第5話 温もりは、伝統と革新の間に
ある雨の夜、残業で誰もいなくなった官邸。
獅子野総理は、杉山秘書官に紅茶(総理いわく「東の国の薬湯」)を淹れてやった。
「杉山よ、そちは忠義に厚い。わしの無理難題によく付き合ってくれる」
「……職務です」
「職務か。それもあろう。しかし、アルカディアではな、忠誠は義務以上のものだった。信頼であり、絆であった。この世は……随分と個人の『職務』に細分化されておるようだな」
杉山は、湯気の立つカップを見つめ、少し間を置いて言った。
「総理。現代の『忠誠』は、組織や役職に対するものではなく、『法』と『国民』に対するものだと言われます。私は、そのシステムの中で、総理をサポートするのが職務です」
「ふむ……『法』と『国民』か。なるほど、それは立派な君主の在り方に通じる。わしも、まだ学ばねばならんな」
二人の間に、雨音だけが響く。異世界の王と、現代の官僚。完璧に噛み合わない二人だが、この奇妙な共同作業の中で、互いの「当たり前」を少しずつ溶かし合わせていた。
「さて、杉山。明日の『予算委員会』なる戦場に備え、そちが準備してくれたという『想定問答集』なる兵法書を、共に研究するとしよう。どうやら、ここに書かれておる『野党の追及』とは、城における『反逆貴族の詰問』に似ているようだな」
「……総理。それはあくまで『質疑』です。戦場でも反逆でもありません。まず、そこからご説明いたします」




