いちのいち
矢部千之助。今をときめく二十七歳おとめ座彼女ナシ。趣味はプロレス鑑賞(特に女子)、夢は……まァとりあえず今月の家賃さえ払えればいいや。
「らっしゃいませぇー」
そんな僕ですが、職業、コンビニ店員八年目のピチピチ新人です。
「……いや、いやいやいや。八年目ってアンタ、どう考えても新人じゃないよ大ベテランだよついでにピチピチでもねーよ」
「うっせーな黙れよ水虫ハゲ」
「ハゲてねェェェ!」
「水虫は否定しないんだぁ。へえ、ふうぅーん」
「ぐッ……」
エートこちらはフクテンこと副店長の内田サン。内田……エート、内気サン。
「んなわけねェだろォォォ! 内田内気って俺生まれた瞬間から両親にどんな恨み買ってんの!?」
「チッ、うるせぇな。じゃあ強気さんでいいかよ」
「何がいいの!? ねえ何がいいの!?」
あーもう本当うるさい。これで副店長だって言うんだから世の中ってのは間違ってるってしみじみ思わざるを得ない。この先この人が店長にでもなってみろ、俺は首相にでもなってるところだ。んでもって汚職で叩かれてるところだ。そうじゃなきゃおかしい。
「いや、おかしいのはそれを本人の前で口に出して言う君の神経のほうだよね? どうしてくれんのコレ。どうしてくれんのおじさんのこの軽くないトラウマ。この心の傷どうし」
「オイ」
「あ?」
「へ?」
突如割り込んできた、ねじ込むような気配の声に、二人は同時に振り向く。視線の先には、どう見てもコンビニの人間ではないスーツの男。ちなみに千之助たちがたむろしてるのはレジの奥にある防犯カメラや商品受注をかねた管理室だ。つまり、スタッフオンリー、というやつで。
「……オーイ、オイオイ何やってんスかお客サマー? ここはあんたら愚民が立ち入っていい場所じゃねえんだよ、ごくごく限られた選ばれし人間のみしか入ることを許されないいわば……」
「ちょっ、ちょっとォォォ、何言ってンのォ矢部くうううううん!?」
「何って愚民に常識叩きこ」
「違うよね、違うよね、うっかり口がすべ……じゃなかった、声が裏返っちゃっただけだよね!?」
「声が裏返ったって俺どんだけあがり症よ」
「そうだな」
直後、内田サンの顔がはっきりと硬直した。
『……オーイ、オイオイ何やってんスかお客サマー? ここはあんたら愚民が立ち入っていい場所じゃねえんだよ、ごくごく限られた選ばれし人間のみしか入ることを許されないいわば……』
『ちょっ、ちょっとォォォ、何言ってンのォ矢部くうううううん!?』
男がおもむろに背広のうちポケットから取り出した黒い物体。何だ? 炭化した食パンの切れ端か? と思ったのも一瞬、男の手の内にすっぽり収まるソレは、前触れなく喋りだしたのだ。――千之助と内田、両方の声音をそっくりそのままに残した音で、聞き覚えのある――ありすぎる台詞を、一語一句、間違いなく。
「管理室を開け放してべらべらくっちゃべって職務放棄も甚だしい挙句、買い物客にこのような罵詈雑言。しかるべき機関に提出すればしかるべき措置が取れる内容だな」
ふん、と面白くもなさそうに手中のふざけた野郎を見下ろして、男は不遜に顎を上げた。矛先は、
「え? え? え? エエエ!?」
目を白黒させた内田サン。駄目だこりゃ。