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CROWN  作者: 緒俐
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第二十七話:主導権

 試合前の三条学園のベンチは殺伐とはしていないものの、監督である三熊が内心溜息を吐き出すには充分過ぎるものだった。


 それは自分が今まで教えてきた選手達とは全く性質が異なる、イジメという狭い概念しか持ち合わせてない会話を耳にしなければならないからだ。


「まずはあのチビを始末するぞ。他はその後だ」

「ああ、杉原に味方はいないと思い知らせてやろうぜ。それに後からまた痛め付けてやるか」

「そうね、あの子が生きているだけでこの世は迷惑してるのに何度も治療ばかりしてゾンビみたい」

「やだぁ、気味悪いわぁ」


 ケタケタと笑う声が子供というより分別もつかない中学生だと思う。しかし、そんな中でも自分が幼い頃から指導してきた教え子達はいつ身に付けたのか、威圧感たっぷりに警告した。

 その二人が今年高校三年生の大坪真太郎と城ケ崎綾奈だ。


「お前達、相手のマネージャーにくだらない真似をしたら俺と綾奈が許さない」

「全くですね。三熊監督に恥を掻かせるような真似は許しません」


 そこで中等部のメンバーが言い返さないのは二人の実力が抜きん出ていることと、自分達の中心である百合香がそれを止めているためだ。


 しかし、今年三条学園高等部に入学してきた双子の真鍋兄弟はバカバカしいと言い返す。


「相変わらず真面目だな。別に良いだろうが」

「そうだぜ、妹ぐらいよ」

「また宮内沙里達にシバかれたいならな」

「ぐっ……!」


 大坪の指摘に二人は言葉を詰まらせた。去年の試合で沙里にボコボコにされたのも、先日彼女を襲おうとして慎司と和人に返り討ちにあったことも苦い経験だ。

 とはいえ、慎司達は「二度も沙里を襲えば今頃双子は消されてるから、助ける意味で返り討ちにした」と顔を青くして答えるのだろうが……


 そんな応酬が一旦区切り付けば、三熊はそろそろ話を試合に持っていこうかと切り出した。


「全員、試合前ぐらい落ち着きなさい。中等部とはいえ相手は全国優勝最多チームだ。さらに春の大会で中学MVPをとった成瀬祥一もいるとなればこちらも油断出来ない。去年戦ったことのある者達なら分かるだろう?」

「ですが監督、成瀬の姿が見えませんけど……」

「ええ、何か起こったみたいですからね」


 綾奈の問いに答えた三熊の表情は変わらないものの、内心穏やかではないことがよく分かる。不正こそ彼が一番嫌うことだからだ。


 基本、三熊は三条学園とは相性が悪いらしく、星霜高校が今まで吸収合併されないために全国ベストエイトまで伸ばした名将だ。


 しかし、一監督という立場上、三条学園の財力に叶うはずもなく星霜高校は吸収され、自分はなりたくもない一軍の監督に就任させられる事態に追い込まれてしまったのだ。

 それでも彼を支えてくれる教え子や三条学園とはいえ、将来有望な新人に巡り会えたことには感謝しているのである。


 そんなことを思いながらもまずはチームで試合に勝たせてやるため、彼はいつものように指示を出す。


「向こうはまず新人達を出して来るだろうから、そこから動きを観察してみよう。あの監督も留学してさらに一皮向けてるだろうからね」


 先程の挨拶だけでも感じられたが、アメリカに留学して彼女はさらに戦略に磨きをかけてきたことは確かだ。

 なんせ、あの試合に臨む目は彼女の両親と何ら変わらないのたがら……


「三条は後半からだ。向こうの大将とは魔力眼で対決することになるから、今のうちに魔力は温存しておきなさい」

「はい、監督」


 優美な笑みを浮かべて百合香は答える。普通の大人ならこの笑みに信頼を覚えるのだろうが、三熊は末恐ろしい大器だと評していた。


 三条学園中等部の生徒でもっとも権力を持つのが彼女で、彼女が魔法格闘技部で即一軍となったのは親の権力だと世間は評価しているが、それは全くの逆だった。

 彼女はヒーリングガードとして天性の才能を秘めており、さらには魅了眼という武器まで備えていたからだ。


 もしかしたら真太郎や綾奈まですぐ抜き去るのではないか……、と思わせるがそれは心の中に留めておくだけにした。


「さぁ、行きなさい」

「ヘイヘイ」

「はい」


 やる気があるのかないのか分からないが、少なくとも相手に負けることは考えていないらしい。それも自分達が一軍にいるという自負の性だと思うが、おそらく新入生同士の対決はこちらの負けだ。


 しかし、その新入生の中でも一人、間違いなく来年には指導者次第で大成するソフトアタッカーがこちらにもいる。その新入生がどこまでやれるかはかなり見物だと思いながら、三熊はフィールドに目を向けるのだった。



 フィールド内に入りお互いを見比べた選手達はそれぞれの思惑を隠すつもりはほぼなかった。一触即発という言葉で表すべきなのは雅樹と昴だが、陸の制限が効いているためギリギリ理性を保っている。


 無論、ここで挨拶もせず乱闘騒ぎとなれば、間違いなく真央達から鉄拳制裁を受けるに違いないが……


「それでは、これより魔法学院VS三条学園の練習試合を始めます」

「お願いします!!!」


 魔法学院一行の声が武道館に響き渡る。それにまずは合格だと真央は笑みを浮かべた。


「よしよし、相手より気合い入ってるわね」

「入ってなかったらシバいてたさ。だが、第一クォーターはもうもらったようなものだな」


 修平の発言は通常なら慢心と取られるが、新入生同士の戦いとなれば気合いも実力もはっきり言って格が違い過ぎているため真央も頷いた。


「そうね、だけどそれは高等部の二人が出てこなければの話。あとあの双子だって卑怯な手を使わなくてもそれなりに強いわよ。まぁ、沙里さんの前じゃ石コロだったけど……」


 あれだけはなぁ……、と誰もが同情してしまう。しかし、その双子は全く懲りてないようで今度はこちらに何かしてくる気なんだろう。

 そして、出来ることなら杏に手を出して風雅をこれ以上焚き付けないでもらいたいが……


 それから挨拶が終わったフィールドでは、お互いがセンターラインを境にして分かれ、相手を観察しながらどのように仕掛けるか考える。最初の一撃は勢いを付けるためにもかなり肝心となるためだ。


 それは初心者とはいえ昴も一緒だが、そんな昴の傍にいた相変わらず試合でも無表情な陸が声をかけた。


「昴君、今日は特攻しないで下さい」

「へっ? ダメなんスか?」

「はい、たまには僕も一撃くらい噛ましてやりたいので」


 静かに苦無を持つ陸に若干圧倒されながらも、すぐに昴はニッと笑みを浮かべた。言うと怒られるが、小さな体でこれほど頼りになる仲間はまずいないだろう。


「了解っス! 俺も修平先輩に教わった技、試してみたいんで」

「一日で出来たんですか?」

「まぁ。というより、真央監督から勉強が終わった後にいろんなビデオを見させられてたんで、ある程度イメージが固まってたんスけどね」


 眉尻を下げて答える昴に陸は目を丸くした。物覚えが良いというか、才能があるというのか、こういうところは凄いと思う。

 学校の授業で魔法格闘技があるとはいえ、この成長の早さは普通じゃない。下手をすれば雅樹と同じかそれ以上だ。


 とりあえず、そのことはおいおい考えるとして、まずは自分の仕事を済ませることにした。狙いは杏を殴っていい体格ではないあのデカいパワーアタッカーだ。


「試合開始っ!!」

「フラッシュショット」


 開始同時に放たれる攻撃は誰もが予測つかないものだった。肩を貫通した苦無の激痛に一人がいきなり膝を折る。


「うわあああっ!!」


 しかし、それを投げた攻撃補助のスペシャリストは相変わらず無表情のままだ。ただ、苦無に込めた感情は威力と比例している。


「すみません、今回は私情も込めて攻撃します」


 開始早々、陸の光速苦無が強烈な宣戦布告を噛ます。さらにその後、一迅の光速アローが敵のパワーアタッカーに襲い掛かり、今度は右大腿を貫く!


「悪いが今回は遠距離戦だけでいくつもりはない。全員、杏が味わった苦しみを最低、倍にして返す」


 そして放たれる無数の矢は相手の動きを確実に封じていく。陸が制限をしているため魔力に無駄はないが、それでも修平の目から見た蓮はいつもより飛ばしてるといったものだ。


「おい、東條まで冷静さを少々欠いてないか?」

「心配するな。あいつは若干燃えてるぐらいで丁度良い。なっ、桜」


 風雅の問いに桜はニコッと笑った。蓮の調子は普段、彼の体調管理を担当している桜に聞けば一番早いのだ。


「はい、蓮さんは間違いなく今日は当たりですから」


 その目は恋する目というより蓮専属のトレーナーといったもの。それに若干シスコンが入っている涼は面白くなさそうな顔をするが、親友の調子が良いのは喜ばしいことだと言葉を飲み込んだ。


 そして、そんな若干シスコンを回復させながら杏はクスッと小さな笑みを浮かべる。


「それより涼、まだ杏に回復させる気か」

「すみません、風雅様っ! すぐに!」

「いや、悪いのは杏じゃないからゆっくりで良いよ。急がせるなんてふざけてるからな」


 この温度差は何だと思う。今に始まったことではないが、ここ最近は独占欲が危険な方向に走り始めているとしか思えない。


 しかし、風雅の指摘通りその回復の遅さには桜も疑問に思うところだった。魔力の感じからして決して悪いわけではないのだが……


「だけど涼お兄ちゃん、いつもより全快するのやけに遅くない? 杏さんが治療してるのにどうかしたの?」

「そうだな、ここ数日で魔力は上がってんだけど全快しにくい感じがするんだよな」


 かといって身体がだるい訳ではなかった。ただ、魔力が与えられるなら与えられるだけ吸収してしまうといったところ。当然、その分回復を実感しており無駄ではない。

 いうならば、腹八分目の状態が続いているといったところか……


 そんな涼の状態を聞いた真央は少し考えた後、これ以上は他のメンバーの為にも得策ではないと杏に命じた。


「杏ちゃん、回復はそこまでで良いわ。八割もあれば充分いけるから」

「えっ、はい」


 本当に良いのだろうかと思いながらも、監督の命令ということで杏は涼の魔力を回復することを止めた。

 もちろん状態としては悪くなさそうだが、やはりマネージャーとしては最後まで回復させられなかったという思いが残る。


「涼君、感じとしてはどう?」

「悪くはないと思います。まぁ、まだ魔力が欲しい気はしますけど」

「そう、じゃあそのままでいなさい。やっぱり兄弟よね……」


 走らせ過ぎたのが原因かしら……、とは思うものの、この現象が冴島家の兄達に近付いているという証拠だった。

 ただ、溜息を吐き出してしまうのは、思ってた以上にそれが早く来てしまったということだ。


 そんな真央のコメントに何か問題でもあるのかと涼は思ったが、それはないと彼女は説明しておくことにした。


「心配しなくて良いわよ。身体も魔力も成長期なだけで回復が追いつかないだけ。だけど人間の自然治癒力でカバー出来るから問題ないわ。

 まぁ、強いていうなら杏ちゃんを疲れさせないためにも八割でやめさせたというのもあるわね」

「そっか、桜がいるとはいえ全員分の回復はきついもんな。杏、ありがとうな」

「いいえ、どういたしまして」


 ふんわりと微笑みかけてくれるが、すぐに杏は風雅に引っ張られ独占されてしまう。そこまでやられてはとてもじゃないが朱くなる暇もない。

 いや、寧ろ青くなるしか選択肢が残されていないのだが、その気持ちは中二組が察してくれたらしく涼は視線で慰められながら桜の隣に座った。


「さて、今のところはこっちが押してるけど監督は一筋縄じゃいかないわよね」

「そうだろうね。去年、海宝高校との試合を見に行った時も監督同士の駆け引きは凄く見物だったから」


 駿の指摘通り、三条学園側は開始たった数分で魔法学院側の選手をあらかた分析した三熊がさらに考察を深めているところだった。


 しかし、その口調は非常に穏やかで現状も想定内だったらしく動揺の一つも感じていないようだ。


「さて、いきなり奇襲で貫かれたか。さすがは水庭上官の娘だね」

「先生、早目に俺達を」

「まぁ、待ちなさい。向こうはまだ一之瀬と成瀬を温存してるからね。それにいじめをやっていたうちの部員をとにかく倒そうとしているということは癖も出やすい。それを見極めてからでも遅くないよ」


 試合において感情を見極めることすら策略の一つになる。それは非情な考えのようでも勝つためにはもっとも有効な手段だった。


 もちろん三熊とてイジメを許す監督ではないが、それを理由に負けるという選択肢を取るつもりはない。あくまでも自分は監督で教え子を勝たせるのが仕事だからだ。


 そして彼は戦況から判断していくつかの穴を発見するが、まずは魔法学院のエースから見てみようとこちら側のソフトアタッカーに念波を送った。


『栗原、まずは向こうの香川を止めようか。彼は典型的なパワーアタッカーだ。君の柔拳で流して隙を作りなさい』

『はい、監督』


 そう答えたのは三条学園の女子新入生の栗原だった。彼女もいじめのメンバーの一人だったらしいが、元々の気性が沈着冷静といったところで特に陰口を叩くようなタイプではない。

 寧ろ、どちらかといえば傍観を貫いているようなタイプにも見えるが……


 そして、栗原は三熊の指示通り雅樹の前に立ち塞がった。


「へぇ、ソフトアタッカーか。だが、杏を虐めた奴なら容赦しない!」


 魔力を上げ、雅樹は栗原に乱打を繰り出すが、それがパアンという音を上げながら流されていく。どうやら技を流すソフトアタッカーとしての基本がかなり身についているらしい。


 そんな雅樹を予測してはいたが、あまりにも予測通り過ぎるパターンに真央は額を抑えた。海の情報集にもきっちり栗原には気をつけるようにと書かれていたはすだが、やはり雅樹は読み込んでないようだ。


「あちゃー、やっぱり香川君は単純だから読まれちゃってるわね。まぁ、元から二人掛かりとなれば崩れやすいけど」


 今度は技のバリエーションを増やしてみるかと思いながらも、まずはこの状況を完全に打開してやろうと真央は陸に念波を送った。


『小原君、香川君の制限四割まで解除、攻撃補助も香川君中心でよろしく!』

『はい、了解です』


 主に昴に向けて来る飛び道具を弾きながら陸は了承した。とりあえず、昴にはしばらく逃げていてもらおうと割り切り、陸は雅樹に視線を移す。


 昔から思うが、本当にソフトアタッカーに対して思考が読まれやすい性格だ。もちろん、単純だからこそこちらも合わせやすいという利点もあるのだけれど……


 そして、風雅は真央にチラリと視線を移すとマネージャー達に命じた。


「杏、桜、しっかり見ておけよ。ここから監督同士の頭脳合戦も始まるからな」

「かしこまりました」

「はいっ!」


 二人の可愛らしい返答と共に、監督同士の頭脳戦が開幕した!


『香川君、栗原にそのまま乱打! それと左の攻めが甘い! 流されてばかりじゃなく流されてからの攻撃を組み込みなさい!』

『栗原、相手はさらに乱打を打って来るから限界まで攻撃を流しなさい。それと時尾、栗原の補助をさらに強化、飛び道具と魔法で応戦しなさい』

『了解っ!!』


 二人の了承と共にエース同士の乱戦が始まる! この最初の戦いを制すことが出来れば、間違いなく流れは勝者に訪れる!


「パワーラッシュ!!」

「ぐっ!!」


 雅樹の一撃が栗原の右頬を掠める。流せと言うが、援護が無ければ間違いなくやられてしまう相手だと栗原は思った。


 しかし、それは雅樹も同じだった。変幻自在に攻撃を繰り出しているにも関わらず、致命的な打撃の一発も当てられないことに苛立ち始めていた。

 挑発に乗るなという真央の指示が頭の中に流れて来なかったら、間違いなくやみくもに突っ込んでいただろう。


『陸っ!!』


 このままではこちらは防戦だと思った雅樹は相棒の名を念波で叫ぶと、タイミングを計っていた陸はフワリと髪を揺らしてそれに応えるかのように力を解き放った!


「ええ、行きます!」

「くっ!!」


 いきなり雅樹との間合いを裂くかのように飛んできた高速苦無に栗原は体勢を崩すが、その隙を雅樹が拾わない訳もなかった。一気に拳に魔力を溜めて栗原に殴り掛かる!


「どりゃああっ!!」

「ぐっ……!!」


 魔力で顔面への一撃を防いだが、身体が吹き飛ばされるのを堪えるにはあまりにも重たい一撃だった。それよりも雅樹の力が先程より数段上がっていることに栗原は気付く。


『時尾、そのまま栗原を援護。決して小原に視線を誘導されるな』

『ちっ……!!』


 随分無茶な命令だと思った。相手はこちらの援護をやめさせるような攻撃まで繰り出して来ているのだ。挑発に乗るなという方が厳しい。


 そして、陸の戦い方を見ていた三条側は思ってた以上に陸の攻撃補助がこちらにとっての脅威だと感じていた。

 しかし、一選手としては素晴らしいものだと感心してしまうのだけれど。


「やはりイレギュラーの攻撃補助タイプですか。随分上手く人を観察していますね」

「はい、仲間を助けることを徹底した素晴らしい選手ですね。その信頼も実力も確かに全国クラスだと思います。ですが、やはりまだ甘さは残ってますが……」


 そう評する大坪の意見に三熊は仕方ないことだと思う。彼等は中学生で、いくら死なないと分かっていても心臓目掛けて苦無を放つ覚悟はそう出来ることではない。

 事実、高等部のメンバーでも館内にフィールド装置が付いていなければ暗殺術は使わないのだから。


 しかし、だからといってこちらが甘くなるわけにはいかない。それなりの致命傷を相手に与えなければ負けるからだ。


「仕方ないですが、小原には少し大人しくしてもらいましょうか」


 三熊の分析が終わった。ここからは相手の弱点をこれでもかというほど突いて行き、確実に勝利を収めるために動くのみだ。

 三熊は目を閉じると、早速弱点の一つを突くことにした。


『全員、一度距離をとって攻撃を緩めなさい。あの攻撃補助の少年を使えなくしてしまおう。彼が仕事をする限りこちらが明らかに不利ですからね』


 まずはペースダウンと相手の攻撃力を確実に落とすこと。そう命じられた三条側は各々の相手と距離を取った。

 それをある程度予想していたものの、この第一クォーターで引いて来る相手に真央は警戒した。


「引いて来たわね。普通なら潰そうと突っ込んで来るけど」

「それだけ監督が優秀だってことだ。陸の攻撃補助は相手の攻撃するタイミングを狙って行われる。だが、陸には一つだけ弱点があるからな」


 風雅の指摘は毎日一緒に練習してきた者なら分かる。少しはマシになってきた方だが、毎日体育館の隅で死体になっている陸を杏が慌てて介抱しているのだから……


 そして、その弱点をたった数分で把握してしまった三熊は全員に念波を飛ばした。


『全員、乱弾戦に移行しなさい。スタミナ勝負に持ち込みます。小原はスタミナがありませんので、全ての魔法弾を防ぎ切ることは出来ません』

『だったら小原に攻撃を』

『攻撃補助に特化してるということは回避力だけではなく、視線や心理まで彼は熟知してるということです。そう簡単に止められません。ならば確実に消費させなさい』


 陸をこれ以上出られなくすることが目的だと命じれば、直接攻撃出来ないことに苛立ちながらも三条側は魔法弾をいくつも放ってきた!


 その意図にいち早く気付いた真央はすぐに念波を送る! こちらも手数のカウントを取られるわけにはいかない!


『全員回避に集中! 今は攻撃禁止よ!!』

『何で』

『良いから避けなさいっ!!』


 昴の疑問は深まるばかりだが、真央の命令だからと昴は魔法弾を避け始めた。普段、理不尽な攻撃を受けているためはっきりいって相手の攻撃がかなり遅く思える。


 しかし、陸が全ての攻撃をカバー出来ているのかと思えばそうではないらしく、雅樹中心でバリアを張り続けているといったところ。


「やはり魔法の類は全部防げませんか。まぁ、全てガードしてたら力尽きてしまうのは無理もない」


 三熊の分析は正しかった。飛び道具や銃弾ならばいくらでも弾けるが、バリアまで全て張るのはスタミナ切れを起こしフィールドにいても無意味だ。


 それに気付いたのか、一度陸を下げるべきだと修平がジャージに手をかけた。


「真央、一度俺が」

「まだ出さないわよ。それに言ったでしょ? 小原君は攻撃補助のスペシャリストだって」


 ニッと真央が勝気な笑みを浮かべる理由は、いつの間にか相手の攻撃対象から外れている陸の存在。それは派手な回避動作を身につけている中一組に視線を集中させるという陸の芸当だった。

 つまり、あの普段から鬼のように課されているマット運動がこの状況を生み出せたという訳で……


 そして視界から外れた陸の髪がフワリと揺れ、彼は若干苦無に魔力を送り込んで投げると、苦無は有り得ない軌跡を描いて剛速球で曲がった!


「おいおい、曲がり過ぎだろ……」

「うわぁ、やるね〜」


 駿が感嘆の声を上げてしまうほど通常の苦無ではない有り得ない動きは、相手を崩すのに持ってこいだった。しかも効果はそれだけではない。


「くそっ! 照準が……!!」

「どうなってるのよ!! あの苦無!!」


 ただ曲がるだけではない。とんでもないスピードで曲がって敵全員の攻撃態勢を崩す芸当など、どれだけコントロールが優れた苦無のエキスパートでも通常出来ることではないのだ。


 それこそ相手の行動を全部先読みしなければ苦無を放っても全く無意味に終わるというのに、陸は全て見通して投げているというのだから驚きだ。


「おい、真央……」

「だから心配いらないって言ったでしょ! 相手が魔法戦で挑んで来るならそれを発動させるのを止めれば良い。つまりガードしなくて良いように相手の狙いそのものを崩す、おまけに相手に無駄な魔力を使わせるからこっちは攻めやすくなるのよ!」


 カウンターチャンスだと真央は反撃を命じた!


『東條君、藍ちゃんと一気に向こうの栗原を一斉射撃!! 小原君は他の選手を足止めして!』

『了解!!』


 三人の返事と同時に陸は空中に魔力を帯びた苦無を浮かせ、それを起伏のない声と同時に投げ放った!


「フラッシュショットガン」

「うわあああっ!!」

「きゃあああっ!!」


 いくつもの光速苦無が相手側に突き刺さる! しかし、それを辛うじて避けた者が陸を攻撃しようと動いたが、そこに回ったのが真理だった。このチャンスを潰させるわけにはいかない!


「行かせないわよ!!」

「グハッ!!」


 真理の豪拳が決まり、最後の一人も栗原の援護に行けなくなる。残りはあと一人、栗原を残すのみだ。


 蓮と藍が真央の指示通り栗原に乱射すれば、さすがの彼女も全て防ぎ切ることが出来ず態勢を崩した。そのチャンスを見極め、雅樹は一気に叩き込む!


「くらいやがれ!! パワーラッシュ!!」

「……っ!!」


 あまりの猛攻に栗原は堪え切れず、一気にフィールドぎりぎりまで吹き飛ばされた!


「よしっ!」


 まずは主導権を奪ったと真央はグッとガッツポーズを決めた。中学生のエース級を沈めたのはとても大きなことだ。


 しかし、喜びも束の間、三条側のベンチで静かに試合を観戦していた綾奈が三熊に申し出た。第一クォーターで魔法学院側がここまでやってのけるは彼女にとっても想定外だったのだ。


「……監督、そろそろ交代して下さい。私が出ます」

「いいですがまだ潰してはいけませんよ。彼等は未来ある戦闘官ですから」

「はい、銃弾は競技用の魔法弾に変えますのでご心配無く」


 ふんわり笑って綾奈は答えた。実弾を使えば間違いなくこちらの勝ちだと踏んでいるからこその決断だった。相手はあくまでも格下の中学生。まだ恐怖を覚えるには早過ぎる。


 そして彼女は立ち上がると着ていた薄紫と白のコントラストのジャージを脱ぎ、同じ配色の胴着姿になった。


『藍ちゃん、城ケ崎さんが動いて来るから気をつけて頂戴』

『了解っ!』


 真央の念波を受けて藍は自分の相手から一定距離を取ると、空間から装飾の美しい鎖の付いた二丁の拳銃を取り出した。


「白銀を使って来るか」


 しばらく見てなかったというのが風雅の感想だ。

 その名の通り白銀の美しき銃は藍の持つ銃の中でもっとも貫通力に富んだもの。さらに彼女の手に馴染むように造られたものだった。


 しかし、修平から見ればガンアタッカーとしてはどうかといった代物だった。特に女子の筋力から考えればだ。


「にしても、随分重そうなのを使うんだな。しかも鎖付きって」

「まぁな。だが、あれを出さなければ確実に撃ち負ける。藍が勝つ唯一の確率は相手より高い殺傷能力を誇る銃弾を撃ち込むこと。ならば銃も一級品を使うしかない」


 それでも厳しい相手になるとは敢えて続けなかった。

 藍はガンアタッカーとしてのプライドはもちろん高いが、それに見合った努力を重ねてきたのだ。例え相手が格上だろうと突破口の一つも見付けられないまま負けるとは思えない。


 だからこそ真央も簡単に負けさせたくないと思った。監督の仕事は選手を勝たせるために最善を尽くすことだ。


『全員、しばらくガンアタッカーの衝突が続くから警戒して』

『極力スペースを開けなさい。あとバリアを張りながら戦うことも忘れないように』

『了解!!』


 両監督の命令に全員が応じる。だが、とりあえず命令だからと気の抜けたバリアを張る素人が一人。言わずもがな昴である。


 そんな昴にやっぱりそろそろキャパオーバーだったかと修平は溜息を吐き出した。


「あの駄犬、ちゃんと覚えてんのか……」

「う〜ん、一応念波送った方がいいかもね……」


 おそらくいろいろ有り過ぎて、そろそろ何かが抜けているだろうという駿の予想は見事に当たっているのだった。




毎度お待たせしてます。

風邪からようやく立ち直った緒俐です☆


さて、今回は中一組の活躍ということですが、ほぼ陸のおかげですね(笑)

いい仕事をしています。

サポート役って本当に重要なんだなぁとしみじみ思うこの頃です。


次回は藍ちゃんの銃撃戦かなぁと。

実力差はあるけど頑張ってもらいたいですね☆


では、小話をどうぞ☆



〜モテるのは辛いです〜


真央「あら、東條君またラブレター?」


蓮「またって……」


真央「知ってるわよ。桜ちゃんがいるから付き合えないって女の子振ってるんでしょ?」


蓮「そんな断り方してませんっ!」


真央「照れるな照れるな! まぁ、うちの部員達は本当にモテるわね」


蓮「そうですね、風雅隊長を見てたら分かりますよ」


真央「あれは別格。だけど一年生では東條君が一番?」


蓮「いや、俺より昴や雅樹の方が多いと思いますけど」


真央「馬鹿なのに?」


蓮「ええ。でも顔は良いですから」


修平「お前ら何気にひどいよな……」


真央「あら、修平」


修平「てか、一番モテんのは杉原だろ」


真央「杏ちゃん?」


修平「ああ、風雅がいる限り好きでも告れねぇなんて普通は有り得ねぇし……」


真央「そうよね……、修平も苦労してるわよね……」


修平「おい、真央……」


蓮「修平先輩、ご愁傷様です」


修平「だから何でそうなるんだよっ!! 杉原は葛城や江森と同じ後輩だろうがっ!! 俺を死に追いやるんじゃねぇよ!!」


風雅「そうだな、今後のために一度死ぬか、修平」


修平「ふ、風ぎゃああああ!!」


蓮・真央「南無南無……」




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