序
心地よい春日差しについうとうと眠たくなり、読んでいた本を開いたまま太ももの上に置いて、頭を支えとなる木にもたらせて、目を閉じた。一瞬にして、現実が見えなくなり、淡い光の移ろいがまぶたに現れる。この木からだろうか、鳥の繊細な声が聞こえて、うっとりする。いつしか、この数年のことを思い巡らしていた。
「……ごめんな。これからは俺が守るから。だから泣かないでくれ……」
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……どうしてみんな僕にひどいことするんだろう、痛くてつらいことするんだろう」
「お前があまりに……美しいからだよ。……でも、これからは僕が守るから。だから心配するな……」
僕を抱きしめているお兄ちゃんの腕に力がこもった。その力強さに僕は安堵し、止まらなかった涙も徐々に収まって、いつの間にか僕は寝始めたのだ。あれから、僕の人生は明るい方へ向かったのだ。
幾分の自由と引き換えに平和な生活を。
僕を見つめてやさしく微笑むお兄さんは、いつも僕を引っ張ってくれた。そっちは危険だから行くな。これを勉強しておいたほうが、お前のためにもなる。たびたび、僕がどうすればいいのかわからなくなったとき、教えてくれたのだ。
外は怖い。僕は別に出たいとは思わないよ。
僕がそう言うと、
そうか。お前は出たくないか。
お兄ちゃんは少し微笑んで、悲しそうな顔をする。
でもな、外には、いろんな可能性がある。いろんな道がある。知らないこともいっぱいあるんだ。
お兄ちゃんは唯一の窓から見える小さな街を眺めるのが好きだ。勉強して、夕食をとった後は、監視人もこの領域から出て行くから、やっと自由になった時間を眺めることに使う。僕はもう見飽きたから、隣に座って、絵を描いたり、本を読んでいるのだ。そろそろ寝るか、とお兄さんに言われるまで。
お兄さんは、十五歳の時にここに入るまでの記憶があるから外に対する執着が強いのだ。僕はお兄ちゃんより幼いときに入ったそうだ、まだ十歳くらいの時だろう、と。どうして記憶がないのが分からない。少しはありそうなものなのに。お母さんの顔も覚えていない。名前さえも覚えていなかった。
ああ、こうして考えてみれば奇妙な道を辿ってきたものだ。どうしてこの道になったのか、運命だったのか、それとも僕たちを買った女主人が決めたのか、分からない。でも、決して嫌でないことが長年いた証なのだろう。お兄さんはいつか機会をうかがってここを出ようとする。たぶん、僕も一緒に出ようと言われるだろう。その時、僕はどうするのだろうか。お兄ちゃんの手をとるのか、ここに執着するのか。
ここに来てもう五年か。
「……おい、リー。起きろ。昼ごはんだそ。おい!起きろ!」
「……煩いよ、お兄ちゃん……」
「寝ぼけるな!ほら、起きろ!」
べしっ!と頭をはたかれて、渋々起きる。立ち上がって、空を見る。いつ見ても完璧な壁に半分くらい隠されている空だ。
「あーあ、せっかく珍しく考え事してたのに。デムのせいだそ」
隣に立ってるお兄さんを見る。デムはまったく気にせず、歩き出した。ん?いい香りのパンと、トマト……スパゲティか。よっしゃ、ここのシェフ、スパゲティはうまいんだよね。リーは物思いをするっと脱げて、軽い足取りで歩き始めた。




