夏音にも激甘なのだ。間違いなく淳士級の男じゃなければ嫁にやらんと言っているに違いない。


「はい、ですが今までの均衡が崩れてしまったとすれば話は変わります。まずはこちらをどうぞ」


 海がパソコン画面を切り替えて出て来たのは数々の政財界の人物名と組織名。風雅はすぐに自分達の親やCROWNにやられたところだなと思ったが、祥一はいくつか風雅にやられた人物が寝返ってる気が……、と思った。


「……なるほど、力がダメなら数で勝負ね」

「はい、少しだけこちらが不利になるかもしれません」


 烏合の衆には違いないが、数というのは大きな力を発揮することがある。さらに下手をすればまだ中立を保っていたものでも寝返ることがあるのだ。


 ただ、そこまで話を聞いていた杏には疑問が浮かび上がっているらしく、海は彼女に問い掛けた。


「杏さん、どうしましたか?」

「あっ、いえ。少しだけ思うんですが……、ボスにしては大人しい対処な気がしまして……」


 自分のところのガキ共に好き勝手は許さない、それが水庭という男だ。それが情報規制もせずに大人しくしていることはかなり稀である。


 その答えに風雅はニッと微笑を浮かべると、グッと杏を引き寄せた。


「きゃっ!」

「杏は相変わらず良いとこ突くな。さすが俺の婚約者だ」


 いい子だと頭を撫でるだけにしてもらいたい……、と杏は思う。しかし、風雅の幸福タイムを誰も邪魔出来る訳もなく、杏は抱きしめられた状態で話し続けなければならなかった。


「あと……、淳士様が黙ったままなのもおかしいのではないかと……。さらに烈様がそのような一大事に皆さんと早朝練習をするのでしょうか……」


 その意見こそもっともだった。烈は夏音の従兄弟で宝泉家の次期当主だ。それだけ大事になるなら動いていない方がおかしい。


 これは直接本人に聞いた方が早いと、真央は目を閉じて烈に念波を飛ばした。


『烈さん、すぐに空間転移で戻りなさい』

『えっ?』

『良いから戻りなさい!!』


 それから僅か一秒、何事かと烈は息を切らしてその場に現れた。朝からダッシュだ空間転移だとある意味任務よりきつい。


「えっと……、どうした?」


 杏以外のメンバーの視線が痛い。自分は何か怒らせるようなことをしたのかと思うが、全くといっていいほど心当たりがない。

 まさか淳士みたいに夏音の新作デザートを自分より先に食べたことで怒るはずもなく……


「CROWNとEAGLE上層部はこの記事をどうするつもりなのかしら?」


 真央に突き付けられたパソコン画面には従姉妹殿の婚約発表の記事。万が一、淳士が相手と書かれていればとも思ったが、やはり三条のままで烈はそのことかと納得した。


「ああ、三条が勝手に出した夏音との婚約発表か。確かに面倒なことにはなってるが、多分当人は今頃それ以上に浮かれてるぞ」

「えっ?」

「それがな……」


 烈は苦笑するしかなかった。昨夜の夢見る乙女のような声を思い出す。あれは一週間は浮かれて淳士に餌付けするに違いないというほど彼女は上機嫌だった。

 恋する乙女もといご主人様は常識人でも淳士が絡むと浮世離れするのが特徴だ。


 そんな従姉妹殿のイメージがあまり崩れないようにと、そこは伏せて烈は続ける。


「昨日の夜、夏音から電話があってな。淳士がプリン、じゃなくて花嫁強奪に興味を示したらしい」


 絶対プリンだと全員が思った。夏音が奪られる=プリンが食べられなくなるというのは淳士にとって由々しき問題だった。特に敵に奪られたとなっては手も足も出なくなる。


「つまり、夏音姉さんのデザートの数々を表舞台で奪ってやろうと……」

「らしいな。あいつもそろそろ決着付けてやるといつも以上に張り切っててな……」


 それは恋愛かデザートか良く分からないが、どっちも奪られたくないのは間違いないのだろう。だが、どちらに転んでも問題ないというのがCROWNとEAGLEの見解だった。


「だからその点に関してはあまり心配するな。というより、海もまだ発表されて間もないのによく情報掴めたな」

「ええ、その辺りはお気にせず。ですが、それを隠れ蓑にしてるもう一つの情報が気になりますね」


 それには烈もピクリと反応した。こちらには夏音の婚約発表に隠れて動かなければならない事態があるからだ。


「隆星君が帰って来る予定は早くて中学選抜合宿頃だったはずです。ですが、何故いきなりこちらに戻ることになったのですか?」


 どうやらこちらの思惑を海が早くも見破っていたらしい。しかし、隠し通すのもなにもすぐに分かることだからと、烈は観念したと両手をあげて降参した。


「相変わらず勘が良いな。まず、隆星を拉致したのはうちの戦闘顧問だ。風雅や祥一は面識あるか?」

「ええ、というより冴島家に昔から住んでる面々は面識ありますよ。隆星にとってあの人は魔法格闘技の師匠ですから」


 というより、風雅達にとっても少し歳の離れた姉と言った方がしっくり来る。その中でも特に親しいのが隆星で、彼がパワーアタッカーを選んだ理由は間違いなく彼女がパワーアタッカーだったからだ。


「で、その師匠がどうしたんです?」

「ああ、ちょっとトラブルが起こってな。それで水庭上官が早目に戻ってこいと指示した訳だ」


 夏音の婚約発表が大々的に報じられれば、それこそ帰国も内密になると水庭は考えていた。とはいえ、彼女に熱を上げる男共を完全に撒けはしないだろうと思っているが。


「まっ、お前達に危害は飛ばないようにするからその点は心配するな。あるとすれば隆星ぐらいだからな」


 あの人の傍にいるだけでトラブルと無関係でいられないだろうけど……、と烈は空を見上げた。



 プライベートジェットは何度も乗ったことがある。しかし、それは大抵風雅達が一緒だったのだが今回は師匠とその使用人達だけだ。


 ジーパンに黒のTシャツにチェック柄のシャツを羽織った、中一にしてはガタイの良い遠山隆星は機内食を頬張りながら師匠に尋ねた。


「ジェニー、また何があったんだよ」

「だから言ってるだろう? BUSINESSで戻るからだって」


 隣で長い足を組んで座っている金髪美女、EAGLE戦闘顧問のジェニファー・F・ディアスはパソコンを弄りながら答えた。

 ただし、彼女が見ているものはメールでもなければ会議資料やニュースでもなく、アダルトサイトだというのだから説得力がない。


「……ここ最近女のヌードばっかりしか見てねぇじゃねぇか」

「ん? リュウにはエロ本買ってきてるんだからそっちを」

「見るかっ! てか、女が買うな! つかマニアックなものを人の部屋に重ねおくなっ!」

「ん〜? あの程度で音を上げるとはリュウはホントPureだな!」


 隆星の批難など全く気にせず、ジェニーはカチカチとマウスをクリックする。だが、純情少年と言われたままというのもどうかと思うのか、隆星は画面を覗こうと身を乗り出すと今度はそれを阻止された。


「リュウはまだ中学生だからダメだ。カナデぐらいの歳になったら一緒に見てやるよ」

「今度はダメなのかよ! てか、頭撫でんな!」

「何だ、反抗期か? 可愛いやつめ!」


 ニッコリ笑って隆星の頭をグシャグシャに撫でてやる。今や彼女の身長を抜いているというのにいつまで経っても敵わない、というよりそれ以前に恐くて逆らえないのが二人の関係だ。


 そんな二人の賑やかな応酬が続く中、黒スーツを来た女の使用人が近付いてきてジェニーの前で一礼した。


「ジェニファー様、失礼致します」

「ん? どうした?」

「そろそろ御準備を。本日は政財界の」

「CANCELだ。今日はレツのとこに行くからな」

「では、一之瀬様の元にも」

「それは行く! あの人は好きなんだよなぁ」


 ジェニーは花を飛ばした。間違いなくあの人ならさりげなくこちらを満足させてくれると分かっているからだ。何より神懸かった性格の良さだと息子である風雅でさえ評価している訳で……


「では、奏様にも御同行頂けるように御連絡して」

「ああ、その点も大丈夫だ。カナデは迎えに来てくれるし、今日一日Dateしてくれるはずだからな」


 その返答に隆星はギョッとした。遠山奏、つまり隆星の兄は高校三年生で……


「おいおい……、兄貴は学校じゃ……」

「大丈夫だ、カナデはちゃんと補習もテストも受けてるからな。それに受験生だがあいつは推薦で大学行けるだろうしな、リュウと違って優等生だし」

「表向きだけだろ、兄貴は……」


 寧ろ、涼しい顔をして喧嘩大好きっ子だ。当然、隆星は兄と喧嘩して一度も勝ったことがない、というより喧嘩で勝ちたくないとさえ思わせるほど怖い……


 それからジェニーはあらかたアダルトサイトを見終わったらしく、怪しげな画面から個人データへと移り変わった。

 今度は何を見るのかと思えば、隆星は目を丸くした。そこに表示されていたのは杏だったからだ。


「キョウ、だっけか? 新しく俺達と戦う仲間って」

「そうだ。有能なManagerらしいからな。治療魔法に関してはナツネと同レベルらしいぞ」

「そりゃ凄いな。戦ったら強ぇんだろうな」

「ああ、アツシと同じ次元を持ってるからな。だが戦うのは」

「嫌だね。マネだろうが戦わずにはいられねぇよ!」


 野性の血が騒ぐといわんばかりに隆星は闘気に溢れた。それにジェニーは止めても無駄かと諦めると、改めて杏のデータを見る。


 格闘技に関しての才能は感じられない、魔法に関しては次元のおかげか使えないものがいつかはなくなるのではないかというほど。

 しかし、それ以上に気になるのが夏音と同じ治療魔法を会得しているということ。


「リュウ」

「何だ?」

「フウガから釘を刺されるとは思うが、キョウのことはちゃんと守れよ」

「いや、強いなら」

「師匠命令だ! お前達が守るんだ」


 いつになく厳しい口調だと思った。一体、杏に何があるのかと思うが、それが絶対となるのは数時間後の話だ……



 空港に着けばジェニーが帰国したことを分からないようにと、スタッフに隠されながら二人は裏口から外へ出された。

 使用人達も一緒では目立つということで、彼女達は通常ルートでEAGLE本部へ向かうということ。


 そして、外に出ると同時に黒の乗用車が二人の前に停まると運転席から隆星の兄、奏が下りてきた。海宝高校の制服を着ていないあたり、朝から学校はサボっていたらしい。


「おかえりジェニー、隆」

「オウっ! カナデ!」


 ハートを飛ばしてジェニーは奏の元へ飛んでいくと、それは強烈な挨拶を噛ました。


「会いたかったぞ!!」


 会った瞬間、濃厚なキスを打ち噛ますのがジェニーらしい。ついでに遠山兄弟のファーストキスはあっさりジェニーに奪われているが、ジェニーいわく「弟子の精神成長のために愛を込めてるなんて最高の師匠だろ」とのこと。


 だが、毎回その挨拶を見せ付けられてる隆星はただ脱力感を覚えるだけで止めることは無くなった。特に兄に関しては大歓迎と喜んでいるのだから尚更だ。


 そして、強烈な挨拶にすっかり慣れている奏はスマートにジェニーを話した後、脱力している弟に尋ねた。


「元気ないな、どうした?」

「察してくれ……」


 いきなり拉致されて元気がある訳もない。ついでに言えばつっこんでばかりの生活に疲労が襲って来ない訳もないのだ。


 とりあえず立ち話もなんだからと、奏は二人を促した。


「車で送るから乗って」

「そういや免許取ったのか?」

「ああ、十八になったからね。陽菜上官からそっちの方がいいって言われたし」


 そう言いながらジェニーの荷物をさりげなく受け取るのは彼のレディーファースト精神が染み付いているから。というより、幼き頃ジェニーにいい男はと説かれていたからだ。


 そして、まさに彼女の望み通りに育ってしまったのが遠山奏という青年である。しかし、本人はジェニーと任務をこなすのだから彼女の考えを知るのに丁度良いと従順なわけだが……


「さて、とりあえず烈の実家だ」

「カナデ、その前に遊んでいこうぜ〜」


 あくまでも内密に帰国しろと命じられているのに遊んで帰るのはさすがにまずいと奏も思ったのか、それだけは諌めておくことにした。


「今日はダメだよ。俺も午後から会議だからね」

「何だ? カナデも召集か?」

「ああ、CROWNとEAGLEは参加するように言われてる。魔法議院議長が直々に話したいそうだ」

「爺さんがか? 珍しいな」


 滅多に召集をかけるタイプではないだけにジェニーは何かあったのかと思うが、昨日の事件で奏はあらかた予想がついていた。


「おそらく次の魔法覇者の指名、もしくは夏音の件に関してじゃないかな」

「そういや、サンジョーと婚約させられるんだっけか?」

「ああ、だけど淳士が宣戦布告するから心配しなくて良いよ」


 ただ、あれが宣戦布告だとは思いたくはないと奏は思う。まさか「人のプリンを奪る奴に夏音は渡さない!!」と何ともズレた宣言をしていた訳で……

 それでも夏音は自分を渡さないと言ってくれた淳士にとろけているらしく、御褒美の新作デザートを考えているようだった。


「だが、次の魔法覇者はやっぱり烈か?」

「可能性はあるけどね、だけど全属性の気功は使えるけど魔法は使えないからどうかな」

「そういやそんな規定があったな。全属性の気功も追加すれば良いのによ」


 一応、魔力を気功に変換させているんだし、とジェニーは思う。しかし、奏からすればジェニーの方が充分魔法覇者になれる資格があると思っていた。

 事実、彼女は全属性の魔力を持ち、格闘技の強さも淳士や烈の上だ。


 ただ、彼女がそれを引き受けないのは彼女が置かれている立場が問題なわけで、それさえなければ魔法議院も間違いなくジェニーを推していただろう。


「それよりカナデ、ちょっと後ろの奴ら振り切らないか?」

「ここは日本だよ、ジェニー。カーチェイスはまずいな」

「じゃあ、車ごと飛ばないか?」


 ニッと笑う理由は奏が断らないと知っているから。こういう顔をしているジェニーにはまず逆らえないらしく、彼は苦笑するしかなかった。


 ただ、こうやって彼女の我が儘に付き合うことが奏は好きだった。


「……やれやれ、向こうも時空魔法ぐらい使って来そうだけどね。隆、ちゃんと掴まってろよ」

「いや、その前に……!!」


 隆星の言葉を遮って奏は思いっきりアクセルを踏み込んだ! その反動で隆星はバランスを崩すが何とか頭をドアにぶつけずに済んだ。

 そして、両手でバランスを取りながら視界に飛び込んできたスピードメーターに隆星は面食らった!


「兄貴スピード!! ホントに免許取りたてか!?」

「ああ、上手いだろ?」

「だったらもっと安全運転しろ!!」


 既にメーターは二百超え。間違いなくスピード違反で免停になる危険走行だが、見られてないなら問題ないというのが奏の悪い癖だ。

 ただ、そのスピードにジェニーは御満悦らしくもっとやれと煽る始末でとても止められる状態じゃなかった。


 だが、あくまでも隆星が乗っているということもあり、二人は早目に決着をつけることにした。


「んじゃ、ちょっと行ってくるからな」

「うん、気をつけて」


 そう答えた瞬間、ジェニーは空間転移でその場から消えた。毎度のことながら、よくあんな魔法が瞬時に使えるものだと思うが、CROWNもEAGLEも部隊長以上になるには必須魔法ということらしい。


 そして、彼女が転移した先は敵の車の後部座席、しかもそのど真ん中に堂々と足を組んで座っていた。


「おいおい、ワタシの可愛い弟達を追いかけ回さないでもらいたいな」

「ジェニファー!!」


 すぐさま彼女には銃口が向けられる。しかし、すぐに撃たないのは殺すなと命令されているのと撃っても意味がないと分かっているからだ。


 それにやはり大したことがないかと察したジェニーは、とりあえず聞くことだけは聞いてさっさと退散することにした。


「お前達、どこの所属だ?」

「DEVILだ!!」


 やっぱり弱小かと思った。EAGLEに比べてあまりにも戦力が整っていない、狸ジジイが戦闘指揮官を務める部隊だと陽菜に聞いたことがある。

 おまけに実力が備わっていない割にはDEVILというネーミングセンスもどうなのかとツッコミたい訳で……


「私を無傷で連れて来るように言われてるんだろう? 戦闘官として感心しないな」

「黙れっ!!」

「黙るのはお前達だ」


 ジェニーがブーツのヒールでチョンと床を叩いた途端、車は一気に三等分に割れた! それに気付いたのは実に数秒後。


「なっ……!」

「Good-bye」


 そう言い残してジェニーはまた空間転移で奏の運転する車に戻った。後ろで爆炎が上がっているのを隆星は見たが、これもジェニーを敵に回したら当然の報いということだ。


「ただいま。大したことないDEVILだったな」

「ああ、それは仕方ないね」


 それだけでどこが動いたのか奏は理解した。二十ある魔法議院の部隊の中でも最弱に分類されていると奏も評価しているほどだ。


 ただ、彼にとって重要なのはそこではない。ポーカーフェースを保ったまま、奏はさりげなくジェニーの核心に迫ることにした。


「でもジェニー、一応ここは宝泉家の土地内だからあまり派手なことはしないようにね」

「ああ、悪かったな。後から謝っとくよ」


 人の敷地内で車を大破させたままは良くないと思うらしいが、それでも烈なら片付けるから問題ないの一言で終わらせるのだろう。

 おそらく、敷地内であった爆発の片付けに宝泉家の使用人達は既に動いているはずだ。


「だが、早速ジェニーを狙って来たのか。EAGLEに合流させたくないか、それとも家の問題かい?」


 その指摘にジェニーは眉尻を下げた。本当にこの弟分は全てお見通しのいい男に育っているらしい。だとしたら隠しても無駄だ。


「相変わらずカナデは鋭いな。この前エロジジイがパーティーで絡んできてよ、嫁に来いとしつこかったからな」


 やばい、と隆星は思った。ジェニーが口説かれるといつもこの兄はジェラシーが殺気に変わる。しかも今回傍にいたのが自分となれば……


「隆、ちゃんと追い払ったよね?」

「お、おお……、ジェニーが……」


 姉を取られたくないのは分かるが、その殺気を向けないでもらいたいと思う。そもそも、淳士や烈より強い女がエロジジイに負けるはずもないのだが……


 だが、そうは分かっていても奏は気が気でないらしくジェニーに注意した。


「ホントに気をつけてよ?」

「大丈夫だって! カナデは心配性だな!」

「そう育てたのはジェニーでしょ」

「ああ、いい男になるようにな!」


 ニカッと笑うジェニーにはやはり危機感はない。これは早く高校を卒業して……、と奏は思う。奏もEAGLE戦闘部隊長の一人だが、まだまだだと思う部分はある訳で……


 しかし、彼より年上の部下達は間違いなくこう口を揃えていう。「ある意味、烈より怒らせたら手を付けられない」と……


「まっ、とりあえず詳しい話は烈も一緒にね。それにEAGLEには新しい仲間も昨日入ったし」

「おっ! Cute girlか!?」

「そうだね、可愛いには違いないよ」

「そうか! そりゃ楽しみだなぁ!」


 奏の機嫌はなんとか上昇気流に乗るだろうと隆星はホッとする。しかし、この二人にこれからも振り回されることは言うまでもなく、車は宝泉家へと向かって行くのだった……




はい、お待たせしました☆

今回は新キャラが登場ということですが、なかなか個性的なメンバーが集まったかなぁと(笑)


メインは遠山隆星、杏と同じ中学一年生ですが姉と兄が強烈な感じで霞みそうな感じもしますが……

でも、彼にはしっかり働いてもらいますよ!


では、小話をどうぞ☆



〜師匠には困ります〜


隆星「ホント……、やっと帰ってこれた……」


奏「おつかれ。だけどアメリカの食事はビッグサイズだから隆には良かったんじゃないか?」


隆星「まぁな。てか、ジェニーが料理苦手だから俺が作ってたし」


奏「ん? ジェニーの実家じゃなかったのか?」


隆星「ああ、どうせなら二人暮らしで自由気ままにやりたいってことでマンション借りてた。てか、ジェニーは何であんなに家事出来ないんだよ……」


奏「EAGLEだからな。だけど二人で生活なんて俺からしたら羨ましい限りだけど」


隆星「兄貴、ジェニーと生活してたら大変どころじゃないぞ。家事出来ない上に帰ったらパンツ一丁でビールとか女がやることじゃ……」


奏「へえぇ、ということはジェニーの裸を毎日見てた訳だ」


隆星「殺気収めろ! てか、兄貴だって何度も見たことあんだから今更だろ!」


奏「ああ、そうだったな。隆のことは弟ぐらいにしか思ってなかったか」


隆星「ったく……、だけどそれ以上に困ったことがあってよ」


奏「ジェニーが風呂に乱入してきたとか?」


隆星「それもあったよ!! だが、ジェニーが入ってると勘違いして何度変な男に見られ……、兄貴?」


奏「遠山家に連絡入れて来るよ。人の師匠の裸を狙うクズは早目に消さないと気が済まない性質だからな」


隆星「……ホント、帰って来れて良かったよ」




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