第五話 「入門」
お礼の言葉が遅くなってしまい申し訳ありません。
評価いただいた方、お気に入り登録いただいた方、誠にありがとうございます。
平原を走ること4時間ほど、徐々に眼前に白壁のようなものが見えてきた。
はじめは小さく見えた壁は近づくごとに荘厳となり、そして左右にひろがってゆく。防壁の上に聳える櫓に人の姿が確認できるほど近づいたときには、もう壁の端は確認できなくなっていた。
櫓にいるのは守衛なのだろう。中世のヨーロッパのような鉛色のフルプレートの鎧を着ている。手に持つ槍には赤い布が刃と柄の境を隠すように巻きつけられていた。たえず周囲を警戒しており、態度からは落ち着きは感じられない。張り詰めた空気が草原にも伝染してくるようだ。
しかし、それでも人間は人間だ。
約一日ぶりの人間の姿に俺は喜びが沸いてくるのを抑え切れなくなっていた。
自然と顔が綻び、足取りも軽くなる。
「おぉ、街だー! 人もいるな」
「聖オウスの街は盗賊の襲撃も多いからね。人間相手にも警戒しているんだと思うわ」
聖オウス。
人間と仔竜と妖精が目指した街の名前である。
妖精の案内により「とても景気が良いが危なっかしい繁華街」と「異文化なんか認めない王都」と「人情あふれる宗教都市」の3択を提示された結果、俺がなんとなしに選択した宗教都市だ。
だって治安は大事だと思うし。
テフィの心配しがちなコメントはどうやら俺の言葉を違う意味で受け取ったらしいものだ。
俺は肩に担いでいた角の束を軽く浮かせ、持ち直した。
角は先ほど倒した牛たちのものだ。今は蔓を紐代わりにして、うまい具合にまとまっている。
蔓はテフィが木に話しかけて出てきたものだ。おそらく魔法のひとつだろう。
ちなみに俺の腰に巻きつけた布には、少量の牛肉がつめられている。これもテフィ作の風呂敷である。
「盗賊なんているんだな」
「勿論いるわよ。盗賊も山賊も、海に行けば海賊も蔓延っているというしね。でも盗賊のことも知らないなんて、ユウタはいったいどんだけ平和な土地で暮らしていたの?」
「いや俺のところは治安だけは良かったんだよ。全然産業もなかったし、むしろ秘境みたいなところだったしね」
思いつきで俺は言葉を返す。
異世界から来た、と言うわけにも行かないので苦肉の策だが他に言い訳ができなかった。
テフィは旅の記者という仕事をしているらしい。
いろいろな都市、観光地を回り、それを手記にまとめ妖精の里に持ち帰る。
そこで旅行雑誌を発行し、収入を得ているのだと言う。
幸いまだこの大陸しか訪れたことがないということを聞けたので、もっと遠いところから来た、という言い訳はかろうじて通じたようだ。
もっともテフィは俺の説明に心から納得している様子はない。今も首をひねり、少しだけ眉間にしわを寄せている。
ただテフィも先ほどまでの流れで俺が何も自分のことを話したくないことを察したらしく、あえて強く追求はしてこなかった。
やさしさに甘えてしまって申し訳ないが、本当にありがたいと思う。そして、後ろめたさと感謝をない交ぜにしながらも、いつか機会がきたらきちんと説明しようと俺は心の内で決めた。
「ふーん、じゃあ聖オウスのことは知っている・・・・・・感じじゃないわね」
生徒の表情で察したのか、テフィはため息をつく。
俺は薄ら笑いに乾いた笑い声が加えた。
「面目ない」
「いいわよ、知らない人に説明するのは仕事柄慣れっこだから。えーとね、聖オウスはこの街の象徴といってもいいものなの。より詳しくいうと、オウス教っていう宗教を始めた人物といわれていて、人間達の間では聖オウスの他にオウスの聖母とも呼ばれているわ。実際に礼拝堂で礼拝する際には彼女の像に礼拝する形になっているしね」
「へー、ここにも宗教なんてあったんだな」
「・・・・・・もう突っ込むのも疲れたから詳細は確認しないけど、あんまりそういう発言はここではしないほうが良いわよ。雄太がどんな信仰をしているかは知らないけど、自分のとこ以外の宗教の話なんてこの中では絶対に禁止事項よ。宗教都市で自分のとこの宗教を全否定なんてしたら暴行されても文句言えないわ」
俺の目の前で人差し指を立てながら、テフィは強い口調で告げる。
確かに宗教都市で宗教なんか知らないよ! といえば、そりゃあ「なんじゃこりゃ我ぇ!」とヤクザみたいな人が肩パンしてきても不思議ではないだろう。
元来正月もクリスマスもハロウィンもバレンタインも全部楽しむ性質の俺からすると、理解できない執着具合だが、無難に街ですごすためにはこれも重要な情報だ。
主義主張を無理に通すほど、凝り固まった主義を持っているわけでもないので、郷に従うのがベストだろう。
テフィのありがたい忠告に俺は笑顔で返した。
「ラジャー」
「ラジャー?」
「了解、って言う意味だよ。特に気にしないで」
「・・・・・・相変わらず良くわかんない言葉を使うわね。それに人間に妖精が人間の歴史を説明するって自分で言うのもなんだけど変な話だわ。まぁ、いいか。えーと、どこまで話したっけ?」
そういってテフィは首をいったん傾げるがすぐに思い出したようで、そのまま説明を再開した。
「聖オウスは600年前に天啓に導かれ、この土地に街を開いたといわれているわ。オウス教は今コフン国だけでなく、隣国のモンジョウ国にも広がっている大宗教よ。私達妖精から見たら600年前から広がった神様なんて存在が軽すぎる気がするけれど・・・・・・そこは崇めている人には関係ないからね」
他にも聖オウスの巨大石像が名物があること、ガラス細工と金細工で装飾された大聖堂が貴重な遺産で妖精の間でも評価が高いなど観光地みたいなガイドも付け加えてくれた。
しかしさすが雑誌のライターだ。説明が非常にうまい。観光地の魅力を余すことなく俺達に伝えてくれる。グリもはじめは聞いていない振りをしていたが、今は「ほぅ」みたいな感嘆も漏らしている。
聞いているこちらが楽しくなる説明がいくらか進んだとき、グリが思い出したようにポツリとつぶやいた。
「600年前? 我が昔この付近を飛んだ際、街も人もあった記憶はないが」
その言葉にテフィも難しそうな顔をする。どうやらテフィ自身も納得がいっていない部分だったらしい。
「妖精王も私の書いた記事を読んで同じことを言っていたわ。たぶん来歴自体が捏造なんでしょう。でも権勢を誇っているのだからあまり突っ込むのは大人気ないでしょ。それに、人間には600年前も400年前も。もしかしたら100年前だって大差ないのかもね。それだけ生きている人も滅多にいないし」
「証人がいないため、証拠もないか。短命であることで損をすることもあるものだな。賢しいことを考えるものだ」
100歳まで生きれば十分だと思います。
俺は心の中で突っ込んだ。
しかし、宗教都市か。
その実情は分からないが、現代でいうとバチカンみたいな感じなのかもしれない。
「そもそも宗教っていうとあんまりいい想像ができないんだけど」
「確かに宗教が支配する街といったら聞こえは悪いけど、人は平和に暮らせているみたい。教義も排他的ではないみたいだから、受け入れられやすいみたいだしね。戒律を守って生活している分、人間としてはまともな部類だと思うわ」
「妖精。そういう雰囲気ではないみたいだが」
そういうグリが警戒心を乗せたものに切り替わっていた。
視線を白い壁に戻すと、何人かの兵士がこちらを指差し、集まっていた。そして思い思いに武器を構え、俺達のいる場所に近づいてくる。
みたところ、さきほど櫓にいた鎧の衛兵と同じ格好をしていた。しかし、先ほど見たときよりも明らかにこちらを見据え、また敵対の色を隠すことなく示している。
威嚇の意味も込められているように大きな音を立てて鎧の男達がこちらに近づいてくる。
その様子からは、少なくとも先ほどテフィから聞いた平和さはどこにも見当たらない。
「明らかに敵対しているよな」
俺の口から感想が漏れるときには、
「・・・・・・しまった。姿を隠すのを失念していたわ。雄太、グリ。私は隠れるけど、うまく切り抜けてね」
テフィは俺に向かって手を振っていた。
そして木で俺が休んでいたときのように、聞き取れない何かをつぶやく。
どうやら姿をくらます気らしい。
「おい! ちょっとまて」
「大丈夫! その角と肉を売りに来たとでもいえば、何とかなると思うからー」
ぴゅー、と。テフィは振り返りもせずに一直線に右に向かって逃げていく。
おそらくこっそりと街の中に進入するつもりらしい。
「後腐れなく消えて行ったな」
「まったく、もうちょっと連帯感ってやつが欲しい」
心境が口から漏れる。
そのまま気落ちし下がっていた視線を上げると、草原の上に銀色の甲冑の足、そして鈍く光る剣を捉えた。
見慣れない凶器に俺が自然と足を一歩退くと、それを制するように口上が述べられる。
「とまれ! ここは母なる都市オウス! 聖母の宿木である。貴殿の名前、身分および訪問目的を伺いたい」
壮年といって良い男性の声だ。低く、威厳のある声色が面前の男から告げられる。さきほど確認した板金鎧の兵隊達の中でも一番の年長者であるように見受けられた。
鼻と目、口以外はすべて金属に覆われているため表情が読み取り辛く、それがさらに俺の気持ちを臆させる。
「グリ、どうしよう」
「どうしようもあるまい。思うままに答えれば良かろう」
「お前だけは味方だと信じていたのにっ」
「なにいざとなったらあの頭を噛み砕くぐらいはやってやるぞ」
「絶対にやめてくれ。人を簡単に殺しちゃ駄目だぞ」
仔竜と不審者との漫才に我慢できなくなったのか、さきほどの男性が語気を強めながら呟いた。
「聞こえなかったか。答えよ若造」
「あー、とりあえず落ち着いてください。俺はここでこの角を売るためにやってきたもので、出身地は貴方達が知らないような田舎です。職業は旅人というか冒険家というか」
久しぶりの人間への喜びはどこかに飛んでいき、俺は必死に気を使いつつ言葉を選びながら会話を続ける。槍や剣を向けられた状態で冷静に話せる現代人がいてたまるか。
「まぁ新米だがな」
「グリとりあえず本気で黙って」
俺は初めてグリを睨みつけた。これ以上こじらせるのは勘弁してください。
「・・・・・私の目が正常であればそれは竜族であろう。小竜のようだが魔物は魔物だ。中に入るのならば最低限そいつはこちらで預からせてもらう必要があるが」
男はグリを指で指し示した。
男の言葉に呼応するように俺を取り囲む兵たちが若干腰を落とした。いつでも迎撃できるように、という意味なのだろう。俺はじわりと背筋に汗が浮いてくるのを感じた。
「だってさ」
答えなんてわかり切っているが、一応グリへ意見をきいてみようと思い、答えを求める。
グリは憮然とした表情になる。
「断固として認めぬ。何のためにここまで来たのか分からんではないか」
ですよね。
俺は一応愛想笑いを浮かべつつ、男に無常な返事をした。
「・・・・・・だそうです。どうにかなりませんか? こいつにはよく言って聞かせますし」
「なるほど、さきほど会話ができているように見受けられたが聞き間違いではなかったようだ。喋る竜族とは珍しいものを見た。非礼を詫びましょうドラゴン。私は聖オウスの中央団長、グルテアと申します。貴殿の名前を伺っても?」
男の声から硬さが取れていく。代わりにこちらの出方を探るような声色に代わった。
先ほどよりも確実に態度が軟化している。
どうやらドラゴンもとい竜族は人間には大変敬われているようだ。
「人間にしては礼節をわきまえているな。いかにも我は竜族だ。人に授ける名は特にないため、好きに呼ぶがよい」
グリの威風堂々とした返答に、男は頭を下げた。
「お目にかかれ光栄です。ドラゴン、誠に申し上げ難いのですが我らが街聖オウスはこの防壁によって外敵を防ぎ、安寧を築いて来ました。そのため壁の内側で暮らす人々は、その明晰さを問わず自分以外の種族に免疫がありません。失礼なお話ですが、人間と同じ姿をしていないというだけで、警戒と混乱が巻き起こるのです」
「ゆえに入れぬと?」
「はい、私は貴殿が人間以上の知恵と知識を持つ真の賢き方であることを、今知ることができています。しかし中の人々はそれを知る術を持ちません。おそらくは、貴殿を不快にさせることが多く発生することになるでしょう。私はこの防壁に携わるものとして、そして治安を預かるものとして混乱を招きかねない可能性となる貴殿をを許容できません」
竜がいきなり自分の街に訪問したらそりゃ驚く。
俺は心の底から、何度も相槌を打った。
だが、しかし。状況はなんとしても改善させなければいけない。グリを置いて俺だけ街に入るなんてするのは気が引けるし、第一面倒なことになりかねない。グリは今はこじんまりとした外見をしているが、立派な竜族だ。妖精の口ぶりから察するになかなか高名なドラゴンなのかもしれない、とも思っているほどだ。そんなグリが癇癪を起こしたら頂けない事態になりかねないだろう。
うーむ、では・・・・・・・。
「じゃあグリが静かに、何があっても冷静でいられるなら中に入ってもかまわない、ということ?」
今回の問題は要するグリが何があっても問題を起こさなければいいのだ。当然ドラゴンということで奇異な目で見られることは間違いないが、グリがその反応に過剰に攻撃をしなければ問題は起こらないはずなのである。
幸い俺はグリと離れるつもりもないし、グリも俺と一緒にいることを嫌がっている様子はない。これだったら強く言い含めておけば問題なく街でも生活できる気がした。
「・・・・・・本来はお断りしたいところですが、私も私達ができるギリギリの落とし所はそこだと思います。知恵あるドラゴンを退けたとなれば、どのような禍根を残さないとも限りません」
「はっきりいうな。面白き人間だ」
「・・・・・・なぁ、どういうことだ?」
「簡単にいうと我が腹いせに復讐に来るんではないか、と疑っておるのだよ。しょうがないことではあるがな」
耳打ちの質問にグリが口元を歪ませつつ答える。
俺は自分が思ったさきほどの邪推を思い出し、苦笑いを浮かべた。
「そのような言葉をいただき恐縮です。ですが申し訳ありませんがこれは私の一存で決められる問題ではありません。少々場を離れてもよろしいですか?」
「良い」
「では失礼します」
男は踵を返し、かけるように白壁のほうへと向かってゆく。動く前に何か指示を出したのだろう。俺に敵意を向けていた兵達は武器を納め、こちらを伺っているばかりだ。
さて、と俺はグリに一応疑問に思っていたことをぶつけてみることにした。
「おい、ところでなんでお前があの人に対して偉そうなんだよ」
「以前はあのような話し方で語りかけてくる若者が多かったものでな。つい以前の口調になってしまった」
そういえば俺はグリのことを何も知らない。今までもこれからも、あの場所に来た理由も大して聞いてはいなかった。聞いたのはグリの名前、種族ぐらいで後はドラゴンの生態系を根掘り葉掘り聞こうとしたぐらいだ。
融合しておいて今更の質問だと自分でも思うが・・・・・・・まぁ良いか。
聞きたくなれば、聞かなければならないときがくれば、いつか聞かせてもらう。
「まぁいいけど。グリって意外と老けてるよね」
「人間が短命なだけだ。我は竜族でも中堅の年齢だ。その証拠に竜族をまとめる長老ともなれば1400年は生きている」
「そんなに生きて何が楽しいのかね」
「さぁな、楽しいから生きるのではない。為すことのために生きるべきだ」
「そういうとこが年寄り臭いんだよ・・・・・・」
俺の言葉にグリはぐっと押し黙った。
「すいません。今隊長より魔法にて連絡が入りました。城門までご案内するように、とのことです。ご同行願えますか」
右端に立っていた兵がどうぞ、と言葉を添えながら俺を門へと誘導する。
魔法・・・・・無線みたいなものだろうか。
とにかく状況が改善したらしい。俺はほっと胸をなでおろした。
「グリ、何とか入れそうだぞ」
「うむ」
俺とグリは数人の兵に囲まれながら、誘導どおりに白壁へと歩を進めた。
左の兵がもの珍しそうにグリを眺めているのが、少し可笑しかった。
やはり、ドラゴンというもの自体が珍しいのだろうか。
「先ほどは失礼いたしました。正式に許可が下りましたので、中にお入りいただけます」
白い壁に沿うように進むと、壁と壁をつなぐように大きな鉄の門が見えた。鉄色の扉は観音開きとなっていて、大きさは俺の身長を優に越すものだ。かがめば大きい状態のグリでも入れそうな大きさだった。門には2頭のユニコーンが彫られていて、それぞれが前足を挙げ、互いに向かって跳躍しようとしている様が表現されている。鈍くひかる鉄の目がじっと俺を見据えている気がした。
「こちらが入り口です。中ではこちらをお付けください」
大きな門の隣にこじんまりとある木の扉がどうやら本当の入り口らしい。門というよりは勝手口と言った風情だ。
さきほど顔をあわせた隊長格らしき男が、俺に宝石のはめられたバングルを差し出しくる。
バングルは青銅でできていて、受け取った掌に残るほどずしりと思い。バングルの腹の部分には奇妙な文様が描かれていて真ん中に赤色の小さな宝石がはめられている。一方背中の部分にはユニコーンらしき文様が彫られていた。
グリはバングルをまじまじと見つめると、鼻で笑って見せた。
どうやらあまりお気にめさないらしい。
「これは?」
「こちらは特別な訪問者用のアクセサリーです。これが入場許可証のような役割を持ちますので、決して肌身離さずお持ちください」
「わかりました。ちなみにこっちにも描いてあるんですね、この紋章」
右腕にはめつつ、手の甲を相手に見せるようにさきほど確認したユニコーンを指差した。
「やはり聖オウスの象徴ですから。この街ではいたるところにございます。遠くから礼拝のため訪問された信仰者の中には、街中の紋章をすべて確認し、本にしたものもいるほどです」
まさに夢の国の隠れ(マンホールとか街灯によく居る)のようだ。
俺は一人納得する。グリは「それは探しがいのある」と少し楽しそうな声を漏らしていた。もう完璧に観光気分だな。
「明日は教祖の奇跡の会が開かれます。ぜひ見ていかれると良いでしょう」
「はい、ありがとうございます」
「あと決して騒ぎは起こさないこと。これだけはお約束ください。もし約束を破られた場合、誠に申し訳ありませんが強制的に退去いただくことになります」
「だってさ、グリ」
「わかっておる。心配するな人間よ。我、竜族の名にかけ、不要な騒ぎは起こさないことを誓おう」
「感謝します。知恵あるドラゴン」
お礼を述べると、男は木の門を押し開けた。
俺は身を縮ませるようにゆっくりと、扉をくぐる。
石畳の街は騒がしく、間違いなく人が居るという息吹を感じさせてくれた。
がやつく人の躍動が、俺の耳朶を振るわせる。
町並みは石造りの家が立ち並び、俺の隣にそびえる大きな門から一直線に大通りらしき道が伸びていた。家の色はすべて白く統一されており、大通りの両脇にある家には大きく赤い墨で二頭のユニコーンが描かれている。大通りをはさむように対峙するユニコーンが街と人を守っているようだ。
感慨にふけ、目移りする俺の後ろから木がきしむ音が響き、扉が閉じられた。
普段なら締め出されたような気分になるところだが、今は違う。
なんてったって人が居る。俺はようやく人間の生活圏に来られたのだと思うと、目が涙でにじむのを感じた。
「なんだ泣いているのか?」
「うるせーよ。この世界来てからグリとテフィに出会ったのは森とか草原だったろ? こういう人の営みを感じられる場所に来れてほっとしているんだよ」
「まぁ気持ちはわかるがな。とにかくまずはどうする? その角でも売りに行くか」
「そうねー。とりあえず角を売りにいって、宿探しがいいんじゃない? 街を回るにしても拠点があったほうが落ち着くでしょ」
「・・・・・なんで自然に登場しているんだよ、薄情者」
グリの影からテフィが現れる。
テフィは俺の周りを飛び回りながら両手を合わせてきた。
俺としてはそのポーズがこの世界でも通じることが驚きだ。
「ごめんね。妖精って人間にばれると面倒なことになるのよ。だからさー、水に流してくれると嬉しいな」
「本当にそれだけであったらあの場で透明化だけすれば問題なかったと思うがな。大方別の出入り口を探した挙句、突破できずに戻ってきたところだろう」
「そ、そんなことないわよ? 壁の上から忍び込もうとしたら結界で侵入者対策してあった、とかないもん!」
「でもだったらどうやって入ったんだよ」
「決まっておろう。気まずさも手伝って、我らの後ろに張り付くようにして入門したのだ」
「ぎくっ!」
語るに落ちてるよ、こいつ。
妖精も言ったあとに気づいたのだろう。わたわたと両手足をバタバタさせてなにやら釈明を繰り返している。一方グリは鼻歌交じりにその様子を眺めていた。
やはりこのグリとテフィもなんとなくは仲良くなっているようだ。それが対等ではないことには、多少の問題があると思うが。
うん、まぁ多少程度なら懸念はないと思う。
「もう良いよ。反省しているっていうんなら、この街の案内を頼む」
「う、うん。それは勿論大丈夫! 隠れ紋章から観光地、お土産品、意外な穴場からお勧めご飯までより取り見取りよ!」
お前はじゃ○んか。
もう旅行雑誌そのものとなっているといっても過言ではないテフィである。
テフィは言葉を捜しながらも、搾り出すような声で話を続けていく。
「でも、本当に良いの? 私自分で言うのもなんだけど、結構酷いことしたんじゃないかなーって・・・・・・」
別に気にするほどでもないと思うのだが、テフィとしては裏切ったような心境らしく、俯いたままになってしまった。
「うるさい。ほら、とっとと案内せぬか。日が暮れる」
グリがどうでも良いようにテフィを促した。
やるときはやる竜である。俺もあわててそれに乗った。
「そんなに焦らすなよ。テフィ、まずはこの角を換金したいんだけど」
「あ、うん! ありがとうね! 私頑張るよ! まずはねっ」
一気に顔色が明るくなったテフィが街を指差しながら、飛んでいく。金色の髪が無邪気に風に揺れて踊っているようだった。
そんな様子に、俺とグリは思わず顔を見合わせる。噴出しそうになるような笑顔で俺達は足を進めた。
わかったような台詞になるけど、やはりテフィには笑顔のほうが似合うのだ。