第三十三話:現れた闇
第三クォーター残り一分。祥一のセカンドリミッター解除に併せて全員の魔力が跳ね上がる。しかし、それは互いを攻撃するためのものではなく自分の身を守るためのものだった。
そんな祥一の放つ魔力はどちらかと言えば普段より安定していないようだと海は思うが、それでも何とかすると信じていた。だからこそ海宝の主将なのだと……
「氷天乱舞」
静かな声と雪のサイクロンがフィールドで発生した。それはあくまでも綾奈に放たれたものだったが、あまりの威力に彼女の援護に入っていた男子中学生がその魔力の残骸の餌食になった!
「うわあああっ!!」
後ろから聞こえてきた声に綾奈は驚くがその直後、さらに放たれてきた雪のサイクロンに彼女はバリアを張ることに集中しなければならなくなった。
「スリーダウン!!」
審判の声すら掻き消されそうな吹雪はさらに威力を増していく。いくらすぐにインターバルに入るといっても追い込み過ぎだと綾奈は思った。
だが、それ以上に感じるのは魔力が若干暴走してるということ。祥一の試合を見たことがあるが、セカンドリミッターをはずしたからといってここまで荒々しいものではなかったはずだ。
寧ろ、彼の兄の戦い方を真似ている部分があるのでリミッター解除をすれば、自分だけに集中するようコントロールしそうなものだが……
「うぅっ……!!」
僅かな時間で真理の身体も悲鳴を上げ始めた。攻撃よりバリアに切り替えなければ間違いなく動けなくなる。特に自分より魔力が低い陸なら一歩コントロールを間違えれば吹雪の餌食だ。
『真理ちゃん! 攻撃から完全にバリアへ移行! ラスト三十秒は守りに入りなさい!』
『了解!』
『修平は涼君のフォロー! 双子の相手は駿に任せて!』
『了解!』
やはり無理矢理コントロールしてるのだと真央が思うのと同時に、三熊も中にいる選手達に念波を飛ばした。
『全員バリアに集中! 成瀬から体温を奪われるな!』
予想外の力だと思った。セカンドリミッターを開けられることは知っていたが、これほど全体に危害が及ぶことなど真央ですら予想してなかっただろう。
しかし、それでも止めに入らないのはラスト数十秒ということとフィールドのバリアを突き破ってフィールド外に出る恐れもあるため、万が一に備えなければならないからだ。
だが、祥一から威圧されてもすぐに復活した百合香の着眼点は全く違うものだった。セカンドリミッターをはずした祥一と綾奈が戦えるレベルだったからだ。
「……城ケ崎さんはあれほどの力を隠していたの?」
「……切り札は最後まで出すものではありません。成瀬はセカンドリミッターを解除出来る天才です。力を溜めていなければここで試合は終わっていましたよ」
相手の力量に応じて自分の力を変えることは重要なスキルだと三熊はもっともらしい理屈を付ける。
事実、祥一のセカンドリミッターに対抗するためにはいくら綾奈といえどもスタミナ切れを起こす可能性が高かったからだ。
「……まぁ、良いでしょう。ですが、大坪さんまで力を抑えている理由は何故でしょうか」
涼ぐらいならすぐに始末出来ただろうと、一番触れられて痛いところだったが、それこそ彼は一番備えておかなければならない事態があると切り返した。
「……冴島家が魔法界の名門だからです」
「あら、それだけの理由で納得」
「権力ではありませんよ」
まただ、と思った。権力だけが力ではないと言われたが、冴島家に関してはどうもそれを強調されているかのように思う。
時間稼ぎか、それとも探られたくない腹があるのか、または事実なのかは知らないが……
「魔法界で権力を持つ一族は多いでしょうね。ですが、冴島家は純粋に魔力において魔法界の頂点に位置する一族です。その恐ろしさは冴島淳士を見ていれば一目瞭然でしょう」
幼い頃から高い魔力と格闘の才能に恵まれていた点を除いても、あの成長ぶりは尋常ではないと誰もが評価するものだ。
特に十七歳にして魔法覇者になった者など彼を除いていない点から考えても、冴島家の恐ろしさはよく分かる。
「そして、冴島涼も真太郎との戦いで魔力の質が変化しました。だからこそ最悪の事態に備えて温存させる必要性があるのです」
「……ますます分かりませんわ。冴島淳士と違って次元を持たない、また冴島慎司のようなスキルもないなら」
「だからこそ予測しておかなければならないのが母親と同じ力です。万が一、彼が受け継いでいたら真太郎でも相手にならないかもしれませんね」
あの魔法界の戦時中、冴島家の父親は魔法覇者の名が霞むほどの達人であると有名だが、母親はただ強いといった話しか百合香は聞いたことがない。
そして、百合香の視線が涼に向けば、その危険視されている涼の間に丁度修平が割り込んだところだった。
「冴島! 引けっ!」
「修平先輩!」
「決着は後からだ。それより小原の負担を軽くしろ」
「分かりました」
修平とスイッチし、涼は後方へ下がる。ただ、この吹雪の中でもそれなりに動けている真太郎に修平は驚いた。魔力コントロールがかなりうまいというのは感じてはいたが……
「平岡、あと数十秒しかない。お前も引け」
「なっ!?」
「成瀬のセカンドリミッターは半分暴走している。止めるには小原の抑制が必要だからな、俺もこのままでは困る」
理屈としてはありだが、まるで無駄な力を使うなと言われているみたいだった。何かあるとは感じていたが、祥一のセカンドリミッター解除といい真央の指示が防戦となっているあたり余程の事態ということらしい。
「……分かりました。第四クォーターで」
それだけ答えて修平は間合いを取った。そして、彼の視線はこの事態を解決出来る陸に向けられる。
『真央監督! 祥一さんの魔力を抑制させて下さい!』
『ええ、宜しく! ただし、リミッターの核じゃなくて細部抑制! あとは祥一さんのコントロールに任せましょう』
『了解!!』
予想通りの指示だと陸は予め溜めておいた魔力を一気に発動し、祥一に流れている左手の魔力と自分の魔力を完全にリンクさせる。
「細部抑制!」
発動された抑制魔法に助かったと祥一は一気に暴走している魔力を自分に収めると同時に、審判の声とブザーが響き渡った。
「第三クォーター終了!」
フィールド内に吹き荒れていた吹雪は徐々に収束していく。もし、魔力を収めきれなければ祥一はここで退場となるところだが、彼は許容範囲の時間で完全に抑えきった。
「……ギリギリだ。陸君、助かった」
「いえ、それより立てますか?」
「ん〜、駿に肩貸してもらおうかな」
さすがに肩を借りるにも陸とは体格差があるため、祥一は身長の近い駿を指名した。そして、駿は急いで走って来るとすぐに祥一の腕を取り肩に回した。
「立てないほど使ったんですか」
「まぁ、若干暴走したからね。でも、さすがは城ケ崎さんってことかな。魔力を消費してるけど体は動いてるみたいだね」
ドーピングも施してないのに大したものだと祥一は改めて高校トップクラスの実力を知った。おそらく、自分の魔力が暴走しなければもっと上手く戦ったのだろうと思う。
しかし、その点は反省しなければならないと思うが、ここまで力を抑え切れない事態が起こる原因が見付からない訳で……
「海ちゃん! 桜ちゃん!」
「はいっ!」
「主将! すぐに回復させます!」
そんな考え事をしながらもフィールド外に出れば、すぐに真央の指示のもと優秀なマネージャー達が話ながらも回復魔法を使ってくれた。
一分一秒を無駄にしない精神が本当に素晴らしいと思うが、祥一はこの先のことも考えて桜にふんわり告げた。
「ん、ありがとう。だけど桜ちゃんは陸君をお願いするね。俺はラスト五分まで回復出来るから」
「でも……」
「桜ちゃん、私からもお願いします。このバカ宇宙人が陸を酷使し過ぎですから」
確かに陸を酷使しているといえばそうかもしれないが、祥一とて普段はそこまで暴走するほどの魔力を故意で解放するとは……、と考えた時、桜は違和感を覚えた。
そう、暴走した原因に誰一人辿り着けてないのだ。確かにセカンドリミッターだからという理由でも通るがそれでも引っ掛かる部分がある。
しかし、まずは回復が先だと桜は海に祥一を任せることにした。
「分かりました、お願いします」
ペコリと一礼して桜が陸の元へ回復に向かうと海は祥一を座らせ、回復魔法を使いながら小さな溜息を吐き出した。
「無茶し過ぎです。セカンドリミッターを力技でコントロールする宇宙人がどこにいるんですか」
「だけどサードリミッターに近付いたかもしれないだろう? それにスリーダウンのノルマは達成したから海、ご褒美欲しいな」
「良いですよ、勝てたらデートしてあげます」
あまりにもあっさりした声で了承してくれたことに祥一は目を丸くした。それは傍で聞いていた陸も同じだ。
「海、良いんですか?」
「はい、どのみちセカンドリミッターを解放した後は病院で検査ですし、それぐらいなら連れていこうかと」
それってデートじゃなくて連行なんじゃ……、と誰もが心の中で突っ込むが、祥一がかなり幸福そうなので良いかと結論付けた。
「それより陸ちゃん、大丈夫なんスか!? 制限じゃなくて抑制って」
「はい、細部抑制ですから肉体にそこまで負担はありません」
だからまだいけると陸はスポーツドリンクをチューと飲んだ。ただ、昴の頭上には大きな疑問符が浮かぶ。
「えっと、その細部抑制って……」
「簡単に言えば身体のパーツの一部分に流れる魔力量を抑え込んだという訳です。とはいえ、セカンドリミッターを開けてる魔力量ですから右手ぐらいしか遮断出来ませんでしたけど」
「またスゴイっスね……」
「まぁ、専門ですし」
専門といってもかなりの魔力コントロールと自分と味方を繋ぐリンクの強さは必要となる。それを平然としてやってのける陸はやはり凄いと思うのは昴だけではなかった。
そんな応酬を聞きながら、修平は試合中に気になっていたことを真央に尋ねた。
「それより真央、何があったのか話せ」
「ええ。皆、聞いて頂戴」
その真剣な表情と声に全員の視線が真央に集まった。
「第四クォーターは完全に守りに入りなさい。もちろん、試合に勝つことは絶対条件よ」
いつもなら手を緩めるなという真央が守りに入れという時点で昴を除く全員があらかたの事態を予測した。特に修平と駿は全てが繋がったようだ。
「それって防戦ってことっスか?」
「ええ、通常なら引くなと言いたいけど少し事態が変わったのよ。三熊監督の奥さんは魔法議院上層部の一員、つまり現在魔法議事堂で人質に取られていることが判明したわ」
そういう理由もあるのかと各々が思うが、魔法議院に所属しているならと蓮は的確な指摘をした。特に上層部ならば尚更だ。
「ですが真央監督、魔法議院に所属していたら戦闘の一つぐらい……」
「残念だけど戦う術はない。三熊監督の奥さんは研究者で戦闘とは無縁なのよ。多分、涼君達のお祖父さんが暴れてないのもその辺りが原因だと思うわ」
真央のいう通りだと涼と桜は思った。自分達の祖父は魔法議院の議長でかなりの手練だが、戦う術のないものを多く人質にとられたとなればすぐ動かない人物だ。
特に研究者などの魔法界の人材を失うことも良しとしないのだから。
「だけどそっちはパパ達に任せる。それよりも私達は試合に勝つことを第一に考えて」
「了解!」
あくまでも試合に勝たなければ全て向こうの思う壷だ。特に魔力もカラカラといった状況では三条側が仕掛けてきた時対処出来なくなる。
それらを全て踏まえて真央は最終クォーターの人選を発表した。
「第四クォーターは修平と駿、涼君、香川君、小原君、そして……」
スッと向けられた視線の先にいたのは、かなり回復している初心者だった。
「木崎君、君が双子の片割れを倒しなさい」
「任せて下さいっス!!」
出番が来て嬉しいのか昴は威勢よく応えた。しかし、ここで蓮や真理だと言わないことに中一組は違和感を覚えた。
かなりガタが来ている双子だが、確実にダウンを取るなら昴ではなく二人を出すのが定石ではあるが……
「城ケ崎さんの相手は駿に任せる。五分間オールラウンダーとしての実力を見せて頂戴」
「分かった。陸君、悪いけど開始直前リミッター解除で。城ケ崎さん相手じゃ防戦でもはずさないとすぐにやられるから」
「はい、分かりました」
こんな事態でも綾奈や真太郎が負けっぱなしで終わるとは思えない。彼等はあくまでも高校トップクラスの選手だ。人質が取られていようと試合の範囲内でこちらを倒そうとはして来るだろう。
それはまさに当たっていて、三条側のベンチでは綾奈と真太郎は闘志を内に秘めながら最終クォーターを迎えようとしていた。
そんな二人を充分この局面を乗り切れるだろうと信じて三熊は指示を出す。
「第四クォーター開始五分が勝負です。向こうは一之瀬と成瀬を五分出さずに行くでしょうから、そこでダウンを稼ぎましょう」
寧ろ、試合に勝つにはそれしかないと誰もが感じていた。風雅と祥一が出て来たらラスト五分でスリーダウンを取って逆転は不可能だ。
「綾奈、きついでしょうが出てもらいます」
「はいっ!」
ここで引くつもりはないと綾奈は答える。祥一との取引もあるが、試合は試合だと割り切ってる部分は当然あるのだ。
それにここで自分が負かされてしまえば、それこそ緊急事態が起こった時に対処出来なくなるのだから……
「そして栗原、ラスト五分まで抑えたかったのですが」
「構いません。向こうも香川を出して来るなら決着をつけてきます」
随分やる気が出てきたものだと三熊は内心笑みを浮かべていた。百合香の取り巻きの一人で冷静な判断が出来る少女だが、どうも負けず嫌いの一面があったらしい。
間違いなく雅樹からの影響だが、彼女を取り巻いている環境がどうも不敏だとも思う。
「ええ、君なら香川に勝てるかもしれませんからね。頼みましたよ」
「はい、百合香様のためにも」
その答えは百合香も気に入ったようだ。無論、彼女が傍に置くぐらいなのだから例えこの試合で栗原が負けたとしてもお咎め無しにはなるだろう。
なんせ、百合香はやがて使える駒を見抜く目は持っているのだ。特に栗原のような成長株をそう安々手放す程愚かではない。
「そして真太郎、冴島涼ですが……」
「分かっています。質の変化が起こってこちらについて来られるようにはなっていますが、彼は冴島淳士とは明らかに才能が違う。ですが、万が一に備えて早目に片付けます」
油断だけは出来ないと戦って分かった。実力は淳士に及ばずともいきなり成長するという点は同じだ。今後のことを考えても、涼は早目にダウンさせるべきだと思った。
そして、早くも開始二分前となり選手達はフィールドへと出て行く。その姿を見送りながら、百合香は三熊に問い掛けた。
「最終クォーターでどれだけ働いていただけるのかしら」
「心配せずとも全力です。どんな理由があろうとあの二人は第四クォーターで抑えるような精神は持ち合わせていませんよ。
私もこのまま終わらせる試合をさせたくはありませんから」
初めて三熊に対してゾクリとした。間違いなく、第四クォーターは全力でやると百合香は疑う必要もなかったと思った。
魔法学院のメンバーを殺すつもりはないだろうが、挫折を味合わせる役目を負うつもりなのだろう。
「……それなら構いませんわ。ただ、杉原杏はやはり目障りな力を発揮していますから退場して頂き」
「三条、これ以上試合に水を差すようでしたらこちらも今とはいかずとも三条に権力で対抗します」
権力と聞いて彼女は面白いと言わんばかりの笑みを浮かべた。三熊が振りかざすなら尚更だ。
「あら、どんな力かしら?」
「私がかつて所属していた組織、CROWNとEAGLEの前身を集結させます。分かりやすくいえばCROWNの水庭上官、EAGLEの結城上官が末端となる組織です」
それは百合香だけではなく彼女の傍らにいた者達にも充分過ぎる効果を与えた。
今となっては伝説とまで言われている一大組織。彼等がいたからこそ魔法界に仮初めとはいえども平和が訪れたと言われている。
「当然、名だたる魔法格闘技の天才達が集う武力集団です。彼等が集えば三条は一たまりもありません。私をこれ以上怒らせないで下さい」
「……ハッタリ、ではなくて?」
「あなたの執事に聞けば嘘ではないと答えてくれるでしょう。」
真実なのかと確信した。三熊自身はそれほど魔力を保有している訳ではないが、人望があることだけは確かだ。彼等を集結させられるのも今すぐではないと答えるあたり信憑性も高かった。
「……ですが、BLOODにとっては集結させて頂いた方がいずれ良いのかもしれませんわね」
「戦争を起こしたいと?」
「それこそお互い今はメリットがありませんわ」
掴めないと三熊は思った。今回の練習試合もそうだ。百合香が魔法議事堂戦に併せていきなり練習試合を組ませた。それもこちらの人質をとってまで決行させたほどだ。
もちろん、三熊としては従う振りをして最悪の事態に備えて魔法学院にいくことにしたが、どうもまだ隠された何かがある気がしてならない。それこそ水庭の未来予測を超えた目的が……
そして、魔法学院のベンチ側では選手達を送り出した後、蓮が風雅に尋ねた。
「風雅隊長、少し気になることが」
「お前達を第四クォーターで使わないことか?」
どうやらお見通しだったらしい。ダウンを取られた藍は出られないが、蓮と真理はまだ出られる状況だったにも関わらず待機と言われたことはどう考えても疑問だった。
しかし、その理由は申し訳なさそうに彼は答えてくれた。
「すまないな、通常の試合なら使うがこの辺り一帯囲まれ始めたらしい」
「えっ……!?」
CROWNや成瀬家の使用人達ではないのかと思ったが、どうやら彼等以外にもいると風雅は魔力の質を感じ取っていた。
「その時に昴がこっちだと杏達が危ないと思ってな。だからお前達をこっちに残した」
実戦にこの前遭遇はしてる上に全く使い物にならない訳ではないが、少なくとも修平を傍においておけば無駄死にはしないといった結論には至っていた。
とはいえ、それより杏の安全が第一というのが九割を占めているわけだが……
「ラスト五分前に俺と祥一さんは涼と駿と交代する。杏と桜は二人を少しでも回復させておいてくれ」
「分かりました」
「それと海、悪いがお前も」
「大丈夫です。私は陸より戦闘派ですから」
苦無は常に磨き込んでいると無表情で答えるあたり、さすが陸の双子という訳か。今ではマネージャーだが、冴島邸で育った性もあり海もそれなりに戦いのスキルを持っていたりする。
ただ、陸と違って彼女は攻撃補助に特化してはいないのだけれど。
「まっ、とにかくこれから十分が勝負よ。フィールドで何が起こってもおかしくないから、いつでもいけるようにはしておいてね」
「了解!」
そして一行の視線はフィールド内に向けられる。それぞれが注目の戦いとなるが、やはり異彩を放っているのは涼と真太郎、そして新人エース同士の雅樹と栗原だ。
そんな二つの組み合わせに昴は若干圧倒されていたが、背後から修平に軽く肩パンチされて振り返った。
「圧倒されんな。お前は防戦とか考えず普通にやれ。てか、飾りで槍を持ってる訳じゃないだろ」
「だけど、俺の防御は……!」
言いかけて昴は止まった。彼の後ろには小さくとも頼りになる仲間がいることを忘れてはならないからだ。
「そうだ、小原が上手く調整する。だから負けんな!」
「ウッス!!」
パアッとした笑顔で答え修平はとりあえず大丈夫かと思った。そして、自分がやるべきことを再度考える。
ワンダウンを取れば間違いなくこちらの勝利は時間的には確定。しかし、最初の五分で真太郎と綾奈が猛攻をかけて来るので、涼と駿が何処まで食い止められるかが勝負の分かれ目だ。
だとすれば、やはりテクニックアタッカーとしてやらなければならないのは双子を仕留めることだと、修平はトンファーに魔力を宿した。
「それでは、第四クォーターを開始します!」
審判の声とブザー音が鳴り響き、フィールド内は一瞬のうちに魔力で溢れ返った!
「らああッ!!」
「ぐっ……!」
双子の弟の大は刀を換装して昴の槍を防いだ。中学生にしてはパワーがあると思うが、初心者にしてはあり過ぎだと思う。
いくら陸の攻撃補助があって無駄な魔力を使ってないといえども、この重たさは異常だ。
「攻撃こそ最強の防御っス!!」
そう叫んで昴はさらに乱撃を繰り出していく。その一撃一撃を見ていた真央は眉間にシワを寄せた。
良いことではある、のっている時に防戦を指示するつもりもないし攻撃が防御というのも昴なら有りだ。だが、あれは……
「成長早過ぎじゃないかしら……」
「はい、私のデータを修正しなければならないほどです」
開始早々、注目は大穴中の大穴、昴に集まった。いくら他のメンバーに防戦を命じて昴を自由に泳がせたとはいえ、予想外もいいとこだ。
おまけに海の情報でも追い付いていないとなると、それだけ昴が成長しているということになる。
「元から才能はあると思ってたけど、あの成長速度は異常だわ。魔力量から考えたら木崎君は今の修平に追い付くのは半年も掛からないかもしれない」
「ええっ!? 修平先輩って私達の二倍は強いのに!?」
藍の指摘はもっともだった。修平の実力は軽く中一組を超えているというのに、それをたったの半年で初心者の昴が追い付くというのだから驚くのも無理はない。
しかし、水庭が推薦するほどの逸材となれば、それだけの可能性を否定することは出来なかった。
「だけどあの器用さと成長速度から考えたら考えられる話よ。それに木崎君は十万分の一の属性だからね」
ニッと真央は微笑を浮かべると、目を閉じて陸に昴の援護をするよう念波を送った。
「初心者が舐めんな!!」
ついに痺れを切らした大が昴に突っ込み乱撃を繰り出した。相手はまさに初心者で幼い頃から魔法格闘技をやってきた大にとってはふざけているとしか思えなかった。
しかし、防御に関してはやはり経験値が必要らしく昴は何とか受けていると、真央の念波が飛んできた。
『木崎君! 相手を必ず突っ込ませるように間合いを取って! 魔力は星系にチェンジ! 一気に決めなさい!!』
『ラジャー!!』
つまり一撃必殺で決めろということ。昴はとにかく間合いを取ろうと思ったピッタリのタイミングで、陸の高速苦無が大に向けて放たれる!
「ぐっ……! あの小僧……!!」
その一瞬がチャンスだった。昴は一気に大と間合いを取ると、必殺技を使うために魔力を上げる。おまけに陸の攻撃補助が効いているため上昇率までスムーズだ。
「ナイス陸ちゃん!」
「いいから前を見て下さい」
油断大敵だと陸は昴に注意したあと、陸は大の視界から外れその視線を昴へと移す。その動きを見た瞬間、三熊は大に念波を飛ばした!
『大! 突っ込んでは!』
「黙れジジィ!!」
三熊の言葉を遮り、これ以上好き勝手されて堪るかと大は昴に突っ込んでいった! それを視界に捉えた修平は今がチャンスだと叫ぶ!
「木崎っ!!」
「オウッ! スターダスト!!」
星の魔力を宿した槍の連撃必殺はドーピングを施した大の肉体をめった打ちにし、ついに彼からダウンを奪った。
「フォーダウン!」
「っしゃあ!!」
初めて奪ったダウンに昴は喜びで叫んだが、すぐに真央からの念波と陸の攻撃補助で我に返り、大と交代した中学生の控えとの戦闘が始まる。
そして、魔法学院のベンチでは歓喜に湧くより驚きに溢れていた。
「星系魔法!?」
「嘘ッ! あの属性って……!」
「そうよ、割合にして十万分の一の属性ね。学校の授業でも知識としては出て来るけど、使える子が少ないから実践出来ないんだけど……」
真央はそれは深い溜息を吐き出すと、喜ばしいことではあるがとも思いながら風雅に悪態を突いた。
「突然変異ばかりはそろそろ御免被りたいわね。ねぇ、風雅君」
「……すまない」
風雅が謝ったことに誰もが驚いた。去年、いくら月眼を持っているとはいえ突然変異をやるだけやった主犯格が風雅だ。その度に真央がメニューを組み直す羽目になったのは言うまでもない。
「でも、今ので間違いなく来るわよ」
高校トップクラスの選手が中学生相手にここまで好き勝手されて黙っていられるほど大人しくはない。
フォーダウンの声は真太郎を本気にさせるには充分過ぎるものだった。
「冴島、悪いがこれまでだ」
「えっ……!」
気付いたら殴られていた。まさに一瞬の出来事で涼はダメージが来るまでの間、何が起こったのか理解出来なかった。舞うのは自分の血……
「スピードアタッカーとパワーアタッカー、その両方を併せ持つのが真太郎です。冴島淳士や宝泉烈と同じ年に生まれたがために実力が高く評価されませんでしたが、真太郎は間違いなく努力の天才です」
だからこそどんな事情があろうと、中学生達の壁になってもらいたいと三熊は思っている。試合では敵でも魔法議院という組織の中では味方だからだ。
「お前達の壁であることが三熊監督の指示だ。現時点でこれ以上の力を得ることは諦めろ」
そして、次にやる時はさらに楽しませてくれと言わんばかりに真太郎は豪拳を繰り出して来た!
『修平っ! 涼君とスイッチ!』
『分かって……!!』
身体が突如動かなくなった。その異変に陸は金縛りを使う術者がいるのかとすぐに攻撃対象を探すがフィールド内には誰もいない。
また百合香の仕業かとフィールド外を見ても彼女は微笑を浮かべているだけで魔力を発してもいない。
「うわあああっ!!」
真太郎から乱打を受け、涼は陸の所まで吹き飛ばされた!
「涼君!」
そう叫んだその直後、真太郎は陸の背後に回り込んでいた。
「小原、お前の攻撃補助は見事だった。一旦下がれ」
そう告げて首筋を打とうとした瞬間、今度は真太郎の腕が止まる。
「なっ……!」
止まる理由など真太郎にはない。どういうことだと誰もが驚きを隠せないでいる中、その正体をいち早く感じ取ったのが杏だった。
そして、それに関心するかのように冷たい声は杏にかけられる。
「やはり次元を持つ者ですね。私の居場所を即座に捉えられるものはそういないのですが」
ハッと風雅達が後ろを振り返った時には残像すらなかった。そして、その声の主は既に三条側のベンチにいて、百合香の前で膝をついていた。
黒の執事服、手に嵌められた白の手袋、磨かれた黒の革靴を履き、まるで闇を従えるような空気を持つ淳士達と変わらない年齢の青年に杏はかつてない恐怖を抱いた。
彼は危険だ、淳士とは全く真逆の冷酷な魔力だ!
「百合香様、お待たせ致しました」
まるで人形のように綺麗な微笑を浮かべ、百合香の執事、影山理人は現れた。
お待たせしました☆
今回はドタバタの第四クォーター編ですが……
ついに百合香の執事が出てくるという非常事態!
せっかく昴が初めてダウンをとったというのにこの扱い(笑)
うん、大型犬だから仕方ない……
次回はこのピンチをどう乗り越えるのかって感じですが、マジで影山さんは強いです。
なんせ淳士と互角と言われる手練ですので、そこを上手くかけるかなぁ……
では、小話をどうぞ☆
〜結婚って難しい?〜
和人「う〜ん、やっぱり謎だよなぁ」
慎司「ん? どうした?」
和人「いやさ、陽菜上官ってすんごく美人じゃん、しかも才女」
慎司「そうだな」
和人「んで、ボスって淳士さんの師匠なだけあって変わりものっしょ?」
慎司「まぁな」
和人「いくら幼なじみってもよく結婚したよなぁって」
慎司「お互い思うところがあったんだろ。それにボスは夫としては最低クラスらしいが、父親としては最高クラスだと陽菜上官も言ってたし」
和人「そりゃ、真央ちゃん溺愛らしいし、一節ではあの女子力は子育ての中で培われてるっていう都市伝説らしいもんな……」
慎司「まぁ、俺達が結婚云々を考えても難しいもんだろ。てか、いきなり何でそんな話が?」
和人「それがさ、夏音姉さんの悩みを聞いてた桐沢さんがまたヤケになって付き合うところから子育てまでの情報をかき集めることになってさ……」
慎司「……和人」
和人「うん……」
慎司「桐沢さんに栄養ドリンクでも差し入れてこようか……」
和人「そうだね……」