第三十二話:やっぱり弟
第三クォーター残り三分。魔法学院優勢のまま試合は流れており、二つ目のダウンも真理の気迫の一撃がもたらした。
「吹き飛びなさいっ!! 爆砕拳!!」
「……!!」
声すら出ないほどの破壊力はドーピングを施して絶対的な防御力を持った肉体を完全に粉砕した。
その光景にベンチは半分歓喜に包まれたが、中一組男子の感想は全く別物だった。
「蓮、俺はアレを見る度に本気で真理だけは怒らせたくないって思う……」
「そうだな……、殴られてるお前達を見てきたが不敏だとしか思えないしな……」
「てか、アレって生きていられるんスか……」
真理から一撃お見舞いされたことはあるが、とても生きた心地がしなかったというのが雅樹の感想だ。
しかし、お見舞いされたことがない藍は真理がダウンを取ったことの方が嬉しいらしく、キラキラした表情で会話に加わった。
「大丈夫だよ! 真理だってフィールド内じゃないと爆砕拳は使っちゃダメだって分かってるし!」
「いや、マジでアレは殺人拳って変えた方がいいだろ」
フィールド外に出れば骨もすぐに戻るが、くっついているのにくっついてない感じがすると雅樹は思う。
そして、そんなおちゃらけた雰囲気とは全く対称的な試合に風雅の視線はずっと向けられたままだった。
自分が毒を受けなければすぐにフォローに入る予定だった涼は予想を遥かに上回る動きを見せているが、第四クォーターまで持つかはかなり際どいところだったのである。
「くっ!!」
一撃一撃が重たいと思った。パワーアタッカーとスピードアタッカーの要素を併せ持った選手の厄介さは雅樹で慣れてはいたが、雅樹より格段に上のパワーと何より風格の差が涼を追い詰めていく。
しかし、負けたくないと思うのといつもと違った魔力が身体に走っているような気がして涼は何とか持ち堪えていた。
「やはり意気がってるところでこの差は埋められないな。だから再度通告する」
魔力がぶつかり合い弾ける。それにパワー負けした涼は衝撃で飛ばされたが、そこもギリギリ空中で踏み止まった。
そして、向けられる視線は心から自分の未来のためを思ってくれているものだった。
「この戦いから今すぐ手を引け」
こちらの状況を悟ってくれ、と続いている気がした。そこまで何があるのかと涼は思ったが、ふと、浮かんだのはCROWNの面々の顔。
さらに三条学園といえば魔法議院の組織の一つ、BLOODと深く繋がっている訳で……
「……CROWNが絡んでるのか?」
その問いに真太郎は沈黙で返した。全てを答えることは出来ない状況下にあるのだと充分過ぎるほど分かったからだ。
しかし、それでも涼は引くつもりはなかった。CROWNのボスである水庭が三条学園と戦わないのではなく勝てと言っていたからだ。
あそこまで未来を読む男はいないと評されている水庭なら、おそらくこの練習試合を止める必要性があったなら最初からそうしてるだろうと思い、涼はこのまま戦うことを選んだ。
「大坪さん、淳士兄貴は出鱈目だけど誰よりもやる男です。だから俺はそれに賭けてみます」
「……分かった。壁を教えてやる」
真太郎は涼を威圧するかのように立ち塞がった。そして、そんなやり取りに百合香はクスリと笑った後、三熊に再度警告した。
「あら、思っていたより勘が良いみたいね。でも、むやみに連絡を取れば奥様の命はないかもしれませんわ」
優美に百合香は微笑むがその点については信頼出来る人物に任せているため、三熊は何も答えなかった。それにこちらの状況が少しでも伝わったとなれば、あの有能な監督らしい判断はするだろうと思う。
しかし、それでも彼はポーカーフェースを崩すことは無く、差し障りのない答えを返した。
「ええ、妻の命を絶たれるわけにはいきませんし、何よりこの試合で負けるつもりはありません」
「もちろん、こちらも監督業に専念していただければ構いませんわ。どの道、CROWNが勝てるはずがありませんもの。さらに魔法覇者級が相手ではさすがの冴島淳士もここに救援は来れないですから」
確かに冴島淳士が来なければまずい状況に陥りつつあるとは思う。しかし、CROWNは彼だけではないということも知っている。
だからこそ、三熊は少しでも時間をかける術を模索していた。すぐにダウンを取ることだけがこの試合の勝敗に繋がらないと分かっているからだ。
そして、彼の視線はこれからもっとも注目される戦いへと向けられた。
「……回転乱打」
静かな回転の始まりと共に巻き起こるのは魔力の渦。淳士の回転乱打を小さい頃から見てきた涼は兄を真似るような空気を醸し出し、烈拳の奥義を繰り出した!
しかし、それは淳士と本気で戦ってきた者から見れば程遠いものだった。素質は認めるが彼との差は全てにおいてとしか言えないのだ。
「やはりまだ甘いな。こちらも冴島淳士の回転乱打と何度もやり合ってきたんだ。そう簡単に……!!」
手応えがない、そう感じた次の瞬間、強烈な烈拳が真太郎に襲い掛かった!
「回転乱打・幻っ!!」
「くうっ……!!」
予想だにしなかった攻撃に大坪はぐらついた。涼は全くと言って良いほど幻術を試合で使うことはなく、まさに不意を突いた一撃となったのだ。
「好きじゃないけど騙し打ちだ。まだ完全に仕上がってないんだよ!!」
最後の一撃に入る前に隙が出来る、ならばそれを何とかごまかせないかといった発想から生まれたのが幻術を織り交ぜた回転乱打だった。
そんな涼が繰り出した技に真央は随分柔軟な発想だと吹き出した。
「……やっぱり淳士さんの弟なのね」
出来ない技から別の技に持って来る芸当をやってのけようという考え方を持つものは少ない。そして、それは魔法格闘技という自由な発想を繰り広げられる競技だからこそ出来ることでもある。
ただ、それは真太郎の闘志を燃え上がらせた。まるで淳士のようだと思わさせられたからだ。
「そうか、だったらこちらも全力でいかせてもらう!!」
その言葉を皮切りに二人の拳は激しくぶつかった! その一撃を見ただけで制限を若干緩めなければならないかと陸は思ったが、真央から飛んできた指示は予想外のものだった。
『小原君! 涼君の制限八割解除でキープ!』
『えっ?』
『小原君には悪いけど、制限を振り切るギリギリまで魔力を抑制して』
制限ではなく抑制、つまりいつもより陸の身体に負担が掛かるということだが、それをしなければならない状況だと陸は感じたため了承した。
ただ、明らかに魔力が足りないと感じていた涼は陸に念波を飛ばして要求した。
『陸! 制限をはずせ!!』
『いえ、真央監督の命令ですからギリギリ八割五分にします』
通常なら外すべき状況下だというのに、真央がそれを禁じたことに涼は内心驚いたが、すぐに襲ってきた真太郎の拳を防ぐのに精一杯ですぐに念波を飛ばして反論出来なかった。
「くそっ!!」
魔力量が増やせないなら一撃集中しか道はない。しかし、それでも押されていき受けることしか出来ない。
真央の真意は分からないがリミッターを解除させない理由はきっとあると信じてはいる。だが、このままでは……!!
『開きなさい!』
『開くって……!!』
『あなたは誰の弟よ!!』
真央の言葉で涼の脳裏に過ぎったのは三年も前の教えだった。
今から三年前、涼は今日も理論かよという感想を抱いていたにも関わらず毎日慎司に鍛えられていたが、この日だけはまるで淳士のような説明を受けることになった。
「いいか、もしリミッター解除でも勝てない相手がいたとしたら最初からリミッター解除に頼るな、魔力の無駄だから」
「だったらどうするんだよ」
「質を変える」
そして慎司は両手に一つずつ魔法弾を作り上げ、それを比較しろと涼に尋ねた。
「どっちが強そうに見える?」
「そんなの右だろ」
「ああ。だが、魔力量は右の方が少ない」
「えっ!?」
どういうことだと涼は目を見開いた。魔力量が多ければそれだけ大きな力が出せるというのはこの世の定石に違いないというのに、慎司はそれだけではないと一旦魔法弾を収めた。
「これが質の変化だ。まっ、これが使えなければまず俺には勝てねぇだろうけど」
「それ教えろ!」
「ああ、それも無理」
「はぁ!?」
いつもはスパルタながら理論だけはきっちりしている慎司が無理だと言い切った。しかし、こればかりは本当に自分の感覚だからと慎司は眉尻を下げて答える。
「理屈じゃない部分だからな。冴島家特有のものらしいから開いたらオッケーぐらいだ。まぁ、成長と共に出来るらしい。兄さんは小さい時から開いたらしいけど」
「何なんだよ、それ……」
「冴島家ってことで諦めろ。だが、お前なら絶対開くさ」
だから気長に待て、と慎司はいつになく悠長に続けたのだった。
しかし、そんなことを思い出したといえど、涼は真太郎の攻撃をただ受け続けるのみだった。寧ろ防戦ばかりでそろそろ制限を自分で破ってやろうかとさえ思う。
『って、訳分かんねぇし!! 開くとか質の変化とかそんなものいきなり変化したら……!!』
それは突然、身体の中から沸き上がった。今まで感じたことがない新しい魔力。それは溢れることしか知らないというのに、魔力量を大して使っているとは感じないもの。
その変化を感じ取った真央はついにきたかと目を輝かせる。
『小原君、感覚は?』
『……驚きました。制限を振り切ったどころか下回ってます』
まるで風雅の攻撃補助をしているようだと陸は思った。風雅の制限は他の中一組よりさらに楽だったりするのだ。
もちろん、最近昴の補助に手をやかされているというのもあるのだけれど……
そして、その昴はといえばいきなり変わった涼の魔力に何が起こったのかと呆然とした。
「真央監督、あれって……」
「魔力量じゃなくて質が完全に変化したのよ。小原君の制限って各個人の魔力量を抑えるものだけど質に掛かるものじゃないからね。じゃないと風雅君の制限なんて最初から掛けられなくなるわ」
「そういえば……」
思い当たる節があるらしく昴は納得した。昴と風雅の魔力量の割合は違い、さらに魔力の質も完全に風雅が上だ。
さらにいえば自分と風雅が同じ技を放った時に陸が制限を掛けたとすれば、間違いなく昴の方が魔力を消費するため陸の制限を振り切る可能性が高い。
つまり、魔力の質を高めることが陸を楽に出来るということになる。
そして、突然起こった魔力の質の変化に涼は戦いながらも驚きを隠せなかった。とにかく動きやすいのだ。
「何だこれ……」
『冴島家特有の変化らしいわ。前兆は魔力がなかなか回復しないってことらしいから多分変わるんじゃないかと思ってたけど……』
念波でそれは深い溜息が聞こえてきた。彼女の脳裏に過ぎるのはやはりあの出鱈目魔法覇者の顔だ。
『普通は追い詰められてとかそれなりのシチュエーションぐらい有りそうだけど、いきなり変わるってやっぱり冴島家は出鱈目ね』
『文句は親父に言って下さい』
出鱈目の代名詞である淳士に言えと言わないのは、今回ばかりは冴島家の血筋だからだ。
『でも、ありがとう! 真央監督!』
自分を信じてくれて、その気持ちが念波に乗って届いたと同時に激しい魔力の衝突が起こった!
肉体的なパワーは真太郎が明らかに上だが、魔力の質の変化が涼のバワーを格段に上げている。
「凄いっ! 大坪さんと互角だよ!」
「いや、超えられるかもしれない」
中一組の評価と同じで、杏も風雅の治療を行いながらも呟いた。
「……綺麗ですね」
「ん?」
「凄く綺麗だと思ったんです」
一撃一撃がとてものびのびしている、格闘の型があるというなら涼は基本に忠実な烈拳といったところだろう。
そんな涼の試合を見つめる杏に、風雅はふと尋ねた。
「淳士さんと重なるか?」
「えっ?」
「烈拳という一つの型を考えたら確かに涼は淳士さんと似てるからな。綺麗だと思っても俺も認めざるを得ない」
あの出鱈目な性格からは想像もつかないほど一撃一撃を魅せてくれるのが冴島淳士だ。涼の烈拳の目標が彼だと頷けるその動きは、風雅も影響を受けていくつか取り入れているほど。
そんな風雅に杏は抱きしめられているのだが、まるで彼を抱きしめるかのようにふわりとした表情を浮かべて告げた。
「……風雅様も綺麗です」
「杏」
「涼君や淳士様がワクワクするのに対して、風雅様は圧倒的に魅せられてしまいます。魔力がキラキラしていて私は凄く好きです」
まただ……、こうして彼女は自分を乱していく。いつも欲しいと思っていた言葉をサラリと自分に与えてくれる。それがどれだけ自分を助けているのか知りもせずに……
「……抱き着かれながら言われると辛いな」
「あっ……!!」
「離れるな。この分なら第四クォーターからでも出られる気がしてきた。だが、何でここがベッドの上じゃないのか……」
「ふ、風雅様っ!!」
真っ赤になって杏は慌てて離れようとしたが、さらにギュッと抱きしめられては動くことも出来ない。
そんな見慣れてきた光景だが、昴はやはり杏を風雅に取られたとあって雅樹に泣きついた。
「雅ぢゃあ〜〜〜ん!!」
「うっとおしい! 抱き着くなっ!!」
「ベッドの上とかは雅ちゃんの分野じゃないスかぁ!!」
「バカ野郎っ!! んなこと言ったら……!!」
チラリと真央を見た瞬間、二人は硬直した。キラキラした笑顔をこちらに向けているということは……
「香川君、明日は風雅君とダッシュ五倍ね。木崎君は修平とマット五倍にしましょうね」
最後のハートマークが一番の死刑宣告だった。しかもここにいない修平まで巻き込まれているあたり、彼女の逆鱗に触れているということだろう。
しかし、そんな喧騒の中、フィールド内ではとある異変が起こり始めていた。
「身体が……!!」
三条学園の綾奈の援護に入っていた中学生が、いきなり身体が動きづらくなる状態に陥ったのだ。
早くも来たのか……、と真央はその現象を起こした祥一をチラリと見た。
「木崎君、祥一さんと戦うことがどういうことなのかちゃんと見ておきなさい」
これを克服しなければまず祥一には勝てないと真央は続けた。
そして、真央の言うとおり昴はフィールド内全体を見渡すとその異変に気付いた。先程より全員のバリアにかける魔力が上がっていたからだ。
「真央監督、アレって……」
「低体温よ。寒くなると身体が動きにくくなることは分かるわよね?」
「まぁ……、けどアレって魔力も消費してるっスよね」
昴にしては良い感想だなと中一組も思った。低体温にならないようにバリアを張っていることを前提にしているが、それが起こってしまう原因は一つだけだ。
「その通りよ。祥一さんの氷雪系魔法は一定の魔力ではなく後半になるほど上がっていくから、当然バリアもそれに応じて上げなければならなくなる。つまり必然的にスタミナ勝負に陥ってしまうの」
その後三秒。昴の頭の中ではスタミナ勝負、魔力を使う、陸が倒れるという方程式が成り立った途端、慌てて真央に詰め寄った!
「陸ちゃんが死んじゃいますよ!!」
「心配しなくても小原君だって自分に制限掛けてるしさすがに十分ももたないほどスタミナが不足してる訳じゃないわよ。それに一番抜けられて困るのが小原君でしょ!」
まさにその通りで、陸が全員が使うバリアの魔力量を上手くコントロールしてくれているからこそ、全員が低体温と魔力切れを避けている状況だった。
とはいえ、これ以上となれば堪えきれるかどうかということになるが……
そして、祥一と戦っていた綾奈もこの状況をどうやって乗り切ろうかと考えていたところに一番ありえない人物から念波が飛んできた。
『聞こえますか』
『なっ……!』
その声は祥一のものだった。だが、彼女の脳裏に一抹の不安が過ぎると同時に祥一はそれを払拭した。
『ご心配なく。テレパシーみたいなものなので三条もこの念波は捉えられません。親父仕込みの特殊念波ですし、あと聞こえているのは真央と大坪さん、そして三熊監督だけです』
かなりの魔力コントロールを要するため、どうしても使うのに時間が掛かるのだと弁明するが、これだけの吹雪を起こしながらよく出来るものだと綾奈は感心した。
だが、これはまたとないチャンスだった。綾奈は要点をまとめて現在置かれている状況を説明した。
『でしたらお願いです。今すぐ中一の子達を引かせて下さい。こちらは三熊監督の奥様が人質に取られています。成瀬君や一之瀬君はともかく、他のメンバー相手にこれ以上力を解放してしまえば怪しまれます。いえ、既に怪しんでいるかもしれません』
命令は中一組を再起不能にすることだったが、真央の機転と杏の治療魔法の高さがそれを不可能にしたというギリギリの言い訳が出来るレベルで彼女は戦っていた。
しかし、涼の魔力の質が変わるという予想外の展開が起こったため、真太郎に関しては言い訳出来ない可能性が出て来ている。
そうなると今までの戦い方を怪しまれてしまい、人質を危険に晒してしまうことになるのだ。
『つまり、最悪試合後に俺達を殺せと?』
『はい、三熊監督の奥様と引き換えに』
そうなれば自分達は数分の時間しか稼ぐことが出来ず、中一組を殺すことを選択しなければならなくなると綾奈は伝えた。
しかし、それを聞いた祥一は何やら考え込んだ後、すぐに返答した。
『……でしたら敢えて魔力を解放して下さい。俺もセカンドリミッターを解放します』
『なっ……!?』
あまりに突拍子もない提案に綾奈の魔力は若干ぶれたが、祥一の巻き起こす吹雪が百合香の視界を遮っていたためバレることはなかった。
そして、祥一はこれから取れる最善の策を説明した。
『幸い、うちのメンバーは俺のセカンドリミッターに数分耐えれる魔力はありますしね。それにお互い魔力がカラカラなら、三条がいくら俺達を殺せと言っても結果は同じでしょう?』
そう、つまりどうこちらを倒せと命令しても、魔力が無ければ無意味だということだ。中学生だというのにこちらに本気でやれと言えるとは……、と思うがさすが来年EAGLEに行くというだけあると思った。
ただ、海宝高校にいる彼の兄の顔が脳裏に過ぎれば少しだけ納得するものの、こんな無茶はしないと思った。
『……辰也君とはやはり少し違いますね』
『兄さんは万能ですから』
『そうですね。でも、これで突破口が開けます。三熊監督、一芝居お願い出来ますか?』
綾奈は三熊に問えば、彼は迷いもなくいつもと同じ優しい声で答えてくれた。
『成瀬君』
『はい』
『君の機転に感謝します』
『いいえ、これも水庭上官の命令でしたから』
『ああ、水庭君らしい』
本当に大した男だと三熊は思った。こちらとの接触を考えてあらかじめ手を打っておくあたりさすがは戦闘指揮官ということか。
だが、本当の問題はここからだった。三熊は僅かに眉間にシワを寄せて真央に念波を飛ばす。
『それと結城監督、伝えておかなければならないことがあります』
『何でしょうか』
『三条の執事がこちらに来るかもしれません』
試合中に来る可能性は低いだろうが、来たらこちらの戦力をもってしてでもとても勝てる相手ではない。
しかし、手を打っておかなければならないというのも事実だ。
『水庭君はそこまで考えていそうですが、最悪の場合、少々援軍が遅れる可能性があります。その時は逃げることを第一に考えて下さい』
『……分かりました。ありがとうございます』
そうなった場合は……、と真央は考える。どのみち執事との戦闘は避けるように言われているが、全員の魔力がカラカラだという事態も避けなければならない。
ただ、逃げ切れる算段はある。それこそここにいるメンバーだけで解決する必要性がないからだ。
そして、三熊は打ち合わせどおり一芝居打つことにした。ラスト二分、全員の魔力を考えればどのみち勝負どころだ。
「さて、成瀬の低体温は厄介ですから勝負しましょうか」
監督として当然の判断と言わんばかりに三熊は目を閉じると、綾奈に念波を飛ばした。
『綾奈、成瀬相手にこれ以上抑える必要はありません』
『ですが……』
『このまま体温を奪われる方が危険です。やりなさい』
『……了解』
渋々了承したといった感じに百合香は満足な指令だと微笑を浮かべた。祥一がこれから無惨に散っていくことほど楽しいことはない。
そして、彼等ととっくに連絡を取っているとも知らず、既にこちらの掌の上で躍らされている百合香をさらに歪んだ表情に変えてやるかと祥一も俄然張り切っていた。
ただ、それ以上に本気の綾奈と闘えることも成り行き上とはいえ楽しみなのだけれど。
『真央、悪いけど少し荒れるよ』
『良いわよ。うちのメンバーは鍛えてるからね』
だから思いっ切りいきなさい、と真央が指示すれば祥一は礼を述べた。本当に魔法学院のメンバーはこういう時に自由に戦わせてくれるので有り難い。
そして、それまで衝突していた二つの魔力が一旦収まると、二人は仕切り直しというかのようにスッと構えた。
「えっ? どうしたんスか?」
「柔拳戦よ。しっかり見ておきなさい」
とんでもない戦いが見られるから、と真央は昴に告げた。
それから数秒後、突然二人の姿が消える!
「速いっ!! あれが柔拳かよ!?」
「ええっ!? 雅ちゃん見えてるんスか!?」
柔拳の型で烈拳の速さが出来るものなのかと雅樹は驚くが、それをやりこなせなければとても全国トップクラスのメンバーには通じないのは事実だ。
しかし、それ以前にとてもじゃないが目で追えるレベルじゃない! 昴から見れば視界に現れたかと思った次の瞬間に消えている状況だ。
「ですが主将は負けません。負けてもらっては困ります」
声は至って普通でも見つめる視線は熱い。この試合の鍵を握る祥一がここで負けることになれば、間違いなく勢いを失うのはこちらだ。
それに試合の状況を抜きにしても、祥一に勝ってほしいと願う気持ちだけはここにいる誰よりも海は持っていた。
「……少し早いけど勝負所ね」
正直にいえば使いたくはないが、綾奈が本気になったとなればこちらも引くわけにはいかない。真央は陸に念波を飛ばした。
『小原君! 祥一さんのセカンドリミッター解除!!』
『真央監督!?』
『このままじゃスタミナで競り負ける! 全員第三クォーターは死ぬ気で食らい付きなさい!!』
『了解!!』
ここまで来たら後は意地だと全員が了承した。何が何でも食らい付く、負けるなんてゴメンだという気迫はそのまま彼等の力となった。
しかし、ここで出て来るのが昴の初心者らしい疑問だ。
「真央監督、セカンドリミッターって……」
「その名のとおり二つ目のリミッターよ。現在確認されている中で人間のリミッターは三つあるのよ」
「えっ?」
そんなにあるのかと昴は目を丸くした。しかし、それはある意味真央も同意見なため、突っ込むことはなく話を続けた。
「一つ目は藍ちゃんで見たと思うけど、魔力量が急激に上がる一般的なリミッター解除よ。まぁ、それも自力で外せる選手は少ないけど」
「雅ちゃんは外せるんスか?」
「いや、うちで出来るのは風雅隊長と陸だけだ。魔力全開は誰でも出来るが、リミッターはそれを越えてる訳だしな」
「へええ、やっぱ陸ちゃんって凄いんスね」
そこで風雅が凄いと出ない辺り、いかに風雅が通常のレベルを軽々超えていると認識されてるのかがよく分かる。
しかし、全て風雅様だから出来るという理由で片付く訳だが……
「次にセカンドリミッターは潜在能力をさらに高めるまさに宇宙人クラスのリミッターよ。中学では風雅君と祥一さんしか使えないし、小原君の補助無しでは自在に開けられないわ」
祥一が宇宙人と言われているのはそういうことなのかと昴は思うが、海の答えはそれだけじゃないである。
強いていうなら、存在そのものが宇宙人じゃない限り理解出来ないというところだろう。
「最後にサードリミッター。これは魔法覇者クラスしかもたない、いわば完全覚醒というもの。それは魔力が高いという感覚じゃなく高いのが当たり前という世界だから、私達では理解出来ないレベルね」
どちらかと言えばかなり謎に包まれたものだと真央は続けた。彼女が知る限りサードリミッターは淳士しか持っていない。
さらに言えば、自分の両親でもセカンドリミッターまでしか開けられないというものだった。
「じゃあ、俺もサードリミッター」
「ないとは言い切れないけど、ある確率は低いわよ」
「へっ? あるとかないとかの話なんスか?」
「そうよ。じゃないと世の中魔法覇者だらけじゃない」
それには昴も納得した。宇宙人クラスをさらに超えるリミッターなど普通ないと考えるのが打倒だ。
しかし、例えあったとしても中学生でそれを使うことは禁じ手には違いないと真央は続ける。
「サードリミッターを解除するってことはそれだけ身体に負荷がかかるってこと。淳士さんみたいに元々出鱈目な魔力の質を持っているなら耐えれるけど、そうじゃない者が開けたら選手生命を絶たれてしまう可能性もある諸刃の剣なのよ」
だからどれだけ力があってもサードリミッターは並大抵の者が開くべきではないと真央は考えている。
しかし、この初心者はリミッター以前の問題から取り組むべきだ。
「まっ、木崎君はまず一つ目のリミッター解除に耐えれる身体作りからね。あと祥一さんのセカンドリミッターがどんなものなのかよく見ておくこと。耐えられないと話になんないからね!」
「ウッス!」
昴の実に良い返事を聞いた後、戻って来る祥一のために真央はマネージャー二人に指示を出した。
「それと桜ちゃんと海ちゃん、祥一さんが戻り次第すぐに二人で魔力回復!」
「はいっ!」
「かしこまりました」
それでもインターバル中に回復しきれるかといえばかなり難しくなる。さらに三条の執事のことも考えれば、ラスト五分まで祥一は出さない方が良いのかもしれないと思った。
実戦経験がこの中一組は少ない、しかも淳士クラスの威圧に耐えられるかと言えば答えは否だ。その時に祥一の存在がなければどう考えても厳しいのだから……
「あと香川君、第四クォーター開始からいける?」
「ああ、充分回復したし」
「じゃあ、予定変更で悪いけどラストは十分間全開でよろしく! 栗原を確実に下してきなさい」
「任せとけっ!」
良い笑顔で雅樹が答えると同時に、フィールド外に祥一の魔力が漂い始めた。陸に負担をかけないために少しでもなだらかに上げているのだと一行は感じる。
それと同時にやがてこの魔力の持ち主と対峙しなければならないのだと思った。
そして、セカンドリミッターまで一気に外せる準備が出来た陸は祥一に念波を飛ばした。
『祥一さん』
『いいよ。はずせ!!』
その瞬間、フィールド内は一気に冷気で満ち溢れホワイトアウトが起こる!
「まずいっ! 暴走してる!!」
「主将っ!!」
有り得ない! いくらセカンドリミッターといえどもそれをコントロール出来なければ祥一が開けて良いなどと言う訳がない!
しかし、まるで海の心配に応えるかのように祥一は彼女に念波を飛ばした。
『大丈夫だ』
『えっ……?』
聞こえた声にフィールドへ飛び込もうとした面々は止められる。そして、その言葉のとおりホワイトアウトと化していたフィールドの視界は晴れて来て、そこには力技で魔力を見事にコントロールしていた祥一の姿があった。
だが、自分の力を暴走させようとしたフィールド外にいる百合香に彼はかつてないほどの鋭い視線を向けた。
「フィールド外からの間接攻撃は禁止されている。しかも俺のセカンドリミッターが暴走すればフィールド内の人間は全員命を落としていた可能性もある。それを分かって俺の力を暴走させる気だったのか?」
「……驚きましたわ。セカンドリミッターをコントロール出来るなんて予想外!」
言葉は魔力に遮られた。絶対的な祥一の力に充てられ彼女は恐怖を抱く。そう、本当に怒らせてはいけない少年を怒らせてしまったのだ。
そんな祥一の姿に風雅と真央は苦笑いを浮かべた。
「あれはまずいな……」
「風雅君もそう思う?」
それは彼を怒らせたらどうなるかを知っているものの感想。しかし、海はやっとスイッチが入ったかと半分呆れ気味だ。
少なくとも海宝の主将なのだ、敵に好き勝手されることを許せるほど寛大じゃない。
「本当、あの人は宇宙人ですからね……」
だからこそ嫌いになれないのだけど……、と海は心の中で付け足した。
おまたせしました☆
仕事辞めたい……、と思いながら結局多忙な毎日を過ごす緒俐です(笑)
さて、今回は説明がズラズラ並んだ話になったような……
だけど風雅様は安定の風雅様でした(笑)
それに涼君も進化してくれて何より。
兄達が強すぎて霞んじゃいそうですが、だからこそ頑張って欲しいなぁと思います☆
では、小話をどうぞ☆
〜壁ドンは憧れですか?〜
真央「やっぱり壁ドンって女の子の憧れよね」
海「そうですね、杏さんも憧れますか?」
杏「はい、真理ちゃんに貸して頂いた漫画でもキュンと来るものが多かったです」
真央「あっ、だったら風雅君にやってほしかったりする?」
杏「ふ、風雅様にですか……///」
真央「そうよ。凄く様になりそうじゃない?
海「確かに有りですね。いう台詞は犯罪級でしょうけど……」
杏「えっ、えっと……! 祥一さんも素敵じゃないかと」
真央「そうね、風雅君に負けない美形だし」
海「美形ですけど似合わないと思います」
祥一「そんなことないよ。海にならいくらでもやってみたい!!」
海「主将」
祥一「だから海、壁ドンやろう!」
海「……やれば良いんですね」
杏「えっ? 苦無?」
海「主将、はああっ!!」
祥一「いいっ!!」ドーン!!!
真央「壁に苦無を突き刺した……?」
杏「確かにドーンと音もしましたが……」
海「こんな壁ドンでしたらいくらでもやりますので」
祥一「い、いや……、すみません……」