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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

王妃様の秘密

作者: 氷桜 零


柔らかな日差しを感じて、ゆっくりと目を開けた。


まだ頭ははっきりとせず、一瞬何処にいるのだろうと思った。

汗をかいた身体が、不快に感じる。

何があったのか、上手く思い出せない。


重い身体をベットから起こし、サイドテーブルにあった呼び鈴を鳴らした。


「失礼します、王妃陛下。」


やってきたのは侍女と王城の医師。

医師の質問に淡々と返しながら、何故医師が来たのかと考えた。

考えても答えは出ない。

まだ頭には霞がかかって、よく思い出せない。


「何が、あったのかしら?」


「…王妃陛下は、一週間前に、紅茶に入っていた毒を飲まれ、意識不明の重体でした。目覚められたのであれば、もう大丈夫でしょう。念の為、しばらくは安静にお過ごしください。」


ああ、そうだった。

やっと意識がはっきりとしてきた。


私はこの国の王妃、シャーナグレイ。

いつもと変わらない日だった。

あの時、あまり見ない侍女だと思ったけど、気にせずに用意された紅茶に口をつけた。

その後、喉を焼ける感覚がして、呼吸が苦しくなって、倒れたのを覚えている。


「犯人は?」


「毒を混入させた侍女は、後日遺体で発見されました。」


「黒幕は、不明のままと言うわけね。」


「…それが、犯人死亡ということで捜査が打ち切りとなりました。国王陛下のご命令です。」


「そう。陛下は私のことなど、どうでも良いのね。」


「…………。」


まあ、答えられないわよね。

おそらく陛下は黒幕ではない。

私をいらないもののように扱うけれど、直接手を下す人ではない。

死んでくれたら幸いと思うくらいでしょう。

だから黒幕は別にいる。

面倒ね。

相手にされない王妃など、放っておけば良いのに。


「もういいわ。下がってちょうだい。それとあなた、入浴がしたいわ。」


「ご用意いたします。」


「お大事にお過ごしくださいませ。」


医師と侍女が下がり、再び一人となる。

考えるのはこれからのこと。


大人しくしていても、意味はなかった。

なら、大人しくしている必要はないわ。

まずは、民意から。

後は、味方を増やしましょう。

影響力を強めれば、ますます狙われるでしょうけど、このまま何もせずに殺されるよりマシだわ。

婚家にまで持ち込んでは行けないと、我慢していた錬金術。

もう一度始めましょう。

錬金術があれば、身を守るものも作れる。


私はこれからの決意を固めるのだった。




ーーーーー


私は手始めに、実家にいた時から懇意にしていた職人に、錬金術に必要な一通りの道具の製作を頼んだ。

また、いくつかの薬草や素材を発注し、薬草は温室で育てることになった。


国王陛下か臣下に文句をつけられないように、持参金から全て捻出した。

結婚に対して、大いに心配していた実家が、何があっても大丈夫なように、持参金をたくさん用意してくれたからできる事だ。

その実家も、三年前に夜盗に襲われて、みんな死んでしまったけど。


私は嫌な記憶を振り払い、新しく届いた薬草の育生に力を注いだ。


薬草が育ち切る頃には、錬金術の道具も一通り揃った。


温室から採取してきた薬草や花、錬金術の道具。

まずは、薬草調合と、魔法インクの作成。


ナオシ草、ヒール草、イタクナイ草、メリアの花弁。

3:2:1:2の割合ですり潰す。

すり潰した粉を純水で溶かし、沸騰しない温度で熱を加える。

完全に粉が純水の溶けたら、冷やして小瓶に移す。

完成したのは、中級回復薬。

ある程度の怪我、病気、解毒に効果のある回復薬だ。

普通の中級回復薬には、ヒール草とメリアの花弁は使用せず、解毒の効果はない。

これは、私のオリジナルレシピだ。


次に魔法インクの作成。

これで魔法陣を描けば、単詠唱で現象を引き起こせる。

戦闘にも錬金術にも使える優れものだ。

これも私のオリジナルレシピで、通常のものより効果は2〜3倍は跳ね上がる。


アツイ草、ツメ草、クルワシ草。

1:2:1ですり潰し、調合水に溶かしたら、沸騰させる。

それを冷やしたものに、ハマの花弁、鈴花の花弁と葉、幽夢根の根を3:4:1:1で潰しながら混ぜる。

今度は沸騰する手前まで熱する。

2分の1まで量が減るまで熱したら完成。

後は自然と冷えるのを待てば良い。



久しぶりの調合は、とても緊張した。

失敗したらどうしようかと思っていたが、失敗しなくてよかった。

魔法インクが冷えたら、魔法陣を描けるだけ描く。

防御系、強化系、攻撃系。

覚えている限り、全て描き出そう。

それが、私の命を繋ぐのだから。




―――――


錬金術を取り戻した私が次に行ったのは、毎年冬に流行る疫病の対策について。


今の季節は、ちょうど冬に向けて涼しくなった頃。

そろそろ疫病の報告が上がってきてもおかしくはない。


今は毎年の傾向や症状、効果のある薬草を分析して、疫病に効く薬の開発に専念している。

いくつか可能性のある薬は完成しているが、治験ができていない。

疫病の報告が上がってくれば、治験に乗り出すつもりだ。

そこで最終調整をし、疫病の特効薬を完成させる。


いくつか薬を作る中で、王城の医師や薬師との伝手ができた。

疫病が発生したら、協力してもらう予定だ。

こちらは国王陛下に知られないよう、慎重に事を進めている。


国王陛下の干渉を避けるため、孤児院の視察や神殿の訪問などの慈善事業に力を入れている。

また、移民や貧民街の食糧や医療支援、学習支援など、民意を集めやすく、国王陛下から目をつけられにくい分野に力を入れるようになった。


目に見えやすいように動いているため、民からの支持は徐々に、だが確実に伸びている。


疫病の特効薬が完成すれば、民の支持と貴族の支持も得られるだろう。


ここまでくれは、安易に私を排除できない。

あとは、少しずつ国王陛下の翼を折っていくだけ。


もう一つ、二つ、大きな影響を与えるものがあれば、完璧なのだけど、今は疫病に専念しよう。


同時に手を伸ばしすぎても失敗するだけだから。





薬の調合に力を入れていた頃、薬師の一人が、待ちに待った報告を持ってきた。


「王妃陛下、王都で疫病の発生が確認できました。去年より感染が速いそうです。」


「では、伝えていた通り、治験と経過観察を始めてください。」


「はっ!」


民意を利用したいとは言え、民に苦しんでほしくないのも事実。

私の作った薬が役に立てれば良いのだけど。

私は次の報告が来るまで、ソワソワしていた。


そしてついに、待ち望んでいた報告がやってきた。


「どの薬も一定の効果はありますが、特に顕著なのは、三番でした。服用後すぐに熱が下がり始め、三日で完治しています。大きな副作用もありません。」


「では、三番を量産してください。レシピはこちらに。薬草が足りなければ温室も開放するので、教えてください。」


「はい、すぐに取り掛かります!」


今までなかった冬の疫病の特効薬。

何とかしたいと願いながらも叶わなかった夢の特効薬が、今、完成した。


この特効薬は国で認知し、国内だけでなく国外にも王妃の名と共に、広く知られることとなった。

民は皆、命を救ってくれた王妃を敬い、讃えた。

また貴族たちも、領民の死亡率が下がったことで、王妃を見る目が変わっていった。


ただそれを、面白く思わないものもいた。

その筆頭が、国王だった。

だが王妃のことを、無視できなくなったのもまた事実。

忌々しく思っても、簡単に排除できない。

そのことがまた、国王を苛立たせる要因となっていた。


そして王妃の行いは、少しずつ表面化してきた。

移民、孤児、貧民の救済によって、全体的な税収が上がったこと。

それによって、治安が向上したこと。

薬を広く使えるようにしたこと。

死亡率の低下に寄与したこと。

王妃の様々な取り組みが、国全体に広く知られるようになり、いつしか国王よりも発言力が強くなっていた。


対して国王は、王妃に対抗して様々な施策を講じるも、尽く失敗に終わった。

失敗続きで焦った国王は、賛同の得ていない無謀な施策に取り組み、多くの貴族と民から反感を買う羽目になった。

そのことで、国王の支持はどんどん低下していった。


全てを王妃の責任とし、王妃に対して暴言を吐いて貶めた国王は、さらに支持を低下させた。


民を救済した王妃に対する仕打ちが国民たちにも広がり、ついには国王に対して民が蜂起する事態にも発展することになった。




―――――


「国王、いや、ヨハン・デルカトよ。何か申し開きはあるか?」


そう尋ねるのは、大陸の覇者であるクリフォード帝国皇帝、ヴォルフラム陛下。


国王は自らの城の謁見の間で、罪人として跪かされていた。

周りにいるのは、帝国軍。

そして王国の貴族たち。

貴族たちは、冷たい目で国王を睨んでいた。


「わ、私は知らない!そんな命など、出していない!」


「今更言い訳は不要。国王の押印とサインがある故な。」


「そんな…何故信じてくれないんだ…。」


「私怨で妻を殺すような男など、信用できまい。」


「違う…私はやっていないんだ…」


「もう良い。連れて行け!」


「「「はっ!!」」」


国王は処分が決まるまで、地下牢に収容されることになった。

国王の後ろ姿は、かつての栄光など微塵もなかった。

そこにあるのはただ、草臥れた罪人の後ろ姿。


「あんな男のために、王妃陛下が犠牲になるなど。」


「王妃陛下が、どれほどこの国を思ってくださっていたのか…」


連れて行かれる国王に、貴族たちは心無い言葉を囁く。


国王の数々の失敗の尻拭いをしていた王妃は、国王の怒りに触れ、殺されてしまった。

貴族たちは、王妃の死に嘆き、国王に怒りの矛先を向ける。

彼らの中には、かつて国王を讃えていた影など、一つもなかった。




半年後、元国王、愛妾、その関係者は、王妃殺害と帝国侵略の罪で、数多の国民が見守る中、公開処刑となった。




―――――


薄暗い寝室で、二人の男女が寄り添って月を眺めていた。


「全く、素晴らしい働きだった。我が最愛、ノーチェ。いや、デルカト国元王妃、シャーナグレイ?」


「シャーナグレイは、死人です。二年前、愛妾に毒を盛られて、死んでしまった。私はただ、抜け殻を借りただけです。」


「さすが、異能の一族の長。憑依の異能とは、恐ろしいな。」


「我が主人の頼みを聞いただけですよ。」


デルカト国は、大陸統一のために一番邪魔な位置にあった。

歴代の皇帝は何とかしようと考えていたが、国王がそれなりに優秀で結束が固かったため、手をこまねいている状態だった。


皇帝の望みを知っていた私は、ずっとデルカト国を監視し続け、ついに綻びを見つけた。

それが、愛妾に毒殺された王妃、シャーナグレイ。

そう、王妃はあの時すでに死んでいたのだ。


私は死んだ王妃の身体に憑依し、王妃を装った。

王妃の身体に残った記憶や知識を使いながら、貴族や国民の支持を集め、同時に、国王の施策を裏から妨害することで、国王の支持を落としていった。

王城内の噂は、国民に漏れることは滅多にない。

だから手の者を使い、わざと国民に情報を流した。

私は最初のいくつかのきっかけを作っただけ。

後は、国王がどんどん墓穴を掘っていった結果。


帝国侵略も、王妃殺害も、国王は本当に知らなかった。

だって、糸を引いていたのは私と皇帝だったから。


そして、国王と邪魔な関係者を処刑して、幕を閉じた。


皇帝が望んだ通り、帝国民が血を流さないでデルカト国を手中に収めることができた。

計画としては、上出来である。


二年かかってやっと、私も我が主人の元に帰ってくることができた。

この二年は休まる時がなかったため、ようやく私も落ち着けるようになった。


「我が主人、あなたの望みは私が叶えましょう。次はどうしますか?」


「信頼している、我が最愛。そうだな、次は……」


私は皇帝の方に身を預け、目を閉じながら言葉に耳を傾けるのだった。




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