第二十八話:悔しいよ
城ケ崎綾奈と言えば高校でも全国トップレベルのガンアタッカーだと藍は聞いていた。海の情報でも確認したが、早撃ちとソフトアタッカーの柔らかな動きで相手のペースを崩して来るタイプらしい。
だからこそ藍は負けたくなかった。自分と同じ戦い方をするタイプなのだから……
真央はフィールド全体を見ながらも電光掲示板に映る時間と三条学園側のベンチに目をやった。気になるのは城ケ崎綾奈の魔力が高まり始めていることだが、試合全体の流れを覆すことはないと思う。
「残り二分か……。第一クォーターは逃げ切れそうね」
「ああ、ダウンは出ていないが体力も手数も確実に向こうが不利だ。ただ、思ってた以上に持ち堪えている気がするが……」
ドーピングでもしているのかと風雅は海に視線を送った。
基本、試合中魔力によって力を高めることは許可されているが、薬物によって力を高めることは許されていない。毒やマヒといった類の魔法も魔力によって性質変化されて繰り出されるものだ。
唯一、一部例外として召喚タイプが繰り出す召喚獣の薬物は認められているが。
「はい、おそらく相手側に防御系の術者がいるか、またはあの胴着がかなりの防御力を秘めているかだと思われます。とはいえ、ドーピング検査はしていませんから絶対とは言えません」
海の答えにそうかと風雅はフィールドに視線を戻した。ドーピングの類をやりそうなメンバーは三条には溢れていることと、百合香の魅力眼でもそれ相応の力を引き出せる可能性も考えられる。
だが、あの三熊監督がそれを認めるとは思いたくはなく、大坪真太郎や城ケ崎綾奈がやっているとは思えないが……
そんな思いを巡らせていると、フィールド内で動きがあった。今まで蓮と対峙していた敵側のガンアタッカーが綾奈と交代したのである。
「蓮、私とチェンジ!!」
そう言いながら味方であろうと自分の後ろから撃って来る藍に蓮は心中で突っ込んだが、それだけ綾奈と戦ってみたいという気持ちは分かるため蓮はすぐに退いた。
そして、すぐさま蓮とチェンジして出て来た藍に綾奈は心中で笑った。自分を恐れず挑んで来る挑戦者がいることは嬉しいものだ。
「葛城藍さんですね。去年、ジュニアクラブで優勝した」
「うんっ! だから今度はジュニア選抜で優勝するっ!!」
ガンアタッカー同士の撃ち合いが始まった。お互い使用している銃弾は魔法格闘技用の殺傷能力が低いものだが、綾奈はさらに即止血性のものを使っていた。
つまり、出血によるダウンはまずないということで、その分だけ技量や銃弾に込める魔力のダメージによって勝敗が決まるということになる。
しかし、それが起こるということは周りも巻き添えを喰らう可能性が非常に高いということ。当然、初心者である昴にとってはあまりの乱撃戦に戸惑うばかりだ。
それも予測済みだったのか、陸は昴に向かって来る流れ弾を弾きながら注意した。
「昴君、あの二人の間だけには入らないで下さい。無駄に当たってくれたら困ります」
「困るってどうすれば……!!」
『コラッ!! 修平と何のために練習させたのよっ!! 避けるものは避けてきちんとバリアを張りながら自分の相手に一撃喰らわせて来いっ!!』
真央からの念波に昴は戦いながら修平との練習、もとい説教を思い出した。
飼育係が陸だとすれば、指導係は修平とすっかりなってしまったのはいつからだっただろうか。
とはいえ副主将であり、元々面倒見が良い修平はきちんと初心者である昴に指導する責任があるとは考えているので、一つ一つ愛のムチを振るいながら教えているのだが……
「いいか、相手にガンアタッカーがいる場合、その他のメンバーは必ずバリアを張りながら戦わなければならない」
「何故っスか? 痛いからスか?」
「その通りだよっ! シバくぞ!!」
「イデェ!!」
蹴り飛ばしながら言うかと思うが、逆らったらさらに蹴られそうなので反論しない。しかし、蹴りながらでもきちんと説明するのが修平だった。
「弾に当たったら体力ゲージは減るし、手数のカウントもとられるからだよ。まぁ、最終的に相手の人数がこっちより倒されてたら問題はないが」
「だったら相手より生き残っていれば」
「確かにな。だが、ダウンってのは案外取りにくいものでもあるんだよ」
「そうなんスか?」
どちらかと言えば簡単に取れるものだと昴は思っていた。今まで見せてもらった試合は間違いなくダウンによる勝敗が多かったからだ。
その点だけは経験値の問題なのでまだ分からなくても仕方ないかと、修平は鉄拳を下さずきちんと説明してやることにした。
「ああ、まずはヒーリングガードが相手にいればダウン前に復活させられてしまう。もちろん一度でもダウンしたらカウントはされるが、逆転のチャンスを与えることに変わりない。それに回復魔法を使える優秀なマネージャーがいても同じことが言える」
「じゃあ、うちは杏ちゃんがいるからダウンガッ!!」
ダウンが防げるという前にダウンさせられた。昴の言うことは理論としては当たっているが、これからの試合で頼り過ぎる訳にはいかない答えだったからだ。
「だから杉原をいつも宛てにすんなってぇの! 基本、試合に入れるマネージャーは二人まで。だが、試合のインターバル中に全員全快にするなんて芸当は魔法学院高等部でも無理な話だろうが」
だからといってそこまでシバかなくても……、と思うがダメージ過多のため反論出来ない。
しかし、修平の言う通り杏を宛てにし続けるのは良くないとは思う。それこそ杏を守りたいというのは口だけになってしまうからだ。
「うぅ……、だけどずっとバリアを張り続けられるもんなんスか?」
通常なら相手の力量次第で無理だと答えるが、こちらには今年、それを可能にさせる人物がいることを忘れてはならない。その答えを修平は一つ溜息を吐き出して答えた。
「だから俺達には攻撃補助のスペシャリストがいるだろう」
修平の答えた通り、陸の攻撃補助は三熊の予想を超えていた。そのスキルはとても中学一年生が考え出してコントロール出来るとは思えないものだったのである。
「本当にいい攻撃補助ですね。バリアまで最低ラインの魔力で抑えますか」
通常ならバリアでさえ力の無駄が生じるというのに、陸はそこまでを完全に制御していた。そのおかげか魔法学院の手数のカウントは一向に増えない。
とりあえず対策は後だと思い三熊が時間を見れば、丁度時間はやって来た。
「第一クォーター終了!!」
審判の声とブザーの音が鳴り響けば、パタリと戦闘が止まる。ここで従わなければ警告、もしくは退場ということになるからだ。
もちろん、強力な魔力の撃ち合いによりすぐに止めることが不可能と審判が判断した場合は何もお咎めなしであり、手数や体力ゲージなどのカウントも無効となるルールは定められている。
そして、五分間のインターバルで両校が次なる手を打つために監督の指示が飛ぶ訳だ。
「お疲れ様! 全員すぐに水分補給! 杏ちゃん、藍ちゃんと小原君の魔力回復! 香川君は栄養補給もきっちりすること! 真理ちゃんと東條君は肘と足のストレッチ! 木崎君は身体を冷やさず修平からもう一度説教を受けなさい!」
「へっ??」
どういうことだと言う前に背後から感じたのは強烈な寒気。そして軋んだ器械のように首を後ろに向ければ、鬼のような形相を浮かべた修平が思いっきり昴の両頬を抓り上げる。
「おい、人が言ったこと全然実践出来てねぇよな? お前はどこまで駄犬なんだ、ああ?」
「ずびまじぇん……!!」
昴が涙目ながらに謝れば、修平はビシッと音でもしそうな勢いで頬から手を離す。そして、正座した昴を前にしてもう一度おさらいと言う名の説教を始めた。
「まず、基本は何だった?」
ヒリヒリする両頬を摩りながらも、昴は何度も言われた基本をきちんと答えた。そう、それこそ初心者どころか魔法格闘技をやるものにとって重要とされてることだからだ。
「防御っス……」
「じゃあ、どうして防御が必要なんだ? 要約した答えで良い」
通常なら体力の減少を防ぎ、手数カウントを取られないため、さらには味方の補助や回復のために魔力を消耗させないなどの答えがある。
つまりそれを要約した答えは全て一つの結果を導き出すためだ。
「……勝つためっス!」
「分かってれば良い。だから第二クォーターは槍を換装して一撃決めてこい」
「ウスッ!」
そんな応酬を聞いていた真理は肘のストレッチをしながら真央に尋ねた。
「真央監督、昴って結局槍でいくわけ?」
「ええ、近接戦だと突っ込むしか脳がないから若干の間合いを取らせるためにリーチが長いものを選んだのよ。まぁ、良い肩してたからっていうのも理由だけどね」
さらに言うならば、修平との間合いが違うテクニックアタッカーが欲しかったというのが本音だ。
今現在、このチームに欠けている要素は間違いなくテクニックアタッカーとヒーリングガードのポジションだ。その二つが揃わない限り、今後の試合では間違いなく苦戦を強いられてしまう。
しかし、その二つともう一人のパワーアタッカーが戻って来れば、このチームはそう簡単に負けはしないと真央は踏んでいる。それこそ、去年より強いチームになれるはずで……
「とりあえず流れはこっちにあるわ。まぁ、向こうの栗原も最低限のダメージで済んでるみたいだから第二クォーターもこのままで行くわよ。香川君」
「ああ」
「今度は確実に決めてきなさい!」
「任せとけっ!」
勝気な笑みはまさにエースと呼ぶにふさわしいもの。それに真央は満足しつつ、第二クォーターを制するもう一つの鍵を指示した。
「それと修平と駿、二人はきっちり身体温めといて。おそらくあの双子も出して来るだろうし、第三クォーターまでには一旦、藍ちゃんと小原君も下げておかないと間違いなくスタミナ切れにはなるからね」
「真央監督! 私は交代したくない!」
まだ二分しか戦っていないのに交代させられるのだけは嫌だった。もちろん、既に実力が違うと感じているのは確かだが倒せないとは思いたくない。
しかし、真央もそこは監督としての判断を曲げるわけにはいかなかった。あくまでも試合で勝たなければいけないからだ。
「悪いけど試合に勝つには最善を尽くさなければならないから絶対交代させるわ。だけど、城ケ崎さんに勝ちなさい!」
「っつ……!! ラジャー!!」
パアッと藍の表情が明るくなった。こうやって自分にチャンスを与えてくれることがとても嬉しい。策略だけなら間違いなく風雅を出した方が確実だというにも関わらずにだ。
しかし、風雅に頼るだけでは藍を含め新人達の成長は望めないため、チャンスをものにする強さを養ってほしいと真央は考えていた。
それと同時に中二組には新人達を活かす強さを持ってもらわなければならないともだ。
「あと涼君と風雅君は祥一さんが戻る第三クォーターからきっちり出て貰うわよ。大坪さんを止めなければはっきり言って勝ち目はないからね」
「オウッ!」
「ああ」
気合い充分と二人も答える。そんな一行を見て、陸の魔力を回復させながら杏の胸は温かさに包まれていた。
一方、予測通り第一クォーターは取られた三条学園側ではあったが、さすがは知将と評される三熊は全く慌ててはいなかった。
寧ろ、第二クォーターは間違いなくこちらが有利となる展開だと読んでいたからである。
「少し早いが第二クォーターからは綾奈中心で攻めていこう。今一番勝てる可能性があるとしたら葛城とのマッチアップだからね。綾奈、葛城はどうだったかな?」
「はい、いい選手ですよ。ガンアタッカーとしては中学でもトップクラスに踊り出て来ると思いますが、まだパワーとスピード不足です」
それでも回避能力はかなり高いと綾奈は思った。それは藍だけではなく他の中一組にも言えることだ。
とにかく、身のこなしが自由自在といったイメージを与えられる。
そして、その答えこそが真央考案のマット運動地獄の成果ではあるが、当然他校でその地獄を知り得るものはいない……
「それと壮と大、そろそろあの中二コンビが出て来るはずだからアップして」
「すぐに出してくれていいぜ」
双子の兄である壮が即答したことに三熊は目を丸くした。自らすぐに出たいということはそうないからである。
しかし、その理由を弟の大が私情をたっぷり込めた顔をして答えてくれた。
「あいつらも宮内沙里と関わりがあるんだろう? 舎弟みたいなもんだったか」
「そうそう、だからきっちり返さねぇとな」
双子の言うことは事実だった。逆らわない、逆らえない、勝てないが三拍子揃ったら間違いなくそんなポジションになってしまうのが沙里との関係だ。
それは修平と駿も例外ではなく、そうならざるを得ない状態に陥ってしまったのである。
やる気になってくれるのは有り難いが、中二コンビの強さを明らかに過小評価している双子に三熊は注意を促した。
「出るのは構わないが、平岡と間宮はかなりの成長株だ。特に間宮はオールラウンダーとして」
「ああ、魔法の属性が自在なんだろう? だが、威力はこっちの方が上なら大が充分抑えるさ」
それだけは分かっていたのかと三熊は思う。修平達がまだ追い付かない点がパワー戦だ。中学生と高校生となればやはり差が出てしまうものなのだから……
ただし、それを補うテクニックアタッカーとオールラウンダーだということは忘れないようにと三熊は付け加えておいた。
「栗原、お前は少し休み」
「いえ、いかせて下さい」
これは非常に珍しいと思った。基本、そこまで自己主張をしない性格だが、この試合で闘争心をくすぐられでもしたというのだろうか。
無論、元から負けず嫌いなところはあると指導者ながらに感じてはいたのだけれど。
「香川は私が仕留めます。このまま好きにさせたくはありませんから」
真摯にこちらを見て来るその目は正に魔法格闘技にはまり込んでいるものだった。雅樹と闘ったことと、先程やられたこと、さらにエースというプライドが彼女を突き動かしているらしい。
「よし、だったら山田と田辺は壮と大と交代しろ。ただし、いつでも出られるように身体は冷やさないように」
「分かりました」
「ちっ……!」
外された百合香の取り巻き二人はつまらなそうに答えた。やる気がないとはいえ、試合から外されることは好きじゃないらしい。
その気持ちをさらに練習に活かしてもらいたいものだと思いながらも、インターバル終了のブザーが鳴り響いた。
「第二クォーターを開始します! フィールドに入って下さい!」
審判の声と共に両校のメンバーは立ち上がる。ここからは探り合いのない完全な実力戦。ここを制すれば魔法学院の勝利はグッと近付く。
「よしっ! 行ってこい!!」
「オウッ!!!」
真央の声に背中を押され、中一組はフィールドの中へ入っていった。
そして、第二クォーターから変わった三条学園のメンバーを見て真央は眉間にシワを寄せた。やはり思ってた以上に相手側も実力差があると感じたのだろうか……
「早くもあの双子を投入してきたか」
「ああ。真央、俺達がすぐに」
「いえ、修平達はあくまでも藍ちゃん達とチェンジする形を取るわ。まだ小原君には出ていてもらわないと困るから」
藍と綾奈のガンアタッカーとしての戦いが苛烈を極めてしまう時に陸の攻撃補助があるのとないのでは大きな差が出てしまう。
さらにガンアタッカーは特に魔力コントロールが重要視されてしまうなら尚更だ。
そうなるとあの双子の相手を一時的に引き受けられるのは……、と真央は念波を送った。
『東條君と真理ちゃん、あの双子の相手を宜しく。ただし、防戦で対応して』
『えっ? 防戦?』
『切り崩せないこともないと思いますが……』
二人の言うことは正しい。実力差はそう離れているものではなく、真理と蓮ならテクニックでカバー出来る部分もある。
しかし、それはあくまでも正当な相手だったらという話だ。相手は反則や卑怯な手を駆使する双子。万が一のことは出来れば避けておきたいところである。
『とりあえず指示に従って。そいつらの反則技を二人が回避出来ないとは思わないけど、小原君から目を反らさせることはしてほしいから』
『なるほど、了解!』
『分かりました。極力こちらに注意を引き付けます』
どことなく蓮の口角が吊り上がったような気がしたが、それには誰も触れず全員がフィールド内に散らばる。
第一クォーターと違い、第二クォーターは各々の意志で最初のポジションを決める。そして、そのポジション取りが出来るからこそ前半のチャンスもピンチも帳消しになる訳だ。
「では、第二クォーターを開始します」
ブザーの音とともに試合はスタートした。当然、注目は藍と綾奈のガンアタッカー対決でそれは早速火を噴いた!
「ウイングショット」
「くうっ……!!」
先程とは打って変わって、綾奈の銃の撃ち方は撥ねのように柔らかくとも威力は倍だった。藍はバリアを張っているにも関わらず、そのパワーとスピードに押されていく。
『小原君、藍ちゃんの制限七割まで解除! それと銃弾の威力が上がってるから全員のバリア強化して!』
『了解しました』
これは補助無しでは一気に持っていかれると思い、陸は藍の攻撃補助に集中することにした。幸い注意する選手達をこちらは上手く引き付けているため、陸自身の危害の心配は全くなかった。
そして藍はいくつかの銃弾の衝撃に耐えながらも、何とか綾奈を崩せる方法を巡らせていた。どうしても勝ちたいという気持ちがいつもの自分より良いパフォーマンスを引き出してくれている。
しかし、それでも自分の撃った銃弾は綾奈に全く届いておらず防がれてばかりだ。
『どうして届かないの? 銃弾の数は負けてないのに……!』
トリックを見破ることが出来ない、その焦りは心を追い詰めていく。もちろん、それ以前に実力差があることは分かっているのだけど……
そんな藍の心を見透かしているのか、綾奈は彼女の心をさらに追い込むかのように忠告した。
「葛城さん、一度引いて下さい。あなたではまだ私に届きません」
「負けたくないから嫌だっ!!」
滅多に乗らない挑発に藍の心は更なる闘争心を生み出す。制限は七割、それと陸の補助で保とうとしていた均衡は一気に崩れる!
「くっ……!!」
身体にピリッと走る痛みは藍の制限オーバーが原因だ。綾奈との対戦で魔力を銃に集中させるための流れに組み換えて余計な消耗は抑えているというのに、藍の感情がそれを上回ったらしい。
『小原君っ!! 藍ちゃんの制限解除!! リミッター外しに切り替えて!!』
『はいっ!!』
ふわりと陸の髪が揺れたかと思えば、いきなり藍の魔力が跳ね上がった! 間違いなく繰り出してくるのは大技だ!
「修平、駿、悪いけどすぐに準備して」
「ああ」
「分かった」
真央の指示に二人はジャージを脱いで準備した。大技を放ってしまえば間違いなくスタミナ切れになる。しかし、ここで誰もが藍を止めたくはなかった。
「捕らえる!!」
白銀の銃から鎖が外れ、それは意志を持って綾奈に襲い掛かり彼女の動きを封じた。そして放たれるは藍の全力弾。
「大蛇の舞」
静かな声とは対称的に放たれた銃弾は綾奈を貫くはずだった。しかし、それまでもが彼女に通じなかったのである!
鎖が弾かれる音と銃弾がバリアによって防がれて地上へと落ちる音。その二つに気付いた時、藍は負けを覚悟した。
「終わりです。ウイングガン」
「きゃああああっ!!」
一発の銃弾が藍の胸を撃ち貫き、藍は地面に倒れ込んだ。そして、ダウンを告げるホイッスルが鳴り響き審判の判定が下された。
「魔法学院、ダウン!」
「修平! 駿!」
「ああ!」
「分かってる!」
ダウンと言われた瞬間、修平と駿が一気にフィールドに飛び込み藍と陸と交代した。そう、それほど早く交代しなければならなかった理由は二つの金属音が物語る。
「人の後輩に何しようとしてんだよ」
「潰すに決まってんだろ?」
修平が立っていたのは藍が倒れていた場所。そして修平が防いでいる相手が双子の兄の壮で、駿が立ち塞がった相手が双子の弟の大だ。
つまり、倒れた藍に更なるダメージを与えようとしたのだ、この双子は!
「レフリー! タイムアウト!」
両校の監督が同時に叫んだ! そう、今の行為は魔法格闘技においてもっともやってはいけない反則行為だったからだ。
そして、タイムアウトが取られるとすぐに大坪と綾奈が双子に食ってかかる!
「壮っ! 大っ! 倒れた選手にさらに攻撃するなど何を考えてる!!」
「そうです! 相手はダウンを取られてたのにそれ以上攻撃すれば反則になるでしょう!!」
二人の言うとおり、魔法格闘技においてダウンとは戦闘不能を意味する。そしてダウンを取られた者に対して更なる攻撃を加えることは反則行為と見なされている訳だ。
しかし、双子は鼻で笑ってもっともな言い訳をしてくれた。
「ああ、ダウンが聞こえなくてよ」
「そうそう、血も滲んでなかったし分からなくてよ。何よりまた立ち上がったら困るだろう?」
「お前等……!」
「真太郎」
殴ろうとした真太郎を三熊が止める。その目はお前が殴る必要はないと語っていた。ここからは監督の仕事だからだ。
そして、フィールド内に両校の監督が出揃うと審判を交えて会議が始まる。
「現行為において、魔法学院側からは退場処分を申し入れます」
「三条学園側からは厳重注意及び当面の謹慎処分を申し入れます」
それって……、と真央は思った。つまり三熊はこの試合のみは双子を出し、しばらくの間は試合に出させないようにと提案したということ。どう考えても三熊らしくないと真央は気付いた。
そして、その両校からの申し出をジャッジ出来るのが審判である。数秒考えた後、審判は判定を下した。
「三条学園側の申し入れを採用します」
それに笑みをこぼすのは三条学園側。今回は公式戦ではないため、これほど軽い処罰はないと誰もが思っていたが、百合香だけは別の感情を抱いていた。
まるで今のやり取りは真央に何かを伝えたように感じられて……
しかし、三熊が再びベンチに戻って来れば彼女はポーカーフェースを保つ。全てこちらが上回っていることだけは確かなのだからと言い聞かせて……
そして、すぐに魔法学院側のベンチに戻った真央は床に寝かされている藍の容態を見て一安心した。さすがは高校トップレベルのガンアタッカーだと思わされるほど、藍の出血量自体は大したことがなかったからだ。
「杏ちゃん、藍ちゃんの怪我は問題無し?」
「はい、既に銃弾は取り除けましたし後遺症もありません。ただ、魔力を全て使い果たしてますので意識が……」
意識がないと言おうとした瞬間、藍の目から涙が溢れ出た。杏の腕が良いのか、藍の回復力が高いのかと思うが、それ以上に藍の気持ちが早くも意識を取り戻すきっかけとなった。
しかし、意識を取り戻した藍に突き付けられた現実は一つだけ。そう、自分は負けたのだ。
「真央監督……!! 悔しいよ……!!」
基本的な銃撃戦は疎か、大技を繰り出しても綾奈にはあっさり切り崩されてしまった。それだけ大きな差があったというのに、自分は勝てる気でいて負かされてしまったのだ。
そんな藍に誰もが言葉を掛けられずにいたが、真央ははっきりと言い切った。
「それでもよくやってくれたわ。だけど次回は必ず勝ちなさい」
「はいっ……!!」
強く答えてくれた藍に真央は笑うと、再度彼女の視線はフィールドに向けられる。双子には厳重注意という判定が下されていたため、審判が警告し丁度それが終わったところだった。
とはいえ、その程度であの双子が大人しくするはずもない。それに綾奈が投入されてここまで大きく流れが変わってしまったとなれば、手を打たないわけにはいかない。
そんな時、パソコンのキーボードを弾いていた海の手が止まった。そして、画面に映し出されたのはフィールド内にいた三条学園のメンバーのデータだ。
「真央監督、出来ました」
「えっ?」
坦々とした告げる海の方を見れば、彼女はスッとパソコン画面を真央に見せる。そのデータは真央の目を見開かせるには充分過ぎるものだった。
「これで反撃出来ます。特にあの双子、徹底的に潰して下さい」
その発言に真央と杏以外、ベンチにいたメンバーが真っ青になった。あの風雅でさえ情報の鬼となった海には何も言わないと決めているぐらいだ。それだけ海の情報はまずいどころではない。
ただし、海の情報を受け取った真央はさらにそれを戦略的にしてしまう監督だった。たったの数秒で双子は真央の頭の中で再起不能と化している。
しかし、そんな魔法学院側のことなど露知らず、フィールドでは試合が再開されることになった。
『お前等、絶対当たり負けるなよ』
『オウッ!!』
修平の念波に応じると同時に審判の笛の音が武道館に響き渡るのだった。
おまたせしました☆
今回はガンアタッカーである藍ちゃんの戦いと敗北だったわけですが……
スポーツ選手って負けを知って強くなるというのは事実かなぁと。
特に絶対的な差だと諦めてしまうかもしれませんが、うちのキャラクター達はその点は強いみたいですね。
次回は海ちゃんの情報戦略が火を噴きます。
双子は果して無事に生き延びられるか(笑)
では、小話をどうぞ☆
〜寝る子は育つ〜
陸「雅樹君、昴君、また授業中寝てましたね」
昴「まぁ……」
雅樹「眠いんだから仕方ねぇだろ」
陸「そんなことばかりしてると真央監督に怒られますよ」
昴「いや……」
雅樹「練習が鬼な上にあんだけ扱かれたら眠くなんだよ」
陸「それでも耐えて下さい。テストで全教科赤点だけは困ります」
雅樹「んなこと言ってもよ……」
〜練習中〜
陸「…………」
昴「陸ちゃ〜〜〜〜んっ!!」
雅樹「練習中にいつも死んでるのもかなり問題じゃないのか……」