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CROWN  作者: 緒俐
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第二十五話:合宿開始

 課題が終了していつもより早い時間から部活というのは若干変な気持ちだった。しかし、今日から始まる合宿に杏はワクワクしてしまう。

 さらに聞いた話によれば、海宝中学の成瀬祥一と陸の双子の妹の小原海が合流するというのだから楽しみも増すもの。どんな人達なのか早く会いたいと思った。


 そして、いつものように杏は魔法棟でドリンクの準備をしていると、スッと差し出された粉に目が点になった。


「初めまして、陸の妹の小原海です」


 気配もなく突然現れた陸と同じ顔をした小柄な少女。海宝中学の水色と白のジャージを着た少女は円らな瞳でこちらをじっと見てくるが、やがて何か通ずるものがあるのか、二人は朗らかなオーラに包まれる。


 そして、杏は一度ドリンクを作る手を止めると、海に頭を下げて挨拶した。


「初めまして、杉原杏です」

「ご丁寧にありがとうございます。陸からとても素敵な人だと聞いていましたけど、想像以上でした。確かに風雅隊長が一目で婚約者にした理由が分かります」

「え、えっと……!」

「ですが、かなり一方的に迫られてもう戻れなくなってる心中はお察しします」


 杏が真っ赤になっているにも関わらず、海は表情も変えず坦々と告げていく。こういうところはやはり陸の双子ということなのか。

 とはいえ、風雅から逃げられないという点においてはかなり同情はしているのだが……


「それと宇宙人にも後からきちんと挨拶させますので、是非シカトしてやって下さい。あと、アレの面倒は私が見ますから杏さんはお気にせず」

「えっと……」

「本当にそうしてやって下さい。風雅隊長がキレるのと宇宙人が嘆くのを一手に引き受けるものじゃありませんから」


 寧ろ杏に会わせて良いものなのかと思う。間違いなく扱いは真理や藍と同じにはなるだろうが、迷惑の掛け方は彼女達の倍になる可能性が高い。

 なんせ、真理達は選手だが杏はマネージャーで治療系のスペシャリスト。その上料理に関しては女神様扱いなのだから……



 一方、体育館でストレッチに励んでいた一行の元には海宝のジャージ姿の祥一が訪れていた。


「久しぶりだね、皆」

「祥一さんっ!!」


 久しぶりに会った中一組の面々は表情をパアッと輝かせて彼の元に駆け寄った。真理や藍は特に兄として懐いているので、他の面々より頬が緩んでいる状態だ。


「真理、藍、かなり成長したみたいだね」

「うんっ!」

「もちろんっ!」


 頭を撫でられ二人はさらに上機嫌になった。今、冴島邸にいる兄貴分達はこうして頭を撫でてくれることなど皆無だ。たまに駿があまりにも不敏な自主トレを頑張った時に撫でてはくれるが……


「雅樹と蓮は俺と変わらなくなったなぁ」

「毎日牛乳飲まされてるし」

「百八十は超えろと言われてるので」


 目線が少しずつ近付いて来ていることが嬉しい。祥一もまだ伸びているようだが、それでも去年に比べたらなだらかな伸び方にはなって来ているらしい。


 とはいえ、もうすぐ百八十を超えようとしているのだからリーチの長さとしても問題ないとのこと。


「涼と陸君は変わらない?」

「一応、変わりました」

「苦無で刺しますよ」


 こちらは不機嫌さ全開だ。これでも食育ということできっちり食べている。涼は小さい割にはよく食べるが、スピードアタッカーとしてかなり魔力を消費しているためか成長がゆったりなだけだ。


 しかし、陸は元から食が細いため仕方ない部分もあるのだが、先日の身体測定で一センチは伸びていたらしい……


 そんな一行の反応を見ていた昴は、さすがにライバル校の主将ということを風雅や真央に叩き込まれていたため誰だとは言わなかったが、その感想はいかにも初心者というものだった。


「またイケメンっスね。やっぱり強いんスか?」

「そりゃ海宝の主将で風雅のライバルだ。弱い訳がない」

「ついでに頭の中身は宇宙人らしいよ」

「へえぇ、頭も良いってさすがっスね」


 修平と駿の説明に昴は感嘆の声を上げた。見るからに風雅より温厚といった海宝中学の主将はかなり出来た少年ということらしい。


 そして、一通り中一組と挨拶をかわした後、祥一は修平達の元に向かって行った。


「駿、また魔力が上がったね」

「ええ、今年も都築君に負けるわけにはいかないので」

「うん、星もまたいろんな技を身につけてきてるよ。同じオールラウンダーとして負けたくないって言ってるしね」


 その言葉だけで駿が好戦的な表情に変わるのを昴は珍しいと思った。しかし、長年の付き合いということで駿が本来、結構な負けず嫌いだと修平は知っている。

 なんせ小学生のクラブ時代、風雅に負かされることが当たり前だと誰もが思っていた中、自分と駿だけはいつか負かしてやると思っていたのだから……


 しかし、風雅の前に駿は同じオールラウンダーの都築星を完全に下してやりたいと、かなりライバル心を燃やしている。


「修平も強くなったね。今年も陽平とガチンコバトルを繰り広げてくれるのかな」

「陽平先輩には絶対負けませんよ。あの召喚獣全部撃破してやる!」

「うん、確かにアレは仲間としてもどうかっていうセンスだもんね……」


 祥一のいうとおり、陽平の召喚獣ははっきりいってかなりグロテスクなものまでいる。ただし、グロテスクなものになるほど魔力を使うのでそう出すことはないが……


「それと少しだけ背が伸びたかな」」

「ええ、冬より二センチは伸びてますよ。祥一さんはまだ止まりそうにないですね」

「うん、百八十は欲しいな。海の抱き心地がさらに体感出来るし」

「変態宇宙人もほどほどにして下さい」

「グハッ!」


 まさに一撃。海の高速苦無が祥一の後頭部に突き刺さり、彼は血を吹き出して屍となった。フィールド内でなければ間違いなく即死だ。


 しかし、祥一が屍となった以上に中一組は久し振りの再会に表情を明るくした。


「海!!」

「お久しぶりです。今日から宇宙人共々、お世話になりますのでコレは遠慮無く使って」

「可愛いっス〜〜〜!!!」


 いきなり海は大型犬化した昴に力一杯抱きしめられた。かなりハートが飛んでいるあたり相当ツボにはまったらしい。

 ただ、好かれるのはいいとしてもこの力からは逃れたいらしく海は眉間にシワを寄せた。


「陸ちゃんが女の子になるってこんなに可愛いんスね!!」

「離して下さい」

「ええ〜っ! こんなに可愛いのに無理っガッ!!」


 屍が二体目になった。本家本元の高速苦無は本気で容赦ない。しかもさらに容赦ない言葉の刃が突き刺さった。


「昴君、ハウス!」

「ヒ、ドイ……」


 駄犬扱いされ、昴は完全に折られてしまったが、いつも海の高速苦無を受け慣れている性か祥一はすぐに復活すると昴を起こして優しく忠告しておいた。


「昴君、海は俺のお嫁さんなんだから取っちゃダメだよ」

「へっ? そうなんスか?」

「うん、なんせ初めて見た時から決めてたからね」

「ああ、確かに小さくて可愛いっスからね」


 納得、納得と昴は頷く。どうやら陸の女の子バージョンということで懐きはしてるようだが、恋愛感情は湧いて来ないらしい。

 それが分かったのか、祥一も昴を弟分という扱いをすることに決めたようで、至って二人の間は良好なものとなった。


 そんな二人の応酬を見ていた修平は意外なものだと目を丸くした。


「風雅みたいにキレないんだな」

「まぁ、祥一さんは風雅隊長と違って穏健派ですし」

「なるほどな」


 蓮の言葉に修平は納得した。風雅は杏に関しては何人たりとも渡しはしないと敵意どころか殺意まで剥き出しているが、祥一は穏健ということで海を束縛するようなことはない。


 しかし、束縛しない理由はとんでもないバックアップがあるためだが……


「あと、絶対海を嫁にする自信があるみたいですね。もちろん、成瀬グループがバックアップしてるというのもありますが」

「恋愛一つに企業が絡むって……」

「まぁ、祥一さんの両親って海で着せ替えするの好きですから……」

「それで子供服に力入れてたのかよ……」


 修平は額を押さえた。成瀬グループといえば子供服というイメージはそこが原因だったらしい。もちろん、息子二人のためにという理由で魔法格闘技の専門ショップも強い分野だ。


 そして、祥一は最後にこれから非常にお世話になるであろう、杏の元に歩み寄っていった。


「はじめまして、杏ちゃん」

「はじめまして、成瀬様」

「祥一で良いよ。可愛い妹分には名前で呼んでもらいたいし、杏ちゃんに何かあったら沙里先輩に殺される……」


 青くなるあたり、それは間違いないと一行は思った。特に祥一はあの豪拳の威力を二年間間近で見てきたため、とてもじゃないがあれを受けたいと思わない。


 そんな祥一の心境など露知らず、杏が首を傾げたところに風雅と真央がやって来た。


「祥一さん、いらっしゃい」

「お久しぶりです」

「あっ、二人とも久し振り」


 表情は至って穏やか、空気も穏やか、さらに良好な関係には違いないが、その会話の仲でのやり取りは正にライバルがどれ程強くなっているかの探り合いだった。


 しかし、それに笑みを浮かべてしまうのがこの三人の特徴だ。魔法学院と海宝中学という関係ではライバルになるが、CROWNとEAGLEという関係になった時は強力な味方だ。


「すっかり強くなったみたいだね。春のジュニア合宿の時よりスピードも魔力も上がったのは嬉しいよ」

「祥一さんも新技の一つや二つ身につけたみたいですね。それに美咲からどれだけ扱かれたんですか……」

「うん……、それは察して欲しいな……」


 もう言葉に出来ないきつさだから……、というのは聞かなくても分かる。なんせ真央の親友というだけでもその練習メニューは地獄というもので……


 しかし、練習メニューを組んでる真央は全く意に介した様子はなく、風雅に集合をかけるように命じた。


「全員集合!」

「オウっ!」


 風雅の掛け声に応じて、一行は真央の前に集まってきた。いよいよ始まるのだ、全員のレベルアップと方向性を見出だす合宿が!


「杏ちゃん、海ちゃん、皆に個別メニューを配って」


 真央に命じられ、二人のマネージャーは個別メニューを配る。入学してから真央が一人一人のことを考えて細かく書かれた練習メニューに杏はさすがだと思った。


 とはいえ、修平のマット運動は相変わらず鬼のように組まれているため、風雅も同情しているレベルだが……


「さて、今日から祥一さんと海ちゃんを加えての合宿よ。だけど今回は予告しておいたとおり技術練になるわ。皆、きっちり熟してね」


 確かにいつもよりは軽い、おまけに技術練習ということで全員の気持ちも前向きだ。特に涼は回転乱打を身につけろとだけ書かれているので、やる気は人一倍というところ。


 しかし、そんなメンバーに混じって練習する祥一のメニューはまさに真っ青というものだった。陸との連携以外、これは間違いなく……


「……あのさ、これ美咲考案プラス真央スペシャルな気がするんだけど」

「うん、そのとおりよ。文句あるなら追加しちゃうかも」

「いえ、やらせて頂きます!!」


 ここで拒否でもしようものなら、間違いなく美咲から追加メニューを課されてしまうので祥一は反抗するのをやめた。

 特に真央ならさらにきつい内容に変更してくれるに違いないし、合宿で殺されるのは御免だ。


「それとさっき慎司さんから連絡があってね、三条学園がこちらに仕掛けて来る可能性が高いそうよ。一応、事前策は私もパパも打ってるんだけど、いざとなったら戦うことになるから宜しく!」


 杏がビクッとした瞬間に肩と頭に大きな手が置かれた。風雅と祥一という中学生でこれほど安心する護衛者はまずいないだろう。


「大丈夫だ。俺が杏を守るから」

「当然、俺もね。というより、海宝のメンバーは既に杏ちゃんを崇めてるからなぁ」

「えっ?」


 どういうことなんだろう……、と思うが、海宝メンバーの料理の出来なさを知るメンバーにとっては痛いほど納得出来た。間違いなく杏は女神様に違いない。

 事実、祥一はいつもより撫で過ぎじゃないかというほど杏の頭を撫でているので、それほど切実な問題ということなのだろう。


「それともう一人、休日から優秀なマネージャーが来るから」

「こんにちはー!!」


 突然響いた可愛らしい声に真央でさえ目を丸くした。そう、彼女は通常なら小学校に行ってなければならないはずだからだ。

 しかし、風雅はやっぱり来たかといった表情を浮かべた。そう、彼女は冴島淳士の妹なのだから。


「桜ちゃん!?」

「ちょっ、学校は!?」

「おじいちゃんが人質になってるから心配で授業が受けられません、って途中で抜けちゃった! でも、うちにいるより皆といた方が安心だって思うから許してね」


 そう可愛らしく言われて大抵のものは納得するが、冴島兄妹の中でも兄があまりにも出鱈目過ぎて常識を身につけた涼は、やはり微妙な表情を浮かべてしまうもので……


「桜……、小学生のうちからサボるのは……」

「お兄ちゃん達もサボって合宿でしょ?」

「いや、兄貴達が」

「内緒にしてね、涼お兄ちゃん!」


 ニッコリ笑われては言い返すことは出来ない。上二人の兄達ほどではないが、涼もそれなりに甘いのは自覚しているのだ。


 そんな涼と桜の応酬に一行から小さな笑いが漏れて穏やかな空気になったが、すぐに真央は切り換えて練習を開始することにした。今は一分たりとも成長するきっかけを作ってやりたい。


「じゃあ、各自別れて練習開始!」

「しゃーす!!」


 こうして一行の合宿がスタートした。



 フィールド内に苦無の音が響くのはもはやお決まりになっていた。昔からの付き合いがある祥一の攻撃補助はやはりやりやすい。

 おまけに制限をかけてもそれを突き破ろうとしないため、こちらに負担が掛かることもない。寧ろ、補助しやすいように戦わせてくれてる気がしているほどだ。


「うん、久し振りに陸君と組んだけどやっぱりやりやすいね」

「まぁ、祥一さんは小さい頃から知ってますし、動きも風雅隊長が柔拳使ってるようなものですから」

「だけど補助が上手いと思うよ。雅樹君と真理ちゃんが倒れるくらいだし」


 祥一の言うとおり、雅樹と真理は完全に撃沈されていた。容赦がないという点においては風雅と同じだが、練習ということでトドメまで刺さないという優しさはあるようだ。


 しかし、それはそれで悔しいと思うのがパワーアタッカーの二人だった。


「何で勝てねぇかな……」

「全くよね……」


 陸の攻撃補助の手の内も祥一の攻撃パターンも知り尽くしている。さらに祥一には氷雪系魔法の一つも使わせていないというのに、パンチ一つろくに当たらない。

 無論、柔拳が得意なので攻撃を流されていることもあるが、二人掛かりでこれは辛いところだ。


「まぁ、真理ちゃんってパワーアタッカーではあるけど、ヒーリングガードの方が向いてるんじゃない?」

「はああ!? 頭も胸もない女がヒーリングガードなんグハッ!!」


 頭はともかく、胸は関係ないだろうと見事なアッパーが決まった。それを見た祥一はパワーアタッカーのままで良いんじゃないかと思ったが、真理の可能性を伸ばすためにも助言しておくことにした。


「まぁ、ヒーリングガードって治療がメインっていうのは確かだけど、うちのヒーリングガードで特殊な奴がいるだろう?」

「あっ、神奈さん!」

「ああ、巫女の姉ちゃんか」


 二人の脳裏に過ぎったのは海宝中学のヒーリングガードで中学二年の水谷神奈だった。小学生のクラブで何度か対戦したことがあるが、イレギュラーと言ってもいい戦いをするヒーリングガードだったことは二人の記憶に残っている。


「あいつはそれなりの治療魔法は使うけどそっちよりも結界がメインだからね。真理ちゃんだって治療以外の才能があるかもよ」

「例えば?」

「……相手を殴って回復とか?」

「泣いて良いですか……」


 そんな回復をやってのけそうな者など淳士級の出鱈目さを手に入れろと言ってるようなものだ。

 これは地道にヒーリングガードとしてのスキルを身につけよう……、と真理は思うのだった。最初から諦めるのは御免だったからだ。


 しかし、そんな祥一の意見に真央はやはり見抜いているのかと思った。


「侮れないわね……」

「宇宙人がですか?」

「海ちゃんがよ」


 その返しに海は目を丸くした。自分はまだ、情報の一つさえ公表してないはずだが……


「真理ちゃんがヒーリングガードなんて誰も考えないけど、そう成長するって読んでたでしょ?」

「まぁ、生まれた時からの付き合いですから真理がヒーリングガードらしからぬヒーリングガードになる気はしてましたよ。ですが、そう考えてる真央監督も凄いと思います」

「あら、ありがとう」


 ニコッと真央は笑った。こうして率直に褒められることはとても嬉しいことだ。特に海のようにズバッと思ったことを言うタイプなら裏がないことも分かる。


「まぁ、繊細なコントロールは苦手みたいだけど、一気に魔力を集中させるのは誰よりも早いからね。ある意味、とんでもないヒーリングガードになるかも」

「そうですね、瀕死の重傷者を一気に復活させるとか」

「歓迎だけど淳士さん級の出鱈目よね、それ……」

「はい、夏音さんでもかなり厳しいかと……」


 それだけコントロールが苦手でも、ある意味とんでもない治療魔法を身につける可能性を秘めている。そう思うからこそ真理をヒーリングガードにしたいと思うのだが、やはり常識をある程度持っていてほしいとも思うのだ。


「ですが、真理はパワーアタッカーの中でもかなりの技巧派です。なんせソフトアタッカーの流しを加えていますし、魔法の属性もかなり多い。だから最悪、ヒーリングガードじゃなくても充分通用しますね」

「ええ。だけどヒーリングガードにさせてもらうわよ。医療戦闘官は今後必要だからね」


 そんな真央のセリフは海宝のメンバーを仲間として見ているからこそ出て来るもの。ただし、今の関係が関係なため少しだけ残念だと海は眉尻を下げた。


「ライバル校でなければ大歓迎なのに……」

「それはお互い様。だけどそうやって切磋琢磨するからこそ、味方になった時に無敵だって思えるんじゃない」


 それはもう数年後の話。海はどちらに所属しているのかは分からないが、きっとこのメンバー達と一緒に戦っているのだと思う。

 それと同時に相変わらずな宇宙人の面倒を見ることにもなっていそうだが、面白いと思えることには違いなくて……


「真央監督」

「何?」

「入学したてですけど、早く高校生になりたいって思いました」


 ニコッと笑う海に撃ち貫かれた気がした。これはマズイ、普段そう表情を変えない子が笑うとこんなにレアなのかと思う。

 そんなことは露知らず、いきなり目を見開いて固まった真央に海は何かあったのだろうかと首を傾げる。


「真央監督?」

「海ちゃん!!」


 突然きつく抱き締められ海は何事かと思うが、祥一ではないのでそれを無理矢理離すことはしない。寧ろ、女子からのハグなら歓迎だ。


「もう宇宙人はほっといて、うちに転入してらっしゃい!」

「そうですね、転入は出来ませんけど宇宙人だけはほっておきます」

「う〜ん、半分残念だなぁ」


 いかにも祥一が聞いたら嘆きそうな応酬が繰り広げられるが、すぐに二人は切り換えて監督とマネージャーの仕事に戻ることになった。



 一方、涼の合宿メニューは回転乱打の取得だった。真央が話していたとおり既に形は出来上がっており、空中分解もほとんどしないレベルまで上がっていたが、やはり風雅との差はかなりのものだと涼は痛切に感じ取っていた……


「クソッ……! あと少し……!!」

「形にはなってるが威力はまだまだだな。まぁ、空中分解が無くなってきただけはマシだが」


 それでも回転乱打というには長い道程だ。スピードアタッカーとしての高等体術はそれだけ魔力のコントロールはもちろん身体への負担も大きいもの。

 しかし、それでも打つ度に精度が上がっているのは確かで、この数日の成長は著しいものだ。


「とりあえず、お前は最後の一撃までの溜めをもう少し取れ。それかそこだけは烈拳じゃなく普通の打撃でつなげ」

「だけどそれじゃ風雅隊長に負けるじゃないか!」


 それだけは嫌だと涼は抗議した。形だけではなく、風雅とやりあっても勝てるものではないと完成だと言いたくないのだ。


 そんな涼の負けん気はこの一年間でさらに成長したらしく、風雅は微笑を浮かべた。ただし、さすがにこのまま回転乱打を打っても分解するだけだと分かっているため、風雅は杏に命じた。


「杏、回復してやれ。今週だけで何百回も打ってきたからな、さすがに魔力も尽きて来るだろう」

「はい、かしこまりました」

「涼、十分後に再開するからどうすべきかしっかり考えろ。俺はその間真央のメニューを熟して来る」

「オウ!」


 きっとかなりの走り込みなんだろうと思い、涼はまた風雅との差が広がっていく気がした。

 いつもそうだ。兄達にせよ風雅にせよ、必ず自分の前を走っている。それが眩しくて憧れて、だけど悔しくて……


 しかし、そんな心境の中でも杏は涼専用のスポーツドリンクを差し出して褒めてくれる。


「頑張りましたね、涼君」

「まだまだなんだけどな……」

「いえ、凄く成長していると思います。私はずっと見てきましたから」

「えっ?」

「知ってますよ? 皆が起きる前に自主トレしてましたよね」


 ニッコリ笑って告げる杏に、涼はバツの悪い表情を浮かべた。秘密の特訓だったはずがしっかりバレてたらしい。


「……見てたのかよ」

「はい、風雅隊長や真央監督もご存知です。だから必ず個人戦で勝たせてあげたいと思っていらっしゃいます」


 真央いわく、若干えこ贔屓かもしれないとのこと。しかし、そこまで努力している涼だからこそ風雅も自分の練習時間を割いて涼に付き合っているのだ。


 そんな二人にやっぱり勝てないのかと思いながら、涼は心の内を吐き出した。


「……俺さ、淳士兄貴みたいに誰よりも強いって信頼される訳じゃないし、慎司兄貴みたいな器用さもないからいつも人の倍、技の習得に時間が掛かるんだ。

 でも、烈拳だけは何かすぐに基礎が出来てこれだって思った。だからスピードアタッカーとしては誰にも負けたくない。例え風雅隊長でも淳士兄貴でもだ」


 今はそんな実力が無くともいつか……、と涼の目は本気だった。誰よりも憧れてるからこそ追い付きたいと思う。だから努力を継続することが苦にならないのだ。


 そんな涼を眩しいと思いながらも、杏は穏やかに微笑んだ。


「凄く素敵な目標ですね」

「そうか? 風雅隊長みたいに全てに勝つって目標じゃないからな……」

「それでも一つのことに打ち込むことは素敵なことです。ですから涼君はきっと勝てます」


 ヤバイ、と思った。キュイーンスパークとでも名付ければいいのか、杏の笑顔の破壊力は計り知れない。

 それなりに可愛い女の子に弱いとは思うが、自分をここまでやる気付けてくれるのは間違いなく杏だ。


「へへっ、ありがとな! 何か凄くやれそうだぁ!!」


 ガコンという音とともに涼は床に埋まった。理由は簡単、杏の前で満面の笑顔になっていたからだ。もちろん、やったのは風雅様である。


「いつまで休憩してる」

「十分じゃ……」

「お前の十分は長い。次は俺が癒してもらうからお前はダッシュに行け。邪魔だからな」


 理不尽だと思いながらも、涼は立ち上がり外へダッシュしに向かった。これはいつもより多く走って来なければ、今度はゲンコツだけでは済まないと思いながら……


「杏」

「あっ……!」


 引き寄せられて抱き締められたかと思えば、風雅はその場にストンと座り込んだ。


 本当にこの腕の中にいる婚約者は無防備で、いつも冷静な自分でいられなくなる。それだけ自分に魅力があって、少しはこちらが妬いてることを思い知ってくれたらいいと思った。


「涼には藍がいるから構わないと言いたいが、お前は涼も虜にしそうだな」

「えっ」

「嫉妬だ。だからそれも込みで癒してくれ。そうじゃなければ監禁するぞ」

「なっ……!?」


 監禁しなくても既に独占してるんじゃ……、と一行がこの場にいたら冷静なコメントを入れてくれただろうが、生憎ここには誰もいない。


 とにかく部活中にこの体勢はまずいのではないかと思い、杏は何とか離れようと思ったが、風雅のもっともな意見に彼女は離れられなくなった。


「ああ、だけどこのまま回復させてもらおうかな。こっちの方が回復早いし、今日は奥義の練習もしたいし」

「す、すぐに回復させますっ!」


 杏は慌てて回復魔法を使った。風雅の奥義はそれだけ魔力を消耗すると分かっているため、少しでも回復させておかなければ後に響いてしまうからである。


 ただ、奥義を使うとなるとやはり心配は付き物で……


「……どうしても使うのですか?」

「まぁ、日蝕ほど魔力を消費する訳じゃないが淳士さんのスピードに追い付くには必要不可欠だからな。今のうちから神速の領域に慣れなければジュニア選抜に間に合わなくなる」


 淳士のスピードは烈拳の倍速。おまけに動きが出鱈目とくれば今現在、風雅が淳士に勝てる見込はない。

 しかも淳士だけではなく、その他のレギュラー陣も自分より速いのだ。それを全て超えようと思えば、今からでも神速の領域を会得しなければならなくて……


 しかし、風雅はどれだけ無茶をしても大丈夫だと信じていた。この腕の中に最強の味方がいるからだ。


「だけど俺には杏がいる。だから負けやしないよ」


 トクン、と鼓動が鳴った。自分がいるから負けないと言ってくれたことがもちろん嬉しいのだが、それ以上に風雅が穏やかに微笑みかけてくれたことに熱が上がっていく気がする。

 元々美少年なのでドキドキさせられるのだが、どうも最近違った感情が芽生えてるような……


「杏?」

「あっ、え、えっと……!」

「何だ、ついに好きだと自覚してくれたか?」

「ち、違っ!! いえ、そうじゃ……!!」


 何と言えば良いのかと思う。憧れや羨望といったものではなく、恋情に限りなく近いとは自覚してきている。

 しかし、このまま風雅の傍にいてもいいのかという葛藤がそれを認めることを拒んでしまうのだ。


 そんな杏の慌てぶりだけで風雅は十分満足したらしく、彼は笑って答えた。


「良いよ、惚れ直してくれてるならあと一息だ。まぁ、もう時間の問題なら指輪も準備しといていいかな」

「風雅さ」


 呼吸は奪われた。また口付けられて甘い空気に包まれる。もう何度目になるかというほどその口付けは熱を帯びながらも優しいものだと思った。


 そして、ゆっくりとそれが離れれば、風雅は優しく杏の頬を撫でながらもまっすぐ彼女の目を見つめた。


「……杏、俺はお前が好きだ。だから俺の傍にずっといたいと思うなら迷う必要なんてないよ」


 甘い鼓動がトクンと鳴った。もう分かっているのだ。風雅の傍にいたいと思う自分は確かにいて、ただそれに答える自分になるには勇気を持てば良いのだと。


 それに杏は真っ赤になりながらも、精一杯言葉を紡ごうとした。


「わ、私は……!!」

「また今度で良いよ。それも良い返事が聞きたいな」


 残念だが練習に戻るよ、と風雅は杏の頭を撫でて彼女に背を向けたが、杏はグッと風雅のTシャツを掴んだ。このまま何も伝えないわけにはいかないと、彼女は勇気を振り絞ったのだ。


「杏?」

「風雅様……、私も……!!」


 その瞬間、掴んでいた袖から手が離れる。それだけではなく身体から力が抜けて杏はその場に膝を折った。


 覚悟はしていた。魔法格闘技を続けている以上、必ず彼女に会うことは確定していたから。

 しかし、早過ぎたのだ。出会うのは中学選抜の合宿だったはずなのに……


「三条……」

「ごきげんよう、一之瀬風雅様」


 三条百合香は優美に笑った。





お待たせしました☆

祥一と海を加え、さらに涼の妹の桜まで参加して合宿開始です。

まぁ、個別メニューって鬼な部分は鬼なんですけど……


しかし、初日からいきなりトラブル発生!

杏を虐めていた三条百合香が魔法学院に来た訳で……

うん、絶対にまずいことになるぞ!


では、小話をどうぞ☆



〜これでも本部です〜


水庭「慎司、桐沢部隊の救援に行け」


慎司『ラジャー、ボス!』


水庭「和人、後方に敵が接近中だ。一気に叩け」


和人『ラジャー、ボス!』


陽菜「今のところ順調ね。まぁ、淳士が暴れてくれたからだけど……」


水庭「まぁな。だが、まだこれからだ」


陽菜「ええ、何としても乗り切ってみせるわ」


水庭「ああ。だが、そろそろアレが必要だ」


陽菜「アレ?」


水庭「そうだ。今後の作戦を有利に進めるためのな」


陽菜「……!! 切り札ね」


水庭「ああ。全軍に告ぐ! 手の空いてるものは切り札を出せ!」


全員『ラジャー! ボス!!!』


陽菜「……えっ?」


水庭「腹が減っては戦は出来ぬ。俺が持たせた魚沼産こしひかりのオニギリだ。まぁ、水は魔法で出すしかないがな」


陽菜「阿保かっ!!」




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