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第一話 剣を持った日


テッドは森の中を歩いていた。

細い体に、少し大きめの弓を背負い、

腰には小さなナイフを下げている。


十四歳。

辺境村レイルドで生まれ育った少年だ。


今日の狩りは不調だった。

罠にも獲物はかからず、

矢も一本も放っていない。


「……はぁ」


小さくため息が漏れる。


村の食料庫は、

決して豊かではない。


自分が何か持ち帰らなければ、

夕食はまた薄いスープだけになる。


それでも、

森の中で無理をするほど、

テッドは愚かではなかった。


日が傾き始めている。


「帰ろう……」


踵を返した、そのときだった。


――グルルル……


低く、湿った唸り声。


背中に、

氷水を流し込まれたような感覚。


ゆっくりと振り向く。


木々の隙間から、

黒い影が現れた。


狼に似た姿。

だが大きさが違う。


肩までの高さがあり、

口からは粘ついた唾液が垂れている。


魔獣だ。


「……っ」


足が動かない。


頭では分かっている。

逃げろ、と。


だが体が言うことを聞かない。


魔獣が一歩踏み出す。


地面が、

ずしりと鳴った。


その瞬間、

テッドは弓を放り捨てた。


背中を向けて、

全力で走る。


枝が顔を打ち、

足がもつれる。


転びそうになりながら、

必死で走る。


村の外れが見えた。


「助けて――!」


声を張り上げた。


だが返事はない。


次の瞬間。


背中に、

強烈な衝撃。


テッドは前に吹き飛び、

地面を転がった。


肺から空気が抜ける。


「がっ……!」


魔獣が、

すぐそこまで来ている。


爪が、

夕焼けを反射して光った。


――死ぬ。


そう思った。


そのとき、

視界の端に、

一本の剣が映った。


折れかけの木箱の横に、

無造作に転がっている。


錆びた剣。


誰が置いたのか分からない。


考える暇はなかった。


テッドは地面を蹴り、

剣に手を伸ばす。


柄を掴む。


重い。


だが、

離さなかった。


魔獣が跳んだ。


テッドは、

目を閉じたまま、

剣を振り上げた。


――ズブリ。


鈍い感触。


生温かい液体が、

顔にかかる。


魔獣の悲鳴。


テッドは、

叫びながら剣を振り続けた。


横に。

縦に。

無茶苦茶に。


剣が当たるたび、

嫌な感触が伝わる。


やがて、

重たい音を立てて、

魔獣が倒れた。


……動かない。


静寂。


テッドは、

剣を握ったまま、

その場にへたり込んだ。


手が、

震えている。


歯も、

止まらない。


「……生きてる……?」


自分の声が、

やけに遠く聞こえた。


しばらくして、

村の方から叫び声が上がった。


「魔獣だ!」

「門を閉めろ!」


次々と、

悲鳴が重なる。


テッドは立ち上がった。


足はふらつく。


それでも、

村へ向かって走る。


村の中は、

地獄だった。


家が燃え、

人が倒れ、

魔獣がうろついている。


衛兵が三人、

一体の魔獣に囲まれていた。


だが、

すでに傷だらけだ。


テッドは、

考える前に走り出していた。


「うおおおっ!」


叫びながら、

魔獣の背中に剣を叩き込む。


浅い。


だが、

注意を引くには十分だった。


振り向いた魔獣の爪が、

テッドの肩を裂く。


激痛。


だが、

歯を食いしばる。


倒れたら終わりだ。


テッドは、

必死で剣を突き出した。


喉。


柔らかい感触。


魔獣が倒れる。


その光景を見て、

衛兵が呆然とした。


「……ガキが、やったのか?」


テッドは答えなかった。


答える余裕がなかった。


剣を握ったまま、

その場に座り込む。


心臓が、

壊れそうなほど鳴っている。


この日、

村は半壊した。


多くの命が失われた。


それでも、

テッドは生き残った。


剣を、

手放さなかったからだ。


その夜。


焼け残った家の前で、

テッドは空を見上げていた。


「……強くなる」


小さく、

だが確かに言った。


もう、

何も失わないために。


剣を握る少年の物語は、

ここから始まる。


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