恋しくて苦しくて
いつからだろう。人の気持ちばかりみて、本当の自分をどこかへ置いてきてしまったのは。
いつからだろう。好きになるより、あきらめが先に来るようになったのは。
いつからだろう。「一人が好き」というようになったのは。
いつからだろう。人の心に触れるのが恐くなったのだろう。
いつからだろう。自分の想いすら見て見ぬふりをするようになったのは・・・。
ただ漫然と過ぎていく日常になんの色も付けずに過ごして行くことはとても退屈に感じていた。友達はいる。しかし、一時のものなのだろう。きっとこの大学を出てしまえばまた赤の他人に戻ってしまうようなレンタルビデオみたいな存在だ。それでもなおいないとさびしいとも思う、そんな矛盾をいくつも抱えながら大学2年生という日々を漫然と過ごしている。
今日もいつものように電車を待つ。
「変わらないな」
ホームでの待ちぼうけついでについつい独り言も出てしまう。そんな楽しいともつまらないとも言えない時間だ。
すると、すっ、っと俺の隣に小柄の華奢な女の子が並んだ。制服を着ていることから高校生であるのだろうと思いながら、彼女を見ていた。
彼女は俺の方を向いて、微笑んでから、
飛んだ。
それからは一瞬だった。だけど、俺にはスローモーションで見えていた。飛び込む彼女と目が合っていた気がする。真っ直ぐ俺の事を見ている瞳に吸い込まれそうになる思いだった。しかし、その彼女の瞳は次の瞬間には俺の視界から消え去っていた。
消え去った彼女の瞳とともに、
「バーン」
爆発音にも似た音がなり、トリップしていたような感覚から現実へ呼び戻された。
慌ただしく走り回る人達の中、動けずにいた俺は、ふっと足元に落ちているものを拾った。
『3年1組 井村百花』
彼女の生徒手帳を持ったまま駅員や警備員に追いやられて、俺はただの野次馬の一人となっていた。そして、ただただ過ぎていく目の前の光景を見ている事しかできなかった。
翌日、俺の気がかりはただ彼女の事だった。
あの後、救急車に乗せられ運ばれた事までは知ってはいるが、その時に息があったのか、どこへ連れて行かれたのか、今生きているのかなにもわからないままだ。それでも、持ってきてしまった彼女の生徒手帳を見ると、まだ生きているような気がしていた。あの、真っ直ぐな瞳を俺に向けていたこと、なぜこんな事にならなくてはならなかったのか。彼女に聞きたいことが昨日からふつふつと湧いてくるのであった。漫然と過ぎていく時がこの時から色付き始めた。
大学の前期も半ばで特に大事な授業があるわけでもなく、適当に出席でも友達に頼みながら彼女の行方を追う事にした。
朝刊の地元紙に小さく乗っている彼女の記事を見つけるなり食い入るように俺は読んだ。
『6月17日水曜日、10時頃に淵野辺駅で高校3年生の女子高生が電車に跳ねられました。警察は事故と自殺の両面から調査をしているが、目撃者の話から自殺の可能性が高いと思われる。なお、近くの病院に搬送され、未だ意識不明の状態が続いている』
新聞ではたった100文字程度でしか扱われない事に、愕然の気持ちを抱きながらも、いったい自分の干渉していないことに今まで少しでもこんな気持ちになった事がるだろうかと自問自答もしてしまった。わかるのは、たった100文字程度に扱われる事だろうと、そこに関わる人にとって新聞の一面に出ている政治家の汚職の事よりもはるかに重要な事であって、そんな事に憤りを感じている暇はないと思った。
新聞を読む限りでは、まだ彼女は生きているようだ。しかし、どこの病院かもわからないこの状況で彼女を探すすべもなく、生徒手帳にある住所だけが頼りだった。
「行くのか」
自分が行ったところで何がどうなるという事もない。むしろ、バツが悪いだけという形になることなど明白だ。でも、彼女に一目会って話を聞きたいと思う。
なぜ?
たったそのことを聞くだけに乗り越えなくてはならにモノが多すぎると思った。打算的に考えてしまう。1を得るのに3苦労しなくてはいけない。なら、いっそやめてしまおうか。そんな自問自答を繰り返すだけでどれだけの時間が経っていたのだろうか。まどろんでしまった俺の耳に確かに聞こえた。
『聞いて』
助けを呼ぶような女の子の声だった。はっと目が覚めるがそこはただの俺の部屋で誰がいるわけでもない。
「夢か・・・?」
そうは思いながらも、確かに聞こえた感覚はあった。彼女が呼んでいるような気がした。しかし、動き出す時にはどうしても、立ち止まってしまう。いったいなんになる。すると、さっきの声が脳裏をよぎる、
『聞いて』
ふぅ~っと深呼吸をして、
「行こう」
今度は決心できた。損得、プラスマイナスは考えない。ただ心のままに動こうと決めた。
今の世の中本当に便利になったと思う。住所さえわかれば簡単に地図を印刷し、最悪お金があればタクシーにでも乗れば簡単に目的地に着くことができる。しかし、大したお金も持たない俺は地図を読みながら目的地まで自転車をこいでいた。同じ駅で電車に乗るのだから地元だろうという事はわかったし、現に彼女の家を見つけることは対して大変ではなかった。
表札の名前と生徒手帳の名前を確認する。しかし、なんといって尋ねたらいいのかわからずに家の前でどうしようかと悩んでいると、後ろから
「あの、うちに何か」
声を掛けてきたのは40代の位の女の人で、状況から彼女の母親だろうとわかった。きっと彼女の所から帰って来たのだろう。
「あ、えっと、その、これ」
しどろもどろになりながら、何といっていいかわからずただ彼女の生徒手帳を彼女の母親に突きだしていた。
「どうして君がこれを」
俺は彼女の母親にその日隣にいたこと、足元に落ちていたこと、拾ったが渡すタイミングを失ってしまったことを話した。しかし、彼女の表情や瞳の事は言えなかった。
「それで、ここまでこれを?」
彼女の母親として、見ず知らずの他人にこんなことをされても不思議に思うのも当然だろう。それでも、俺が彼女のもとにたどり着くには彼女の母親に聞くしかない。
「あの、」
続く言葉にうまい言葉が見つからず、押し黙ってしまうと、
「ありがとう」
彼女の母親は笑ってくれた。精一杯のという感じは隠せないという様子だったが、良かったと思った。
「君は・・・いつもその場所に」
なんの事かわからなかったが、すぐにそれが駅のホームの事だとわかった。
「はい。学校の時はいつも」
「そうだったの。君が」
考え込むようにして黙っている彼女の母親に対して、どうしても聞きたいことを勇気を出して聞くことした。
「今、彼女はどこにいますか」
黙っていた顔を俺の方に向けた。怒られるかもしれないとも思っていたが、彼女の母親は変わらぬ表情のまま、
「神奈川病院の203室よ」
びっくりするくらいあっっさりだった。
「行ってもらえるかしら」
「はい、ありがとうございます」
まだ手に持っていた彼女の生徒手帳を渡し、会釈をしてその場を離れた。
予想とは全く違う流れだった。得てして、難関は高く見てあきらめる言い訳にしているものなのかも知れないなんて思ってみたりもした。
病院の詳しい場所まではわからずに大通りに出ると携帯から地図を出し、大方の場所に検討を付け走り出した。地図が読める事は本当に必要なスキルだと思う。
大きいとも小さいとも言えないような病院に到着すると、受付を通って彼女の部屋の前まですぐに来れた。
実際に来てみるとまた、見ず知らずの人に会う訳だ。今彼女がどんな状態かもわからないままだったが、とにかく行く事にした。
ゆっくりとスライドする重いドアを開けて中に入ると、ベッド一つの個室だった。そこに一人眠ったままの女の子がいた。近づいてみるが、彼女が起きる気配はなかった。特に彼女には呼吸器のようなたぐいのものはなく、ただ眠っていた。生きていると実感させるのは彼女の横で動いている心電図の波だけだった。
俺は椅子を出して彼女の横に座っているが、昨日まで見ず知らずだった人のお見舞いに今いることが奇妙でしょうがなかった。ただ、眠っている彼女の顔は額に怪我をしている以外はきれいなものだった。実際、彼女は清楚や美人といわれるような人物だった。そんな子がなぜっという事ばかり思っていた。
「どうして?」
眠っている彼女にポツリっと呟くがその声にはやはり誰も応えてはくれない。
何をいう訳でもないが、彼女の隣に座ったままもう少しここにいることにした。
肌は白く、腕も細く、彼女はきっとモテるのだろうな、とかも思っていたが、彼女の腕には傷があった。なんだか見てはいけないものを見たような気がして俺はすぐに目をそらした。しかし、何が変わる訳でもなく、彼女はただ静かに眠っていた。
小一時間位して、彼女に変わりは全くなかったが、なんとなく長居をしても悪いような気もして退室することにした。立ち上がり椅子を片付けていると、
「・・・」
何か聞こえた気がした。特に周りに変化も、彼女が起きた訳ではない。けれども、彼女が何かまた夢のお告げみたいに言ったのだろうかとも思った。例えこれが妄想の都合のいい脳内変換でも、きっかけなんて思いこみからでいいのかも知れない。だから、
「聞いてるよ」
返事のない彼女に応えた
また、続くとは思います。連載にするほど定期にやれなかったり話も長くはしないつもりです。
本当は誰かの何かのきっかけになればいいと思いながら、挑戦的なテーマを書くのが楽しいだけってこともあります。
この先もうまく続けられたらいいなと思ってます。