第三十四話:奇跡
栗原と激しい乱打戦を繰り広げていた雅樹だったが、突然現れた危険な魔力に動きを止められた。そして、それは雅樹達だけではなくフィールド内全ての試合が止まる。
「影山様……」
「何だ、あの執事野郎」
聞かなくても想像はつくが、口や頭まで動かなくなることだけは避けたかった雅樹はぶっきらぼうに栗原に尋ねると、彼女も冷静でいたいと思うのか答えてくれた。
「百合香様の執事、影山様です。そしてBLOODの特技戦闘部隊統括官も兼任されてます」
「へえぇ、BLOODのお偉いさんか。にしても淳士さんと対称って感じだな」
淳士の魔力はとにかく圧倒されるが、影山の魔力は威圧されてしまうといった感じだ。水庭が絶対手を出すなと言うのも分かる。
「ですが残念です」
「あぁ?」
「あなたは殺されますよ。杉原杏と関わったがために」
「んだと?」
雅樹は栗原を睨みつけた。毎回思うことだが、何故杏に関わることで自分達が殺されるという結論に至るのかが分からない。
確かに杏は次元を持っているという点に関しては危険なのかもしれないが、それならば淳士にも同様なことが言える訳で……
「もう少し戦っても良かったのですが、私達はここまでのようなので失礼します」
「オイッ! 待て!!」
雅樹は栗原を追い掛けようとしたが影山に転移させられたのだろう、今までこちらと戦っていた三条学園のメンバーは百合香を残し、一瞬でその場から姿を消した。
一方、陸からダウンを取ろうとした瞬間、百合香の前でこれ以上くだらない試合をするなという意味でも込めてかけたのであろう、影山の金縛りは完全に真太郎の動きを封じていた。
「くっ……! 小原、悪いが金縛りは解けるか?」
「はい、解けますが……」
「すぐに俺と綾奈を優先して解いてくれ。あいつが来たということはあいつの部下達も来てるということだ」
とはいえ、主力は魔法議事堂戦で出払っていることは分かる。CROWNとEAGLE相手にそこまで戦力をこちらに回すことは不可能だ。
しかし、そうしなくても影山一人でここにいるもの全てを片付けることは可能だが。
「分かりました。お二人を補助します」
「ああ、頼む」
変化はすぐだった。すぐさま陸と魔力がリンクしたことを感じ、金縛りからも解放され魔力の流れもいつもよりスムーズだとさえ思う。陸が味方だとここまで変わるのかと思った。
それは綾奈も同じらしく、駿と少し話すとすぐに協力体勢に入った。お互い守りたいものは一緒だ。
そして、百合香の前に膝立ちしていた影山がスッと立ち上がると、彼女はいかにも権力者といった表情で影山に告げた。
「影山、少し早いのではなくて?」
「申し訳ございません、百合香様。ですが必要かと思いまして」
主が欲しがる前の段階でそれを察知するのが自分の努めだと影山は頭を垂れる。その言動に気分を良くした百合香は彼に命じた。
「では、手始めに魔法学院の面々を杉原杏の前で痛ぶって頂けるかしら? だけど殺すのは後からでね?」
「はい、かしこまりました」
「待ちなさいっ!!」
三熊が声を張り上げた! 影山だけは何があっても戦わせるわけにはいかない! 戦うことになるとしても、少しでも時間を稼がなければこちらにあるのは死だけだ!
その声に影山は百合香に向けるのとまるで正反対の表情で三熊を横目で見た。その視線だけでも、彼がいかに残虐な殺人鬼なのかが分かる。
「影山、人殺しをするなら試合には……!!」
「先生っ!!」
影山の魔力に当てられ三熊はその場に腰をつかされた。そして、向けられるのは主の邪魔をする者を見下す冷たい視線だ。
「貴方の命令は拒否します。それと三熊監督、奥様は解放されましたのでご心配なく。ですが、未来の危険因子を守る真似はご遠慮頂きたい」
つまりこちらに加減する理由は無くなったが、それ以上に感じさせられたのはそれを告げた程度で結果が変わらないということだ。
そんな三熊の焦りなど全く気にせず、百合香は彼の生死を決めるにしては軽い調子で影山に問い掛けた。
「そういえば影山、三熊監督はそれほどの権力をお持ちでしたの?」
「ええ、今はCROWNとEAGLEに分かれていますが、以前はSHADOWの参謀部隊補佐官でした。魔法議院議長の御友人であることは確かですよ」
「そう、だったら殺して……」
「させませんっ!」
金縛りを解き、綾奈はフィールド外に出て三熊の腕をとって肩にかけると、瞬時に魔法学院側のベンチに彼を避難させた。
「綾奈っ!」
「先生、ここから抜け出すには先生と結城さんの力が必要です。ですから私と真太郎が時間を稼ぎます」
もうそれしか手段はないと綾奈は告げた。あくまでも全員生き延びてこの場を脱する、それが目的となれば綾奈の申し出が一番だと三熊は瞬時に判断した。
そして、それを可能とするには当然必要な魔法が存在する。
「分かりました。結城監督、水庭上官から空間転移は教わってますか?」
「はい、既に魔力は溜めていますが影山の妨害を踏まえるとこの人数を転移させるには最低あと二分要します」
「二分ですか……、小原の補助があってもギリギリかもしれませんね」
せめてあと一人影山を抑える戦力を持つ者がいれば……、と三熊は思う。しかし、そこに名乗り出るのが風雅だった。
「三熊監督、俺も使って下さい」
杏に回復させてもらった今なら戦えると風雅は進み出る。確かに真太郎や綾奈と充分に渡り合える上に実戦経験まで積んでいるが、一つだけ問題があった。
それは風雅の月眼が無効化される恐れがあるということだ。
「……月眼と影山の相性は最悪ですよ」
「はい、だからこそ月蝕を使います。今日は当然月蝕でもないですから成功確率は低いですけど、一番生き残る可能性が高い方法ですから」
影山に対して精神を蝕む日蝕を使っても無意味だと風雅の判断も早かった。さらに日蝕の特性上、闇を司る影山には特に相性も悪い。
しかし、こちらも相性は悪いが月蝕が成功すれば影山を足止め出来る可能性は高くなる。うまくいけば彼の闇すら利用出来るかもしれないのだ。
そして、今回幸いにもその確率を上げるものがこちらの味方にいる。それこそ万が一に備えてと水庭が魔法学院に行けと命じていた祥一だった。
「三熊監督、風雅の補佐に俺が付きます。海が影山の情報を前もって出してくれてますから陽動は可能ですし、俺も必殺技の一つぐらいありますから」
最悪、自分を犠牲にしてでも……、と続いてる気がした。しかし、祥一がギリギリまで粘ってくれればこの窮地を脱する可能性は格段に上がるためその申し出を受け入れることにした。
「分かりました。真太郎、綾奈、お前達も一之瀬を補佐しつつ影山を抑えろ」
「了解!」
その声と同時に武道館の扉という扉が開かれ、そこから敵が多数侵入してこちらを取り囲む。一人として逃がさないといった黒の集団は殺気を容赦なく向けてきた。
ただ、その殺気を受けて怯むものなどこちらには一人もいない。大抵のものがこういった状況に慣れている上に、初心者である昴も引くような性格ではなかったからだ。
そして、風雅は一気に魔力を上げると杏を安心させるかのように優しく微笑んだ。
「杏、絶対戻って来るから待っててくれ」
「はい、御気を付けて」
風雅なら大丈夫だと杏は強く頷いた。それに今回は緊急事態であり、全員の魔力を回復させ続けることが出来ると杏は思った。夏音のように戦う術はなくとも、一人も犠牲を出さない手伝いは出来るのだと。
それを真似るかのように祥一も海に告げようと思うが、やはり祥一は祥一だった。
「海、帰ったらデート」
「いいから早く行きなさい。杏さんは守りますから」
ふざけずにさっさと行け、と相変わらずの無表情で祥一の言葉を遮った。向こうの狙いは間違いなく杏だ。指一本たりとも触れさせはしないとスッと苦無を構える。
そんな海に祥一は少しは心配してもらいたいとは思うものの、怖じ気づいていないことに安心して彼は敵と向き合った。
そんな魔法学院の面々を見て、無駄な悪あがきだと百合香は思う。結末が変わらないというのにこういう者達は本当に滑稽だ。
「向こうはやる気みたいね」
「はい、私もすぐ出ましょうか?」
「いいえ、一分待ちましょう。最期に戦わせてあげるのも良いでしょう?」
せめて戦いに散って死ぬというのなら魔法格闘技を志す者にとって最高の死に方だろうと百合香は微笑む。それには影山も同意したらしく了承したと微笑を浮かべて頭を下げた。
どのみち、ここにいるものは今日この場で死ぬことには違いないからだ。
しかし、世の中には諦めの悪過ぎるメンバーが集うことがあるのだ。
『全員聞きなさいっ!』
真央の念波が全員に響き渡った。最早聞き取られようが何だろうが構ったことはない。命令は一つだけだ!
『今から指揮は三熊監督に従いなさい! そして絶対に死ぬな!!』
『ラジャー!!!』
とにかく二分、いや、二分以内に全員を安全な場所に転移させることが自分の使命だと真央は全力で魔力を溜める。
それに呼応するかのように桜が真央のサポートを努め、ベンチに残っていた蓮と藍が守りを固めた。
ただ、真理が三熊の守りを固めようとすると、彼はそれを断った。
「江森、君はヒーリングガードですか?」
「えっ? はい、一応……」
かなり微妙なヒーリングガードな気がするが、真理はそう答えた。
「でしたら冴島を復活させて下さい。彼が動けるようになれば戦況は若干こちらに傾きますから」
「復活って……!」
「杉原さんの治療でも早くて一分かかります。君なら彼を完全復活させるのに一瞬です。一撃必殺の要領で魔力を治療魔法に変換させて下さい」
「そんなっ……!!」
出来るわけがない、と真理は言えなかった。全員が無茶を承知でやるなら自分も無茶をやるしかないのだ。
「君なら必ず出来ます。いつものように殴れば良いんですよ」
そう言われて真理は何か吹っ切れたのか、ニヤリと笑った。その笑顔に蓮と藍は涼の命の危険性が増したとゾッとする。
「そうですよね、殴れば良いんですよね?」
どのみち一か八かなら本気で殴ろうと思った。殴ってダメージを受けようとも、魔力自体は治療系なのだから何とかなるはずだ。ダメならゴメンと謝ろう。
そして、わざわざ最後の作戦会議をさせてくれたのであろう、三熊が影山の方を睨めば、彼はそれに応じるかのように合図を出した。
「では、始めましょうか」
スッと影山が手を挙げれば、彼の部下達が一行に襲い掛かった!
「木崎っ! お前は冴島のガードに集中しろ!」
「了解っス!!」
昴にそう言い残し、修平は先陣切って突っ込んでいった。とにかく後輩達を守りながら時間を稼ぐ、そう思いながら修平は全力でトンファーを振り回した。
それに呼応するかのように、駿も数々の魔法を繰り出しながら敵を薙ぎ倒していく。
そんな二人に、平民にしてはいい逸材だと影山は賛辞の言葉を述べた。
「やりますね、それなりに魔力は消費してたでしょうに大したスタミナだ」
「向こうに攻撃補助に特化したタイプがいるみたいよ。でも、それ以上の芸当を杉原杏はやってるみたいね」
百合香の視線の先にいた杏は魔力全開で全員の回復にあたっていた。間違いなくそれは次元があればこそ出来る高等回復魔法だ。
「ほう、竜泉寺家の広範囲治療術ですか。」
「ええ、気に食わない力ですわ」
次元を持つ者だからこそ出来る芸当だが、自分より劣るものが自分より遥か高見にある高等魔法を使えることが気に食わない。
しかも杏は力を持つ者をどんどん引き込んでいくのだ。放っておけば間違いなくやがて三条の脅威となることだけは確かだった。
「ですが、BLOODとしては利用出来るならしたいところですね。次元を持つ者は貴重ですから」
「ええ、通常なら私もそうしますけど、杉原杏に魅了眼は通じない上に母親はあの呪われた一族ですもの。だからこそ無惨に消したくなるの」
笑っているのに笑っていない、そんな主に影山は若干の恐れを抱いた。
今は自分の足元にも及ばない主だが、やがては魅了眼を使わずとも人を従えていくのだろうと感じさせられる。事実、彼女の魔力は上がり続けているのだから……
「それと影山、予定通り魔法議事堂戦は」
「ええ、こちらに付いた組織は冴島淳士によって壊滅しましたので幾人かはBLOODに取り込みましたし、利用価値のないものは売り飛ばしておきましたよ」
「そう、売った人間はどんなものに変わってくれるのかしらね」
服か靴か鞄か、それともそれ以上に価値あるものを連れて来るのかと百合香は人身売買を楽しんでいた。
人間は利用価値がその場所ではなくとも、売れば何かに変えることが出来るというのが百合香の発想だ。それが少なからずとも自分を潤すものに変わるのであれば悪くはない。
「ですが、一度聞いてみたいこともございますが宜しいでしょうか」
「あら、何かしら」
影山にしては珍しいと思った。基本、彼は未来をあらかた予測しているタイプだ。そんな彼が質問するようなことがあっただろうか。
「冴島蒼士、彼の働きで一部ではありますが人身売買は阻止されています。ですが、何故彼には何も差し向けないのでしょうか」
差し向けても無意味だといえばそれまでだが、彼を陥れる戦力をかき集める事さえしないのは少々疑問だった。
もちろん、冴島蒼士の始末は後回しにしているという理由はあるのだろうが。
確かにそれはこちらの気まぐれなので分からなくても仕方がないかと百合香はクスリと笑うと、彼女は一呼吸おいて答えた。
「……影山」
「はい」
「冴島蒼士は世界一強い男だと思う?」
その問いに影山は目を丸くしたが答えは一つしかない。彼こそまぎれもなく世界一の魔法格闘技家だ。
ただ、そう答えては影山も少々面白くないようで若干言葉を濁した。
「……現時点では私も敵いませんね」
「ええ、戦時中は英雄と言われた冴島家の総主。いわば魔法界のバランスの中心となる男。泳がせれば泳がせるほどいずれは私の駒となる」
まるで手に取るようにそれが分かると百合香は言う。魅了眼で操る訳ではない、そうなる存在だと感じ取っているのだ。
「冴島淳士と杉原杏、私が嫌いなものを全て消せる存在は大切にしておきたいの」
ニコリ、といつになく百合香は無邪気に笑った。それこそ年相応の笑顔だというのに考えは大人でも恐ろしいと思うもの。
だからこそ影山は百合香の執事になることを選んだ。彼女の行く末を見てみたいと思うから……
「……敵いませんね、ですが見てみたいものです。父親に殺される息子と本来は……」
その時、BLOODの戦闘官の一人が三条側のベンチに殴り飛ばされて来て言葉を遮った。その有様に情けないものだと影山は一瞬思っただけで後は何の感情も湧かない。
だが、良いタイミングだと百合香はかつてないほどの黒い笑みを浮かべて影山に命じた。
「では、そろそろ最悪なシナリオで閉幕させましょうか」
「はい、百合香様」
綺麗な笑みを浮かべて影山はゆっくりと魔力を上げていく。いきなり杏を痛ぶっても面白くない、当然風雅もすぐに殺すには惜しい、ならば……
そして、影山が動こうとしたその時、昴の後ろで倒れていた涼が早くも意識を取り戻した。
「うっ……!」
「涼ちゃん! もう気付いたんスか!?」
いくら何でも早くないかと昴は驚くが、涼は自分に送られて来る魔力に納得いった。練習していたことは知っていたが、もう出来るようになったのかと本当に驚かされる。
「……ああ、杏が回復させてくれたみたいだな」
「杏ちゃん!?」
「ああ、少しでも早く回復させたい時に遠距離でも治療出来る術を練習してたらしい。だが……!」
「涼っ!!」
上空から降ってきた真理の声に涼は目を見開いた! 真理が拳に爆砕拳を打つ時と同じ高密度の魔力を宿して涼に向かって来たのである!
「真理っ!! それだけは!!」
「いいから受けなさい!!」
「だああああっ!!」
死んだと思ったが拳は寸止めの状態。痛くないと思い涼がそっと目を開ければ、いきなり魔力はマックスとなった!
「えっ……?」
「で、出来た……!」
一か八かの回復は見事に成功したが、感動している暇などなかった。止まっていた二人に敵が襲い掛かって来たのだ!
しかし、その二人を救う高速苦無は既に放たれていた。
「フラッシュショットガン」
「ぐあっ!!」
間一髪、敵の肩と太股を高速苦無が貫通し二人は難を逃れた。当然、その苦無を飛ばしたのは我等が攻撃補助様だ。
「陸!」
「お二人共、すぐに先輩達のフォローに入って下さい!」
「オ、オウっ!!」
「分かった!」
油断している場合じゃないと、涼と真理は戦場に飛び出していった。今は少しでも生き残る確率を上げることだと涼は瞬時に判断したのだ。
だが、あまりに型破りな治療魔法に昴は呆気に取られてしまった。
「なんかすごいっスね、真理ちゃん……」
「一応、ヒーリングガードですから……」
あんな荒削りの治療魔法は見たことないが……、と陸は心の中でつっこむ。
基本、ヒーリングガードはかなり繊細な魔力コントロールを要するわけで、真理のように拳に治療系の魔力を宿して一瞬で回復させる芸当を持つものはいない。
ただ、逆にいえばそれが出来るからこそ彼女はヒーリングガードの才能があると言えるのだろう。
だが、それ以上に先程から気になるのは……
「……陸ちゃん、杏ちゃんの魔力ってこんなのでした?」
「違います。おそらくこの窮地だからこそ次元が無意識に解放されたのだと思います。それより君は動かないようにして下さい。僕が敵の視界に捕まる訳にはいきません」
「はっ、はいっス!」
そう、今は考えるべきではないのだ。おそらく風雅や真央辺りは気付いているだろうが、味方を回復させるのと同時に敵の魔力が擦り減っていってるのだ。
夏音と同じ広範囲治療術に間接攻撃を加えた杏オリジナルの術が発動していると考えた方がいい。
だからこそ陸は追求しなかった。これが次元の暴走と共に発動されてしまったら……
そして、全体に指示を出しながら特に影山の動きを見ていた三熊は彼の動作一つでさえ見逃しはしなかった。長年の経験が彼のターゲットを感じ取ったのだ。
『成瀬! 影山が来きます!! 魔力最大で防御に転向しなさい!!』
『了解!!』
いよいよ来るかと思ったその刹那、分厚い氷を祥一は召喚した。そしてその氷は砕け散り、一瞬のうちに蒸発する!
「おや、随分強い防御力ですね。成瀬辰也から教わったのでしょうか」
「そうだ、海宝の主将としてあっさり負けられないからな。それに俺も来年はEAGLEの戦闘部隊長だ。お前一人ぐらい食い止められないと誰も守れないんだよ!!」
氷雪系の魔力を含んだ回し蹴りが影山を襲うが、彼はそれを読んでいたらしくすぐに後方に飛ぶと、空を蹴って祥一の胸を貫通する一撃を繰り出した。
しかし、腕に残った感触は血の温かさではなく氷の冷たさだ。
「幻術ですか。ですが……」
激しい衝突が直後に起こった! 魔力が目で確認出来るほど、赤いオーラを身に纏った真太郎が強烈な一撃を影山に叩き込もうとしたのを片手で止められたのだ。
「随分良い動きをしますね。かなり魔力を温存していたということでしょうか」
「そうだ。ただ、冴島淳士や宝泉烈と戦うために蓄積しておいたものがパーになったがな!!」
夏のインターハイで淳士や烈と闘うために毎日蓄積させておいた魔力を真太郎はここで使わざるを得なかった。
影山の実力は間違いなく淳士達と互角、戦い方を変えればそれ以上ともとれるのだ。そんな相手に出し惜しみなどしている余裕はない。
それは綾奈も同じらしく、彼女は影山の背後から足元を狙って銃を撃ち込んだ!
「ウイングショットガン!」
影山のバランスを崩すかのように綾奈の銃は放たれる。その隙を突いて真太郎は影山に一撃打ち込もうとした瞬間、何と目の前に綾奈が現れた!
「なっ!!」
「きゃあああっ!!」
いきなり現れた真太郎に綾奈は攻撃を防ぐことが出来ず、彼女はフィールドの端まで殴り飛ばされ意識を失った。
入れ替えられたのかと思ったのも束の間、影山は真太郎の後ろに回り込み首筋を叩いて気絶させた。
しかし、そこで止まりそうになった一行に対し、三熊は教え子達の心配を押し切って風雅に念波を飛ばした。
『一之瀬! 月眼を発動させなさい!』
一瞬のうちに自分と他人の位置を入れ替える芸当を何発も使えるなら、今頃とっくに彼は世界一の魔法格闘家である冴島蒼士を超えている。それに今の魔法でそれなりの消耗が見られたのは確かだ。
ならば月眼を発動している風雅が突っ込んできた場合、いくつかのリスクを負うため入れ替えたりはしないはずだ。
もし、風雅が仲間を殺すような所業を起こしてしまった場合、下手をすれば彼の母親と同等の力を覚醒させてしまう危険性があるわけで……
「月眼!!」
紫水晶の目が影山を捉える。予測通り影山は風雅の烈拳をかわすだけに止まったが、正確にいえば入れ替える必要性がなかっただけだった。
覚醒もしていない月眼との相性が悪いという事実は変わらず、十秒もすれば風雅の拳は止めらた。
「……残念ですね。まだ月が出るには早く、今日は隠れてしまいましたから」
「うっ……!!」
指一本で風雅の左肩が貫かれる。しかし、まさにそれが風雅の狙いだった。彼は肩を貫かれたまま影山の右腕を掴むと、逃がすものかと魔力をさらに上げた。
そして、風雅の後ろからセカンドリミッターをはずした祥一が飛び出してきた!
「永久氷結」
瞬間氷結にして威力は絶大。ずっと祥一が努力を続けてきた大技は確実に影山を捉えていた。そう、間違いなく捉えていたのだ!
『成瀬!! 一之瀬!! すぐに離れなさい!!』
「なっ……!!」
三熊の念波が飛んできた時には既に祥一は斬られていた。一体何があったのか誰もが分からなかったが、傷一つなく影山は氷から抜け出ていたのだ。
「決まれば大きいですがまだまだでしたね」
「祥一さんっ!!」
血が全身から吹き出し、祥一はその場に崩れ落ちた。しかし、海はただ叫ぶだけでその場から動くことが出来なかった。自分が倒されることすらチャンスに変えてもらいたいライバルがいると伝わってきたからだ。
「さぁ、次は……!」
「月蝕」
空間が完全に歪んだかと思えば闇が影山を浸蝕し始めた。月眼奥義の一つだがやはりぬるいと思った次の瞬間、激痛が身体を襲う! これは……!
「皆既月蝕!!」
「ぐっ……!!」
月は自身で光を放たず光が無ければ闇に包まれているだけ。だからこそ影山の持つ闇の力そのものを利用して全身を魔力で滅多打ちにする、それが風雅の皆既月蝕の特性だった。
ここでやらなければ誰も助けられない、その使命感が風雅の月眼をさらに強くさせるが、いきなり闇の中から紅の光を放つ妖刀が現れた。
違う、これは月蝕を吸い取った妖刀の輝きだ!
「やりますね。ですが、魔法覇者であるあなたの母親と戦ってきた私にとっては赤子同然だ」
鮮血が飛び散った。それは幻でもなく本物! その光景に杏は心が弾ける!
「風雅様っ!!」
「杏さんっ!! 行っては……!!」
海が杏の腕を掴もうとした瞬間、それは空を切った。彼女は一瞬のうちに風雅の元へ飛んでいたのだから!!
「空間転移……!!」
気持ちだけで、いや、寧ろ風雅を助けたいと思ったからこそ次元が発動し空間転移を可能としたのだろう。
「風雅様っ!! しっかりして下さい!!」
急いで止血しなければ危険だと杏はかつてない速度で風雅を治療していく。その早さに影山は眉を顰めた。あれは治療の域を超えている、もはや再生術だ。
「……やはりあなたは危険ですね。冴島淳士ほどの格闘センスはなくとも、冴島淳士以上に高い質の魔力がある」
影山が傍に立っているというのに杏は見向きもしない。とにかく風雅を助けなければならない、それと同時に心の中で込み上げて来るものがある。
風雅を傷付けた者が許せない……
「杉原杏様、あなたはこの場で葬りましょう。冴島淳士と同じ力などあなたのような庶民が百合香様の前で持つべきではない」
「……許せません」
心の中の水面に水が落ちてそれが波紋となり広がっていく。そしてそれは激情となって一気に噴き出した!
「風雅様を傷付けたあなたを許せません!!」
魔力は大きく弾けた! 存在すら消そうというほど、破壊の限りを尽くす魔力は影山に反撃する余地すら与えない!
「ぐっ……!!」
影山の身体は見る見るうちに無数の傷が刻まれていく。それだけではなく身体の中まで破壊されているのだと分かった。まるで二度と魔力が使えないようにするために……!
「あれは……!」
「淳士さんの無限石火……!!」
そこまで使えるのかと誰もが驚かされたが、いきなりその魔力は掻き消された! 影山が自力で弾き返したのだ。
そして、ボロボロになりながらも殺人鬼のような冷たい目で杏を射貫いた後、彼は右手に禍々しい闇を纏う妖刀を換装した。
「……冴島淳士と接触したこともないというのに恐ろしい方だ。冴島家の秘術をコピーしていましたか」
「あっ……」
淳士が使える魔法の中でも最強クラスの攻撃だった。威力もさほど変わらないというのに、それさえ影山に通用しないということは希望が断たれたのと同じことだ。
無意識に発動したとはいえ、杏は力無くその場に崩れ落ちた。しかし、それでも風雅だけは守らなくてはと脳裏に過ぎり彼女は彼を背にかばう。
「くそっ!! どきやがれ!!」
「杏ちゃん!! 逃げるんだっ!!」
修平と駿の声が響く。他の中一組も必死に敵を倒して彼女のもとに行こうとするが、敵もドーピングを施されているらしく倒してもすぐに起き上がって来る。
そんな杏のために必死になって戦う者達が影山の目にはひどく無駄に思えた。なぜなら自分の主がそれを望んでいないからだ。
「あなたが死んでいれば良かったですね。そうすれば彼等は生きていられたのに」
「……っつ!!」
そうだ、自分が死んでいれば皆がこんなに傷つくことも苦しむこともなかった。どんな言い訳をしようと、風雅はこうして自分の後ろで血を流して倒れているのだ。
その事実を受け入れた杏は魔力を完全に終息させた。自分が消えれば、もう戦う理由はないはずだと……
「折れたようですね。では、私が消してあげましょう」
スッと妖刀の切っ先が杏に向けられる。その光景に百合香はクスリと笑った。これで杉原杏は消えるのだ。
「杏っ!!」
「杏ちゃん!!」
「杏さんっ!!」
誰もが杏に逃げろと叫ぶ! しかし、気力すら失った杏が動けるはずがなかった。だが、その声の中に一つの言葉が武道館に響き渡った!!
「風雅っ!! 動きやがれ!!」
修平の声と共にさらなる鮮血が舞う。しかし、それは杏のものではなく風雅のものだった。杏はゆっくり顔を上げると、自分を背に庇い、風雅は妖刀を掴んでいた。
「おや、まだ立てましたか。さすがに驚きましたよ」
「風雅様っ……!!」
どうしてだと思った。もうこれ以上戦わないで欲しい、傷付いて欲しくない、心が壊れてしまうというのに……!
「……杏!」
周りは戦いが続いているというのに、風雅の声は杏に届いた。そして、彼はそれは穏やかな表情を浮かべて彼女に振り返る。伝えたいのはこの気持ちだ。
「俺は、お前が好きだ……」
「あっ……」
ハラリと静かな涙が一筋流れた。たったその一言が杏の心を救っていく。そうだ、私はこの人が好きなんだと……
しかし、目の前にある現実は変わらない。影山は風雅の腹を蹴って膝を折らせると、目障りだと妖刀を高く掲げた。もうこれ以上の茶番はいらない。
「一之瀬家を背負うあなたが死ねば多くの敵が出来ますけど、杉原杏を庇うのであれば仕方ないですね」
「……っつ!!」
刃が振り下ろされたと同時に走馬灯が駆け巡る。誰か、誰かと心が悲鳴を上げた時、彼女が最後に縋ったのは……!
「……淳士様っ!!!」
杏の声が武道館に響いたその時、彼女の前で大きな力が弾ける! それは風雅を殺した音ではなく、二人を守るために現れた希望の音だ。
その姿を見た真央は表情を輝かせ、三熊は奇跡だと思った。まさか彼が来てくれるとは誰もが思わなかったのだから……
「ラスト五分前、メンバーチェンジ及び大将戦を要求する」
これはあくまでも試合だろうといった声の出現に杏はきつく閉じていた目をそっと開くと、赤と黒を基調とした胴着を身に纏う大きな背中が飛び込んできた。
「あっ……!」
溢れ出る魔力、絶対的な安心感、誰からも頼りにされる青年の登場はこちらの劣勢を一気に優勢へとひっくり返そうとしていた。
テレビ越しでしか見たことはないが、この惹かれる魔力の持ち主は……
「淳士、様……?」
「残念だが淳士じゃない。だが、あいつのライバルだ」
ニッと笑みを浮かべてこちらを振り返ったのは淳士と何度も全国大会個人戦の決勝で戦ってきた青年。
その登場は影山の表情を歪ませるには充分過ぎるものだった。
「これは一番予想外の援軍ですね。貴方がいらっしゃるとは思わなかったですよ」
そう、誰もが彼が来るとは思わなかったのだ。なんせ彼は淳士と同等の力を持ち、魔法議事堂戦から抜けて来る立場ではけっしてないからだ。
「陸ちゃん、あの強そうなイケメン、誰なんスか?」
「宝泉烈さんです。EAGLEの戦闘部隊長で淳士さんの親友兼ライバルの」
「ってことは……!」
希望は表情に現れた。そして、その希望を糧にするかのように烈は一気に魔力を上げる!
「さて、反撃開始だ!」
まるで試合を楽しむかのように、烈は影山に殴り掛かっていった。
お待たせしました☆
ピンチから一転、淳士のライバル兼親友の宝泉烈の登場で何とか切り抜けられそうです!
とはいえ、彼も淳士の親友ということでなかなか個性的な人物には違いありません(笑)
次回で三条学園戦が終わりますが、どんな結末になるやら……
では、小話をどうぞ☆
〜クラリネット壊しちゃった?〜
昴「修平先輩、リコーダーの練習っスか?」
修平「ああ、テストがあって出来なかったら居残り練だからな」
昴「真面目っスね〜」
修平「お前が不真面目なんだよ」
昴「てか、風雅隊長もリコーダー吹いたりするんスよね。何かイメージが……」
修平「まぁな。てか、あいつは合唱祭とかは大抵指揮者だ」
昴「うわっ、イメージぴったり!」
修平「ついでに駿は伴奏だ」
昴「それも似合うっスね。じゃあ、真央監督は何か楽器出来るんスかね」」
修平「……クラリネット」
昴「スゲェ!!」
修平「ああ、確かに上手いが何かな……」
昴「……顔色悪いっスよ、修平先輩」
修平「それがな、メニュー作成に詰まってたまの息抜きに吹く曲が『クラリネット壊しちゃった』らしいんだが……」
昴「え、えっと……」
修平「あの曲聞く度にクラリネット壊しちゃったじゃなくて『修平壊れちゃった☆』ぐらいのメニューが出来上がってるんだよ……」
昴「マジでどうしようっスね……」