5話 母校に就職
母校寺西高校で陸上部に指導しながら現役を続けるユリカだったが、本格的なトレーニングも積めず、結果は落ちていくばかり。そしてついに決意する。
県立高校には新卒教員の志望を採用する制度はない。
しかし大山田が多くのインターハイ選手を輩出した功績は島では有名で、その教え子で、高校在学中に世界陸上に出たユリカが教員になると聞けば、自然と忖度は働き、ユリカは母校寺西高校の教員となった。
科目は保健体育。陸上部のコーチとなった。
大山田はあと一年だけ陸上部の面倒を見て、部をユリカに譲り、教頭になる予定だった。
スタートの速さやピッチの速さは、高校生には真似できないもので、尊敬された。
ただ筋力などは落ちていて、100メートルトータルだと、寺西で一番速い女子生徒にもはや勝てなかった。
ユリカは地域の陸上協会所属となり、個人で、市や県の一般大会に出場した。しかしながら、練習量も少なく、記録は落ちる一方だった。
「つまんない…..もういいかな」
寺西でどんなにキツいトレーニングも速くなるならと楽しくて仕方なかったし、テレビの取材を受けたり、母国開催の世界陸上にも出れたし、三河大学では良い思い出はほとんどなかったけれど、10年以上陸上をやれた。思い起こすことはない。
テレビをつけると教育テレビで陸上日本選手権が放送されていた。女子200メートル決勝。ユリカはぼうっと眺めていた。
実況が結果を伝えた。
「勝ったのは未央選手、秋津大学」
思わずユリカの目が大きく開いた。ユリカは泣き出した。一緒に世界陸上でリレーを走った未央は未だに続けていて、日本一になっているのに、自分は実業団にも入れず、母校で全国区でもない後輩に負ける落ちぶれようがはっきりと認識できて、感情が込み上げた。
「未央も智子も日本記録出したのに、私は、私は。高校時代のベストすら更新出来なかった。なんでなの?」ユリカは嗚咽した。
数日後、ユリカは大山田に話しをした。
「どうした、急に?」
「大山田先生、私、陸上辞めます。これからは指導者一本で頑張ります」
大山田は一瞬驚いた。
「...そうか。長い間ご苦労だったな。寺西を卒業してから伸ばしてあげられなくてすまなかったな」
「先生!そんなことありません。私が至らなかっただけです」
大山田は立ち上がり、部屋を出ようとした。ユリカは斜め後ろから大山田の頬に涙が伝い落ちるのが見えた。大山田はそのまま部屋を出て行った。
ユリカの引退は陸上専門誌はおろか、島の地元誌にすら取り上げられなかった。いわゆるフェードアウトだった。まだプロ選手もいない時代、このように静かに消える陸上選手は多かった。
つづく
登場人物
ユリカ 群馬県でサロン経営するセラピスト 高校時代世界陸上に出場
智子 埼玉県でサロン経営 ユリカの友人 陸上教室も行う
大山田 寺西高校教諭 ユリカの恩師
未央 ユリカの現役時代のライバルで智子と同じ高校に所属
指導者としてスタートしたユリカだが、大山田のように思うようにいかない。
そんな中、ある日生徒が怪我をしてしまう。そこに待っていたのは...




