第十三話:地獄のメニューと大抜擢
前転後転、側転にバク転、さらには曲芸師も驚くような技を披露してくれる。
本日のメニューはマット運動ということで今現在、風雅達は怪我の防止も兼ねてフィールド内で行っている。
そんな部員達の様子を真央は真剣な眼差しで見ながらも、杏に向けられる表情と声はとても優しいものだった。
「杏ちゃん、マット運動の目的って分かる?」
「目的、ですか?」
その問いに杏は少し考え込む。体操でよく使われるものということ、さらにスボーツ全般で共通することと言えば柔軟性という結論はすぐに出てくるのだが……
「そうですね……、柔軟性の向上というのが課題だとは思いますけど、魔法格闘技も絡んで来るとなればまた別の狙いもあるのではないかと思います」
その答えに真央は一瞬驚いたが、すぐにパアッと表情を明るくして杏に飛び付いた。
「うんうん! 良い線突いてる! さすが杏ちゃんね!」
「きゃっ!」
いきなり飛び付かれ杏は持っていたペンとボードを落としそうになったが、何とかギリギリそれを堪えた。
それにしてもこの魔法格闘技部はスキンシップが多いと思う。
藍や真理はまだ友情として分かるし、真央はアメリカ帰り、陸や昴も犬と分類すればいいのかもしれないが……
風雅に至ってはもはや訴えれば猥褻罪にぐらいなるんじゃないかというほどのスキンシップを受けている。
ただ、杏にとっては犯罪という認識より心臓に悪いので少しは手加減してもらいたいといったところ。
そして、部活中じゃなければもう少しじゃれていたいところだが、監督の威厳も少しぐらいはないと中一組に示しがつかないので真央は杏から離れて説明を始めた。
「正解よ。魔法格闘技に必要なのは柔軟性だけじゃない。寧ろ目的は三半規管の強化と自在な動き、つまり危険の回避能力の向上よ」
ハッとさせられた。魔法格闘技は核爆弾などのフィールド外にも影響を及ぼす武器以外は全て認められている競技だ。
つまり危険を回避することが出来なければ、まず勝つ以前の問題だと真央は言っているのである。
そして、それを理解してくれたと杏の表情から察したのか、真央は簡潔丁寧に説明してくれた。
「どんなスポーツにも怪我は付き物というでしょ。だけど魔法格闘技はフィールド内で行うから、たとえそこで怪我をしてもフィールド外に出れば基本、怪我はないスポーツよね。まぁ、疲労は別だけど」
「はい」
真央の言うとおり、外傷は無効化されるが疲労は別物として扱われるため、体を動かした分と魔力を使った分は体にダメージとして残ってしまう。
つまり、筋肉痛や疲労骨折といったリスクは普通のスポーツと同じように起こるということだ。
「だけど試合となれば話は別で事故を回避する動きが出来なければ意味がない。極端な話、攻撃を避け続けて相手を一人倒せば勝てるわけ」
「確かにそうですね」
「まぁ、弱小校なら風雅君一人でもって一分だからあまりこの練習は必要ないように思えるけど……」
真央の眼差しが真剣なものに変わった。彼女の脳裏に浮かんでいるのは間違いなくこれから対戦していく強者達の顔と実力……
「だけどそんな出鱈目なんてジュニア選抜に出て来る奴らには通用しないからね。さて、ここからはその実戦だけど新入生達はどこまでやってくれるかな」
まさか「実践」が「実戦」という意味合いを持つなど当然杏に分かるはずもなく、彼女はマット運動を行うメンバーに視線を向けるのだった。
そして、それを当然分かっている中一組もいる訳がなく、今のところは風雅の扱きも入っていなかったため淡々とこなしていたが、そろそろ良いだろうと風雅は実戦に入ることにした。
「いいか、これからどんな技を使っても構わないからフィールドの端から端まで行け。まずは雅樹から」
「オウ!」
雅樹は威勢の良い返事をするが、そこで風雅が口元に微笑を浮かべていることに蓮は気付く。風雅がそういった顔をするときは大抵、何か企んでいる時だ。
そして今まで何度もひどい目に遭って来たにもかかわらず、相変わらず警戒心の欠片もない雅樹は勢い良く走り出し前宙から入ったその時!
「雅樹君っ!」
「どあっ! だああっ!?」
いきなり雅樹に向けて飛んで来たのは剛速球の苦無! それも一本や二本ではなく雅樹が体勢を変えるであろう方向を予測して投げて来るため回避しきれない!
そして、腕や足に苦無が刺さろうとも気にした様子もなく、寧ろ頭を貫通させる気で風雅は苦無をさらに投げて来た!
「くそっ! これ以上喰らって堪るか!!」
空中で身体を無理矢理反らして頭に苦無が突き刺さるのを避ける。しかし、着地と同時に風雅は雅樹を追い込むつもりらしく、今度は足首を狙って苦無を投げそれは見事に命中した!
さすがに見ていられなくなったのか、苦無が突き刺さったままマットの端を目指して技を繰り出していく雅樹を杏は止めるように真央に進言した。
「真央監督! あのままじゃ雅樹君が!」
「大丈夫。フィールト内だからそれなりの痛みはあるけど堪えられないものじゃないし、頭に苦無が貫通しようが八つ裂きにされようがまず死にはしないから」
まぁ、八つ裂きはフィールド内で治療しないとまずいか……、と真央は付け足しておく。
フィールド内だからこそ死に至るような行為も外に出れば無効化されるが、体がバラバラにされた状態で外に出たらすぐに身体がくっつく訳ではないため、それだけはフィールド内で治療しなければならないのだ。
とはいえ、身体をバラバラにしてしまう戦闘者などそういるものではないが……
「とりあえず心配しなくて大丈夫よ。一応、風雅君が投げてる苦無、あれの半分は即止血の苦無だから香川君が貧血起こして倒れることもないし、木崎君を除く他のメンバーには全て即止血の苦無を投げさせるから」
「あの……、本当に大丈夫ですか?」
「ええ、本当は拳銃でも良かったけど、さすがに初めてやるには可哀相かなって甘くしちゃった」
テヘッ、と舌を出して無邪気に告げてくれる監督に杏は若干青ざめた。即止血の苦無とはいえ、痛みに変わりはないのでは……、と思うが突っ込めない。
それにいくらジュニア選抜優勝が目的とはいえども、そのうち本気で犠牲者が出て来るのではないかと思う。
もちろん、マネージャーである自分が回復魔法を極めてしまえば回避出来るのかもしれないが……
しかし、それでも辛うじて雅樹はマットの端まで辿り着くことが出来たらしく、刺さったままの苦無を慣れているかのように抜いていった。
どうやら即止血の物しか刺さっていなかったらしく、彼は倒れることはなかったが、頭に血が上るのだけは避けられなかったらしい。
「殺す気かぁ!!」
「ああ、死にたくなければ避けろ。次、蓮!」
「はい」
雅樹のことなど気にも留めず、蓮はスッと息を吐き出して演技を開始した。
蓮も雅樹と同じように前方宙返りから入ると同時に風雅から苦無が投げられるが、そこで魔力を使い身体をより高く押し上げてそれを避けた。
それを見た風雅はやはり見切られてるかと思い、苦無に魔力を纏わせて先程より速いスピードで投げるが、蓮はそれをも見切って上手く身体を操りながら技を繰り出していく。
しかし、課題はマットの端から端まで行けというものなので蓮は気を抜くことなく攻撃を避け、最後は一回捻り、そして綺麗な前方伸身宙返りで決めた。
「おお〜!」
「やるなぁ」
「さすが優等生だね」
パチパチと思わず拍手が出てしまうのは初めてにしてはとても綺麗な動きをしていたから。それには真央も御満悦といった感じだが、先程の演技者は風雅に猛抗議した!
「ちょい待て! 魔力使って良いのかよ!」
「蓮に使うなとは言ってない。陸は苦無使っても良いからな」
「分かりました」
「ああ、雅樹は使うな。面白くないから」
「鬼かよっ!!」
そう反論した瞬間に苦無を投げ付けられる。それも魔力を含んでいるため当たったら本気で洒落にならない!
しかし、忘れてはならないことがある。口答えをしている相手は風雅様だということだ。そして、十秒の制裁で彼は思い知る……
「俺に逆らうなと何度言えば学習するんだ、雅樹?」
「す、すびましぇん……」
「そうか。次、昴!」
「は、はいっ!」
昴が返事をすると同時に風雅は苦無を投げ付けた。何となくだが、投げてる物全てが普通の苦無ではないのかと杏は思う。
いや、それだけではなく先程より投げてる数と威力が増えているような……
ただ、それ以上に言うべき感想が一つだけある。もはや去年これを受け続けた修平が一番思ってることだろうが……
「あの……、真央監督……」
「何、杏ちゃん?」
「マット、意味ありますか?」
既に昴はマット運動などと言ってる場合じゃないほど風雅から無数の苦無を投げられ、辛うじて生き延びているような状況だった。
確かに昴の動きを見ていればマット運動によって回避出来る怪我、という点からは程遠く感じられるが、そこで出て来るのが真央のプラス思考だった。
「そうね、だけど後片付けを筋トレがわりにするから問題ないわ」
マットって重いし、と言ってカラカラ笑うこの監督は本当に凄い人だと思う。
もちろん、中学生で監督を務めるならそれぐらいの精神を持ってなければ他校の監督と張り合えないのだろうが……
それから約一時間後、風雅以外の全員がほぼ死にかけという状況に陥った。去年もこの運動を熟している修平と駿でさえ息が上がり、杏からドリンクを受け取った瞬間に女神だと泣いたレベルだ。
しかし、中一組は修平達以上に弱点が顕著に現れていた。
「ダメだっ……!」
「俺も……」
「私もクラクラする……」
三半規管の強化が必須、それをいきなり明確にしてしまった真央は流石だと風雅は思う。
どんな監督でも一番最初に目が行くのが基礎体力の強化だが、真央の場合はさらにその奥にある危険因子のピックアップから入る。つまり怪我そのものを無縁にしてしまおうという考えだ。
ただ、いくらフィールド内で外傷は塞がるとはいえ、その地獄のメニューは果たして怪我とは無縁と言えるかはかなり怪しいのだが……
「全員しばらくはマット運動は必須ね。ああ、もちろん修平もだから」
「今年もかよっ!」
去年も散々どころか夢でうなされるレベルまでやらされたというのに、それを今年もやり続けろという。
もう、ダッシュ千本の方がマシだというぐらいに……
しかし、そこはやはり監督だった。ビシッという効果音が響き渡るような迫力で真央は修平を一喝した。
「基礎練が大切なのは当たり前よ! 特に修平は全試合出る体力を付けてもらわないと困るのよ! 小原君の制限や攻撃補助ばかりに頼るわけにはいかないんだからね!」
「そうだね、少なくとも準決勝で風雅の温存は必須になるからね」
そうしなければ決勝戦で当たる猛者にはまず勝てはしないということだ。
一番当たる確率があるとすれば魔法学院高等部か海宝高校。その二校を倒すためには間違いなく風雅の月眼は必須になるが、月眼をフル発動させて準決勝と決勝戦を戦い抜く力はさすがに付けられない。
つまり風雅だけに頼らない状況を他のメンバーが作らなければならないという訳になる。
そしてその当事者はもう一人間違いなく全試合フルになるパワーアタッカーにも忠告しておいた。
「あと雅樹、分かってると思うがお前も全試合フルだ。パワーアタッカーの代わりがいつ帰国するか分からないからな」
「ハッ、あいつに俺の代わりが務まるもんか! 寧ろ晩年補欠に追い込んでぇ!」
ガコン、と風雅のゲンコツが雅樹の脳天に直撃し雅樹はシューという煙を頭から吹き出してその場に伸びた。しかし、もう誰も突っ込まないが……
そして伸びている雅樹の襟首を掴んで座らせた後、風雅は今後の展望を雅樹に言い聞かせた。それは自分達の卒業後も踏まえて……
「ライバルとして競うのは良いがあいつも補欠じゃ困る。いずれはお前達が部のエースになるんだからな」
「別に負けやしねぇし、今からでもエースの座を奪ってやらぁ!」
あっ、乗せられてる、と思ったのは全員一致の意見。間違いなく風雅はその言葉を引きずり出すために言ったらしく、その口元は綺麗過ぎる微笑を浮かべた。
そして告げられるのは死刑宣告……
「そうか、エースになるのか。だったら明日からお前は修平と同じマット運動を三倍やれ。昴もついで」
「ついでとかひどいっス!!」
犬化して涙目になる昴だが、勘の良い者達は充分気付いた。間違いなく、昴もジュニア選抜までに鍛え上げて使うつもりなのだと……
そんないつまでたっても収集のつかない漫才に真央はこの後もあるのだからとピシャリと命じた。
「とりあえず、この後はミーティングにするから全員片付けが終わったら着替えて会議室に集合! 七時には学校出るから早目に行動すること」
「はい……」
返事に覇気がないと怒りたいところだったが、さすがにそれは出来なかった。雅樹や昴がノリで元気なのは見て分かるが、他の中一組は相当この練習が堪えたらしい。
さすがに初めてはきつかったか……、と去年自分も同じ経験をした修平は同情したのか杏に命じた。
「……杉原、すまないが全員少し回復させてくれ。せめて立てるレベルにな」
「かしこましました」
「いや、やるんじゃない」
甘えることは許されないと風雅は杏を止める。それは真央や駿も同じらしく、何も言わずに見守ることにした。
たったそれだけで中一組は意図を察したが、やはり昴は初心者というだけあって反論した。
「風雅隊長、何故っスか!」
「甘えるなと言ってるだけだ。大体、疲労の一つ緩和させる方法も知らない奴らがジュニア選抜で勝ち上がれると思うな」
反論出来なかった。間違いなく風雅の言ってることは正しい。自己管理が出来なければいざという時に困るのは目に見えている。
そう思い中一組は何とか動けるようになろうと各々疲労回復に努めるが、当の本人は杏の手を取るなり真逆のことを言い出すのだ。
「杏、回復させてくれ」
「は、はいっ!」
緊張が張り詰めていた中、いきなり回復させるようにと言われた杏は急いで回復魔法を風雅に使った。
それには修平達も何かあったのかと驚き風雅の元に駆け寄る。主将が怪我をしたらそれこそ一大事だ!
「何だ、どっか痛めたのか!?」
「苦無は一本も刺さらなかったよね?」
「身体は問題なさそうだけど……、もしかしたら目の異常!?」
先日、少しだけ月眼を解放したと聞いていたためもしかしたらと思ったが、やはり風雅は風雅様だった。
彼は首を横に振ると、ギュッと杏を抱きしめて一言で片付けた。
「違う、杏に癒されたいだけだ」
その返答を冷静に考えればここにいる者全てが予測出来たはずだった。しかし、少しの間彼等は呆けてしまい、やがでふつふつと押し寄せてきた怒りを爆発させたのだった。
「ふざけるなぁ!!!」
外に突き抜ける怒号だったが、風雅は我関せずと杏から癒してもらうのだった。
魔法学院の会議室はまさにテレビに出て来る警察署の会議室と同じような空間だった。椅子も机も教室と違い、きちんとした白いミーティングテーブルとチェアーだからだろう。
ただ、会議進行役の真央は座ることなく、ホワイトボードにジュニア選抜までの予定をざっくり書いて、全員が来る頃には赤渕メガネを装着した女官僚と化していたが……
「さっ、まずは予定の確認ね。ジュニア選抜が行われるのは二月初旬。それに出場するにはインターハイ後に行われる地区予選を勝ち抜き、尚且つ秋の四つあるブロックごとのリーグ戦で上位四位に入ることが条件。それを経てジュニア選抜には上位十六チームが選出されるわけ」
真央がホワイトボードに書いた大会を指し棒で示しながら説明してくれてるのだが、雅樹と昴はとにかく勝てば良いといった顔だ。
まぁ、このレベルが二人の理解力の限界だろうと陸は心の中で突っ込んだが……
「因みに昨年ジュニア選抜で上位二チームは既に出場する権利を得てるから、魔法学院高等部と海宝高校はジュニア選抜本選から出場するわ」
「そっか、んじゃ本選で淳士さん達と戦えるんだな」
「甘いわよ!」
確かに、と中二組は思う。毎年全国大会に出ている風雅でさえ、そんなに簡単にいけば自分もここまで練習をする必要がないと思うほどだ。
そしてそんなことなど露知らずの中一組に真央はきちんと説明しておくことにした。
「確かに高校は魔法学院と海宝の二校が抜きん出てるけど、ジュニア選抜は他の魔法議院の組織も出て来るんだからね」
「ん? そいつらも強いのか?」
あまり目立った話は聞かないというのは全員一致の認識。魔法学院と海宝、つまりCROWNとEAGLEの知名度が高すぎるあまり霞んでしまっているのは事実だ。
しかし、それはあくまでも聞かないだけであって、去年のジュニア選抜でその二つが簡単に勝ち上がったという訳ではない。
寧ろ、危うく負けそうになった試合も存在しているのだから……
「確かに名前は聞かないかもしれないけど、少なくとも風雅君レベルの猛者はいるわよ。それに年齢制限は十九歳となってるからね、何も高校に通ってる者だけが出場する訳じゃないわ」
「まぁ、唯一の救いはCROWNとEAGLEで高卒以上の選手が出てこないことだな」
というより出てる暇がないといった方が正確らしい。大学生ともなれば、CROWNもEAGLEも容赦なく任務に追われるような生活になってしまうためだ。
ただ、高校生までは部活と学業をきちんとやれという方針を両部隊のボスが重視しているため、任務だけの生活にならないのである。
「じゃあ真央監督、どの組織が強いの?」
はい、と手を挙げて尋ねる藍の質問はもっともだが、真央は中二組とアイコンタクトを取った後、フウッと息を吐き出してきっぱり答えた。
「分からないわ」
「えっ?」
「言葉の通りよ。中学なら海宝や龍光学園とか出せるんだけど、高校やその他となると任務での犠牲や異動する者達がいてね、おまけに今年は特に異動が多くて今現在は予測不可能よ」
なんせ自分の親でも全て掴みきれていない状況だ。とてもじゃないがその莫大な情報を中学生である自分が掴むことは難しい。
ただし、犠牲の方はCROWNやEAGLEのメンバーがよく出しているらしいが……
そしてその話は一旦打ち切りと、修平はこれから重要になるもっともな質問をした。
「まぁ、分からない戦力は置いとくにして、それまでに試合を組まないつもりか?」
「そうだね、インターハイ路線は一軍メンバーに譲っちゃってるからね」
自分達はジュニア選抜を目指すということで、インターハイに向けての中学の公式戦は全て回避することになる。
ただし、そうなると極端に試合を熟す回数が無くなるということだ。
それに関しては中一組も心配だったらしいが、真央は心配無用といった表情を浮かべて答える。
「修平、去年のインターハイで好成績を残したんだから当然、呼ばれる大会があるわよね?」
「……! 中学選抜か」
「正解よ」
その大会に反応したのは風雅と涼。理由は簡単。二人が思い浮かべている猛者が同じ顔をしているからだ。
しかし、やはりここでも昴はただの大きな大会としか思っていないらしく初心者らしい質問をした。
「監督、その中学選抜ってどんな大会なんスか?」
「ええ、全国からの招待選手と昨年のインターハイでベストエイトに入ったチームが中学の個人及び団体戦で実力を競う、いわば春の集大成。まぁ、五月頭の全中のジュニア合宿に呼ばれるメンバーは確実に参戦するけどね」
「お前達は小学生の時、辛うじて全国大会で優勝してるから推薦枠で合宿参加と中学選抜出場は決まってる。昴はおまけ」
「おまけってひどいっス!!」
何だか今日はついでやらおまけやらとかなりひどい扱いをされている。さすがに不敏かもしれないと犬化している昴の頭を陸は撫でてやった。
間違いなくこの先はもっと酷い扱い方になるので、せめてもの情けというところか……
しかし、修平や駿の意見は全く違っていた。公式戦に出てもいない、寧ろ魔法学院の一軍ですらそう行けるものではないというのに、昴がおまけという扱いでも行けるというのはそれだけ潜在能力が高いということで……
「お前な、普通初心者が行ける合宿でも大会でもないんだぞ? それに選抜メンバーってことは風雅級の化け物も出てくるんだからな」
「それでもあんまりっス! もう陸ちゃん級の癒しでもないとやってられないっスよ!」
「それは女子に求めて下さい。僕に求められると刺したくなります」
「苦無は勘弁っス!!」
目に影を落とした陸に昴は壁の端まで逃げた。あの高速苦無をフィールド外で受けたら間違いなく即死する!
ただ、その言葉を聞いた真理はふと何やら思ったらしく修平に尋ねた。
「修平先輩、海宝中学も参加しますか?」
「ああ、うちが参加するなら向こうも当然って感じだな」
「マネージャーも?」
「それは希望次第だな。まぁ、大抵参加してるが杉原はどうし……」
修平が尋ねる前に行動に移るのが風雅だ。杏の手を握り締め、綺麗な顔で至近距離まで迫り、有無を言わせない空気と声で頼む……、いや、命じた。
「杏、一緒に行こう。杏とは片時も離れたくないし、杏がいれば負ける気がしない」
「ふ、風雅様……!」
普通の女子ならそう言われる前に行くと言うだろうが、杏の場合は心臓が破裂するという理由で寧ろ逃げたくなった。下手をすれば癒す前に自分が病院行きになる自信がある。
ただ、合宿では大人のトレーナー達も来るので問題ないといえばないのだが、選手達全員のケアが行き届くかという点に関しては真央も考えるところがあるらしく杏に頼むことにした。
もちろん、一番の理由は風雅のモチベーションのためだが……
「……杏ちゃん、悪いけど来てくれる? 私一人じゃこいつら全員面倒見るのはちょっときついな」
「はい……」
真央の意見は確かに正論なので杏は了承した。中学選抜の合宿とはいえ、真央も指導の立場にある以上行かないわけにはいかないというところだろう。
そして彼女はホワイトボードを裏返すと、そこには中学選抜までの流れがビッシリ書かれていた。
「とりあえず中学選抜までの流れを説明しておくわよ。四月の間はみっちり基礎練して五月頭に合宿に参加。そのあと各々に課題を与えるからそれを熟して中学選抜で勝負するわ」
コクコクと全員が頷いているが、この辺りも問題児二人は怪しい。おそらく、合宿に行って大会に出るぐらいの理解力だろう。
「そして中学選抜は三日あるけど体力はかなり使うことになるわよ。特に個人戦は決勝まで一日でやるからね」
「はい、団体戦は?」
「二日に渡るわ。個人戦に出場した選手が団体戦に出ることは結構多いからね。まぁ、運も必要になる大会かな。いきなり海宝と当たった場合、体力回復が間に合わない可能性もあるしね」
つまり体力や魔力をいかに温存しながら戦っていくのか、というのもかなり重要課題となる。そのキーマンとなるのが真央の監督としての采配と陸の攻撃補助。
しかし、風雅は隣に座る杏にも視線を移していた。おそらく回復という面で一番キーとなるのは……
「ついでに言っておくが、海宝の戦力は俺でも苦戦する三年生が数人、おまけに監督として働く選手がいる上に今年はこっちの手を読み尽くすどころか予測まで立てるマネージャーがいるからな」
お前達が一番よく知っているだろう、といった風雅の表情に中一組は若干表情を影らす。
てっきり問題ないと雅樹あたりが言うかと思っていたが、何も発言しない中一組に修平や駿は首を傾げた。
「何だ、中一組がやけに大人しいじゃないか」
「大人しくもなりますよ。海宝のマネージャーは恐ろしいですからね」
その恐ろしさは自分が一番良く知ってるといった陸の顔に風雅も眉を顰める。
そう、本来なら彼女も魔法学院に入学して来ると思っていたのだが、彼女は海宝中学に入学してマネージャーを務めているのだ。
それもこちらの手を知り尽くしている状態で……
「とりあえず、まずは中学選抜優勝が目標だ。去年の中学選抜は海宝に負けたからな」
「負けたって風雅隊長が!?」
「てか、結果はどうだったんだ!?」
てっきり風雅のことだから無敗なんじゃないかと思っていたがそれは違ったらしい。それには杏も驚いていたが、風雅とて負けなしという人生を歩んできた訳ではないのだ。
そんな中一組のざわつきぶりに、中二組はきちんとフォローも入れながら説明してくれた。
「ええ、去年は個人の部で慎司さんが優勝、団体戦は準優勝だったわ」
「そりゃそーだ。個人の部で魔法と海宝の主力がガチンコバトルを繰り広げてりゃ団体戦で負けても仕方ない」
「お陰様で風雅君も全試合フルになったからね、月眼の解放しっぱなしじゃね」
昨年のことを思い出し真央は苦笑してしまう。
監督としては慎司を個人の部で出すより風雅を推したかったのだが、杏の姉である沙里が個人の部に出て来いと慎司を困らせたので、彼はそれを受けることにしたのだ。
ただ、そうなると二人してガチンコバトルを繰り広げないわけがないので結果、団体戦までに慎司の魔力は回復せず、おまけにフル試合となった風雅も海宝の猛者達を全員抑え切れずに負けたというわけだ。
「だが、今年は全員平伏させる」
それに全員はゾッとした。基本、人の上に立ち続けるのが風雅様たる所以だ。何となくだが、今年は彼に刃向かおうとしただけで精神もろともやられる気がする……
そして、ここからガラリと空気が変わった。真央は赤渕眼鏡をクイッと指で押してかけ直すと、いつになく真剣な表情で告げた。
「あと一つ、重大な発表をさせてもらうわ。中学選抜の個人の部には推薦枠で二人出られるけど冴島涼君、君を魔法学院から選抜させてもらうわ」
「……えっ?」
「ただし、中学選抜までにスピードアタッカーとしての才能を開花させること。それが出来なければ君はジュニア選抜メンバーから外れてもらうわ」
個人の部への抜擢、さらには戦力外通告までをかけられている課題に涼はフリーズしたが、その分の反論が中一組から返ってきた。
「ちょ、ちょっと待てよ! 何で涼だけそんなに厳しい条件を出すんだよ!」
「私も納得出来ない! 涼を辞めさせるなら私も辞める!」
「確かに、俺も納得出来ません」
普段、中一組を纏める蓮でさえ若干声に冷静さが欠けていた。
基本、連帯責任を負わされていた中一組なので、突然涼だけを外そうとする真央の考えには当然ついていける訳がないのは仕方がない。
しかし、それを差し引いてもあまりにも横暴な命令だと思った。
もちろん、えこ贔屓でも差別でもないことは分かっているのだけれど……
「これは監督命令よ。もちろん、私だってきちんと開花させるメニューは組んであげる。でもね、ジュニア選抜で一番の敵が誰なのか皆分かってるわよね?」
それだけで充分だった。ただでさえも実力差がある上に兄弟ともなれば……
「冴島淳士でしょ? 涼君のお兄さんなんだから間違いなく一番の弱点は涼君になる。全部行動が予測される上にスピードも負けるんだからね」
「ちょっ! いくら監督でも」
「昴、大人しくしてろ」
「でもっ……!」
あんまりだと言う前に風雅の魔力に当てられ昴は大人しくなった。他の中一組は真央の言ってることが間違いではないと分かるのか誰も言い返せない。
そんな緊張感が漂う中で杏は不安そうな表情を浮かべたが、ギュッと風雅が強く手を握ってきた。心配するなと言わんばかりに……
そして、さらに真央は涼を追い詰めていくかのように事実を述べる。
「おまけに冴島淳士と同じスピードアタッカーで戦い方も似てるとなれば、そのスピードが遅い分だけ他のチームに研究されて一番攻略されやすくなる。つまりジュニア選抜優勝の確率を下げてしまうのよ」
厳しい言い方でも的を得ていた。涼が反論しないのは一番自分の実力を理解しているからこそ、ただ今はグッと堪えるしかなかったのだ。
しかし、真央は厳しい言い方の中でも大きな期待を抱いていた。おそらく涼はまだ自分の才能に気付いていないのだから……
「でも、私の見立てが正しければ君の才能が開花すればCROWNとEAGLEに勝つ可能性は間違いなく上がる! だから何がなんでもはい上がってきなさい!」
それは一つの賭け。それと同時に改めて一行はジュニア選抜優勝というものが厳しいのだと痛感するのだった……
お待たせしました☆
今回は地獄のメニューの序の口ということでしたが……
はい、このマット運動を続けてきた修平が強くなるのは仕方がないことです(笑)
そしてジュニア選抜前に中学選抜もあるみたいでして……
冴島涼君が個人の部に大抜擢されるという事態。
おまけに才能を開花させなければ戦力外通告という……
といった感じで、次回もお楽しみに☆
では、小話もどうぞ。
〜修平先輩は気苦労症〜
真央「修平って器用だけど気苦労多いわよね」
駿「そうだね、大抵のこと出来るけど大変だよね」
風雅「ああ、この前の調理実習でも俺達の仕事までやってもらったしな」
修平「お前も駿も包丁の使い方が危な過ぎて見てられねぇからだろうが!!」
真央「えっ? そんなに危ないの?」
修平「ああ、二人して普通に出来ないから包丁に魔力宿して空中に野菜を投げて切りやがった」
真央「そう? 二人だったらそんなに危ないかしら?」
修平「一個ならな! だけどこいつらは全部一遍にやろうとしたんだよ!!」
風雅「他班に迷惑は掛けていない」
駿「そうそう、綺麗に切れたよね」
修平「振り回すのが問題だってんだよ!! てか迷惑掛けてんだよ! お前らの魔力に当てられて先公まで気絶してたんだからな!!」
真央「で、何故か修平が謝ってたとか?」
風雅「副主将だからな」
駿「そうだね、頼りになるよね」
修平「テメェらシバくぞっ!!」