第二十三話:抗争の前
魔法棟屋上テラス。木で造られた椅子やテーブルがいくつか置かれ、季節の花や緑に囲まれたそこは人の心を癒す。
しかも雨の日や陽射しの強い日にはボタン一つで自由に屋根が開閉するという、全て風雅の命令によってそこは造られている。
そして修平は本日、初めて授業をサボった。無論、世の中の半数はサボらず授業を受けているに違いないが、杏が襲われた時くらいは構わないと思うあたり、彼も感情を優先するタイプの人間だ。
だが、学年トップの癖して魔法格闘技部の為なら授業を容易くサボる風雅に関しては少々感情を優先し過ぎなのかもしれない。
事実、先程から風雅に後ろから抱きしめられているウサギは可哀相なほど顔を真っ赤にして蒸発しているのだから……
「風雅……、いくら何でもくっつき過ぎだろう……」
「構うな。俺がそうしたいんだからな」
風雅は即答した。もちろん風雅のおかげで杏が泣き止んでくれたが、別の意味でそろそろ泣き出すのをほって置くのは忍びないと修平は思う。
とはいえ、こうなってしまった風雅を誰も止められないのはいつものことで、真央と駿は早くも心中で白旗を上げていた。
「修平、諦めなさい。それより今後どうするか決めなくちゃ」
「そうだね。まぁ、中一組がホットケーキ作ってくれるみたいだし、ゆっくり食べながら考えよう」
「駿、お前はホットケーキしか頭になさそうな顔してるが?」
「ん? トッピングも楽しみにしてるよ?」
「一緒じゃねぇか!!」
修平は思いっきり駿をド突いたが、どうもホットケーキの方が重要らしく駿はフニャフニャと表情を緩めた。
そんな応酬と風雅がずっと抱きしめてくれるおかげか、杏は少しずつ落ち着きを取り戻しようやく自分の今すべきことに気付いた。
そう、杏は魔法格闘技部のマネージャーなのだから。
「あの、風雅様……」
「どうした?」
「私もお手伝いを……」
「ああ、今日はしなくていいよ。藍達は一応料理出来るし、蓮もいるからまずいものにはならない。海宝に比べたら……」
その瞬間、四人にズドーンという重たい空気がのしかかった。海宝の料理は真央の練習メニューを喜んでやるという気持ちにさせるほど壊滅的なひどさだからである。
もちろん海宝メンバーの男子達が目玉焼きぐらいしか出来ないと、女子達に任せたのも問題なのだろうが……
「あの……、大丈夫ですか?」
「うん……、沙里先輩や美咲には悪いけど、アレは特に食べられるものじゃないわ……」
「そういえば沙里姉様は極度の甘党でしたね……」
「だな。ハチミツレモンにシロップと砂糖をどんだけ使ったらあんなに……!!」
思い出しただけでも胸やけがするといった四人だが、胸やけだけだっので料理の下手さとしては可愛いレベルだった。
唯一の救いか沙里の場合、カレーは辛いものという認識があったらしく、味がお子様用といったレベルだったことだ。
ただ、真央の親友は全てが破壊的な料理だった。なんせ、正しいことは一つしかなかったのである。
「美咲に至ってはもう色が……」
「しかも真央が一瞬目を離したら変色するレベルだしな……」
「ええ、アレは何を入れたのか訳が分からない……」
「あっ、だけどジャガ芋の芽だけは綺麗に取ってたよね……」
流石に毒だからとそこだけは知っていたらしいが、食べたら間違いなく三途の川と御対面していた料理だというのが総評だ。
しかし、そんな海宝中学にもやっと食の天使が降臨した。それこそ陸の双子の妹という訳だ。
「まぁ、今年は海がいるから食事もきっちりしてくるだろう。こっちもその点は気をつけないとな」
「大丈夫よ。それこそ優秀なマネージャーがいるんだしね!」
「ああ、料理だけは魔法学院でマジ良かったと思うわ」
「うん、激しく同意だね」
そんな結論が出た後、昇降口から甘い匂いが漂ってきてそちらを見れば、ホットケーキとそれぞれの飲み物を銀のプレートにのせて中一組が上がって来た。
「お待たせ〜!!」
「杏! 甘々スペシャル出来たわよ!」
「杏ちゃん! 俺も手伝ったんスよ!」
そして差し出されるホットケーキデコレーションとラテやコーヒー。その一つ一つが力作らしく、それぞれのイメージに合わせて作られたものだった。
とはいえ、質より量という駿のホットケーキは乗せられるだけ乗せたといった感じがするが……
「可愛いわね〜、それにすごく美味しそう」
「お前達もラテアートとか出来たんだな」
若干女子力アップだと修平は褒めるが、藍と真理は苦笑いを浮かべた。なんせ、それをやったのは……
「いや……、その……」
「ラテアートはボスがやってくれて……」
「……はっ?」
杏と中二組は目を丸くした。いま一番ラテアートから程遠い怖面のボスという単語を聞いた気がする。
しかし、そんな彼は杏特製のラテを作ってきたらしく、中一組から少々遅れてテラスに上がって来た。
「オウ、杏の分も出来たぞ。結構な自信作だ」
そして、目の前に差し出されたラテに、杏はキラキラと目を輝かせてぴょこんとウサ耳を生やした。
まさに描かれていたのはウサギとそれを囲むいくつかのハートで、杏のストライクゾーンに直撃するには充分だった。
「可愛い……!!」
「そうだろう。ちょっとした趣味でやってたらガキ共に好評だったからな。出来れば大会をハシゴしたいんだが、さすがに世界を制すのに一年は長いと東吾に止められてな」
「戦闘指揮官がんな暇あるかっ!!」
どこから取り出したのか、パシン!と真央はハリセンで水庭の頭を叩いた。
趣味ならともかく、本気でその道に進まれたらCROWNは壊滅する。寧ろ東吾に至っては発狂するに違いない。
しかし、そこだけは水庭も弁えているのか、戦闘指揮官と言う職を捨ててまでやるつもりはないらしい。
「まっ、バリスタ顔負けの腕だとは保障してやる。今日の褒美だと思って飲め。だが、授業はサボり過ぎんなよ」
「ラジャー、ボス!!」
これだけで説教が終わるのが父親の良いところだと真央は思う。
通常は世の中の決まりとでもいうのか、悪いことは一方的に悪いと叱る者は多い。寧ろ、言い訳などしようものならそれを折って従えという。
しかし、水庭は長いものに巻かれるだけの面白くない人間にはなるなという。寧ろ仲間だからこそ、自分の意見を全部ぶつけて認めさせる努力が大切だと言ってのけるタイプだった。
とはいえ、その方針を持った者の集まりがCROWNなので、上層部は頭を抱える訳だが……
「さて、まず結論から言っておくが、さっきのはBLOODの連中で三条百合香の差し金だ」
「あのアマっ……!!」
「昴、落ち着け。まだ話は終わってないだろう」
水庭の一言で昴はストンと座った。さすがに反抗してまで今から三条百合香の元へは行けないらしい。
もちろん、そんなことをする前に全員が息の根を止めてでも阻止するのだが。
そして、昴が座ったのを確認した後、水庭は「ボス」とアートしたラテを一口飲んで話を続けた。
「当然、BLOODは次元を持つ杏を狙うという目的になるが、三条百合香はそれすら利用して杏を奈落の底に突き落とすのが目的だ。まぁ、大人でさえ手玉に取るガキだからな、杏も遊びの一貫かもしれないと思っていたが違うらしい」
「何がスか?」
それは全員同じ感想だった。何でも利用するという点においては理解出来るにしても、イジメを通り越した目的は理解出来ない。
しかし、それ以上は語ることが出来ない領域だった。例え当事者の杏がここにいるとしてもだ。
「残念だが、ここからはCROWNの領域になるから口外出来ない。お前達がCROWNに入ったら教えてやる」
「じゃあ、俺は今すぐ入ります」
「風雅隊長……」
杏を守れるならそれぐらいすぐに入ると、風雅はまっすぐ水庭を見た。事実、特例ではあるが魔法議院に所属する戦闘官で中学生を使う所もあるからだ。
しかし、CROWNではそれを認めるわけにはいかなかった。理由は一つ、水庭が前線に中学生を置かない主義だからだ。
「ダメだ。強さはともかく、中二のガキじゃ年齢的に戦闘部隊長に出来ねぇ」
「すぐにして下さい」
「却下だ。まだ淳士が十八歳じゃなくて戦闘顧問に出来ねぇんだからな。それとCROWNに来るということはうちで寮生活をすることになる。杏を自由に出来なくなると困るんじゃないのか?」
沈黙が流れる。その間に風雅の脳裏に過ぎったのは、彼が中学生活で計算している杏との恋愛経験の数々。
少なくとも杏と離れて生活していては、杏が高校卒業と同時に結婚するという彼の未来を若干修正しなければならない訳で……
それを引き換えにするとなると結論は一つだけで、風雅は一つ溜息を吐き出して答えた。
「……仕方ないですね」
『諦めるのそこ!?』
一行は心の中で思いっきり突っ込んだ。いくら何でも自分の欲望が強過ぎるだろうと思うが、誰もその暴走を止めることが出来ない。
それを知っているからこそ、水庭も簡単に風雅を説得出来た訳なのだけれど。
「てか、戦闘部隊長とか戦闘顧問とかって年齢制限あるんスか?」
「確かに。桐沢さんなんて中学生の時から情報部隊長やってたイメージがあるわね」
というより、実際に東吾が中学生の時に発狂しながら報告書を作成していたのを真央は見たことがある。
それに関して、水庭はとりあえず決まっているという、かなり曖昧なCROWNの規律を説明しておいた。
「一応な。部隊長クラスは中卒以上、戦闘顧問は十八歳以上がCROWNの決まりだ。役職が付くってのはそれだけ危険が伴う世界だからな」
そんな場所に中学生を使いたくはないというのが水庭の意見だ。それも自分が中学生の時、既に戦場に立っていて自分と同じくらいの戦闘官が幾人も命を落としているからという理由からだが。
ただし、その理論でいくと東吾は良かったのかという疑問が浮かぶ者は浮かんでいるらしく、水庭はそこだけは仕方ないと説明した。
「因みに東吾は情報部隊長の仕事をやらせていただけで、正式に部隊長になったのは高校に入ってからだ。なんせ報告書や始末書が間に合わなくてな」
「いや、何でそれを情報部隊長に任せちゃうの」
「そりゃ東吾が適任だからだろ」
「桐沢さん、もっと仕事あるわよね?」
「まぁな。だが、あいつは要領良いから大丈夫だろ」
事実、彼は情報部隊長の仕事だけではなく、魔法格闘技部の副部長、おまけにアクの強い高等部の面倒まで見ているのだ。普通でいたら廃人になるしかないため、嫌でも要領が良くなってしまったとのこと。
ただし、もう一人犠牲者が欲しいとよく嘆いているが……
「そして話を戻すが、現状お前達が打てる手は限られている」
その言葉に全員が息を飲んだ。風雅や真央はある程度予測は付いているが、もしかしたらそれ以上何かが出来るのではないかと望みはあった。
しかし、水庭の頭脳をもってでしても、中学生という制限と彼等の強さを考えれば未来に掛けるしか無かったのである。
「三条学園に勝て」
それしかないという現実にそれぞれ複雑な面持ちを浮かべた。一番の打撃はやはり三条学園に勝利することしか無かったのである。
しかし、それに一番納得出来ないと素直に反応するのが昴だった。
「ちょっと待って下さいっス! もう試合がどうこういうレベルじゃ」
「逆だ」
「……えっ?」
とりあえず座れ、と修平は昴を窘める。それに昴は反論しようとしたが、陸が腕を掴んだので彼は大人しく座った。
さすがは修平と陸といったところか、ここ最近、昴は二人の言うことにすぐ従うようになっていた。
「忘れたのか? 魔法学院はCROWN、海宝はEAGLE、三条学園はBLOODの力が働いてるだろ」
「それが何なんスか?」
やっぱり理解出来ないのかと一行は思う。とはいえ、全てを解決出来る手段ではないという観点からは昴の意見が正しいため、修平は丁寧に説明してやることにした。
「いいか、魔法格闘技部の一軍っていうのはやがて魔法議院のどこかの部隊に所属する奴が大半だろ」
コクン、と大型犬化した昴は素直に頷く。こういうところだけは本当に助かると思いながら修平は続けた。
「そして魔法学院がCROWNに行くのは流れ的に決まってるようなもんだから、三条学園に勝てばそれだけこの未来、CROWNの戦力は増強されると誇示することが出来る」
「ついでに現時点でどちらに付く方が得かとも分かるだろうしね」
修平と駿の言うとおりで、魔法格闘技部の試合を見るだけで組織の未来の戦力が想定出来るという。
もちろん、突然伸びるタイプもいるにはいるが、そこまで見切ることが出来るのは魔法議院の有能な戦闘指揮官クラスぐらいなものだ。
つまり、現時点での均衡は試合で予測されることになり、それが各々の戦力誇示となる訳だ。
「だが、分かってると思うが負ければ杏が危険な目に遭うどころか、CROWNの評判もガタ落ちだ。おまけにこの未来のCROWNの戦力を判断されてしまう」
風雅の言葉にそれぞれに重責がのしかかる。三条学園との勝敗がそれだけ大きなものだと改めて思い知ったのだ。
負けることは全てを危険へと導いていく、中等部の試合とはいえそれが魔法格闘技部一軍に課された責任だった。
「が、心配するな」
ニヤリと水庭は笑った。それは高等部のメンバーには言わない、安心感を与える言葉だった。
「負けろとは言わん。だが、お前達を全員守るぐらい高等部のガキ共はやってのける。自分達だけで全てを背負うのでは無く、自分達が出来ることを全力でやって杏を守れ」
それが一番お前達がやるべきことだと言われ、一行の心が軽くなる。ただ、全てを背負ってブチ抜くという風雅にはさらに言葉を続けた。
「それと風雅、お前はもう少し淳士に甘えろ。あいつもそっちの方が俄然、張り切るだろうしな」
「ええ、唯一頼れる点がそこだけですからまだ取っておきたいんですよ。それに淳士さんをこんなところで引っ張り出してたら、それこそCROWNは弱いと思われますから」
だからこの問題は自分で片付けたいと強い意志を持った目で風雅は答えた。
いつかは自分がCROWNのエースとして引っ張っていかなければならないなら、こんなところで立ち止まる訳にはいかないと思っているからだ。
そんな風雅の成長ぶりに水庭は頼もしく思うと同時に、兄貴分の泣き顔が脳裏にちらついた。
「そうか、また風雅が甘えてくれないとあいつは拗ねそうだが」
「その鬱憤が桐沢さんに行くのは悪いと思いますけどね」
それだけは申し訳ないと風雅は苦笑いを浮かべた。
間違いなく「桐沢ちゃ〜んっ!!」と淳士が泣き付くことは確定している。何故か昔から自分達の事で泣き付く相手は東吾らしく、その度に彼は的確な助言を求められる訳だ。
そしてやることが完全に決まったとなれば、後は盛り上がるだけだ。
「じゃあ、とりあえず三条と試合して黙らせないとな」
「うんっ! 真央監督、すぐに練習試合組んで!」
「それは無理よ」
やる気モードをピシャリと断ち切るかのように真央は中一組を止めた。悪いとは思うが、そこで冷静になれないほど真央は無能ではなかった。
ただし、杏をとにかく守りたいと思うのか、蓮までもがすぐに仕掛けられないことには反対だった。
「何でですか、杏を虐めた奴ら程度なら俺達の敵じゃないはずです」
「そうだな。そいつらなら中一だけでも充分勝てる」
「真央監督、昴君を出すためならきちんと連携の練習をしてからにしますから、早目にお願いします」
やる気が非常に眩しい。全員で杏を助けたいと思う気持ちはそれだけで大きな力だと感じられる。
しかし、監督という立場上、無茶だけをさせる訳にはいかなかった。特に実力が関わって来るなら尚更だ。
「うん、皆の気持ちは痛いほど分かるわよ。私もそいつらだけなら今からでも三条に吹っ掛けて再起不能にするけど、問題はそこじゃないのよ。ジュニア選抜で戦うレベルで考えてみて」
ピタリと中一組は止まる。ジュニア選抜と言われて浮かぶのはCROWNやEAGLEの高等部。そして三条学園にも当然、高等部が存在するとなれば……
「中等部ならともかく、高等部が出て来たら勝てないのよ。三条百合香ならそれぐらいするんじゃない」
冷静に考えればそうだった。中学選抜という括りなら問題はないだろうが、練習試合として吹っ掛けた場合、待ってましたとばかりに仕掛けてくることを想定しておかなければならない。
特に三条百合香という少女はCROWNが警戒するほどの危険因子で、その少女の執事は淳士でも本気で戦わなければならない実力者とくればやられに行くようなものだ。
さらに実力が分かるように水庭は付け加えておいた。
「ついでにうちやEAGLEには勝てないにしても、昨年の魔法議院主催の試合でBLOODは三位だったからな。それも三条百合香の執事が出場せずにだ」
つまりBLOODの主力はそれだけ強者が揃っているということ。いくら風雅がいるとはいえ、魔法議院上位の戦闘官達に挑んで勝てるほどこちらは強くないのだ。
とはいえ、殆どの魔法議院の戦闘官は成人以上ではあるが。
「まっ、その執事が出て来るならCROWNが出刃るから良いが、それ以外には勝ちたいだろう?」
「当然っ!!」
「じゃっ、決まりだな」
水庭は真央を見ると、彼女は力強くコクンと頷き監督モードの顔をして立ち上がった。
「皆、今日から週末まで合宿にするわ」
「えっ!?」
全員が驚いた。週末だけだったはずがいきなり今日からに変わったのだから無理もないが、真央は問題ないと構わず続ける。
「今日から日曜日の午前中までの四日間、みっちり鍛えてあげる。その結果次第で三条学園に殴り込みってことでどう?」
ニッと勝ち気な笑みを浮かべる真央に異論を唱える者はいない。それだけ今回は強くなりたくて堪らないからだ。
「それなら文句言えねぇな」
「そうだね、掛かって来るものが重要過ぎてやる気しか出ないや」
「てか、勝つ気しかねぇ」
この空気が好きだと杏は思った。一つの目標に向かって突き進んでいく者達ほど眩しいものはない。
だからこそ自分ももっと強くなりたいと心から思う。
「じゃあ、お前らは今から課題やれ」
パチンと水庭が指を鳴らして出て来たのは授業がわりのプリントの数々。中二組は試合やら合宿やらでそれを見慣れており、四人とも学年上位なのですぐに終わるのだが、今年はそうはいかなかった。
そう、問題児達が既に真っ青な顔をしており、それを教えなければならない蓮はゲッソリしている訳で……
「分かってると思うが、CROWNでは宿題が片付く目処が立たない者は合宿に出さない決まりがある。必ず今日中に全て仕上げること。分からないところは俺や中二組に聞け」
「嫌だぁ〜〜〜〜!!」
「やりたくねぇ〜〜〜〜!!」
やはり予測通り昴と雅樹は叫ぶが、その二人の前に水庭は威圧感たっぷりに立ち塞がった。そう、彼は教員免許を持っている戦闘指揮官なのだから……
「心配するな、お前達でも分かるように教えてやる。蓮、お前も自分のが終わったらこいつらの指導。中二組は涼と真理を何とかしろ」
「江森、お前は俺が教えてやる。数学くらいなら問題ないからこっち来い」
修平はすかさず真理に声を掛けた。さすがに問題児二人を教える体力は無く、昴に至っては勉強でも蹴り飛ばしてしまう自信しかない。せめてここぐらいでは楽をしたい。
それは駿も同じらしく、彼は早目にもう一人を抑えておくことにした。真理より若干出来ない教科が増えるぐらいなら可愛いものだ。
「涼君も俺が教えるよ。応用問題が苦手なぐらいだったら問題ないしね」
「はい、お願いします」
そう言われた二人はプリントを持って修平と駿の元に行くが、世の中にはもっと楽な方法が存在することを風雅と真央は知っていた。
理由は簡単、学年上位の優等生達が残っていることだ。
「杏、分からないことは何でも聞け。予習もして良いからな」
「はい、風雅様」
「藍ちゃんと小原君もいつでも質問して良いからね!」
「うんっ!」
「お願いします」
こうして青空の中、授業をサボっているはずなのに勉強するという奇妙な光景がしばらくそこにあった……
一方、海宝中学ではちょうど移動教室だった陸の双子の妹、小原海がBLOODの戦闘官達に取り囲まれていた。
とはいえ、さすがは陸の双子と言うべきか、それともつい先日まで冴島邸で生活していた性か、自分に危害を向けて来る者達に対して無表情を貫いているのだが……
「小原海、死にたくなければこちらの命令に従ってもらう」
「嫌です。今から授業なのでお引き取り下さい」
起伏のない声で海は答えた。増援が来たらまずいが、四人程度の雑魚ならギリギリ切り抜けられると分析しているからだ。
ただ、一つだけ後悔したのは同じ特進クラスの後藤達と行動出来なかったこと。これも昨夜、あの宇宙人がスカウティングの邪魔をした性で、休憩時間も惜しんで資料作成をしなければならなくなったからで……!
「黙ってついて来い。成瀬祥一に危害が及んでも良いのか?」
「構いません。どうせならあの宇宙人にお灸ぐらい据えて下さい」
「あいつの女じゃないのか!」
その瞬間、海は剛速球で敵の顔の真横に苦無を投げ付けた! それだけにはなりたくない、寧ろ冗談でも言って欲しくないと思う。
しかし、海は怒りの感情を表に出しはせず声色も全く変わらなかった。
「あの宇宙人の面倒を見ないといけない不幸なマネージャーと言い直して下さい。いくら敵でもその認識は許せません」
「んのアマっ……!」
殴り掛かる前に手首を掴まれた。ただし、今回は自分のピンチとあらばいつも飛んで来る主将ではなく、妖怪人間より性質の悪い腹黒副将と噂されている今泉陽平が来てくれたのだ。
「堪忍してぇな。いくらエスカレーターで高等部に入れる言うてもまだワイは中学生やさかい、きちんと授業は受けたいんやけどな?」
「副将」
まさか来るとは思わなかった。しかし、来てくれて良かったと思う。自分が出刃るより陽平が戦ってくれた方が確実に敵を倒せるからだ。
そして、陽平は海に怪我がないことを確認すると人が良さそうに見える笑みを浮かべた。間違ってもこの中三男子は善人には程遠い。
事実、敵の腕を捻るだけで無く背中に苦無を突き付けて身動きを封じているのだから。
「海、スマンな。祥一は別の部隊を」
「今叩き終わったよ」
ストンと屋上から飛び降りて来た祥一は海を庇うように前に立つ。
通常、この状況なら鼓動の一つを鳴らすなり騒ぎ立てるなりする女子が多いが、海には全くといっていいほどそれが理解出来なかった。
しかし、それだけモテる少年は今日もめげずにアプローチを続ける訳だ。
「さて、俺の大事なお嫁さんに何をしようとしたのかな」
「っつ……!!」
叩き付けられた覇気に敵は怯んだ。氷雪系の魔法を使うと聞いているが、覇気はまるで灼熱のよう。
しかし、それでも恐怖を覚えるには充分過ぎて膝が震える。
ただ、それでも海が感じるのは脱力感だ。なんで毎回言葉が残念なんだと思う。せめて大事なマネージャーなら少しはマシだろうに、いつもお嫁さんにしてしまうこの主将の神経が分からない。
しかもさらに残念になるのがここから続く彼の妄想だ。いや、寧ろ声に出せばセクハラと言った方が正しい。
「メイド? ナース? スチュワーデスや婦人警官? それともSェ……」
屍が出来上がった。中二ということで祥一より一つ下なのだが、その貫禄は監督さえも従えるのが真央の親友たる由縁。
何より、主将に対して一撃をお見舞い出来るのは彼女しかいない。
「おいバカ、海ちゃんの前でそれ以上言ったらハッ倒すわよ」
「美咲先輩っ!」
海は分かりづらいがパアッと表情を輝かせた。美咲まで来てくれたとなればもう何も心配することはない。
そして彼女はキッと敵を睨みつけて一瞬のうちにその実力を察すると、陽平と祥一に命じた。
「陽平先輩とバカ、尋問用の敵は確保して中二メンバーに任せたから、そいつらすぐに撃破」
「了解。って、祥一いけるか?」
「結構ギリギリ……」
頭からダラダラと血が流れており、いつくだばってもおかしくない状況だが、それでも敵が目の前にいるとなれば戦わないわけにはいかない。
ただし、既に力の差は既に分かっているので自分が戦う必要はないといえばないが。
「んじゃ……」
まさに一瞬、声を出す暇もなく敵は全員その場に崩れ落ちた。その呆気なさに陽平は面白くないと溜息を吐き出す。
「なんや、ワイに蛇一匹も召喚させへんレベルなんか」
「だったね、一撃で済んじゃったよ」
寧ろこのレベルで良く襲撃してきたと思う。もちろん、先程祥一が交戦した一小隊に戦力を割いてしまった可能性もあるが、あまりにもお粗末過ぎる戦力だと思った。
「海ちゃん、こいつらはBLOODじゃない気がするんだけど?」
「はい、その辺のチンピラだと思います。まぁ、服装だけはBLOODが貸したみたいですね」
「そう、魔法学院も襲撃したみたいだからBLOODも人員不足になったのかしら」
美咲のいうことは充分有り得そうだと思った。BLOODはかなりの組織と繋がりがあるが、強さという面においてはCROWNやEAGLEほど人材が揃っている訳ではない。
おまけに先日はBLOODに従う組織を淳士に壊滅させられたとなれば、その辺のチンピラに海を攫って来るようにと命じてもおかしくないだろう。
「まっ、いずれにせよCROWNと関わってる限りしばらく襲撃は続くと思うけど、海ちゃんに万が一のことがあったら練習十倍にするから」
「いや、美咲……」
「それだけは堪忍やな……」
練習二倍となっただけでもその日は動けないというのに、十倍になったら間違いなく御花畑と御対面だ。
それから予鈴がなると、陽平はう〜んと背伸びをした後、授業に出るために次の教室へと歩き出した。
「さて、そんじゃあワイは授業やから行くわ」
「分かった。俺はちょっと海とサボるから陽平と美咲であとは頼むよ」
「え?」
「良いですけど気をつけて行ってきて下さい。それと風雅君とガチンコ対決だけは止めて下さいね。五月には選抜合宿もあるんですから魔力を使い過ぎないように」
「了解。さっ、海行くよ」
有無も言わさず海の小さな体をひょっと横抱きにすると、祥一は地面を蹴ってその場から消えた。
それと同時に美咲の携帯が鳴り響く。画面に映る名前は「陽菜上官」、つまりEAGLEの戦闘指揮官で真央の母親だ。
「もしもし」
『美咲、ごめんなさいね。授業をサボらせる事態になっちゃって』
「いいえ、気にしないで下さい。今、成瀬祥一と小原海を魔法学院に向かわせました。水庭上官の若干ですが変わりになるかと」
『若干どころか贅沢過ぎるわ。後からあの人にたっぷり請求してやりなさい』
それを聞いて美咲はクスクス笑った。陽菜のこういうさっぱりとした物言いはいつ聞いても気持ちいい。
しかし、そんな応酬を繰り広げるのはここまでだった。いつになく美咲は真剣な表情をして陽菜に尋ねた。
「それより陽菜上官、先程の件ですが……」
『ええ、心配しなくてもこちらは総戦力で任務を遂行するから大丈夫よ。だけど美咲達も魔法学院に合流しても……』
「はい、そうしたいのは山々なんですけど、一時間でもあの問題児達に授業をサボらせると中学選抜にも支障が出そうなので、ギリギリまでこちらにいます」
なんせ今からその問題児達は追試やら小テストやらと課題が満載だ。頭脳明晰な陽平でさえ、授業の単位がギリギリというレベルなのだから。
『そう、仕方ない子達ね。じゃあ、また何かあったら連絡してね。こちらも事前策は打っておいたから』
「はい、ありがとうございます」
そう告げて美咲は携帯を切った。本当にまた連絡出来ることを願って……
そして、陽菜は美咲との連絡が終わるとスッとコーヒーを差し出された。それは武道家だというのに全くといって良いほどそう感じない手を持つ少年のものだ。
「どうぞ、陽菜上官」
「ありがとう、烈」
宝泉烈。海宝高校魔法格闘技部主将でEAGLEの戦闘部隊長。淳士とは幼なじみでライバルだが魔法覇者ではない。
寧ろ、世の中で一番魔法覇者の定義から外れる青年であるが、とにかく強いと有名だ。なんせ彼が使う技は魔法ではないのだから。
そして、陽菜にコーヒーを渡した烈は「れつ」と書かれた赤いマグカップに入ったココアを飲みながら陽菜に尋ねた。
「真央ちゃんに電話は?」
「しないわよ。水庭君が行ってるし」
「毎回してあげたら喜ぶんじゃないですか」
「そうね。だけど仕事とプライベートはちゃんと分けないとね」
テーブルの上に飲みかけのカップを置いて陽菜はスーツの襟を正すと、書類と薄いファイルを持って立ち上がった。
これから彼女がしなければならないのは指揮官としての仕事ではなく補佐官としての仕事。単純な仕事なら駄々をこねて指揮官を務めるが、今回は水庭に戻れというほどの緊急事態ということで彼女が補佐に回ることになったのだ。
しかし、それでも彼女の部下達は不平不満は一切ない。なんせ、それだけ水庭と陽菜が優秀な司令官だという事実は変わらないからだ。
「それと淳士は大人しくしてる?」
「今のところは夏音が魔力を全快にするという名目で。ですが終わったと同時に飛び出すでしょうね。あいつはおじいちゃん子だし」
そう言って苦笑する烈に陽菜は溜息を吐き出した。淳士が暴走すると本気で自分の仕事がキャパオーバーを起こすからだ。
「全く……、淳士も少しは冷静になれないのかしら」
「そりゃ魔法議院の長とはいえ、自分の祖父さんが捕まればあいつは暴走するでしょ。まぁ、夏音が捕まった時よりは幾分か落ち着いてますよ」
「夏音の倍は強いからでしょうね。だけどこちらも後ろ盾は失えないから急ぎましょうか」
そして始まる魔法議院内での権力抗争は、まだ何も知らない杏を巻き込んでいく結果になる……
お待たせしました☆
今回は海宝中学の副主将、今泉陽平とやがて大活躍が見込まれるEAGLE戦闘部隊長の宝泉烈が早くも登場。
もう、どんだけ出すんだと言われてもまだ出します(笑)
ですが、第二部とかも考えてるレベルなので、それぞれの視点で書いていけたらなぁと。
では、小話をどうぞ☆
〜宇宙人って……〜
海「はぁ〜……」
陽平「海、どないしたん? またえらい疲れとるみたいやな」
海「副将……、あの宇宙人はどうして自分の星に帰らないんですか……」
陽平「自分の星て……、またセクハラされたんか? それとも仕事の邪魔か?」
海「両方です。ですが昔から離れてくれないんです。おかげで今日はファンクラブのお姉さんやら他校の御令嬢やら、さらには漫研のオタクの皆さんから迫られました」
陽平「漫研?」
海「ええ、息が荒くて若干怖かったです」
陽平「よっしゃ、ロリコンバカはシバいてやるさかい心配せんでエエよ。にしても、祥一の何処が不満なんや?」
海「主将であること以外何処が不満じゃないんですか」
陽平「ヒドイのそれ……、容姿端麗で成績優秀で金持ちの次男、さらに風雅より間違いなく優しいやん。好きな女子はかなり多いで?」
海「ええ、優良物件だと言われてますけど、宇宙人ならそれぐらいは出来そうですし」
陽平「うん、宇宙人から少しハズレよか。てか、海は祥一が誰かにとられたら寂しくないんか?」
海「副将、誰があの宇宙人を相手に出来るんですか。美咲先輩だって放棄したがってるのに」
陽平「ん? 何処か行くんか?」
海「はい、そろそろ水分補給をさせようかと。走りに行って戻って来る時間ですので」
陽平「……何や、祥一の面倒は自分しか見れへんってことか」