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CROWN  作者: 緒俐
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第十六話:大変なのは誰

 翌日、練習時間を減らすかわりにマット運動にトランポリンまで追加され、あげくの果てに筋トレサーキットを通常の三倍時間制限付きとされた一行は練習が終わった途端死にかけていた……


「杏……、みずっ……」

「いや、もう……、液、体なら……」

「……」

「陸ちゃ〜〜〜んっ!!」


 瀕死、それ以外の言葉はない。陸に至ってはやり切っただけでも褒められるほどで、ピクリとも動かなくなっており、昴が慌てて杏の下へと運んで来たほどだ。


 だが、全員がへばるレベルの練習を汗は掻き、若干息切れはしているものの、水分補給であらかた回復した風雅はタオルで汗を拭きながら情けないと全員を見下ろした。


「だらし無いな、この程度でヘバるとは」

「そうね、せっかく皆がやる気を出してくれたから筋トレサーキットを倍にしたのに」


 楽しそうな表情でも残念そうに言う真央はともかく、やる気を引き出された元凶に文句の一つでも言ってやりたいが中一組はそれどころではない。


 だが、修平はまだ何とかなっているのか、息を切らしながら風雅に抗議した。


「ゼェゼェ……、風雅テメェ……、俺の鉄パイプ重くしやがったな……!」

「ああ、腕力いるだろう?」

「限度を考えろ!! 危うく潰れるとこだったわ!!」


 ただでさえ昨日は真央監督の監視の下、腕立て伏せを約二千回させられたのだ。たとえ昨夜にマッサージをしても疲労は残る。


 そんな副主将に歩み寄って行き、風雅は容赦無く核心を突いてやった。


「そのくらいで音を上げてるならまだまだだな。CROWNには怪力自慢がいるのに既に負けを認めてるようなものだ。まぁ、負けたいなら練習メニューを減らして降格させるけどな」


 それだけ言われたら充分だった。修平の利点は落ち着きのある常識人でもかなり負けず嫌いだということ。

 しかも天才達に差を付けられることが嫌いで努力を惜しまないからこそ強くなるのだ。なので筋力が足りないのなら真央に頼むことは一つだけ。


「真央っ! 来週のメニュー、俺は」

「分かってるわよ。マット運動は三倍にしておくから安心して」


 ハートマーク付きのメニューに修平ずっこけた。普通、ここは筋トレメニューを増やすべきなんじゃないかと思うが、何故かいつも増えるのはマット運動かスタミナ強化練習だ。


 しかし、メニューに関しては文句を言えないので渋々といえどもそれを了承することになるのだけれど。


「あと来週、二年生と木崎君のメインは小原君との連携。攻撃補助に慣れておかないと来月の練習試合で泣きを見るからね」

「陸ちゃ〜〜んっ!! よろしくお願いするっスよ!!」

「アホっ! 抱きしめんな駄犬!」


 死にかけている陸を思いっ切り抱きしめた昴に雅樹が制裁を加える。こんなことで陸に死なれてはたまったもんじゃない。ただでさえ子犬なのだから……


 だがそれを全く気にすることなく、真央は重要なことでも坦々とした口調で話を続けた。


「小原君は分かってると思うけど、風雅君はもちろん修平達の動きは一年生より速いわよ。だからあの高速苦無を出し続ける必要性があるから、魔力のコントロールはより綿密にね」

「はい……」


 確かに速い、たった一週間で中二組のスピードはかなりのものだと理解出来た。

 おそらくこの一週間、基礎練だった理由は彼等の動きと速さを自分に予測させるためにも取られていたはずだ。

 いくら攻撃補助といっても制限だけでは意味が無く、彼等の動きを疎外するようでは自分はまずスタメンに入れないだろうから……


 しかし、陸との連携があるということは……、と雅樹でも予測出来たらしく、彼は真央に尋ねた。


「んで、来月の練習試合って何処とやるんだ?」

「やっぱり海宝じゃない? ライバル校なんだし」

「そうだな、ジュニア選抜までCROWNと試合をする可能性が低いならモチベーションを保ち続けるのは困難だ。ライバル校は必ず必要になる」


 真理と蓮の意見に妥当なところだと杏も思う。海宝なら風雅の練習相手が数人いるからだ。


 この一週間、冴島邸で全員が各々の部屋に戻った後、杏は片っ端からいろいろな中学、高校の魔法格闘技の試合をDVDで見たが、正直中学で相手になりそうなのは海宝ぐらいなものだった。

 もちろん、今年の新人で中一組のようなメンバーが揃った中学が出て来ると話は別なのだけれど。


 しかし、期待を裏切ってすまないといわんばかりに真央はあっさり爆弾を落としてくれた。


「残念だけど海宝とは合宿まで練習試合を組んでないのよ。まぁ、とりあえず魔法学院高等部で我慢して」


 時間が止まった。いや、止められた。脳裏に浮かぶ猛者達とトドメは冴島淳士の顔で若干、風雅は青筋を立てるが。


「い、い、いきなり兄貴達かよ!!」

「てか、冗談抜きで勝てるか!!」

「さすがに無謀過ぎると思います」


 戦いたいとは思う。しかし、勝てるかといえば実力が及ばないことは重々承知。慎司と風雅で何とか互角でその上に何人猛者がいるのかも分からない。風雅が思い浮かべるだけで少なくとも軽く三人はいる。


 ただ、無謀なだけじゃないなら問題ないと真央は返してくれた。


「分かってるわよ。だから最初は二軍と練習試合を組むことにしたのよ。まぁ、慎司さんあたりが入ってくるかもしれないけどね。なんせ医療戦闘官だし」


 CROWNに医療戦闘官は少ないし、とこれもあっさり答えるが、基本、医療専門はいても医療と戦闘を両方熟せるものは少ない。

 しかし、CROWNには医療部隊が出来るほど医療戦闘官が何故か集まるのだから不思議だ。


 そして、冴島慎司の名前を聞けば表情を変えるのが中二組。昨年、魔法格闘技部の主将だった彼を止める対策は自分達の仕事だと分かっているからだ。


「大将が慎司さんか……、確かに淳士さんよりは勝てる見込はあるな」

「まぁ、慎司さんとは一年間練習して来た仲だし動きもまだ予測出来るね」

「んじゃ、今日の夜から研究な。杉原、お前も付き合え」

「はい、かしこまりました」


 中二組の話は早い。基本、相手が強かろうが弱かろうが相手を研究することを怠りはしない。ただ、特に相手が自分達より格上となるとその研究熱が加速するのだ。


 そして、そんな研究に杏も入れてもらえることがとても嬉しかった。今夜は自分が大切な人達のためにハーブティーをいれたいと思う。


「さて、そろそろお前達もモップをかけろ。今日はマッハで綺麗にしておけよ」

「しゃあねぇーな。二階のカーテンぐらい閉めといてやるからさっさとかけろよ」

「杏ちゃん、洗いもの手伝うよ」

「はい、ありがとうございます」


 スポーツドリンクのタンクを受け取り、杏と駿は魔法棟ヘと向かう。この一週間で思ったが、どうも杏と駿はどこか似たところがあるのか本当の兄妹のようだ。


 ただ、修平や中一組が近付こうものなら月眼を発動しかけたというのに、どうも駿に対しては警戒する必要がないらしい。


「風雅君、杏ちゃんを追わなくていいの?」

「ああ、駿ならまず手を出さないし、今から杏を独占してたら明日には」

「それ以上は言わなくて良いわよ。というより、顔緩んでるから引き締めて主将」

『あれで緩んでるのか!?』


 その場にいた全員が心の中で突っ込んだ。どうみても何か企んでるぐらいにしか見えないのだが、緩んでると見破れるのはやはり真央監督だからなのか……


 そして、指摘されれば口元の緩みだけは確かに引き締まったらしく、風雅は風雅隊長へと移行して蓮にもっともな指令を出した。


「それより蓮、桜を待たせず早く着替えて正門まで行け。分かってるだろう」

「そうですね、モップは雅樹君と昴君がマッハでかけてくれますから」

「ああ、すまないな」

「ふざけんなっ!」

「ひどいっス!」


 しかし、二人の抗議も当然聞き入れてもらえるはずもなく、それどころかマッハでモップかけをやらされたことは言うまでもない……



 正門の前で一行を待っていた桜は私服ということもあるのか、部活帰りの学生から注目を浴びていた。

 しかし、実際のところは彼女の容姿がとても可愛らしいということに気付いてはいない。


 だが、こういったチャラいを通り越した奴らを五人も引き寄せたくないのは世の女子の共通認識に違いない。


「君、凄く可愛いねぇ〜、魔法学院の生徒かな?」

「俺達今から遊びに行くんだけどさぁ、一緒に行こうよ」


 小学生に何の用だろう……、と桜は嘆息しながらもランドセルを背負ってないのだからギリギリ中学生に見えてるのかもしれないと思う。

 それに目の前にいるのもガラの悪い中学生といった感じなのだから歳としては声をかけやすいんだろう。


「兄達と待ち合わせてるので付き合いたくありません。烈拳を叩き込まれたくなければ消えてください」


 これは桜なりの優しい警告だった。


 けっして桜が烈拳を繰り出せるわけではないが、彼女も魔法格闘技部のマネージャーを務めるつもりなのだから、ある程度戦うことは出来る。

 寧ろ兄に慎司がいるという点からも、彼女が医療戦闘官としての才能があると察することも出来る。


 だが、見た目が可愛い少女ではそれは威圧にもならず、ナンパ少年達はヘラヘラと笑うだけだった。


「烈拳なんて恐いね〜」

「だけどアレって魔法格闘技部でも出来る奴が少ないんだろ?」

「君には無理じゃないかなぁ?」


 確かに自分は無理でも今から来る兄が使えますけど何か、と桜は突っ込みたいが我慢する。

 ここで焚きつけてしまえば、あとから色々面倒なことになって杏と遊べない上に、下手をすれば風雅の機嫌も被害者まで出て来るほど最悪な状態になる。それだけは御免だ。


「まぁ、俺達は優しいから怖がんなって」

「あとから気持ち良いこといっぱいしてあげるしさ」


 だったら天国のお花畑でも見せてやろうか、と桜の手が動いた時、彼女の後ろから白馬の王子と言っても否定する者がいない美少年が颯爽とやって来た。


「彼女に何の用だ?」

「蓮さん!」


 桜はパアッと表情を明るくした。まるで自分が少女漫画の主人公のような錯覚を覚えるほど、蓮は桜にとって昔から王子様だ。


 もしもこれが他のメンバーだったらもっと違う属性のタイプになるので、敢えてコメントを差し控えさせてもらいたくなるらしいが……


「なんだテメェ!」

「やんのかっ!?」

「やめておけ。俺は魔法格闘技部の一軍だ。うちが強いことは知ってるだろう」


 魔法学院というだけでその名は知れ渡っているのに、一軍となると中学生といえど相手を動揺させるくらいのことは出来る。

 それに蓮はあくまでも常識のある方。学校の正門で堂々と相手を殴り飛ばす真似はしない。


 だが、それに付け込んで来る頭だけはあったのか、ナンパ少年の一人が笑いながら切り返してきた。


「ハッ、こんなところで暴力沙汰になったらこれからの大会は出場停止だろう?」

「なる訳無いだろう。正当防衛って言葉も知らないのか?」


 知らなくてもおかしくない顔はしてるけど、と内心で付け加える。


 しかし、いつまでもこんな奴らに付き合ってられないので、ここは桜を連れて教師にでも引き渡しておくかともっとも妥当な行動をとろうとしたが、次の言葉でまさか硬直するとは夢にも思わなかった。


「こっちには権力があるんだよ。一之瀬グループって知ってるだろう? 俺達はそこの重鎮の息子だからな、犯罪の一つくらい揉み消せるんだよ」


 その瞬間、蓮と桜の顔色は一気に青くなった。出来れば権力を語る上で聞きたくないグループ名だ……


 一之瀬グループといえば数々の名の付く企業を従える日本経済界の代表格だが、二人が顔を青くした理由はその権力を知っているからではない。

 寧ろ、二人ともかなりの名門出身なので権力に屈する身分でもない。


 そう、問題は「一之瀬」という苗字を持つ人物の恐ろしさを知っているからだ。


「……桜ちゃん、俺は戦わなくて良いかい? 気の毒になりそうだ……」

「はい、風雅隊長に知れたら……」

「桜っ!」


 涼の声に振り返れば、ドタバタと走って来るのは友人達がいる。至って普通の反応でもこんな時だけは若干シスコンが入るのが親友らしい。


 ただ、この現場を冴島家の兄二人が見れば今頃全てが片付いていたのだろうけど……


「大丈夫か!? 変なことされてないか!?」

「うん、何もされてないんだけど涼お兄ちゃんも何もしないで欲しいな」

「へっ……?」


 何とも間の抜けた返事だが、蓮が溜息を一つ吐き出して涼の肩にポンと手を置くと、その理由を簡潔に答えた。


「涼、お前も手を出すんじゃない。あいつら一之瀬グループ重鎮の息子だってさ……」

「おい……、それってマズイ……!!」


 という時には既に遅かった。怒れる友人が五人、しかも全員こういうことに関しては普段の十倍は血気盛んとなる。

 特に藍は大好きな涼の可愛い妹という感情までプラスされてるので、白銀の二丁拳銃まで換装しているほどだ。


「テメェら、人の妹分に何してんだよ」

「全くっスね、良い度胸してるじゃないスか」

「陸、制限かけないでよ」

「はい、寧ろリミッターを外して排除します」

「というより、桜ちゃんに手を出すなら撃ち殺すわ」


 涼が止めようとする前に他の中一組が踊り出た。うん、そこは激しく遠慮願いたかった……、と涼は思うが、ゴキゴキと首や指を鳴らしてる上に苦無や銃が出て来るともう止めることは出来ない。


 だが、さらに追い撃ちをかけるメンバーが登場した。


「おい、お前ら何してんだ?」

「修平先輩、こいつら桜ちゃんに手を出そうとしたの!」


 いや、もう焚き付けないでくれ……、と思うがそれを聞いた面倒見の良い先輩二人が黙っているはずがない。鞄を地面に置いてゴキゴキと骨を鳴らす。


「ハッ、うちの未来のマネージャーに手を出すとはふざけた真似してんな」

「そうだね。さて、どうしようかな」

「排除に決まってるだろう」


 カオスが来た、もう全てが無理だと思った。まるで壊れた機械人形のように涼は後ろを振り返ると、そこには杏と真央を後ろに下げ、一瞬のうちに状況を理解していた魔王も霞む人物の名を呼んだ。


「ふっ、風雅隊長……!」

「全員下がれ」

「はいっ!!!!」


 さっきまで血気盛んだったメンバーは一瞬のうちに風雅の後ろに回った。魔力で分かる。間違いなくナンパ少年達の運命は決まった!


 そんな部員達の並々ならぬ統率力にナンパ少年達も若干怯んだが、やはり権力者の息子という立場が彼等の口を動かした。


「おい、俺達は一之瀬グループの……!」


 言う前に覇気が叩き付けられ彼等は膝を折る。幾度も弱者に対して喧嘩を売って全てを手に入れてきた彼等にとって、全国クラスの猛者の覇気は強烈過ぎた。


 だが、それを見ていた真央は一つ溜息を吐き出してトドメの一言を刺す。


「あんた達ね……、一之瀬グループとかいうなら一之瀬風雅の顔くらい知っときなさいよ……」


 そう、数多くの頂点に君臨する男、それが一之瀬風雅だった。そして発動される月眼……


「消えろ」

「ぎゃああああっ!!」


 その後のことは語らない方が精神衛生のためになるのは言うまでもない……



 それから学校をあとにした一行は昼時で部活後ということもなり、とりあえず腹ごしらえという流れになった。


「腹減ったなぁ……」

「もうお腹すいたぁ〜」

「小原、お前は特に食えよ」

「善処します……」


 陸の顔からサァーっと血の気が引いた。陸も部活後は確かに空腹にはなるのだが、他のメンバーのように大量に食べられるかといえばそうじゃない。寧ろ少食なので体格が小さいといってもいい。


 ならばどこに行くかとなるとやはり杏中心となるのか、風雅は中学生にしてはとんでもない提案をしてくれるわけである。


「杏、ホテルと老舗料亭、どっちが好きだ?」

「一般的な中学生が行くところにしろ! お前のレベルは大人の上流階級クラスしかいかねぇよ!!」

「そうか? 少なくとも蓮や涼達は普通だと思うが」


 それには誰も言い返せなかった。まさに三人とも名門出身でありホテルや老舗料亭は行き慣れている。

 ただし、三人ともどちらかと言えば家庭料理の方が好きらしいが。


 しかし、こっちは一般庶民なんだよという修平はとなりを歩いている駿の胃袋を考えれば、絶対譲れない条件があった。


「食欲大魔神がいるからな、絶対バイキングだ! こっちが破産するわ」

「うん、俺もそうだと助かるな」


 バイキングと聞いて目を輝かせる食欲大魔神こと駿だが、真理はどう見ても体型からしてそこまで食べるとは思えない駿に目を丸くして尋ねた。


「えっ? 駿先輩ってそんなに食べるんですか?」

「そうだね、寮だから少し我慢してるけど、出来れば朝からカツ丼三杯はいきたいかな」

「中々ヘビーですね……」


 朝からカツ丼三杯と聞いただけで真理は胸やけを起こしそうだが、成長期の男子というのはどうも凄いらしい。


 そういえばあいつも朝からよく丼茶碗で食べてたっけ……、と今はここにいないチームメイトの顔が真理の脳裏に過ぎる。

 ジュニア選抜のことを風雅から聞いているらしいが、雅樹に負けないためにももう少し鍛えてから戻ると言っていたが……


「でも、クラスの皆がお菓子を持って来てくれるから何とかもってるよ。風雅や修平も奢ってくれるしね」

「まぁ、バレンタインデーとかは風雅のチョコレートが横流しされてるからな」


 バレンタインデー、そう聞いただけで風雅は俊敏な動きで杏の両手を握り、それは真剣な目で杏に告げた。


「杏、そういうことだからバレンタインデーは気にしなくて良いからな。俺は杏と桜達以外のものは食べないから」

「は、はい……」


 既に杏からのチョコレートは貰えることが決定なのか……、と一行は思う。

 もちろん、渡さなければ周りにいろいろ支障が出てくるため、杏には生贄になってもらわなければかなり困るのだけれど。


 そんな風雅に真央はやはり監督の権限が聞くのか、もっともな理由で彼の暴走を食い止めた。


「風雅君、バレンタインデーの前にまずは杏ちゃんのお昼ご飯が先。会話は食事中になさい」

「それもそうだな。まぁ、そんなに腹が減ってるならうちの系列で食べさせてやる。駿でも何とかなるだろ」


 真央って凄い……、と誰もが感心したことは言うまでもない。



 ホテルのバイキングを貸し切りにする中学生はおそらく風雅くらいだろうが、前もって連絡をしていたにも関わらず、欠食児童の食欲は凄まじかった。

 ある意味、ホテルを選んで正解だったということだろう。


 しかし、杏にとってはかなり萎縮する環境らしく、普段も細い食がさらに細くなってることに連は気付き、彼女が次の皿に食事を容れに行ってる時を狙って声をかけた。


「杏、そんなに遠慮するな。代金は全て風雅隊長持ち、いや、一之瀬グループ持ちだ」

「蓮君……」


 杏の声に元気がなかった。元々他のメンバーと違って騒ぐタイプではないが、どこと無く何か抱え込んでいるように見えた。


「どうした、あまり馴染めないか?」

「いえ、寧ろこんなに良くしていただいて恐縮しています。ただ、少し戸惑ってしまうんです」


 そう告げて悲しく笑う杏に、蓮は彼女の気持ちを少しだけ理解することが出来た。


 つい数週間前まで杏の環境は辛く過酷ななものだった。唯一、学校では昴が気にかけてくれたぐらいで遊びに行くのも義姉ぐらいしかいなかった。

 それがこの一週間で大きく変化し、どちらかと言えば光の世界で生きてきた自分達と過ごしていれば戸惑うのは無理もないことだ。


「そうか。だが俺としては杏がいてくれてとても助かるよ。二人でここからあいつらのバカ騒ぎを見るのも悪くないだろう?」


 俺一人じゃあいつらは手に負えないからな、と苦笑する蓮に杏はふんわりと笑い返した。


 昔まではあの騒がしさが羨ましく、何度も孤独が杏に襲い掛かっていた。しかし、今見ている彼等は同じようで同じじゃなく何より温かい……


 だが、そんな二人の雰囲気を黙って見ている風雅様はこの世に存在するわけがなかった。


「蓮、いつまで杏を占領する気だ。お前には桜がいるだろう」

「なっ……!」


 寧ろ、桜を好きだと知らなければ確実に消していたという表情だが、彼女のことを指摘されて蓮は顔を赤らめるだけだった。

 こういうところだけは本当に年相応、いや、下手をすれば純粋過ぎるという評価に値する。


 しかし、その反応さえ見れたら死刑は執行するつもりはないらしく、さっさと散れといった意味合いを込めて風雅は提案した。


「分かったら早くハーブティーでも入れて戻ってやれ。それとあいつらの面倒も見てこい」

「……分かりました」


 あとは頼みます、と蓮はその場をあとにした。そして、桜のことを出された杏は申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「桜ちゃんに申し訳ないことをしましたね……」

「ああ、気にするな。バイキングに来た時の桜は蓮より料理の研究だ。ここの料理は余計な油分は落としてあるからな」

「そういえば穀類や野菜がふんだんに使われてますね。合宿の時の参考になります」

「まぁな。食事もあいつらには練習の一環だからな」


 そういえばさっきまで陸の口に食事を突っ込んでいたような気が……、と思うが触れないでおくことにした。

 さすがに青くなっていたため、これ以上その危機に直面してはかわいそうだ。


 だが、風雅はそんな事よりも話したいことがあった。なんせ、誰よりも杏を見ているのは間違いなく自分だからだ。


「それより杏」

「はい」

「俺にもっと話せ。出遅れた俺も悪いけどな」

「えっ……?」


 どういうことかと尋ねる前にギュッと抱きしめられる。こんな場所で何をしてるんだと思うが、一行は騒いでいるのと命が惜しいメンバーしかいないので素知らぬふりを貫き通していた。


 そして、風雅は一つだけ溜息を吐き出して続けた。きっとこの嫉妬心には気付いていないだろうと思って……


「全く、蓮以外の男に相談してたらそいつのメニューが十倍になるところだったぞ」

「それは……」


 やめていただけると……、と続けたいがさらに強く抱きしめられて何も言えなくなる。


「俺はここにいる」

「えっ?」

「ずっと杏の隣にいるから、杏からいなくなるんじゃないぞ」

「……はい」


 月の光のように優しい人。きっと誰もが彼をそうではないと評するだろうが、杏にとってはまさに風雅がそれだった。

 ただ違うというのなら、彼が抱きしめてくれる腕がとても力強いということだろう。


 そして、そんな二人を見慣れてはいるのだが、絶対触れるなというばかりの雰囲気が残りのメンバーの間では繰り広げられていた。


「うぅ〜〜!! また風雅隊長に杏ちゃんがぁぁぁ!」

「駄犬泣くな。まぁ、飯をしっかり食ってるのだけは褒めてやるけどな」

「修平先輩〜〜〜!!!」


 せめてそれぐらい褒めてやらないと本当に不敏でならない、と滅多に同情することのない修平が隣に座る昴に優しくなるほどあの二人の空気は甘い。


 おそらく、杏に対するアフターフォローも自分に降り懸かって来るのだろうと予測した修平はサイコロステーキの旨味は感じながらも内心、それは深い溜息を吐き出した。


「まぁ、監督としては杏ちゃんに生贄になってもらった方がメニューの意見も受け入れてもらうのが速くなって助かるんだけどね」

「おい、まさか風雅の機嫌で……」

「そうよ。増えるのは大歓迎だけど、今日なんてちょっと減らされちゃったのよね。杏ちゃんと早くデートしたいからって」


 あれで減らしてたのかよ……、と中一組は思う。それは去年も彼女のメニューを熟してきた修平と駿も同じらしく、今以上増えたら自分達はジュニア選抜に出る前に消されるんじゃないかと思う。


 しかし、メニューを組む真央はまだまだ死にはしないだろうからと、それはキラキラとした笑顔で更なる死刑宣告を加えてくれた。


「だけど、その分は来週みっちりやるから安心して」

「本気で殺す気かっ!!」

「修平、マット今日の二倍いっとく?」

「うっ……!」


 修平って副主将なんだよねぇ……、と駿は相変わらず項垂れている修平を見ながら、食べる量は豪快でも上品にステーキを口に運んでいるのだった。




またまた遅い更新です……

もう、書くには書くんですが、何度も話をボツにしたりといろいろやってるうちに日が経って行くという……


う〜ん、緒俐もそろそろ結婚適齢期ですし、主婦業の傍ら小説でも書きたいなぁ。

家事は裁縫以外は何でもこいってレベルですからね(笑)

うん、うちにミシンがないんでどうも苦手なんですよ……


そして今回は一応ほのぼの(笑)

修平先輩がどんどん大変になっていってるような……

でも、副主将だからいけるさ!


ではでは、小話をどうぞ☆



〜オシャレは大変です〜


藍「うぅ〜、どうしよう〜」


真理「どうしたの?」


藍「涼とのデートに着て行く服に困ってるのよ〜」


風雅「どうせ動くなら最初からジャージで行け」


藍「風雅隊長分かってないっ! 女の子はオシャレに命をかけてるのよ!」


風雅「真理を見てそう思えと?」


真理「風雅隊長ヒドッ!」


風雅「だいたい、お前達はオシャレの前にもっとスタイルを磨く必要性が」


藍・真理「「泣くわよっ!!」」


風雅「泣く前に走れ」


藍「もうっ! だったら杏が風雅隊長のためにオシャレを頑張ってたらそう言うの!?」


真理「そうよっ! 杏だって風雅隊長の隣にいて恥ずかしくないようにって頑張って……風雅隊長?」


風雅「そうか……、俺のためにそこまで努力してくれるのか……、杏は元から可愛いというのにさらに磨きが掛かったら……」


藍「風雅隊長っ! それだけは止めて! その笑み閉まって!」


風雅「ああ、すまない。まだ中学生だったな。だが、ギリギリまで今から堪能しに行ってくる」


真理「風雅隊っ……、烈拳の速さで行っちゃった……」


藍「……真理」


真理「うん」


藍「オシャレって大変だよね……」


真理「……そうね」




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