真夜中の虹になれますようにとささやく彼女について私が知っているたったひとつの戯れ言
クリスマス短編として昨年書いたものに大幅加筆したものです。百合描写、残酷描写、刺激的な会話が人によっては不快に感じるかもしれません。苦手な方はおすすめ致しません。ご理解いただいた上でお読みください。
サンタクロースは危険です。
「唯々子さん、そっちに行ったわ!」
「はい!」
私はそのサンタクロースを如月さんと追いかけています。
目的はサンタ狩りです。
本日はクリスマス当日です。よく晴れた夜です。都会に雪は降りません。
「唯々子さん! 目標、見失わないでちょうだいね!」
「もちろんです」
大勢の人で賑わう街中に如月さんの大声が響きます。けれども、私以外はその声に反応しません。特殊な力を使う能力者として変身した私たちとサンタクロースの存在は一般人には見ることも触れることもできないためです。
私は如月さんの指示に従ってサンタクロースを追いかけます。サンタクロースはすばしっこいです。一瞬の油断が逃走を許すことになるので気が抜けません。私は人混みを突き抜け、路地を駆け抜け、ビルディングを蹴り、ふわりと飛び上がり、クリスマスのイルミネーションの背景に溶け込もうとする目標をしっかりと捕捉します。
「逃がしませんよ。ほら、いました」
空中で体を器用に泳がせながら、私は呟きました。
大柄でずんぐりむっくりしたいわゆるおじさん体型の彼は赤い服を身にまとい、子供のいる家の前で今まさに願いを抽出しているところでした。少し遅かったようです。
「唯々子さん、切り替えるわよ。作戦変更するわ」
「ふむ。わかりました。ですが」
今、サンタクロースがしようとしていることはとてもいけないこと。彼らは人々にプレゼントを贈りません。特殊な力で精神的に満足させるだけなのです。そうして子供や大人から向上心を奪い、反骨心を萎えさせ、人々を飼い慣らし、国を奪い、世界を支配する――サンタクロースとは、そんな大きな野望を目標に掲げる悪の組織の一員なのです。
私は言いました。
「ですが、如月さん、ここは私ひとりでやれるでしょう」
振り向くと彼女は空中で逆さになりながらハンドガンをかまえ、援護の体勢を整えていました。彼女はハンドガンを下ろして逆さのまま私を見つめます。
「いいの?」
「ええ、もちろんです。今夜が正念場なのですから」
「確かにその通りだけど、やれる?」
「心配しないでください。抽出行動の前後は隙だらけです。私ひとりでやれますよ」
私は鬼気迫る顔で上手に言えたはずです。この日のために、何度も鏡の前で練習したのですから。だって憧れるじゃないですか、こういうシチュエーション。彼女にかっこいいって思って欲しいじゃないですか。彼女は私なんかよりもとても強くて、一人でも大丈夫ですけれど、私は残念ながら弱いですからね。特に肉弾戦は苦手です。けれど、そう、今は私でもやれる条件が整っています。
「気をつけてね、唯々子さん」
「はい」
私の強気な態度が伝わったのか、私の返答に彼女は手で軽く反応して、他のサンタクロースを殲滅するべく、空中で進行方向を変え、次の目標へ飛んでいきました。
サンタクロースのことを「彼ら」と明記した理由はここにあります。
そう、複数いるのです。
一人見つけたら三人いると思え、それが私たちの常識です。
しかし、なんとまあ、目の前のサンタクロースはちょっと油断しすぎではないでしょうか。彼らはとても力が強くすばしっこいので厄介ですが、抽出行動という特異な行動に出ているときにものすごく油断する性質があるのでした。満腹状態とでも言うべきですかね。食べたらすぐに牛のように寝っ転がる人がいますけど、そういう奴らなのです。
私は胸で十字を切りました。サンタクロースと言えども命は命。殺生は心苦しいです。その罪を背負うために私はいつもこの行動をとります。
「一息でいきますよ。えやっ!」
空中を蹴り、サンタクロースへ向けて体を着弾させます。一瞬行動の遅れたサンタクロースは、振り返ったものの咄嗟の判断ができず、固まってしまいました。ここまできて情けをかける必要なんてありません。彼らは害悪です。憎むべき存在です。私は躊躇うことなく正面からサンタクロースの脳天に金槌で繰り出す必殺技をぶちかましました。
血肉爆ぜる詳細はえぐみ成分が多めなので割愛します。
私はサンタクロースが抽出した願いの欠片を回収しました。宝石のように綺麗なそれを小瓶にそっと入れます。そして、私は家の中にいるであろう子供のために祈りを捧げます。きっと、今頃目の前の家の子供は夢の中で幸福に満たされていることでしょう。夢だと知らずに踊り続けるのです。それは見ている側にとってとてもとても辛いことです。私は子供を必ず救い出すことを誓いました。
子供はひとり救えませんでしたが、しかし、魂を失ってしまったわけではありません。目標達成です。
「今夜で囚われた願いはすべて解放しなきゃいけないのよね」
振り返ると、他のサンタクロースをたたきのめしてきた如月さんが涼しい顔で立っていました。サンタクロースの鮮血で顔半分に鮮やかな赤が咲いています。それさえも美しく感じるほど、やはり彼女は強いのです。私は特に驚くこともなく、そんな彼女が綺麗だなと思いつつ、小さく頷きました。そうです、今夜が最後なのです。
「あと何体かしらね」
「最後の一欠片になるまで数えたくありません」
私は首を振りました。すると如月さんはほんの少しだけ微笑みました。
「確かに、唯々子さんの言う通りね。ビンを満杯にすればいいだけなのよね。だったら数えなくてもいいわよね」
今日は最後の夜。如月さんは今を楽しんでいるようでした。如月さんの素直な気持ち、このどうしようもなく切迫した状況でも上品に楽しめる彼女はやはり強さを秘めている。こんな彼女を知っているのは私だけです。
「如月さん、急ぎましょう。これから先は何が起こるかわかりません」
夜明けまでにサンタクロースを殲滅して、願いの欠片を集めなければいけません。そうしなければ、世界は悪の手に落ちてしまいます。早めに行動せねば間に合わないかもしれません。私は如月さんを急かしました。すると彼女はどこか名残惜しそうに、
「魔法少女の夜も、これで最後なのね」
「ようやく終わるのです。長かったですね」
「……ええ、そうね」
如月さんは頷いて、月を見上げました。
しなやかな背中がなんだか寂しげでした。
魔法少女、それは私たちのことです。これは正式名称ではありません。しかし、私たちをあらわす正式名称がもとよりないのですから、私たち二人はサンタクロースを倒す力をつかうとき、自らを魔法少女と名乗っています。なぜなら、誰にも知られず、感謝されず、人々をこうして悪の手から守っているなんて、魔法少女そのものだと言ってもおかしくないですもの。
月は夜空をじゅうぶんすぎるほど照らしています。
ああ、今夜は絶対に眠れません。私はそっと目をつむったのでした。
※
さかのぼること一ヶ月前のことです。
実は、この一ヶ月のあいだ、私は如月さんのことを探っているのでした。
私は彼女の欲しいものが知りたいのです。
それは私自身の目標を達成するためです。
私のパートナーである彼女の名前は如月キサラさん。高校二年生。私の同級生。風紀委員。成績優良。模範生徒。他人のために自らを犠牲にできる人。そんな彼女は完璧で社交性もあって将来有望な人材であると、誰もがそう思っています。けれど、私は違うと思っているのでした。なぜならそんな完璧な人間は存在し得ないからです。もしも存在するなら、それはそう演じている可能性が高いと疑っていいでしょう。必ず裏の顔、つまりこの場合、本性があるというもの。
私は如月さんの本性――人間らしいところ――つまり、私の入り込む隙間を知っていました。なのでもう少しで彼女の欲しいもの、希望、夢、願望や願望にかわるものを知ることができると思っていました。けれどなかなかうまくはいきません。
だって、彼女は公の場では完璧で無欲を装っているのですから。
だから私と如月さんに特殊な力があると知った日、私は運命的なものを感じずにはいられませんでした。私たちは表の世界から姿を消して世界を守るために戦わなければならないのです。私と二人きりになった彼女をよくよく観察し、色々なことを話すようになりました。彼女は完璧でした。でもよく笑い、よく冗談を言う一面もありました。そのときの彼女はとても楽しそうでした。いいえ、そのようにしてもいいと知ったと言ってもいいかもしれません。楽しい気持ちを覚えたと言ってもいいかもしれません。
それからというもの、如月さんは表の世界で私に対してささやく癖ができました。
二人きりになれないときに、彼女はいつもそうするのでした。
学校帰りの電車内でのことでした。私と如月さんは電車に乗っていました。如月さんはささやきました。
「見て、あの人」
視線を向けると、真面目そうな青年が隅の方に座って、ポケットに手を突っ込んで、貧乏揺すりをしていました。視線は空中の中途半端なところで固定されたままです。「急いでいらっしゃるのではないですか?」と聞き返すと彼女の口元が歪みました。
「あの人、たぶんとてつもなく変な性癖を持っているわ」
「これまた唐突な分析ですね。名探偵特有の名推理ですか」
「違うわよ。推理劇を披露する気はないわよ。私は主に結論から言うようにしているのよ。日本人に多いまごまごしている人は好きではないから」
「なるほど」
なんでもはきはきと言い白黒しっかり分ける如月さんらしいです。
「それにしても、如月さん。人を指でさしてはいけませんよ。残りの指はあなたを刺しているのです。誰かを見るときその何倍もの視線があなたにですねって、あわわ」
如月さんはやめてくれません。
私は慌てて彼女の指先を掴みました。ぐぐぐっと力を込めて腕を下ろしました。
「大丈夫よ。そんな視線ないじゃないの」
「まあ、そうなんですけど」
確かにこの車両には私と如月さんと男性と三人しかおらず、男性はこちらに気がつく様子はありませんので、私のお説教はこの例外とも呼べる状況では適用されずなのですけど、でもやっていいことではありませんもの。
「唯々子さん、あとこれも見てちょうだい」
彼女はまた指をピストルみたいにしました。男性を指さすのかと思いきや、すすすっとその指が空中の中途半端なところ――中吊り広告を指し示しました。それは貧乏揺すりをしている彼も見ているように感じられるものです。
広告にはこう書いてありました。
『プランテーションラブ~あたしのお兄ちゃんのお兄ちゃんはバナナよりもすごいの?』
男性向けのニッチなゲームの広告でした。広告を飾るイラストは、未発達なぷにぷに少女がきわどいコスチュームに身を包み、一心不乱にバナナ農園で働く一場面でした。シュールでミステリアスです。名球会ではなくて迷宮入りするほど謎です。私はそのニッチさに対して確実に眉をひそめたはずです。鏡があれば確認していたと思います。
「萌え、というジャンルのゲームか何かでしょうか」
「エロゲね」
「エロゲ?」
「そう、エロゲよ。エッチなゲームよ」
「ニッチなゲームではなくて?」
「エッチな」
「……男性は堂々とその広告を見ていると」
「そ、エロゲの広告に穴でも空くんじゃないかしらと思うほど熱い視線ね」
「さすがにそれは」
ふぅむ、ささやきとはいえ如月さんの口からエロゲという言葉が平然と出てくるとは思いませんでした。しかし、男性の貧乏揺すりはその広告に対して苛立ちを感じているようにも思えます。「本当は善良な市民なのでは?」私は訪ねると彼女は嬉しそうにささやきました。
「ヒント。ポケットに仕舞い込んだ手は何を握っていると思う?」
「さあ」
想像できません。私はあまりそういう想像を働かせることが得意ではないのです。
「バナナよ」
「バナナ、ですか? どこ産のバナナでしょう?」
「たとえがわかんないの? つまり、ナニよ。ナニのことよ」
「……あんらまあ」
それはそれは、そんなばなな。
ああ、恥ずかしい。センスが欲しいです。
「冗談よ」
「冗談でしたか」
「そうよ。だから無意識に出したのかもしれないけど携帯電話をしまいなさい。通報はする必要なしよ」
私ははっとしました。なぜか手には携帯電話が。私はポケットにしまいました。
「よく見なさい。携帯音楽プレーヤーのコードがポケットから出ているわね」
「あ、本当ですね。では、携帯音楽プレーヤーを握っていると?」
「ええ、そしてある一定のリズムでカチカチとスイッチを切り替えているわ。つまり、同じところをループさせて聴いている可能性が高いわね」
あまり人のことをじろじろと見るのは忍びないですが、如月さんの好奇心には私も興味が尽きません。私は男の人を観察しました。確かにカチカチとなにやら指を動かしています。
「なぜそのようなことを?」
「わからないわ。でも、同じ症例を私は二、三、知ってるわ」
ということは、やはりそういうことなのでしょう。
「サンタクロース関連でしょうか」
「ええ、そうね」
「でも、やはりあまり他人をじろじろ見るのはいただけません。あの方は被害者の可能性がある方なのですよ?」
すると彼女は唇の先を軽く付き出して言うのでした。
「これは、私のすることではないと?」
「そういうことを言っているのではありません」
意地悪な言い方です。他の人はこんな如月さんを知らないでしょう。
「悪かったわね」
すぐに非を認めるところに誠実さを感じます。
「いいえ、その方が魅力的です」
私は笑顔を作りました。すると如月さんも微笑みました。
「誰にも言わないでね」
「ええ、もちろんです。魔法少女のこともありますし」
「そうね、パートナーだもの。唯々子さんを信じないわけないわ」
「はい」
二人だけの秘密の会話です。また一歩、彼女のことを知るために前進できました。
如月さんは男性から視線を完全に逸らし男性の分析を始めます。と言っても憶測です。私は聞き役に徹します。
「彼は恐らく本物の幼女に手が出せないジレンマを解消する手立てをあのゲームに見いだしたのでしょう。これは健全な思考よね」
「幼女……つまり彼はロリコンなのでしょうか」
「恐らくね。言っておくけど男はだいたいロリコンよ。でもロリコンは犯罪者ではないわ。我慢できない奴が犯罪者なの」
「ええ、その通りですね」
「あ、話がそれたわね。さて、聴いているものはゲーム内の台詞でしょうね。それと『広告のイラストをリンクさせているのだと思うわ。幼女には手で触れてぬくもりを感じることができないけどそれで満足を得ようとしているのよ。でも到底肉体的満足は得られないわよね。その葛藤が貧乏揺すりにあらわれてると考えられないかしら」
「はい。きっとそうでしょう」
「けど、彼は葛藤を埋めるための行動には一切出ようとしてない。我慢していると言えばそれまでなのだけど、私たちに対してなんらかの認識行動をとらないのはロリコンよりも異常よ。彼から見れば私たちはおばさんかもしれないけど、女子高生と密室にいるのに、まったくこちらに視線を向けないのはおかしいと思わない?」
「確かにそうですね」
「もちろん私は自分がかわいいとは思っていないわ。でも、見ることができないほど生身の人間が苦手ならもっと嫌悪感を示すはずだし、他の場合もしかり、別の車両に移るとか、もっと最善の行動が思いつくはず。ここから得られることはなんだと思う?」
「私たちを認識していないということですね」
その通りと彼女は頷きました。
「彼は現実の世界を認識できていないと思うわ。サンタクロースに願いの欠片を吸い取られたのでしょう。彼はあのエロゲの世界に生きている」
私は広告を見つめました。想像の世界でおいしいバナナを作っているのでしょうか。それが彼の願いだったのでしょうか。
「特殊な願いをお持ちだったんですね。バナナって生産するのが難しそうです」
「唯々子さん、それは少し違うわ」
「はて」
「あの広告を知った後、一時的に強く想像した可能性がある。その瞬間を見計らってサンタクロースが願いを無理矢理抽出した可能性の方が高いわよ」
「それはなぜでしょうか」
「あの広告は年齢制限のあるものよ。公共の場にあるのはおかしいと思わない? 誰の目に触れてもおかしくない場所に出せるものではないわ」
「あ……、その通りですね。おかしいです。絶対におかしいですよ」
なんということでしょう。電車には小さなお子様も乗るというのに。鉄道会社もとんだチャレンジ精神を発揮したものです。
「でしょう? 誰も疑問に思わないなんて変よ、どう見てもおかしいわ。それにね、広告にまわせる費用なんてないはずの弱小エロゲ会社があんなところに中吊り広告を堂々と出せるわけもないの。よりによって公共の場に広告を掲載できてしまうってことは、組織の陰謀ありで確定よ。それもこの鉄道会社もエロゲ会社もこの車両を利用する人、すべてが黒でしょう。だからまともな人間は乗り込んでこないのかも」
「私たちは黒ですか?」
「耐性があるし、抵抗手段もあるから、無意識に避ける必要がないのかも」
「なるほど」
そういえば、どこかの企業がそのゲーム会社を買収したとかなんとか、そんなニュースがありました。世間一般に影響の少ないと思われるニュースがテレビで大々的に放送された時点で気がつくべきでした。
これは悪の組織の作戦。
潜在的な性癖を刺激して一時の感情を意図するものに染め、サンタクロースが願いを抽出する。そして柔順な人間にするべく行なった大作戦なのでしょう。同質の願いを大量生産するためでしょう。ということはこの世界のほとんどの人間がもうすでにサンタクロースの餌食になってしまっているということになります。疑問に思う私たちが逆におかしな考えをしていると言われればそれまでなのです。
広告を見続ける彼は犠牲者で、広告を出す会社も犠牲者。
犠牲者しかいない世界。
そんなに現実は苦しいですか。確かに、苦しいですね。否定できません。
「こうなってしまったら今のところ救う手立てはないのよね、悔しいけれど」
歯がゆそうに、如月さんは言いました。ささやく必要はないと判断したのでしょう。
この男性のように人が必ず持っているもの――欲望や願望が具現化した宝石、願いの欠片は抽出されてしまうともうその人の元には戻りません。
けれど、ひとつだけ世界を救う方法があります。サンタクロースを殲滅し私たちで抽出されたすべての欠片を回収し、願いの結晶になったとき、ひとつだけ願いが叶うと言われています。
それで世界を元に戻すのです。それが我々の目的です。その願いで、世界を悪の組織から解放するのです。それまでは、彼らはいわゆる廃人と化してしまう。本人は欲望が満たされたと思い込んだまま夢の中で生き続けるのですから、幸せでしょうし、現実の方が辛いですし、……ですから、とても皮肉であると言えますよね。
彼は幸せなのかと私は如月さんに訪ねてみました。
「さあ、そんなこと考えたこともなかったわ」
「あら、意外でした」
「私は自分の願いについて考えたことないからかも」
「……そうですか。何かを求めたりとかはされないのですか?」
「求められてきたばかりで、求める暇なんてなかったのよ。ふふ、おかしいでしょ?」
悲しいです。私はイエスともノーとも言えませんでした。流れる景色を見つめたまま私は固まってしまいました。
「もちろん夕飯のリクエストをすることもあるわ。私、パンよりご飯が好きなの。カツ丼とか、イクラ丼とか、天津飯とか、しょっぱくて美味しいわよね。でもそれ以外は親の言いなりよ」
如月さんの声のトーンが低くなりました。私はそっと彼女の顔を盗み見ました。
「……将来どうしたいとか、何が欲しいとか、よくわからないの。だって、何かを考える前に与えられてしまうから。きっとこれから先もずっと私は与えられ続けるのよ。幸せなのか不幸なのか本当にわからない」
「…………」
「ああ、どうして余計なことを言ってしまったのかしら。こんなことを言えてしまうのは唯々子さんだけよ。……他の人には絶対に言えないわ。……嫌わないで欲しいわ」
私は首を縦に振りました。嫌うわけないです。そんなくだらない言葉、私と如月さんの辞書にはないですよ。
でも、それではダメなのです。私は如月さんの願いが知りたいのに。
しばらく思案してから彼女は笑顔でこう答えました。
「まあ、場合によるかもしれないわね。その人にとって絶対に叶わない夢や希望なら、サンタクロースに身を委ねてもいいのかもしれないわ。だって、仮想現実のようなところで幸せに生きていけるのでしょう? そんな映画もあったわよね、そういえば」
「私は肉体をカプセルの中に預けたくないですよ。それに、叶わなくても、頑張りたいです。絶対に、絶対に、絶対です。諦めるなんて怖くてできないです」
私は語気を強めました。滅多にしないので頭がぽーっとします。
「私だってそうよ。頑張れば救われるとは言わないけど、救われなくても美しいことはたくさんあるこの世界を否定したくないのよ。現実なんて黙ってたら辛いだけだから、だから戦っているの。だってね、肉体は他の肉体に触れるためにあるものなのだから。脳だけで感じるなんて偽物の感覚よ」
「はい」
サンタクロースはまやかしを見せる存在。その存在自体が偽物です。
「さあ、今夜は彼から願いの欠片を奪ったサンタクロースを木っ端にするわよ」
「木っ端ですか。容赦ないですね」
「あら、唯々子さんだって容赦ないじゃないのよ。金槌の扱いに慣れてきたせい?」
「確かに、そうかもしれません。……ここ最近、特に吹っ切れました。サンタクロースの弱点も見つかりましたしね」
「そうね」
如月さんは微笑んでくれました。弱い私でもサンタクロースに勝てるようになったからでしょう。心配ばかりかけましたからね。何度も助けられましたし。私、やはり、如月さんのことが気になって仕方がないです。少しは私のことを認めてくれたのでしょうか。そして、あなたの欲しいものや願いは何ですか? 教えてください。私の想像力では、見当もつきません。私の知りたい願いは私の夢の中にはないのです。そうですね、だから、私はサンタクロースを否定できるのかもしれませんね。
※
一ヶ月前から私たちは連日連夜戦い続けています。
ビンに集めた願いの欠片はあと数個で満杯です。そうすればすべてが終わります。
私たちは色々なことを話してきました。けれど、彼女は何も欲しがりません。それはまさしく悪を正そうとする正義のヒーローであり、魔法少女そのものです。
私はそんな彼女の戦い方に魅力を感じて魔法少女と名乗ることを提案したのです。
対価を求めない魔法少女と言っても私たちは人間です。どんな人にでも願いの欠片はあります。彼女にもきっと願いはあります。私は彼女の願いを知りたいのです。
「先に渡しておくわ」
如月さんは先ほど狩ってきたサンタクロースから回収した願いの欠片を渡してくれました。こんぺいとうみたいな綺麗なそれを私はビンの中に入れます。
「あとどのくらいで満杯になるの?」
私はビンを軽く振って、もうほとんど音がしないことを教えます。気がつけばビンの隙間はわずかしか残っていませんでした。もうすぐ願いの欠片はひとつになり、世界を変えます。
「そう、あとひとつくらいかしらね。それなら楽勝ね」
私は頷きました。これで私たちの悲願が達成されます。私たちの世界を悪の組織から守ることができます、と言い換えましょうか。そのくらい嬉しいことなのです。二人でその偉業を成し遂げようとしている今、私は何とも言えない充実感を感じていました。
その時でした。
ずぅん、と体が重くなりました。
地面に体が張り付いてしまいそうなほどの強い力が全身を軋ませます。
「唯々子さん、上を見て!」
私は彼女に言われるまま力を振り絞って空を見上げます。
そして愕然としました。
空の色が変なのです。真っ赤にベタ塗りされた空がそこにありました。その赤いペンキが壁のように迫ってきます。
「違う、あれ、サンタクロースの大群よ!」
「あれ、……全部ですか?」
「そうよ!」
壁なんかではありませんでした。無数のサンタクロースが空の彼方から押し寄せているのです。これだけのサンタクロースの相手を私たち二人では到底相手にできません。
私たちでは願いの欠片を得ることはできません。つまり、サンタクロースのやろうとしていることを逆手にとってきたということです。サンタクロースの集めている願いの欠片を奪うことで私たちは世界を守ろうとしてるのです。
だから、私たちは大勢のサンタクロースを相手にするような戦闘能力を有していません。多勢に無勢ではなす術はありません。たとえ如月さんでも、同時に二人のサンタクロースを相手にすることはできないでしょう。もうダメかもしれないです。私は絶望しました。
そうこうしている間に、サンタクロースは次々と降り立ち、侵攻を始めます。無差別にこの日まで無事だった街の人々の願いの欠片を吸い上げていきます。
いつわりの幸福感を与えながら、さながら植え付けるように。
私はその光景に目を奪われました。社会的に疲弊したこの街に住む人々が笑顔になっていくからです。それは私たちの存在を全否定することを意味しているようで――
次の瞬間、欠片の詰まったビンが、何かに引っ張られ私の手元を離れていくのです。
目の前に徒党を組んだサンタクロースの群れがいつの間にか接近していました。願いの欠片を抽出するときに使う触手を喉の奥から伸ばし、私の手元にあったビンをかすめとったのです。
「いけません!」
私は叫びました。
刹那、目の前を何かが覆いました。彼女です。如月さんがビンに食らい付いたのです。私は思わず声にならない声を漏らしました。私は自分の油断を悔いました。あれほど油断しないように気をつけていたというのに。世界を救うのに私情を挟んだから招いた結果かもしれません。
「反省はあとにしてよね!」
彼女は懸命にビンを引っ張りながら叫びます。
「今はできることしなさい! ほら! あとひとつ、あとひとつなのよ!?」
彼女の爪が剥がれて、指先から血が噴き出します。彼女の声が私の心をびりびりと刺激します。持て余した触手が彼女の体にとぐろを巻きます。ふとももを、腰を、胸を、腕を、様々なところに触手が食い込んでいきます。ぎりぎりと音が聞こえてきそうです。私は足がすくんでしまいました。私のせいで、如月さんは……このままでは死んでしまいます。
「そんな目で見ている暇なんかないでしょう!?」
如月さんは叫びます。
「痛……ったくなんてないんだから! ほら唯々子さん! クリスマスの重力なんかに負けたくないでしょう! 私たちの希望をあきらめないでちょうだい! 魔法少女は誰のために存在すると思っているの!? 苦しみも悲しみも全部ひっくるめた本当の幸せを守るために、すべての人のために私たちは存在するのよ! 私たちはみんなのためにいるのよ! まやかしの幸福感を与えるサンタクロースを否定するためにいるのよ!」
痛々しい光景に私は目を覆いそうになりました。こんな如月さんは見たくない……私のせいで如月さんはぼろぼろになっていく。
「唯々子さん! 力を貸して! 二人でこれまでやってきたでしょう!?」
「二人で……」
「そうよ! 二人で、みんなを!」
私ははっとしました。誰かのためではなく、みんなのため。それがきっと彼女の願いなのです。だから彼女は今ここにこうして立っているのです。
「こらぁ! 一緒に引っ張りなさいよ!」
彼女はとうとう歯を食いしばり声にならないうめき声をあげはじめました。
私は足を懸命に前に出しました。彼女の願いの一端を知った今、私は彼女の願いを大正しいと信じたいのです。間違いであってはならないのです。たとえそれによって私の求めていた願いが叶わないとしても。
私は痛々しい彼女の手を包み込みました。そして彼女の指と指の間に自分の指を滑り込ませました。少しは負担が減ることを願って。
如月さんと目が合いました。そして、
「うおんどりゃああああああああああああああああッ!」
二人はそろって叫びました。ビンに詰まったたくさんの人々の願いの欠片を引っ張りました。彼らを救うのはサンタクロースではないと信じて私は泣き叫ぶ思いで引っ張りました。私は私の願いが叶わなくても、如月さんの欲しいものが私でなくても、私は如月さんと守ってきた世界を否定したくないのです!
ぶちっと奇妙な音が響きました。触手がちぎれ始めたのです。ぶちぶちぶちぶちぶち……と気色の悪い音が連続し重なり次第に大きくなっていきます。私は自分が発光していることに気がつきました。体の内側から熱い何かが溢れてくるようです。如月さんも同様でした。その光は体に絡みついた触手を真っ黒に焼いていきます。
そしてついに私たちはビンもろとも後ろに吹っ飛びました。
大きな爆発が起きたのです。
ビンをしまった私は服で簡易的に作った包帯を如月さんの指先に丁寧に巻きながら提案しました。隙のない大勢のサンタクロースを一気に相手にして倒すことなどできないのです。いくら彼女が強くても無数のサンタクロースを相手にするなど無謀ですから。一対一に持ち込むことも今のままではできないでしょう。それに私ひとりでは勝てませんし、如月さんはハンドガンを手にすることはできません。
手負いの彼女は苦い顔をしながら承諾してくれました。
私は自分のせいで彼女が傷を負ってしまったことに深い悲しみを覚えました。
※
表の世界にかぎり、平穏で幸福感に満ち満ちていて、そして世界の終わりのような現象が続く街を横目に私たちは自分たちが通う校舎にやってきました。町外れにある校舎のまわりは民家が少ないのです。だから必然的にサンタクロースの数もある程度マシになります。人のいないところであればしばらくのあいだはサンタクロースが来ないかもしれないと思いましたが、今のところはエンカウントを免れて来られました。
世界はあれからずっと真っ赤です。
ただ、それは私たちしか知らないのでしょう。明日には、世界が変貌してしまっていることなど、私たち以外の誰が知ることができると言うのでしょう。悲しみのない世界はいいところなのでしょうか。私はそうは思いません。落ち込んだときに見る空の美しさを知っているからです。願いが叶わないと知ったときの辛さもきっと前に進む力にできると信じられるからです。私はそれができるでしょうか。でも、そうしなければ、きっと如月さんは悲しみます。
ああ、青い空が見たいですね。
保健室で傷の消毒を済ませて、扉の頑丈な音楽室に忍び込み、息を殺しながら私は話ました。
それは次の一手の相談ではなく、私のもう叶わない願いについてでした。
白状してしまおうと思ったのです。
彼女の願いを知ってしまった今、私もそれを言わなければフェアではないと思ったのが半分と、聞いて欲しいという気持ちが半分、勇気が出たというのが本音です。
彼女は黙って聞き届けてくれました。話し終えると、彼女はささやきました。
「そんなことを思いつくなんて、やはり私のパートナーね」
幾分か表情が和らいだのもつかの間、彼女の目元はいつも以上に厳しくなりました。
「でも危険すぎるわ。そんなの認めない」
私は反論しました。だってこれはみんなのためなのですから。
これが成功すれば、世界は元通りになるのですから。
これからすることは、以下の通りです。
クリスマスの重力に引かれ続けていた私が最後に足掻くには最も相応しいステージであることを理解してもらえるように、私は順序立てて説明しました。
私には願いがありました。それは彼女の願いが知りたかったのです。つまり、私は彼女に好意を抱いていました。そして、彼女の欲しいものが知りたかったのです。与えたかったのです。さらにその与えられるものが私の存在ならいいなと思っていたのです。
でもそれは叶いませんでした。
如月さんはこの世界のために戦っていたことをしっかりと自分から認識してしまったから。与えられるだけの彼女は与える側になってしまったから。はじめての願いが、世界の再生でした。立派な心意気です。私はそれを嬉しく思えます。
だから、そんな私がサンタクロースから願いの欠片を抽出されたら、きっと立派な願いの欠片の最後のピースになれるでしょう。
その後、如月さんが私の金槌を使って隙だらけのサンタクロースを倒し、世界を元通りにしてくれればいいのです。包帯で握りしめた手をぐるぐる巻きにしてしまえば、力強い一発を見舞うことができます。
私は卑怯かもしれません。私は如月さんに自分勝手に言いたいことを言って、言い逃げして、あとのやり直し方は如月さんに任せようとしているのですから。
如月さんは黙って聞き終えたまま、微動だにしません。
願い方を考えているのかもしれません。さて、世界はどのように再生されるのでしょうね。きっと如月さんの望んだ世界は素敵な世界のはずです。私は身を委ねられます。たとえ私と如月さんが知り合う前にリセットされてしまうかもしれません。魔法少女としてサンタクロースと戦った記憶のない世界になっているかもしれません。でも、それが最善の方法ならそうだと思うのです。
私に迷いはありませんでした。世界が変わるための準備をするしばらくの間、私はきっとサンタクロースのくれる幻想の中で獣のようになって幸せを噛みしめるでしょう。そして彼女はそんな私を目の前にして、願いの結晶を完成させるのです。パートナーとして最後にできること、彼女の期待に応えること、みんなのために私の願いの結晶を捧げること、それが私自身の最善の身の振り方。
叶わぬ願いが世界を救うなら、私の欲望にまみれた醜態をさらすこともやぶさかではありません。 私はエラーをおこした動画のように何度も同じ説明をしました。
彼女は何度でも私の説明を根気よく聞いてくれました。
私が言い終えると平手打ちを一発もらいました。包帯だらけの手で、本気で殴られました。それが何度も続きました。
私は痛くてぼろぼろ泣きました。頬よりも胸が痛かったです。
ついに黙ってしまうと、彼女がかわりにささやきました。
「……私は真夜中の虹になり続けたいって思っていたわ」
はて。涙を拭きながら私は考えます。どういう意味でしょう。そもそも夜に虹なんてできるのでしょうか。
「月の光があれば、夜でも虹ができるのよ。特にそうね、ハワイなんかでは綺麗なナイトレインボーが見られるのよ。……昔、一度だけね、そのナイトレインボーが見たいとお願いしたことがあるの。でも、お父さんもお母さんも仕事が忙しくてまだ実現していないわ。思った通り次の日には写真集が置かれていた。だから写真集なら持ってるの。写真でもとても綺麗なのよ。……笑わないで。私その中の一枚がとても気に入ってね、拡大コピーして、自室の天井に貼っているのよ。どんなに戦いが辛くても、こんなふうに暗闇の中で誰かの希望になって私たちは戦っているんだって思えて、眠ることができるの。私、真夜中の虹気取りで戦っていたのよ。子供よね。写真集をもらったときからずっと私は子供のままなのかも」
私は言われたとおり、笑いませんでした。
「唯々子さんは月のように静かに、私のそばにいてくれたわよね」
「……何を言っているのですか」
「唯々子さんは私にとって月だった」
如月さんは外を眺めました。外は真っ赤です。
「世界がこんなふうに変貌してしまっても、私が私でいることを許してくれた唯々子さんは、私だけの月よ」
私は月ではありません。誰にでも平等に光を与えられる存在ではないのです。もっと不完全で歪んだ存在です。
私は否定しましたが彼女は肯定しました。
「私はあなたがいなかったらこんなふうに願いの欠片を集められなかったわ。本当はとても怖かったもの。いきなり変な力を与えられたときはこんな私に対する戒め、そうね、罰が当たったのだと思ったわ。でも、パートナーがいた。それは同級生のあなただった。あなたは太陽の下では真面目でお利口さんの私が偽りだって気がついてくれた。私はなぜかあなたにだったら本当の自分を打ち明けられたわ。夜の私を照らしてくれるのはいつもあなただったの。そうやって自分自身のやっていることを肯定できる強さをあなたのおかげで得ることができたわ。私の進むべき道をあなたは照らし続けてくれていたから」
絵に描いたような優等生は存在しません。それを知ったときは嬉しかったものです。私だけ特別な存在なのではないか、なんて思ってしまったのですから。私は完璧なあなただったらこんなふうに一緒にいられなかったはずです。だって、そんな完璧な人に寄り添う他人は必要ないでしょう。私ならそう思ってしまうのですから。
でも、だからと言って、それは恋愛感情ではないです。
如月さんは私をパートナーとして見ていた、そういうことなのでしょう。
「私のことを過大評価してます」
「あたりまえでしょ」
「はい?」
どういうことでしょう。
「ごめんね。私、願いがないわけではなかったの。ずっと言えなかっただけ。私は如月さんのこと、ずっと特別だなって思っていたのだから」
「それって」
「そう、そういうことよ。よかったわね。サンタクロースの力を借りずに願いが叶ってしまったわよ
「え、えっと」
あら……、えー……、どういう反応をすべきなのでしょう。本当に嬉しいとき、私は何も考えられなくなるようです。もう、わけがわかりません。
私は黙ってしまいました。如月さんは暗がりの中に顔を伏せてしまったため、表情は見えなくなってしまいました。
「私はね、本当はイイ子じゃない。狡いし、したたかだし、このまま親の脛をかじって生きてもいいかなって思ってた。でも今は違うわ。悔いの残らないように楽しいことがしたいわ。ううん、楽しくなくてもいい。うんと辛いことや悲しいことや世界がひっくり返るようなびっくりすることをしたい。もちろん、私たちの守った後の現実世界でね。そこに唯々子さんがいたら最高よ」
それにね、と如月さんは顔をあげます。泣いてました。
「ごめんね、唯々子さん。……ごめんね」
ああ、なんということでしょう。
私は欲しいものをすべて手に入れてしまったのです。
それは、私から願いの欠片を抽出できないことを意味していました。彼女の欲しいものがわかってしまったからです。彼女は私を求めてくれていたのです。私が素直に喜べない理由がそこにありました。
「ごめんね、我慢できなかった」
「いいのです。我慢できなかった私と同じだっただけではないですか」
「やっぱり優しいわ……。唯々子さん、私はこのまま最後まで戦うわ。それ以外に戦う術を思いつかないの。唯々子さんの提案は私が無効にしてしまったわけだし」
如月さんは涙を拭い立ち上がりました。
「黙って明日を迎えたくないもの。私は唯々子さんの望む世界を望むわ。お願い、最後まで一緒に戦って」
私は如月さんの足にしがみつきました。
「その体ではもう無理です……、いかないでください」
彼女を外に出してしまえば、命が尽きるまで戦ってしまうでしょう。
それではダメです。私は彼女を戦わせたくありませんでした。
涙が溢れてきます。さっきよりも胸が痛いです。戦って欲しくありません。私は彼女を失いたくありません。私は戦って欲しくないのです。如月さんの戦う世界を私を望まない。ここが私の望む世界なんて絶対にあり得ない。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。あり得ないのです。
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あり得ません。
ずぅぅぅんと体が重たくなりました。
サンタクロースに見つかったのです。
しかし、なぜこのタイミングで?
如月さんは力なくその場にへたり込みました。私は肩を抱き、寄り添います。
私はひどく冷静になっていました。サンタクロースは、願いの場所――ある条件下にあると断定された願いの場所を察知しているのではないかと、そう思ったのです。
……あれ。…………そう。……………………そうです。そうなのです。私は……私は、大変なことに気がつきました。私は涙を拭いました。
ずぅぅぅぅぅぅんという重低音が足先から這ってきます。
サンタクロースが教室に現れました。ずんぐりむっくりしたおじさん体型です。もじゃもじゃの白髭。真っ赤な血染めの衣装に、抽出した願いの欠片を入れるための空っぽの白い袋が背中にべったりと張り付いているように感じます。サンタクロースは口から触手を出しました。しかし、私は驚きませんでした。如月さんは虚を突かれたのか口をぱくぱくさせています。それでも戦おうとして体をこわばらせているのがわかります。サンタクロースがここにいる理由も私はわかります。
それは、如月さんの叶わぬ願いを観測したからです。
だから、ごめんなさい如月さん。
少しの間、我慢してください。
私は心の中でささやきました。
予想通りでした。
サンタクロースは私に目もくれず、腰を抜かして動くことのできない如月さんの胸の中央に触手を突き刺しました。『世界を守るために戦うことを願った』願いの欠片を吸い上げていきます。苦しそうに呻く彼女を私は見ないようにして必殺技の準備をします。私は自分自身のこれからの行動を狂気の沙汰だと思いました。
「なぜ」
如月さんは小さくかすれた声をあげます。私は微笑みました。だって、諦めたわけではないのですから。ですからお願いです。そんなにびっくりしてはいけません。私を信じて下さい。
如月さんの願いは叶わないのです。私は戦いたくないのですから。私はあなたと普通の学校生活を送りたいのです。だから戦いの中で二人で散りたいという願いは叶いません。私はあなたの願いを叶えません。だから、ごめんなさい。
でも。
あなたも同じように想っているのなら。
私と一緒に生きて下さい。
一緒に泣いて笑って怒って悲しんで下さい。
私はそれで幸せです。
他に何もいりません。
魔法少女なんて名前をつけた、特別なこの力もいりません。
私も、あなたがいたら、一生懸命がんばれますから。
私の望む普通の学生生活を一緒に過ごして下さい。
真面目で繊細なあなたにとって特別な存在になりたいのです。
彼女は最後の力で正気を保ちながら、うつろな瞳ながらも、しっかりとささやきました。「メリークリスマス」と。私も「メリークリスマス」と答えました。このときの如月さんはきっとすべてを理解してくれたのでしょう。あのときの彼女にはもう会えませんけれど、きっとそうだったに違いないと、今の彼女の笑顔を見ていて私は確信するのです。
だって二人は、同じ、私の大切な人なのですもの。
私は、サンタクロースが願いの欠片を抽出しきったことをきちんと確認します。間髪入れず、ありったけの力を込めて、油断しているサンタクロースの側頭部を金槌で叩きました。詳細は割愛します。美しい最後にはそぐわない描写ですから。
そして私は願いの結晶に願いました。このまま明日が来るように、すべてを受け入れるために、願いました。キサラさんと二人でまたこのよきクリスマスを迎えられますようにと願いました。
最後にもう一つ、私は大切なことを付け足しました。
「私は唯々子です。ですが、サンタクロースは必要ありません」
後日談です。
ウキウキな気持ちで如月家へお泊まりに行ったときのことです。
キサラさんのお部屋の天井は広くて真っ白でした。
~おしまい
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