第二十四話:三条百合香
海は基本、理に適った事なら認める主義だった。それが例え宇宙人であろうとだ。
魔法学院に行くため黒の高級ベンツに乗せられた海だが、やはり仕事熱心なのか、中学選抜で当たる対戦校の資料に目を通すのを止めない。
先程、成瀬家所有のホテルで昼食をとったが、その時でさえ資料に目を通すほど海は集中するのだ。もちろん、これから対戦するであろう相手の情報を分析してるので仕方ないのだが……
しかし、それでは面白くないと、祥一は折角のデートのチャンスを無駄にする気は毛頭なかった。つまり彼女が情報より優先する内容があれば構ってくれる訳で……
「海、備品の買い出しに行こう。四日はお世話になるからリストバンド足りないし」
「またやっちゃったんですか……」
「破ったのは雄太。毎日あのパワーアタッカーとド突きあってたら消耗が激しいんだよ」
「後藤君の方がかなり消耗してる気がしますけど……」
祥一が風雅のライバルという時点で後藤の方がボロボロにされるのは仕方ないこと。しかし、それを受けるリストバンドはやはり既製品ということで破られてしまうのだ。
パワーアタッカーという性質上、備品の消耗は仕方ないことだが。
しかし、マネージャーという立場上、自分の仕事は情報収集だけではなく部員と向き合うことも重要なため、彼女は一旦資料を置いておくことにした。
「仕方ないですね。確かに全て魔法学院にお世話になる訳にはいきませんし、うちのメンバーも土日に合流とか有り得ますから、その分の備品も買っておきましょうか」
「ありがとう、海!!」
「抱き着かないで下さい。マネージャーとして主将の買い物に付き合うだけですので」
「それでも嬉しいんだよ!」
それはもう心の底からという満面の笑みを浮かべる宇宙人に、何でこれを自分に好意を寄せる女子に向けてあげないんだろう……、と海は思うのだった。
成瀬グループがかなり大きいことは知っていた。幼い頃、祥一の誕生日パーティーだと冴島邸に住んでいる面々が招待されたことがあったが、それはもう言葉に出来ない華やかさだった。
とはいえ、冴島邸で育てられた時点で金持ちに耐性はあるのだが、魔法格闘技に使う備品専門店に来た途端、店員全てが自分達に頭を下げ、さらに店を貸し切り状態にしてしまうというのはやり過ぎなのではないかと思う訳で……
「祥一様、本日はどのような御用件で」
「うん、海とのデート」
「違います。魔法学院にお世話になるのでその備品の調達と主将のリストバンドを選びに来ました」
あくまでも部活のマネージャーです、と海がバッサリ切れば、宇宙人は心底ガックリと項垂れた。
せめて少しは恥じらった否定をするといった反応が欲しいものだが、生憎付き合ってもいないどころか恋愛に関しては拒絶しかされてないので仕方ない。
しかし、それでもデート気分は味わいたいらしく祥一は努力を続けるのだった。
「海、どれが良いかな?」
彼に好意を寄せる女子達が悲鳴を上げる笑顔を海に向けるが、さすがは陸の双子というべきか、彼女は全くといって良いほどときめきの一つさえ感じていなかった。
それどころか、祥一の戦い方に応じた機能についてしか考えてないらしい。
「耐久性に優れてれば良いんじゃないですか? 練習用ですから」
「うん、それはそうするけど試合用を選んで欲しいんだ。海が選んでくれたら負けないし」
「そうですか。じゃあ、宇宙人専用のリストバンドを探しましょうか」
あまりにも無表情に告げてリストバンドを探しに行く海に、祥一はポツリと呟いた。
「何でときめいてくれないんだろう……」
とりあえず少女マンガでも読めと陽平に言われ、美咲からリストバンドでも選んでもらえば良いのではないかとアドバイスされ、後藤には試合に負けないと意気込みを見せれば断られはしないだろうと無難な答えはもらった。
しかし、世で言う自分のものを選んで欲しいと、好意があるとバレバレのアプローチをしているのに海は無表情のままだ。
「祥一様、諦めてはなりませんぞ!」
「そうです! 私共は海様を未来の奥方だと思ってずっとお待ちしてるんですから!」
「それに海様はツンデレではないですか!」
見ていられないと店員達は口々に祥一を励ますと、ジーンと来たらしく彼は穏やかな笑みを浮かべて心からの礼を述べた。
「ありがとう、皆」
老若男女、全てのものがその微笑みに撃ち貫かれた。これで落ちない海ってどれだけ心が強いんだとさえ思わせる微笑みだが、海いわく「セクハラ宇宙人に落ちるほど面食いではない」とのこと。
ただし、そんな店員達の反応に海はまた宇宙人が何かやったのかと呆れた表情を浮かべた。
「何をまた悶えさせてるんですか」
「海に悶えて欲しいのに……」
「悶えません。試合でワクワクさせては欲しいですけど」
そういって差し出されたのは黒のリストバンド。しかし、それに施された模様はまさに祥一の為にあるといっても過言ではないものだった。
とはいえ、あくまでも海は魔法格闘技部の主将のために選んだものという大前提のデザインだが。
「黒ベースにうちのカラーの白と水色の氷の結晶だそうです。ついでに吸水性に優れ、切れにくい素材みたいですから手首の防御にもなると思います。選んだからには文句を言わず使って下さい」
ピンクの花が祥一を取り囲んだ。天使が周りを飛び交い祝福している。これはマズイ、嬉しいを飛び越えて幸福過ぎる! そしてそれは一気に爆発した!
「海大好きだぁ!!!」
「良いから離れて下さい、迷惑です」
「嫌だ! というより俺から離れないで魅了眼対策して」
「えっ?」
祥一の声がいきなり真剣なものに変わる。それは他の店員にも伝わったらしく、彼等も警戒の色を強めた。
やはり魔法格闘技専門店、店員もそれなりの戦闘スキルは持っているらしく、いざという時は自分達の主を守らなくてはならないと心得ているのだ。
そして、海達はこれからの災いと対面することになる。取り巻きの一人に扉を開けられ、その中の女王である三条百合香は店内に入ると優美な笑みを浮かべた。
「あら、ごきげんよう、成瀬祥一様」
典型的に性質の悪そうなお嬢様だと海は思った。多くの取り巻きは正にその象徴のようで、彼女のドス黒い内面を表すかのように笑う者が多数、のはずだが二名ほど違う気がする。
確か彼等は高校のインターハイで去年ベスト8に入ってた猛者ではないかと、海はかき集めていた情報を思い返す。
「ご機嫌悪いよ、三条……アレ、誰だっけ?」
途中までわざとらしいが、名前は本気で忘れているというより覚えてないらしい。
基本、祥一は興味のない女子の名前は一切覚えたりしない。しかし、興味が湧いたら例え地味な自分みたいなタイプでも、それは訳の分からない理由で追い回して来るのだ。
『祥一様、追い返しましょうか』
『いや、魅了眼にやられる訳にはいかないから皆は目を合わせないように動かないで』
店員達と念波を飛ばして頭の中で会話を済ませる。それだけ厄介な代物だと祥一は心得ていたからだ。
三条百合香の持つ魅了眼。それはその名の通り人を魅了し従える瞳術を持っているわけだが彼女の場合、自分より魔力の高い者まで従わせてしまう力の持ち主だった。
もちろん、従わせようとする魔力を祥一は相殺出来るのだが、全員分となるとかなりの魔力を使うので今は下手に動く訳にはいかなかった。
それでも戦うとなれば負けてやるつもりはないのだけれど。
「相変わらず子供ですわね」
「うん、見た目は君より若いかもね」
「あら、幼児がこんなところに?」
「バカがこんなところに何しに来たんだい? 少なくとも俺よりバカなのに授業をサボったらまずいんじゃないの?」
こう見えて本気で頭は宇宙人でしたね……、と海は思う。学年トップなだけではなく、全国模試までトップクラスだ。しかも中一の全国模試で必ずトップは蓮で、祥一がその蓮より優秀とくれば、この言葉は多少の効果はあったらしい。
しかし、百合香もその程度の挑発でキレる器ではなかった。自分より優秀な男というのは許せるらしい。
「そうかもしれませんが、それ以外の教養で私に敵うことはないでしょう?」
「……ないかも」
それにはガクッと海は心の中で肩を落とした。そう、基本何でも出来るタイプだが飛び抜けているものは少なかったりするのが成瀬祥一という少年だ。
しかし、海の頭の回転は非常に早いらしく、少しでも彼女に勝てそうな要素を導いていくことにした。
「何でないんですか。宇宙人でしょう?」
「いや、俺は料理とかは調理実習レベルだし、リコーダは吹けてもその他の楽器は苦手だし、商才も風雅に比べたらないしなぁ」
「抹茶は美味しかったですが」
「そりゃ兄さんの見様見真似だしね」
「じゃあ、あの方より上ですから追加して下さい」
「うん、そうする。茶道が女の子より長けてるのはちょっとカッコイイ気がするね」
「カッコイイのは主将ではなく辰也さんです」
何で兄さんはカッコイイという分類なんだろう……、と祥一は思う。顔は間違いなく二年後の自分と言って良いほど似ている。
しかし、辰也はセクハラしない素敵なお兄さんというイメージがあるため、海は全然違うと思っているのだ。
そして、そんな応酬を繰り広げていた性か、百合香の興味は海へと向けられた。
「小原海さんですね。魔法学院に行くと思ってましたけど、海宝中学のマネージャーでしたか」
「ええ、そうですけど何か?」
「フフッ、賎しいと思いましたの。貧乏人が成瀬様に取り入って何が欲しいのかしら」
「ジュニア選抜優勝です」
迷いのない答えに祥一は満足そうに笑った。おそらくどんな答えよりも意表を突いた海らしい答えだと思った。
しかし、百合香は目を丸くはしたものの、すぐにいつもの彼女らしくクスリと笑っていかにも自分が上だと海を見下すかのように言い放った。
「そんなものが欲しくてくっついてるの。やはり育ちが違うのね」
「ええ、冴島家で育てられましたから三条程度では理解出来ないかと」
その言い返しに祥一は吹き出した。よりによって魔法界一の名門を出されては例え三条でもバカには出来ない。寧ろ、冴島家は成瀬や三条の家柄より上とされているぐらいだ。
ただ、あくまでも冴島家で育ったというだけだと思ったのか、百合香はポーカーフェースを保って言い返した。
「だけどジュニア選抜優勝も諦めた方が宜しいのでは? うちは精鋭ですもの」
「いえ、諦めません。育ちが良いので手に入れます」
あまりにもはっきりした宣戦布告に百合香は若干表情を歪めたが、それを面白いと笑う高等部一年の双子の兄弟がいた。
兄は真辺壮、弟は大という名の一卵性双生児で、ラフプレーで有名だったと海は思う。
「さすが宮内沙里の後輩、生意気だよなぁ」
「直接お会いしたことはありませんが、基本はとても優しい方です。それに慎司さんも可愛いと言ってました」
正確に言えば、可愛いには違いないがその倍怖いという評価だ。ただし、悪友として沙里の悪口を言うのはCROWNとEAGLEのメンバーだけしか許さないとのこと。
「まぁ、この前犯り損ねたからな。CROWNの冴島慎司と大宮和人が邪魔しやがってよ」
「いえ、お二人が助けなくとも沙里先輩は強いと思いますが」
「そっか! こいつら去年、沙里先輩からフルボッコにされた双子だ!」
思い出した、というように祥一は声を張り上げた、と同時に若干青くなった。それは昨年、沙里があまりにも双子をめった打ちにした性で……
しかし、それを思い出して二人は青くなるより怒りで赤くなるタイプだったらしく、祥一に向かって殴り掛かって行った!
「このクソ野郎が!!」
「死ねっ!!」
その瞬間、祥一はヒョイと海を横抱きにすると音もなく地を蹴って双子の側頭部に一撃ずつ蹴りを入れ、兄の壮の肩を蹴ってレジカウンターの上に降り立った。
しかし、そんな場所に降り立った海の感想は一言だけ。レジの上に立つのは失礼だ。
「主将、着地失敗ですね」
「うん、ちょっと威力が強かったみたいだね。だけど肩ぐらいはずしておかないと、あの片割れが海に媚薬を打とうと……」
クラリと来たのか、祥一は床に降り立つと海を下ろして膝を折る。それでも海を落とさないようにと気遣ってくれたことは分かった。
「どうしたんですか?」
「失敗した」
「えっ?」
何をと問う前に祥一は力が無くなりダラリと海にもたれ掛かる。その隙をついて双子が動こうとしたがさすがは成瀬家に仕える店員、主を守るためにサッと祥一と海の前に出た。
それにどうするかと取り巻き達は百合香の指示を待つと、少々歩が悪いと思ったのか百合香は的確な指示を出した。
「……一旦引きましょうか。成瀬様のお父様に動かれては困りますから」
まさか息子より海を溺愛しているとは百合香も知らない事実だが、祥一の父親というだけあってその強さは魔法覇者にも劣らないもの。
そんな猛者がここに来てはさすがの三条学園の精鋭も刃が立たない。何より目的を果たしたなら速やかに引いておくべきだ。
「では、ごきげんよう」
優美な笑みを浮かべ、百合香は取り巻きを引き連れて店から去っていった。
そして、海は力無く自分に寄り掛かって来る祥一の姿に慌てた。祥一に隙という隙などなかったはずなのに、何故こんな状態になっているというのか。
「主将、どうしたんですか!? まさか三条百合香に何か!?」
「海……、失敗したよ」
「ちょっ、しっかりして下さい!! 魅了眼程度でやられるほど弱いんですか!?」
さらにガクリと海を抱きしめるかのように寄り掛かる。これは冗談ではない、魔力も急激に落ちてる!
「主将、主将っ……! 祥一さん!!」
「嘘っ! 海が久し振りに名前で呼んでくれた!?」
魔力が一気に普段と同じになった。それは名前で呼ばれたからという無茶苦茶な理由ではない。ましてや愛故の復活ではない。
それを証拠に、周りの店員達からは温かな拍手と称賛が起こり始めたのだから。
「祥一様、お見事な演技でした」
「主演男優賞は間違いありませんわね!」
一体これは何だ、ドッキリかと海は思うが、その指示を出した張本人が映るパソコンを店員の一人が持って来れば、海は作戦の一貫だと理解した。
そう、画面に映っていたのはCROWNのボスこと水庭優だったのだから。
『オウ、乗り切ったか?』
「ええ、上手く指示通りにしましたよ。ですが相手の行動パターンまで予測してるなんてさすがですね」
『何、ガキ共の攻撃パターンなんざ淳士より分かりやすい』
水庭は鼻で笑った。それほど三条百合香の行動は手に取るように分かっていたということだ。
ただし、全く何も伝えられていなかった海にはイマイチ理解出来なかった。
「どういうことですか」
「うん、魅了眼に掛かる隙を作ったんだよ。まぁ、すぐに解いたんだけどね」
「なっ!?」
「ほら、風雅の月眼とやり合ってるから海宝のメンバーって魔力眼対策は抜群なんだよ。というより耐性がある?」
まさにその通りだ。風雅の月眼と子供のころから向き合って来ている祥一が魅了眼程度に掛かるはずがない。ましてや魔力を急激に落とすまでの失態をやるはずもない。
そう思うと、海は沸々と怒りが沸き上がってきた。騙されたのだ、この宇宙人に!
『海、騙して悪かったな』
「いえ、この宇宙人が悪いので。ですが何故このようなことを?」
まさに刹那、苦無でめった刺しにされた祥一に全く構うこともなく海はいつもの無表情で問えば、水庭は簡潔に答えてくれた。
『まぁ、保険みたいなもんだ。魅了眼ってのは人を従わせる眼だからな。祥一にすぐ解かれるくらいは理解してるだろうが、かけることが出来ると思い込ませておけば後々生きて来るだろう?』
少なくとも祥一より弱ければ掛かるといった勘違いくらいは有りそうだ。
しかし、何故いまそうしておくべきなのかと思う。もちろん、練習試合の対策もあるのだろうけど。
「何手先まで読まれてるかは解りかねますが、確かに三条百合香は性質が悪いですね。ですが彼女の取り巻き、中等部と高等部の混成チームって感じでしたけど、あれならうちの宇宙人と風雅隊長で勝てそうですが?」
『まっ、勝てるだろうな。だが、三条百合香の執事は淳士レベルだ。お嬢様のピンチには出て来るだろうからな』
唯一、怖いのはそこだけと思うが、さすがに今回の事件で執事が中等部に構ってくることはないと思う。なんせ人質は魔法議院の長、さらに敵はCROWNとEAGLEときて余裕があったら化け物だ。
そして水庭の携帯が鳴り響き、彼はおしゃべりはここまでだと思う。さすがにそろそろ行かなければまずいのだ。
『じゃあな。こっちもこれから仕事だからよ、お前達もちゃんと練習しろよ』
そこで通信は切れる。何故か一抹の不安を抱えてしまうが、それでも信じなければならないと感じるのも事実だ。
きっと彼等なら大丈夫だと、負けるはずがないと信じて……
そして、店員から苦無を抜いてもらって何とか復活した祥一はいつもと変わらない調子で海に告げた。
「さて、魔法学院に行こうか。久し振りに陸君との連携はやっときたいしね」
「何なら制限一割でやられたらいかがですか?」
「いや、それは勘弁……」
魔力をそこまで押さえ込まれてしまうと、さすがにフィールドとはいえただでは済まない。寧ろ自殺志願者だ。
しかし、海の怒りが収まるまではしばらくかかりそうだと思った。
課題が終わったのは午後二時半過ぎ。軽い昼食を挟んだとはいえ、問題児二人は悲惨なスパルタ指導を受けて精魂尽きたと、部活が始まる前からガタガタになっていた。
「死ぬかと思った……」
「俺ももう無理っス……」
雅樹と昴はあまりのスパルタ教育に疲労困憊といった感じだが、それ以上にヤバイことになっている学年トップが涼の目の前に座っている。
「蓮、大丈夫か……」
「こいつらをもう教えるのは……」
「蓮〜〜〜!!」
精魂尽き果てたと蓮は机に突っ伏した。しかし、真理を教えるために関わらないはずだった修平も、いつの間にか面倒を見るハメになっていて……
「修平先輩、何も昴の勉強まで教えなくても……」
「いや、東條があまりにも不敏になってきた上にあの駄犬の答えに苛立ちしか覚えなくてな……」
もうどれだけバカなんだと何度突っ込んだのか分からない。唯一、昨晩杏が教えた英語の問題はスラスラいったが、それ以外は怒鳴り散らした記憶しかない。
それも急に水庭がCROWNから戻るように言われたためではあるが……
そこに優等生の杏達があまりにも悲惨だったからと、それは癒し効果のある午後の紅茶を持って来た。
「皆さん、お茶が入りましたので一息入れて下さい」
「杏〜〜〜!!」
「杏ちゃんマジ天使っス!!」
問題児達の生気は一気に戻り、優等生達にとっては天使が降臨したかのように思えた。
そして、命の水といっても過言ではない紅茶をゆっくり摂取していき、雅樹と昴はほぅと一息吐き出した。
「ああ〜生き返る」
「本当だな。サンキューな、杏」
「いいえ、お疲れ様でした」
杏の癒し効果抜群の笑みに雅樹と昴は頬を緩める。しかし、現在はそんな顔をしても死刑という風雅様はいない。もちろん、真央も一緒だ。
そんな穏やかな環境の中、涼は紅茶を飲みながらその話題を切り出した。
「だけどよ、ボスは何かあったのかな」
「ない方がおかしいんじゃないですか? CROWNの戦闘指揮官が中学生に勉強を教えてる方が異様な光景ですよ」
「まぁな……」
陸の言うことはもっともだった。おまけにこれでもかと言うほど言葉をかみ砕いて説明していたのだ。さすがは教職をとっただけある。
だが、CROWNの面々から言わせれば「高二のバカトリオを教えていて鍛えられた」と答えてくれる訳だが……
「だが、風雅と真央も呼び出されてるレベルならあまり良い予感はしないけどな」
修平の言うとおり、事態はけっして良い方向には進んでいなかったのである。
一方、指令室で海達とのやりとりを聞いていた真央は現時点で起こっている事態を聞いた瞬間、声を張り上げて驚いた。
「魔法議事堂占拠!?」
「ああ、涼の祖父さんがBLOODの人質にされたらしい。てか、人質にされてんのは別の客人達か」
「早く戻れ!!」
また何処からハリセンを取り出したのかは分からないが、真央は思いっきり水庭を叩いた。
海達と通信していた後、ゆったりコーヒーを飲んでる場合かと言いたくなる気持ちは分かるが、これから徹夜になるかもしれないという時にカフェインは摂取したいと水庭は思うのだ。
「心配すんな。まだ全員準備中、さらに淳士も魔力回復中だ。それに補佐官が陽菜ならば負けることはない」
「そうかもしれないけど……」
「分かってるならお前達は普通に練習してろ。風雅も権力を駆使してる上に、祥一と海も来るなら問題ないだろう」
こちらの守りは完璧だと水庭は言い切る。無論、自分が指揮をとってる以上、自分が一番守りたいものに対策を取らないことはまずない。
しかし、真央はかなり不満だといった顔をこちらに向けてくるのだ。
「何だ、やっぱり不満か?」
「そりゃね。パパの掌の上でまだまだ全員転がされてるんだもん。監督として反省してます」
「気にするな。それは俺の得意分野だからな。だが、お前は人を育てることに向いている。それほどCROWNにとって力になることはない」
見据える未来は三年後。今の中一組が入って来るCROWNの戦力はそれは楽しみで……
しかも自分の娘が鍛えた部下というのは期待してしまうのだ。
それから水庭はコーヒーを飲み終えると立ち上がり、椅子にかけていた白のジャケットを着る。
背中に書かれた文字はCROWN、そして彼が背負うものは戦闘指揮官としての責任とプライド、さらには部下達の命とくれば負けるわけにはいかない!
「んじゃ、すぐに片付けて来るからお前達も気を付けとけよ。三条にやられることはないだろうが、危険には変わりないからな」
「大丈夫よ、ボスはパパなんだもん。信じてるわ」
その答えに水庭は口角を上げた。これほど娘に信頼されてるというのは父親としても戦闘指揮官としてもかなり嬉しいところ。
今日はいつも以上に冴えた仕事が出来そうだな、と水庭は気合いが入ったが、すぐに浮かれた気持ちを仕事モードに切り換え。
「じゃあな、行ってくる」
そう告げ、水庭は時空魔法を使って本部へと戻って行った。
そして水庭が戻った直後、仮眠ルームで何やら危険な取引を終えた風雅は指令室の扉を開ける。しかし、罪悪感の一つもないといった表情だが……
「行ったか」
「うん、我が父親ながらかっこいいわね」
「まぁ、CROWNのボスだしな」
その答えに真央はニッコリ笑った。自分の父親が褒められるというのはとても嬉しいことだ。
しかしその直後、いきなりパソコン画面が明るくなったかと思えばそこに見慣れた兄貴分の顔が映った。とはいえ、恰好はこれから殴り込みますといった黒ずく目だが。
「慎司さん、作戦前じゃなかったんですか?」
『ああ、あと五分で召集だ。だから伝えておこうと思ってな』
五分しかないのに伝えたいこととなると、それはかなり重要なことだ。無論、こんな時にプリンが食べたいというくだらない報告を寄越すのは淳士ぐらいなものだろうが……
『風雅、三条百合香が近い内にそっちに行くぞ』
「あのクズが?」
『ああ、三条学園に通っている奴らからの情報だ。まぁ、祥一達がいるからそっちに行ったところで返り討ちには遭うだろうが……』
クズで話が通るんだ……、と真央は思うが突っ込まない。時間がないのに報告してくれた慎司に申し訳ないからだ。
だが、慎司が危惧していたのは三条百合香だけではなかった。寧ろ、その取り巻きの一部が問題なのだ。
『厄介な奴らが三条にいてな、そいつらのデータを送っておくから特に雅樹と蓮、あと藍には必ず見せておいてくれ』
「あいつらにですか?」
てっきり中二組がメインだと思っていた。もちろん、修平や駿も敵の研究を怠るような真似はしないが、特に雅樹達となると相手はパワーアタッカーやガンアタッカーといった部類かと予測出来るが……
『ああ、昨年の団体戦ベスト8の猛者が二人いるからな。パワーアタッカーとガンアタッカー、だけどうちに当たらなかったらベスト4に来てたかもしれない猛者だ』
「えっ? ってことはその二人が三条に引き抜かれたってこと?」
『そのとおり。正確にいえば学校の吸収合併だけどな。三条が好きそうなことだ』
吐き捨てるようにいう慎司の気持ちは分かる。少なくとも慎司がそれだけ評価しているということは、かなり筋の通った選手なのだろう。
しかし、三条学園にいるということは複雑な事情の一つや二つはあるということで……
「了解しました。慎司さん、死なないで下さい」
『おい、一応これでも医療戦闘官なんだけどな……』
寧ろ、一番死から遠い戦闘官と言える。だが、今回ばかりはどうも胸騒ぎがしてならないのだ。物心ついた時から冴島邸で育ってきた仲だからこそ今回は嫌な予感がする訳で……
そんな珍しく冴えない表情を浮かべる風雅に、慎司は安心させる魔法の言葉を唱えることにした。普段は出鱈目でも、こういうときだけは心強い名前で……
『心配するな。こっちには兄さんが』
『慎ちゃん!! また淳士さんが一人で突っ込んだ!!』
いきなり入ってきた和人の声に誰もが絶句した。確かに淳士は魔法覇者、下手をすれば魔法議院の長である祖父以上の強さを持っている。
だが、今回ばかりは相手も精鋭で準備万端な訳で……
折角、自分を元気付ける名前を聞かせてくれようとしただろうに、どうもそれをぶち壊すのが冴島淳士という青年だった。
いや、最初からそうだと誰もが分かっていたはずだったのに……
「……本当、死なないで下さいね」
『ああ、善処するよ……』
風雅の同情を受け、慎司は通信を切るのだった……
はい、お待たせしました☆
今回は杏を虐めていたという三条百合香が登場。
典型的な嫌なお嬢様といったイメージを思い浮かべていただいて結構です。
そして、何やらCROWNの方ではまたまた騒動勃発(笑)
本当、まだきちんと登場していないのに冴島淳士はよく動きます。
下手したら一部に出す予定に変更になるんじゃ……
まっ、出鱈目な奴ですからね(笑)
では、今回の小話をどうぞ☆
〜海に色気って?〜
雅樹「祥一さん、一体海の何処が好きなんだ?」
祥一「ん? 全部好きだよ?」
雅樹「だけど色気皆ブッ!!」
陸「雅樹君、人の片割れに文句を言わないで下さい。それに色気は真理さんより有ります」
祥一「そうそう、ああ見えて海はAカップじゃなくてBカップなんだよ」
雅樹「マジか!?」
祥一「うん、間違いないよ。だけど俺の好みはもう少し大きめだから、早く成長してくれたらいいな」
陸「祥一さんって雅樹君と同じ思考だったんですね。こんな義弟は欲しくないです」
祥一「大丈夫だよ。関係は義弟だけど、陸君達は昔から弟だって思ってるし」
雅樹「んで、胸の話に戻すけどよ」
陸「戻さないで下さい」
雅樹「やっぱ一番は夏音姉ちゃんだと思う」
陸「それは正解だと思います。憧れのスタイルだと海も言ってましたし」
祥一「切り替え早いね、だけど女子が憧れる女子なら間違いないかな」
海「そうですね、少なくとも私より素敵な女性ですから文句は言いませんが、雅樹君と宇宙人には粛正が必要みたいですね」
雅樹「ちょ、海……!!」
祥一「何で俺も!?」
海「人の胸のサイズを暴露するなぁ!!」
雅樹・祥一「ぎゃああああ!!!」
陸「……南無南無」