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CROWN  作者: 緒俐
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第二十六話:ブチ殺せ

 坂道でダッシュしていた途中、いきなり現れた強い魔力に涼は急いで風雅達の元へと走った。

 名門ということで涼も何度か会ったことはあるが、兄達が無理に関わる必要はないと極力離してくれた相手が今ここにいる。


「杏!! 風雅隊長っ!!」


 目に飛び込んで来た敵は三条百合香ただ一人。しかし、杏を真っ青にしてしまうには充分で涼はすぐに彼女を庇うかのように百合香と対峙した。


 そんな涼の行動に百合香はクスリと笑う。涼は淳士や慎司と違って見下しやすい対象だったからだ。


「あら、お久しぶりですわね。冴島涼様」

「お前なんか知るかっ! 杏に危害を加えた奴なんかさっさと消えろ!!」


 ストレートな物言いはさすが淳士の弟だと風雅は思う。

 嫌なものは嫌、特に仲間を傷付けるようなことを涼は昔から嫌っていたのだ。三条百合香はまさにその対象だった。


 しかし、百合香は全く動じることもなく、風雅と涼の後ろに隠された杏に向かって皮肉を込めた言葉の矢を放つ。


「杉原杏さん、あなたもまた素敵な殿方を味方に付けたわね。毎日夜伽のお相手でもしてるのかしら」


 自分に向けられるその声は恐怖だ。彼女の一言で杏はずっと身体にも心にも傷を負い続けて来たのだから……


 ただ、すぐにでも反撃しそうな風雅の声が全く出てこない。間違いなく杏に対しての暴言にも関わらず表情すら崩れていないのだ。


「風雅隊長、言い返してくれよ」

「……ハッ、すまない! 毎日杏が俺と寝てくれるなんて、あと二年と十一ヶ月我慢するって決めてたんだったな」

「具体的過ぎるだろうがっ!!」


 涼は思いっきり突っ込んだ。そういうことに関しては計画的過ぎるため、どうもピントの外れた答えしか返ってこないのが風雅だ。


 しかし、そんな答えすら杏の心を完全にほぐしてやることは出来なかった。それどころか、百合香はさらに追い打ちをかけてくる。


「だけど残念ですが、一之瀬様は私の婚約者だと御存じかしら?」

「……っつ!!」

「そうだったのか?」

「聞いたことねぇな」


 百合香の衝撃的な発言を風雅と涼はサラリと流した。風雅にとっては全く身に覚えがない上に、あの両親が勝手に話を進めることはない。

 なんせ昔から恋やら愛やらは素晴らしいものだという性質な為、名門にしては珍しく結婚相手は自分で選べとのことだ。


「だけどそうなるの。だって、杉原さんに一之瀬様が手に入るわけないもの」

「俺が手に入れる方だ。勘違いするな」

「何か変わるのか?」

「俺が支配するという意味でな」


 どれだけ風雅様なんだよ……、と涼は思う。ただでさえ独占欲だけで杏が子羊化しているというのに、これ以上支配されては気の毒としか言いようがない。

 しかし、それでも逆らえるものは誰もいないため、あまりにもひどい場合限定で止めることしか出来ないのだけど……


 ただし、普通は自分が好きなように結婚相手を選べないという常識に囚われている百合香は、それは詭弁だと切り捨てた。


「一之瀬様、分かっていらっしゃると思いますけど、そのような我が儘が」

「通用しないほど一之瀬家は小さくないからな。さらに冴島と東條、そこまで敵に回したくないだろう?」


 この上ない名門としての警告だった。三条そのものを潰しにかかるといわんばかりの威圧感に百合香もすぐに切り返して来ない。

 政財界はともかく、魔法界一の冴島家だけはまだ潰しにいけない理由が存在するからだ。


 そう、それは冴島家の両親があまりにも大きな権力を手にしているからで……


「……そうですわね。しかも成瀬に竜泉寺まで入られては困りますけど、いつまでその天下が続くか」


 いかにもこれから覆るというかのような表情を浮かべるが、それに限って反論出来ないのが涼だった。

 なんせ冴島家の長男は確かに優秀だが、その倍は出鱈目な訳で……


「やっぱり淳士兄貴が跡取りだと心配だよなぁ……」

「まぁな。だが、桐沢さんが面倒見るだろ」

「そうだな。だったら問題ないか」

「桐沢? 聞いたことない家系ですわね」


 最近伸びて来ている家柄でもあるのかと思うが、その答えは百合香の予想とは全く違うものだった。


 桐沢東吾はあくまでも一般家庭の生まれで、どんな運命のいたずらか、淳士と夏音に出会ってしまったがために気苦労を背負い込むようになった、ある意味英雄なのだから……


「そうだろうな。CROWNの情報部隊長だからよ」

「ああ、貧乏人でしたか。そのような方を補佐にするなんて淳士様も落ちたものですわね」

「んな訳あるか! 桐沢の兄ちゃんはマジで舐めんな!!」


 涼は怒りをあらわにした。それだけ桐沢のことを尊敬しているのだ。淳士の面倒を見られる貴重な存在という理由で。


 そんなどこかズレた応酬に杏は少しずつ落ち着きを取り戻していく。二人はさっきから自分に百合香を見せないように前に立っていてくれる。しかも全て彼女の言葉から自分を守ってくれてると分かったからだ。


『杏、心配するな。俺達が守るから』

『そうそう。俺達もこうやって兄貴達から守られたしな。……まぁ、淳士兄貴は大人に大量の水をかける程度はやってたけど』


 幾度も念波を送ってくれてたのだろう、ようやく杏はそれに耳を傾けることが出来た。大丈夫だと自分に言い聞かせ、ゆっくり息を吸い込んだ。


 そんな杏の乱れていた気配が少しだけ安定したことに風雅は安心して、彼はもっとも効果的な方法で撃退することにした。


「それと三条、淳士さんなら夏音姉さんと結婚する可能性が極めて高いだろう。そうなればお前達がどれだけ足掻こうと全てが無意味になる」

「フフッ、そう上手くいくかしら」


 上手くいってくれないと弟一同、本気で心配なんだけど……、と涼は心の底から思った。いくら東吾といえども、一生淳士の世話をさせるわけにはいかないと思ってるからだ。


「夏音様を迎えたいと思う殿方は冴島家だけではないでしょう? 特に道具として扱われる……!」


 かつてない威圧感が百合香に叩き付けられた! 隣に立っていた涼ですらその威圧感に冷汗を流すほどだ。


「夏音姉さんまでバカにするな。杏の恩人なんだからな」


 どういうことなのかと百合香は思った。夏音が杏と接触する機会など皆無だったはずだというのに、何故か既に知り合ってるという。


 どこまでも杉原杏には権力者達が付いてまわるものだと内心、百合香は舌打ちした。


「……まぁ、おしゃべりはここまでに致しましょうか。今日は試合を楽しみに来たのですもの」

「試合だと?」


 その言葉に風雅はピクリと反応した。



 一方、体育館では三条学園の中・高等部の部員を率いて監督の三熊が挨拶に来ていたが、中等部のメンバーを見た途端、昴が激怒して暴れ出した。


「テメェ等!! 何でここに来てるんだ!!」

「落ち着け、昴っ!!」

「雅樹君、昴君を押さえて下さい!」

「分かった! オラ駄犬、落ち着け!!」

「落ち着いてられるかっ!! あいつらが杏ちゃんをボロボロにした奴らだっ!!」


 その瞬間、中一組の琴線に触れたらしく全員が殴り掛かろうとしたが、修平がそれだけはまずいと一瞬のうちに彼等を殴り飛ばして沈めた。


「お前らは落ち着けっ!! ここで問題を起こせばどうなるか分かってんのか!! やるなら揉み消せる状況を作りやがれっ!!」

「あっ、成瀬家ならいけるよ」


 祥一が手を挙げた瞬間、今度は海の鉄拳制裁が容赦なく祥一を沈めた。


「主将、あなたも海宝なんですから、美咲先輩に余計な仕事を作らないで下さい」

「あいっ、ずびまじぇん……」


 祥一は心の底から謝った。火に油を注ぐような真似はしてはならないと悟ったのである。


 そんな一騒動が収まったのを確認したあと、真央は三条学園魔法格闘技部監督、三熊大二郎とようやく向き合うことが出来た。

 水庭から「爺さんだけあって温厚、人生経験が豊富、元は星霜高校の監督だから余程のことがない限り危害はない」とは聞いているが……


「初めまして、三条学園監督の三熊です」

「初めまして、魔法学院監督の結城です」


 静かな火花が散ってるように見えた。挨拶一つで監督の力量がそれなりに測れるらしいが、水庭の言うとおり策士には違いないと真央はそう評価する。

 それは三熊も同じだったらしく、さすがは水庭の娘といったものだった。


 しかし、腹の探り合いはそこまでらしく、彼は穏やかに笑って話を始めた。


「本日は突然の訪問をお許し下さい。こちらで合宿だと伺いましたので、是非練習試合を組んで頂きたいと思いまして」


 その提案に真央は内心驚いた。三条が仕掛けて来ることは分かっていたが、これほど丁寧な挨拶まで付いて来るとは思ってなかったのである。


 しかし、怒れる中一組の状態と杏のことを思えば、まだ試合は時期尚早だと真央は頭を下げて断ることにした。


「……申し訳ございませんが、まだこちらは調整中ですので後日、改めてお願いしたいのですが」

「ええ、皆さんお疲れだと思いますが、無理をお願いしたいのです。軽い調整として引き受けて頂けませんか」


 事情が全く読めない。三条学園に吸収されたことは聞いているが、今の時期に練習試合を組んでほしいというのはかなり稀なことだ。

 特に高等部なら尚更、いくらこちらが全国の常連校とはいえ中学生に頼みに来ることではない。


 それならば他に理由があるはずだと察した真央は、それを条件付きで引き受けることにした。


「……でしたら二時間下さい。部員に怪我をさせるわけにはいきませんし、作戦会議も開きますので」

「はい、では二時間後に。全員、きっちりアップして再度ミーティングを行う。栗原、三条を呼んできなさい」

「はい、監督」


 百合香の取り巻きの一人が逆らうこともなく返事をし、真央に一礼して体育館を出て行った。こちらの中一組は暴れようとしていたのに随分と大人しいものだと思う。

 無論、虐めていた側が百合香の魅了眼に掛かっているため、自分の心情と反する行為をしていた可能性もあるのだろうが。


 そして真央は一行の元へ行くと、いつになく真剣な表情を浮かべて報告した。


「いきなりで悪いわね。全員一度クールダウン、桜ちゃんと海ちゃん、魔力の低い子から一気に回復させて」

「はいっ!」

「かしこまりました」


 二人はすぐに治療を開始した。どんな時でもベストコンディションで戦わせてあげたい、それがマネージャーとしての心構えだといわんばかりに二人の回復魔法は速い。

 特に海はこの後、データの作成もしなければならないためそのスピードは全開に近い。


 しかし、さすがに双子の兄はそこまで無理はさせたくないとそれを制した。


「海、データをまとめる時間が必要でしょうからある程度で構いませんよ。あとは僕が制限を使って魔力を温存しますし」

「有り難いですけど陸だからこそダメです。今回は制限どころかリミッター外しも考慮すべき相手ですから」


 だからやります、と海は魔力を回復させていく。それに元々陸の魔力は低い方だ。さして時間は掛からないのである。


 そして真央は落ち着きを払いながらも修平と駿の元へ行く。二人とも技術練習だったとはいえ、そこまで魔力を使っていなかったのは正直助かった。


「真央……」

「大丈夫、予定が若干早まっただけ。だけど修平、高等部の相手は」

「俺がするから大丈夫だよ」


 海の鉄拳から復活した祥一はキラキラした笑顔を浮かべて告げれば、真央は目を丸くした。そう、相手は海宝中学主将という肩書を持っている訳で……


「えっと……、出るんですか?」

「うん。あっ、心配しなくてもユニフォームは魔法学院のを着るし、大将も風雅で構わないからね」


 だからよろしく、と言うがそれでも真央は渋った。浮かぶのは親友の顔で、もしここで怪我でもさせれば大問題だ。


「まぁ、有り難いんですけど美咲に許可を取らないとまずい気が……」

「大丈夫だって! 杏ちゃんを守るために練習試合に出るくらい許してくれるし、陸君との連携が出来たから足手まといにはならないよ。何より、逆に出ないと美咲どころか沙里先輩に殴られる……」


 それだけは本当に避けたいと沈む祥一に誰もがコメント出来なかった。あれだけは誰も受けたくない、寧ろ見ているだけでどんな敵でも同情したくなるレベルだ。


 そんな事情を察したのか、修平は真央に提言した。このままでは祥一の命にかかわる!


「真央、ここは甘えておけ。俺もそっちの方が助かるし、風雅と祥一さんの連携はかなりのものだしな」

「そうだね。おまけに中一組はずっと冷静とはいかないだろうし、祥一さんは挑発には乗りにくいしさ」


 何より相手が相手だからと修平と駿が最早懇願にも近い表情を浮かべて告げれば、真央はそうしておいた方が良いと思い、条件付きで許可することにした。


「分かったわ。だけど祥一さん、私の命令にはきっちり従ってもらうわよ」

「了解、真央監督」


 祥一がそう答えるのを聞いて、今度彼女は風雅達の元へ向かった。間違いなくあの二人は魔力を使っているため、試合に出られるのは後半かと修平は予測した。

 少なくとも高等部に二人、かなりの手練がいるため風雅を出さないわけにはいかず、スピード勝負に持ち込まれたら涼を出さない訳にもいかないのだから。


 しかし、そんな状況でも祥一は全くピンチだとは思っていなかった。寧ろ、このメンバーなら負けないとさえ思っているようだ。


「久し振りだなぁ、真央監督モード。修平と駿も楽しみだろう?」

「……まぁ、ああなったら勝つしかなくなりますからね」

「そうだね。寧ろこのメンバーで負ける気がしないや」


 それに中一組と試合で初めて組んで戦えることも楽しみの一つだ。あの未来が有望な中一組がどれほど動けるのか、自分達にどれだけついて来てくれるのかも把握しておきたいところ。


「だけど美咲に下手な報告は出来ないからな……」

「てか、内容によっては明日のメニューは真央スペシャルですが……」


 ズドーンと空気が重くなる。祥一に至っては真央スペシャルを熟した後、美咲のメニューまで追加されるというまさに地獄だ。


「絶対勝とうな……」

「そうですね……」

「死にたくないし……」


 全く気合いの入らない、しかし命懸けの決意を三人はするのだった……



 それから全員のクールダウンが終わり、魔力回復や着替えやらが済んだあと、彼等は指令室でミーティングを始めた。

 クールダウンの最中に対策を練り、真央は赤縁眼鏡をかけて監督モード全開で全員の前に立った。


「いい? 相手は三条学園高等部と中等部の混成チーム。しかも去年ベストエイトの星霜高校の三熊監督もいるから策略には注意しなくちゃいけないわ。海ちゃん、三条のデータを」

「はい」


 海は返事をした後、一人一人に三条学園の選手データを渡していった。


 そのデータは雅樹や昴でも分かりやすく書かれており、漢字にもルビがふられているレベルだ。

 昔からの付き合いというのはこういったところにも気が付くらしい……


 そしてその甲斐があったのか、昴でもきちんとデータを読み込んでいった。その中でもやはり気になるのが三条百合香だ。


「三条百合香はヒーリングガードなんスね。まぁ、魅了眼を持ってたらそれくらいが妥当か」

「そう簡単ではありませんよ、昴君」


 海が無表情のまま指摘した。他のメンバーはいつものことだと思っているが、ポジションにヒーリングガードがあると覚えたことは成長したと思う。


 そして、ここからが海の情報力が発揮される説明が始まった。


「三条百合香の魅了眼はただ意のままに人を操るだけではなく、陸と同じリミッター外しも可能だということ。さらに名門のお嬢様の嗜みとして回復系の魔法ぐらいは使ってくると思われます」


 コクコクと昴は頷く。おそらく分かったのは陸と同じリミッター外しという部分だけだろう。

 しかし、他のメンバーは理解しているのだからと海はそのまま続けた。


「あと、こちらの試合記録はきっちり研究されてますから、通常の連携は見切られる可能性が高いです。なので今回のキーマンは昴君とうちの宇宙人になります」

「へっ? そうなんスか?」


 昴は目を丸くした。祥一はともかく、自分の実力は明らかに一番下だ。役に立つといえば陸とのコンビネーションが成功した時ぐらいだと自分でも理解している。


 ただし、それはあくまでも足手まといであった場合キーマンになれないということで、昴の才能から考えれば充分役に立つと海はそう分析していた。

 特に初心者だからこそチームが助けられることも多いのだ。


「はい、昴君は試合に出たことがない初心者、主将は普段、海宝での連携は計算されてますが魔法学院との連携は計算されてませんので、相手の意表を突く手がいくつも出てくるという訳です」


 それを聞いた一行は頭の中である程度のシュミレーションが浮かぶ。海のデータとキーマンが決まれば、自分達がどのように対応していけば良いのか分かったも同然だ。


 そして、久し振りに海のデータに目を通していった風雅はやはりやりやすいと彼女を褒めた。


「さすがだな、海。ここまで調べ上げてるとは」

「いえ、まだ足りないくらいです。うちの宇宙人が邪魔をしなければもっと分析出来たんですけどね」


 グサリと祥一に棘が刺さる。自分の邪魔がそこまで響くとは思っていなかったらしい。


「ですが、試合の最中に全て仕上げます。それまでは持ち堪えて下さい」

「ああ、期待してる」


 どんな相手でも情報においては決して手を抜かない、それが海のモットーだった。いつ何時どんな隙を突かれるかが分からないからこそ、いつも最善を尽くしておきたいのだ。


 そんな海の姿勢を見て、昴は改めて彼女が凄いマネージャーなのだと思った。


「何かスゴいっスね、海ちゃんって……」

「そうですね。だけどさらに凄いのは試合が始まってからです。後半は場合によってはフルボッコが可能となります」


 真顔でいう陸の言葉の真意を知っている者達はピクリと顔を引き攣らせた。


 過去、海の情報力のおかげでピンチだった戦局が相手をへし折るほどまでひっくり返ったことがある。それほど彼女は高い情報力を持ってるということだ。


 そして、その情報を大人しく読んでいた藍は相手のガンアタッカーの記述を見た途端、勢い良く手を挙げた!


「真央監督っ! 私は城ケ崎さんとやってみたい!」


 それは挑戦することに楽しみを求めている者の目。自分と同じ銃を使うガンアタッカー、しかも去年高等部ベストエイトに入った実力者となれば藍にとってはかなり魅力的な相手だ。


「そうね、実力はまだ藍ちゃんが下だけど良いわよ。ただし、危なくなったらすぐに交代させるから」

「うんっ! 絶対当たり負けたりしないから!」


 実力差があっても勝つという姿勢は見ていて好ましい。策略を抜きにして真央はそういった選手を試合に出すことは好きだった。

 なんせ、諦めない姿勢が大逆転への一番の秘訣だと彼女は知っているからだ。


 そして、今回の試合で一番心配な初心者に真央は再度釘を刺しておいた。彼がやられてはある意味とても困るからだ。

 それは選手ではなく、杏の心がさらに傷付いてしまう可能性があるからで……


「あと木崎君、さっきみたいに頭に血が上って突っ込むような馬鹿だけはしないでよ。杏ちゃんのことを思って仕返ししたいなら常に冷静でいなさい。負けたらそれこそやり返せないんだからね!」

「ウッス!」


 気合いの入った返事にとりあえずは先程のように暴れ出さないと思った。無論、この時点でまだ冷静になれないようなら、間違いなくハウスという手段に出ていたが……


 しかし、他のメンバーの反応はフォローする気もなく、相変わらず冷たいものだった。


「まぁ、こっちは交代自由なんで君一人がやられたとしても問題ありませんが」

「てか、せめて相手の手の内を少しでも明かして負けろ」

「つか、一度くらい死んで来い」

「それがチームメイトにかける言葉っスか!! それに死んで来いって雅ちゃん鬼スか!!」


 昴は大型犬化して泣きわめくが当然誰も同情しない、寧ろ煽って笑いに包まれるだけだ。そして最後に修平にシバかれるのももはやお決まりになってきた。


 この調子なら固くなることはまずないな、と判断した真央は監督として念には念をと全員に忠告しておくことにした。


「もちろん皆も油断しちゃダメよ! 風雅君と戦ったことがあるから魔力眼対策は出来るでしょうけど、魅力眼は月眼と違って操られる可能性があるんだから気を付けて……」


 真央はそれ以上続けられなかった。中一組の反応はどれだけ地獄を見てきたか分からないほど、それはもう絶望感やら哀愁やらを漂わせている。

 特に雅樹と昴は後光までさしており、今にも昇天してしまいそうだ。


「月眼より怖い魔力眼なんてあんのかよ……」

「俺なんて初心者なのに、もうあの恐さを体感してるんスけど……」

「私知らない、月眼より怖い魔力眼なんて知らない」

「藍っ! 気を確かに持って!!」


 そんな様子を見て、魔力眼に対して油断だけは絶対ないと真央は思った。寧ろどこの誰よりも警戒しかしそうにない。


 しかし、そんなに酷いものでは確かにあるが、いくら何でも怖がり過ぎじゃないかと修平は思う。

 あくまでも風雅は味方で大将だ。普通は心強いと思うべきだろう。


「何であいつらあんなに……」

「俺も月眼怖い……」

「あんたもかよっ!!」


 修平は思いっきり突っ込んだ。今まで一番月眼と対峙してる祥一からしゅんとして告げられると、どうも言いようのない気持ちに苛まれてしまう。

 しかし、いつもなら情けないと突っ込んでくれそうな海までもがそれだけは否定出来ないらしい。


 そんな魘される中一組を完全にスルーして、風雅は杏に微笑みかけた。


「杏、一つ頼みがあるんだが」

「はい」

「必ず勝てと言ってくれ」


 それだけで勝てると全員が確信している。今回の試合、杏のために勝ちたいと全員が思っているのだから尚更だ。


「必ず勝って」

「もっと強くだ」


 気合いも大切なんだよ、と風雅が勝ち気な笑みを浮かべれば、杏はハッとした。

 そう、ただ守られるだけではなく、彼女は魔法学院魔法格闘技部のマネージャーだと気付いたからだ。


 そう思った杏は意を決して、いつもより大きな声で強く言い放った!


「必ず勝って来て下さい!!」

「よっしゃあ!!」


 気合いに満ちた声が部屋に響き渡る。もう絶対負けられないと、誰もが誓うのだった。



 試合をするなら最新のフィールドが張られている武道館で、というリクエストは魔法学院側でも有り難いことだった。

 風雅だけならともかく、祥一までいるとなればフィールドの結界の一、二枚は破壊してしまうかもしれないからだ。


 そして、魔法学院の青い胴着に身を包んだ祥一が武道館全体を見渡しているところに魔法学院のジャージを借りた海がやって来た。


「主将、調子は悪くないですか?」

「うん。きっちりアップしたし、海のリストバンドがあるからどんな相手でも」

「負けてもらっては困ります。美咲先輩からも絶対勝てとメールが送られてきてますので」


 どうしてそこで切られるんだろう……、とは思うが美咲からのメールと聞けば彼は青くなった。

 そう、彼は試合に勝つだけでは許されない立場に立たされているのだから……


「やっぱり試合内容も筒抜けだよね……」

「はい。監督もEAGLEの任務が終わり次第合流したいみたいですけど、かなり多忙みたいですから美咲先輩に全て委任すると」

「うん、だったら俺に委任」

「それだけは全員反対してます。私も嫌です」

「俺、主将だよね……」

「はい、そうですね」


 無表情のまま肯定しなくても……、と祥一はガックリ項垂れた。確かに信頼はされてるとは思うが、何故か信用されていないらしい。

 もちろん、練習メニューを組むことに関しては美咲の方が数倍上だと認めているが……


「それとあの技は出来れば使わないで下さい。一応、真央監督も高等結界を張って下さってますし、向こうの三熊監督も結界に関してはかなりの知識をお持ちです。ですが……」


 海の視線の先には風雅の姿。頭は冷製なのだろうがオーラがかなりドス黒く歪んでいる、寧ろ確実に何人か殺られる。


「風雅隊長は間違いなく月眼を発動させてきます。特に今回は杏さんが関わってるので最悪、最新のフィールドを突き破るかもしれませんから」

「そうだね、俺と風雅の全力だったらちょっと危ないかもね。まぁ、その辺も踏まえて水庭上官と陽菜上官は動いているとは思うけど……」


 祥一は苦笑するしかなかった。そこまで全力にさせる相手が出て来ないで欲しいと思う。怒れる風雅の月眼なんて心の底から味わいたくない。


 しかし、そんな談笑も終わりを告げた。武道館の外を見た彼の視界に、ほんの一瞬だが見逃せない光景が飛び込んできたからである。

 もちろん罠の可能性もあるが、この場で事態をすぐに収束出来るのは自分しかいなかった。


「海、ちょっと電話して来るから俺は予定通り後半から出るって言っといて」

「えっ!? どこに行くんですか?」

「うん」


 ニコッと笑った後、祥一は海の腰に手を回して頬に一つキスをする。その様子に魔法学院はおろか三条学園のメンバーもざわつくが、祥一も海も全く気にした様子はなかった。


 とはいえ、かなり海がキレていることを双子の片割れである陸は気付いている訳だが……


「じゃあ、よろしくね」

「……分かりました。全て終わったら殴りますから」

「うん、無表情で怖いこと言わないで欲しいな。それに出来たら照れて」

「いいから行きなさい。寧ろ消えて下さい。存在が煩わしくてなりません」


 そこまで言うかな……、と内心かなり凹みながらも祥一は瞬身でその場から消えた。今はやるべきことをやるべきだからだ。


 そして、海は真央の隣の席に設置されているパソコンが置かれた机の前に座ると深い溜息を一つ吐き出した。

 毎回のことだが、どうも祥一が傍にいると仕事量がどんどん増えていくような気がしてならない。


 そんな海を見て、てっきり祥一にキスされたことに疲れ果てたんだろうかと思った真央は率直な感想を述べた。


「祥一さんも風雅君と同じよね……」

「そうですね、ですが宇宙人じゃなければ気付かなかったかもしれないですね」

「えっ?」


 カタカタとパソコンを弄って画面に映し出されたのは魔法学院の地図。さらに危険と判断される場所に赤いバツ印が付けられていき、侵入者の情報と加味してそのバツ印が消えていく。


 一体何が起こっているのかと真央が驚いた表情を浮かべれば、海は坦々として答えた。


「魔法学院の所々に爆破物が設置されてますので主将を向かわせて全撤去させます。場所はこちらで探索しますが、数が多いため試合に出られるのは早くて後半からです。なので前半戦は極力」

「攻めてやるわ」

「えっ?」


 普通は防戦となるはずなのだが、真央は全く真逆のことを言い始めた。一体どういうことなのかと海は横目で彼女を見れば、それはもう言葉では言い表せない怒気を迸らせている監督がいた。


「全員集合!!!」


 いきなり何が起こったのかとストレッチをしていたメンバーがギョッとして、すぐさま彼女の元に駆け寄った。

 そう、ここで反抗しようものなら試合には出してもらえないではなく出られなくなるに変わるからだ。


 そして怒れる監督はそれはシンプルな命令を出してくれた。


「スターティングメンバーを発表するわ。まずは中一組でブチ殺してこい」

「ハイッ!!」


 中一組は腹の底から声を出したが、一つだけ問題がある。試合に出られるのは六人までで中一組は七人、つまり一人だけ待機しなければならなくなるのだ。

 ならば誰が控えなのかという疑問に真央はすぐに答えてくれた。


「だけど涼君は後半からスピード勝負よ。杏ちゃん、風雅君同様、きっちり仕上げといてね」

「は、はいっ! かしこまりました!」


 何時にない迫力に杏はすぐさま涼を座らせて魔力回復に努めた。一分一秒、無駄にしてはならないというためか話の途中でも回復させることに誰も異論はないらしい。


「風雅君達は後半からよ。だけど、途中で向こうが大坪さんと城ケ崎さんを出して来たらいつでもいけるようにしといて。特に修平、祥一さんが加わったとしてもテクニックアタッカーに代えはいないんだから、絶対テクニック勝負で負けないように」

「分かってる」

「それに香川君もよ! 誰が相手だろうと絶対当たり負けるな!」

「オウっ!!」


 今年の新人の中心格の一人に上げられるのは間違いなく雅樹だと誰もが思っていた。つまり雅樹が負けるということはこちらの勢いを殺してしまうということ。

 魔法学院のエース、それが雅樹だとこの場で証明しろと真央は命じているのだった。


 そして集合のブザーが鳴り響き、審判が声を上げた。


「時間です、整列して下さい」


 今年度初、魔法学院中等部の試合が始まる。全員の表情は強張っておらず、寧ろ闘うことを待ち望んでいる!


「よしっ! 行ってこい!!」

「オウッ!!」


 中一組がフィールド内に入っていく後ろ姿を見送りながら、杏はもう一度勝って下さいと願うのだった。




お待たせしました☆


今回は三条学園との試合の前までという感じになりまして、やっと部活らしいことが出来るなぁと思う緒俐です。

一体どんな試合に仕上がるか、全員の活躍をお楽しみ下さい。

まぁ、命が掛かってますからね(笑)


では、次回もお楽しみに☆



〜愛用グッズ〜


杏「真理ちゃんって沢山アームバンド持ってますよね」


真理「そうね。パワーアタッカーって結構肘を痛めるから予防のためにもね」


杏「そういえば皆さん、いろんな愛用グッズ持ってますよね」


藍「うんっ! 私もホルスターは結構持ってるよ。蓮は矢筒とか多いかも」


真理「あっ、愛用っていうのも変だけど、真央監督はピンだし、修平先輩は……サボテン??」


杏「サボテンは御趣味なような……」


風雅「お前達、何の話をしている」


藍「あっ、風雅隊長」


真理「うん、皆の愛用グッズの話。風雅隊長ってなにかあるんだっけ??」


風雅「俺は決まってる」


杏「えっ?」


風雅「杏がいたら充分だ。さっ、デートに行くぞ」


杏「ええっ!?」


藍「……行っちゃた」


真理「杏が愛用って……」


藍「うん、さすが風雅様だよね……」




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