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CROWN  作者: 緒俐
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第一話:前奏

 魔法世界・日本。魔法の使用により犯罪率が急激に増加したその国はかつて動乱の中にあったが、そこに警察の上を行く魔法議院という二十の戦闘指揮官が率いる組織が設立、彼等の活躍により瞬く間に犯罪率は下がり国には平穏な時間が流れ始める。


 しかし、新たな犯罪を防ぐため、または未来の魔法議院に入る人材を育てるため、文部省は部活動の一つとして魔法格闘技を斡旋。たちまちそれは魔力を持て余す若者達の目に留まり普及していくこととなる。


 そして、その魔法格闘技部の中でも特に優秀な学院が存在した。私立魔法学院、全国でも数々行われる魔法格闘技戦において常に優秀な成績を修めている学院である。

 ただ、その学院の魔法格闘技部の中に奇妙な噂があった。


『月を従える少年が存在する』と……



 魔法学院、時刻は夕方。翌日、そこへの入学が決まっていた杉原杏は家の近くということもあってか、人が疎らになるこの時間の学院に足が向いていた。

 まだ桜は六分咲きというところで風も若干冷たい。ただ、夕焼けの中で舞う桜吹雪の情緒に彼女は穏やかな表情を浮かべた。


「ここに通えるんですね……、今度は……」


 そこまでで声は途切れた。少し前までの辛かった思い出が脳裏に過ぎり俯いてしまう。だからこそ入学前にここに来てしまったのかもしれない。少しでも心にゆとりが欲しかったから……


 そして数分間物思いに耽った後、そろそろ帰ろうかと思い踵を返して正門までの道を歩く途中、ふと彼女はグランドに目を向けると、そこには一人の少年がグランドの端から端まで何本もダッシュを重ねている姿が飛び込んできた。


「あっ……」


 そう小さな声が出る。少年のことを知っている訳ではない。人が走り込んでいる姿は小学生だった頃も何度も見ている。ただ、今まで見てきた誰よりも綺麗だと思った。


 どれぐらい走ったのかは分からないが自分を限界まで追い込んでいるのは確かで、春だというのに滝のような汗を流して紺色のTシャツには染みさえ出来ている。

 こんなところで練習しているのだから、何かしらスポーツ系のクラブに入っているのだとは思う。だが、ここまで一つ一つの洗練された動きはただのクラブ活動とは思えなかった。少なくとも走り込みそのものは基本練習に違いなくて……


 こうしてしばらくの間、ただ見とれていると、忽然とグランドから少年の姿が消えた。それに杏は何が起こったのだろうかと目を丸くしていると、スタンと背後から誰かが降り立った音が聞こえた。


「何をしてる」

「えっ!?」


 少しだけ低い声に振り返れば、さっきまで遠くで走り込んでいた少年が腕を組んですぐ後ろに立っていた。そして思わず息を飲む。

 自分より十センチ弱背の高い上級生、遠くにいた少年は確かにそう見えていた。だが遠くにいたのと近付いたのとは全く違うことがある。


 全てを従えてしまいそうな威圧的な視線とかなり高い魔力を所持しているであろう、目にさえ映りそうなオーラが杏に叩き付けられてる気がした。


「ご、ごめんなさいっ! すぐに出ていきます! 練習の邪魔をしてすみません!!」


 慌てて深く頭を下げて杏はその場から走り去ろうとしたが、それとは対称的に落ち着き払った少年は青色のベンチの上においてあったスポーツドリンクの容器を片手で持ち、走り去ろうとした杏を呼び止めた。


「おい待て」

「えっ、あっ……」


 頭上を通り越し、フワリと空のスポーツドリンクの容器が杏の目の前に飛んできて彼女はそれを掴むことになった。一体、何だろうかと混乱しきっている頭のまま彼女は振り向くと、タオルで汗を拭きながら少年は校舎を指差してあっさり命じた。


「ドリンク作って持って来い。給湯室は真っ直ぐ行けばある」

「あっ……、はい、分かりました!」


 どうしてかと問う事さえ頭の中から消え失せていた。怖いというレベルを超えていたというのではなく、逆らってはいけないと本能的に感じたと同時に走り出したのが正確だ。


 ただ、その慌てた様子を少年は面白そうに微笑を浮かべて見送ったあと、クールダウンとゆっくり走り始めたのだった。



 それから約十分後、勝手に学校の備品を使って良いものかと戸惑いながらも、作って持って来いと言われたのだからと割り切って手際よくドリンクを作って少年の元にダッシュで戻るが、杏はグランドの手前で足を止めた。


「一之瀬様! タオル使って下さい!」

「風雅様、練習お疲れ様ですぅ〜」

「どうぞ、ドリンクの差し入れですわ」


 遅かったのかと思う。彼の周りには数人の女子がタオルやらドリンクやらと差し出していたのだ。あれだけ整っている少年なのだから取り巻きがいないほうがおかしい。


 どうしようかと思ったがその中に割って入る勇気などなく、杏はスポーツドリンクに若干の魔力を送った後、ふわりとそれを飛ばしてベンチの上に置くと正門へと向かうのだった。



 取り巻きから解放された後、一之瀬風雅はストレッチを行いながらもいつになく不機嫌になっていた。

 ベンチに置かれたスポーツドリンクは先程自分が命じて作りに行かせたもの。もう少し杏と話をしてみたいという理由で行かせたというのに、いなくなってしまわれては意味がない。

 やはり作りに行かせるより無理矢理縛り付けておけば良かったかと、彼を知る人物からすれば当たり前なことを考えるのだった。


 因みに彼の考えとしては、スポーツドリンクを作らせてる間にクールダウンを行い、ストレッチになるタイミングで彼女が戻って来るだろうからと補助を手伝わせ、さらに暗くなったからと家まで送るところでは親睦まで深めていると計算されつくした計画を立てていたのだ。


 だが、珍しく彼は浮かれていた。新学期前のテスト勉強で一般生徒は大人しく勉強しているだろうと思っていたのだが、それを狙って来る取り巻きのことを全く考えていなかったのである。


 そんな苛立ちの中、こちらに近付いて来る八つ当たりはするが不快ではない一つ年下の後輩達に気付く。


「風雅隊長」


 声のする方に視線を向ければ、そこには中学入学前だというのに百八十近く身長がある日に焼けた少年とまるで子犬のような円らな瞳を持つ、小柄な色白少年が汗だくなTシャツとスパッツ姿でやってきた。


 風雅より一つ年下の香川雅樹と小原陸、風雅とは物心ついた頃からの付き合いだ。


「お前達か」

「何だ? 機嫌悪りぃのか?」

「今すぐ絞められたいか?」

「すみませんでした!!」


 絞められる前に雅樹は深く頭を下げて謝った。機嫌の悪い風雅には死んでも逆らうな、それに何度も遭遇しているというのに雅樹はつい口に出して絞められることは最早お馴染みだ。


 ただ、本日は珍しく自分の失態もある所為か、風雅は即座に行動へ移行しなかった。


「で、走り込みは終わったのか?」

「終わりました」

「陸っ! お前は途中でへばって俺が抱えて走る羽目になっただろうが!!」

「すみません、ボールを避けながらはきついですから」

「そうか、ならば今度は苦無にしてやろう」

「勘弁して下さい風雅様」


 無表情のままでも、心にとてつもなく重くのしかかっているのは風雅様呼びというだけで充分伝わって来る。


 基本、彼等は風雅のことを風雅隊長と呼ぶ。それは物心ついた頃には風雅が彼等の兄貴分であり、尚且つ魔法格闘技の隊長だったからという理由があるからだ。

 もちろん隊長と呼ぶからにはそれだけ彼に対して信頼がある、いや、従順であるといった方が正確なのかもしれないが……


 ただし、弟分である彼等に強くなってもらいたいと、普段どんなに虐げていようと思うからこそ、風雅は常に彼等の練習メニューを厳しくしているのは事実だ。


「仕方ない、連帯責任で雅樹は明日練習二倍だ」

「何でだよ!!」

「陸を抱えたぐらいで音を上げるようじゃスタメンから外すしかないだろう。もっとスタミナを上げて足腰も鍛えろ」

「ググッ……!!」


 反論出来ないのは魔法格闘技部のスタメンを決めるのが二年生ながらすでに主将になっている風雅だからだ。魔法格闘技の強豪校でありながら実質、顧問よりも権力を握っているのが風雅なのである。


 しかし、本来なら今から行ってこいと言うところだが、あくまでも部活動、入学前から学生の本分を忘れさせるわけにはいかない。


「とりあえず今日はここまでだ。お前達も帰ってテスト勉強しろ。入学早々赤点ばかり取られてはうちの評価が落ちる」

「僕はなりませんが……」

「二人して何だよその目はっ!!」


 自覚がないのかと憐れむ目と刺すような視線が向けられる。小学生の頃と違い中学生になれば当然、補習やら追試やらと課せられるのだ。満点を取れとは言わないが、赤点だけは困る。


 これでは自分が何かしら対策をねっておかなければならないな……、と嘆息しながらも、風雅はストレッチの体勢を変えながらもう一つの命令も下しておくことにした。


「あと陸、少々調べてもらいたいことがあるんだが」

「はい、何でしょうか」

「今度入学する杉原杏についてだ」

「分かりました」


 陸はベンチにおいてあった魔法格闘技部とテプラーが貼ってあるノート型パソコンを開き「スギハラキョウ」と検索ワードを打ち込めば、そこには先程ドリンクを作れと命令した女生徒の情報が綿密に映し出された。


 ただ、キョウという名前の所為かてっきり男だと思っていた陸はキョトンとした表情を浮かべてもっともな感想を述べた。


「キョウ……、女性にしては珍しい名前ですね」

「何だ? 風雅隊長も女に興味があんのかよ」

「ああ、そうだが何か問題あるか?」


 隠すつもりはない、寧ろ手を出したらどうなるか分かってるだろうな、という威圧感を醸し出されてはからかうことさえ出来やしない。

 もちろん、そんなことをすればどうなるかは学習済みだが……


「い、いえ……」


 そう引き攣った顔で答える雅樹を放置し、陸は普段からの癖なのか彼女のデータを確認していく。性格、特技、癖、身体データ、知能等は一瞬にして把握し、それを統合して彼の評価を告げた。


「現時点のデータだけをみれば少し知能が高い一般女生徒と変わりません。彼女をどうするつもりですか」

「なになに……、ああ、確かに弱いな。陸よか体力なさそうだし」


 率直な感想だった。身体能力は女子として低い訳ではないが、自分達といつも一緒にいる女子達よりは明らかに低い。さらに魔力も普通といったところ。雅樹の予測では基本に忠実で面白みがないタイプだ。


 ただ、健全な男子として引かれる身体データは当然ある。さらに可愛らしい容姿なら尚更だ。


「おっ、胸は真理達よりあるだあっ!!」


 雅樹は辛うじて目に投げられたテーピング用の鋏をしゃがんで避けた。それに心底面白くないと風雅は聞こえるように舌打ちする。


「ちっ、外したか」

「マジでハサミ投げんじゃねぇよ!!」

「刺さって死ねば良かったものを」

「殺すなよっ!!」


 本当に容赦ない、気に入らないものは必ず排除、例え味方だろうとそれは変わらないのが風雅たる由縁だ。


「でもよ、これは陸と同じタイプってわけでもねぇしな。それにうちの部に入ったところでレギュラーにはまずなれねぇだろ」

「誰がお前達と同等に扱うと言った? 俺は杉原杏に興味があると言ったんだ、さらに情報を寄越せ」


 これは本気で惚れてるのかと無表情ながらも陸は内心驚いていた。風雅が一人の人間についてここまで熱心になったところなど陸は見たことがない。

 魔法格闘技の対戦相手でさえ能力値を伝えればそれなりに予測が立つらしく、さらに踏み込んだことなどまず聞かないというのにどうしたというのか……


 ただ、少なくともここで調べさせたのは自分達に関わらせる気だからというのは明白だが。とにかくそうならばと陸はさらに杏の情報を読んでいくと、ふと、目に留まった内容があった。


「……小学生の頃にイジメにあってるみたいです。同じ学校に通っていた女生徒達から典型的な嫌がらせを受けたようですね。エスカレーター制の学校からうちに来たのもそのためだと思われます」

「うわぁ……、確かに性格が良い上にこの可愛さだったら嫉まれそうだよな」

「やはりそうか……」


 一つ息を漏らしながら告げる風雅に陸は反応した。やはりと言うことは彼は杏のことを多少なりとも知っていたことになる。


 だが、惚れていたというなら草の根掻き分けてでも探し出して、自分のものにしてしまうのが普段の一之瀬風雅という少年なのだが、それをしないのは彼らしくない。

 もちろん、たまに気まぐれを起こして欲しいものを後回しにしてより堪能することもあるが……


「あっ、ちなみに僕達と同じクラスみたいですね。杏さんとなら楽しく過ごせそうです」

「確かに料理とか得意なら差し入れ作ってくれそうだしな! だったら俺もすぐにダチになって食わせてもらうかな!」

「食うな、俺専用だ」

「どこまで独占する気だ!!」

「レモンの蜂蜜漬けは良いですか?」

「部活に関するものは許可する」


 レモンの蜂蜜漬けはいいのかよ……、とその基準に雅樹はげんなりした。だが、あくまでも風雅を最優先した上でそのおこぼれに肖るということにはなりそうだ。


 しかし、ふと部活に関するものだけは許可すると言うセリフに気付き、雅樹は風雅の方にどういうことだと視線で問い掛けると、彼は新しい遊びを見つけた時の微笑を浮かべてそれに答える命令を下した。


「陸、雅樹、杉原杏をマネージャーとして必ずうちに入部させろ」

「はっ……?」

「もちろん真理達の協力を煽っても構わない。必ず俺のところに引っ張って来い」


 本当にどういうことだと二人は混乱した。魔法格闘技部のマネージャーは確かにハードなのだが、風雅と少しでも関わりたいと思う女子が大半なため毎年熱戦が繰り広げられるほどだ。

 そんな相手にマネージャーをやれと命じられた女子の反応は間違いなく一つしか考えられない。


「いや……、風雅隊長に頼まれたら二つ返事で引き受けてくれるんじゃ……」

「俺もそう思う。てか、惚れた女くらい自分でえぇ!!?」


 今度は魔法弾が飛んできた! それ以上何もしゃべるなと言わんばかりに足元には綺麗過ぎる円の穴が開く。そのあまりの綺麗さに二人はサーッと血の気が引いた。

 ただ、やった張本人は悪びれることもなく、それでは意味がないと権力全開なことを言い放つ。


「俺が頭を下げる訳がないだろう。かといって、従順させるだけじゃつまらない上に他の女と同等の反応など求めていない。当然、真理達のようになられても困る」

「真理さん達が聞いたら怒られますよ……」

「騒げばそれ相応のメニューを組んでやるさ。当然お前達も連帯責任だ」


 自分の恋路にそこまで地獄を見せるのか、と文句の一つも言ってやりたいが、今度は足元ではなく顔面ぐらいに直撃しそうなため言い返すのはやめておいた。


 だが、言い返そうとしているように見えたのか、先程より凝縮された魔法弾が風雅の指にフワリと浮かぶと、彼は人にはけっして見せてはならないほど危険な笑みを浮かべて釘を刺す。


「俺はあまり気が長くないからな、早く連れて来なければ……分かってるな?」

「イエス! キャプテン!!」

「ならいい」


 涙を流しながら直立して敬礼する二人に満足したのか、物騒過ぎる魔法弾を風雅は収めた。もちろん、連れて来なければ今以上の魔法弾を雅樹にお見舞いしてやるつもりだ。


 しかし、脅迫だけが彼の趣味ではない。きちんとそれなりの優しさはたまには出て来るし、血の通った部分もある。


「とりあえずお前達はそこにおいてあるドリンクを飲め。気に入らない女達の差し入れだが食に罪はない」

「食物は大切にするんですね……」


 食べ物を粗末にするな、という教えをきっちり実行するところだけは自分達と同じだ。その他は自分さえ良ければ世界が滅びても構わない、寧ろ逆らえばそれ相応に報復すると言わんばかりの性格だが……


 とにかく飲めとスポーツドリンクを投げ渡されれば、それなりに水分を欲していたのか二人は礼を述べてそれを飲み始めた。


「はぁ〜、生き返る〜」

「ええ、全くですね」


 基礎練習で極限にまで追い込まれた身体と精神に水分は染み渡っていく。風雅のためにと作られたものだが、その部分さえ触れなければ有り難いものだ。


 ただ、風雅がいつも以上に柔らかい表情を浮かべていることに陸は気付いた。相当走り込んでいたあとに適したものを作ってくれたファンでもいたのだろうかと思うが、半分以上は杏のことかと結論づけて雅樹とくだらない談笑を交わす。


 そして、機嫌の良さを全て説明する理由を彼は二人に聞こえることなく小さく漏らした。


「ああ、良い温度のままだな」


 風雅は口元を吊り上げる。未だに適温というスポーツドリンクに満足したことと、この先彼女と関われると思うと自然と表情は緩んでしまうもので……


 欲しいものを先伸ばしにする、たまにはそれもいいと珍しい気まぐれを起こして……




はい、やっと新作ということでアップさせていただきました☆

今回は学園ラブコメディとなるかどうかはかなり微妙ですが、緒俐らしく楽しくやろうかなと思います。


ちなみにこの話を完成させる題材は、最近嵌まっていた黒バスとか乙女ゲームとかいろいろ組合せた感じです。

少しでも楽しんでもらえるようにさらに精進しますので、これからもよろしくお願いします☆



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