第十五話:デート前は大変
早くも明日は土曜日。この一週間は朝練と午後練、おまけに冴島邸に戻れば自主練と魔法格闘技が生活の三分の一を占めている。
そんな生活にまだ馴染みきっていないのは何も中一組だけではなく中二組もだ。
特に明日の午後には修平と駿も冴島邸に引っ越して来るのだから、彼等にとっては明日からが本当に馴染んでいかなければならない。
ただ、アメリカに留学していて生活環境の変化に一番強い真央がこの一週間、どうも若干元気がない気がする。時差ボケは全くなかったはずだが……
「真央、悩みでも出来たか?」
風雅はメニューの確認をしながら真央に尋ねると、隠すつもりはないらしく彼女は一つ溜息を吐き出して答えてくれた。
監督とはいえ、まだ中二女子となれば全てを抱え込むのは不可能だと分かっているからだ。
「そうね、悩まないのが無理なんだけど、ちょっとだけ甘くみてたのかもしれない。我ながら反省してるわ」
「……淳士さんか?」
「そうよ。まぁ、高等部の魔法格闘技部一軍はパパが鍛えてるから当然強くなるのは分かってたんだけど……」
また一つ溜息を吐き出すのは彼の出鱈目な強さ故。そして思い知らされた自分の父との差だ。
「本当、冴島淳士ってどれだけ出鱈目な強さなのよ……、大体、半年の間に魔力があれ以上増加したりする? おまけに身体も出来上がってきてるし!」
「数値としては?」
「魔力は風雅君の五倍。因みに身長は百八十七センチ。顔も良いからモデルになれるわよ」
「中身が残念だからやめといた方がいい」
それでも人を引き付ける魅力はあるが……、とは付け加えなかった。
それより問題は彼の身長がまた伸びているということ。魔力だけではなくリーチの長さも考慮しなければならないようだ。
「本当にどうやって倒してやろうかしら。ジュニア選抜まで半年ぐらいだもんね」
「それでも信じてるさ。真央は人の才能を開花させて伸ばす力があるからな」
そうじゃなければ俺が従う訳がない、と風雅は微笑を浮かべた。確かにそれは間違いなく大きな自信になる、というよりならないものはほぼ皆無だ。
そんなレア過ぎる風雅の優しさに真央も柔らかな笑みで礼を述べた。
「ありがとう。それより冴島涼君、もっと体力あるはずなんだけどバテやすくなってない……?」
「だな。たかだが自主練を一週間続けたぐらいで情けないもんだ」
「原因はそれね……」
というより、間違いなく心労も重なってるのだろう。その辺りは悪いことをしたな……、と真央は心の中で謝った。
それに近々は涼の自主練まで見ておいた方がいいのかもしれない。風雅に付き合ってるので回復仕切れない部分はあるはずだ。
ただ、身体を壊さないようにという風雅の優しさはか細いながらもある。最初の一週目から鬼のようなスケジュールは組んでいないのだから。
「とりあえず明日は修平達も引っ越して来るから、予定通り午前練習だけにして午後はオフ。日曜日は完全にオフで良いかな」
「ああ、杏とデートしたいからな」
サラリと答えてくれる風雅に真央はサーッと血の気が引いた。
普通、中学生のデートといえば大人の視点からは微笑ましい、中学生からは羨ましいといった感情を抱けるはずなのだが、やはりその点に関しては風雅様故に嫌な予感しかしない。
「……風雅君、分かってると思うけど」
「もちろん、あくまでも中学生らしいデートにするさ。翌日から朝練もあるし、杏を動けなくするのは」
「生々しいからそこまで。気が緩まないように坂ダッシュ五十本いってらっしゃい」
「了解、真央監督」
肩に掛けていたジャージを床に落とし、風雅は山へと駆け出した。風雅の坂ダッシュはアスファルトではなく山の砂道。より全身の筋肉を使うために真央がファルトレクを課しているためだ。
当然、それだけ疲労はたまるが今年は杏がいるためよりハードな練習を課すことが出来る。CROWNを倒して優勝するにはそれしか道はないのだから……
そして一日の練習が終わり、全員がクールダウンを済ませると風雅の大声が体育館にこだました。
「全員集合!」
「はいっ!!」
いつもはタメ口上等でもこの時ばかりはキリッとする。このメリハリの効いた空気が杏はとても好きだった。
そして、練習後の真央監督からの話が始まるわけだ。
「明日は午前練のみで午後からは修平達の引っ越しを手伝うこと。まぁ、去年の部室掃除の時みたいに巨乳美女達が出て来たらその場で真央、燃やしちゃうかも」
最後にハートマークはついていても見つかったら洒落にならない。藍と真理でさえゾッとしているというのに、健全な男子中学生にとってはそれどころではなかった。
事実、昨年の部室掃除で一軍男子は真央にこれでもかというほどバイブルの数々が灰にされたという……
「修平先輩、ちゃんと隠しといて下さい。うちが燃やされたらシャレにならないっスよ」
「心配いらないと思うよ。修平、結構綺麗好きだから既にエロ本はきちんと段ボールに詰めて」
「駿っ! 余計なこと言うんじゃねぇ!!」
というより、何で人のエロ本の在りかを把握しているのかと思う。少なくとも人に借りることはあっても貸すことはそうない。さらに言えば駿に貸したことがない。
だが、その会話に真央は特上のキラキラした笑みを浮かべて死刑宣告してくれた。
「修平、明日の筋トレ三倍」
「うっ……!」
「昴、お前もついで」
「またっスか!?」
この一週間、誰かの練習が倍になると必ず昴は付き合わされている。ただでさえも修平と一緒に誰よりも多くマット運動をさせられているというのに、さらにやれと言われると精神的に堪える。
だが、あくまでも口答えしようとしている相手は風雅様だ。つまりこの一言で片付けられる。
「昴、俺の命令は?」
「絶対っス……」
もう、この一週間で身についてしまった魔法の呪文。他のメンバーは慣れてしまったのか誰も助け舟は出さない。寧ろ、出したら自分達にまで危害が及ぶ。
「じゃ、今日の練習はここまで。一年生はきっちりモップを掛けておくように」
「あざっした!!」
部活動としての一日が終わり、あとは各々が自主練や明日のメニューの相談と分かれていくのだった。
魔法棟の給湯室で洗い物を済ませ、一日の間で使われた新たな洗濯物を全て干し切る頃には午後の六時半。
杏の場合、ほっておくと自分達のためにどこまで尽くしてくれるか分からないので風雅はここ最近、冴島邸でのトレーニング時間を増やしている。
もちろん、同じスピードアタッカーである涼の練習を見るためでもあるが。
「杏、お疲れ」
「あっ、お疲れ様です、風雅様」
練習が終わった後もまた運動していたのだろう。自分の片付けが終わるまで風雅はいつも自主練か真央とミーティングしているかといった感じだ。
「全く、藍や真理にもやらせたらいいものを……」
「いえ、藍さん達はモップかけがありますし、マットも重たいですから」
「あれくらいでへばってもらったら困るよ。それにまだ真央より弱いのも問題だからな」
だからもっと扱かないとなぁ、と笑う風雅は楽しそうで周りから見たら畏怖の対象でしかない。
ただ、杏だけは別らしく、純粋に強くなってもらいたいから風雅はそう言ってるのだと思ってるらしいが……
「それより杏、行きたいところはあるか?」
「えっ? 行きたいところ、ですか?」
「ああ、日曜日は折角のオフだからな。俺とデートするに決まってるだろう?」
「デっ……!」
杏は一気に沸騰した! 出会って一週間、いきなりマネージャーに任命されて婚約者にされ、さらに同居して部屋も続き部屋で出入り自由。手を出された回数なんてもう数え切れない。
そう考えればデートの一つがとてもまともな提案に聞こえて来るが、あくまでも相手は「俺様何様風雅様」である。その笑顔の裏の企みは予想を遥かに超えている。
「もちろん拒否は認めない。まぁ、行きたいところがなければ俺のエスコートだけどな」
クラクラした。いや、もう消えてなくなりたい。風雅のエスコートなどどう考えても心臓が止まる。
しかし、ここが魔法棟で自分がマネージャーだということが幸いしたのか、杏は遠慮がちに告げた。
「その……、買いたいものがありまして……」
「ん、何だ?」
杏から何かが欲しいと言われることがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。中一組から言われたら間違いなく自分達で買えと突っぱねる自信しかない。
いかにもウェルカムといった期待に満ちた目だが、風雅はその答えに頭に手をやる羽目になった。
「はい……、新しいテーピングとスポーツドリンクの粉と記録用のノートなどですが……」
「雅樹達に行かせるから心配するな。あいつらは備品を使い過ぎだ」
それはあれだけハードな練習なのだから仕方がないのでは……、と杏は思う。
なんせ春だというのに全員の汗の量は半端ないどころではないため水分補給は必須、それぞれが肉体の弱点を知っているためテーピングを使う量も半端ではない。
おまけに真央が個人個人のノートも作っているため、その消費量もかなりのものだ。
そんな杏らしい答えに一つ溜息を吐き出したが、それならば自由に連れ回すかと風雅はすぐに思考を切り替えた。
「じゃあ、俺がエスコートするから楽しみにしてろ。さっ、着替えて帰ろうか」
「は、はい……」
サッと手を取られて魔法棟の電気を消し、ガチャリと鍵を閉める。この一連の動作に風雅は部活初日から慣れている気がする。
ただ、風雅は杏から手を伸ばしてくれたら……、といった願望を抱いているのだが、まだそれは当分お預けらしく、今はすぐに朱くなる杏を堪能するのにとどめているのだった。
冴島邸の蓮の部屋。そこはいかにも秀才の蓮の部屋らしく本棚やトロフィーが羅列してある。その中でも昨年、ジュニアクラブで優勝した中一組の写真が飾ってあるのがとても微笑ましい。
だが、その中には二人ほど見たことがないメンバーがいるのだが……
「風雅隊長とデート〜〜〜〜〜!!!!?」
蓮の部屋にこだました中一組の声に杏は真っ赤になって小さな兎となった。日曜日は皆で遊びに行くという予定はいま正に粉砕したばかりである。
「も〜〜〜!! 風雅隊長ズルイ!!」
「そうよ!! 折角杏とショッピングしてクレープ食べて、そのあとプリクラ撮って自慢するはずだったのに!!」
「藍……、人の枕に八つ当たりするな」
「蓮のだからいいのっ!」
既に杏は自分達の親友、可愛すぎる女神様、というポジションにしてしまった藍と真理はジタバタしながら騒ぎ立てる。
毎回風雅に取られては堪ったもんじゃないが、あの権力に逆らえず大人しくするしかないのだ。
しかし、それは大型犬化している昴も同じらしく、彼もジタバタして喚き叫んだ。
「イヤッス!! 杏ちゃんをあんな大魔王に渡したりなんかしたら明日には妊娠させられだぁっ!」
「昴君は黙ってなさい」
陸に一発殴られ昴はKOしたが、どうやら雅樹も同じ感想だったらしくあっさりとそれが口から飛び出した。
「まぁ、すっぽかしなんてしたらそれこそ孕ませ」
「雅樹も黙ってろ」
さすがにそれ以上は杏に聞かせるな、と涼も一発小突いた。中学生のうちから、しかも出会って一週間でそこまでいって良い訳がない。それこそ部活停止どころじゃすまない。
そんな相変わらずなバカ達はほっておくことにして、いま一番まずい問題を蓮は提議しておくことにした。
当然、これからの自分達の命運に関わる内容だからだ。
「とりあえず、部に必要なものは杏だけに任せられないから俺達も買いに行くとして、問題は風雅隊長の機嫌だな」
「確かに、間違いなく練習メニューにも響いて来そうだよな……」
機嫌が良くて二倍、悪くて五倍以上というところか……
出来るなら二倍に食い止めておかなければ、中学選抜には屍となって出場する羽目になる。
そう考えが至った瞬間、真理と藍の行動は早かった。時には友情より自分達の命が優先されるものだ。
「大丈夫! 私達に任せておきなさい!」
「杏! 素敵にしてあげるから風雅隊長をよろしくねっ!」
「甘いぞ、そのレベルじゃ俺達は殺される」
やるなら徹底的にということで、こういうときに役立つ少女がいる食堂に蓮は内線をかけた。
今頃、今日のデザートと心休まるハーブティーを自分達のために用意している頃だからだ。
『はい、皆さんの勉強は終わりましたか?』
「ああ、何とかね」
『じゃあ、今からデザートを持っていきますから待ってて下さいね』
「うん、早く来てくれると助かるな。大事な相談があるんだ」
何だ、このプロポーズ前の発言は、と全員が心の中で突っ込む。特に兄達ほどのシスコンではないが、涼も若干眉間にシワを寄せてしまうほど。
だが、当の本人達は全く自覚がない上に大抵、蓮が大事な話と言えば彼等の命が脅かされていると桜は理解しているらしく、快く了解したと内線を切ったのだった。
それから本日のデザートとハーブティーを人数分、銀色の台車に乗せてやって来た桜は蓮の部屋に入り事の顛末を聞かされると、それは命の危機だと納得したのだった。
「……ということで桜ちゃん、すまないが日曜日の朝は風雅隊長の好物を準備、それと杏のために最高級のスタイリスト達を土曜日の夜から付けてくれ」
「はい、任せておいてください!」
さすがは未来のマネージャー、物分かりの良さはもはや一流だ。もちろん、来年自分もマネージャーといえど痛い目に遭う可能性が高いからとも言えるが……
そして着飾った杏を見れるというだけでお腹いっぱいらしい桜は、それは眩いばかりの笑顔で杏に告げた。
「杏さん、さらに磨きをかけますから楽しみにしていて下さいね!」
「はい、ですがその……」
「ん? どうした?」
これだけ話がトントン拍子に進めばかなりの抵抗があるに違いないだろうが、蓮はきちんと杏の意見も聞くことは忘れない。
そして俯きながら、杏はもっともな意見を告げるのだ。
「はい……、私、デートは一度も……」
「ん? 昴と遊びに行ったこともなかったのか?」
「ないんスよぉ〜〜〜!! 俺が家まで押しかけたのに杏ちゃんは俺にまで危害が及んだらいけないからって門前払いっス〜〜〜!!」
「そりゃ犬とデートさせる奴はいねぇだろ」
「雅ちゃんヒドッ!!」
そうは言うものの、昴と二人きりで出掛けたことがあるなどと風雅に知れたら、間違いなく今頃消されているに違いない。寧ろ行ってないからこそ生かされているのだ。
ただ、昴が今まで虐められていた自分の家を何度も尋ねて来てくれては帰ってもらったことを申し訳なく思っている。きっと昴に対する風当たりも決して良くはなかっただろうに……
「すみません……、ですが……」
「分かってるっス! 沙里さんにも同じこと言われてるっスから。だけど何で風雅隊長は良いんスかぁ〜〜〜〜!!」
また大型犬は泣き喚き始めた。それは確かに不敏だったことと、昴にしては良い行動だということで陸は頭を撫でてやる。
ただし、その理由は分かりきったことだろうと誰もが同じ答えを持っていた。寧ろそれ以外にありはしない。
「昴るん、簡単だよ」
「だな」
そして全員の口から一言。
「風雅様だから!!!」
そう、それだけで理由になるのが風雅様である。万が一杏を虐めていたものに遭遇したとしても、彼ほど相手を畏怖どころか下手をすれば抹殺する人物はいないだろう。それほど信頼出来る。
そして、そんな結論に至ったところで、今度は真央がノックして部屋の中に入ってきた。
「お邪魔するわよ。冴島涼君、風雅君が待ってるからいってらっしゃい。終わったらプロテイン持って行ってあげるからね」
「ウス……」
絶対今日も殺される……、と思いながらも涼は立ち上がり部屋を出てトレーニングルームへ向かう。
最近、家に帰っても着替えるのかトレーニングウェアなのはそれだけ鍛えられるからだ。汗の量はサウナに一時間入ったより多い。
そんな哀愁に満ちた背中を見送り、パタンと扉は閉まった。きっと今日もズタボロになって戻って来るのだろう……
「あいつ大丈夫なのか……」
「さぁな。風雅隊長が扱いて真央監督がメニュー組んでるから怪我をすることはないだろうが……」
「平気よ。桜ちゃんに毎日疲労回復はやってもらってるし、元々骨は丈夫だからね」
雅樹と蓮の不安に真央は軽く答えた。それでも内心、涼の心労まで完全に癒すことは無理なので申し訳ないとは思っているが……
「だけど涼ちゃん、あんなに根詰めてやって本当に大丈夫なんスかね?」
「昴君、練習量なら君も負けてはいませんよ。事あるごとに風雅隊長から追加されてるんですから」
「うっ……!」
陸の突っ込んだとおり、昴も事あるごとに二倍三倍、杏に抱き着いたところを見られた日には最早カオスと化すほど扱かれている。
当然、初心者ということもあっていくら基礎練をやっても無駄にはならないのだけれど……
「まっ、仕方ないわよね。スピードアタッカーは速くてなんぼの戦闘タイプだもの。特に涼は個人戦に抜擢されてるんだから陸の攻撃補助にも頼れないし」
「だからと言っても走り過ぎじゃないスか? それよりも魔法格闘技なら技術も磨いて」
その発言をした瞬間、杏以外の全員が呆れたと言わんばかりの視線を向けた。この場に風雅がいれば、間違いなく今から朝まで走ってこいと言っていただろう。
「全く、これだから素人は……」
「だな。学習能力がないはずだ」
「まぁ、昴るんはまだ基礎レベルだし」
「でも、あれだけ基礎練させられてるんですから気付いて欲しいものですね。それに杏さんにだって回復魔法をよく施してもらってるのに」
「確かに。昴、杏に謝んなさい」
中一組のバッシングに昴はまた大型犬化して涙目になった。何でこんなに世の中の風当たりが強いのかと昴は杏の方を向けば、彼女はおそらく自分を気遣って全員がそういってくれてるのが分かるのか、遠慮がちに答えてくれた。
「えっとですね……、簡潔に説明すると人の体は魔力を流すとそれなりの疲労が生まれます。つまり多くの魔力を流すとそれなりの反動は起こるという訳です」
「ああ、確かにちょっと疲れるかもしんないっスね」
それはこの一週間のマット運動で感じたこと。
通常、魔力を流さずにマット運動をしている時はそこまで疲れないが、風雅が苦無を投げ付けて来る時はさすがに使わないわけにはいかないので、当然疲れは倍になり身体への負担も掛かっている。
「なので体を鍛えることによって肉体に掛かる負荷を少しでも和らげることが可能となります。もちろん魔力の流れている神経、分かりやすくいえば体内の管を強くすることも重要です」
「体内の管? えっと……、血管みたいなもんすか?」
「はい……、流れとしては間違いありませんが……」
どう説明すれば良いのかは杏でも困るところ。杏でもその全てを理解している訳でもないからだ。
体内を流れている魔力の管は血管と被るところもあればそうでない場所もある。さらに言えば太さに比例して、魔力の流れる量が決まっている訳でもない。管が細くとも魔力の質が高ければそれだけの力も発揮出来る。
ただ、魔力を強くするためにもそれに堪えられる基礎が必要であり、回復担当の杏といえども、それなりの基礎がなければすぐにガス欠を起こしてしまう訳だ。
「つまり俺達と同じように回復をやる杏も疲れるって訳だ。だからお前がそれなりになんねぇと杏に余計な負担をかけちまうんだよ。分かったら杏に謝れ」
「杏ちゃん、すみませんっス!」
「いえ、そんなことは……」
マネージャーなのだから当然の仕事だと杏は逆に申し訳なくなった。
本当にここにいるメンバーは優しい。たった数週間前とはあまりにもおかれている状況が違い過ぎて、胸が苦しくなるほどに……
そして、雅樹に小突かれている昴を尻目にして、話が逸れてしまったと蓮はハーブティーを一口飲んで仕切りなおした。
「それより話を戻すが、つまり杏は出掛けるのもあまり慣れてないんだな?」
「はい……、図書館ぐらいにしか行くこともなくて……」
バスや電車に乗れない、という一般的な感覚がない訳ではなさそうだが、学生らしい場所にはほとんど足を運んだことはないようだ。
なんせ、学校帰りに寄るコンビニで一週間たった今でもプリンや紙パックのジュースでウサギ化しているレベルなのだし……
そんな杏に雅樹と真理は腕を組んで唸った。このまま行けば杏にとってデートは拷問みたいなものになりかねない。
「あまり慣れてないのも問題だな。風雅隊長も浮かれ過ぎて暴走しそうだし」
「そうねぇ、どうしようかしら……」
「……あっ!」
突然、藍が声を上げたかと思えば彼女は携帯を弄りはじめた。こういう時に必要な存在がいたのだから。
「藍、誰にかけてるんだ?」
「修平先輩!」
困ったときにはかけて来い、と中一組全員に修平が携帯番号を教えたのは数日前のこと。理由は言わずもがな、風雅の理不尽及び杏があまりにも不敏だったからである。
そして数コール後、その人物は何事だと思い出てくれた。
「ヤッホー! 修平先輩!」
『葛城……、こんばんはぐらい言え。で、何の用だ』
「うん、明日の午後の引越し作業をマッハで終わらせて、その後杏のために皆で遊びに行こう!」
『はっ? 一体どういうことだ?』
訳が分からず修平は多くの疑問符を飛ばした。杏のために遊びに行く、という理由は何となく分かるのだが。
それから簡潔に話を聞いているときに駿も修平の部屋にやって来て、いろんなメンバーと携帯を交代してるうちにもう面倒だからとパソコンを繋げとなり、結局通信会議にまでなってしまった。
『……つまり、暴走する風雅の被害に遭う杉原を少しでも慣らすために全員で遊びに行けば良いってことだな』
「さすが修平先輩、話が早い!」
『杏ちゃん、楽しみにしてるからね』
「はい、何だかすみません……」
笑顔でヒラヒラと手を振ってくれる駿に杏は俯いて謝った。自分のために貴重なオフの時間を費やしてもらうことはとても心苦しい。
ただ、全員にとっては命運がかかっているため、寧ろ杏一人で長生き出来るなら容易いこと。
そして数秒間修平は考えた後、真央に提案した。
『真央、明日の練習は予定を三十分早く切り上げられるか?』
「えっ?」
『それと引越し作業も冴島家の使用人に任せたい』
冴島家の使用人ということで桜にその点を伝えると、彼女はあっさりオッケーを出してくれた。元々、使用人達もそのつもりだったらしく問題はないとのこと。
「引越しは良いみたいだけど、何かあるの?」
『ああ、杉原を慣らした方がいいだろ。それに歓迎会もついでに済ませば良いし』
歓迎会は明日の夜、という予定ではあったが、おそらく夜は風雅と涼はトレーニングルームに缶詰状態だろうということで歓迎会を思いっ切り楽しめないこと。
さらに杏もこれまで義姉くらいとしか遊びに行ったことがないというなら、これを機会に楽しんでもらいたいと修平は考えた訳だ。
それを理解したのか、真央はコクりと頷いた。
「まぁ、確かにそうね」
『だから全員で遊びに行く。どうせ部の備品も買わねぇといけないんだろうし、オフと言っても自主練しないバカもいないだろ』
早く切り上げるんだからその分ぐらいは補っておけ、という修平からの圧だが、全員がそれを了承したのは表情から分かる。
だが、ここで忘れてはいけないことがあった。時間を早目に切り上げることを許しても練習量は減らさない真央監督がいれば結論は一つだけ……
真央はこれ以上ないほどキラキラしたオーラを発しながら練習メニューを告げた。
「香川君と木崎君以外、今から冴島邸の外周十周いってらっしゃい」
「なっ!?」
「うそっ!?」
「よりによって今からですか!?」といった表情を浮かべるが、当然逆らうことは出来ない。そして逃げたい気持ちになっている修平達にも当然、追い撃ちをかけられる訳だ。
「修平と駿は早朝トレーニングするでしょう? だから今夜は腕立て三百を五セット追加で許してあげる。ああ、その場でやりなさいね」
「お、おう……」
「了解……」
優しく言われているようでその裏には「明日の早朝練習はいつもの倍走って来い」との指示があることを理解出来ない付き合いではない。
絶対明日は殺される……、と思いながら二人は腕立て伏せを開始した。
だが、一番の拷問メニューは雅樹と昴だった。昴は青ざめながら恐る恐る尋ねる。
「あの……、俺達は……」
「君達はここでお勉強」
「なっ!?」
「いいっ!?」
特別メニューどころか勉強と言われた二人は一気に青くなった。それならまだ外周に行くと言いたいところだが、それをさせないとばかりに真央はビシッと監督オーラを発して言いきった。
「バカじゃ試合に勝てないのよ!! 今週の復習、きっちり指導してあげるから覚悟なさいっ!!」
そして始まる夜の自主練もとい拷問……。それぞれの心の叫びが聞こえて来る気がするが、杏にはそれを止めることが出来ない。
しかし、それに慣れているのか桜の表情はいつもと変わらない。寧ろ、杏を独占出来ると輝いているほどだ。
「杏さん、皆が揃うまで時間もありますから、スポーツドリンク作った後に私が作ったケーキでも食べましょ!」
「は、はい……」
桜に促されて杏は部屋を後にする。
本当に自分のために申し訳ない……、とこの一週間で一番の罪悪感に苛まれるのだった……
お待たせしました☆
今回はデート前の一騒動ということですが……
うん、風雅様とのデートでこんなに大変なことになるんだなぁと。
杏ちゃんは皆に好かれてるマネージャーなんですね。
でも、次回は皆でトコトン遊んでみようかと。
ただし、普通に遊べるやら……
では、今回の小話をどうぞ☆
〜真央監督の髪飾り〜
涼「真央監督、監督の趣味って育成関係以外にないんスか?」
陸「確かにそうですね、図書室に借りに来る本もスポーツ関連ばかりですし」(陸は図書委員です)
真央「そうね、確かに育成意外にはあまり目が向いてないけど、実はピンにはこだわってるかな」
涼「ピンって髪飾りの?」
真央「そうそう。うちの学校って校則緩いでしょう? だから髪飾りも結構自由だけど私はそこまで派手なのは付けたくないからピンでオシャレを楽しんでるかな」
陸「そういえば曜日によって前髪をとめてるピンの色が違いますよね」
真央「そうよ。ちなみに金曜日はゴールドで土曜日はブラウンね。でも、試合の時は青と白のコントラストよ」
涼「ああ、うちのジャージと同じ色か」
真央「そうそう、私は監督だから制服で行かなくちゃいけないしね。だからせめてピンくらいはって思うのよ」
陸「乙女みたいな思考ですね、監督らしくない気も……」
涼「陸バカっ!!」
真央「良いわよ。だってこのピン、買ってくれたのは素敵な男子だからね」
涼・陸「「マジ(ですか)!?」」