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CROWN  作者: 緒俐
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第二十一話:ラジャー

 一言で言えばデカイだった。黒のサングラスをかけた怖面だが頭脳明晰といった風格があり、無駄のない筋肉が付いてガタイは良いがスピードは風雅の倍速は下らない。

 本人曰く、ムカついたら豪拳を使うが基本は烈拳で充分、という信念の持ち主である。


 しかし、水庭優と言えば魔法議院随一の問題児軍団を従えるCROWNの戦闘指揮官としてその名を馳せており、真央の父親ということもあって名トレーナーでもある。


 だからおかしいのだ。それほどの男が魔法界名門の冴島邸とはいえ此処にいることが!


「ボス!」


 冴島邸から出て来たのは数人の使用人。しかし、いつもは懇切丁寧な彼等も水庭の前では部下といった声と表情だ。


 つまり彼等は普段、使用人という職業であっても本来はCROWNに所属している戦闘官ということ。冴島邸に住む中学生達を守れと水庭に命じられているため、この邸宅で働いているに過ぎない。


「オウ、お前らはこいつらを始末しとけ。それと東吾に三条に関する情報を片っ端からあげるように言っとけ。期日は三日以内だが、部活に支障をきたさないようにすることも忘れるなとな」

「ラジャー、ボス!!」


 キリッとした声で答え、彼等は後始末を開始する。さすがは使用人ということもあり片付けは早く丁寧だ。


 そんな光景を茫然として一行が見ていたところに、もう抱える必要はないがそのままの状態で杏を抱えた蓮と盾にされていた昴が戻ってきた。


「一体何があったんスか!?」

「蓮、杏を下ろせ。昴は消えろ」

「ひどいっス!! 陸ちゃ〜〜〜ん!!」

「昴君、お座り」


 抱き着いて来る前に陸はピシャリと大型犬を止めた。それほど先程の戦闘で魔力は使っていないが、昴の相手をして疲れるつもりはない。


 そして、蓮に下ろされた杏は風雅にポンと両肩に手を置かれ、冷静ではいるが心配そうな表情で尋ねられた。


「杏、無事だったか?」

「はい、風雅様もお怪我はありませんか?」


 キタコレ、とでもいったような衝撃が風雅に襲い掛かってきた。杏を守る事が第一だというのに自分のことを心配してくれて悶えない理由がない。

 ただ、水庭の前ということもあってか、風雅はいつもより感情をオープンにはせず穏やかな表情を浮かべた。


「当然ないよ。杏が無事なら昴が死んでも良かったからな」

「ひどいっスよ!!」


 何で自分だけなんだと昴は泣き喚くが、やはりいつものことなのか心の中では同情しても誰も彼を慰めなかった。


 そんなやり取りが行われる中、水庭は昴の観察が終わったのかスッと目を細め、それはCROWNボスという風格を漂わせて彼に近付いた。


「木崎昴だな」

「そうっスけど、あんた誰デェ!!」


 尋ねる内容がいやでも分かったのか、修平は容赦無くド突いた。


「阿呆かっ!! お前は何で魔法学院の特進クラスに来てんだ!!」

「杏ちゃんと同じ学校だからっス!!」

「ザケんな! 普通はCROWNに入りたいからだろうがっ!!」


 ゲシゲシと修平の蹴りを昴は受ける。おそらく魔法学院に入学出来なかったものがこの会話を聞けば、間違いなく殺意すら覚える理由に違いない。

 それほど魔法学院の特進クラスはCROWNに入るための登竜門と言われているからだ。


「いいか、この人はCROWNの戦闘指揮官! それに真央の父親だからきちんと挨拶しろ!!」

「グハッ!! それを早く言ってくださいっス! 真央監督のお父さんなら挨拶ぐらいするっスよ!!」


 あくまでも真央の父親という点ではきちんとするべきだと思うらしく、昴は先輩達の指導の賜物なのか頭を下げて挨拶した。


「はじめまして。木崎昴っス」

「ああ、水庭優だ。よろしくな」


 水庭はスッと手を差し出した。背と同じでデカイ手だという感想も抱いたが、それ以上に意外な事に昴は目を点にした。


「どうした」

「いや、手まで差し出すようには見えないんで」


 せめて戦闘指揮官が手を出すことが珍しいと言えば、水庭もCROWNはそんなもんだと笑ってくれたであろうが、言い方が悪かったらしい。

 水庭は手をパーからグーに変えると、それは綺麗な微笑を浮かべた。


「昴」


 烈拳が炸裂した! 風雅が瞬時に杏の目を覆ってしまったのは条件反射だった。なんせ、彼女から手を離した三秒で昴はボロボロにされていたからである……


「人を見た目で判断してると死ぬぞ」

「そのまんまじゃ……」

「ああ!?」

「すみませんでした……」


 パタリ、と昴はその場に突っ伏した。世の中に逆らってはならない人物は風雅や真央だけではないと昴は悟る。いや、元々真央の父親なんだから逆らえるはずがないと気付くべきだったか……


 そして水庭はかけていたサングラスをはずすと、今度は杏を睨みつけた、ように見える鋭い目で杏に問い掛けた。


「杉原杏だな」

「は、はいっ……!」


 ビクッと杏は反応した。怖いというより圧倒される。それだけの風格と魔力が水庭を取り巻いている。

 ただし、敵にとっては恐れられる人物でも、とある限定に杏は至っているらしく彼はポンと杏の頭に手を乗せた。


「怪我してないか? 蓮はともかく昴は初心者だからな、しくじる可能性が高い」

「ちょい待てオッサン! 何なんスかその差いでぇ!!」


 反抗する前に反撃された。昴は再び地に沈められる。


「オッサンじゃなくボスと呼べ」

「俺はCROWNじゃ」

「ああ!?」

「ラジャー! ボス!!」

「分かればいい」


 もういい加減諦めろよ……、と真央でさえ思った。昴が魔法格闘技部で誰かに逆らおうなどと考えても、杏がうろたえるレベルで返り討ちに遭うだけだ。


 しかし、それでも今回はCROWNの戦闘指揮官が相手な性か、若干同情の余地はあったらしい。


「何か流石は淳士さんの師匠って感じだな……」

「うん、見た目に反してることも反さないことも両方ありってとこなんだね……」


 雅樹と藍の批評に一行はひどく納得した。無論、常識の一つや二つは飛んでなければCROWNを指揮出来るはずもないのだけれど。


「とりあえず説教は飯を食いながらだ。全員、十五分後に食堂に集合しろ」

「なっ……!?」

「返事は?」

「ラジャー! ボス!!」


 一行は一瞬のうちにその場から消えた。あの場で反抗すれば、今日の自主練は間違いなく殺られると悟ったからである。


 しかし、それでもそこに残るものがいた。ボスの命令と聞いてすぐに動かないことが出来る人物などここには一人しかいない。


「真央、お前もだ」

「二十分後にして。一体何があったの」

「食堂で話してやる」

「いま教えて。鍛えに来てくれたのは有り難いけど、パパが出て来るなんて只事じゃないわよね」


 少なくとも先程のレベルの敵ならば風雅一人でも片付けられると真央は考えていた。もし、万が一のために自分達に寄越すとすれば、慎司レベルの戦闘官がいれば充分過ぎるくらいだ。

 しかし、こちらに来たのが戦闘指揮官となれば余程の事態が起こりうると予測出来る訳で……


「ったく……、勘の良さは陽菜と同じかよ」

「そうよ、ママに感謝ね」


 その笑い方もそっくりなんだがな……、と水庭は思う。どれだけ優れた戦闘指揮官と言われようと、妻と娘に組まれて勝てるほど水庭も策士ではないらしい。

 無論、策を練る訳でもなく最初から降参しているといった方が正しいのだろう。


 こうなるとテコでも動かないのも遺伝だと分かっているので、仕方ないと水庭は一つ溜息を吐き出して答えた。


「三条のバカ娘が動いた。しかも『BLOOD』を従えてな」

「なっ……!!」


 驚くのは無理もなかった。魔法議院の組織の一つを十三歳の少女が従えてるなど、通常有り得ることではない。

 事実、魔法議院の戦闘指揮官になった最年少記録はCROWN創設者である冴島家の父親だ。


「とはいってもバカ娘が戦闘指揮官じゃない。BLOODは魔法議院の一角ではあるが、三条家の組織する暗殺専門部隊でもある。当然、上層部はもちろん政財界との繋がりも深い。だが、三条で一番厄介なのはバカ娘の執事だ」

「執事?」


 どういうことかと真央は首を傾げるが、水庭は深く話すことはしなかった。言ったとしても真央が相手に出来るレベルではない上に自分とやり合ってもどうなるかという強さだからだ。


 ただ、これだけは言っておく必要があった。


「いいか、真央。BLOODとはいくら戦っても構わないが絶対執事に手出しするな。お前には戦う術より逃走スキルと防御魔法や結界を叩き込んだのはこの事態のためだからな」


 つまり逃走することになってでも戦いを避けろということ。水庭仕込みの魔法といえばそれは高レベルのもので、彼の言うとおり一介の戦闘官でも使うことが出来ないものだ。


 そこまでしてでも関わらせたくないとくれば、おそらくその執事のレベルは……


「これ以上はこっちの仕事だ。BLOODの件は後から話してやるからさっさと着替えて来い」

「……分かったわ」


 CROWNレベルなら仕方ないと真央は深入りすることを止め、瞬身でその場から姿を消した。


 そして、真央がいなくなった後、水庭の簡単ホンの着信が鳴り響いた。しかも色がピンクでご当地キャラのストラップが付いていると、いかにもこの男のイメージから程遠いものだ。

 因みに簡単ホンは仕事用らしく、普段は最新機種も真っ青になる改造携帯を使っているらしい。


 そんな仕事用の画面に映し出されている名前は「桐沢東吾」。相変わらず仕事が早いと水庭は口角を吊り上げて電話をとった。


「オウ、もう仕事が片付いたのか?」

『これ以上増やさないで欲しいんですが!』


 こっちは常に多忙なんだよ、と文句を垂れる人物こそCROWNの情報部隊長、桐沢東吾だった。淳士とは幼い頃からの付き合いということもあり、常に苦労を背負ってきた人物だと評されている。


 その証拠に、彼はCROWNに入る前から既に情報部に引き込まれて仕事をさせられていたという経歴もあるほどだ。


「で、BLOODの事は何か掴めたのか?」

『ええ、今のところ金の動きにうちと戦闘官の育成が同じってところぐらいですね。とはいっても才能は違うと思いますが』

「当たり前だ。うちのガキ共は何処よりも優秀だからな」


 こうやってうちの人間は引き込まれていくんだよな、と東吾は笑った。うちのガキ共が一番に決まってる、と自分達の戦闘指揮官に言われて嬉しくないはずがないのだ。


 ただし、東吾も情報官とはいえCROWN、さらに魔法学院高等部の一軍レギュラーメンバーだというのに、パソコン画面に映る執事の強さは眉間にシワを寄せてしまうものだった。


『ですが、淳士と同格の執事って何なんですか。これで魔法覇者の試験受けてないって厭味ですか』

「淳士もそうだったろう。夏音のデザートに釣られて受けたぐらいだからな」

『ええ、あの時はマジでシバき倒してやろうと思いましたよ』


 東吾はデカイ青筋を立てた。当時、淳士が試験を受けるように説得しろと言われて東吾は駆けずり回わる羽目になったが、結局、夏音が試験に受かったらスペシャルプリンを作ると言っただけで淳士がやる気を出して受かったというエピソードがある。


 そんなこともあったな、と水庭は東吾に若干同情したが話を切り換えてさらに命令を下した。


「とにかくお前達も執事には手出し禁止。俺は来週末までガキ共を鍛えるからお前達は適当に仕事してろ。必要があるなら陽菜に連絡しとけ」

『……あんた始末書どうすんだよ』

「頼んだぞ、情報部隊長」

『ちょっ! ボスっ!!』


 明らかに言いたいことは山ほどあるのだろうが、水庭は強制的に携帯を切った。戻れば間違いなく文句の一つや二つは言われるだろうが、上手くかわすのは何の造作もない。


 そして考えるのはこれからのこと。杏を見て改めて確信したことがいくつかある。それが今後を左右していくことは間違いないと思ったのだ。


「淳士と同じで異なる存在か……」


 面倒だとは思いながらも口元は緩む。杏達がどれだけ成長するのか楽しみだという気持ちがそれに勝るのだから……



 それから約二十分後。着替えて食堂にやってきたメンバーの前にいつもは味方でも今日は敵になりそうなものが現れた。その名を食事という……


「何ですか、これ……」


 いつもおかわりを何度でもするメンバーだが、流石の駿でもこの目の前の量には息を飲んだ。


 ホカホカなご馳走なら誰でも飛び付く。いつもより豪勢でも大歓迎。だが、バイキングが可愛く見えるような食事の量をテーブルいっぱいどころか食堂いっぱい大量に並べられてはどうだろうかと思う。


 しかし、まったくCROWNの戦闘指揮官殿は気にした様子はなく、寧ろドヤ顔で告げてくれた。


「飯は俺が釜戸で炊いた。おかわりはいくらでも」

「仕事せんかっ!!」


 スパン!と切れのあるハリセンの音が響き渡るが、水庭は全く気に止めていなかった。これが男子達なら一瞬の内に報復しているが娘には甘いらしい。


 ただし、真央の父親だということもあって、彼は魔法格闘技の名トレーナーとして理由を説明してくれた。


「食育だ。全員夏の予選まで身長体重共に増やしてもらう」


 ズドーンと藍と真理に錘がのしかかった。そう、思春期の女子といえば誰もが気にするものがある。その名を体重という訳で……


「ダイエット中なのに……!!」

「全くよ……!!」

「時間の無駄だ。お前達は嫌でも脂肪が付くから無意味なダイエットなど鼻からしない方がいい」

「泣くわよっ!!」


 という傍から二人は泣き出した。魔法格闘技をバリバリ熟す二人でも可愛くなりたいと思うのは乙女心だ。それをあっさり崩されては泣くなという方が難しい。


 しかし、比べる相手に二人にとって理想の女子高生を水庭は持ち出してきた。


「だが、うちの女共は最低四十後半の体重は付けさせてる。逆にそこまで付けておかなければ相手は高校生、魔力をプラスしても当たり負ける。ついでにお前達が痩せたところで夏音に敵うと思うか?」


 それは無理だと二人は納得した。だとすれば、無理なダイエットより早くあの美貌に近付いた方が良いに決まってる。

 目指すのは今の自分のベストより、大人になった時に美女と言われたいと思うのだ。


「それと風雅、いまの身長と体重は」

「172と57です」

「なるほど、半年で三センチならこれからイケそうだな。だが軽過ぎる。最低60は超えて来い。かといって筋肉はまだ付け過ぎるな」

「はい」


 スピードアタッカーで月眼という魔力を消費する風雅にとって増量というのは大きな問題だった。

 事実、淳士も成長したのは高校生になってからだ。その成長も最近ようやく落ち着いたらしいが、出鱈目なため第三次成長ぐらいしそうで怖い……


「参考までに淳士は187と78だ。だが、体脂肪率は一桁だがな」

「杏、明日の弁当はいつもより量を増やしてくれ。肉と野菜は特に増量だ」

「はい、かしこまりました」


 杏はニッコリ微笑んだ。風雅のために何かが出来ることが嬉しく、少しでもいつもの優しさを返したいと思った。

 それにマネージャーとしても、身体作りに関わるというのだから気合いが入るというもの。今晩は桜と食事メニューに関して議論することになりそうだ。


 そして、水庭は雅樹と昴に視線を向けた。この二人は将来のためにも絶対伸ばしておかなければならないと思う。


「雅樹と昴、お前達は180と70オーバーはいけ。うちの筋肉馬鹿が100あるんだ。まぁ、身長も二メートルあるが」


 それに反応するのは真央。キラキラとした笑顔を二人に向けるが、その裏に隠された鬼のような監督モードが怖い。


「二人とも食欲旺盛よね。さぁ、今日から御飯五杯はいってダッシュメニューも増やしましょうね」


 絶対死ぬ……、と思った。筋肉バカというのだから普通に考えて豪拳を使って来るというのだろう。そうなれば自然とパワーアタッカーである雅樹が相手になる訳だ。

 昴は今の時点で雅樹とそう変わらないので、ついでに伸ばしておけという感じなんだろうが……


「そして食に関して問題の二人」

「うっ……!」

「はい……!」


 言わずもがな、涼と陸である。身長も体重もとにかく伸ばさなければまずいのがこの二人だ。陸にいたっては平均より下も良いところである。


「お前達は特に食ってもらうから覚悟しておけ。言っとくが45以下なんて有り得ない体重にはなるなよ?」

「ラ、ラジャー……」

「はい……」


 つまり最低十キロは増やせということ。確かにこれからの成長期で嫌でも増えるだろうが、夏までとなるとどこまで伸びるか怪しい。

 もちろん努力は惜しまないが、きつくなる練習での増量ほど難しいものはないというのは事実だ。なんせ魔力まで消費するのだから。


 しかし、グダグダ言う前に実行しろというのがCROWN。水庭はビシッと命じた。


「とにかく身体作りだ。さぁ、いつもの倍食え!」

「いただきますっ!!」


 そして始まるは食という名の戦争。片っ端から持って来いと全員一丸となって平らげていく。若干、真央に監視されている雅樹と昴の顔色が優れないが……


 そんな光景を見ながら、将来のマネージャーから丼茶碗一杯の白米を受け取った水庭は礼を述べて彼女を褒めた。


「にしても、桜はさすがだな。きちんとバランスよく調理してある」

「はい、ボスがアドバイスしてくれましたから。それに皆、夜も自主練しますからエネルギーを取ってもらいたいですし」

「そうか。これからも頼むぞ」

「ラジャー、ボス!」


 可愛らしく返事をする桜に水庭はニヤリと口角を吊り上げる。

 それを見た蓮は将来、間違いなく桜は特別扱いされることに安心した。そうでなければ女子といえど容赦ないのだ、この戦闘指揮官は。


「それと全員聞いとけ。お前達はしばらく命を狙われる。基本は俺達が守るが、一人になったところを狙うバカもいるから気を付けとけよ」

「ラジャー、ボス!」

「ちょっと待てぇ!!」


 やっぱりそうきたかと水庭は思う。とはいえ、普通は昴の反応が正しいため誰も大人しくしろとは言わないが。


「命が狙われるのに何で落ち着いてるんスか!!」

「風雅隊長といたら嫌でも狙われるから慣れてるんだよ」


 あっさりと涼に言われて昴は何も言い返せなかった。それも風雅が超が付くほどのお坊ちゃまという認識があるため、良からぬ者がいてもおかしくはないと思うからだ。


 だが、杏を守るという点は良くとも、命を狙われてる事に関してはノーサンキューだ。勝手に巻き込まれるのは好きではないし、このメンバーに関わらなければ杏も穏やかな学生生活を送れるのではないかとさえ思った。


 そんな昴の心境をやはり水庭は見透かしていたらしく、無理もないと微笑を浮かべた。


「気に食わないか、昴」

「当然っス」

「お前はCROWNに来る気はないのか」

「ないっスよ。俺は元々杏ちゃんといたいから魔法学院の特進を受けたんスから」

「じゃあ、こいつらは嫌いか」


 ズルイ質問だと思った。そんなのは入学数日ですぐに馴染んでしまった自分に対する確認事項にしかならない。

 それでも昴はそっぽを向いてポツリと答えた。


「……好きっスよ」

「じゃあ、こいつらを頼れ」

「えっ?」


 てっきり怒鳴られるかと思ったが、思った以上に優しい返しに昴は目が点になった。ただ、水庭らしいと中二組は思っているようでフッと笑みを浮かべる。


「三条から杏を守るのは一人じゃ無理だ。だが、こいつらがいれば守れると思わないか」

「そりゃ……」


 一人より断然良いに決まってる。ここにいるメンバーは自分より確実に上だ。もしかしたら小学生の時に出会っていたら、杏が苦しむことはなかったのではないかと思うぐらいに。


 そんな言い返す言葉が見つからないといった昴に、相変わらず無表情ながらも陸は彼にグサリと言葉の棘を突き刺した。


「昴君、君がどうなろうと構いませんが、杏さんを一人で守ろうなんてバカをやられたら杏さんが迷惑です」

「そうだな。お前チョロイし」

「陸ちゃんと雅ちゃん、ヒドイっスよ!!」


 これでもやれることはやってきたと昴はギャンギャン泣くが、やかましいと今度は修平が出て来た。


「てか駄犬、後輩を守んのが先輩の役目だってぇのにお前はいつから杉原を一人で守る気でいたんだ? フザけてんなら今日の自主トレで真央スペシャル追加すんぞ!」

「グハッ!」


 修平の蹴りが昴の顔面にクリーンヒットする。それにザマーミロと雅樹が煽ればさらにその場は騒がしくなる。

 もはや手の付けようがないな、といち早く判断した蓮は杏と桜に少し離れて食事を摂ろうと提案してその場から離れた。


 そんな応酬が繰り広げられる中、風雅と真央だけはきちんと敵の情報を水庭に尋ねた。


「それで狙ってくるのは?」

「魔法議院の一つ、BLOOD。そして三条の暗殺部隊でもある。それとCROWNに向かない分野があるが」

「風雅隊長、東條は動きますけど」

「ああ、一之瀬も動く。あと慎司さんにも連絡しておこう。淳士さんに任せたら余計な戦争が勃発するからな」


 さすが名家の子といったところか。二人のオーラがキラキラと輝いているように見えた。少なくとも政財界での混乱は防いでくれるだろう。


 ただし、問題が魔法界。冴島家に盾突くバカはそういなくとも、淳士を怒らせてしまうとそれは手を付けられなくなる訳で……


「淳士のことは心配すんな。確かに杏に過保護になる傾向は夏音が昔助けたことと、慎司と和人が天使だと騒いでる時点で決定事項になるが」

「淳士さんなら乗せられるわね……」


 周りが杏を助けたいといえば、間違いなく便乗していつの間にか自分が一番熱くなっているのも淳士だ。ただ、全てにおいてそうではないというのも淳士だ。


「まぁ、うちのことは心配すんな。だが、問題は杏、お前にある」

「……はい」


 当たり前だと思った。三条に目を付けられてるのは自分でやり返すことも出来ないから全員を巻き込んでいるのだ。最悪の事態も考えるなら、自分はここから去るべきなのかもしれない。


 だが、それには全員がふざけるなと言わんばかりに反論した。


「ちょい待て!! 何で杏に問題があるんだよ!!」

「そうよ!! いくらボスでもそれは許さない!!」

「全くです。杏さんに危害を加える三条が悪いに決まってる」

「ああ、お前達はそれで良い。寧ろ仲間も守らねぇ奴ならシバいてる」


 特に杏なら尚更だという睨みに中一組は小さくなった。それに冷静に考えれば、水庭が弱者を責めるはずがないのだ。何よりCROWNの方針にも反するのだから。


 しかし、ならば他に何があるのだと全員の疑問が一致したところで彼は答えた。


「俺が言いたい問題は杏、お前の力だ。『次元』というものを聞いたことがあるか?」


 それに一番食いついたのは涼だった。無理もない、それを持っているものなど涼が知る限りでも一人だけだ。


「次元って淳士兄貴と同じ……」

「ああ。とはいえど、淳士と杏じゃタイプが違うけどな。淳士は完全に戦闘タイプだが杏にはあの戦い方は逆立ちしても無理だろ」


 身体の鍛え方だけじゃなく格闘の才能そのものが違うのだ。いくら同質の力といえどもまず出来ることじゃない。もちろん、そもそもが出鱈目な戦い方だが……


 そして、杏は初めて聞く「次元」という属性に戸惑った。淳士と同じだという以前に自分だけが知らない世界に放り込まれたような感覚に陥ったからだ。


「あの……、次元というのは……」

「言葉のとおりだ。次元が違うというだろう、あれから取ったようなもんだな。簡単にいえば駿以上のオールラウンダーってところか」

「へっ? 駿先輩って風雅隊長みたいな魔力眼以外、何でも使えるんじゃないんスか?」


 さすが初心者と一行の目は昴に向く。それでも風雅と同じ魔力眼が使えないことが分かってただけでも成長したというべきなのか。


 そんな昴に敢えて突っ込まず、駿は懇切丁寧にオールラウンダーについて説明してやることにした。


「うん、一応オールラウンダーだから全属性の魔法は使えるよ。だけど使えないものとしては高等魔法の類と風雅のような魔力眼、あとは各一族の禁術といったのは無理。まぁ、淳士さんみたいな格闘の型も不可能だけど」

「へええ。じゃあ、杏ちゃんはそれ以上ってことは駿先輩以上に強いってことっスか?」

「ハズレではないが違うな」


 微妙な言い回しだと真央は思った。格闘技面においては間違いなく負けるだろうが、魔法合戦になったときなら禁術まで扱える可能性がある杏が負けるとは考えにくい。


 それは風雅も違和感を覚える答えだと思ったらしく眉をひそめた。もちろん、次元というものの底を知らないために水庭が言葉を濁しているとも考えられるが。


「確かに次元を持つ奴は全属性の魔法はもちろん魔力眼以外は使用可能となる。だが、あくまでも鍛えてない奴が次元をもっていたとしても精々動態視力がスバ抜けてるぐらいで強い訳じゃない。杏じゃ駿には勝てないだろうよ」


 それに駿はホッとした。守りたい妹分より実は弱かったとなると兄貴分として凹んでしまう。

 しかし、これから杏が次元の力を使えるようになるというなら、さらに自分はオールラウンダーとして成長しなければならないと思った。それだけ杏を守りたいからだ。


 そして、一つずつ説明してもらえたおかげで昴は珍しくきちんと納得したらしい。無論、杏のことだからというのも付け加えられそうだが。


「なるほど、つまり杏ちゃんが動態視力が高いのも竜泉寺の治療魔法を使えるのも次元の性なんスか。じゃあ、杏ちゃんが鍛えたら全員ごぼう抜き……」

「だろうな。まぁ、それ以前に魔法戦なら昴じゃ勝てねぇだろうが」

「うっ……! 最後のは余計っスよ、ボス」


 大型犬化して昴は項垂れる。さすがに潜在力が高くとも現時点で魔法戦を杏とやれば、昴が負けることは決定だ。次元によるところもあるが、杏はもともと魔法のスキルは一般より高いのだから。


 しかし、例え話が若干逸れてもそこで核心を突くことを忘れないのが蓮だった。


「ボス、つまり杏の持つ次元が三条に狙われる理由という訳ですか?」

「まぁ、BLOODはそうだろうな。うちに次元を持つ奴が二人もいたら堪らないだろう。だが三条のバカ娘は私情だな」


 水庭は鼻で笑った。どちらもくだらない理由だと思うからだ。ただ、それでも三条のバカ娘の私情が何なのかを全員知りたいらしく、彼は簡潔に説明することにした。


「あのバカ娘は杏を見下してる割には嫉んでるからな。竜泉寺の治療魔法なんてものを使える奴はバカ女の嫉妬を買いやすいもんだ。事実、夏音がそうだったからな」


 そういうことかと全員が納得した。理由を深く知るつもりもないが、杏に危害を加えることは御免被りたい。特にそれを部活は疎か魔法議院や政財界まで巻き込まれては堪らないものだ。


 ただし、見方を変えれば三条がそれだけの力を有しているとも言えるのだけれど。


「杏、とにかくお前は守られることだけを考えろ。そのかわり中学卒業後はCROWNに絶対来てもらうからな」

「えっ?」

「心配しなくても夏音の部隊に入ってもらう。そこには慎司と和人がいるから問題ないだろうし、一年後には桜も入れるからな」

「えっと……」


 頭がグラグラした。今日の部活時に進路を示されたばかりなのに、夜になれば確定事項となってるなんて有り得ない。

 ただ、いくらCROWNの戦闘指揮官とはいえ、そこで風雅が黙っているはずがなかった。


「待ってください、杏の将来を勝手に決められたら困ります」

「風雅様……」

「杏は俺の婚約者なんです。まずは俺の許可を取ってください」


 やっぱりそういう理由かと一行は思う。何人であろうと、杏を好きにする許可は自分以外許せないらしい。


 しかし、どのみち風雅もCROWN入れるのだからと問題ないらしく、彼はほうじ茶を一口飲んであっさり告げた。


「風雅、妖しい個室でミニスカナースの杏を見たくないのか? 必要ならガーターベルトも付けさせるが?」

「杏、絶対CROWNだ」


 理性より本能に働き掛けられた風雅はあっさり陥落した。さすがは戦闘指揮官、やがては自分の部下になるだろう風雅の思考など既にお見通しらしい。

 というより、そういう趣味なのかと全員が思ったが、誰もが報復が怖くてつっこめない訳だが……


 もはや一体何の話をしていたのかと真央は呆れ返りながらも、最後に必要事項だけはまとめておくことにした。


「とにかく全員、しばらくの間は一人で行動するのは禁止。一応、CROWNも動いてるから私達にそこまで危害はないはずだけど、注意だけは怠らないように」

「ラジャー! 真央監督!」


 一行の揃った声が食堂に響き渡る。それに水庭は微笑を浮かべるが、真央は慣れない性か目が点になった。


「何それ」

「いや、ついって感じ?」

「うん、ノリだよね」


 涼と藍の意見に全員コクコクと頷いた。無意識のうちにそう答えてしまったらしい。もちろん、同じような返事を水庭に繰り返していた反動もあるのだけれど。


 そんな一行に水庭は良いことだと思いながらも、あくまでも彼は守りに来たというより鍛えに来たということを忘れてはならなかった。


「よしっ! 全員食事と宿題が済んだら真央スペシャルを熟して今日はゆっくり休め。風雅と涼は俺が指導するから覚悟しとけよ」


 真央スペシャルと聞いただけでも青ざめるというのに、風雅と涼には水庭からの直接の指導が入るという。

 絶対殺されると誰もがその殺人メニューを想像するが、やはりCROWNの戦闘指揮官、求める答えは一つだけだ。


「返事は?」

「ラ、ラジャ………、ボス……」


 何とか返事だけは出来たが、しばらくの間、命を狙われるより命を落とす危険性のある練習になると一行は悟るのだった……




お待たせしました☆


今回はCROWN戦闘指揮官が一行と合流してるわけですが、やはり真央の父親らしく鍛え方には容赦がないようで……

しかも杏を既にCROWNに引き込むと言ってるあたり、未来のことも決めてるみたいです。


ですが何やら魔法議院の一つ、BLOODが動き出してるらしく波乱の幕開けが訪れそうですが……


では、次回もお楽しみに☆

そして、小話もどうぞ☆



〜CROWNとEAGLEって……〜


真央「パパ、どうしたの? 珍しく考え込んじゃって」


水庭「ああ、EAGLEとの試合でガキ共が勝てるかどうか……」


真央「ああ、ママのところだから気は抜けないわよね。やっぱり一番の見所は淳士さんと烈さんの対戦かしら?」


水庭「いや、今年は慎司と沙里だな。あいつらは入ったばかりだというのに筋が良い」


真央「そりゃそうでしょ。二人ともかなりの実力者なんだし」


水庭「まぁな。だが、今回は運もある。天候によって左右されることもあるからな」


真央「なに? 風雅君みたいな月が出てるかどうかで強くなる人がいるの?」


水庭「当たり前だろう。どんな条件でも大当りなんて淳士ぐらいなもんだ」


真央「そりゃ淳士さんはね……。だけど、パパがどんな時でも対応出来るように鍛えてるんじゃないの?」


水庭「足腰はな。だが、大物を釣り上げられるかまでは魚にきかねぇと分からねぇよ。東吾の奴もこんな時には情報収集しやがらねぇ」


真央「はっ?」


水庭「前回は淳士のラッキーで勝ったがあいつも出鱈目だからな、今回は沈没船を釣り上げなければ良いが……」


真央「ちょっと……、まさか試合って……」


水庭「ああ、毎年恒例の釣り大会だ」


真央「紛らわしいわっ!!」




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