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ボンノーさまがいく〜異世界転生した108歳坊主の煩悩戦記〜  作者: wok
第1章 108歳童貞煩悩坊主が異世界へ
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第7話 拙僧、煩悩満載の馬車で恩人の村を救う

季節は巡り、あれから三か月——

炭鉱での死闘と、帰還パーティーを皮切りに、ボンノーたち四人は順調に冒険を重ねていた。

薬草の採取、迷宮遺跡の探索、村を悩ませていた巨大イノシシの駆除——次々と依頼をこなすうちに、彼らの名は冒険者ギルドでも知られるようになっていた。

「ふふん、見てよこれっ! 銀の証だよ、銀っ!」

ヴィヴィが誇らしげに胸を張る。手にした銀等級のプレートが、朝日を受けて美しく輝いていた。

「そういえば、あのリッチロード戦からもう三か月か。あれがきっかけで一気に名前が売れたもんね!」

「あの時のボンノーさまの零式、今でも忘れられません」

シノが微笑みながら、新調した薄ピンク色のローブの裾を整える。

「まあ、まだまだだな」

重厚な鎧に身を包んだグレアは、腰の剣を軽く叩きながら低い声でそう言う。けれど、その声色にはどこか満足げな響きが混じっていた。

「……皆さんのおかげです」

ボンノーは新調した旅装に身を包み、手にした銀等級のプレートを静かに見つめていた。

「……あっという間だったのう。拙僧など、かつては寺で畳を拭いておったというのに」

四人のパーティーは「無名ながら確実に成果を上げる実力派」として、銀等級へと昇格していた。

財政面も潤い、馬車を一台所有し、折り畳み式の天幕や調理道具も充実してきた。

◆ ◆ ◆

ある日のこと、依頼を終えてギルドへの帰り道。

ボンノーがふと足を止め、遠い目をして呟いた。

「……拙僧、思うところがある。この国に来て早々、世話になった老夫婦がおるのだ。恩返しがしたい」

それを聞いて、シノの表情がぱあっと明るくなった。

「……あのご夫婦ですね。私もお世話になりました。ぜひ、ご挨拶したいです、ボンノーさま」

その瞳には、懐かしさと温かい感謝の気持ちが宿っている。

「そういうの……大事だよね! 恩には報いないとさ!」

ヴィヴィは拳を握りしめ、目を輝かせた。

一方、グレアは無言で一歩前に出ると、兜越しに重い声で言った。

「……それが、お前の討つべき煩悩ならば、付き合おう」

「いや、討つとかではないのだが……」

内心でツッコミを入れつつも、ボンノーは静かに頷いた。

こうして、ボンノーの恩人が暮らす村へ向かうことになった。

◆ ◆ ◆

——ジュワッ。

鉄板で焼けるベーコンの音が、朝靄のリントベルク市場に響いた。その香ばしい匂いが鼻孔に届いた瞬間、ボンノーの理性に亀裂が走る。

ボンノーは仏門に入って以来、八十年以上も葉菜と豆ばかりの精進料理で命を繋いできた。肉の旨みは——それ自体が煩悩の味であると戒めていたはずなのに。

「……たっとしき戒律よ、いましばし眠るがよい……煩悩即菩提ぼんのうそくぼだい!」

合掌しながらも視線は肉に釘付け。危うく涎がこぼれそうになった瞬間、後ろから渋い低音が飛んだ。

「ボンノー、涎!」

重厚な白銀鎧——「おっさん騎士」グレアが、ヘルムの下でため息をつく。だがボンノーは涎をぬぐうどころか、さらに身を乗り出した。

「ベーコン二塊、干しソーセージ三束、頼む!」

「肉ばっか!」

ヴィヴィがツッコミを入れる。赤銅色の三つ編みをブンブン振りながら、両手を腰に当てて呆れ顔だ。

「小麦と毛布とランタン油と麻布も忘れちゃダメでしょ!」

「はい、野菜もちゃんと用意しました。乾燥ハーブですが、栄養価も高いですし、お肉との相性も抜群ですよ」

フード姿のシノは、袋いっぱいの乾燥ハーブを抱えながら、穏やかに微笑んで助け舟を出す。

結局、「光明号」と名付けられた荷馬車には、肉・小麦粉・日用品が詰め込まれ、煩悩の香り漂う荷台を背に、一行はジミナ村へ出発した。

◆ ◆ ◆

ガタゴト、ガタゴト——。

街道を走ること一時間、緑の匂いが濃くなってくる。揺れる荷台でヴィヴィが嬉しげに歌を口ずさむと、グレアが軽く咳払いをした。

「……静粛に。谷間では音が響く」

「え~、おっさんはノリ悪いなぁ!」

"おっさん"と言われた鎧騎士は肩を落としたが、ヘルムの奥では頬がわずかに緩んでいた。

一方、ボンノーは荷台の隅で錫杖を膝に置き、目を閉じて座禅——かと思いきや。

(干しソーセージ……あとで焼いて……いや、煩悩! 煩悩っ!)

心の中で己を叱咤する声が、誰よりもうるさかった。

◆ ◆ ◆

木柵の門をくぐると、ジミナ村はまるで息を潜めているかのようだった。

畑に人影はなく、家々の扉は固く閉ざされている。いつもなら聞こえるはずの子どもたちの笑い声も、鶏の鳴き声も、まったく響いてこない。

「おかしい……前に来たときは、もっと活気があったのに」

ボンノーが眉をひそめて呟くと、グレアが素早く剣の柄に手を置いた。ヴィヴィは背中の大盾を引き抜き、シノは祈りの杖を握りしめる。

周囲を警戒しつつ、ボンノー一行は老夫婦の家へとたどり着いた。

「カイ爺! ルダ婆! ご無沙汰しておる!」

戸を叩くと、しばらくして白髪の老婆が恐る恐る顔を出した。皺だらけの瞳が見開かれ、次の瞬間、安堵の涙が溢れる。

「ボンちゃん……! 生きとったんかい!」

"ボンちゃん"呼びに仲間たちは目を丸くするが、本人は照れくさそうに頭を掻くのみ。

囲炉裏端で暖を取りながら、老夫婦は震え声で語り始めた。

三日前、神殿騎士ガルド隊の小隊長グズタが現れ、「教会改築の御用金だ」と嘘をつき、蔵の干し肉も小麦も冬用の野菜も根こそぎ奪っていったのだと。

抵抗した若者は"異端"と断じられ、腕をへし折られた。

語り終えた老爺の手は震えが止まらない。ルダ婆がボンノーの袖を掴むと、彼は静かに微笑んだ。

「心配には及びませぬ。拙僧らが持参した分、まずは腹を満たしてくだされ」

そう言うや否や、ボンノーは荷馬車へ駆け戻り、干しソーセージや小麦粉、乾燥ハーブを抱えて戻ってきた。ヴィヴィも大盾代わりに袋を担ぎ、グレアとシノは鍋と水壺を運ぶ。

囲炉裏に火が焚かれ、肉と豆とハーブの香りが室内に広がる。温かな湯気に包まれ、老夫婦は震える指で木椀を取り、スープを啜った。

「ボンちゃん……いや、ボンノーさん。本当に……ありがたいよ」

安堵の涙が皺を伝い落ちる。その様子を見届け、ボンノーは合掌した。

グレアの拳が卓を叩いた。ギシ、と古木が悲鳴を上げる。

「ガルド隊……ヨコマールの走狗め。これ以上、民を弄ぶか」

白銀色のヘルムから洩れる声は低く冷たい。それに応じ、シノが静かに立ち上がった。

「……私も、彼らに殺されかけました。神殿騎士たちの行いは、断じて許せません」

ヴィヴィが大盾を掲げ、炎のような笑みを浮かべる。

「悪党退治だね! 胸が熱くなるよ!」

最後にボンノーが深く合掌し、静かに宣言した。

「煩悩の根源を断つのも、拙僧の務め。拙僧らが立てば、誰かの涙は拭えるであろう」

部屋の空気が震えた。小さな藁葺きの家に、確かな決意が満ちていく。

◆ ◆ ◆

蝋燭が短くなる頃、納屋に戻った四人。静まり返る空気の中、ボンノーが袈裟の裾を正して深く一礼した。

「恩義あるこの村を救わせてほしい。力を貸してくれぬか?」

グレアが剣の柄に手を置き、低く力強く頷く。

「当然だ。義を見てせざるは騎士の恥」

シノは胸の前で両手を組み、優しく微笑む。

「村人のために、私も微力ながら尽くします」

ヴィヴィは大盾を肩に引き寄せ、眩しい笑顔で叫んだ。

「よーし! 燃えてきたぁ! まずは食糧確保だよね!」

ボンノーの言葉に、グレアが頷くと、腰の袋から金貨を取り出して卓に置く。

「冒険で貯めた分だ。使ってくれ」

「冒険の稼ぎがまだ少し……」

シノが小袋を差し出し、ヴィヴィは胸元から磨き抜かれた銅貨束をどんと積んだ。

「値切りは得意! あたしに任せて♪」

夜も更けきらぬうちに四人は馬車を回し、リントベルクへ取って返す。市場は閉じていたが、ヴィヴィの押しの強さとシノの穏やかな交渉術で裏門を開けさせ、買い尽くし作戦を敢行した。

干し肉、パン、小麦、豆、野菜、岩塩、ランプ油、毛布……荷台は救援物資で山盛りに。

◆ ◆ ◆

昼前、ジミナ村の広場。

一行は大鍋を据え、スープと焼きベーコンやパンなどを次々と振る舞う。香りに誘われ、戸口の陰から村人たちがそろそろと集まってきた。

「好きなだけ食べてくれ。これは——拙僧らの煩悩の断ち切り料ゆえ」

ボンノーの冗談めいた声に、子どもたちがくすりと笑う。頬を染めた村人達が頭を下げた。

「生きる力を、ありがとう……!」

やがて鍋は空になったが、村人の眼には再び光が灯っていた。

そこで初めて、グレアが剣の柄を強く握りしめた。

「民が立ち上がれる土壌は整った。次は——奪った者から奪い返す番だ」

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