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1話 群馬

群馬県のサロンを経営するユリカに連絡が入り、旧友の智子と再会することになった。

食事をしながら智子から誘いを受けたユリカだったが。

年が明け、早くも5日が過ぎようとしていた。雪は降っていないが、霜は降りていた。サロンはこの日から営業を開始した。

カランカランッ!

「いらっしゃいませ!」

「どうも。ユリカさん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくね。早速来たわよ」

常連客の50代後半の婦人はそう言うと、バッグを店のロッカーにしまった。


「吉村さん、明けましておめでとうございます。新年早々に来てくださりありがとうございます」


ユリカは個人経営のサロンで働き、生計を立てている。歳は50過ぎだが独身である。


「ホント正月は嫌になるわ。おせち作ったり、お年玉用意したり、それでいて男共は昼間っから酒ばっか飲んだくれて、何もしない。クソの役にも立たないんだから」

「正月って楽じゃないですよね、女にとっては」

そう言うとユリカはうつ伏せになっている婦人のタオルの上からマッサージを始めた。


「そうね。地獄よね。料理の準備も大変で、通販で買った冷凍カニなんか、ゆっくり食べれやしない。それに主人の兄さんの奥さんのお義父さんも認知症もだんだんひどくなってきたみたいで。兄さんが見舞いに行っても誰だか分からないらしいのよ。悲しいわよね」


婦人は話し出すと止まらなくなるのだった。


「認知症は困りますね。誰かわからないのは怖いですね」


「そうなのよね。何年か前に、まだ元気な頃私会ったんだけどさ、太ってるからって、私をだるま弁当みたいだって言うのよ。ホント失礼しちゃうわ」

「それは酷いですね。吉村さん、タオル替えますね」


ユリカは別室から違うタオルを持ってきて、足をマッサージし始めた。


「ああ、極楽。私の楽しみは韓流ドラマ観るのと、美味しいものを食べるのと、ここでマッサージしてもらうことなの」

「ありがとうございます。吉村さんの楽しみの一つに入れてもらえて」


「韓流いいのよね。今年こそは韓国に行って聖地巡礼したいわ。あっ、そうそう、ウチの主人がこの前ね、東京で開かれる世界陸上だかのチケットを買ったとかで、夏ぐらいに観に行くのよ、東京まで」


「... そうなんですね。種目は何を観るのですか?」

「さぁ?知らないわ。陸上なんて興味ないし」

「100メートルとか走高跳びとか、マラソンとかありますね」

「そうなのね。たしか100って言ってたかな。でも他も同じ日にやるんじゃないのかしら?」

「種目が多くて、出場する選手も多いから一週間くらいやるんですよ、オリンピックみたいに」

「あっそう。そんなに。すごいわね。オリンピックってさぁ、たしか選手村ってあったわよね。そういうのもありそうね」

「選手村はないですね。ホテルでいくつかフロアを貸し切ったりするんですよ」

「へぇ。ユリカさん詳しいのね」

「いえ。そんなでも」


そして施術が終わった。


「ありがとうございました」「またくるわよ」


婦人は上機嫌に去って行った。


「世界陸上か...」ユリカはボソッと呟いた。


二週間後、ユリカのスマホにセラピスト仲間の智子からLINEが届いた。

"来週末、陸上教室で前橋に行くことになったんだけど、久しぶりにどこかで食事でもしない?ランチでもディナーでもいいわ"


ユリカは30分ほど考えて返信した。

"日曜日の夕方ならいいけど。前橋でも高崎でもいいわ。智子以外誰も連れて来ないでね。"

それから2分くらいで、智子から返信がきた。

"okよ。6時くらいに前橋で。どこか美味しいお店に連れて行ってね"


そして日曜日。二人は前橋で会った。

「久しぶり。元気?」

「うん。どこ行く?」

「パスタ屋さん。着いてきて」

ユリカの白い車に、後から智子の水色の車がついていった。

そして15分程走ると、こじんまりとした木造のレストランに到着した。

「へぇ、なんかいい感じのお店ね」

「いらっしゃいませ」

「2名で予約してた者です」


小太りでひげを生やした店主が案内した。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


二人は奥のソファに腰掛けメニューを見た。

「ペペロンチーノがいいのよ。地元のベーコン使っていて。これ一択よ」

「そうなのね。ユリカが言うなら、そうするわ」


店主が尋ねた。

「車運転するからお酒はダメね。アップルジュースで」

「私も」

「かしこまりました」

そういうと店主は調理を始めた。


「会うの何年ぶりかしら?」

「2年くらいかな」

「早いよね。ウチの息子もこの春で大学4年。来年就職だよ」

「そうね。ヨチヨチちゃんだった頃から知ってるからね」


店主がペペロンチーノとアップルジュースを持ってきた。

「お待ちどうさま」

「いやー、美味しそう」

「でしょう?」

「あの、写真撮っていいですか?」

「どうぞ、どうぞ」

「食べ物写真撮ってどうするの、智子」

「私最近インスタにハマっててさ」

「え? ちょっ、私は撮らないでよ。絶対に!」

「わかってるって。食べ物だけよ」


二人は食事を開始した。

「何これ、美味しい。最高」

「でしょう?」


それを聞いた店主も厨房でニヤニヤしていた。


「前橋に来て良かったぁ」

「智子が喜んでくれて何よりだわ。それで何か私に話しでもあるのかしら?」


智子は驚いて、パスタが気管に入り、むせてしまった。

「ぜー、ぜー。 そうね。陸上教室各地で小学生相手にやっていて、最近好評なのよね」

「へぇ。スゴいわね」

「私を紹介するのに元日本記録保持者で、世界陸上代表って言うと、子どもたちの見る目が変わるのよ。それでサミークレイとか桐島君に会ったことありますかって」

「ハハハ。時代違うからね。そうなっちゃうよね」


智子はモジモジして、言葉を出すのを憚った。

ユリカが発した。

「そういえばこないだウチの店に来た奥さんが、今年の東京の世界陸上観に行くらしくて、昔を思いだしたの。選手村あるのかなとか言ってたから、ホテルですよって。そう言えば智子と同室だったよね」

「懐かしい!お互いJKだったわね。当時はそんな言葉なかったけど」

「私は4継でウチの高校一人だったけど、同じ4継の未央と同室になるかなって思ったわ。もしくは智子と未央は同じ高校だから一緒なのかと」

「あれね。後で聞いたんだけど、陸連が部屋割りミスったらしいのよ」

「えぇ。そうなんだ。おかしいと思ったのよね。4継とマイルじゃあ試合日程も違うしね。でもおかげで、智子と仲良くなれてここにいられる」

「そうね。不思議な縁ね」

「私もあの時に死なずに済んだし、こうして赤城の麓で平和に暮らして入れてるし」

「こーら。縁起でもないことを」

「ホントよ」


そこへ店主が来て、空いている皿を下げた。


「ねぇ、ユリカ。陸上教室の子どもたちはさぁ、短距離を速くなりたいのよ。私は中距離だったから、スプリンターだったユリカの方がが良い指導できると思うんだけどやってみない?」


ユリカの顔が急に険しくなった。

「うーん、無理ね。事件以来私は陸上から足を洗ったの。もう20年以上走ってないし、教えてもいない。陸上に関しては浦島太郎よ」

「私もはじめはブランクがあったけど、大丈夫だった。今は充実してるわ」

「気持ちはわかるけど。私をなんて紹介するのよ。元世界陸上代表で不祥事を起こした人ですって。格好のゴシップよ。文春が喜んで取材にくるわ!」


それを聞いた智子は泣き出した。

「ごめん...ユリカ。私、そんなつもりじゃ」


ユリカは黙っていたが、両方の目からは涙が溢れていた。


つづく


登場人物

ユリカ 群馬県でサロン経営するセラピスト 高校時代世界陸上に出場

智子 埼玉県でサロン経営 ユリカの友人 陸上教室も行う







かつては日本を代表するレベルだった二人。その青春時代とは

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