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CROWN  作者: 緒俐
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第十話:賑やか過ぎる下校

 玄関から正門に向けて風雅に手を引かれて歩いていると、自分達を待っていてくれた中一組がいた。

 魔法学院の寮に住んでいる修平と駿は裏門から出た方が早いということで既に別れている模様。先程きちんと挨拶するべきだったな、と杏は思う。


 そして端から見ればどこのカップル、ただし、中一組から見れば魔王に捕らえられた子羊にしか見えない杏を発見した昴は全速力で風雅に突っ掛かって行った。


「杏ちゃ〜〜〜ん!! こいつダアァーッ!!」


 杏に抱き着く前に風雅は昴を足蹴にした。もういい加減に諦めたら良いのに……、と中一組は思うが誰も突っ込まない、寧ろ突っ込めない。

 しかし、諦めの悪い昴はまだまだ認められないようですぐに復活し風雅に抗議した。


「何するんスか!!」

「蹴っただけだ。何より目上のものに対する口の効き方も知らないから頭が悪いんだ。せめて先輩ぐらい付けろ」


 言っていることはもっとも。先輩に対する態度としては褒められたものじゃない。


 しかし、それはあくまでも一般的な意見で、相手が大好きな友人兼飼い主の杏を奪った魔王を敬う精神など昴は持ち合わせていなかった。


「杏ちゃんを俺から奪うからないけないんスよ!!」

「奪ってなどいない。もともと俺のものでお前が喚いているだけだ。それともう少し防御力を高めろ、あと足腰も鍛えて踏み止まるくらいの」

「人の弱点を的確に指摘するんダァ!!!」


 もう面倒だと言わんばかりに風雅は魔力で昴を弾き飛ばした。こういう奴は直接躾てやらないと分からないと過去、数々のものを従えてきた風雅は昴にも実力行使で黙らせることにした。


 それから杏の手を離し、地面に腰をついている昴の元に歩いて行くと、鋭い目付きで彼を見下して命じる。


「もういい、風雅隊長と呼べ。先輩と呼びたくないならそれくらい許してやる」

「何を勝手にっ……!」


 そこで昴は言葉を飲んだ。グッと胸倉を掴まれ向けられる笑みはドス黒く、纏うオーラが殺気とくれば反論出来ない。

 そう、昴が逆らおうとしているのは中一組が束になっても敵わない風雅様だ。一人の抵抗など無意味もいいところである。


「呼べと言ってるだろアホが。心身共にズタズタにされたいのか」

「しゅ、しゅびばしぇん……!」


 涙を浮かべ、しどろもどろになる昴に中一組は哀れみの目を向けた。ズタズタにした後に言うのもどうなんだろうか……、と陸は冷静なツッコミを入れるが誰もがその結果を受け入れるだけである。


 そして風雅と昴の位置付けが決定している間、ただ呆然としていた杏の両腕を真理と藍がギュッと絡めた。


「杏、テストが終わったら一緒に寄り道してプリクラ取りに行こう! あとオフの日は一緒にショッピング! 荷物持ちは沢山いるしね!」

「そうそう、トレーニングだと思えば一杯買った方が良いしね! あっ、金額は風雅隊長がいくらでも持ってくれるから!」

「えっ、そんな訳には……!」

「杏」


 涼がいつになく真顔になる。それは風雅の経済力を知っているものは全員、納得のいく表情だった。


「風雅隊長にとって杏の買い物ぐらい端金にもならない。寧ろどこかの王国の王様ですら勝てる経済力じゃない」

「ですが……!」

「心配するな」


 中一組がビクンと反応するのはもはやお決まりなのだろうか。経済面でも風雅様を貫ける少年はその言葉のとおり、あっさり返してくれた。


「例え杏に全財産注ぎ込んだとしてもそれと同じ金額ぐらいすぐに稼げる。ちょっと世界を混乱させれば良いだけだからな」

「風雅様っ!!」


 それはさすがにまずい、下手をすれば一国を破産に追い込むぐらいの所業だけは止めさせなければならない! 蓮が青くなってる時点ではったりとも思えない空気が漂う。


 しかし、冗談だと冗談じゃないのに笑う風雅は再び杏の手を取ると、微笑を浮かべてこれから先の希望に満ちた未来を話してくれた。

 まるで杏に夢のような出来事になりそうで……


「だが、これからの予定は多忙もいいところだぞ。毎日部活してオフは俺とのデートだ。当然イベントも盛り沢山で息つく暇があるかどうか」

「だから勝手に杏ちゃんの予定を決めんなって言ってるんス!」

「そうそう! 私達だって杏とデートする権利あるんだから!」

「そうだな、藍達とは月に一度だけ権利をやる。あとは荷物持ち以外で杏と遊ぶんじゃない」

「風雅隊長のプレゼント選びはダメですか?」

「特別に許可する」


 それは良いのか……、と全員がそう思った。杏からのプレゼントというのはかなり嬉しいらしく、サプライズされるなら一緒に買い物に行くぐらいは許してやる心の広さだけはあるらしい。


 これは何かに託けて杏と遊ぶしかないな、という考えが中一組全員に思い浮かんだことは言うまでもない。


「だけどやっぱり許せないっス! 杏ちゃんは俺とデートするんスよ!」

「まだ分からないなら一度八つ裂きにするか、当然雅樹達も連帯責任だ」

「何で俺達まで!?」

「ノリだ」

「ノリで決めんなよ!


 そしてまた騒がしくなる。主に風雅が昴をこれでもかというほど蔑ろにし、さらに雅樹達が風雅に抗議しながらいつの間にか昴の性になっているという摩訶不思議な応酬が繰り広げられる。


 それを一歩引いた場所に避難もとい傍観していた蓮は毎度のことながら飽きないな、と溜息を吐き出したが、隣にいた杏は彼とは全く別の表情を浮かべていた。


「……蓮君」

「どうした?」


 ずっと憧れていた、そんな状況を今日一日で贅沢なほど与えられた。友人、先輩、そしてこれから暮らしていく新しい家族……


 全て今まで望んでも手に入れられなかったものに出会えた喜びはこの一言以上に現れる。


「私は凄く幸せです……」


 涙さえ溢れて来そうな笑顔に蓮はフッと笑った。自分にとっては当たり前、だが杏にとってはこの上なく望んでいた夢。

 だが、自分達とこれから付き合っていくならこの一言に尽きる。


「もっと望んでいいよ」

「えっ?」


 目を丸くした杏に蓮は優しい笑みを浮かべた。それは仲間でしか見られない、普段が冷静な彼らしからぬ貴重な笑みだ。


「俺達は仲間なんだ。杏が今まで憧れていたことは全てやったら良い。そうだな、俺とは本屋や紅茶の店にでも付き合ってもらうかな。女子好みのフレーバーティーはよく分からないからな」

「……はい、是非!」


 ニッコリと微笑む杏に蓮もまた柔らかな表情を浮かべ、前で繰り広げられている賑やかな空気とは別の穏やかな空気が流れる。

 ただそれは恋愛とは全く別の、性格は違えど波長が合うといった感覚だろう。だからこそ風雅は蓮を蹴らずに二人に合流した。


「蓮、お前も杏を口説くのか?」

「ええ、風雅隊長に殺されない程度ですけど」

「ああ、それなら構わない。桜を泣かせない程度にな」


 ニヤリと笑う風雅に蓮は珍しく頬を赤く染めた。どうやら桜という子に恋しているらしいが、ふと、その名前を聞いて杏は声をあげた。


「桜さんって……」

「そう、昼間に話した次期マネージャーで涼の妹。ついでに蓮がガキの頃から好意を寄せてる」

「風雅隊長っ!!」


 これも珍しく蓮が大声をあげた。しかし、中一組は何やら雑談もとい昴弄りとなっているため、誰も蓮の声には気付いていない。


 だからこそこの貴重なまでの蓮の恋愛事情についてからかってやろうと、風雅は人の悪い笑みを浮かべながら続けた。


「お前も桜のことになると中一らしい、いや、それ以上初な反応を見せるよな」

「……からかわないで下さい。だいたい、桜ちゃんの気持ちの問題があるんですから」

「……あれでそう言えるお前は凄い」


 家に帰ったら兄妹を通り越した関係、下手したら夫婦じゃないかと思うやり取りをよく繰り広げているのだ。それこそ彼女の兄達全員が微妙な顔をするぐらいにだ。


 ただ、蓮が中一にしては大人びている性か、あくまでも親友の妹で今まで兄の面倒を見る友人としての立場を貫いて来た性か、どうも付き合うといった状況にならないのである。

 端から見れば充分いちゃついてるようにしか見えなくてもだ。


 そんな二人のやりとりに杏はまた穏やかな表情を浮かべていると、ようやく少し落ち着いたのかコンビニのドアの前にいた涼が声を掛けてきた。


「風雅隊長、コンビニ寄って行きましょう!」

「ああ、そうだな。杏、夜のデザートは何にする?」

「えっ?」

「俺と勉強するから必要だろ? ほら、こういうのは藍達と選んで来い」


 トンと背中を押されて杏はコンビニの中に入れば、既に夜食とデザートでカゴいっぱいの成長期達はすぐ杏に群がった。


「杏! この苺タルト凄く美味しいから一緒に食べよ!」

「こっちのガトーショコラも良いわよ!」

「杏さん、この濃厚バニラアイスも美味しいですよ」

「いや、ここは新作のポテトチップスだろ!」

「杏は和菓子派なんじゃねぇか? 白玉餡蜜もあるぞ」

「ここは洋菓子っスよ! 杏ちゃん、こっちのパフェもイケるんスよ!」


 次々と勧められるデザートの数々に、コンビニにはこれほど色々なものが置いてあったのかと杏は思う。


 今までの彼女は家と学校を往復し、休日も出掛ける場所と言えば文具店と図書館ぐらいだったのだ。

 ましてや、学校や習い事の帰り道に友人達とこうして買い物をすることさえ初めてだったのである。


 そんな初めての体験に杏は戸惑っていると、スッと救いの手が差し延べられた。


「杏」


 後ろから蓮に声を掛けられ杏は振り返った瞬間、ぴょこんとうさ耳が出て来た。そう、彼女のキラキラさせた目に映ったのは彼女の大好物だったからだ。それも極上級のである。


「幻のプリンが良いよな」

「……は、はいっ!!」


 プリンを受け取った瞬間にハートが無数飛んだ。そのあまりにも可愛らしい姿に中一組はキュンとするが、この反応を起こした蓮にも感心した。

 特に彼と生まれた時から付き合ってるメンバーの感想は同じものだ。


「さすが蓮……」

「リサーチしてるあたりさすがだな……」

「というより、妹キャラに甘い?」


 真理の指摘はもっともだと一行はコクコク頷いた。若干一名、その妹を蓮に取られて面白くないといった顔をする無意識なシスコンはいるのだけど。


 そして夕飯も帰ったら用意されているというのに、成長期の中学生というのはどれだけ食べても足りないのか、食糧がたんまり二つ目のカゴに入れられたのを見て杏は目を見開いて驚いた。


 ただし風雅はいつものことだと見慣れているらしく、中学生が持つにはどうかというブランドの財布を取り出し、さらには中学生が普通持っているのかとツッコミたくなるゴールドカードを取り出した。


 言うまでもないが、当然風雅の名義である。


「お前達、終わったか?」

「バッチリっスよ! ゴチになります、風雅隊長!」

「都合の良い奴だな……」


 餌付けられても従順になるのか……、と陸は思った。今度は何かお菓子で釣ってみるのも良いかもしれない、と無表情ながら昴の飼育係は考える。


 おそらく根が単純というところは雅樹と同じだろうと思うので、それを利用して上手く付き合っていきたいものだと陸は腹黒いことを思うのだった。


 それからレジにカゴをドンと置き、店員二人掛かりで商品を袋に詰め、合計八袋の大量の荷物が出来上がれば風雅は荷物持ち達に命じた。


「お前達、荷物持て」

「お安い御用っスよ!」

「雅樹は四袋」

「鬼かよっ!」


 しかも飲料がたっぷり入った袋を押し付けられて雅樹は唸るが、返品するわけにもいかず結局渋りながらも四袋持つ羽目になる。


 しかし、これも雅樹がパワーを重視する豪拳タイプだからこそ、普段から腕力や脚力を鍛えておく必要があるためにやらせているのだ。

 ただ、風雅の扱きが中一男子にやらせるトレーニングにしては鬼なのだが……


 そしてスピード重視の烈拳タイプなためか、または昴に二袋持たせたためか、一袋持つだけで済まされた涼だったが若干気にすることがある。


「だけどこれだけ買い込んだら桜が怒るかなぁ?」

「桜さんがですか?」

「ああ、毎回風雅隊長に支払わせるなってさ。確かに一般的にはそのとおりだが俺達の場合はちょっとだけ違うからな……」

「そうね、寧ろ風雅隊長が保護者みたいなもんだし」


 なんせ両親とは数年顔を合わせていない上に、昔から風雅に面倒を見てもらっていたという環境では金の貸し借りという感覚とは少々掛け離れてしまう、と藍は続けた。


 もちろん、風雅にとっても中一組が欲しいものを買い与えるという行為は親が子供に買い与えるのと同じ感覚らしいが、当然例外もある。

 今回も雅樹がこっそりカゴに入れたエロ本だけは自分で支払わせていたのだった。


 それから一行はコンビニを出たが、ふと、そこに陸がいないことに気付く。


「あれ、陸はどこいった?」

「おかしいわね、さっきまでそこに……」


 横断歩道を渡れば魔法格闘技を嗜む者達のフィールドがある。そこに見えるのが高校生十人程度とかつあげから逃げ出す中学生達、そして勇敢に対峙する我等が攻撃補助の要である。


「陸っ!?」

「何やってるんスか陸ちゃんは!!」


 コンビニの袋を真理と藍に渡し、中一男子達は猛ダッシュでフィールドへ駆け出した。



 陸は基本、間違ったことは間違っているときっぱり言い切るタイプだった。その性格のおかげで彼が気に食わないと思う者達から何度も絡まれた経験がある。


 しかし、彼は見て見ぬ振りをすることは絶対しなかった。小さくとも人間性まで小さくなる必要はないという信念があるからだ。


「かつあげはいけません、犯罪です」

「ああっ? 何だドチビ!」


 茶髪に金髪、鼻ピアスにネックレス、着崩した制服にカラーシャツ、密かに見えるタトゥーだがかっこいいとは思えない。

 その出で立ちから、絶対頭の悪い高校なんだろうな、という感想しか抱かず陸は無表情のまま高校生達と対峙していた。


 とりあえず、先程絡まれていた中学生達が警察を呼んで来てくれることを願いつつ、または雅樹達がこちらに気付いて暴れ過ぎないことを願いながらこの状況を切り抜けようと思う。


「待てよ、こいつ魔法学院の中学生だろ? 金持ってんじゃねぇか?」

「そうだな。おい、金出せや」


 ドスが効いた声と下品な笑い方が耳障りだ。絶対自分がビビってると決め付けているらしいが、生憎、こちらは不良グループなど可愛く見える仲間と付き合ってるので恐怖の一つも感じない。


「残念ですけど僕自身のお小遣は少ないんです」

「だったら親の金パクって来いや!」

「親は仕事でここ数年日本にもいませんよ。だから風雅隊長が面倒見てくれてるんですし」

「じゃあ、その風雅隊長を呼べや!」

「止めた方がいいと思います」


 死ぬだけだから、とは付け加えなかった。風雅からかつあげ出来る自殺志願者など出た時点で自分達から全力で阻止する自信がある。


 しかし、不良達はそんな事実を知らないため余計に苛立ちを募らせるだけだった。

 せめて無表情の陸を崩してやりたいと、慌てて金さえ差し出してくれればあとはフィールド内で痛め付けてやれば良いと思ったらしく、そのうちの一人が殴り掛かってきた。


「いい加減にしろよ、トチビ!!」


 ポンと後ろに飛んで陸は拳を避ける。他のメンバーここにいたらのならこの時点で反撃出来るのだが、さすがに今回は一人なのでむやみに動くのはやめておいた。


 ただ、不良にとってはかなり予想外だったらしく余計に苛立たせてしまったようだ。


「テメッ、かわしやがったな!?」

「はい、攻撃補助担当ですから回避力は高いんです」


 おまけに普段から見ているものは高速苦無と風雅達の魔法格闘技だ。不良一人のパンチなど見切れないわけがない。


「いい加減にっ……!!」

「するのはテメェだ!!」

「うわっ!!」


 不良は殴る前に魔力で弾き飛ばされる! しかもその一撃は重く膝を折るほど。そう、陸の相棒と飼い犬がとても中一とは思えないような殺気を醸し出して彼を助けに来たのである。


「おい、陸に手ェ出した奴ァ誰だ?」

「陸ちゃん傷付けた奴出て来い」


 別に傷付けられてはいませんが……、と陸は思うが敢えて何も言わなかった。怒れる雅樹と昴に何を言っても無駄だろう。


 そして彼等が来たということはと陸は後ろを振り返ると、藍達も慌てて駆け寄ってきた。風雅は杏がいるためかフィールドの外で待機しているようだが。


「りっくん、怪我してない!?」

「大丈夫ですよ、藍さん」

「てか、あいつら誰なの?」

「かつあげする人達です」


 その一言が悪かった。昔から陸が絡まれる度に怒り狂い、相手を叩き潰してきた彼等は一瞬にして喧嘩モードもとい駆除モードに入る。


「おい誰だ、陸の金を奪おうとした奴」

「今なら射抜くだけで勘弁してやる、さっさと前に出ろ」


 実は隠れヤンキーなんじゃないかという涼と蓮。この時ばかりは喧嘩をすれば部活停止という言葉も彼等からはすっ飛んでいるらしい。


 ならばそれを止められる部の主将はどうなのかといえば、やはり風雅様は風雅様だということを改めて思い知るのだった。


「お前達、フィールドで俺達にケンカを売ったことは死ぬほど後悔させておけ。それとこいつらが死ぬ程度のカスみたいな問題くらい俺が全て揉み消すから心配無用だ」

「了解っ!!!」


 怒れる中一組をさらに煽った上に、黒さが張り付いた笑みを浮かべて不良達を青くさせる。間違いなく彼が風雅だと不良達は認識した。


 そんなやりとりに杏は心配そうな表情を浮かべているが、フィールド内で殺人をやること事態が難しいという常識を小さな声で風雅に告げられ、彼の言ったことが単なる脅しだとホッとした模様。


 ただ、陸に絡んだ落し前だけは倍返しにすることを彼女は知らないのだけれど……


「七対十数人ですか……、すみませんが僕も攻撃中心の補助に入りますから気を付けて下さい」

「別に通常の制限付きでもいいが?」

「雅樹君、明日は勉強会ですから練習禁止ですよ? ストレスを君にぶつけたくありませんが」

「分かった! 攻撃中心でいってくれ!」


 即答してしまうのは自分の勉強が悲惨なスパルタ教育と化してしまうから。それならば陸の攻撃中心の補助の方がよっぽど良い。


 とりあえずフィールドの外に出た時に問題がない程度にシバいてやるかと、中一組は上着を脱ぎ捨ててシャツの袖をたくし上げる。


 藍と真理はスカートなのに大丈夫なのかと杏は気にしていたが、大抵スカートの下にスパッツを履いているので問題ないとのこと。


「へっ、いくら魔法学院でも中学生が高校生に勝てると思ってんのか?」

「そうだぜ、部活動と違ってこっちは喧嘩慣れしてるんだからよ」


 つまり型がないのか、というのが全員の感想。間違いなく豪拳のパワーもなければ烈拳の速さもなく、柔拳や技拳といったテクニックを要する戦い方も出来ないと予測がつく。


 おそらく、フィールドでかつあげをしていた理由も怪我をさせても外に出れば無傷になる、つまり証拠が残らず金を巻き上げるには絶好の場所、と魔法格闘技をやるものならまずやらない浅はかな考えを持っていたからだろう。


 そのレベルならば、と雅樹は陸に絡んだ分だけを倍返しにしておくことにした。


「だったら全力で向かって来いよ? こっちは魔法格闘技部らしい戦い方をしてやるからよ」

「ほざくなっ!!」


 雅樹に向かって来たのは二人。その瞬間に相手の力量を知った風雅は公園のベンチに座っていようと杏を促した。自分まで出たらそれこそこっちが加害者だ。


 そして簡単に不良二人の拳を止めた雅樹はニッと笑う。はっきり言って自分の敵じゃない。


「喧嘩慣れしてんだろ? きっちり間合いぐらいとんねぇとフィールドの外に出るぜ?」

「うわあああっ!!」


 ガツンと一人目の顔面を殴ったあともう一人の腹部を蹴り飛ばす。飛ばされた距離もフィールドの外に出るスレスレのところで結界に弾かれて止まったほど。


 その時点で不良達は青くなったが、次に無数の青い光を放つ弓矢が正面から飛んで来て、彼等は滑稽な悲鳴を上げながら辛うじてそれを避けた。

 そんな芸当をしれっとやってのけるのは一人だけ。


「今日は早朝しか射てなかったんだ。午後のはここで射たせてもらう」

「うわあああっ!!」


 無表情で容赦なく弓を引く蓮だが、やはり十人もいれば一人ぐらいは辛うじて難を逃れられたらしく、手に持っていた鉄パイプで昴に殴り掛かりに向かった。


「このっ!!」


 その瞬間、何処からか高速の苦無が飛んできてそれは腕と手の甲に深く刺る!


「ぐあっ!!」


 そのあまりの痛さに鉄パイプを取り落とし、昴はその隙をついて不良を蹴り飛ばした。


 今回は攻撃型でいく、そう予告していた通り陸が容赦なく苦無で相手を崩したのである。当然、苦無に纏わせた魔力もいつもより強めだ。


 しかし、相手を倒しているはずなのにキメの一言は昴に対するものだった。


「鉄パイプで殴るのはやめて下さい。昴君がこれ以上馬鹿になってくれたら困ります」

「陸ちゃんひどいっス!!」

「ほら、油断しないで下さい」

「分かってるっスよ!」


 相変わらずな扱われ方に昴は涙目になりながら次の相手に向かっていく。


 とはいえども、他の怒れる中一組を相手にしているので既に不良達の心はかなりボロボロにされているのだが、やはり自分達が中学生だということもあり何とか立ち向かっている。


 だが、彼等の浅はかな考えはどうにもならなかった。真理や藍を人質に出来ればと向かっていくのだが、女子だと見くびっていた分だけそれは倍返しにされる。


「藍、さすがに銃は止めときなさいよ」

「撃つまでもないわよ。それに骨折させたい気分!」

「賛成!」


 向かってきた不良達に二人は逆に向かっていくと、後ろから高速苦無が飛んできてそれは不良達の肩や太股に刺さり彼等は悲鳴を上げる。


 その隙をついて、真理と藍は微笑を浮かべ容赦なく二人で連続して一人ずつに回し蹴りを繰り出せば、不良達はフィールドの端までぶっ飛ばされた。


「りっくんさすが!」

「ありがとう、陸」

「いえ、どういたしまして……」


 無表情ながら礼をいう陸の心中を感じ取った涼は微妙な表情を浮かべた。


 あの真理達二人のダブルキックの威力ははっきりいって烈拳を繰り出している自分の倍はある。骨折ぐらいは可愛いもので、過去、エロ本を読んでいた雅樹が虫の息になって兄の慎司が全力で回復魔法を繰り出したレベルだ。


「あの蹴りのあとに烈拳使うのはちょっと気が引けるんだが……」


 とは言いながらも、地面を強く蹴って高速の拳打を繰り出し相手を沈める。

 ただ、充分過ぎるほど他のメンバーに痛ぶられていたため、骨に異常をきたさない程度に威力を抑えておいた。気の毒だと思いたくないが思ってしまうのだ。


「では、最後の一人を……」

「全員そこまでにしておけ。警察が来たからそいつらをフィールドの外に出しておけ」


 おそらく陸が助けた中学生が呼んだのだろう、パトカーのサイレンの音が近付いて来るのに気付いた風雅は中一組を制しておく。一人ぐらい生かしておかなければ後々説明が面倒だからだ。


 だが、その意識があった一人には雅樹と昴が取り囲んで恐怖のどん底に突き落としているので呂律が回るか怪しいところだが。


「君達! 何をしてるんだね!!」


 数人の警察官が到着し、やっと来たかと風雅は一つ溜息を吐き出す。ここからは部活停止になるようなヘマをしないように自分が全て片付けるだけだ。


 その考えに至っている蓮と藍はこういう時だけは見事な連携を見せるのだった。


「すみません、友人がかつあげされてたんで助けようとしたら殴り掛かって来たんで」

「お巡りさん、本当なんです! あいつらりっくんを殴ろうとしたから止めに入ったんです!」


 被害者は女子より低い男子、倒れているのは高校生の不良達、喧嘩をしていたというより正当防衛と判断する方が妥当だ。


 ただ、確証もあった方が良いだろうと風雅は判断し、警察官に一言付け加えておいた。


「野外のフィールドなら監視カメラを付けることが義務付けられているはずです。それを見れば、他校の生徒がかつあげされているところを陸が助けたと分かると思いますので確認して下さい」


 この状況で疑う必要もないと思うが、と言いたげな風雅の顔に警察官達も納得したらしく、彼等は不良達だけを引き連れて警察署に戻って行くのだった。


 だが、忘れてはならないことがある。いや、すでに陸への説教は始まっていた。


「陸っ! お前はなんで毎回一人でフラフラ行くんだよ!」

「そうだぞ! もし怪我したらどうするんだ!」


 涼と蓮のダブル説教。昔から陸が無茶すると必ず中一組は心配のあまりこうして怒るのだ。


「すみません、かつあげされてるところを見てられなかったんで」

「だったら俺を最初から連れていけよ!」

「そうっスよ! 無茶なことしないで下さいっス!」


 雅樹に関してはあくまでも喧嘩好きということなので謝るのもどうかと思うが、他のメンバーにはきちんと頭を下げた。

 杏に至っては本当に心配してくれたのだとその涙目から分かる。


 そして陸は風雅と向かい合った。きっと一番謝罪すべきなのは事後処理をしてくれる風雅にだ。


「陸、単独行動はいただけないが誰かを助けようとした姿勢は褒めてやる。だが、お前は絶対怪我するんじゃないぞ、分かったな?」

「……はい、すみませんでした」


 ペコリと陸は頭を下げた。自分に対する風雅の説教は基本短い。それは説教せずとも分かっているだろうと信頼してくれてるからだ。


 ただし、それが連帯責任となった場合には正座一時間ということが多々あるのだが……


「よし、帰るぞ」

「やべっ、アイス溶けちまう!」

「蓮ちゃん、冷却魔法使ってくださいっス!」

「仕方ないな」


 そしてまた始まる賑やかな帰り道。きっとこれからずっと続くのだろうと杏は思う。いや、ずっと見ていたいのだ。


「良いですね……」

「ん?」


 杏がぽつりと呟いた言葉に風雅は彼女に視線を落とすと、彼女は無意識なのだろう、少しだけ手を強く握った。


 そして紡がれるのは彼女らしい言葉。


「とても温かい気持ちになりました」


 自分を見上げて来る穏やかで可愛らしい表情。これはそのうち理性が保たなくなるなと思いながらも、杏のいうことはよく分かる。


 この手の掛かる弟分達は自分が守りたいと思うほど魅力的なメンバーなのだから……


「そうか……」


 そう短く答え、風雅はまた杏の手をギュッと握るのだった。




お待たせしました☆

今回は賑やかな下校風景をお届けしました。

帰り道のコンビニでワイワイするのも学生の醍醐味ですよね。


ただし、買い過ぎには注意しましょう。

これは風雅様がいるから出来ることで、普通はいくら先輩でもここまで支払わせないのが正しい学生のマナーですからね(笑)

あと、喧嘩も部活停止になるのでしない方がいいです。



では、今回も小話をどうぞ☆



〜休日は何をする?〜



昴「杏ちゃんって休日は何してるんスか?」


杏「そうですね、図書館か家で過ごしています。昴君は何をされてますか?」


昴「そうっスね、俺は街でブラブラしてることが多いっスよ! それでよく芸能プロダクションやモデルにスカウトされてるっス」


杏「うわぁ〜、凄いですね!」


昴「それほどでもないっダアアッ!!」


風雅「全くだな、つまらない話をするな」


昴「何するんスか!!」


風雅「杏と話してたからムカついて蹴っただけだ」


昴「理不尽っスよ!」


杏「えっ、えっと……! 風雅様はお休みの日は何をされていますか?」


風雅「ああ、俺はトレーニングしてるか家で過ごすことが多いな」


昴「うわぁ、風雅隊長って実は根暗な趣味とかもってそうっスね」


風雅「そうだな、先週の夜は大人達に混じってダーツとビリヤードだったしな」


昴「へっ?」


風雅「だが、時々気分転換で乗馬も嗜む程度にする」


杏「うわぁ、風雅様は凄くオシャレな趣味をお持ちなんですね」


風雅「そうでもないよ。将棋やチェスも好きだしな」


昴「何か凄く負けた気がする……」




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