3話 東京の世界大会
高校時代のユリカはリレーで世界大会に出場を果たし、地元からも大応援団が東京へ来たが、あっさりと終わってしまう。智子と親しくなり、東京の街を散策する。
秋になり、国体でユリカは大爆発するが、陸上雑誌の表紙にはなれなかった。
そして、休むまもなく、世界陸上の合宿が始まった。日本勢の注目は男女マラソンや男子400メートルなどで、開催国枠での出場の女子のリレーは決勝進出の可能性はほとんどなく、あまり注目されていなかった。
それでも、日の丸をつけて、世界中に中継される大会に高校生で出場することは名誉であり、バトン練習など必死にやった。
ユリカはスタートが得意な前半型ランナーなので、1走を担当することになった。
合宿のトレーニングに近くの体育大学の男子学生たちが一緒に走ったり、サポートをしてくれた。
女子の国内トップ4とはいえ、男子ならば中学生の県大会レベル程度だから、学生たちもある程度セーブして走っていた。ユリカはスタートの一歩目は男子にひけを取らないが、ストライドは狭く、コーナーもあまり上手くなかった。しかし走れる区間は一走しかなかった。
夜はホテルで二人一部屋で、ユリカは未央と同じ高校の智子と一緒になった。同じ歳の智子は4×400メートルリレーのメンバーに選ばれていた。
「私は智子。よろしくね」
「うん、ウチはユリカ。田舎モンやから東京はわからんから教えて」
「私ら埼玉だけど、試合の時くらいしか東京来ないよ。原宿も一回しか行ったことない。ディズニーランドも一回だけだよ」
「いいなぁ。どっちも行ってみたいわぁ」
乙女同士気が合った。
そして第三回世界陸上競技選手権東京大会が始まった。
連日ゴールデンだけでなく、昼間も全国放送され、当時陸上はマイナー種目で、男子100メートルと男女マラソン以外は、一般には知られておらず、陸連、日本テレビ、電通は大コケを心配したが、連日国立競技場は超満員、テレビも急激に視聴率が低下している巨人戦をよそに絶好調だった。
そしてついに女子4×100メートルリレー予選の日が来た。
島からは大応援団が船とバスを乗り継いで東京まではるばる来ていた。
「ユリカはこんな球場で走るんかいな。夢を見ているみたいだな」
「あんな男みたいなごっついのと走るのかいな。大丈夫やろか」
2組目。一走はユリカ、2走未央、3走は実業団の田村、アンカー南田。スタートした。
ユリカは好スタート切るが、走力に劣り、5,6番手で未央へバトンを渡した。
未央から田村、そしてアンカー南田と渡り、必死に駆け抜けた。
6着。予選落ち。
手も足も出なかった。島から来た大応援団もあっけにとられていた。
こうして、ユリカの世界陸上は一回走っただけであっさり終わってしまった。
テレビがリレーメンバーにインタビューにきた。
「一走のユリカ選手どうでしたか?」
「私のところで、もう一つかちょっと前に行けてたらと思うと、残念でした」
実際はほぼ実力を出し切っており、ただ勝てる相手ではなかっただけだった。
翌日行われた4×400メートルリレーには智子が一走で走ったが6着。予選落ち。ただ世界との差を見せつけられただけだった。
半日だけ自由時間をもらった女子リレー選手たちは、智子とユリカは一緒に原宿を散策した。
「わぁ、みんなオシャレ。芸能人のスカウトとか来ないかな?」
「私は黒いしブスだから。アンタは足太いから無理だよ」
「智子そんなこと言わんといてぇな」二人はすっかり仲良しになっていた。
男子マラソン金、女子マラソン銀と4位、男子400m7位という結果で、日本選手団は解散した。
秋になり、国民体育大会が開かれた。高校3年女子は少女A4というカテゴリになる。
大山田とユリカはインターハイで負けた未央にリベンジを意気込んでいたが、未央は100メートルを出場回避し、200メートルに出ることになり、ライバル不在となった。
世界陸上にでたユリカは別格で、余裕すら感じられた。
連戦の疲れも取れていて、涼しく、キレがあった。決勝はいい追い風が吹き、ユリカは見事に大会新記録で優勝を飾った。
インタビューで、来年のオリンピックにリレーで出たいですと力強く語った。
しかし、その翌日、女子200メートルで未央はなんと日本新記録を出してしまった。
国体の陸上の主役となり、陸上雑誌の表紙は全て未央が飾った。
つづく
登場人物ユリカ 群馬県でサロン経営するセラピスト 高校時代世界陸上に出場
智子 埼玉県でサロン経営 ユリカの友人 陸上教室も行う」大山田 寺西高校教諭 ユリカの恩師
未央 ユリカの現役時代のライバルで智子と同じ高校に所属
高校を卒業し、大学では陸上の名門に入るユリカであるが、大山田のいない上下関係のある世界で、果たして力を発揮できるのか。




