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CROWN  作者: 緒俐
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第二十九話:情報戦

 色とりどりの導線を躊躇することもなく鋏で切っていく。成瀬祥一が宇宙人と海から呼ばれる理由はこういったところにある。

 間違いなく、風雅を除いて中学生で爆破物処理をいとも容易くこなしてしまう少年など彼くらいなものだろう。


「さてと、こんなものかな」

「おお〜!!」


 パチパチとささやかな拍手が起こる。時間にして約十分、それだけで爆弾を十数個解除している訳だ。

 一部氷結させて機能をお釈迦にしたとは説明してくれたが、それにしてもあまりに手際が良いと思う。


 そして、水庭の命令で魔法学院に来ていた冴島家の使用人頭である初老の執事が改めて祥一を讃えた。


「さすがです、祥一様」

「そうでもないよ。ジグソーパズルみたいで解除するの楽しいしね」


 そう笑って答える祥一に使用人達は二の句を告げられなかった。


 出鱈目加減は淳士で慣れているのだが、こうやって中学生が爆破物処理をあっさりやってのけるのもどうかと思う。

 しかし、祥一に爆破物処理を教えたのはEAGLEに所属している彼の兄、成瀬辰也だ。


「悪いけどあとは処分しといて。俺は試合に戻らないといけないから、引き続き警戒よろしくね。あと、もし手に負えない事態が起こったらうちに連絡入れて父さんを動かしていいから」

「かっ、かしこまりました!」


 それだけは回避しようと使用人達は思った。祥一の父親といえば、冴島兄妹の父親の親友でライバルといったポジションだ。何より、使用人という立場の自分達が頼み事をするのも恐れ多い訳で……


 そんな使用人達の気持ちは分かるのか、祥一は気にしなくていいと穏やかに微笑んだ。


「心配しなくて良いよ。海のピンチだって言ったら飛んで来るし、伝えてくれた皆にボーナスぐらい出すと思うから」

『それっていくらのレベルなんですか!?』


 冴島家もそれなりの給金を貰っているが、成瀬グループは臨時ボーナスもきっちりしているという噂だ。


 過去、海にデザインした洋服があまりにも祥一の両親を悶えさせたため、そのデザイナーに家一軒分のボーナスを与え、川で溺れかけた海を救助した釣り人にはキャッシュケースたっぷりの金塊が贈られたという都市伝説まであるぐらいなのだから……


「それより祥一様、試合でしたら魔力の回復を」

「大丈夫だよ。海に癒してもらいたいから」


 そして緩むだらし無いと海から評される顔。しかし、見る者が違えば意見も違うもので、まさにそれは恋する少年という意見に変わるらしい。


「祥一様、頑張って下さいっ!」

「応援しておりますわ!」


 第三者がいれば間違いなく応援しているのは恋愛だと思うだろうが、これから試合だから応援してくれてるのだろうと勘違いしている祥一は、それは悩殺スマイルを浮かべて答えた。


「うん、ありがとう」

「グハッ!!」


 見事なまでに悩殺された使用人達だが、さすがは冴島家はノリが良いといった感じでこのリアクションに動じない。

 それよりも今は海に愛情たっぷりに癒してもらおうと、叶いもしない妄想を浮かべながら祥一は武道館に向かうのだった。



 一方、武道館では第二クォーター中盤といったところで、真央が仕掛けどころを見極めている最中だった。

 全員に防戦を命じているが、相手は見事なまでに海の情報通りの動きで実力差のあるガンアタッカー同士の対決も上手くこなせるのではないかといったところ。


「真央監督、いかがでしょうか」

「パーフェクトよ! さすがは海ちゃんね」

「ありがとうございます」


 海はふんわり笑った。こうしてチームの役に立てるというのはとても嬉しい。もちろん中学の公式戦では敵に回るのだが、ずっと一緒に戦ってきた仲間のサポートはいつでも引き受けたくなってしまうものだ。


 しかも今回は杏のためということもあり、いつもより相手の弱点の分析に力が入っており、こちらの攻撃も若干強めの数値で攻撃するように修正してある。

 しかし、それだけは杏に内緒にしておこうと思うのだけれど。


「まっ、敢えてケチを付けるなら、あの双子に関しては藍ちゃんをさらに怪我させようとしたから、ちょっとこっちの攻撃威力は弱いかしらね」

「えっ……? そ、そうですか?」

「ええ、どうせならもっと派手に組んでくれても良いわよ。優しくする必要ないから」


 ニッコリ笑う真央に一行はゾッとした。寝かせられて杏に治療してもらっている藍でさえそこまでやらないでも良いと言いたいところ。


「まっ、その前にまずは中一組を楽にしてあげましょうか」


 あくまでも試合だということは忘れておらず、一行はほっとした。まずは勝てる組み合わせを確実に勝たせることが大切だからだ。

 そして、真央は目を閉じると中一組に念波を飛ばした。


『香川君、栗原は上から下への反応が遅いから上空から一気に下段への攻撃へ転換! そのまま一気に乱打戦へ移行しなさい!』

『オウッ!』


 真央の命令に応え雅樹は一気に魔力を高めて上空に上がり、栗原の視線を上にもってきた途端、一瞬のうちに彼女の下まで移動して乱打を繰り出した。


「くっ……!!」


 いきなりの攻撃に栗原は辛うじてそれを防いだ。しかし、数撃当たったらしく手数カウントは確実に取られる。

 この動きの良さはどうやってるのかと思っていたのも束の間、彼女の視界の片隅にやられ始めたチームメイトの姿が飛び込んできた。


『真理ちゃんと木崎君、今相手してる奴らはおそらく陰険双子が防御力を上げるドーピングを施してるからスピード勝負に持ち込みんで手数カウントを稼ぎなさい。狙うのは片側の腕でダメージ蓄積させて切り崩せ!』

『ラジャー!!』


 二人の勇ましい声と共に手数カウントは増え始める。特に昴はようやく自分も役に立てるのだと俄然張り切っていた。


「修平先輩にどやされるんで決めさせてもらうっスよ!」


 グッと槍に魔力を溜め込んで昴は右腕を狙い上から一撃目を振り下ろしたが、それは相手の持つ中剣で止められる。

 だが、次の攻撃にすぐ移れと口がすっぱくなるほど言われていた昴は、棒高跳びの要領で後方に回ると今度は横から右腕を狙って薙ぎ払い、さらに蓮撃を繰り出していく。


 そんな昴の攻撃を見て、陸はポツリと感想を漏らした。


「初めて実戦で槍を使うにしては良い動きですね。魔力コントロールは初心者だだ漏れですけど」

「その点は仕方ないわね。でも、あれなら及第点はあげられるわよ。魔力だけは特進クラスになるぐらいだから結構スタミナも期待出来るしね」


 つまり叩けば叩くだけ伸びるタイプということなので、間違いなく昴も修平と同じ運命を辿るだろうと風雅は思った。それも素質が修平より上となれば真央も俄然、容赦しなくなるというわけで……


 しかし、魔法学院側が好評価しているのに対し、昴の相手はその防御力の高さに自惚れたままだった。


「馬鹿の一つ覚えだな。右しか攻撃出来ないのか?」

「そっちこそダメージ蓄積させといて良いんスか?」

「なっ……!!」


 ピキッと右腕に小さな痛みが走る。そこへ昴が槍を力いっぱい振り下ろした。そして向けるは相手を倒すという闘気。


「お前は絶対俺がダウンさせる」

「っつ……!!」


 痛み以上に恐れを抱いた。杏を虐めていた仕返しとばかりに向かってきた先程とは違い、今は魔法格闘技の中で培ってきた闘気が全面的に出ている感じだ。

 だからこそ余計に昴の視線の鋭さが恐ろしく感じられた。


 そんな昴を見ていた真理は口許に笑みを浮かべた。これは私も負けていられないと目の前の女子と向き合う。


「昴もちょっと成長したかしら」

「何の話?」

「私も絶対負けられないってこと!!」


 そう言った瞬間、真理は猛スピードで相手に突っ込み右頬を殴り飛ばすと、そのまま右腕に攻撃を集中させる。

 まだヒーリングガードとして全く役に立たないと分かっているからこそ、自分の役目はダウンを取ることだと思うのだ。


 そんな押され始めた中一組の試合を見ながら、三熊は敵ながら感心したと海を褒めた。こちらも知将だといわれているのに、それを崩して来る中学生の存在は微笑ましく思う。


「随分とうちの弱点を突いてきましたね。さすがは天才情報員、小原海という訳ですか」

「天才ですか? それほど優秀ではないように見受けられましたけど」


 百合香が珍しく口を開いたと思った。おそらく、自分の頭脳に勝るかもしれない同学年の存在が気になってのものだと三熊は思う。


「そうですね、君に勝てる頭脳の持ち主は魔法学院側には三人いますね。一之瀬、結城、東條。ああ、今日は海宝の成瀬もいますか」


 海宝の成瀬というのに百合香はピクリと反応した。どうやらかなりカンに障る名前らしいが、海が宇宙人というほどなのだからその点は致し方ないものだ。


 しかし、三熊は百合香の反応を気にせず話を続けた。


「さすがに一般的な頭脳までは調べていませんが、小原海のスカウティング能力はまさに天才と呼ぶに相応しいものです。

 通常、一人の選手の未来を読むことは不可能ですが、小原海はそれを情報から導き出してしまう。さらに恐ろしいのは格上の相手に対して応戦出来る情報まで弾き出してしまうことです」

「その程度のことなら監督も出来るでしょう?」


 過去の魔法学院高等部や海宝高校との試合を見る限り、それが顕著に出てると百合香は思っていた。

 そして、それは間違いなく事実であり昔から教えを乞っている真太郎や綾奈も同意見だ。


「そうですね。じゃなければ冴島淳士相手に海宝高校以外は一瞬で片付けられてしまうでしょう。しかし、逆を言えば出来るからこそその恐ろしさが分かるんですよ」


 すぐにその理由は明らかにされるだろうと三熊の視線は蓮と綾奈の戦いに向けられた。


 そして、まさに三熊の予測通り、綾奈は蓮の動きが変わって来たことを体感し始めていた。


「随分良い動きですね。やはり葛城さんより上ということでしょうか」


 それとも回避と防御中心に練習を詰んできたのかと思う。藍と同じで柔らかな動きはしているが、弓という動作を要する武器を使っているにも関わらず手数のカウントが伸び悩んでいる状況だ。


 そして、その理由を蓮は辛うじて銃弾から自分の身を守れている状況ではあるが、それを表情に出すことなく答えた。


「少し違います。確かに藍より体格やパワーには恵まれてますが、そこまで差がある訳じゃない。全部あなたの動きが筒抜けになっていて防戦出来てるだけです」

「……小原海さんに分析されたと」


 彼女ならウイングガンの仕組みをすぐに見極められるかもしれないと綾奈は思った。

 少なくとも魔法学院高等部や海宝高校と繋がりがあるなら、対処法の一つや二つは研究されていてもおかしくないと考えられるからだ。


 一方、真央の指示があったとはいえ、蓮が上手く綾奈からの攻撃を防いでいることに疑問符を飛ばしていた中一組と桜に海がその理由を簡潔に説明していた。


「ウイングガンはその柔らかな動き故、相手の視線を銃弾より自分に引き付けてしまいます。その点は藍と一緒になりますので、おそらく藍も銃弾の数は同じだと感じたんじゃないですか?」


 フィールド外に出たとはいえ、銃弾を浴びた身体はまだ回復していないらしく、藍は寝かされたまま答えた。

 とはいえ、杏の治療を受けているので傷口に痛みも無ければ意識もはっきりしている状態たが。


「うん、それは間違いないよ。実際に銃弾は同じぐらいだったもん」


 それは撃ち合った自分が一番分かる。実際、銃弾そのものはほとんど避けるなり防いでいるのだ。

 そうでなければもっと早くにやられており、手数のカウントも体力ゲージもこちら側が圧倒的に不利になっている。


「ええ、ただし違う点が一点。銃弾の魔力の分離が起こってるんです」

「へっ? 何だそれ?」


 魔力の分離とは聞き慣れない言葉だと涼は問い返した。それは中一組の優等生達も同じらしく、海に説明を求める。


「簡単に言えば一発の銃弾が二発に分離しているということです。通常は銃弾に魔力を宿して最後まで貫通させますが、城ケ崎さんは途中で銃弾から魔力を適量分離させて二発分の攻撃にしてるんです」


 海の説明にイメージが出来たのか涼はコクコク頷く。勉強に関しては若干理解に時間がかかるが、魔法格闘技に関しては理解が早いらしい。

 好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものだと思いながら海は話を続けた。


「ただ、二発に分離させてますので一発ずつの威力は落ちますが、高校トップクラスのガンアタッカーですから充分殺傷能力は高いままです」

「でもよ、原理は分かっても城ケ崎さんの攻撃威力は変わってないから防ぎ切れるのか?」


 涼の指摘はもっともだった。攻撃を防ぎ切れなければそのうち隙を突かれて蓮が撃たれることは間違いない。

 そして、仕方ない部分はやはりあるらしいが、海はきちんと活路を見出だした答えを返してくれた。


「はい、その点はバリアを高密度にしなければなりませんけど、動きが全て予測出来れば回避率は上がりますし、蓮は間合いの取り方に関して自在とも言える弓矢の使い手ですから……」

「そっか! 蓮の体勢や間合いによって照準や銃弾の魔力加減が狂わされてしまうって訳か!」

「はい、そういうことです。まだ涼は理解力があって助かりました。雅樹だと全部説明しても理解してくれませんし……」


 おそらく答えも「銃弾が二発分来るんだろ」といった感じにしかならない。昴も「バリアを強くしとくっス!」としか言わないだろう。


 ただ、惜しむべき点はやはり解決出来ない問題があることだ。


「だけど、防戦だけじゃ勝てねぇよなぁ」

「ええ、残念なことに蓮でも城ケ崎さんには敵いません。元々の実力差が開き過ぎていますから」


 寧ろまだ抑えているとも感じられる。そのレベルに何とか蓮がついていってるといった状態からでは、いくら海の情報があってもダウンさせることは極めて難しい。


 しかし、真央は一縷の望みがあるならと一つの答えに辿り着いた。


「だけど新技なら通じるかもしれないわね」

「へっ?」


 涼の間抜けた声を聞きながらも、真央は目を閉じて蓮に念波を送った。


『東條君、新技いってみようか』

『えっ? しかし……』

『出来るからやんなさい。今年は頼れる先輩がいるんだからGO! GO!』


 修平と駿ならあの双子相手でも後輩がピンチとあらばヘルプに入れると付け加えれば、蓮は承知したと返してきた。


 そして真央が目を開けると、それは海も知らなかったらしく目を丸くして尋ねた。


「蓮って新技あったんですか?」

「ええ、だけど今まで勝つことが目的だったから無難な道しか選ばなかったんでしょうね。でも、あれだけ命中率が高い弓矢使いなんだから攻めなきゃ損よ」


 そう勝気に笑う真央に一行も笑い返した。確かに蓮の性格上、勝つことを前提としているため常に戦況に忠実な行動をとっている。

 しかし、元は攻撃力が高いタイプなので攻めなければ損だという真央の采配は正しい。


 そして、蓮は仲間を信じようと思い、一気に魔力を上げるとその弓に三本の青く光る矢が同時に現れた!


「三本!?」


 そんなことが出来たのかと涼は目を見開いた! 今まで三連射というのはあったが、三本同時に射ることが出来ると知らなかったのである。


『綾奈! 回避と防戦に移行しなさい!!』


 このまま撃ち続ければ嵌められる可能性があると踏んだ三熊はすぐに念波を飛ばした。

 少なくとも、彼の記憶で中学一年生の時点で三本の矢を自由自在に射て相手の動きを封じていったものはいないからだ。


「シューティングスター」

「くっ……!!」


 ついには銃弾と並ぶ矢が蓮から放たれ綾奈も回避しなくてはならなくなった。それは撃った弾数が少ないからではなく蓮の弓矢の威力がウイングショットを上回ったため、弾道が逸らされてしまい命中率が下がってしまったのだ。


 しかし、それだけの威力を持つ弓矢はかなりの魔力を消費してしまうため打ち続けることは不可能。ならばと蓮は一気に間合いを詰める!


「これだけ近ければ銃弾の威力を分離しても意味ないでしょう?」

「くっ……!」


 早くもウイングショットを見破られたのかと思った。蓮の言うとおり、銃弾の威力分離はある程度の距離があってこそ目くらましになるわけだ。


 そして、どうして接近戦が有効なのかと理解出来ていない涼達に真央は説明する。


「ガンアタッカーはその名のとおり射撃に長けているから、どちらかと言えばそれなりの間合いを必要とするわ。特にウイングショットは銃弾の威力分離という点もあるから、間合いが遠いだけ視線の誘導もしやすくなり当たる弾数も多くなりやすいのよ」

「そっか、藍がまさに良い例だよな。間合いがかなり開いていたから」


 涼のいうとおりで、ガンアタッカー同士の戦いは間合いがかなり広い。しかし、それこそが綾奈の狙いで間合いが広いという常識を利用し、銃弾を威力分離させることによって気付かれない二発目を撃ち込むことも出来ていたのである。


「だけど間合いを詰めてしまえば銃弾の威力分離によるウイングショットは意味を成さないし、東條君も魔力を消費してる状態だから格闘戦に持ち込んで勝率を上げることは出来る!」


 真央がそう断言した通り、蓮は弓をしまい綾奈に殴り掛かった! 使うのは豪拳、通常は柔拳だが意表を突くことによって綾奈の反応を遅らせようというもの。


 それは効をそうしたらしく、銃で応戦するわけにいかなくなった綾奈は蓮の攻撃に格闘で応えなければならなくなった。


「くっ……!」


 思ってた以上に速いと思った。とはいえ、格闘の腕は間違いなくこちらが上。慣れない戦い方は意表を突くには良い手段だが、数撃かわしてしまえば応戦することは可能。

 何よりガンアタッカーは銃弾の中で戦うため、蓮の動きとパターンが分かれば容易くかわすことが出来るのだ。


 しかし、そうする前に三熊は綾奈を止めなくてはならなくなった。


『綾奈、一旦下がりなさい。格闘戦に持ち込まれてはさらに小原海に情報を与えてしまう。今はそれを避けましょう』

『三熊監督!』

『気持ちは分かりますが下がりなさい。成瀬と対峙しなければならないでしょう? その時に動きを読まれてしまえば勝ち目はありません』


 いつもより厳しい口調で宥められるのは三熊に抱えているものがあるから。試合で感情的になってしまったことを反省し、綾奈は了承したと念波を飛ばすと、グッと蓮から間合いをとった。


『東條君、深追いは禁物。魔力も消費してるから一旦下がりなさい』

『了解』


 バリアだけはそのままに、蓮は一旦魔法学院ベンチ側のフィールドギリギリまで下がった。あのまま綾奈を追って戦い続けていれば、間違いなくこちらが消耗してダウンを取られていただろう。


 そして、綾奈を下がりさせるほどの少年がようやく武道館へと戻ってきたのである。とはいえ、その出迎えは冷たいものだが……


「遅いです。やっと帰ってきたんですか」

「ゴメンゴメン。それより海、魔力回復を」

「してあげますが膝枕とかはしないですから」


 どうして言いたいことが分かるんだろう……、とは思いながらも、回復させてもらえば祥一の頬はだらし無く緩む。

 本当にこれがモテるんだろうかと、海は改めて思った。


「それよりこっちはワンダウン取られてるね。藍ちゃん、城ケ崎さん相手はさすがに厳しいかったかな」

「すみません……」

「違うでしょ。ナイスチャレンジだね」


 藍はポワンと狐化した。こうやって自分を責めずに包んでくれる祥一の存在は有り難い。風雅が鞭をくれたと思えば飴をくれるのが祥一だ。

 とはいえ、練習時は風雅と違った鞭を与えてくれるのだけれど……


「でも、蓮もそろそろ厳しそうだから出るよ。それに修平と駿も周りに気を配り過ぎだからそろそろ泳がせてあげないとね」

「ええ。だから祥一さん、第三クォーター終了までに全合計最低三ダウンよろしく!」


 ニッコリ笑って命じてくれるのは間違いなく海宝中学の策士殿に似ている。寧ろ、真央の親友だからこそ充分有り得ることを尋ねた。


「……それって美咲の命令含んでる?」

「いいえ、私の独断よ。美咲なら試合終了させてって言うかもだけど、まだ木崎君がいるから少し甘くしちゃった」


 テヘペロとでも言いたげな表情に祥一は項垂れた。どうやら何が何でもダウンを取らなくてはいけなくなったらしい。


 しかし、そんな項垂れる主将を奮起させる方法を一番心得ているのが海だった。回復魔法を掛け終えてスッと祥一の手を取り、左手首に今日買ったリストバンドを嵌めてやると一言。


「祥一さん、私のために勝って下さい。ちゃんと見てますから」

「任せといて! 海のために勝つから!」


 女子なら一度は言われてみたいセリフを祥一がガッチリ手を握り真剣な眼差しで告げれば、通常の女子ならクラッと来るはずだった。

 しかし、乙女チックモードが起こりそうなこのシチュエーションすらも海には通用していなかった。寧ろ試合じゃなければ殴っている自信がある。


 だが、海はマネージャーという立場からも勝って欲しい気持ちは本気らしく、彼女らしい言葉を付け加えた。


「それと無茶はしても無理はしないで下さい。神奈先輩がいないんですから試合中の回復は出来ませんので」

「うん、その点は気を付けるよ。それにいつも回復してもらえると甘えてるレベルじゃ高校生には絶対追い付けないからね」


 それは遥か高見にいる高校生達に追い付く絶対的な条件。特に魔法学院高等部にはヒーリングガードとして戦える選手が三人レギュラーとして存在しているなら尚更だ。


 そして祥一は立ち上がると、右手首にもう一つのリストバンドをはめる。すると一瞬にして纏うオーラが変わった。


「真央、とりあえず城ケ崎さんを止めて来るから指示よろしくね。美咲と同じように遠慮しなくて良いから」

「ええ、お願いね」


 そう答える真央の顔が非常に楽しそうに一行は見えた。他校の生徒、それも祥一を指揮出来ることは監督としてやり甲斐が大きいのだろう。


 それから祥一はタイミングを見計ると一気に魔力を上げた!


「蓮、チェンジだ!」


 そう言った瞬間に祥一は綾奈に氷の刃で斬り掛かった! そして弾け散るのは豪雪!


「くっ……!」


 一瞬でも反応が遅れたら間違いなく氷の刃と豪雪でダウンを取られていた。それほどの魔力は彼の兄と退治した時にも感じたが、才能だけなら間違いなく祥一が上だ!


 そして、雪の結晶が舞う中に立つ祥一の姿を捉えると、彼は完全に戦闘モードに移行したのだろう、鋭い視線でこちらを射抜いてきた。


「すみませんが凍傷に注意して下さい。先輩相手に手は抜けませんから」


 例えどんな事情があろうとも、魔法格闘技で手を抜くつもりはないというその宣戦布告には綾奈だけではなく監督の三熊にも火を付けるには充分だった。


『綾奈、魔力を上げなさい。成瀬相手に抑える必要はありません』

『……ですが』

『第二クォーター残り三分です。成瀬を自由にしては全員ダウンの可能性があります。成瀬辰也と戦ったことがあるなら分かるはず』


 分からないはずがない。あの一つ年下の後輩は澄ました顔をして容赦無くこちらに魔力を叩きつけて来るのだ。それも一人に集中しているというより全体を狙っているといった感じで隙さえあれば巻き込んでいる。


『さらにあの氷雪系魔法は成瀬が計算し尽くしているものです。常に気を緩めずに注意しなさい』

『了解!』


 そう答えたと同時に綾奈は一気に魔力を上げた。その魔力は藍や蓮と戦ってた時のものより軽く倍に値する。


 その魔力に魔法学院側は当然驚くが、修平と戦っていた双子の片割れの壮はやっと解放してきたかと薄ら笑った。


「へえぇ、城ケ崎先輩も本気でやることになったか。まぁ、成瀬相手には仕方ねぇだろうが」

「ああ、祥一さんが入るとこっちの負担も少なくなるから俺もそろそろいくとするか」


 とはいえ、昴に関してはまだ気にかけてやらなければならないが、と内心で付け加える。


 真央から祥一がフィールドに入った時の注意点を聞かされているとは思うが、ダウンを取るために猛攻を仕掛けている昴の頭からは抜けている可能性は高い。

 ならば、副主将としてやらなければならないことは一つだけだ。


『真央、祥一さんが入ってきたならそろそろやってもいいか?』

『ええ、良いわよ。だけど魔力コントロールには注意して頂戴。祥一さんも修平もガス欠は困るから』

『分かってる。テクニックアタッカーの控えはいないからな!』


 バチバチと修平の身体に雷光が走り始める。真央の命令通りまだ魔力を抑えてはいるものの、壮の表情を引き攣らせるには充分なものだった。


 強い、その言葉を確かに印象付ける魔力は百合香の表情をも変えるほどだった。


「抑えろって言ったけど、やっぱり修平を怒らせる要素が多過ぎたかしらね」


 そうでなければ副主将は務まらないだろうけど、と真央は笑うのだった。




お待たせしました☆

祥一が海から宇宙人と言われる理由を少しお届け出来たかと思いますが……

本当、このメンバーっていろいろ出来る癖してどこかツッコミ所があるという……


そして、次回は修平と駿がきっちり中二の意地をみせてくれるかと。

陰険双子をどのように倒してくれるのか、真央の指示と海の情報を加えた戦闘をお楽しみ下さい。


では、小話をどうぞ☆



〜合宿が辛かった訳〜


桜「駿さん、やっぱり合宿ってきついんですか? 慎司お兄ちゃんが去年の冬が一番人生の中で辛い合宿だったって言ってましたけど」


駿「そうだね……、海宝とは二度とキャンプ合宿はしないって風雅でも言ってたしね……」


修平「ああ、別の意味で死ぬかと思ったな……」


桜「えっ? 何があったんですか??」


駿「それがね、海宝メンバーが食材をお釈迦にしちゃったからって食材探しにキノコ図鑑取り出す羽目になったんだ……」


修平「しかも冬の合宿は真央もいなかったからろくに料理出来る奴がいなくてな……、極寒の川に入って魚を苦無で取る日が来るとは思わなかった……」


桜「えっ? 川なら祥一さんが凍らせるか、修平さんが雷で放電させるくらい可能なんじゃ……」


駿「練習が地獄巡りだったから魔力がカラカラだったんだよね……」


修平「俺も雷一撃すら出せなくてな……」


桜「あぁ……」


修平「だが、慎司さんが医療戦闘官で本当に助かったな。毒に当たっても命だけは助かる訳だし」


駿「うん、だから生き延びられたよね……」


桜「本当にきついんですね……」




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