第66話 陽電子砲
クレアが、落下を始めた。
力を使い果たした体。
重力に引かれ、海へと落ちていく。
だが——
ふわり。
風が、クレアの体を包んだ。
優しく、柔らかく。
「お疲れさま、クレアちゃん」
ナターシャの声が聞こえた。
風魔法がクレアを支え、ゆっくりと降下させていく。
そして——露天艦橋へと、静かに着地した。
「ナターシャ......ありがとう」
クレアが微笑む。
その時——
キラリ。
上空で、何かが光った。
一本の剣が、落ちてくる。
「......?」
ナターシャが風魔法で軌道を変え、手元に引き寄せた。
美しい剣だった。
刃は青白く輝き、神々しい気配を放っている。
「これは......なんなのさ?」
不思議に思いつつ、ナターシャはそれを回収した。
◆ ◆ ◆
上空では——
首をすべて失ったヤツマタノオロチが、崩壊を始めていた。
ゴゴゴゴゴゴ......
漆黒の巨体が、崩れ落ちていく。
肉片が剥がれ、骨が砕け、瘴気が散っていく。
「ヴィヴィ、あとは頼んだのさ」
ナターシャが声をかける。
「任せて!」
ヴィヴィが大盾を構えた。
「姫様、リリアさん、姐さん——先に艦橋へ戻ってて」
「わかりました」
クレア、リリア、ナターシャが第一艦橋へ向かう。
ヴィヴィは、一人残った。
「大地の神イグナよ、我が盾に神威を宿せ!」
蒼いオーラが、ヴィヴィの全身から立ち上る。
『聖盾士権能——ディバインシールド!』
ブワァァァン!
巨大な蒼い障壁が、大和の上空に半球状に展開された。
オロチの崩壊で降り注ぐ肉片や骨が、障壁に弾かれていく。
「あたしが、大和を守る......!」
◆ ◆ ◆
大和第一艦橋——
クレア、リリア、ナターシャが戻ってきた。
ボンノーが頷く。
「お見事でした、クレアさん」
「ありがとうございます、ボンノー」
クレアが静かに応える。
だが、まだ終わっていない。
それは、全員がわかっていた。
ボンノーが号令を発した。
「第三段階作戦——開始」
そして、ヤマトヒメに指示を出す。
「取り舵一杯。針路280」
「了解です、兄様」
大和が、大きく旋回を始めた。
魔導炉が唸りを上げ、艦体が傾く。
「射界を確保します」
ボンノーの目が、前方を見据える。
「陽電子砲——発射準備」
「了解です、兄様」
ヤマトヒメの声が、凛と響いた。
「安全装置——解除」
カチリ。
重い音が、艦橋に響く。
「神域との回路——接続」
艦内に、低い振動が走った。
何かが繋がる感覚。
「神域エネルギーの充填を——開始します」
大和の主砲が、青白く輝き始めた。
三基九門の砲身に、光が集まっていく。
◆ ◆ ◆
上空——
オロチの崩壊が、終わりを迎えようとしていた。
肉が消え、骨が砕け——
そして、現れた。
漆黒の球体。
禍々しい光を放つ、蛇核。
それが——オロチの本体だった。
蛇核は、ゆっくりと上昇を開始した。
その先には——空間の亀裂。
次元の裂け目が、ぽっかりと口を開けている。
◆ ◆ ◆
大和第一艦橋——
ヴィヴィが、上空防御を終えて戻ってきた。
「ふぅ......なんとか守りきったよ」
「お疲れ様です、ヴィヴィ」
クレアが労う。
その時——リリアが、上空を見上げて呟いた。
「あの裂け目に......向かっているようです」
蛇核が、空間亀裂へと上昇していく。
ナターシャが気づいた。
「逃げるつもりなのさ」
深緑の瞳が、細められる。
「逃したら、またどこかで厄災を引き起こすだろうね」
ボンノーが、静かに頷いた。
クレアは、黙って様子を見ていた。
(ボンノーなら——必ずやり遂げる)
その確信が、胸にあった。
「エネルギー充填——80%」
ヤマトヒメの声が響く。
砲身の輝きが、増していく。
「エネルギー充填——100%」
蛇核は、さらに上昇していく。
空間亀裂まで、あとわずか。
「ボンノーさん!」
ヴィヴィが急かした。
「はやくやっつけちゃって!」
ボンノーは、動じなかった。
「ヤマトヒメ」
静かに告げる。
「最大限——充填してください」
「はい、兄様」
ヤマトヒメが応える。
艦内の振動が、さらに強くなった。
主砲の輝きが、眩いほどに増していく。
数秒後——
「エネルギー充填——120%!」
限界を超えた力が、主砲に宿った。
ボンノーが、力強く命じる。
「陽電子砲——」
間を置いて。
「撃てっ!」
◆ ◆ ◆
三基九門の主砲が——同時に火を噴いた。
ビュオオオオオ———
青白い光が、収束していく。
神域のエネルギーが、一点に集まる。
そして——
ドドドォォォォォォンッ!!!
九条の光線が、天を貫いた。
蛇核に——全弾命中。
『ギ......ギャアアアアアアアアアアアア!!!』
断末魔の絶叫が、空に響いた。
青白い光が、漆黒の核を包み込む。
侵食していく。
焼き尽くしていく。
『おのれ......おのれ......おの......!』
声が、途切れた。
そして——
蛇核は、完全に消滅した。
光の粒子となって、散っていく。
四千年の怨念が、ついに——終わりを迎えた。
空間亀裂も、ゆっくりと閉じていく。
まるで、傷が癒えるかのように。
◆ ◆ ◆
大和第一艦橋——
静寂。
誰もが、息を呑んでいた。
そして——
「蛇核の完全消滅を——確認しました」
ヤマトヒメの声が、震えていた。
「ヤツマタノオロチの——」
言葉が、詰まる。
「討伐——完了です」
——その瞬間。
「やったー!!!」
ヴィヴィが叫んだ。
「勝ったのさ......!」
ナターシャが、安堵の息を漏らす。
「ボンノーさま......」
リリアの目に、涙が浮かぶ。
「終わりましたね......」
クレアが、静かに微笑んだ。
大和第一艦橋に——歓声が沸き起こった。
ヤマトヒメの両目から、涙が溢れ出した。
止まらない。
止められない。
七十年。
七十年間、待ち続けた。
この日のために——準備してきた。
この日のために——兄様を待っていた。
そして、ついに——
「兄様......」
声が、震える。
「兄様っ......!」
ヤマトヒメが、ボンノーに抱きついた。
小さな体が、ボンノーの胸に飛び込む。
嗚咽が漏れる。
「終わりました......やっと......やっと終わりました......!」
ボンノーは、ヤマトヒメを優しく抱きしめた。
「よく頑張りましたね、ヤマトヒメ」
頭を、そっと撫でる。
「七十年間......ずっと、一人で......」
「もう大丈夫です」
ボンノーの声が、穏やかに響く。
「もう、一人ではありません」
「兄様......兄様ぁ......」
ヤマトヒメが、ボンノーの胸で泣き続けた。
クレア、リリア、ナターシャ、ヴィヴィ——
四人は、その光景を優しい眼差しで見守っていた。
誰も、何も言わない。
ただ、静かに。
長い戦いが——終わったのだ。
続く




