第58話 艦隊戦
魔島、地下大泊地——
薄闇の中、無数の艦影が蠢いていた。
魔戦艦。
漆黒の船体に禍々しい紋様が刻まれた異形の艦艇が、次々と出撃していく。
艦橋では複数の小型スケルトンが舵を握り、死の眼窩を前方に向けていた。
その光景を、一人の男が見下ろしている。
禍々しき漆黒の軍服。
丸眼鏡をかけた短髪の男はひとり呟く。
「扶桑はこのバナテールにも手を打っていたか」
呟きが、空洞に反響する。
「アマテラスめ、周到なことだ」
視線が、遠くを見据える。
「かつて、扶桑を破滅から救った『大和』を転移させていたとはな……」
男の目が細まった。
「だが、あの大和は誰が動かしている?」
しばし、思考する。
(八十年前あの船を動かしていたものは、皆亡くなっているはずだ)
(考えられるのは、俺と同じような記憶を引き継ぐ転生者がいるのかもしれぬ)
「……まあよい」
口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
「大和は確かに世界最大最強の戦艦だった。だが——」
男は出撃していく魔戦艦の群れを見渡した。
「一隻でなにができよう」
「戦いの基本は数。そして速度——」
「戦う前の準備がすべてだ」
「大和を葬れば、すべてが終わる」
◆ ◆ ◆
大和、第一艦橋——午前十時。
瘴気漂う魔島まであと四十海里。
ボンノーは艦橋の窓から前方を見据えている。
その隣では、クレアが腕を組んで立っていた。
黒蛇戦から何事もなく順調に魔島へ向かい航行していた。
ヤマトヒメは艦橋中央に立ち、目を閉じている。
艦と霊的に繋がり、大和の「目」で周囲を感知しているのだ。
その時——
「兄様」
ヤマトヒメの声が響いた。
「前方に多数の魔戦艦を確認しました」
「数は——百隻」
艦橋に緊張が走った。
「百隻……」
ヴィヴィが息を呑む。
「横一列の単横陣で本艦に接近中です。距離五万、速度四十ノット」
ボンノーは一瞬だけ目を閉じた。
そして——
「針路二七〇。取り舵一杯。最大戦速」
命令が、静かに響いた。
「徹甲魔弾装填。有効射程に入り次第、砲撃を開始してください」
「了解です、兄様」
ヤマトヒメが頷く。
「最大戦速——速度三五ノット」
大和の機関が唸りを上げた。巨大な艦体が、驚くべき速度で海を切り裂いていく。
「距離四万——砲撃を開始します」
轟音。
四六センチ主砲が火を噴いた。
閃光が走り、遥か彼方で水柱が立つ。
直撃。
三隻の魔戦艦が、爆炎に包まれて沈んでいった。
「命中。撃沈を確認」
続けて第二射。第三射。
大和の砲撃は正確無比だった。
射程差を活かし、一方的に魔戦艦を屠っていく。
六隻。
九隻。
だが——
「敵艦隊、なおも接近を続けています」
魔戦艦は怯まなかった。
沈む僚艦を顧みることなく、ただ大和を目指して突き進んでくる。
「敵艦隊は単横陣から——陣形変更。鶴翼の陣へ移行中です」
「ボンノー、包囲するつもりです」
クレアが呟いた。
ボンノーは指示をとばす。
「主砲で砲撃を続けてください」
「射程に入り次第、副砲も砲撃を開始してください」
「できる限り、敵艦の数を減らさなければなりません」
(戦いの基本は数。敵は兵法に忠実)
(そして動きに一切の無駄がない)
(いったい誰が指揮しているのか・・・)
二十隻ほど沈めたところで、敵艦隊も射程に入った。
魔戦艦の砲が、火を噴き始める。
ザバァン! ザバァン!
水柱が、大和の周囲に立ち始めた。
「敵弾、接近してきます」
ナターシャが額の汗を拭った。
「これは——少し不味いね」
彼女は傍らのヴィヴィに視線を向けた。
「あたいが危ない砲弾を魔法で斬る。ヴィヴィ、露天艦橋へ上がるよ。あたいを守っておくれ」
「まかせて!」
ヴィヴィが大盾を構えた。
艦橋の隅で、リリアが両手を組んでいた。
祈り。
淡い金色の光が、艦橋を満たしている。
出港前に展開したレファリアプロテクション——聖なる加護。
リリアは、それを途切れさせまいと祈り続けていた。
「……レファリア様、どうか皆をお守りください……」
クレアは、ボンノーのそばで戦況を見守っていた。
「ボンノー、わたくしにできることはありますか」
「クレアさんは、ここで待機を」
「……わかりました」
ボンノーの横顔を見つめる。
その表情は冷静だった。だが、その瞳の奥には——何かが燃えていた。
◆ ◆ ◆
露天艦橋——
海風が、ナターシャの髪を揺らした。
「黒ノ三式・エア・ツヴァイ」
真空の刃が生まれる。
ナターシャは目を細め、飛来する砲弾を捉えた。
斬。
砲弾が両断され、無害な破片となって海に落ちていく。
「一発——二発——三発」
次々と斬り払っていく。
ヴィヴィはナターシャの前で盾を構え、飛散する破片から彼女を守った。
「すごい、姐さん!」
「褒めるのは後にしな。まだまだ来るよ」
大和の主砲も、砲撃を続けている。
さらに十隻ほど撃沈。
だが、それでも——
「敵艦隊、包囲態勢に移行中です」
ヤマトヒメの報告が飛ぶ。
魔戦艦は、鶴翼の陣から完全な包囲へと移行しつつあった。
左舷。右舷。そして前方。
三方向から、砲弾の雨が降り注いでくる。
「くっ——」 斬り払うたびに、ナターシャの呼吸が荒くなる。
額から汗が流れ落ち、目に入る。
ナターシャの迎撃が、間に合わなくなってきた。
「またかい……! キリがないねぇ……!」
——ドオォン!
衝撃が、大和を揺らした。
右舷前部対空砲座に、直撃。
爆炎が上がり、黒煙が立ち昇る。
「きゃあぁぁっ!」
第一艦橋で、ヤマトヒメが悲鳴を上げた。
その場に膝をつき、右肩を押さえる。
「ヤマトヒメ!」
クレアが駆け寄り、ヤマトヒメを守るように抱き寄せた。
「ヤマトヒメ!」
ボンノーも駆け寄る。
「だ、大丈夫です……」
ヤマトヒメは苦痛に顔を歪めながらも、気丈に答えた。
だが、主砲は休むことなく砲撃を続けている。
艦と霊的に繋がっているのだ。
大和が傷つけば、ヤマトヒメも痛みを感じる。
「兄様……わたくしは、大丈夫ですから……」
「無理をしないでください」
「無理では……ありません……」
歯を食いしばるヤマトヒメ。
その瞳には、不退転の決意が宿っていた。
リリアが駆け寄り、回復魔法をかけようとする。
「白ノ五式・聖・ヒール!」
だが、ヤマトヒメの傷は癒えなかった。
「ダメです……ヤマトヒメの傷は、私の魔法では……」
「艦を直さない限り、ヤマトヒメの傷も癒えぬということか」
クレアが唇を噛んだ。
◆ ◆ ◆
戦況は、刻一刻と悪化していた。
包囲網が、徐々に狭まっていく。
大和の砲撃で魔戦艦は沈んでいくが、それでも数が多すぎた。
残り約六十隻。
ナターシャは限界だった。
迎撃しきれない砲弾が、次々と大和に命中する。
——ドオン! ドオン!
ヤマトヒメが、そのたびに苦悶の声を漏らす。
「くぅ……っ」
「ヤマトヒメ……」
ボンノーは拳を握りしめた。
万事休すか——
その時。
ヤマトヒメは、痛みの中で——感じ取った。
懐かしい存在。
この世界へ、転移してくる者。
クレアの腕の中で、ヤマトヒメが顔を上げた。
「この感覚は——」
目を見開く。
その瞳に、涙が滲んだ。
——声が聞こえた。
空間そのものから、その声は響いた。
『待たせたね。姉ちゃん!』
元気な声。
懐かしい声。
ずっと、ずっと待っていた声。
「ムサシヒメ……!」
ヤマトヒメの目から、涙がこぼれた。
「ムサシヒメ!!!」
空間が——ビリリと震え始めた。
何かが来る。
巨大な何かが。
空間に、亀裂が走った。
——続く




