第二十話:CROWN戦闘指揮官
三日も経てばそれなりに動けるのが昴だった。体育館に設置されているフィールド内では今日も彼の威勢の良い声がこだます。
一日目はいきなり陸とではなく、真央が直々に高速苦無を投げて受け取る練習をしたため、ある意味トラウマになったようだが、恐怖を知ったことと刺さり慣れた性か今では動きながら陸の攻撃補助を受けられるレベルだ。
「修平先輩、覚悟!!」
「甘ェよ!!」
「グハッ!!」
ああ、また同じことをやった……、と修平が投げた苦無を相殺した陸は思った。
昴の意気込みは買う。スピードもけっして遅くはない。ただ、修平相手にそれが通用しないことをそろそろ理解して欲しいものだ。
そして、練習中は鬼の副主将と化している修平は青筋を立てて昴の元に歩み寄って来ると、容赦無く実力行使に出た。
「木崎、お前は小原の攻撃補助を受けてる癖して真っ直ぐ突っ込んで来るしか能がねぇのか? 少しは魔法なり飛び道具なり使う頭はねぇのかお前はっ!!」
「痛ェ!! スンマセン! スンマセンっ!!」
ゲシゲシと蹴られる大型犬の姿はもはや魔法学院名物になりそうだ。
そんな光景に駿も苦笑するが、昴の成長を見るのが楽しみになっていた。それだけ彼の成長は著しいのだから。
「まぁ、最初に比べたらマシにはなったよ。昴君、陸君の高速苦無に自分から刺さりに行ってたからね」
「ええ、フォローするから突っ込むようにいったのに、逆に刺さるなんて芸当をやったのは昴君が初めてでした……」
あの雅樹君でも苦無パスが失敗する程度で済んだのに……、と陸は深い溜息を吐き出した。
そして、実力行使が済んだあとはきちんと対策を説明するのが修平だ。そういうところは本当に面倒見が良いと誰もが認めるところ。
「いいか、真っ直ぐ突っ込んで来るなら視線なり動作なりを用いて相手の気を反らす何かを組み込め。それか風雅以上のスピードを付けろ」
「じゃあ、風雅隊長以上の」
「今は無理だから組み込め」
「いきなり否定スか!?」
ギャンギャンと文句を垂れる大型犬をもう一度蹴り飛ばして黙らせると、彼は定位置に戻ってサッと構えた。蹴り飛ばしはしても時間は惜しいのだ。
「オラ、俺に一撃入れたら良いだけだ。技のレパートリー増やしてもっかい掛かって来い!」
「くっ……! 見てろっスよ……!!」
「昴君、制限を破らないで下さい。今度は刺しますよ」
「陸ちゃ〜〜ん!!」
ムッとして苦無を構える陸に昴は大型犬に戻って泣き付く。それに修平が早く掛かってこいと怒鳴り付け練習は再開する。
これはしばらく自分の出番はないな、と察した駿は今のうちに休憩しようと杏の元へ歩いていった。
「杏ちゃん、ドリンク貰える?」
「はい、どうぞ」
可愛らしい笑顔でドリンクを差し出してくれる杏に礼を述べて受け取ると、ゴクゴクとそれを飲み下した。相変わらず線が細いというのに、食欲に関してはかなり豪快というのが駿だ。
そして、彼はそれを飲み干すと良い笑顔で空の容器を杏に差し出した。お変わりと言わないのは運動中だという理由から。
「うん、今日も美味しいね。また腕を上げたかな」
「ありがとうございます。皆さんの好みを見つけるのが最近の楽しみなんですけど、風雅様と修平先輩はまだ研究中なんです」
「ああ、風雅はいつも美味しいって言ってるけど、修平はお礼しか言わないから分かりづらい?」
「そうですね、きっとお二人共気を遣って下さってるのではないかと思いまして」
もう少し好みをおっしゃってくれたら……、と杏は眉尻を下げた。
しかし、杏が作ってくれるものに対してあの二人がケチを付けるはずがないことを知っている駿は、クスリと笑ってフォローしておくことにした。
「風雅も修平も贅沢だね。もう少し表面に出たら良いんだけど、二人ともそういうところは不器用だから杏ちゃんも理解してあげてね。それに杏ちゃんの事を信頼してないとジュニア選抜チームのマネージャーなんて任せないからさ」
「……はい」
ああ、またこの笑顔にやられちゃうな、と駿は思った。これだけは他のマネージャーには真似出来ないだろう。
去年、一軍のマネージャーをしていた先輩はともかく、他の軍のマネージャーといえば何処か浮足立ったところがあった。特に風雅が行けば騒ぎ立てることもザラだったぐらいだ。
基本、風雅が一軍のマネージャーを決める時はよっぽど能力に長けているか、真剣に取り組むかが鍵となる。特に魔法格闘技は命すら脅かされることもあるため、ただのミーハーであってもらう訳には当然いかない。
つまり、それだけマネージャーというポジションは軽いものではないということだ。
「まぁ、まだ俺達と後二年は確実に付き合うことになるし、その間に味の好みは見つけたら良いよ。それに俺は魔法学院か海宝高校にしか進学するつもりはないから、どっちにせよ杏ちゃんとは長い付き合いになるかもね」
「海宝でもですか?」
杏は目を丸くした。他校になるというのにそこまで長い関係になるのかと思ったのだ。もちろん、時々の交流はあるのかもしれないけれど。
しかし、高等部となれば中学以上に関わることになるのが二校の関係だった。
「うん、魔法と海宝ってことはCROWNとEAGLEってことでしょ? 俺はどっちにするかまだ決めてないから何とも言えないけど、ずっと杏ちゃんがマネージャーで妹だと嬉しいな」
「駿先輩……」
サラサラと髪を撫でてくれる手が心地好い。それは自分が望んでいることで、出来るならずっとこのまま皆と一緒にいたいと思うのだ。
しかし、いずれはそれぞれが違う道に行くと杏は思う。それこそ誰とも糸が絡まなくなりそうな気がして……
「だけど、杏ちゃんの進路は風雅が決めちゃいそうな気がする」
「風雅様がですか?」
「うん、絶対あとを追って来いと言うだろうし、風雅は高校卒業したら杏ちゃんと結婚するって決めてるみたいだし」
「なっ……!!」
杏はポンッ!と効果音でも付きそうなほど一気に赤くなった。風雅との結婚など想像するだけで卒倒したくなる。しかも逃げられないという事実も決定している気がして……
「まぁ、妹の幸福を考えたらすぐに決めることはないと言いたいけど、相手が風雅じゃ婚期を延ばすように説得しか出来ないんだよね……」
せめて杏ちゃんが高校卒業してからとぐらいしか言えない訳で……、と駿は遠い目をした。あの風雅様モードを止められるほど自分は強くないと自覚している。
というより、勝てる相手がいたら是非知り合ってみたいものだ。
「駿、何話してるんだ」
突然割り入ってきた声に杏はビクッとなった。そう、話の当事者である風雅が個人練習から戻って来たのである。
その顔は若干面白くなさそうだが、駿は風雅の怒りから逃げるエキスパートだった。
「お疲れ。杏ちゃんの進路についてだよ」
「ああ、確かに大方決まってるからな」
さも当然だというかのように風雅は杏に向き合うと、彼は坦々と未来設計を説明し始めた。
「杏、高校は魔法学院でエスカレーターだ。もちろん短期留学もしてきて構わない。俺が高校を卒業したら結婚。大学は俺と一緒か女子大なら構わないからな」
「女子大は良いんだ」
「ああ、医療専門の女子大もあるからそれくらい選ばせてやる心の広さがなければ杏も窮屈だろう?」
それだけしか自由が無い時点で充分窮屈なのでは……、と駿は思う。しかも医療以外に興味を持ったらどうするんだと突っ込みたいところだが、それならば別の女子大でも良いと言われるのでやめておいた。
「だが、魔法議院に所属するならCROWNに行け。それも夏音姉さんの部隊じゃなければ認めない」
「えっ?」
EAGLEもダメなんだ……、と駿は思うが、言われたらそれが一番ベストだと思った。杏の回復魔法が夏音と同質とくれば、彼女を成長させられるのは夏音しかいないと風雅は判断したのだろう。
もちろん、杏も夏音の部隊と聞いて胸がときめかない訳がないのだが。
「俺は間違いなく淳士さんと同じ戦闘部隊の隊長だ。まぁ、俺が隊長ならあの人は戦闘顧問ぐらいの役職にはなるかもしれないが……」
何だかんだで逆らえないのが冴島淳士だ。とはいえ、反撃しないほど風雅は大人しくないのだけれど。
しかし、魔法覇者の称号と周りの信頼という点において、淳士ほど戦闘顧問という戦闘部隊の統括官に向いてる男はいないと風雅は評価している。
「とにかく、夏音姉さんの所なら戦闘に関わらない医療部隊に杏を回してくれる。だから行くならCROWNにしろ」
「というより、CROWNのボスが杏ちゃんを入れる気満々じゃないの?」
「だろうな。桜とセットで医療部隊に配属させるだろうし」
それに二人は苦笑した。しかも桜に至っては、医療部隊じゃなく給仕担当にしてでもCROWNに引きずり込むと言い切ったと真央から聞いてる。
そもそもCROWNのボスといえば、大抜擢をよくする戦闘指揮官として有名だ。通常はどの魔法議院のエリート組織も欲しがるような人材より、平凡でも彼の彗眼に適った人物がCROWNに配属されている。
さらに抜擢されたものは、いつの間にかどの組織からも注目されるようになっているのだから……
「だが、普通に俺の嫁になって一之瀬家で俺の帰りを待ってるのも悪くないな。まぁ、父さんが杏を秘書にすると騒ぎそうだが……」
「確かに。だけどおじさんは基本、温厚で良い人じゃない。風雅と真逆な性格だからこそ安心でしょ?」
「ああ、間違いなく性格は母親譲りだって自覚してるよ」
その点に関しては仕方ないと風雅は苦笑した。あの女帝は風雅以上と風雅でさえ思うところがある。
しかし、それを落としたのが父親だというのは結婚当時、政財界に関わるものの七不思議となったらしい。
「だから杏、一之瀬家はいつでも受け入れる準備は出来てるからな」
「えっと……!」
「それに万が一学生時代に妊娠しても大丈夫だからな。俺は子育てにも協力的だからな、養えるぐらいの財力もあるし」
「風雅、さすがにそれはやめてあげて。冗談に聞こえないから」
それに風雅は冗談だから心配するなと笑うが、杏が本気で卒倒しそうなほど真っ青にしているのだから、半分はそれでも構わないと風雅の思惑を感じ取っているのが分かる。
しかし、そんな談笑もそこまでだった。いきなりドサリと体育館に数歩入って来たところで真理と藍が倒れたのである。
「きょ……、み、ず……」
「こっ……も」
それだけ言って二人は事切れた。そんな二人のもとに杏は慌てて駆け寄った。
「真理ちゃん、藍ちゃん!?」
とにかく回復させなければと杏は最速で回復魔法を使う。いくら何でも生気まで失っていては使わないわけにはいかない。
だが、その直後に体育館の入口でドサリと人が倒れる音がした。
「杏……、み……」
「雅樹君!?」
更なる犠牲者に杏はどうしようかと思ったが、この騒ぎを聞いて昴達が駆け付けてくれたため任せることにした。さすがの修平もこれは見逃せなかったらしい……
しかし、それを作り出した真央監督といえば全く悪びれた様子もなかった。
「全く、情けないわね。少しは東條君を見習いなさい」
「いや、涼君担いできて力尽きてるよ!?」
全員が瀕死だというのによく担いでこれたと思う。これも友情が為せる技なのか真央が運ぶように言ったのかは謎だが、駿は二人を体育館に運び入れるとスポーツドリンクを口に流し込んだ。
蓮がそこまでなるとは珍しいと思ったのか、間違いなく殺人メニューには違いないだろうが敢えて風雅は尋ねた。
「何してきたんだ?」
「うん、とりあえず真央スペシャル五セット」
「……よくやってきたな」
『風雅隊長が褒めた!?』
あの鬼の風雅が冷や汗を流すレベルという時点で、相当きつい練習だということは確実。
まだ一度もそのメニューを受けたことがない昴は恐れ多くも修平に尋ねた。
「あの……、真央スペシャルって……」
「……ロードワークの後に筋トレサーキット、それからシャトルラン行って坂ダッシュだ。各本数は聞かない方がいい」
少なくともダッシュだけで二十キロ以上だから……、と青くなる修平に昴は聞かない方が良いと思ったのかコクコクと首を縦に振った。
いずれは自分もやらされるだろうが、知らないなら知らない方が良いに決まってる。
しかし、体を壊しては意味がないと真央は心掛けているため死んではいないと弁明した。
「ちょっと、一応筋トレサーキットは優しくしてるわよ。まだ中学生なんだから筋肉を付け過ぎちゃうと身長が伸びるのを邪魔しちゃうからね」
「その分坂ダッシュを増やしたんだろ」
「テヘペロッ!」
「じゃねぇよ!!」
修平は思いっきり突っ込んだ。ダッシュだけはやらせるだけやらせたらしい。いや、間違いなく鬼のように走らせたと自覚しているようだ。
「まっ、良くやったわよ。なんせ高等部はこのレベルぐらい軽くやっちゃうからね」
「いや、やるのは淳士さんぐらいだと思うな……」
去年、慎司もこの真央スペシャルで死にかけたのは記憶に新しい。少なくとも同じメニューを一ヶ月前にやっていたが、医療戦闘官で良かったと本音を漏らしていたのだから……
そして、各々の介抱により何とか意識だけは戻った一行に真央は最後のトドメを刺した。
「さっ、復活したらストレッチは念入りにね。どう頑張っても高等部に身体の造りという点は負けてしまうから、それ以外は全て勝てるように頑張りましょ」
にこやかに言う真央に、誰もが今後の生存率を考えたことは言うまでもない……
それから何とか復活した中一組はクールダウンを終えた後、いつもより念入りにストレッチと言われた通り柔軟を始めた。
「真理ちゃんって柔軟性高いんスね」
綺麗に前後股割りが出来ている真理に昴は感心した。藍も柔拳のスナイパーということで柔らかいらしいが、豪拳使いでここまで柔らかいのは珍しい部類だ。
ただ、真理がそうなったのも彼女らしい理由からだった。
「そりゃね。豪拳をどんな体勢でも繰り出せないと意味が無いもの。うちのパワーアタッカーは突っ込んで行く奴しかいないからね。それにタイプとしても技巧派のパワーアタッカーがいた方が良いでしょ?」
「そういやそうっスね。皆何かに特化してる気がするし」
パワーアタッカーの雅樹、スピードアタッカーの涼、射撃の天才の藍、弓の名手の蓮、さらには攻撃補助の陸。
これだけその道に走ってしまうメンバーの中で真理が力を発揮しようと考えたのが、技巧派のパワーアタッカーという道だった。
しかし、どうも真理はまだ完全に自分がこれだというものを見つけていなかった。もっとチームの役に立てる何かを見付けたいと模索しているのだけれど……
「まぁ、まだまだ考えないとね。これだってものを見付けたいから」
「それはお前もだぞ、木崎」
「あだっ!」
昴は後ろから修平に叩かれる。しかし、ストレッチの補助はしてくれるらしく、彼は昴の背中をグッと押してやりながら話を続けた。
「だが、特性がないってのはそれだけ形に嵌まってないってことだ。だったら苦手な分野に敢えて手を出すのも良いんじゃねぇの」
それで真理が思い浮かべるのは一つ。彼女が一番苦手とするのは魔力コントロール。そして魔力コントロールがもっとも必要とされてこのチームに必要なポジションと言えば……
「私が医療戦闘官……」
「ああ、確かにいたら助かるが江森は繊細な魔力コントロールがかなり問題だろ。特に慎司さんと同じなんて……」
「ガサツってせめてきっぱり言ってください!! 泣きますよ!?」
既に泣き喚いてるじゃねぇか……、というツッコミはさておき、医療戦闘官になれるほどの魔力コントロールが出来るようになれば、陸の攻撃補助が若干楽になるというのは事実。
なんせ魔力の制限をかける必要が無く、苦無に集中出来るようになるからだ。
「まぁ、木崎は真央が既に考えてるみたいだけどな」
「へっ?」
考えてるのかと昴は目を丸くしたが、それは気の毒だと同情しか出来ない事態に修平はポンと昴の肩に手を置いた。
「骨くらいは拾ってやるから」
「真顔で言わないで下さいっス!!」
昴は大型犬化してドバっと涙を溢れさせた。真央が方向性を決めているということは殺人メニューをこなすということになる。いや、間違いなく死亡確定だ。
そして、その近くで雅樹と陸もまた騒ぎながらストレッチを行っていた。というより、陸が一方的に雅樹を扱いているようにしか見えないが……
「痛ェ〜〜〜!!! 陸っ!! テメェ殺す気か!!」
「雅樹君が固いんです。パワーアタッカーなんですからそれなりに柔らかくないと怪我しますよ」
「逆に怪我するわ!!」
そう喚く雅樹に陸はチラリと苦無を出すと彼は大人しくなった。ただでさえ有り得ない方向に曲げられそうだというのに、これ以上余計な怪我のリスクを背負いたくはない。フィールド外なら尚更だ。
そんな雅樹達の会話を聞いていた真央はノートに書き込みをしながらポツリともらした。
「う〜ん、香川君はさらに柔軟性を……」
「真央、中一組は充分柔軟性に富んでるからあれ以上はやめてやれ」
下手をすれば曲芸師になるため風雅は止めておくことにした。真央スペシャルのあとに柔軟でも扱かれるのは合宿だけで充分だ。
ただし、柔軟性が高いことに関して問題はないため真央はそれなりの対策は付け加えておくことにした。
「まぁ、お風呂上がりのストレッチの時間と勉強時間を伸ばすとして……」
雅樹が聞いたらさぞ卒倒しそうな内容を真央はあっさり言い切ったが、その後に続いた言葉に風雅の表情が引き締まった。
「風雅君、明日から涼君は回転乱打の練習に入ってもらうわ」
回転乱打。その名のとおり回転しながら乱打を繰り出す訳だが、高速体術の烈拳となると手数が倍となり全て防ぐのは至難の技と言われている。おまけに一撃ずつの威力も上級者となればコントロールすることも出来るのだ。
しかし、それには当然問題がある。多くの魔力を消費することと肉体面の負荷だ。特に涼はまだ成長期の途中で身体も小さいため、かなりリスクは高いといえる。
「……教えることは構わない。回転乱打を打てるギリギリの体格と魔力はある。だが、一日何発が限度だ?」
「二発でしょうね。まぁ、成長期だからジュニア選抜までには数も増えるでしょうけど……」
真央はそこで言い澱む。せめてあと十センチ身長が伸びれば、リーチが長くなり攻撃範囲も広がるため身体の負担も楽にはなる。
しかし、元々烈拳そのものを中学生で使うこと自体かなりの魔力を消費するため、監督としては無茶をさせることに躊躇ってしまうのだ。
そんな真央の心境に気付いたのか、風雅はポンと優しく彼女の頭に手を置いた。
「心配するな。あいつは柔じゃないし、ここ一番の度胸もある。それに烈拳の才能は淳士さん以上だってお前の父親が言ってたんだ。だから必ずモノにしてくるよ」
こういう顔を見たら普通の女の子ならその場で卒倒してるわよね……、と真央は思う。鬼やら魔王やら風雅様といった空気が一掃されれば間違いなく絶世の美少年なのだから。
しかし、やはりそんな顔以上に風雅の優しさの方が珍しいため、真央はふぅと溜息を吐き出した。
「……風雅君って本当、時々優しいわよね」
「努力してる奴に対して払う敬意があるからだ。だからお前は監督なんだろう?」
じゃなければ真央でも引きずり下ろす、といわんばかりに微笑を浮かべて、風雅は魔法棟から体育館に戻ってきた杏の元に歩み寄って行きストレッチの補助を頼む。
そして、その場にいつの間にか全員が集まってきて賑やかなストレッチが始まる。
そんな光景を見ていながら真央は改めてこのチームを絶対勝たせてやりたいと思った。
それから十分後、今日の記録を書き終えた真央がホイッスルを鳴らした。
「集合!」
「オウッ!!」
風雅の掛け声で全員が真央の前に集まる。この時のキリッとした空気は何度味わっても杏は感心していた。
ギャップがあまりにも有り過ぎるからというツッコミも入りそうだが……
そして、集合した部員達を前に真央の有り難いお話があるはずがなく、毎回あるのは死刑宣告だ。
「今日はモップを掛けて速やかに下校準備。そして宿題終了後は今週末の合宿について説明するわ」
「えっ? ジュニア合宿はまだ先じゃ……」
「ええ、そっちはね。だけどうちの新入生歓迎合宿はまだだったでしょう?」
サーッと血の気が引いた。この前が新入生歓迎会だったというのに、今度は歓迎したくない合宿があるという。
しかし、合宿だというのに中二組の表情はいつもよりは明るかった。
「心配するな。練習は逆にきつくない」
「えっ?」
風雅の言葉に中一組は目を丸くした。合宿とは地獄に堕ちることだと聞かされ続けて来て、きつくないと聞けば疑問付しか飛ばない。
それに対して、去年の真央主催の新入生歓迎合宿を二軍で受けていた修平と駿は簡潔に説明した。
「まぁ、ロードワークはいつも通りだし、マット運動も倍にはなるんだけどね」
「ああ、何故かマットだけは合宿バージョンだけどな」
楽だと言っても基礎だけはきっちりやるのは変わらないらしく、真央はキラキラした笑顔を浮かべていた。
やはり地獄に片足だけは入れなければ合宿にはならないらしい……
「だけど真央を信じて参加したメンバーが今の一軍の主力選手であり、ジュニア選抜のメンバーであり、さらにはCROWNやEAGLEに入った高一組だよ」
「因みに俺や駿の才能は真央が見抜いたからな」
それまでジュニアクラブでもそこまで有名じゃなかったから、という二人が中一組にとっては信じられなかった。
去年、団体戦とはいえ中一組は全国大会で優勝してるのだ。しかし、修平達は軽くその上を行ってるように見える。
いや、今日みたいな練習に毎日耐え抜いてたら超えられてるのが当たり前なのかもしれないが……
「いい? この合宿は自分の特性を知ることよ。いわば真理ちゃんと木崎君、二人にとっては良いチャンスじゃないかしら」
それに真理と昴はトクンと鼓動が一つ鳴った。自分の特性が出来るというのはそれだけ嬉しいことなのだ。
そして、真央も現時点である程度の方向性は既に見出だしている。真理にいたっては誰もが考えつかない役割さえ果たせるのではないかと考えているぐらいだ。
ただし、この二人の才能はかなり幅広いものですぐ一つに絞らなくても良いのではないかと踏んでいる。
なんせ、駿のオールラウンダーという数少ない才能の持ち主も実在しているのだし。
だが、これだけは監督として言っておかなければならない。真央はいつになく真剣な声で言い切った。
「全てはチームのために何が出来るか、それを踏まえて方向性を見付けることが目的よ。だから一人一人がしっかり考えてね。じゃっ、今日はここまで」
「ありがとうございましたっ!!」
こうして一日の練習は幕を閉じた。
しかし、平穏なという言葉がこの日には付け足されなかった。杏と中二組が体育館から出た後、五人の琴線に引っ掛かる魔力を感じ取ったのである。
ただ、中二組は慣れているのか、全く慌てた様子は無いのだけれど。
「……久し振りだな、数は八ぐらいか」
「へええ、修平も成長したわね。現時点では正解よ」
去年までは探知能力なんてほぼ無かった修平の成長に真央はニッコリ笑った。それに対して修平は眉間にシワを寄せるが、杏の魔力が若干乱れたことで中二組は立ち止まった。
「杏ちゃん、大丈夫?」
「はい……、平気です……」
駿の問いにも顔色が優れない。これは三条に絡んでいるかもしれないと感じた風雅は少しでも落ち着かせてやろうと、フワリと杏の頭を抱え込んで撫でてやった。
「杏、心配するな。俺なら一瞬だろう?」
「……はい」
それは信じている。相手の力量も風雅一人で片付けられるレベルだと思う。だが、気になることがあるのだ。この感覚はまるで……
そんな杏の不安を感じ取ったのと後輩をあまり危険に晒したくはないと思うのか、修平は体育館に戻り大声で命じた。
「全員ダッシュでモップ掛け! さっさと帰るぞ!」
「はっ?」
いきなりなんだと昴は呆けた声を出せば、陸にポコンと後ろから殴られる。どうやら昴は感知能力は低い方らしい。
とはいえ、この気配の消し方は魔法議院クラスの者達ではあるのだけれど。
「いいから修平先輩の言うこと聞いて下さい。君が死ぬのはともかく、杏さんに万が一のことがあっては困ります」
「陸ちゃんヒドイッスよ!!」
「良いから駄犬! 殺されたくなければさっさと走りやがれ!!」
そう修平は怒鳴りつつも、結局片付けに加わるあたり彼は面倒見が良い。
どうやらそれなりに警戒しなければならないと中一組は察知しつつも、久々の実戦があるかもしれないと口元は緩んでいたのだった。
それから全員が正門前に揃っていつものように賑やかな下校が始まるが、全員の気は決して緩んでいなかった。
複数の視線が未だに離れないところから考えて向こうはタイミングをはかっているように思える。ただ、こちらを殺す気はないようだ。
「修平……」
「ああ、仕掛けるか?」
倒せないレベルではない。しかし、ここで騒ぎを起こせば近所迷惑にしかならないメンバーしか集まっていないのだ。おまけに雅樹辺りは物を壊しかねない。
そうなるとやはり戦える場所は一つだけ。真央は静かに指令を下した。
「……冴島邸に着いたら仕掛けて。駿もいける?」
「うん、任せといて」
寧ろいきたくて堪らないという表情はさすが魔法格闘技部所属といったところ。そんな頼もしさに真央は内心クスリと笑った。
「蓮、お前はすぐに杏を守って家に入れ。いいな」
「はい」
風雅の命令に蓮は力強く答えた。攻守ともに優れている蓮になら杏を安心して任せられると思ったのだ。
ただし、その会話を聞いていた中一組は、蓮には桜がいるから任せるんだ……、と思う訳だが。
そして、もう一つの不安要素はどうかと陸は心配してるかどうかも怪しい言葉を昴にかける。
「昴君、腰を抜かすとか止めて下さいね」
「てか、助けねぇから」
「二人ともヒドイッスよ!!」
あまりにも冷たい陸と雅樹に昴は大型犬化して泣き喚いた。この分なら身体が固まることはないと一行は放置を決める。
そんなあまりにも酷い扱いに昴は真央に泣き付いた。
「真央監督〜〜!!」
「話しかけないで」
ピリッとした空気に昴は息を飲む。それは中一組も同じでこれほど真剣になった真央は初めて見た。全身に纏った見えない魔力は敵を観察するもの。
いや、これは観察だけでは無いと悟り昴は修平の方を見れば、彼は坦々とその能力を説明してくれた。
「CROWNのボスと同じ絶対記憶。その戦場にいる相手の身体能力から魔力まで感じ取って記憶、そこから最善の策を立てるのが真央の能力だ」
「すごいっスね……」
陸から聞いたがこちらを見てるのは軽く十人は超えてるらしく、それを全て感じ取って記憶し、さらには最善の策まで立てられる者は魔法議院でも有能な戦闘指揮官にしか出来ないことらしい。
しかも、魔法覇者である淳士でもそれは不可能だというのだからいかに真央が優れているのか分かる。
ただし、CROWNのメンバーからいえば「出鱈目だから作戦がなくても勝つ時は勝つ」という男ではあるのだけれど……
それから数分で全てを記憶した真央は一行に命令を下した。
「修平、右後方に二人いるからそいつ等を一気に始末して。駿は左後方の二人ね。香川君と涼君は飛び道具に特化してそうな二人が前方にいるから、小原君の攻撃補助を受けながら仕留めること」
相手の特性まで完璧に感知してるのかと思う。つまりそこまで強い相手ではないと中一組は感じたが、油断は禁物だと風雅の視線に刺されて気を引き締め直した。
「藍ちゃんと真理ちゃんは小原君の周りを固めておいて。敵が隠れてるはずだからそいつらが出てきたところで仕留めること。風雅君は月眼は禁止、それで敵の大将を生け捕りにして」
つまらないと風雅は思った。油断はしないが、魔法議院の戦闘官クラスで月眼を発動させない大将ではたかが知れている。
そんな奴らが何故自分達を襲って来るのかと疑問には思うのだけれど……
「東條君と木崎君は杏ちゃん守ってすぐに家に入りなさい。特に木崎君、反撃しようなんて馬鹿は止めなさいね」
「結局反撃なしっスか!?」
「ええ、杏ちゃんの盾になりなさい」
「任せろっス!!」
それで喜べるんだ……、と一行は心の中で突っ込んだ。まぁ、杏に懐いている昴の死に方としては本望なのかもしれないとさらに陸は付け足しているが。
そして、冴島邸の門を開けて玄関までの長い道程の途中で一行はピタリと止まると、彼等は荷物を地面に投げ出して魔力を開放した!
「いくぞっ!!」
風雅の声で先手必勝と全員が動き出した! 修平は一気に後方へ飛び上がるとトンファを換装して殴り掛かり、剣とトンファの澄んだ金属音が響き渡る!
「技拳使いか!!」
「だけじゃねぇよ!!」
グッと空を蹴って若干の間合いを取った後、修平はトンファを高速回転させて雷を纏わせ、強烈な一撃を繰り出した!
「ぐううっ……!!」
魔力を纏って感電だけは避けた。しかし、中学生だとは思えない魔力に戦闘官はきつく唇を噛み締め、もう一人も雷の性で近付くことが出来ない。
「雷属性か……!! リーチをそれで補ってくるとは……!!」
「補うだけじゃねぇよ」
「なっ……!」
バチッと上から音がしたかと思えば黒雲が立ち込めており、そこから二人に落雷が直撃した!
「雷は落ちねぇと意味ねぇだろうが」
さも当然だというように修平は次に行こうとしたが、そこでゾクリとする魔力を感じた。この強さは風雅の倍以上だが、淳士や慎司達のものではない!
一方、それを感じたのは駿も同じだった。修平と同じように二人を始末した後、やはり自分の特性の性か早くも増援が出てきてしまったようだ。
無理もないと言えば片付く問題。なんせ炎を出したかと思えば風を出し、水を出したかと思えば雷まで繰り出されるのだから。
「オールラウンダーが……!」
「そっ! とはいっても高等魔法は少ししか使えないけどね」
そこだけは残念だけど、と駿は笑った。オールラウンダーということで全属性の魔法を自由に使うことが出来るが、高等魔法となると話は別らしくやはり術者のレベルはあるらしい。
例を挙げるなら、風雅の月眼や杏の治療魔法といったところか。
そんな駿の戦いぶりを陸を固めていた藍と真理は感心して見ていたが、陸が涼と雅樹の攻撃補助をしているのに気付いた隠れている敵がこちらに殺気を放ち始めたのを感じた。
「茂みに二人って感じかしら」
「みたいだね。真理、りっくんをよろしくね! 私が片付けて来るよ」
「いや、行かなくて良い」
「えっ?」
聞こえてきた低い声に、藍は銃に手を掛けようとしたが止められた。いや、止まるという選択肢以外は用意されてなかったといった方が正しい。
三人の目の前に現れた大男は幼い頃に数回会ったことがある。ただ、直接面識があった訳ではなく、淳士を時々深夜遅くから朝方まで鍛え上げていた人物だと認識しているレベルだ。
何より、一桁の年齢でこの大男ははっきり言って泣き出すほど恐いと自分達は部屋に篭っていた記憶の方が残っている訳で……
「ったく、全員掛かりなら中二組がもう少し早くアタックを掛けて敵を始末しろ。真央が指揮執ってんなら尚更だ。まぁ、真央もまだ戦闘指揮官としては甘いがな」
「っつ……!」
真央に対して甘いと言える命知らずは多くはない。事実、魔法学院のコーチ陣より真央の指導の方が数倍上手だとこの大男でも認めているぐらいだ。
それから大男は真央の傍にいた風雅を視界に捉えると、面白くなったといわんばかりに口角を吊り上げた。
「風雅、お前も行かなくていい。俺が始末するから真央を守っとけ」
「ラジャー」
風雅がすんなり命令を聞くこと自体かなり稀だが、この大男にはそれだけの権利と尊敬すべき点がある。寧ろ敬意を払わない理由がないといったところか。
そして、大男は茂みの方に鋭い視線を送り一言呟いた。
「大将はあいつだな」
「なっ……!」
正に一瞬。瞬きする暇もなく一行に襲い掛かってきた大将格のもとに大男が威圧感たっぷりに目の前に立っていたのだ!
「み、水っ……!!」
大将格の男はその場で腰を抜かした。もはや声すら出すことを許されず、見開いた目にはゆっくりと大男の手が動き首筋に触れられた瞬間に意識が途切れた。
そして、弱い奴だと思いながら大男はサングラスを外し、背中にCROWNと書かれたジャケットの胸ポケットにそれをしまうと一つ溜息を吐き出して告げた。
「全く、バカがうちのガキ共に手ェ出すんじゃねぇよ」
CROWN戦闘指揮官、水庭優がそこに現れたのである……
お待たせしました☆
春って何でこんなにドタバタと過ぎるんだろうと、日々多忙な緒俐です。
まぁ、来月は少し落ち着くので、小説ももう少し書けるかなぁと。
本編は真央の父親でCROWN戦闘指揮官の水庭優がついに中学生御一行と接触します。
それなりに面識はあるみたいですが、面識のない杏や昴とはどんな会話を繰り出すやら。
では、今回も小話をどうぞ。
〜中等部の日常〜
桜「蓮さん、中等部って大変なんですか?」
蓮「そうだね、生活自体は充実してるけど……」
雅樹「おい、何だよその溜息は」
蓮「大変な原因の一つはこいつだな」
雅樹「どこがだよ」
桜「雅樹さんなら授業サボってるとか?」
雅樹「サボんねぇよ。サボったら風雅隊長が……」
桜「ごめんなさい……」
蓮「まぁ、寝てはいるが」
雅樹「お前も一々答えるな」
蓮「だが、犬達や狐や癒しの兎と過ごしてると時間なんてあってないようなものだしね」
雅樹「陸と昴、藍は分かるがウサギ化した杏に問題……、スマン」
桜「えっ? どういうことですか?」
蓮「うん、杏は悪くないんだ。だが、杏に近付こうとする男共のリストを作成して風雅隊長に渡さないといけなくてね……」
桜「はい??」
雅樹「ついでに昴は死刑確定、修平先輩は副主将じゃなければ……」
桜「何だかごめんなさい……」
蓮「うん、気にしないで。桜ちゃんも来年入学するからさ……」
雅樹『おいおい……』