第三十一話:月眼と魅了眼
第三クォーター開始直前、もう一度気合いを入れようと魔法学院の面々は円陣を組んだ。その周りで参加している杏もその微笑ましい光景に頬を緩ませるが、あくまでも魔法学院の円陣であることを忘れてはならない。
「さて、後半は向こうも主力を揃えてくるがこちらが負けることはない。何よりこのチームは強い」
風雅の言葉に全員が自信に満ちた表情を浮かべる。中一組は特に背中を押されているようでより高揚した。
しかし、ここから魔法学院伝統のさらに気合いが入る言葉を風雅は続けた。
「だが! 分かってると思うが負ければ俺達に明日はない、寧ろ死ぬ」
いつになく本気の言葉は真央を除く全員を青くした。そう、負ければ彼等に残されてる道は一つしかない。
特に祥一は海宝に戻っても地獄の特訓となる訳で一際青さが目立つ。
それが全員の脳裏に過ぎれば、いつもに増して声に気合いが漲った。
「何が何でも勝てっ!! 魔法学院ファイ!!」
「オオッ!!!」
絶対負けられないといった声が武道館にひどくこだました。何が起こったのだろうかと三条学園中等部は目を丸くするが、その事情を高校の合同合宿で目の当たりにしている真太郎と綾奈は心中で納得した。
そう、あのCROWNとEAGLEのメンバーが熟していたペナルティーは気の毒でしかなくて……
しかし、そんな状況に追い込まれているからこそ、全員の絆はかなり強固なものとなっていた。誰もが勝ちたいという気持ちから勝つという気持ちに移行しているからだ。
「修平、あの双子ちゃんと叩きのめして来るのよ?」
「ああ、任せとけ!」
「修平、冷汗隠せてないよ……」
駿のツッコミにうるさいと返すが、あとがない時の修平の強さは真央の折り紙付きだ。だからこそ真央は毎回楽しんで修平を追い込んでいいギリギリまで追い込んでいる。
ただ、それ以上を課されているのが祥一だということは修平にとって唯一の救いだった。
「主将、あと三つ……」
「うんっ! 任せといて!」
「汗ダラダラじゃないですか……」
声と表情がここまで綺麗に分かれることがあるのかと海は思う。ただ、祥一が全体で三つダウンを取れないとは思ってないらしく、海はコツンと背中を軽く殴ると祥一は微笑を浮かべて勇ましくフィールドに出ていった。
「陸ちゃん! 俺が戻るまで待ってて下さいっス!」
「はい、ラスト五分までに出番があると良いですね」
「真顔でひどいっス!!」
全体の攻撃補助という大役を負っている陸は逆に昴をからかえるほど落ち着いていた。それどころかこのメンバーを補助出来るということが陸のテンションを上げているようだ。
そして、誰よりも恋愛要素満点といった光景を繰り広げてくれるのが風雅だった。
「杏、必ず勝ってくるから待っててくれ」
「はい、お待ちしています」
笑顔の花が咲いた瞬間、風雅はまたしても顔を真っ赤にして修平の肩に手を置くと悶え始めた。マズイ、これはマズイどころではない!
「修平……!」
「何だよ」
「試合に出るより今すぐ杏を監禁したいっ……!」
「問題発言ばかり連発すんなっ!!」
もうどこから突っ込めば追いつけるのか分からない。主将がこんなので良いのかと思うが、魔法学院高等部から言わせれば「淳士よりマシだ」と全員が声を揃えて言うだろう。
そして、涼と言えば中一組からこれでもかというほど念を押された後、バンと雅樹に両肩を叩かれてその思いを托された。
「涼!! 絶対ダウン取られんじゃねぇぞ!!」
「ああっ!! 死にたくないから取って来る!!」
「涼!! 絶対負けないでね!!」
「大丈夫だ! 藍もまだ完調じゃないんだから大人しく見てるんだぞ」
「うんっ!」
藍はパアッとした笑顔で答える。自分の試合前だというのに、こうした気遣いをしてくれることが嬉しい。
杏の治療の甲斐があってか、または綾奈が一撃で動けなくしたためにひどい出血がなかった藍も座って観戦出来るまでに回復していた。
ただ、真央いわく余程銃弾の威力を上手く加減しなければ無理な芸当だということらしいが……
「んじゃ、行ってくる!」
死んでもやられるかと涼は気合い充分に肩を回しながらフィールドへ出ていくと、既に自分とのマッチアップを予測されていたのか大坪真太郎が前に立ちはだかった。
自分より三十センチ以上大きな相手は淳士で見慣れているが、身体がさらに大きく見えるのは淳士より数センチ身長が高いことと筋肉が彼より付いているからだろう。
淳士と違った、まさにチームの大黒柱という安定感が真太郎から放たれていた。
「冴島涼、冴島淳士の弟とはいえそう手加減はしないぞ」
その声にゾクっとした。これが高校トップクラスの選手なんだと思うと同時に、戦えることに喜びを感じてしまうのが冴島家の血なのかもしれない。
「こっちはもっと出来ないんでよろしく!」
ニッと笑ってこちらに挑んで来る表情はやはり淳士の弟だと思った。戦うことが好きだと全身から放たれているようで微笑ましく思う。
だからこそ、ここで潰したくないとも思った。せめてこちらの状況をあのメンバーが早く打開してくれたらと真太郎は願う。なんせ自分も綾奈も手が出せない状況に陥っている訳で……
その時、自分の心中を察するかのように三熊から念波が届いた。
『真太郎、手加減は無用です。彼は充分やれますよ』
『しかし……』
『大丈夫です。一之瀬がいるのですから潰れることはありませんし、小原も攻撃補助に入るとなると逆にこちらが油断出来ません。殺さない程度にやりなさい』
『……了解しました』
いつも受けてきた指示とは違う感じが辛いと思う。少なくとも殺さない程度といった表現を三熊はしないからだ。
特に中学生相手となれば、胸をかしてやりなさいというのが彼らしい訳で、いかに追い込まれている状況かが分かる。
そして、三熊との念波を聞いていた百合香はそろそろ時間だとスッと立ち上がる。
「随分甘い指令ですね」
上着を脱いで胴着姿になった百合香は、真太郎に送った念波がいまいち気に入らないと三熊に鋭い視線を向けるが、それに彼は全く怯むことなくいつもどおりの穏やかな声で答えた。
「そうですね。ですが、冴島家を敵に回して良いことはないでしょう? それに三条は彼等の両親がどれだけの権力者か知らないのですか?」
魔法界の名門とされる冴島家の恐ろしさを知らないわけがないだろうと三熊は尋ねるが、大したことはないと百合香は切り捨てた。
「ええ、冴島家の父親はCROWNの創立者で今はどうしているかなんて知りませんわ。母親は特に目立った経歴があるのかしら」
知らないはずはないがその余裕を三条は手に入れてるのかと思う。しかし、冴島家の母親の権力を無効にさせてしまうほどの力をどうやって三条が手に入れているのかは疑問だが……
ただ、それでも一つだけ彼女に忠告しておかなければならないことはある。
「……気をつけておきなさい。世の中には目に見えるものだけが力ではないのですから」
「そうですわね、肝に命じておきますわ。では、まずは一之瀬様から参りましょうか」
ふわりと笑って百合香はフィールドへと出ていった。向き合うのは風雅と彼女の視界に入った杏だ。
そして百合香がフィールドに出て来た途端、杏は抱いた恐怖にピクリと反応したがすぐにギュッと海が手を握った。
「大丈夫です。風雅隊長は三条百合香から確実にダウンを取ります。だから見ていてあげて下さい」
「海ちゃん……」
心配はいらないと坦々とした声からでもそれは強く伝わって来る。その強さに杏は少しだけ安堵を覚えたが、さらに力付けてくれる言葉を雅樹達がくれた。
「てか、風雅隊長って淳士さんに似たくなくてもやっぱ一緒に生まれ育ってるから似てるんだよな」
「あっ、それは言えてる」
「そうね、というよりある意味同じよね」
あれほど出鱈目には育たなくて良かったけど……、と彼等は心の中で同じ感想を抱いた。
それは海も同意見であるが、あの出鱈目さから来る絶対的な安心感だけは杏にも感じてほしいと思い、海は彼女を落ち着かせる言葉を続ける。
「淳士さんは普段出鱈目です。ですが、仲間のためとなった時はどんなにこちらがピンチでも全て跳ね返します。それは風雅隊長も同じです」
ただし、跳ね返すじゃなくて抹消するところが違うけど……、と誰も言えなかった。言った瞬間、間違いなく消されるのはこちらだ。
そんな心中で零れていた付け足し部分だけは杏の中で取り除かれたらしく、彼女は風雅を見たあと海達に微笑みかけた。
「ありがとうございます。私は大丈夫です」
何が音を立てて崩れた直後、中一組は同時に杏に抱き着いた。ただし、命が惜しいため昴と雅樹は蓮がギリギリの理性を保って首根っこを掴んで止めたが……
「杏!! 風雅隊長だけじゃなくて涼も勝ってくれるからね!!」
「そうそう!! それに先輩達も絶対勝つに決まってるし!!」
「うちの宇宙人もダウン三つじゃなくて百ぐらい取らせますから」
それは無理なんじゃ……、と杏は言えなかった。何より自分のためにそこまで思ってくれることが嬉しい、こんなに幸福を感じられることが贅沢だと杏は涙目になりながらも可愛らしく笑った。
しかし、風雅はまるで杏とは真逆の表情だった。試合開始前にフィールドに出て来たのは少しでも冷静さを取り戻すためだったが、どうやら思ってた以上に百合香を叩き潰したいらしい。
そして、風雅と対峙した百合香は実力差があるにも関わらず、まるで余裕と言わんばかりに風雅に微笑んだ。
「凄まじい殺気ですわね」
「ああ、殺す気だからな」
杏の前じゃなければ廃人にしているところだが、さすがにそこまでやると杏に愛想を尽かされてしまう可能性があるので、ギリギリ力が入り過ぎたと言い訳出来るぐらいには抑えるつもりだ。
それも後のことを考えれば、あくまで抑えること前提に戦わなければならないのだ。
「杉原杏さんのためですか。でも、彼女では一之瀬様には不釣り合いでなくて?」
「それはない。寧ろ杏のいない未来など俺にはない」
「でしたら杉原さんのために死んでいただけるのかしら?」
「いや、杏のために生き抜くの間違いだ」
風雅はニヤリと笑った。その笑みに百合香は内心ムッとしたが、まさか風雅の頭の中では甘ったるい妄想が繰り広げられているとは思いもしなかった。
そう、見た目はあくまでも百合香の思い通りにさせないといった笑みだが、どこかピントがズレたことを考えるのが風雅でもある。
そんなやりとりが繰り広げられる中、時間だと審判がフィールドの中心に出て来た。ここからが勝負だと魔法学院の面々は真剣な面持ちだ。
「それでは、第三クォーターを開始します」
そして鳴り響くブザー音と共に、フィールドは一気に魔力で満たされた! その魔力の高さは前半の倍はくだらない!
「スゲェ……」
「ああ、俺も同感だ」
雅樹でもそうなのかと昴は思う。ピリピリと張り詰めたような魔力とフィールド外にいても伝わって来る各々の闘志、どの戦いもが高次元の駆け引きが行われていることは稀だ。
ただ、お互いにフォロー重視を一人置いているため戦いの数としては一つ少ないのだけれど。
そして、杏は風雅の言い付けどおりでなくとも自然とその目は彼の戦いを追っていた。まだ派手な音はなくとも互いにかなりの魔力を発しており、それが互いの瞳術によるものだと理解するのに時間はかからなかった。
「あら、一瞬たりとも魅了眼にはかかっていただけないのね」
「ついでに幻術もだ。俺の月眼には全て無効だと知れ」
「本当かしら?」
そう答えた瞬間、空間が幾度となく歪んでは弾けといった状況が起こる。魔法格闘技の経験者ならばその原因は分かるが、昴は何が起こってるのだと驚いた。
「何なんスか、あの戦い!?」
「幻術合戦よ。互いに化かし合いを繰り広げて一撃を取るんだけど、風雅君相手にあそこまでやれるなんてかなりのものだわ」
真っ向勝負となった時点で勝ち目がないと分かってるからだろう、百合香は魅了眼と幻術を駆使した戦いを選んだらしい。
しかし、それでも風雅に食らいついているあたり、思ってた以上の術者だったということになる。
「驚きましたわ。この幻術、影山から習いましたけどもう跳ね返せますの?」
「当然だ。先代主将は幻術返しのスペシャリスト、ならば俺もそのスキルを伝授されてるに決まってるだろう」
風雅の言うとおり慎司は幻術の耐性が高かったが、正確に言えば高く成らざるを得なかったと言った方が正しい。
理由は簡単で淳士が一時期幻術を練習していた時、その被害が慎司にも及んでいたため彼は必死で幻術の耐性を付けたという訳だ。
「では、こちらはどうかしら?」
視界がぐらついたと思った瞬間、風雅は肩をバッサリ切られた!
「くっ……!!」
「風雅様っ!!」
「風雅隊長っ!!」
何が起こったのか魔法学院側の誰もが見極めることが出来なかった。速さでも魔力の高さでもない、ましてや切られたのが幻でもないのだ。
しかし、さすがは風雅と言うべきか、膝を折るまでとはいかずそこまでのダメージはなかった。
「さすがにこの技は完全に見切れなかったようですわね。影山が冴島淳士を殺すために開発した術ですから仕方ないかもしれませんが」
「……淳士さんだったら見切ってたな。あの人こそ幻術耐性有り過ぎだからな」
切られた肩をすぐに魔力で止血する。魅了眼に対抗するため月眼で警戒していたが、それを捉えられなかった訳ではない。寧ろいきなりこちらの肩が裂けたという感覚がある。
一体何をしてきたのかと思うが、少なくとも術の発動条件は分かった。おそらく真央も同じ意見なのだろう、特に念波は送って来ない。
いや、正確に言えばベンチで自分が切られたことに対してギャアギャア騒いでるあの駄犬の性か……
「真央監督、何で風雅隊長が切られてるんスか!?」
「分からないわ。ただし、魅了眼を使って出来る隙が存在したのは確かよ。でも、ただの幻術ぐらいなら風雅君は見切れるから、別の方法を使ったのは違いないわ」
「だったらどうすれば」
「うろたえない! それと瞳術を使って来ると分かったならそれを使わせない方法がある! 寧ろ魅了眼なしに発動出来ないなら尚更よ!」
やられたら倍にして返してやりたいだろう風雅の性格は熟知しているため、真央は余裕がありそうな二人に念波を飛ばした。
『駿! 一分風雅君とスイッチ! その間修平はそのフラフラな双子をさらに追い込みなさい!』
『了解!!』
あと数分あれば確実にダウンの一つや二つは取れるだろう状況の二人は、力強く返事をすると風雅とアイコンタクトを取った。
どうやら彼も既に真央と同じ策略を立てていたようで不敵な笑みを浮かべている。
「あら、見切れない状況で随分余裕そうですわね」
「ああ、魅了眼を封じれば終わりだからな」
そう答えた瞬間、風雅の後ろから駿が飛び出してきて一撃繰り出したが、さすがはヒーリングガードというポジションだけあって百合香は間一髪回避した。
「くっ……!」
油断したと彼女は心の中で舌打ちしたが、相手が風雅より格下だと思い、すぐに魅了眼を発動した!
「あなた程度は幻術……!!」
『三条、間宮に幻術は無意味です!』
三熊の念波が届いたと同時にパアンと魔力が弾ける! そう、駿がオールラウンダーという性質を彼女は忘れていたのだ。
つまり風雅と同様、彼も幻術に掛かりづらい性質にあたるということ。
「祥一さんが若干ぐらついた幻術らしいけど、その程度じゃ多分効いたフリでもされたんじゃないかな」
「くっ……!」
こんなところで祥一の策に嵌められたのかと思った。つくづくこちらの思惑を一人で見越しているかのような態度も気に入らない。
しかし、彼の後ろに控えているだろう、CROWN戦闘指揮官の水庭の存在はさらに気に入らなかった。おそらく、こうなることまで予想していたのだろう。
だが、そのことを考える前にまずは駿を片付けることが先決だと百合香は体勢を整えて向き合ったが、目の当たりにした駿の表情は冷酷と言って良いものだった。
「まぁ、少しだけ付き合ってよ。ただし、オール許可出てるから気を付けなよね」
ゾクッとした。どちらかと言えば穏やかな駿だが、オール許可が出ると雰囲気がガラリと変わる。
もちろん、それだけ集中しなければ様々な魔法を瞬時に切り替えることが出来ないのだが、それ以上に百合香に対する怒りが駿の中で占めていた。
「さて……」
「うっ……!」
何で来るのかと思うまでも無く、繰り出された拳に纏っていた属性は火。しかし、その次には水を纏った蹴りが繰り出されさらに回転した後には風を纏った蹴りが来る。
こうなってはひたすら避けるか、全属性を防御するバリアを張らなければこちらが負けると踏んだ百合香はすぐに両方を実行した。
少なくとも風雅よりは劣る選手だ、必ず魅了眼を仕掛ける隙は生じるはずだと信じて……
そして風雅は陸の元へ一旦舞い降りるとすぐに魔力を溜め始めた。
「風雅隊長」
「心配するな、すぐ止血した。それより陸、あと二十秒後に制限を一旦解除。その後一気に魔力を落とすから再度かけてくれ」
「分かりました」
つまり月眼を一旦解放するために制限を切れということ。いくら制限という括りでも、あまりに急激な魔力の上昇は陸の体に多大な負担をかけてしまうため解放時のみ外し、その後すぐにかけ直せばスタミナを維持出来るという理論だ。
そして、その連携も長年の付き合いだからこそ簡単に出来るものだった。
「風雅隊長」
「何だ」
「三条がさっきの攻撃へ切り替えるには約三秒かかります。その間に決めて下さい」
「分かった。ありがとう」
風雅の珍し過ぎる優しい顔をした礼に陸は少しだけ口角を緩ませた。本当にあの隊長はほんの時々くれるアメがとても甘い。
そして風雅は魔力を溜め終わると、その目は月眼へと変わりそこからは一瞬だった。
「駿!!」
「スイッチ!!」
一瞬にして駿と切り替わると、百合香はすぐさま魅了眼を発動させて風雅を止めようとしたが、陸の読み通り烈拳を超えるスピードを持つ風雅にその時間は長過ぎた。
「月影」
「なっ……!!」
何かに捕らえられたと思った瞬間、百合香は意識を失ってその場に倒れた。
「ワンダウン!!」
「っしゃあ!!」
魔法学院側から歓喜の声が溢れた。これでワンダウンずつ、さらに体力ゲージと手数カウントもこちらが優勢で逃げ切ることが出来ればこちらの勝ちだ。
しかし、その勝ち方を真央が許す訳がない。勝負は最後までどうなるか分からないからこそ気を緩める訳にはいかないのだ。
『全員気を緩めるな! 攻めなさい!!』
『ラジャー!!』
真央の念波が届き、全員が勢い良く応えた。最低あとダウンは二つ、課されたノルマを熟さなければ明日は死亡だとさっき確認したばかりなのだから。
ただ、あまりに早い決着に昴は呆然としていた。全く見えなかったのだ。
「……何が起こったんスか?」
「風雅君の月眼が魅了眼を封じて一撃叩き込んだだけ。まぁ、正確に言えば混乱させたから魅了眼を使えなかったんだけどね」
「へっ?」
昴は間抜けた声を返すが、初心者では分からなくて当然だということで真央はきちんと説明してやることにした。
「三条が魅了眼を使う前、駿とスイッチしたでしょ? それが一つ目の布石よ。駿は全属性を操るオールラウンダーだからその防御に神経を注がなくてはいけなくなる。
さらに駿も風雅君と同様、幻術には耐性があるからいくら魅了眼との複合術でもそう簡単に崩せないわけ」
そこまでは理解出来たらしく、昴はコクコクと頷く。ただし、頭の中では駿が凄いから幻術が効かないとしか変換されていないが……
「そして様々な魔法に対処するということは全属性をバリアする魔力も消費してしまうの。風雅君を切ったあの技は魅了眼と高い魔力が発動条件になることは違いないから、すぐに切り替えられなくなるの」
「えっと……、つまり技を発動する魔力が足りないと……」
「そうそう、木崎君にしてはよく理解出来てるわよ」
偶然そこだけ理解出来たんじゃ……、というのが中一組の意見。しかし、真央はさらに話を続けた。
「だから駿が引き付けてる間、風雅君は三条がすぐに魅了眼を発動出来ないタイミングを見計らって一撃お見舞いしたってわけ」
普通に戦ったら一撃の相手だから、と真央は笑った。さらに月影という技は相手の視界をくらます月眼の高速体術だ。魅了眼を使う百合香にとってはまさに打ってつけの攻撃だったと言える。
「でも、まだワンダウンしかとってないからね。風雅君にはきっちり働いてもらうわよ」
「待って下さい」
杏が声を上げた。その視界にはずっと風雅が映っているが、それ以上に血に染まった肩から何かを得ようとしていた。
気になって仕方ないのだ。あの肩から小さな魔力の残骸が発せられている気がして……
「杏さん、どうしたんですか?」
「……何かおかしくないでしょうか」
「えっ?」
海は目を丸くした。何かおかしなことがあっただろうかと誰もが思うが、杏の目に映る風雅の姿はいつもとどこか違って見えた。
さらに百合香の実力や性格から考えて、こうもあっさり彼女がダウンを取らせるとは思えなかったのである。
「三条様と風雅様の実力差は確かにあります。ですが、こうもあっさり決着が付くなんて……!」
そう、付くはずがなかったのだ。さらに風雅の肩に注視した杏は傷口から感じた魔力の正体に気付いたのだ!
「真央監督! すぐに風雅様を戻して下さい!」
「えっ!?」
「すぐに治療します!!」
「わ、分かったわ! 真理ちゃん、風雅君と一時交代!」
「はいっ!」
真理はすぐにジャージを脱ぎ捨てる。それと同時に真央は風雅に念波を飛ばした。
『風雅君、一旦戻りなさい』
『ん?』
『杏ちゃんが戻れと言ってるんだから』
『真理、すぐに代われ』
杏と言った時点で受け入れるのが非常に早くなったと真央は思う。通常ならもう少しやらせろと噛み付いていた風雅様だとはとても思えないほどだ。
そして、風雅は真理と交代すると杏の元へ歩み寄った。
「杏、一体どうし」
「すぐに座って下さい!」
慌てて風雅の腕を掴むとその場に座らせ、杏は肩に最速の治療魔法を施した。止血はしたが心配して戻したのかとも思ったが、それぐらいで自分の試合を止めるようなマネージャーではないと風雅は評価していた。
そして、すぐに恐るべき理由が杏の口から語られた。彼女の診断は正しかったのだ。
「先程切られた傷口に……!」
魔力によってそれは肩から引き離され、誰もが驚きの表情を浮かべた。
「なっ……!!」
「幼虫!?」
出て来たのは血を吸った小さな幼虫。こんなものが風雅の肩に付いていたなど普通は誰も見抜けはしない。ただ、その幼虫はただの幼虫ではなかった。
「はい、禁術召喚の一種です。そして……」
「うっ……!!」
肩に鋭い痛みが走った。しかし、それはほんの一瞬ですぐに痛みは消えた。その痛みと共に出て来たのは青い液体で、杏はそれを風雅の身体から完全に魔力で抜き取った。そう、その液体こそ……
「毒!?」
「はい、魔力神経を破壊するものですが競技での使用は禁止されている種類です。最悪の場合、二度と魔法を使用出来無くなります」
さらに副作用を上げればキリがないが、今は一刻も早く風雅を回復させなければと、杏はさらに魔力を大量に練り上げた。
風雅の望みは試合に出ることで、一分一秒でも早くフィールドに戻してあげたいと思うのだ。
「すぐに完全回復させますから、少しだけお待ち下さい」
そう笑顔で言いつつも、第三クォーターの間は出すわけにはいかないと杏は診断を下した。それは風雅でも理解したのだろう、彼は下を向いてワナワナと震え始める。
「風雅様……」
きっと悔しいのだろう……、と杏は掛ける言葉が見つからなかった。これからという時に主将が出られないことほどチームにとってマイナスになることもない。
だが、震え始めた原因は全く違った。そう、悔しさより優先された感情は当然ある。
「愛だ……! そこまで俺を見てくれるなんて俺は幸福過ぎるっ……!!」
「えっと……!! きゃっ!!」
杏は風雅に腕を引かれ強く抱きしめられた。それでも回復の手を休めないあたりはさすがマネージャーだが、風雅の暴走はもう止められなかった。
「杏、今夜は一緒に寝よう。もう離したくない」
「ふっ……!! 風雅様……!!」
「ほら、回復に集中しないといけないだろう? それに抱き着いてた方が魔力の回復も早いからな」
「はっ、はいっ……!!」
そうだ、緊急時はそうした方がいいと確かに勉強したと思い、杏は茹蛸になりながらも魔力を発し続けた。
そして、そのあまりの理由と光景に昴はどうするのが正解なのかと滝のような涙を流しながら桜に意見を求めた。
「桜ちゃん! 抱き着いた方が早いって嘘だよね!? 有り得ないから止めた方が良いよね!?」
「えっ、えっと……、上級の回復魔法が使える杏さんなら全身から回復魔法を発せるので間違いではないけど……」
医療的にはありだが、試合的にはどうかというのは桜も同意見だ。だが、暴走している風雅は止めない方がいいと蓮と雅樹に制されたため、桜はそれ以上何も言えなかった。
ただ、とにかく誰かに慰めてほしいと思うのか、昴は海にも泣き付いた。
「海ちゃ〜ん!」
「はいはい。修平先輩なら同情してくれますから、後からでも泣き付いて下さい」
それぐらいは本当にしてあげて欲しいと思った。ただ、その修平も慰める前にいろいろ諦めて脱力してしまうのだろうが……
それから数分後、百合香がダウンを取られたということで三条学園の優秀な医療スタッフがすぐに彼女を治療し意識を取り戻させた。
しかし、彼女には悔しさの色など全く浮かんでもいなかったが、三熊は監督として厳しい声色で百合香に告げる。
「三条、ご苦労様でした。ですが、君がやったことは許されません」
「あら、召喚は禁止されていないでしょう?」
「ええ、禁術でなければ」
三熊の言葉の意味は魔法学院側のベンチを見れば一目瞭然だった。杏が風雅の治療に当たっており、風雅自身も至って健康となれば結果は見えたも同然だ。
「……もう見抜いたのですね。しかも毒まで取り除いた上に魔力の浄化と全回復までやるなんて素晴らしいわ」
「そうですね。彼女じゃなければ出来なかったことでしょう」
もし発見が遅れていれば選手生命が絶たれていた可能性もあると、三熊は言葉にはしなかったものの続けているような気がしたが、百合香はそれを気にしなかった。
そう、彼女の関心は自分より劣らなければならないと思う杏に対する怒りしかなかったのだ。
「電話を」
「はっ」
百合香の傍に控えていた使用人が彼女に電話を差し出した。そして彼女がワンコール鳴らした後、すぐにその相手は丁寧に応答すると、百合香は危険な笑みを浮かべて命じた。
「手筈通り第四クォーターラスト五分前に来ていただけるかしら?」
『……宜しいのですか? 最悪、名家の後継者達を殺すことになりますが』
「あら、正に今その次期当主達と戦ってるあなたが言うの?」
クスクスと百合香が笑えば、電話の相手は全くですねと口角を上げた。
「三条っ! まさか……!!」
そんなはずはないと三熊は慌てたが、彼もこの練習試合に参加出来る権利は充分にある。ただ、通常なら来れるはずがないのだ。なんせCROWNと戦っているはずなのだから!
そんな三熊の心境など露知らず、百合香は話を続けた。
「ええ、構いません。だからお願いね?」
『はい、かしこまりました。百合香お嬢様』
悲劇と化す第四クォーターは刻一刻と迫っていた……
お待たせしました♪
最近仕事でミス連発中の緒俐です(笑)
うん、ダメなときはとことんダメになるんですよね……
さて、今回は風雅様がダウンを取りましたがタダでとはいかなかったようで……
やはり百合香はかなり人を追い詰めたいようですね。
ですが、それよりまずいことになりそうな予感!!
さぁ、このあとはどうなるやら……
では、小話をどうぞ☆
〜風雅様の悩み事〜
風雅「はぁ……」
涼「ん? どうしたんだ、風雅隊長」
風雅「いや、ちょっとな」
雅樹「悩み事か。基本捩じ伏せてるのに」
風雅「まぁな。だが、捩じ伏せるどころか抹消出来ないからな」
涼「消す方が楽って意味だよな、それ……」
風雅「だが、恋愛相談ならお前達が向いてるな」
雅樹「涼はともかく俺は無理じゃね?」
風雅「歩く十八禁だろが。自信を持て」
雅樹「おい」
涼「で、何悩んでるんだ?」
風雅「ああ、杏へのプレゼントなんだが……」
雅樹「んなの風雅隊長からってだけで喜ぶたろ」
風雅「そう単純でもない。杏のツボを押さえ、尚且つ俺が納得しなければ意味がない」
涼「へええ、結構考えてるんだな。でもさ、それだけ真剣なら杏は喜ぶんじゃねぇか? あっ、だけどまだ本格的な婚約指輪はやめといた方が良いと思う。杏が倒れかねない」
風雅「心配するな、それは作らせてる段階だからな。俺が悩んでるのはこれだ」
涼「なっ……! ちょっ、雅樹の専門だから俺はパス!」
雅樹「ふざけんなっ! てか何だよこれ!!」
風雅「お前が専門だろ。夜の玩」
涼・雅樹「「死んでも却下だっ!!!」」