第三十五話:宝泉烈
影山の登場で試合が止まったが、烈の登場は戦いが止まった。いや、正確に言えば敵が動けなくなったのだ。
それは金縛りの類ではなく、彼に恐れを成して動かなくなった訳でもない。しかし、それこそが彼の強さだ。
「回転乱打・気拳」
「ぐっ……!」
烈拳の乱打は涼から見てまさに憧れの動きだった。一撃一撃の威力はもちろん、安定感が大きく違う。さらに烈の極め付けは「気拳」と続いていることだ。
そして型として全撃放った後、烈は回転をピタリと止めて瞬時に拳へと力を集中させると、明らかに遠い間合いから拳を繰り出した。
「おまけだ!!」
まさに気合いの一撃、それに影山は堪え切れずに吹き飛ばされる。当たってもいないのに今までより明らかに大きなダメージを彼は受けた。そんなあまりにも摩訶不思議な攻撃に昴は目を点にする。
「何なんスか、今の……」
「気功です」
「えっと、自然エネルギーがどうやらとかいう?」
昴にしては分かってたかと陸は思ったが、そこはつっこまず話を続けた。
「はい、烈さんは通常の魔力も当然高いですがその上に自然エネルギーはもちろん、周りの魔力まで取り込んで攻撃を繰り出すことが可能です。特にフィールドの中ですから……」
「そっか! 魔力なんて腐るほど流れてるって訳っスね!」
「ええ、それを証拠に……」
ドサリと幾人もの敵が倒れ始め、終いには影山と百合香だけを残す形となった。いきなり何が起こったのかと昴は驚くが、倒れたもの全ての魔力がゼロになっていることだけは確かだった。
「すまないな、俺も空間転移してきて若干ガス欠だったから魔力はもらったぞ」
ついでに全員倒れたけどな、と全く悪びれもせず烈は笑った。
そのあまりにも鮮やかな戦闘に三熊は本当に頼もしいものだと賛辞の言葉を送る。
「気功で敵を攻撃し魔力を奪う、さすが宝泉ですね」
「はい、それと三熊監督」
「ええ、空間転移はいつでも出来る状態で。今は下手に飛ぶより彼の傍にいた方が安全です。そして治療出来るものはすぐに開始して下さい」
それに桜と海は了承したと怪我人達の元へ走った。風雅の傍には杏がいたので既に治療は開始しているようだが、特に祥一は急いで回復させなければ出血多量でまずい。
そして、烈はストンと杏の傍に降り立つと意識を失っている風雅を見下ろした。深い傷は塞がっているようだが顔色は少々悪い。
「杏、風雅の容態は?」
「はい、全快にはかかりますが命に別状はありません。ただ、今夜は絶対安静です」
「風呂はいつなら入れる?」
「風雅様の回復力にもよりますが、明日には入れるかと」
風雅は風呂好きだったのかと杏は思うが、それは若干修正が必要だった。烈には完全に劣るというのが正解だ。
そう、烈が淳士より常識はあっても彼の親友である限り忘れてはならないことがある。彼もまたどこか出鱈目だということだ。
「そっか! 風雅は意外と爺臭いところがあってよ、温泉旅館で爺さんと茶を飲みながら将棋を」
「黙れ、さっさと仕事しろ」
二人はビクッとした。いくら杏が治療しているとはいえ復活するには早過ぎると思ったが、どうやらその一言を発したのみで風雅はまた静かになった。
「……意識あったのか?」
「いえ、無意識のはずですが……」
寝言にしてはあまりにも風雅様ぶりを発揮している。いや、だからこそ風雅様と呼ばれてるのかもしれないが……
「にしても、風雅の月蝕と杏の無限石火が効いてるみたいだな」
「えっ……?」
見ていた訳でもないのに何故分かるのだろうと杏が思えば、その問いはすぐに返ってきた。
「そりゃ、あいつの気の纏い方を見ればな。あんな出鱈目なダメージなんて淳士級の魔法じゃなけりゃあいつにはつかないしな」
「えっ!?」
「ああ、俺は超能力者とかじゃねぇから。ただ、そいつが纏う気や魔力の残骸でいろいろ分かるんだよ」
会話が先へ先へと先行している。それは杏が答えなくても答えを自ずと理解してくれてるからなのだが、あまりにも理解が早過ぎる気がする。
やはり超能力者なんじゃないかと思うが、今は風雅の治療が先だと杏は魔力を全開にした。
「さて、とりあえずこっちも優勢だが……」
烈の視線の先に冷たく静かな魔力が漂い始める。やれやれと思いながらもどこか戦える喜びを烈は感じていた。
「やっぱり怒らせたな。まぁ、淳士よりマシだが」
あいつは破壊の限りを尽くして暴走する上に夏音お手製のデザートが出てこないと止まらないからなぁ……、と親友の出鱈目さに比べたらまだ性質のいい相手だと思う。
とりあえずここから先は自分以外をフィールド内に入れておくことは危険だと判断した烈は、そんなことを感じさせないような笑顔で杏に告げた。
「杏、また後からな」
パチンと指を鳴らせば、フィールド内にいた全員が魔法学院側のベンチに戻された。中一組男子の扱いは少々悪かったらしく、折り重なって戻されたのは御愛嬌だ。
「皆、すぐに怪我人の手当に当たって! 真理ちゃんはもう一発さっきの治療拳使ってくれる?」
「あっ、でしたらこの宇宙人にお願いします」
海がすぐに立候補した。例え失敗したとしても真理に殴られて息絶えるなら本望だろうと、祥一が聞いたら間違いなく大量の涙を流すことをあっさり決めた。
だが、これに懲りて少しは自分を労ることも覚えてほしいとも思う。
「じゃあ、涼より強い奴を試そうかな」
そう言って拳に溜め始めるのはいかにも治療系とは程遠い見た目のプラズマが走る魔力。それを見ていた魔法学院の面々は改めて思うことがあった。
「駿……」
「うん、修平……」
「江森の治療拳を使わせないで済むくらい強くなろうな……」
「そうだね……」
じゃなければ間違いなくいつか殺られる……、と思った魔法学院の面々だった……
フィールドに残された烈と影山は向かい合うと、まさに一触即発の魔力をお互いに放ちながら至って声だけは平静な会話が繰り広げられていた。
「随分強力な結界を張ったようですね」
「まぁな。ちょっと時間がかかったがあれはお前でもすぐ壊せねぇだろうし」
さすがの烈とはいえ、全員を瞬時に移動させて強力な結界を張り、さらに影山の相手をする余裕はなかった。
だが、烈が来てすぐに空間転移を使わなかった判断は正しい。おそらく影山はまだ力を隠しているはずで飛んだとしても追い掛けてきただろう。
「やはりEAGLEも杉原杏を守る側だと?」
「当たり前だ。俺にとっては後輩の義妹だし、CROWNや弟妹分達が守りたいものを特にお前達にやられたくないからな」
というより「杏ちゃんマジ天使!!」とEAGLEの面々が熱くなってるから守らないわけにはいかない、とは言えなかった。海を除いて料理が出来る女子がいないのだ、EAGLEには!
「そうですか。あなたも宝泉家があるというのに……」
「ああ、だが次期当主は俺だ。だから杏を守る側だととっくに決めている。お前のお嬢様は随分権力好きだが、主力ばかりを敵に回す才能でもあるのか?」
「今だけなのでは?」
その答えに何か企んでるのかと思うが、親友の顔が浮かべば権力という面においては運任せなところがあるため、あながち間違いでもないかと思った。
だが、潰れる寸前にダイアモンド鉱山でも発掘しそうなタイプではあるが……
「まっ、淳士を見てたら冴島家は滅亡すると思うかもしれないが、あいつはお前達みたいに考えなくても強い奴が味方になるからな。特に俺の従姉妹殿は昔からあいつのために生きると決めてるぐらいだ」
竜泉寺家の存在はお前達にとって不都合なものだろうと烈は問う、というよりも影山の見解を聞き出したいと思った。
当然、BLOODには影山の上の立場は数人存在する。年功序列が多少なりとも残る中で十八歳ながらも影山は地位を確立している。だからこそもっとも危険な男だと水庭が警戒しているのだ。
しかし、最初に出て来た答えは代わり映えのしないものだった。
「……夏音様も困ったものですね。竜泉寺家に生まれながら何故国に刃向かうのか……」
「んなの決まってる。くだらないジジイの嫁になるより淳士に毎日餌、じゃなくて料理を与えてるじゃなくて作ってるのが好きなんだよ! あいつらの絆舐めんな!」
ご主人様とペット、それが夏音と淳士に対する身内の認識だ。なのでどう頑張っても言葉が上手く纏まらなくなりどこかで投げやりになってしまう。
だが、それを完全にスルーして影山は混乱を与える答えを返してきた。
「……本当に困ったお方ですね。ですが、守る対象が二人になった今、冴島淳士は杉原杏を取るでしょうね」
「どういう意味だ?」
「次元を持つ者は次元を持つ者に惹かれる。その時、貴方達はどうなるのでしょうか」
ただの恋愛感情の縺れというには安易過ぎる答えだと思った。烈も戦闘部隊長という立場上、次元の特性は知っているが、影山はそれ以上の何かを知っているような気がした。
だが、こんな時に浮かぶのはあのバカ面なのだから助かる。
「……よく分からないが、あいつの答えは間違いなくこうだな」
フワリと気と魔力の上昇が烈の髪を揺らすと、彼は間違いなく淳士が言うセリフを叫んで突っ込んで行った!
「美味いプリンを作れる二人をお前達に渡すか!!」
「何だそれ!?」と全員が突っ込んだ。しかし、すぐにプリンという単語で淳士の顔が思い浮かべば、彼のセリフを代弁したのだと思う。
だが、恥ずかしがらずに叫べるあたりは流石親友ということなのだろうか……
そして、何発か烈が影山に乱打を繰り返すと、早くも彼は内心舌打ちした。攻撃が当たり辛くなってきたのだ。
『ちっ! もう間合いを読みやがったか。淳士と違って頭使うあたりさすがは執事だな』
淳士の場合は突っ込んで来るかこちらが予測出来ない攻撃パターンを繰り出してくるかだが、影山はきっちり相手を分析してくるタイプだ。
いや、影山と個人で戦うのは初めてだが、BLOOD側で研究されていたと考えるべきなのだろう。
ならば乱打の質を変えるべきだと戦いが体に身に染みついているのか、烈は気功の質を大きく変えた。
「気斬拳!!」
「くっ……!」
影山の前髪が僅かばかり斬られる。先程までが威力重視なら、今回は攻撃範囲を広げたということになる。
当たらなければ当たる範囲を、その分威力に鋭さを加える、それが烈の戦い方だ。
ただ、影山も当然受け身ではなかった。寧ろ冷静に分析出来るからこそ見付けた弱点があったのだ。
一旦、烈との間合いを取るために一気に後方へ飛ぶと換装した妖刀に魔力を送り始め、それは血の色に染まっていく。
「貴方が気功を使うならこちらも手はあります」
影山の気が変わったと思った瞬間、烈はすぐに気を纏うのを止めた。早くもこちらの弱点に気付いたらしい。影山は先程使っていた妖刀の封印を解いたようだ。
「また軽く万代の人間斬ってんな」
「ええ、つまり強力な邪気を纏っているという訳です」
「……確かにそいつを使って気功はまずいな。だが、倒せない訳でもない」
烈は気を纏うことを止め、魔力のみに切り替えた。
そして、それにすぐ気付いた涼と藍は何があったのだろうかと目を丸くした。基本、烈は使える気は何でも使うタイプだからだ。
「魔力だけ……?」
「真央監督、烈さんどうしたの?」
スタミナを温存させるという点から考えれば、間違いなく気功を使った方がいい。しかし、それが出来ない理由があの妖刀には存在するのだ。
「邪気が強すぎて気を操りきれないのよ」
「えっ? 烈さんは邪気も利用出来るはずじゃ……」
気を操るなら何でも来い、と幼い頃から蓮は聞いていたがどうやら例外が出て来たらしい。真央はその例外を簡潔に説明し始めた。
「東條君の言うとおり、烈さんはいろんな気を利用する達人よ。当然、邪気も利用出来ない訳じゃない。だけどあの妖刀は多くの人の怨念までが篭ってるから、邪気が強過ぎて烈さん自身が蝕まれる可能性が高いのよ……!」
つまりは精神力の問題だ。烈もかなりの精神力を持っているため多少の邪気には耐性があるが、何万人も斬ってきた刀が持つ気はとてもじゃないが利用するには厳しいということだ。
万が一蝕まれた場合、烈が暴走することになるのでその被害は計り知れないもので……
「では、いきます」
また消えた、と真央は思った。それは誰もが思ったことだろうが、自分達の命に関わる戦いを見ることが出来ないのは歯痒さを感じてしまう。
しかし、風雅の治療をしながらもその気配を辿れるものがいた。
「杏ちゃん、見える?」
「はい、辛うじてですが互角です。ですが先程より影山様の妖刀の威力が上がっています」
見えるのは次元が解放されたため。他のものよりもその姿は明瞭だ。だが、妖刀の力が上がり少しだが烈が押されているように感じた。
その不安を感じ取ったのか、烈は杏に答えるかのように声を発した。
「だが、負けたりしねぇよ」
守りたいものがあるなら尚更だと烈は微笑を浮かべた。そして、烈は影山から間合いを取ると一気に魔力の質を変えた。あまり使わない質だが、今の影山を崩すのには最適なものだ。
「無限石火を打てるのは淳士だけじゃない」
格闘技になる辺りは若干違うがな、と心の中で付け加えると烈は全身に強力な魔力を身に纏った! まずい、と影山が思った直後、それは一気に繰り出される!
「無限石火・神速拳」
「……!!」
杏でさえその動きは捉えられなかった。気付けば影山が高く舞い上がっており、重力に引かれて百合香の前に落下したのだ。
「神速拳……」
涼はポツリと呟いた。幾度か淳士と烈の戦いを見たことがあるが、このクラスの戦いは見切れたことがなくいつの間にか互いが傷付いているという結果しか分からないのだ。
限られた者しか入れない絶対的なスピードの領域、それが神速拳。だが烈はさらに淳士の高等魔法の無限石火まで加えて来た。それが今の涼との差なのだと改めて痛感した。
「……やはりこちら側までは欲張り過ぎでしたね」
ポツリと百合香は呟く。自分の執事がやられているというのに彼女は特に悔しがる様子も見せなかった。寧ろ、これで構わないと言うかのように……
「影山、そろそろ引きましょう」
「……宜しいのですか? まだ私は戦えますが」
「ええ、私の前ではそれ以上力を発揮出来ないのでしょう? でしたら仕方ないですわ」
フィールドが壊れてしまうから、と続けると影山はスッと立ち上がり申し訳ございませんと謝罪する。
いくら最新のフィールドとはいえ、公式戦とは違い結界師がいない状況で影山は全力を出す訳にはいかなかったのだ。
「では、お別れの挨拶を杉原さんに」
百合香はスッとフィールド内に入ると、スタスタと魔法学院側のベンチに向かって歩き出した。それに合わせ烈も瞬身で戻り一行の前に立ち塞がる。
戦うつもりはないだろうが、別れの挨拶となればまた下らないことを言うのだろう。
「本日は楽しい一時を過ごさせて頂き感謝しております」
ビクリ、と杏の魔力が揺れるが、無意識なのか気絶したまま風雅は自分の胸に置かれている杏の手をギュッと握った。大丈夫だとまるで言い聞かせてくれるかのように……
「ですが杉原さん、あなたが巻き込んだCROWNとEAGLE、さらには魔法覇者達の行く末は私達に消されること。つまりあなたが魔法大戦を起こすトリガーとなる」
どういうことだと烈は思わなかった。次元を持つ者はいつの時代も争いの中心だ。だが、トリガーは一人だけではないと彼は思う。
「あなたの性でどれだけ死ぬのかしらね」
「三条!!」
これ以上言わせないと言わんばかりに烈は百合香を睨むが、スッと両手が顔まで上がったかと思えば、それはおちょくるかのような一言を返した。
「あっかんべーだ!!」
「なっ……!」
あまりにひどい顔に百合香は言葉を詰まらせた。だが、三熊はそういった返しほど百合香に有効だと内心吹き出していた。
「淳士ならやると思ってな。それと水庭上官から伝言だ」
それは百合香に対してだけではないと全員が耳を傾けると、烈はようやく彼らしい表情でそれを告げた。
「お前達の考えぐらいとっくに見抜いてる。政財界のジジイどもを全て丸め込んだとしても丸め込めない若造がいることも忘れるな、だとよ」
「少子化舐めんな!」と最後は訳の分からない理屈だったが、それはそれで効果があったらしく百合香は表情を歪めた。
水庭対策といわんばかりにありとあらゆる手段は打たれているが、思ったよりは収穫がないということなのだろう。
少なくとも杏を消すことが出来なかったというのは百合香にとっては好ましくない。
しかし、何も答えないまま百合香と影山はその場から姿を消したのだった。
「あっ……」
「アレ……?」
二人が去った後、中一組は次々と腰を抜かしていった。強力な魔力に当てられながらも必死に踏ん張っていたのだが、ホッとしたのか足に力が入らなくなったのだ。
それに烈はニッと笑うと、改めて全員に感謝の意をあらわした。
「全員よく頑張ったな、EAGLE戦闘部隊長として礼を言う。ありがとう」
何だか少し照れ臭い。特に自分達が何かした訳でもないが、この状況下で耐え抜いたことを褒められるのは嬉しいことだった。
そして、流石の回復力ということか真太郎と綾奈は早くも意識を取り戻していった。
「っつ……」
「おっ、さすが真太郎と綾奈は回復が早いな」
久しぶりに会うライバル達の元へ烈は歩み寄ると同時に二人はゆっくり起き上がると、完全に覚醒したのか驚きの声を上げた。
「宝泉!?」
「えっ!? 宝泉君!?」
気付いてそこにいたのが烈なら驚いても無理はない。彼は通常なら魔法議事堂戦から抜けて来るはずがないからだ。
しかし、烈は屈託ない笑顔を浮かべてそれに答えた。
「オウ、久し振り! 巻きこんで悪かったな」
「いや、こちらもお前が来てくれて助かった。だが、冴島はどうした?」
通常なら淳士が来るところだろうと真太郎が尋ねれば、烈は確かにそのはずだったと苦笑した。
「ああ、本当は淳士が出て来るはずだったんだがあのバカはまた有り得ないことをやらかしてな、完全にガス欠で俺が代理になったんだ」
「ガス欠って……、まさか……」
「ああ、BLOODお抱えの魔法覇者を完全に下した」
「なっ……!!」
全員に衝撃が走った。五人しかいない魔法覇者の一人が淳士によって下されたということは魔法界の均衡が崩されたということ。当然その均衡を保つためにも、すぐに新たな魔法覇者が選出されることになる。
つまり候補として挙がるのは同じBLOODの影山の可能性が高いのだが……
「順当に行けば、あの執事が次の魔法覇者の指名を受ける可能性が高い。上も間違いなく推して来るだろうしな」
受け入れるかどうかは知らないが……、と心の中で付け加える。ああいったタイプは権力を求めるのではなく利用するタイプだ。必要があれば興味がなくともなるのだろう。
そんなことを考えていると、宝泉家の使用人達がドタバタと武道館に入って来て、使用人頭の若い男が烈に頭を垂れた。
「烈様、お迎えにあがりました」
「ああ、ありがとう。それと医療部隊をうちで待機させといてくれ。ここにいる全員検査受けさせたいから」
「かしこまりました」
それから使用人頭は次々と指示を飛ばし、中学生達を次々と手厚く保護していった。特に風雅と祥一は予め予測されていたのか、すぐに輸血されているほど手際が良い。
そして、ドタバタと治療を施されている中、烈は三熊の元に歩み寄ると今後の提案をする。これは水庭ではなく、陽菜から言われていたことだ。
「三熊監督、さすがに三条に戻る訳にはいかないので宜しければ海宝に来ませんか? 真太郎と綾奈も一緒に」
「おや、陽菜君からのスカウトですか?」
「ええ、うちは人手不足ですし、何より真太郎と綾奈は料理出来るよな?」
いつになく真剣な表情で尋ねて来る烈に二人は一歩後退した。だが、烈がもっとも重要視するのは強さより料理の上手さと豪語したくなる気持ちはすぐに分かった。
「まっ、まぁ寮暮らしだしな……」
「それなりですが……」
「だったら頼む! 絶対うちに来てくれ! 俺達は味覚障害になりたくないんだよぉ〜〜〜」
確かにあれはなぁ……、と思うのは合宿所で見たことがあるから。数々の屍を生み出した毒を盛られるより危険な海宝女子名物の殺人料理はもはや全国的に有名だ。当然、烈が泣きたい気持ちは痛いほど分かる。
しかし、理由はどうであれ、しばらく海宝に身を置いた方が安全には違いないので三熊は二人に尋ねた。
「……とりあえず海宝に転校しますか?」
「そうですね……、同じ学校でも個人戦で宝泉と戦うことは出来ますし……」
「私も桐沢さんとはライバル校ですから問題ありませんしね……」
何だかとても不憫だから、というのが三人の意見だ。それに魔法学院に負けた理由が食事だというのも痛いところ。
「ありがとう! それと生活に必要なものは全てこっちで揃えるから心配するな」
「いや、そこまでは……」
「EAGLEから支給されるから大丈夫だ。CROWNと違って減俸やら淳士の弁償やらがないから問題ないしな……」
魔法議院からCROWNに回される費用より弁償が高いこともしばしば。その度に何とかなってる理由が彼等が持つ運の良さだ。
ちなみにレベルとしては、この前の釣大会で淳士が海に潜り、古代の埋蔵金を発掘した訳で……
「まっ、こうなるだろうと既に引越し業者を走らせていた水庭上官も流石だけどな。多分、既に引越し完了してるぜ?」
「何でそんなところが!?」とは思うが、間違いなく三条の一番の盲点だったに違いない。魔法議事堂戦を繰り広げている中、三人分の引越し作業など誰も思い付かないだろう。
しかし、魔法格闘技に打ち込む者ほど普段の愛用品を手放したくはないため、そういった気遣いには感謝だ。
「あと、真太郎と綾奈はEAGLEに所属するか? 陽菜上官は急なことだから部活だけでも構わないとは言ってるが……」
しかも今年は高三で受験生だ。任務より進学を優先してほしいと陽菜も思っているほど。
しかし、二人は海宝に行くならただでお世話になる気はさらさらなかった。
「俺は構わない。どの道魔法議院のいずれかに所属するつもりだったし、三熊監督もEAGLEに行くなら使いやすい駒がいた方が良いだろう」
「私も所属します。今回の件で三条に関わってますから、少しでも先生が安全な場所にいたいですから」
それならば、と烈は了承する。そして彼が頭の中に思い浮かんだのは海宝高校高一メンバーだ。真太郎や綾奈がいれば、少しは抑止力になると信じたい。
「そっか。んじゃ、二人は沙里達と組んでもらうことが多くなると思うから宜しくな」
「ああ、宮内達もEAGLEに入ったのか」
「まぁな、じゃじゃ馬だから既にうちの主力だ。手を焼くだろうが頼むよ」
いろんな方向で、とは心の中で突っ込むに止めた。杏の手前というのもあるが、これから苦労するのは真太郎と綾奈には違いないからで……
そして、今日は中学生達に御褒美といわんばかりに烈は彼等の元に行くとニッコリ笑って提案した。
「とりあえず、まずはうちに来てからだ。今日はきっちり持て成すから泊まってけよ」
「やったぁ!! 美人の湯に入れる!!」
「うんっ!! しかも凄くお魚が美味しいのよね!!」
藍と真理は花を飛ばして喜んだ。小さい頃から何度かお世話になっているメンバーにとって、烈の実家に泊まることは正月とクリスマスが同時に来たような嬉しさだ。
そんな二人の様子を見ていた昴は、隣に座って治療を受けている涼に尋ねた。
「涼ちゃん、烈さんの実家って旅館なんスか?」
「いや、純和風の豪邸。ついでに温泉付き」
やっぱりそういう方面なのかと思った。冴島邸に来た時も面食らったが、冴島家は使用人がいるといえども特別扱いがなされている訳ではないため、かなり気楽な豪邸といったところだった。
そして、冴島家と付き合いがあるなら烈の家もその可能性が高いと思い直し、昴はさらに質問を続ける。
「魚が美味いって……」
「毎日専属の釣師が釣りに出てるらしくてな。さらに宝泉家専属の板前がいるからな。ああ、うちの料理長が尊敬してるって聞いてる」
格が一気に上がった。これは冴島家以上ということなのかと悟った。しかし、烈もEAGLEに所属しているならと昴は思い直す。
「医療部隊ってEAGLEっスよね……」
「兼任してるかもしれねぇけど、宝泉家に常駐もしてるぞ。てか、夏音姉ちゃんの従兄弟だし病院もいくつか経営してる」
とはいえ、宗家は気功術を絶やさない役目があるけどな、と続けたところで昴はズドーンと沈んだ。
「……涼ちゃん、烈さんもまた御曹司っスか?」
「だから夏音姉ちゃんの従兄弟だって」
「超御曹司じゃないっスか!!」
叫びながら昴は滝のような涙を流し始めた。毎回揃いも揃って格上ばかりが集って来る。一体、どこをどうすればこんなに集えるのか訳が分からない。
いや、杏がいるから寄って来ると考えるべきなのか……
「またライバルが増える……」
「ライバルって風雅隊長がいる時点で杏は諦めろよ……。てか、烈さんも杏を可愛がりはするだろうけど恋愛対象にはならねぇんじゃ……」
「でも好きになる確率はゼロじゃないっス! 涼ちゃんだって好きになりかけてるっしょ!!」
「頼むから好きの種類を区別してくれ!! 俺は死にたくねぇんだよ!!」
「修平先輩も同じ事言ってたっスから信用出来ないっス!!」
「木崎っ!! 俺を巻き込むんじゃねぇ!!」
杏を好きになるかならないかという談議が交わされる中、その当人は宝泉家の医者達と風雅の治療に当たっているため全く気にも止めていない。
そんな様子を第三者の観点から見ていた陸は、隣に座ってスポーツドリンクを飲んでいる雅樹に問い掛けた。
「杏さん、本当にモテますよね」
「仕方ねぇだろ。胸もあるし」
「本当に残念ですよね、雅樹君」
無表情ながらも厳しい指摘だが、いつものことだと雅樹は気にした様子もない。寧ろ気にしたら雅樹ではない。
「ですが、これからどうなるんでしょうね。僕達じゃ手に負えないことばかりが増えていく気がします」
「だが、杏を守れるのはお前達だろ」
「烈さん……」
二人は横を向くと、烈は陸の隣に座って壁に背を預けた。
「俺達は中学に戻れないし、風雅も中二だから同じ教室にいるわけにもいかない。さらに一年早く卒業する。
だが、お前達は杏と同い年で同じクラスで仲間だ。だから一番傍にいてやれるだろう」
言われればその通りだった。杏と一番過ごす時間が長いのは自分達だ。それだけは間違いなく、彼女を守れるのも自分達次第に違いない。
「まっ、ゴタゴタしてんのは兄さん達に任せろ。お前達はきっちり強くなって俺達に挑んで来ることだけ考えてれば良いんだからな」
「うわっ!」
陸は大きな手でグシャッと頭を撫でられる。ただ、この手がいつも自分達を安心させてくれるのだ。
「あと、お前達に朗報だ。隆が明日帰って来るぞ」
「えっ……?」
「隆が!?」
二人は目を見開いて驚いた。遠山隆星、雅樹達の幼なじみで昨年の全日本Jr.大会終了後にアメリカに拉致されたパワーアタッカーだ。
そして、彼が帰って来るということはEAGLEにとっても重要なポストについている隆星を拉致した美女が帰ってくるということにも繋がる。
「ああ、空港からそのままうちに来るようになってるから楽しみにしておけ。まぁ、やつれてないと良いけどな……」
烈は心底そう思った。なんせ、アメリカから戻る美女は……
お待たせしました☆
今回はEAGLE戦闘部隊長、宝泉烈の活躍ということでしたが……
まだまだ中学生とは実力差がかなりあるということでいかにジュニア選抜優勝が遠いのかお分かりいただければと……
そして、そんな烈すらも嵐の予感を感じる美女と風雅達とずっと過ごしてきた遠山隆星がついに帰国する次回!
さて、どうなることやら……
では、小話をどうぞ☆
〜従兄弟ですから〜
昴「烈さんって夏音さんの従兄弟らしいっスよ!」
杏「そうなんですか!?」
昴「それに淳士さんの親友らしいっス」
烈「まぁな。昔から家同士の付き合いもあるし、CROWNとEAGLEの関係性なら親しくもなるさ」
杏「あっ、烈さんこんにちは」
烈「オウッ! だけどあいつらと毎日顔を突き合わせてる東吾……、ああ、CROWNの情報部隊長の方が親しいというか忙しいだろうな」
昴「ああ、涼ちゃんが凄く尊敬してるっていう桐沢さんっスね」
烈「そっ。なんせ敏腕ビジネスマン三人分の忙しさだからな。特に最近は淳士と夏音の面倒が昔に比べて五倍に増えてるしな」
杏「えっ? ご、五倍ですか?」
烈「ああ。あいつらも早く結婚でもなんでもすればいいんだが、二人して東吾にベッタリだからな」
昴「でも待って下さいっス。淳士さんの親友で夏音さんの従兄弟で被害が少ないのはおかしくないスか?」
烈「いや、だからだな」
昴「へ?」
烈「淳士と戦いはするし、夏音のデザートも食うが逃げどころも心得てるんだよ」
杏・昴「「なるほど……」」