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コンビニ!  作者: 水日子
お父さま探し隊
4/4

いちのよん

 ひとまず腹ごしらえが先だと、気乗りのしない男を無理やり管理室まで戻らせる。

 案の定、大して時間が経過していないにもかかわらず、無機質な室内で異彩を放つ泣きそうに大きな目を潤ませている少女と、それ以上に泣きそう――つーかもうアレは半泣きじゃねーの? ――な内田サン。オンナノコはともかく、内田サンってばホント期待を裏切らない人だよなぁ、と、反応に困るシチュエーションで半ば逃避じみたことを考える。


「えーと……」


 這ってでも「とうさま」のもとまで行こうとする少女と行かせまいとする内田サンの図ははっきり言わなくても犯罪者の図だ。幼女誘拐の現行犯逮捕だ。何をどう声をかけたらいいんだろーか。

 と、もみくちゃになっていた少女の視線が、ついにこちらに及んだ。

 果たして彼女は無垢な表情で笑う。


「とうさま!」


 瞬間、隣に並んだ肩がびくりと左右に揺れた。あーあ。千之助は肩を竦めて横目を走らせる。

 男は、表情筋は出張ですか? と思わず尋ねたくなるような能面だった。大の大人にたった三日でここまで苦手意識を植え付けるなんて、男とさして歳の変わらない千之助としては若干複雑な気分である。


「とうさま!」

「あっ、ちょっ!」


 男を確認して、俄然やる気が出たのか、少女はあっさりと内田さんの包囲網を潜り抜けた。何の他意もない風な笑顔で男のところまで小走りに駆け寄った。隣の千之助は華麗なまでにスルーだ。末恐ろしい子である。


「とうさま、とうさま! ゆいこおなかすいた! ごはんたべたい、たべよ!」

「……ッ、あ、」

「とうさま?」

「あ、ああ。そう、だな……」


 我に返ったように返事する男の迂闊さに千之助は舌打ちした。ガキを見た目だけで判断するなんて、本職(弁護士)と名乗っていたわりには存外に甘い野郎だ。この少女と大差ない年齢でもそれこそアイツなら――、千之助は軽く頭を振った。その先に続く名前など思い出したくもないし、今後も思い出すつもりはさらさらない。


「そういやアンタらメシ買いにここに来たんだろ? さっさと会計済ませてよ」


 助け舟を出すのは本人の意図するところではないが、結果的に出したような気がしなくもない台詞をけだるそうに放って、千之助は男に無理やり視線を合わせた。男は助け舟の意味をあやまたず把握したらしい。そこらへんの頭の回転の速さはさすが本職、というべきか。

 じゃ、オニーサンたちはちょっくら君のの昼ごはんゲットしてくるから、とおざなりに言い捨てた千之助に、少女は当然のごとく反駁した。


「ゆいこも! ゆいこもいく!」

「だーめ」


 柔らかく、けれど断固とした色を奥底に沈ませて、千之助は笑む。


「俺らついでにニコチン吸ってくるからさぁ、子供は連れて行けないんだよね。君のお父さんだって誰かに注意されちゃうし」


 大人の特権をちらつかせて、とどめに「子供」の一言で釘をさす。保険で「とうさま」への迷惑もほのめかしてみる。そうするとたちどころにぐ、と反論を飲み込む少女に千之助はやっと可愛げが見えた気がして、くしゃりとその頭を撫でた。睨まれた。チクショー可愛くねえ。


「ま、そーゆーことで。頼むよウッチー」


 頬を分からない程度に引き攣らせたまま、みずからの副店長の背中を何気ない仕草で叩く。はまったボイスレコーダーを取り出そうと奮闘する内田は気付かない。それを狙ってやったのだと糾弾されればそれまでだが。


「ゴ、フガ、フゴガッ、あ、外れた」


 外れたァァァ! あーもうほんとアイツクビにしてやろうかな仮にも俺って上司だよ上司にトゥルー・ザ・ボイスレコーダーってこれだから最近の子は……。


 怒涛の勢いで喋りだして振り向いた先。視界に映るのは最近の子の中で文字通り最も歳若い子で。


「……」

「……」

「……」

「……」


 見つめあうこと数十秒。


「……ああああああああんのやろ、絶対クビにしてやるゥゥゥゥゥ!」






 その頃。

 千之助と男は既にコンビニをあとにしていた。まあ、千之助が男の腕を引いているという極めて一方的なものであるが、とにかく抵抗されているわけではないから同意だということにしておく。

 男の様子を鑑みるに、あの少女と同じ空間に一緒くたにするのはどうもまずい気がして、気付いたら外に連れ出してしまったわけだが。なーんか早まったよね俺。コレ、話し聞く態勢だよね。完璧この件に関わりますフラグ立ってるよね。やベーよおいこれはやベーよどれくらいやばいかってマジやばい。今ここでちげーよ、別にてつだわねーよって断ってもさあ……ツンデレだよね? この段階まできたらいわゆるツンでデレなあの子でしかないよね? よくあるよね、ツンデレ美少女と主人公のラブとかさあ。つかコレ俺が主人公だからね。ヒロインじゃねえからね。性別違うからね。

 徐々に脱線していく千之助の思考と反比例して男は不気味なほどに静かなままだ。それが逆に恐ろしい。かといって迂闊にこちらから口火を切るのもいただけない。なんたって相手はその道のプロだ。白を黒に、黒を白にする輩だ。様子見に徹することに決定した千之助の脳内会議の結果は、迅速に神経を駆け巡る。常日頃天邪鬼を遺憾なく発揮する口も、危機には敏いのか綺麗な一直線を描いている。

 寒々しい枝を覗かせる木々も、澄んだ高い空にも見向きせず、無言を保ったまま二人は歩いていく。


「オイ」


 重苦しい沈黙を破ったのは男のほうだった。赤と青の毒々しい配色のコンビニが見えなくなってから、ためらい気味に口を開いたのが、不思議と前を向いていても分かった。初対面時の第一声と同じ台詞。しかしそこに秘められたトーンはずいぶん違う。最初のふてぶてしい響きと違い、その声は困惑の気配をひどくにじませている。


「聞いてんのか、おまえ」


 千之助は答えない。


「オイ、おまえいいかげんにしろよ、」

「矢部」


 芳しい反応を返さない千之助に焦れてきたのか、困惑とためらいを足して二で割ったような声音はあっという間に低くなった。

 そして千之助はそれよりさらに低い声で言うのだ。


「矢部千之助」

「……あ?」

「だから、矢部」

「や、べ?」

「そ」


 俺の名前だよ。


「矢部、ねえ……」

「いつまでもあんたにおまえ呼びされるのもな。かあいい女の子ならやぶさかじゃないけど」

「阿久津」

「はん?」

「阿久津昌秋。俺だっていつまでもおまえ・・・にアンタ呼びされるのはごめんこうむるね」

「……喧嘩売ってんの?」

「さあ?」


 どうも男――阿久津と名乗ったが、千之助としてもあんな挑発をされた以上彼を名前で呼ぶ気はもはや失せに失せたが――は何が逆鱗に触れたのか知らないけれど、妙に苛ついているようだった。


「何? なんか怒ってない? 俺悪いことでもした?」

「別に」

「それにしたら、なーんか言葉尻が刺々しいと思うんですケド」


 阿久津はそこで、ぴたりと歩みを進めていた足を止めた。自然と千之助も立ち止まることになる。太陽が中天よりやや西に傾いたこの時間帯、少し幅広の歩道で、男二人が突っ立っている光景はさぞかし奇異に映るに違いない。

 動きを停止した阿久津は、刹那の間の後、いきなり頭を掻き毟りだした。これにはさすがの千之助も目を剥く。


「え!? え、ちょ、何、何なの突然」

「て、」

「て?」

「テメエのせいだろうが!」

「はあ!?」

「怒ってないか、だと? ああ怒ってるよ怒ってるさ怒ってるとも! 全部まるっとおまえのせいでな!」


 感情のメーターが振り切れたみたいにものすごい形相でまくし立てられた。え、何俺何の逆鱗に触れた? 真面目に身に覚えがないんだが。


「え、と」

「俺が!」


 いきなり詰め寄られた。ちょっとオイ、やっとの思いで奮い立たせた俺の勇気どうしてくれんの。

 心中でたらたらむつけるも、それを今のこの男に面と向かっていう気はない。つか言えない。怖くて。

 イケメンっつーのはキレててもイケメンなのな。あ、なんか耳の下にほくろある。妙な感心をしているうちにコイツの出所のさっぱり見当のつかない怒りも沈静してくれないかと淡い期待を抱いてみるが、よくよく考えてみたら俺の人生において期待とか希望とか名のつくものはだいたい叶わなかったなチクショウ神は死んだ!


「俺が! この俺が! 一般人相手に先を越されるなんざ!」


 阿久津はそこで一旦ぜえはあと息を継いで、うつむきながら恥だ汚点だなんやらだとぶつぶつと呟くと、再びきっと顔を上げた。


「くそもうおまえはとりあえず死ね」

「エエエエエエエエ何この理不尽!?」


 一拍遅れて理解した千之助は、彼の目が真剣な光を宿しているのを見て取って、小さく頬を引き攣らせた。やべーよコイツばりばり本気だよ。






「ねえ……」

「……」

「あのさ、」

「……」

「うん……確かに落ち込む気持ちも分かる気がしなくもないような気がしないけどさ、」

「いやそれ結局分からないんじゃねーか」

「そこだけやたら突っ込むのね。うん、もうなんかどーでもいいわ」


 それから十分後。どうしてだか千之助にもさっぱりだが、二人は小さな公園のベンチに並んで腰掛けていた。ブランコと鉄棒がそれぞれひとつずつある、ごくごく小規模なところだ。

 そして、ただいま千之助は慰めっぽいことを口にしてコンマ二秒で冷静に突っ込まれたところだった。言葉を操って丸め込むのが職業のような弁護士なんてものをやっているおかげか、コイツ変なとこで無駄に才気走った真似するよな、と一気に脱力する。

 阿久津はどうやら千之助に先に名乗られたことで思いっきり落ち込んでいるらしい。それにしても、たかがそれだけで最寄りの公園のベンチでうなだれるまでになるのだから、つくづく頭の良い奴の考えることは分からんと思う。


「くっそ、一生の不覚だ。よりによってこんな無気力自堕落無感性を顔にでかでか書いてるやつなんかに……」

「オイ、ちょ、待てオイ」

「死んでくんねーかな、ほんと」

「オイイイイィィィ」


 俯いた頭はそのままに、目だけをこちらに遣してポツリと阿久津は呟く。なぜにそこまで言われなければならんのか、タンマをかけた千之助に、阿久津は半ば逆ギレた。


「ふざけんなよ! 名乗り忘れたんだぞ! 弁護士なんていう顔と信用が商売のこの業界で! これがどれほどの意味を持つか分かってんのか!?」

「いや全然」

「それだよ!」


 狙ってやるとか同業者とかだったらまだ諦めもつくものを、ド素人かつ無意識の行動でしたって、おまえ俺の数年がかりで築き上げた自負その他諸々舐めてんのか!?


「いやそれただの難癖、」

「決めた」


 言いさした千之助を、阿久津はやけに清々しい声で遮った。清々しすぎて嫌な予感がする。つーかこれついさっきもあったような。

 野生の本能が警鐘をこの上ない勢いで鳴らすので、立ち上がる。――立ち上が、ろうとした、が。


「何が何でもおまえ、父親探せよ」


 肩にめちゃくちゃ負荷をかけられてできませんでした。


 ひどい絶望感の中、千之助は阿久津の最後の良心に賭けてみる。頼むよ、コイツだって生まれたときは清らかな赤ん坊だったんだぜ……!

 意を決して、訴えてみた。


「どこ行った俺の人権ー」

「知るか」


 結果。とりあえずコイツ気遣った十分前の俺、バルス。

 弁護士は千之助の勝手なイメージです。

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