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ボンノーさまがいく〜異世界転生した108歳坊主の煩悩戦記〜  作者: wok
第1章 108歳童貞煩悩坊主が異世界へ
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第8話 拙僧、悪党どもを谷間にて一網打尽にする

「民が立ち上がれる土壌は整った。次は——奪った者から奪い返す番だ」

グレアの言葉に、ヴィヴィが大盾を鳴らして応じる。シノはそっと祈りの杖を握りしめ、ボンノーは錫杖を高く掲げた。

腹を満たし士気も高まったところで、一行は村はずれの共同納屋に集まった。作戦会議の時だ。

「まずは情報整理だ」

グレアが地面に木炭で簡易地図を描く。

「ここがジミナ村。東にリントベルク、西に隣村ラスタ。そのラスタへ向かう街道の途中に、切り立った〈クラークの峡谷〉がある」

突然、納屋の戸が勢いよく開かれた。息を切らした少年が転がり込んでくる。

「た、大変だ! 武装した騎士たちが峠道を通って行った! 黒い逆さ十字の隊旗を掲げて、ラスタの方へ……!」

四人は顔を見合わせる。グレアが鋭く問いただした。

「人数は? 装備は?」

「騎馬が五騎! 槍と剣を持って、荷車を二台引いていた……!」

ボンノーが静かに頷く。

「ガルド配下の小隊長グズタじゃな。ラスタ村への強制徴発に向かったのであろう」

グレアが地図の峡谷部分を指差す。

「昼前にラスタに着けば、黄昏にはこの道を戻るはず。峡谷の最も狭い場所——そこが勝負どころだ」

ヴィヴィが大盾をストンと置き、その上に腰を下ろした。

「じゃあ私が壁になって道を塞ぐ! この大盾でね!」

「俺とヴィヴィで背後を抑える。シノは白魔法で援護だ。だが陽動が必要——ボンノー、頼めるか?」

視線が集中する中、ボンノーは錫杖で胸をトンと叩いた。

「拙僧が敵の前面に立ち、囮となろう。奴らの注意が拙僧に向いた刹那、諸君らが後ろから討ちかかるのじゃ」

シノが決意を込めて微笑む。

「四人で十分……村人を巻き込むわけにはいきませんから」

グレアが剣の鞘を叩き、白銀色のヘルム越しに決意を示す。

「民を苦しめる者に、容赦はしない」

ヴィヴィが盾を掲げてガツンと床を鳴らし、ボンノーは掌を合わせ祈りを捧げる。

「天よ——煩悩を力と変え、苦しむ者に救いを。参るぞ、諸君!」

納屋の扉が開かれると、午後の日差しが強く差し込み、四つの影を地面に深く刻んだ。

◆ ◆ ◆

クラーク峡谷——切り立つ岩壁が夕陽に朱く染まる。

峡谷の中ほど、灌木と転がる岩を利用した即席の陣地に、ボンノーは静かに佇んでいた。足元には草と蔓を編んだ〈ククリ罠〉が幾重にも張り巡らされている。

「拙僧の罠にかかれば儲けものくらいの気持ちじゃが——油断こそ大敵ゆえな」

数珠を握り、錫杖を地に突いて息を整える。

小柄な影——ヴィヴィが巨大な盾を背負って駆け寄る。

「準備万端だよ、ボンノーさん!」

「うむ。あとは待つのみ——」

蹄の振動が岩肌を揺らす。収奪を終えたグズタ隊が、獣道を連なって戻って来た。背嚢に詰め込んだ戦利品を揺らし、粗野な笑い声が峡谷に満ちる。

峡谷中央に、僧衣の男が歩み出る。ボンノーだ。

錫杖の真鍮頭輪が岩を叩き、カランと澄んだ音が峡谷全体に木霊する。

「お前たちの悪事は、もう逃れられんぞ……」

静かな声が夕映えの風に乗って神殿騎士たちへ届く。

「——ここで煩悩を清算せよ。この先は通さぬ」

思わぬ宣告に、獲物をぶら下げた神殿騎士の一部は戸惑い顔で互いを見やる。しかしグズタだけは鼻で笑った。

「坊主一人で俺たちを止めるつもりか? 愚か者め」

大男は腰の曲刀を抜き放ち、馬をぐいと前へ進ませる。夕陽に照らされた刃が赤く煌めいた。

「面倒だ——踏み潰せ!」

大男があぶみに踏み込み馬腹を蹴ると、背後の神殿騎士ふたりも抜刀し、三頭の馬が一斉に前脚を蹴り上げる。

夕塵が舞い上がり、峡谷の空気が剣呑に震えた。

三騎が突進——

バチンッ!

罠が弾け、うち二騎が転倒。騎手は砂利を噛みながら転がった。

その瞬間、岩棚から二つの影が舞い降りる。

◆ ◆ ◆

ボンノーは掌をかざし、静かに合図を送る。

岩陰に潜んでいたローブ姿の少女シノが掌を組み、小声で詠唱を紡ぐ。

『白ノ四式・サークルプロテクション!』

淡い光の膜が仲間たちを包み、鎧の上に薄く重なった。

『白ノ四式・サークルブレス!』

温かな風のような力が背中を押し、四肢が軽くなる感覚が走る。

ヴィヴィが盾を構え、「任せて!」と叫びながら一騎を吹き飛ばす。

鎧に身を包んだ騎士グレアは短く息を吐き、鋭い一閃で別の神殿騎士を落馬させた。

しかしグズタは転げ落ちながらも受け身を取り、砂を払って立ち上がる。曲刀を逆手に構え、野太い咆哮をあげた。

「まだ終わってねぇ! かかれ!」

呼応する生き残りの神殿騎士たちが馬を降り、半月隊形で前進する。グズタは大盾のヴィヴィへ一直線に突っ込み、刀身を何度も叩きつけた。

ガァン! ガァン!

金属と金属が打ち鳴る轟音。ヴィヴィが踏ん張るも、盾が後方の岩に食い込み火花が散る。

そこへグレアが横合いから突進。低く滑り込み、グズタの脇腹を狙うが、間一髪で刀を回して受け止めた。刃の衝突で火花が散り、二人の足元の砂利が跳ねる。

ボンノーは静かに前へ進み出る。錫杖を逆手に取り、隙を突いてグズタの肩へ柄頭を叩き込んだ。

「——悟りの杖、受けてみよ」

鈍い衝撃にグズタの体勢が崩れる。だがなおも踏ん張り、反撃の一刀をボンノーの胴へ振るう。

刀身がボンノーの法衣を掠めた瞬間、先ほど張られた〈白ノ四式・プロテクション〉の薄膜が火花を散らして衝撃を吸収した。

「効いておる……!」

わずかに後退しつつも、ボンノーは踏みとどまる。

◆ ◆ ◆

「ここまでだ!」

ヴィヴィが渾身のタックルでグズタを岩壁へ押し付ける。グレアの一撃がグズタの曲刀を弾き飛ばし、錫杖の石突が足元をすくう。

狭い峡谷で混乱が広がる。逃げ場を求めるグズタ隊の背後で、白衣の少女シノが詠唱を完了する。

『白ノ三式・ホーリーウォール・ツヴァイ!』

白光の障壁が出口を塞ぎ、神殿騎士たちは袋の鼠となった。

震える神殿騎士たちを前に、ボンノーは錫杖を胸元で静かに構えた。

錫杖の鈴が澄んだ音を放つ。砂利がぱらりと崩れ、驚いた馬たちは鼻を鳴らし、一歩後ずさる——それだけで充分だった。

わずか十数呼吸——グズタ隊は誰一人欠けることなく膝をついた。

「やったね、ボンノーさん!」

ヴィヴィが盾を掲げて歓声を上げる。

グレアは無言で剣を納め、兜越しにボンノーへ小さく頷いた。

ボンノーは事前に用意していた束縛用ロープを取り出し、グズタの両腕を後ろ手に縛る。シノが静かに『白ノ四式・サークルスリープ』を唱え、暴れる騎士たちを眠らせた。

◆ ◆ ◆

荷車の蓋を開けると、干し肉の樽、麦袋、織り布、薬草——二つの村から奪われた品々がぎっしりと積まれている。

「すべて略奪品だね!」

ヴィヴィが嬉しそうに声を上げる。

「まずは被害の大きいラスタ村へ返そう」

グレアが短く言い、ボンノーは頷いた。

ボンノー一行は騎士たちを縄で連ね、馬車の後ろに歩かせる形で出発した。夕陽が峡谷を染める頃、荷車はラスタ村へ到着する。

村人たちは最初こそ警戒したが、荷台に積まれた物資を見て歓声を上げた。

「戻ってきた! 食糧が戻ってきたぞ!」

泣きながらパンを抱きしめる子ども、安堵して腰を抜かす老人。ボンノーは深く合掌し、一袋ずつ手渡していく。

続いてジミナ村へ戻り、残りの荷を分けた。老夫婦がゆっくりと近づき、涙ながらに頭を下げる。

「ボンちゃん……いや、ボンノーさん。本当に、ありがとう……!」

村人たちの笑顔が夜空に灯る松明よりまぶしかった。

◆ ◆ ◆

夜明けとともに、一行は両村の長老たちと話し合った。

「捕らえた神殿騎士たちをどう扱うべきか、ご相談したい」

ボンノーが問うと、ラスタ村の長老が静かに答えた。

「フォルク砦の王国騎士団に引き渡しましょう。あそこなら公正な裁きが期待できます」

ジミナ村のカイ爺も頷く。

「証拠の品々と一緒にな。若い衆が護衛で付いていこう」

こうして荷車と囚人を連れ、両村の若者数名を護衛に加えた一行はフォルク砦へ向かった。

「さあ次は……」

ボンノーが錫杖を軽く鳴らすと、グレアが南の方角を指差しながら低く呟く。

「ガルド——神殿騎士を陰で操り、近隣を荒らしている悪党の頭目らしいな」

「ガルド退治ってことだね!」

ヴィヴィが盾を肩に担ぎ、白い歯を見せる。

シノはその名前を聞いた瞬間、祈りの杖を強く握りしめた。一瞬身体が震えたが、すぐに静かな決意を宿した瞳でみんなを見つめる。

「……あの人を止めなければ、また犠牲者が生まれてしまいます」

こうして一行は、次なる標的——悪名高いガルド討伐へ向けて、まずはリントベルクで態勢を整えることにした。

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